第59話「魔人、自治都市の塔を目指す」
更新、再開しました。
スローペースの更新になるかと思いますが、のんびり、お付き合いください。
外は雨降り。
ここは結界の中。
助けた2人の少女は、フェンルと一緒に風呂に入れた。
その間に俺は『こんろ』でミルクを温め、同時に部屋の『えあこん』を強めにしておく。外は寒かっただろうからな、気温は高めにしておいた方がいいだろう。
だが、乾燥で喉を傷めてもいけない。
風呂場の壁は湯気だけ『通過』するようにしておこう。あとは落ち着くように甘いお菓子を用意して、彼女たちのベッドを『結界形態変化』で作っておいて、と……こんなものか。
まったく……なりゆきで助けてしまったとはいえ、面倒なことだな。
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風呂を出て、乾いた服に着替えて──
ホットミルクを飲んで、お菓子を食べて、歯を磨かせて──
それからベッドに座って、毛布をかぶった2人は、やっと落ち着いたようだった。
「シンシアさまのご実家は、いわゆる新興の貴族でして」
先に話し始めたのは、メイドの幼女だった。
桜色の髪を三つ編みにしている。
彼女はお嬢様──栗色の髪の少女によりそうようにして、ぽつり、ぽつりと口を開いた。
「新しい家というのは、色々事情があるものなのです」
「成り上がりと言ってもよくてよ、リーティア」
「成り上がりの貴族でして」
「あ、あなたの率直なところは美徳ね……」
あっさり言い換えるメイド幼女と、少女ご主人様。
どうも不思議な関係の2人だった。
メイド幼女リーティアは、ベッドに座って落ち着いてる。
逆にお嬢様のシンシアはこの状況が落ち着かないのか、何度も座り直しているようだ。
「わがトルミア家はお父さまが若いころ、建設関係の仕事で評価されて、子爵の位を得たのです」
お嬢様シンシアは俺を見て、言った。
「そしたら親戚が集まってきて、いつの間にか知らない女性が家に入り込むようになり、シンシアの兄弟姉妹が増えました。そして、最近お父さまが亡くなり、家の中が大混乱になった、というわけです」
「わっかりやすいな……」
絵に描いたようなお家騒動だ。
「さっきの男たちは、シンシアお嬢様を殺しに……いや、さらいに来たのか」
「ええ。お母さまは、お父さまと正式には結婚していませんでしたから、シンシアには家を継ぐ権利はないのです。それで、面倒ごとを避けるため、適当な相手に嫁がせようとしているのですね……」
「考えの浅いことですね。財産目当ての親戚が考えそうなことです」
「言葉を飾らなくてもいいのよ。リーティア」
「トルミア子爵家の親戚は、シンシアお嬢様以外はゴブリンやオークのお相手がふさわしい人たちばかりですねっ!」
「あなたの描写はいつも的確ね、リーティア」
メイド幼女は胸を張って宣言した。
そんな彼女の肩に、シンシアお嬢様は肩を寄せてる。
2人は本当に信頼し合っているようだ。というか、よく見るとシンシアお嬢様も身長はほとんどリーティアと変わらないのだが。少しだけスタイルはいいが、少女と呼んだのは間違いだったかも知れない。
こんな2人に面倒ごとを強いるとは……まったく。
人間よ。
魔王ちゃんと魔人は世界を人間に任せるために消えたようなものなのだからな、もうちょっとなんとかしろよ。ったく。
「……それで、2人は家を飛び出してきたというわけか」
「おちゃですー」
話している俺たちに、フェンルがお茶の入ったカップを持ってくる。
ふむ。少しは成長したようだな。
水面に浮かんでるお茶っ葉が半分くらいになってるものな。前に淹れてもらったときは、カップの表面にびっしりお茶っ葉が貼り付いていたものな。
「これから、どうするつもりなんだ? シンシアさん、リーティアさん」
「予定通り、自治都市に行くつもりでおります」
シンシアお嬢様は言った。
「あそこには、お父さまが手がけた建築物がありますから。それを見るのが、小さいころからの夢でしたので」
「お父上は建築家だと言っていたな」
「はい。あの有名な『静寂の塔』の設計も行いました。私も設計図を見せてもらったことがあります」
「……『静寂の塔』?」
「ご存じないのですか? 自治都市で行われる武術大会の優勝者が、祝福を受けるための塔です」
シンシアは手を握り合わせ、夢見るように話し始めた。
『静寂の塔』は十年前、領主の発案で作られたそうだ。
自治都市がいつまでも平和でいられるように、周囲の魔力を集めるようなシステムになっているとか。ときどき神官さんや高位の貴族が登って、世界を見渡したりしているそうだ。なんたって高さは地上40階。自治都市すべてを見渡すことができる。
設計を手がけたのはシンシアの父、ルータル=トルミア。彼は要求通りに完璧に仕事をこなし、その功績によって爵位を与えられたのだという。
「シンシアも一度だけ設計図を見せていただいたことがあります。大変美しいものでした。最上階には隠し部屋まであるんですよ?」
「それ……お家の秘密ではないのか?」
自治都市の領主さんの命令で作ったのなら、なおさら。
「ばらしたら、実家があとで罰を受けるのでは?」
「いいんです。あんな家、一度ほろんだ方が」
「言葉を飾らなくてもよろしいんですよ。シンシアお嬢様」
「あんなゴブリン以下の人たちが住む華々しいだけの猿山は、一度火炎魔法で灰にした方がいいんですわ」
「お見事です! お嬢様」
お見事な毒舌だった。
シンシアお嬢様も、メイド幼女リーティアも、悪者に襲われたばかりだ。
それで興奮して、手を下した実家に絶望してる、というのもあるんだろうな。
「それに、私になにかあったら、隠し部屋の情報は消えてしまいますもの。お父さま、設計図を焼き捨ててしまいましたからね。だから、伝説として残しておきたいのですわ」
「……そういうことか」
「はい。お父さまの素晴らしいお仕事ですもの。私も一度でいいから、最上階の隠し部屋を見てみたいです……できれば……」
うん。できれば俺も見てみたい。
王家の人々が儀式に使う場所なら『沈黙の姫君』の手がかりがつかめるかもしれないから。
もしも王子や王女が居合わせれば、こっそり話を聞くこともできるだろう。
「2人は『静寂の塔』を見てみたいんだよな?」
俺は言った。
シンシアお嬢様とメイド幼女リーティアは、こくん、とうなずいた。
「それは、外から見るだけでいいのか?」
「いいえ」
シンシアは頭を振った。
「無理なのはわかってます。でも、やっぱり最上階を見てみたいです。そこにはお父さまの技術のすべてがつぎ込まれていますから」
「わかった。では、俺がなんとかしよう」
「どうして……ですか?」
「ついでがあるんで」
「「どんなついでですか!?」」
シンシアとリーティアは口をそろえて叫んだ。
「いわゆる、野暮用という奴だ。気にしないでくれ」
「あの、クロノ=プロトコルさま」
シンシアお嬢様は不思議そうに、
「そもそも、塔のてっぺんまでどうやって行くつもりなのですか?」
「普通に登っていくつもりだが」
「いえ『静寂の塔』は、王家の方や『武術大会』の優勝者のみ入れる場所なんです。あなたが武術の達人なら別ですが、そうでなければ中に入ることもできないのでは……」
「わかった。では、外から行こう」
「どうやってですか?」
「俺の『結界』に不可能は──」
……あるな。
全員乗せて空は飛べないし、風呂も一人分しか作れない。従者が増えたことでスペースは広くなったが、全員に部屋をあげられるほどでもない。うーむ、まだまだ成長の余地があるな。
「──不可能はあるが、塔の外を登るくらいはなんとかなるぞ」
「……あの……『結界』といえば……ひとつおうかがいしてもいいですか?」
「うむ」
「私もリーティアも、あなたがたも、こうしてベッドに座って話をしていますね?」
「いるな」
「ゆったり、くつろいでおります」
「落ち着いたようでなによりだ」
「なのに、外の風景が移動しております」
「あのままあそこにいると、敵が戻ってくる可能性があったからな」
「どうしてこうなってるんですか!?」
「それはここが俺の結界内で、結界の外側には車輪がついてるからだ」
俺は『遮断:音声』を解除した。
がたんこー。がたんこー。
結界につけた車輪が、街道を進む音が聞こえる。
小さな音だが、結界内にいると結構響くな。
俺はシンシアとリーティアを助けてから『結界形状変化』で、結界の左右に車輪をつけた。でもって、そのまま真横に移動させたのだ。うつぶせになったお椀を少し浮かせて、その左右に車輪をつけて転がしてるような状態だ。
結界浮遊能力は持ってるが、さすがに俺と幼女3人を乗せて移動できるほどの力はない。だが、これなら弱い力で、楽々と街道を移動できるのだ。もちろん『結界偽装』はかけてある。風景に溶け込むようになってるから、よっぽど近づかなければわからない。もっとも、この雨の中、街道を歩いている者もいないのだが。
「ちょうど俺も自治都市に用があったからな。ちょうどいい。このまま寝ながら町までご案内だ」
「あなたは……一体何者なのですか」
「結界使いの、ただの初心者冒険者だよ」
俺は言った。
山ダンジョンでヴァンパイアと勇者武術に会い、いろいろな情報を得たけれど、俺の本質は結局そんなに変わってない。
目的が『魔王ちゃんの遺産』から『魔王ちゃん本人』に変わっただけだ。
それも……なんとなく、このルートで間違ってないような気もしているからな。
「わかりました……助けていただいた身です。深く追求はしません」
「助かる」
「それにしても、少し揺れますね。これ」
「新しい技術だからな。そういえば、シンシアお嬢様のお父上は建築家だったか」
「はい。父はいろいろな技術を研究していました。確か……板バネで馬車の振動をやわらげる方法なども……」
「ぜひ教えて欲しいな、それは」
「私はお父さまから手ほどきを受けています。もしよろしければ、この場で設計をいたしましょう」
なんと。
偶然救っただけだったが、意外と彼女はいい拾い者だったかもしれない。
「いえ、板バネの材料が必要になりますが」
「それは適当に結界をあれしてこれしてこうするから大丈夫だ」
「色々突っ込みたいところですが……いえ、助けられた身です。お役に立てるのなら光栄です」
そう言ってシンシアお嬢様は、スカートの裾をつまみあげて、一礼した。
外で来てたドレスのつもりだろうが、それ、フェンルの服だからな。
裾が短いのだ。そういうポーズは人前ではやめた方がいいぞ。いろいろ危険だから。
「それでは、リーティアにはお茶を淹れさせてください」
「おぉ。得意なのか?」
「ええ。こう見えてもお嬢様のメイドをずっと努めてまいりましたから。腕には少々自信があります」
「具体的には?」
「町の茶館のお茶がただの泥水に思えるくらいには」
頭にヘッドドレスを着けたメイドさんは、にやりと笑った。
「ただ……残念ですね。いつも使っている編み目の細かい茶こしがあれば、もっと美味しいお茶を淹れられるのに」
「それは俺の『変幻の盾』をあれしてこれしてこうするから大丈夫だ」
「よくわかりませんが、努めさせていただきます!」
「わ、私はクロノさまの肩を叩いて差し上げます。ていていていていっ!」
別に対抗しなくていいからな、フェンル。
あと、そこは肩じゃなくて肩甲骨だ。届かないなら、俺が座ってからにしなさい。
しかし、シンシアお嬢様とメイドのリーティアは、結構使える者のようだ。ふふふ。
いいだろう。短い間だが、その技術を利用させてもらおうではないか。
もちろん面倒事がおきないように、その後の身の振り方くらいは考えてやるがな。
そうだな。町に着いたら、ニーナ=ベルモットに手紙を書くとしよう。
彼女経由で、ナターシャ=ライリンガに2人の保護をお願いすればいい。
ライリンガ家は文官の家系だ。シンシアが建築家の娘で、父の知識を受け継いでいるとなれば、その才能には価値がある。ナターシャなら保護してくれるはずだ。
お礼に、あとで俺がナターシャの依頼を格安で受ければいい。もちつもたれつだ。
そういえば……ルチアとマルグリッドは、ナターシャの依頼で仕事をしているのだったな。
町にいたときに手紙を受け取ったが、しばらくは彼女の手助けをするのだとか。『学校』作りと、とある村の防衛を手伝っているそうだ。向こうで友だちもできたから、一緒に王都に遊びに来たい、と言っていた。
そうだな、ついでに2人にも『友だちを連れて武術大会を見に来い』と手紙を出しておこう。
旅費くらいは俺が出せる。
あいつらにも同年代の友だちは必要だからな。きっとフェンルとも仲良くなれるはずだ。ルチアとマルグリッドがどんな友だちを作ったのか、俺も楽しみだ。
「無理強いはしないように、軽い感じでな……と」
……せっかくだからノエル姉ちゃんたちも呼びたいな。
別に手紙を書いておこう。
「……無理強いはしないように、軽い感じで……と。あんまりしつこくするのも良くないからな」
うむ。これで楽しみが増えた。
自治都市にある……『静寂の塔』か。
面白い。
魔人ブロゥシャルトの転生体が、のんびり探索してやろうではないか。
そんなわけで魔人さん、家族と従者におてがみを出します。
それを受け取ったノエル姉ちゃんたちは……。
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