第60話「魔人、お手紙でちびっこ修学旅行を誘発する」
──数日後、ジルフェ村──
「ふふ、クロノさまからお手紙が来ました」
ナターシャ=ライリンガはお茶のカップを手に、あこがれの人からの手紙を開いた。
ニーナ=ベルモット伯爵令嬢からの手紙もある。
大好きな2人の顔を思い浮かべて、思わず手紙を抱きしめるナターシャだった。
「……子爵家のシンシアさまが大変なことに……ですか」
一読して、ナターシャはつぶやく。
「トルミア子爵家は確か、古の建築技術を継ぐ者、ですね」
十数年前、数百年前の建築技術を伝える石版が、とある場所から発掘された。
それを考古学者と一緒に解読したのが、当時は学者だったトルミア子爵だ。その後、彼はその建築技術を習得して建築家になった。自治都市にある『静寂の塔』はその最高傑作だ。
「トルミア子爵の塔を一目見るために家出、ならば、その才能を受け継いでいる可能性があります。文官たるライリンガ侯爵家が保護するのは当然ですね」
ナターシャにクロノからの頼みを断るという選択肢はない。
それに──でかける口実としては、ちょうどいい。
「自分が保護する相手には、お会いする必要がありますものね」
ナターシャは鈴を鳴らし、執事を呼ぶ。
長旅に備えて馬車を用意するように指示を出す。
それから徒歩で、この村にいる知人のところへ。
友だちと一緒に旅をするのは、ずっとナターシャの夢だった。
ルチアとマルグリッドという友だちとそれを果たしてからは、やみつきになってしまったのだ。
もっともーっとたくさんの友だちと旅をしたい。
「……さすがクロノさまです。私にとてもいい理由をくれました」
ニーナの付き添い。
それと『武術大会』を見に行くとなれば、誰も文句は言えないはずだ。
「もちろん、この村の学び舎の子どもたちにも、経験を積む機会を差し上げなければ」
言いながら、うっとりとほほえむナターシャだった。
「ナターシャさまが良いとおっしゃるなら」
「ルチアとマルグリッドに、異論はないのね」
『学校』に向かって歩きながら、ルチアとマルグリッドは言った。
今の2人は、ナターシャのクエストを受注している状態だ。目的は村の視察だったが、いつの間にかすっかりここが気に入ってしまった。
なんたって、魔物が来ない。
村を囲む『魔物除け結界』は、王都もびっくりの高性能で、魔物どころか害虫も入ってこない。
空気はいつも澄んでいて、そのせいか気分までおだやかになってくる。
今のジルフェ村は、真夜中ひとりで散歩してても安全。道ばたで寝っ転がっても蚊にも刺されないという治安っぷりだった。
「……この結界がクロにいさまのものだというのは内緒なのね」
「……兄さまに迷惑がかかりますからね」
しーっ、と、唇に指を当ててうなずきあうルチアとマルグリッド。
やがて、学校が見えてくる。
村の孤児院と併設するように造られた建物は、ただいま絶賛増築中だ。ライリンガ侯爵家の力はすさまじく、あっという間に建物が造られていく。専任の先生の能力と、彼女とナターシャが持ってきた蔵書を考えると、王都の貴族学校と競えるほどの学校になっている。
ルチアの回復魔法と、マルグリッドの攻撃魔法も、ここでかなり発達した。
もちろん2人の合言葉は『兄さまにほめてもらう』なのだけど。
「ノエルさま。お手紙を持ってきたのね」
ルチアはドアをノックして、ノエル=フォルテ──孤児院と学校の管理人をしている少女に声をかけた。
「あ、はい。ごめんなさい。ちょっと待ってください」
申し訳なさそうな声が返ってくる。
ドアの向こうで、ノエルが机についているのが見えた。忙しそうに、ペンを動かしている。
「今、手が離せないの。帳簿の整理をしているので……」
「クロにいさま──いえ、クロノ=プロトコルさまからのお手紙なのね」
ぱたん。さささっ。
ノエルは間髪入れずに帳簿を閉じて、ルチアたちの前にやってきた。
「クロちゃんから……?」
「そうなのね」「ナターシャさま経由で」
「そっか……」
手紙を手に、ノエルはうっとりと目を閉じた。
「旅に出てから結構経つもんね。クロちゃんも落ち着いたのかなぁ。
……ううん。もしかしたら、そろそろ村に帰ってくるのかも。約束したもんね。年に3回は戻ってくるって。学校もできたことだし、見に来てくれるのかなぁ」
「いえ、クロ兄さまは自治都市で行われる『武術大会』に参加されるそうです」
「なにやってるのクロちゃん!?」
ノエルは思わずのけぞった。
「『武術大会』って、強い人たちが出て戦う大会だよね? そんなのにクロちゃんが出るの……ううん。お姉ちゃんは、クロちゃんが強いこと知ってるけど」
「そうなのね?」
「うん。村にいた時、こっそり『はぐれインプ』を倒してたから」
「わたくしの時は、こっそり『魔法使いゴースト』を倒してくださいましたわ」
廊下の向こうから、アグニスが顔を出した。
「心配することはありませんわよ」
「で、でもでも。『武術大会』って、武術の達人も出てくるんだよ?」
ノエルは同意を求めるように、アグニス、ルチア、マルグリッドの顔を見た。
「私、村を出たあとのクロちゃんはよく知らないんだけど……今はどれくらい強いの?」
「『巨大スライム』を干物にして、盾の素材にしてたのね」
「『ダークバッファロー』は問答無用で倒してました」
「『勇者槍術』よりは強いのね」
「『禁忌の森の主』と戦友になったって言ってました」
「「だから、別に心配することはないかと」」
「逆に心配になるよっ!!」
ノエルは、ばんばんばーん、と床を叩いた。
「そんな目立つことしたら駄目じゃない。クロちゃん、こっそりのつもりだろうけど全然能力を隠せてないよーっ」
「さすがにいさまのお姉さまなのね」
「クロ兄さまの本質をつかんでいらっしゃいます」
「あの方への理解については、わたくしもノエルさまには及びませんわ」
ルチア、マルグリッド、アグニスは腕組みをして、うんうん、とうなずく。
騒ぎを聞きつけたのか、子どもたちが集まってくる。
孤児院の子どもだけじゃない。いつの間にか、村の子どもたちみんなが、この『学校』に来るようになっていた。昼間、勉強した子どもたちは、家に帰ってその日の話をする。
そのうちに、大人たちもその内容に興味を持ち、お休みの日に話を聞きに来るようになっていた。
ジルフェ村の識字率と知識量はうなぎ登り。王都の一般市民のレベルさえも、すでに超えているほどだった。
「……クロ兄ちゃんのところ、行くの?」
「ミリエラ?」
不意に、ミリエラがノエルのスカートの裾をつまんだ。
「行った方が、いいと思うよ?」
「クロちゃんの戦うところを見に?」
「それもあるけど……うーん。よくわかんない」
ミリエラは不思議そうに首をかしげている。
自分がどうしてそう考えているのか、うまく表現できないようだった。
「そうですね。ミリエラさんはどんどん魔法の腕も上がっています。ここは上手なひとが実際に魔法を使っているところをたくさん見てお勉強すれば、強力な魔法使いになれるかもしれませんよ?」
アグニスが、ミリエラの金色の髪をなでた。
「費用はわたくしが出しましょう。残しておいた魔法の指輪がありますから、それをナターシャさまに買っていただければ、みなさまを自治都市までお連れするくらいの資金にはなります。ここはみなさんで『修学旅行』と行きませんか?」
「それはいいですけど……村の方は」
ノエルは集まった子どもたちを眺めた。
全員は連れていけない。大所帯になりすぎる。
連れて行くとしたら、フォルテ孤児院のミリエラ、カティア、トーマ、ダニエルの4人。そして引率のノエルとアグニスだ。
だけど、フォルテ孤児院は今まで、村の援助を受けてきた。
学校を作れたのも村の人たちの協力あってのことだ。自分たちだけ旅行に行くなんて──
「行っておいで」
不意に、声がした。
子どもたちの向こうに、白髪の村長さんが立っていた。
「行って戻ってきて、せいぜいひと月じゃろう。孤児院の皆には盗賊団を捕まえてもらった借りがあるでな」
「でも、せっかく学校がうまく行き始めてるのに」
「それは心配ございません。わたくしが不在の間は、ライリンガ家の執事の方が講師をやってくださるそうです」
アグニスがあっさりと、ノエルの不安を消し去った。
「根回しは貴族の得意技ですのよ。こんなこともあろうかと、ですわ」
「……アグニスさんったら」
「それに、わたくしも行った方がいいと思っておりますの」
そう言ってアグニスは、首の後ろに触れた。
「このへんが、なんだかちりちりしますのよ。誰かに呼ばれているような……」
「このへん、ですか?」
ノエルも同じようにする。
でも、よくわからないのか、きょとん、とした顔だ。
村人や、他の子どもたちも同じ。ただ、ルチアとマルグリッド、それにミリエラだけが、アグニスと同じように、首の後ろにちりちりしたものを感じている、と言う。
「……わかりました。村長さま。お言葉に甘えます」
ノエルは「……ミリエラの勘は当たるものね」と、小さくつぶやく。
そしてノエルは手紙を再確認。『武術大会』までは日にちがない。すぐに出発しないと。
「まったく、クロちゃんったら、いつもお姉ちゃんをびっくりさせるんだから」
どれだけお姉ちゃんが心配してるか、わからせてあげないと。
そんなことを心に誓う、ノエル=フォルテだった。
こうしてジルフェ村のフォルテ孤児院による『自治都市修学旅行』が行われることになったのだった。
魔人さんのお手紙のせいで、「フォルテ孤児院修学旅行」がはじまるのでした。
そして時間は数日戻って、自治都市に入った魔人さんは……。
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