第58話「魔人さん、魔王ちゃんとの未来を語る」
結局、俺はニーナの依頼を受けることにした。
武術大会に他国の王家まで来るというなら、『沈黙の姫君』を探すのにちょうどいい。まぁ、そこで見つからなくても、手がかりくらいはあるだろう。他にあてもないからな。
「というわけでフェンルよ。1日休んでから出かけることにしよう」
「はい。ブロブロさま」
俺たちは宿に戻って支度をしていた。
宿で数日のんびりしてもいいが……やっぱりここは人が多すぎる。俺たちにとっては、外で『結界』を張った方が落ち着けるのだ。ナナミのおかげで『結界形状変化能力』も手に入ったからな。偽装どころか、結界そのものに攻撃力もついたはずだ。
「……あの、ブロブロさま」
「どうした、フェンル」
夜、寝間着に着替えたフェンルが、俺の方を見ていた。
妙にまじめな顔だった。
「ブロブロさまは『沈黙の姫君』を『運命の相手』と言いましたよね」
「ああ」
「では……その方が本当に魔王さまの転生体だったとして、ブロブロさまはどうされるおつもりなんですか?」
「謝るよ。前世で守ってやれなかったことをな」
俺は言った。
そういえば、こんな話はしたことがなかったな。
というか、こういう話はフェンルにしかできぬのだが。
「前世の俺は魔王ちゃんを護衛する魔人として生まれた。だが、勇者に敗れた。奴らがいくら規格外の存在だといえ、役目を果たせなかったのは事実だ。けじめはつけなければなるまい」
「でも、ブロブロさまは精一杯戦われたのですよね?」
「まぁなぁ。そうなんだけどなぁ……」
勇者、むちゃくちゃ強かったから。
魔王城が落とされたときのことは、俺だってあんまり思い出したくない。
パワハラを受けていた俺とは違い、魔王ちゃんは幸せに暮らしていたんだ。あんな目にあったら、人間を嫌いになっても仕方がない。しかも、勇者は俺の死後も魔王ちゃんを追いかけて、追い詰めてたんだから。
『勇者武術』に、魔王ちゃんの最後の言葉が残ってるってことは、そういうことだから。だから俺は、魔王ちゃんが幸せに転生したのかどうか、確信が持てない。守れなかった申し訳なさもあって、悪い方に考えてしまったのだ。
魔王ちゃんの性格からすると……もうちょっと気楽に考えてもいいのかもしれないが。うーむ。
「……ブロブロさま。もうひとつ聞いてもいいですか」
「構わぬ」
「ブロブロさまは、魔王さまを……愛していらっしゃったのですか?」
「それ、前にも聞かなかったか?」
「……すいません、どうしても気になって……」
「愛していた……か」
まじめに考えたことはなかったが──
「そういうのとは、ちょっと違う気がするな」
正直、自分でもよくわからんのだ。
前世の俺は、魔王ちゃんに近い存在でいすぎたのかもしれない。魔王ちゃんが生まれたときから知ってるから。なんかこう、ひな鳥を見守る親鳥みたいな感じだ。
「やっぱり、俺にとって魔王ちゃんは『守るべき家族』だったからな。愛するとか……そういうのは……少なくとも今世で魔王ちゃん──『沈黙の姫君』と出会って、けじめをつけてからだな。なので、まずは謝る。それから気が済むまで一緒にいてやるよ。以上だ」
「じゃあ……もしも、もしも……ですね」
フェンルは不思議なくらい真っ赤な顔で──
「魔王さまの転生体が、前世の記憶を失っていたら、どうされますか?」
「いや、普通に守ってやるつもりだが」
俺は言った。
「記憶をなくしてるっていうことは、ゼロからまた出会う、ということだ。そうなったら過去にはこだわらぬ。それは前世の記憶を持っている俺が──この時代の人間である、クロノ=プロトコルが決めたことだ。魔王ちゃんがもし、前世の記憶をなくしているなら、そのままにしておく。その上で守りつづける。それだけだ」
「わかりました! ブロブロさま!」
フェンルは、しゅた、と手を挙げた。
「もしも万が一……ひゃくまんがいち、私が魔王さまの転生体で、記憶を失ってるとしたら──私もこの世界の人間、フェンル=ガルフェルドとして、ブロブロさまにお仕えいたします!」
「わかった。もしもお前がそういうものなら、ずっと俺の側にいるがいい!」
「はいっ!」
ぱん、ぱぱーん。
俺とフェンルは景気よくハイタッチ。
うむ。旅の出発前にはちょうどいい話だ。目的の再確認みたいなものか。
フェンルと話しているうちに気づいたが……なんというか、俺にも魔王ちゃんを守れなかったトラウマが少しはあるようだ。でも、スローライフにそういうものは邪魔だ。さっさと魔王ちゃんを見つけ出して、解消しておきたい。
でもって、もしも魔王ちゃんが記憶をなくしていたなら──この世界でいちからやり直せばいい。俺と魔王ちゃんなら、なんとかなるだろ。
記憶を持っていて、本当に人間に対して怒ってるのなら、側にいて説得する。そうじゃなかったら……。
まぁ、そのときに考えよう。
どっちみち、俺が一緒にいるのは変わらないのだから。やることは同じだ。
一緒にいるときは守る。側にいられないときもあるだろうが、助けを求められれば、なにをおいても駆けつける。それだけだ。
どうするかを決めるのは魔人と魔王じゃない。前世の記憶を持つ俺と、転生した魔王ちゃんだ。
この時代のことは、この時代の俺たちが考えて、決める。
そんな感じでいいのだろう。きっと。
そして翌朝、俺とフェンルは『武術大会』が行われるという自治都市に向かって旅立った。
天気は──薄曇り。
逆に『結界スローライフ実験』にはちょうどいい。
通りを4日ほど歩けば、自治都市にたどり着く。
ちなみにニーナは10日ほど遅れてから来るそうだ。宿舎は手配してくれているらしいので、俺たちはそこで待っていればいい。仕事は、大会会場でのニーナの警備だ。
俺たちはゆっくりと進んでいく。急ぐ旅ではない。むしろゆっくり進んだ方がいい。
この先には川が流れる岩場がある。今日の宿泊地はそこだ。昼前に着けばいい。久しぶりに、野天での『結界生活』を楽しむとしよう。
──と、思ったら。
「雨だな……」
「雨ですねぇ……」
「土砂降りだな……」
「ざーざー降ってますね……」
「……フェンルよ」
「はい……ブロブロさま」
「お前、もしかして『雨女』というやつではないのか?」
そういえばフェンルと初めて出会ったときも雨だった。
フェンルを連れて旅立ち、ルチアとマルグリッドと出会ったときも雨だ。
で、今度も雨。
「いや、逆に俺が『雨男』ということも考えられるか」
「おそろいですね」
「旅とするには不向きなふたりだな……」
俺とフェンルは、顔を合わせて苦笑い。
俺たちは街道沿いの林のそばに『結界』を張って休んでいる。
外は土砂降りの雨。
街道の踏み固められた地面を、大粒の雨が叩いている。
「まぁ、人目につかないということは『結界』実験にはちょうどいいか」
「おそとには『偽装結界』を張られているんですよね?」
「ああ、外からは、この結界は小高い土の山に見えているはずだ──だが『結界形状変化』を使えば、こんなこともできる」
俺は結界の形状を変化させた。
にょき。
結界の屋根から、細い幹が伸びていく。
にょき。にょきにょきにょき。
それは形を変え、数本の樹木に変わる。
「ブロブロさま! すごいです。これ、林にしか見えないです!」
「うむ。これなら誰も近づこうなどとは思うまい」
これは『偽装結界』と『結界形状変化』の応用だ。
結界の屋根から、柱のようなものを生やして、それに『偽装結界』を加える。そうするとそれは樹木へと変わる。ただの土の山だと、誰かが登ってくるかもしれないからな。こうして林っぽくしておけば、見通しも悪いし、わざわざ踏み込むものもいないだろう。
「これで一安心だ。では、お昼寝でもしようか」
もちろん結界内部にも『結界形状変化』を発動している。
結界内にはベッド、クローゼットができている。クローゼットは『収納結界』に繋がっているので、たくさん物を入れることが可能だ。ちなみに上の段は俺の服。下の段はフェンルの服。真ん中は来客用にしてある──のだが。なぜ上の段にフェンルの下着が入っているのだ。おいフェンル──あ、もう寝てるのか。早いな。子どもの寝付きというのは。というか、お前が寝てるのは俺のベッドなのだが。
まったく、フェンルときたら……。
昨日、俺のトラウマっぽい話を聞いていたときは、妙に大人びているように見えたのだが……お前、幼女なのか大人なのかはっきりしろ。
ったく、転生してまで幼女に振り回されるとは思わなかったぞ。
……まぁいいか。俺はフェンルのベッドで眠るとしよう。
……おやすみ──。
──────────
「はぁ。はぁ……」
少女たちは走り続けていた。
雨の中、服が濡れるのを気にする余裕はない。
短い旅のはずだった。
情報は、隠しているはずだった。
まさか旅の途中で命を狙われるとは思わなかったのだ。
馬車は街道の中ほどで倒れ、馬は殺された。御者をしていたメイド服の少女が無傷だったのは奇跡だ。彼女はそのまま馬車から主人を連れ出し、必死に逃げた。
敵が誰なのかはわからない。
主人が狙われる理由は──数え切れない。
高貴な立場とはそういうものだ。それでもメイド服の少女は、小さい頃から面倒を見ている主人を必死に守ってきた。毒味をして、近づく者が敵か味方か、確実に見極めて。
だが──それも限界が来た。
自治都市で行われるという『武術大会』──その観戦を理由に町を出られたのは幸いだった。そのままどこかの貴族を頼り、身の安全を図るつもりだったのだ。
まさかその情報が──敵に漏れているとは思わなかった。
「リーティア……さむいよ。さむいよ」
「お嬢様。もう少しだけ頑張ってください……」
ここは見晴らしが良すぎる。どこかに隠れなければ。
手近な森──林。そう、あの小高い林の中へ──。
「……ここまで、来れば」
メイドの少女がそうつぶやいた、とき──
かつん。
目の前の木に、ダガーが突き立った。
「子どもの浅知恵とはこのことよ」
聞こえた声に、メイドの少女の顔が青くなる。
見られていた。
土砂降りの雨の中、姿をくらましたつもりだった。
こちらから敵の姿は見えなかった。けれど、すでに発見されていたのだ。
「悪く思うな。そちらのお嬢様を捕らえて連れてこいといのが、うちの雇い主の依頼でしてねぇ」
「シンシアお嬢様に何の罪があると言うのです!?」
少女は叫んだ。
耐えられなかった。
お嬢様は、なにひとつ悪いことはしていない。ただ、生まれた家が悪かっただけだ。
金持ちの父親。たくさんの妾。その中で生まれる、権力争い。
シンシアお嬢様はそれに関わらないよう、身を潜めて生きてきたというのに──
「罪? それはあの家に生まれたことでしょうな」
男──いや、林の中に入ってきたのは男たちだ。
剣を持っている男が2人。弓が1人。すでにメイドの少女とシンシアを取り囲んでいる。
「だ、誰か──」
「声を上げても無駄さ。こんなところ。誰も来やしねぇよ」
男は喉を押さえて、笑った。
「さてと、お嬢様を渡してもらおうか。抵抗は無駄だ。叫ぼうが悲鳴を上げようが、誰にも聞こえはしねぇんだからなぁ! ははっ! ははははははっ!!」
──────────
「…………誰だよ。ひとんちの上で高笑いしてるやつは」
眠れないじゃないか。まったく。
どうも『偽装結界』と『結界形状変化』が完璧すぎたらしい。
『木が生えた丘』に偽装した結界の上で、なんか少女と怪しい男たちが言い争ってる。具体的には、俺の真上3メートルくらいのところで。結界内部からは少女と男たちの姿がはっきりと見える。どっちが悪者かもまるわかりだ。
「……おい、フェンル。起きろ」
「…………ブロブロさまぁ。あったかい」
お前、いつの間に俺のベッドに──いや、こっちはフェンルのベッドか。じゃあいいのか? いや、よくないか。まぁ、タイミング的にはちょうどいいわけだが。
怪しい男に取り囲まれてる少女たちは、ちょうど俺のベッドの真上にいるからな。
「さあ、助けでもなんでも呼んでみればいいさ! ほらほらほら!」
「お嬢様を──わたしが盾になります。身をもって敵の動きを止めますから……今のうちに!」
「だめだよ。リーティア。ああ、誰かリーティアを……」
「結界に設定追加。『通過:少女および幼女』!」
ぼふん。
俺のベッドの上に、少女が2人降ってきた。
「「………………へ?」」
2人は目を丸くしてる。
同じように、結界の上にいる男たちも驚いてる。いきなり目の前から少女2人が消えたわけだからな。驚くのも無理はない。
が、それでは済まさぬ。
少女たちの話を聞くのは、後だ。
まずは上にいる男たちに、俺のお昼寝タイムを邪魔した罪をつぐなってもらおう。
「『結界形状変化』──でっかい腕!」
むにゅ。
結界の上に生えた林が、形を変えた。
ごつごつした──大人3人くらいはつかめそうな、大きな手のひらを備えた腕へと。
「「「な、なんだこりゃあああ!!」」」
男たちは叫んでる。まぁ、気にするな。
とりあえず『でっかい腕』で男たちをつかんで──ふむ。あっちに浅い川があったな。殺すとあとが面倒だ。『もふもふぷにぷに』能力で、『でっかい腕』をしならせて──
「「「うぉおおおおおおお!?」」」
その反動で、男たちを川の方にぽーいっ、と。
「「「────────ぇぇぇぇぇ!!!!???」」」
ぽちゃん。
よし。成功。
川に落ちた男たちは……よし、逃げていった。その間に移動しよう。
まったく、ひとんちの上で少女──いや、見た感じ、メイド服の方は幼女か──をおどすとは、まったく度しがたい奴らだ。しかも、幼女も少女もずぶぬれではないか。風呂は──雨水を使えばいいか。『結界形状変化』能力なら、床を風呂桶に変えることもできるからな。初対面の人間に、結界風呂の使い方を説明するのは面倒だが──
「おい、フェンル」
「ふぁい……ブロブロ、さまぁ」
「彼女たちに風呂の使い方を教えてやってくれ。その間に結界ごと移動する」
「わかりましたぁ」
こら、寝ぼけてるのか。いきなり人前で脱ぐな。
少女たちがおどろいているではないか。まったく。
「とりあえず、俺は敵ではありません」
幼女と少女が震えてるから、俺は言った。
「能力については後で説明しますから、とりあえず着替えて、あったまってください。事情はあるかもしれないけど、今だけでも、この結界の中なら『スローライフ』できると思うので」
真のスローライフには、まだ遠いが。
魔王ちゃんの手がかりもつかんだのだ。のんびりと進んでいこう。
転生した魔王ちゃんと出会ったとき、たくさん話ができるように。俺の家族も紹介したいし、従者のことも、この時代の魔物のことも伝えたいからな。
新しい時代に転生した俺たちが、この世界を楽しめるように。
「えっと、この方は私のご主人様で、クロノ=プロトコルさま。私はクロノさまの忠実な配下でフェンルです。私たちはもがぁ」
「だからなんでお前は服を脱ぎながら話を進めようとするのだ。フェンルよ」
ほら、少女ふたりが笑っているではないか。
まぁ……緊張も解けたようだから、いいのか。
「た、助けていただいて、ありがとうございました」
「わたしはメイドのリーティア、こちらはシンシアさまで……それで──」
そうして俺は、見知らぬ少女と幼女の話を聞くことにしたのだった──
そうして魔人さんは『すべてを統べる沈黙の姫君』を探しに向かいます。




