第56話「魔人、魔王の真実を知る」
「では、語ってもらおうか。『勇者武術』に伝わる、魔王の伝説とやらを」
俺は『勇者剣術』のミハエル=ランゲルスを見下ろして、告げた。
武装解除は済ませてある。奴の『究極聖剣』と、『勇者格闘術』モニカが使っていたガントレットは、煮えたぎる岩の中に落ちている。
この第3階層は炎熱フロアだ。あちこちで地面が裂けて、そこから焼けた岩が口を出している。
……正直、そこまでするつもりはなかったのだが『もふもふぷにぷに』してるうちに吹っ飛んでしまったのだ。仕方がない。
「もう、話せる状態になっているはずだが?」
「……うぅ」
ミハエルは口ごもる。体調はよくなっているはずなのだがな。
こいつらさっきまで、2人とも『超振動』と『連続トランポリン』で酩酊状態だったからな。ちゃんと休ませて、吐いてしまった口の中は『がらがらぺっ』させて、水分補給させて、さらに甘い物を吞ませてやったのだ。その後は毛布を敷いて、その上で休ませてやった。
あとは話を聞き出すだけだ。
こっちも魔人だ。容赦はせぬ。
「……モニカは……?」
「俺の部下が見張っている。安心しろ。危害を加えるつもりはない」
フェンルとナナミは、離れたところで休んでいる。
今頃、ハチミツ入りホットミルクでティータイムを楽しんでいるはずだ。
俺たちを襲った『勇者武術』モニカにはハチミツなしの、ナッツ抜きビスケットだけだがな。従者でも幼女でもない貴様に『魔人とっておきおやつ』を食わせるわけにはいかぬからな。
「……ならば、もう、すべてを語るべきなのかもしれません」
ミハエルはすべてを諦めたような、ため息をついた。
「『勇者武術』も終わりです。あなたのような新人冒険者や、幼女に負けるのですから」
「気にするな。幼女に勝つなど、魔人でも不可能なのだから」
実際のところ、俺は魔王ちゃんに勝ったことがない。
あと、実家でもミリエラとカティアにも勝ったことがない。ノエル姉ちゃんにも勝ったことはないけどな。幼女のころも、今も。
「あなたはなにを聞きたいのですか? 新人冒険者さん」
「『勇者武術』に伝わる、魔王の伝説のすべてを」
俺は『変幻の盾』で地面を突いた。
『勇者剣術』ミハエル=ランゲルスに罪はない。こいつが魔王城に攻め込んだわけじゃないからな。
だが、勇者の武術を受け継いでいると考えると、やっぱりこう……もやもやするのだ。こいつら『魔王を倒した武術の伝承者だぜ、へっへーん』って感じでいばってるし。
だから、こいつらの自信の裏付けになるものを知っておきたい。
そうすればスッキリして、心置きなく『スローライフ』できるようになるはずだ。
「俺は魔王と魔人の研究者だからな」
「彼らを復活させようとでも?」
「まさか、いまさら魔王や魔人を復活させようなどとは思わぬよ」
というか、もう転生してるからな。
俺も……ヴァンパイアのエノの話が確かならば、魔王ちゃんも。
「……そうですか」
ミハエルは顔を上げた。
安心したように、肩を落としている。
「私はおそれていたのです、あなたがあの邪悪な魔王を復活させ、かの者が世界を『攻略』するのを手助けするのではないかと」
「……世界を『攻略』?」
ばかな。
人間萌えの魔王ちゃんが?
『生まれ変わったら人間になりたいー』と言って、異世界から流れ着いた『少女マンガ』や『ラブコメ』を読みまくっていた魔王ちゃんが? 異世界に伝わる『ぎゃるげー』『おとめげー』などの特集記事を読んで、『ほらほらブロブロこうするんだよー』と笑っていた魔王ちゃんが……世界を?
──そんなことがあるものか。なに言っているのだ。こいつは。
「冗談はよせ」
「冗談ではありません。これは『勇者武術』の伝承者にのみ伝わっている情報です。魔王は最後に『この世界で────必ず攻略するんだから』と言い残して消えたのです」
『勇者剣術』ミハエルの表情は真剣そのものだった。
俺に敗れ、『究極聖剣』を失ったことで、覚悟を決めたのだろう。
……だとすれば。
「本当……なのか?」
魔王ちゃんが『世界を攻略──』と言い残して消えた、だと?」
信じられない。
「魔王ちゃんが、この世界を、攻略……」
「正確には『この世界で──必ず攻略』です」
「どっちでもいいだろう?」
「まぁ……そうなのですが」
ミハエルは困ったような顔になる。
「そして、そのあと魔王は『生まれ変わって記憶をなくしても、この想いだけは残るはず──』と、勇者を証人にするように、高らかに宣言したそうです」
「だが、おかしいだろう? どうしてそんな重要な情報を、お前たちは隠していたのだ?」
「……それは、初代の勇者が、失敗したからです」
『勇者剣術』ミハエルは、目を伏せて言った。
「『勇者武術』の開祖である異世界勇者たちは、魔王を本当の意味では倒せなかったのですよ……」
「……倒せなかった?」
「ええ。合体魔法を放つ前に、魔王の身体はその膨大な魔力を暴走させ、光となって消えたのです」
「なんと!?」
「信じられないかもしれませんが……」
「いや、普通に信じるが」
魔王ちゃんが光になって消えた──か。
おそらくそれは、ヴァンパイアのエノが言っていた『転生術式』の発動現象だろう。
俺は勇者たちの魔力を利用して術式を発動させたが、魔王ちゃんなら自前の魔力で術式が使えるからな。
「だから勇者たちは、私たち『勇者武術』を残したのです」
『勇者剣術』のミハエルは震える手を押さえていた。
まるで、見えない魔王を恐れるかのように。
「いつか魔王が再来したとき、勇者の技が残っているように。そして、魔王の真実を語り継ぐために」
「そこまで記録が残っているのに、なんで魔人のことはわからないのだ?」
「だって魔王の取り巻きのことを覚えててもしょうがないでしょう?」
「そうだけどさぁ……」
しょうがないか。
魔王ちゃんがそんなインパクトを残したのなら、魔人の存在なんか消し飛ぶよな。
「……魔王の言葉には続きがあります」
ミハエルは、なぜかすっきりした顔をしていた。
ずっと誰かに言いたかったのだろう。こんな情報、抱え込むには重すぎるからな。
「『生まれ変わったら、絶対にあきらめない。あらゆる属性を使って、全方位から攻略する』──って」
……ああ。
もはや疑うべくもない。ミハエルの表情を見ていれば、わかる。
勇者がこの伝説を残していった、というのが真実である証だ。
奴らにとっては『魔王を倒せなかった』なんて情報を語り継ぐメリットはない。
ならば、やはりこれは真実なのだろう。400年の時を経た。
「……魔王……よ」
俺は、勘違いしていたのだろうか。
魔王ちゃんは人間萌えだった。魔人や魔王よりも弱く、はかない人間たちを愛していた。
だから勇者が魔王城に攻め込んできたときも、人間そのものを嫌うことはなかった。神や勇者に「ぷんすかだよー」って怒っても、人間そのものを嫌いにはならなかったのだ。
だが……本当は違ったのか?
俺や他の魔人が滅ぼされて、魔王城が荒らされて──大事にしていた『異世界ラブコメコレクション』を破壊されて、お気に入りだった『ホーンラビットマグカップ』(俺が焼いて絵をつけた逸品)も割られて、本当は恨んでいたのか?
だから『この世界で──攻略』なんて言い残したのか?
この世界で『人間たちの王国を』攻略して、自分の想い──怒りをわからせてやろうと思っているのか……?
「……なんということだ」
「あなたは魔王と魔人の研究者でしたね。この真実にそれほど衝撃を受けるとは……もしや、あなたの魔王に対する分析は的外れだったのですか?」
「ああ……俺は、魔王のことを、なにもわかっていなかったのかもしれない……」
俺は拳をにぎりしめた。
「だが、受け入れねばなるまい。これが真実であるのなら」
「強い方ですね。あなたは」
ミハエルは、静かにため息をついた。
「あなたに敗れたのは、このミハエル=ランゲルスにとって、よいことだったのかもしれない」
不思議なくらいすっきりした顔で、ミハエルは言った。
「世界の秘密を『勇者武術』だけが抱え込むのは重すぎます。魔王が『この世界で──攻略する』ために、世界のどこかで眠りについているなんてこと……誰にも言えませんでしたから」
そうか……勇者たちはそう思っていたのか。
『転生術式』のことは知らないもんな。仕方ないよな。
だからこいつらは、魔王に関係ありそうなクエストを受けまくっていたのだな……納得だ。
「……安心しろ、俺も、このことは誰にも語るつもりはない」
「そうですか、では最後に『勇者武術』に伝わる最後の伝承をお教えしましょう」
「まだあるのか……?」
「ええ、光となって飛び去る寸前、魔王が残した言葉です。かの者が再びこの世界に現れるとき、引き連れてくる軍勢を意味するものだと、『勇者武術』には伝わっています。もっとも、意味はないかもしれません」
「意味がない?」
「はい、ただの単語が並んでいるだけで、言葉の意味も、音も、あいまいですから」
「そうか」
俺は少し考えてから、言った。
「……聞かせてもらおう」
もう、目をそらしているわけにはいかない。
魔王ちゃんの真実がどのようなものであれ、俺はそれを知らなければいけない。
もしも……本当に魔王ちゃんがこの世界の敵になったのなら──
その時は……俺は…………。
「教えてくれ。ミハエル=ランゲルスよ」
覚悟はとっくに決まっている。
魔王アデルリッゼの最後の言葉、聞かせてもらおうではないか!
「──『生まれ変わったら、絶対にあきらめない。全方位から、あらゆる属性を使って攻略する』──」
ミハエルが口にしたのは、さっきと同じ言葉だった。
そして──
「『妹
ペット
先生
お嬢様
ボーイッシュ──』
……ここから先の言葉は、魔王城崩壊の音にかき消されたそうです。
最後に光が消えかけたとき、魔王は
『すべてを統べる沈黙の姫君』──と、言い残した……と、そう伝わっています」
そうして、『勇者剣術』のミハエル=ランゲルスは言葉を切った。
足をそろえて立ち、深々と、俺に頭を下げる。
「これが『勇者武術』に残る、魔王の伝説のすべてです」
「妹、ペット、先生、お嬢様、ボーイッシュ……」
その後、いくつかの単語が続いて、最後に『すべてを統べる沈黙の姫君』……。
つまりそれが……転生した魔王ちゃんが『攻略』するために引き連れてくる配下というわけか。
『沈黙の姫君』がすべてを統べる者ならば、それが魔王ちゃん本体なのかもしれぬ。
ヴァンパイアのエノの言葉とも一致する。彼女は『魔王さまの魂は……いくつも』と言い残して消えた。魔王ちゃんの魂が『いくつもの配下を引き連れて転生してくる』ということなら意味は通る。
ああ、そうだ。俺たち魔人は、魔王ちゃんを守ることができなかった。
魔王ちゃんが新しい配下を望むのも無理はない。なんだか、すごくラブリーな連中だが。
目をそらすな。『障壁の魔人』ブロゥシャルトよ。
俺は……転生した魔王アデルリッゼと向き合わなければならぬのだ。
「──魔王よ……あなたが『この世界で』人間の国を『攻略』しようというなら……俺は」
…………止めなければならぬ。彼女と、人間との争いを。
俺は『障壁の魔人』ブロゥシャルトの転生体だ。
だが、ジルフェ村出身の、フォルテ孤児院で育った少年クロノ=プロトコルでもあるのだ。
ノエル姉ちゃんやミリエラ、カティア、ダニエルにトーマ……それに従者のフェンル、アグニス、ルチアにマルグリッド、ニーナ……みんなが住むこの世界を守らなければいけない。
それに、どっちみち魔王ちゃんに会わなきゃいけない、というのは同じだ。
俺は魔王城で『魔王ちゃんの遺産』を手に入れるつもりだった。
でも、本人が転生しているのなら、俺が遺産を持っていくわけにもいかない。魔王ちゃんの許可がいる。
さらに魔王ちゃんが配下を引き連れてこの世界の……いや『この世界で攻略』か……どっちでもいいかそれを目指すなら、武器やお金が必要になる。だから『魔王ちゃんの遺産』を目指して進めば、いずれ俺は魔王ちゃんと出会うことになるのだ。
ヴァンパイアのエノの言葉が確かなら、魔王ちゃんはこの時代に転生している。
そして、手がかりは『すべてを統べる沈黙の姫君』
そんな目立つ属性を持ってる奴が、そうそういるわけがない。探し出して会いに行く。
その者が魔王ちゃん本人なら説得する。
場合によっては、俺が三日かけて作った『ハイブリッドいぼイノシシの豚骨スープ』をいたずらしてこぼしたときのように、泣いて謝るまでその尻を叩き続けてくれる。
「……待っているがいい、魔王よ!」
「あなたは……なんと強い……」
なんだ?
どうしてまぶしいものを見るような顔をしているのだ? 『勇者剣術』のミハエル=ランゲルスよ。
いや、俺に向かってひざまづいても仕方なかろう。さっき俺が『もふもふぷにぷに』でやっつけたあとは、あっちの川っぺりでケロケロ吐いてただろうが。
いまさらかっこつけてどうするのだ?
「魔王がこの世界で『攻略』することを知っても、あなたは恐れないのですね……」
「ばかな。恐れないわけがなかろう」
あの魔王ちゃんが、敵に回るかもしれぬのだぞ。
しかも『妹、ペット、先生、お嬢様』な、ラブリー軍団を引き連れてやってくるのだ。
ぶっちゃけ、魔王ちゃんが分裂したようなものだ。
その全員をおとなしくさせたあと、ちゃんと生活できるように、朝起こして、顔を洗わせて、ごはんを食べさせて、魔物と出会ったら倒し方を教えて……夜になったら風呂に入れて髪をとかして寝付かせる……。
考えただけでも大変だ。正直、気が遠くなる。
だが──
「恐れていることと、しなければいけないことは別なのだ」
「おお……」
いや、感極まったようなため息をつかれても困る。
正直、俺だって途方に暮れているのだからな。そうだな……今できることといえば、魔王ちゃんの新たな仲間が現れたとき、うまく説得できるように練習することくらいか。
「勝算はあるのだよ。『勇者剣術』ミハエル=ランゲルスよ」
「……あなたは、私などが敵う相手ではなかった」
だから、地面に額をたたきつけてどうするのだ。熱いだろう。
うちの子が真似したらどうするのだ。やめとけ。
ったく。お前らはこれから町に戻るんだろうが。無駄な体力を使うな。あとでミルクセーキを飲ませてやるから、元気出して、二度と人を襲ったりするなよ? あと、『勇者短剣術』のナナミも、ちゃんと『勇者補助金』が出るようにしてやれよ。え? そうか、わかってくれたか。『勇者補助金』だけじゃなく『勇者健康保険』に『勇者年金』が出るように手助けしてくれるのか。意外といいやつだな。
……ん? 『究極聖剣』もくれる? いや、いらんし。あれ見てると『神剣』とか思い出して嫌な気分になるからな。あと、剣そのものが焼けた岩の中で溶けはじめてるからな。回収するなら今のうちだが……いいのか?
はぁ。自分のおごりを戒めるため、魔法の武器は手放す──か。妙なことを考えるものだな。本人がいいなら、いいけど。
「クロノさまー」「クロノ殿!」
おお、フェンルとナナミが手を振ってる。
ふむ。『勇者格闘術』のモニカもおとなしくなったようだな。
両足を『スライムシールド』で固定されてるから、抵抗のしようもないわけだが。目をつり上げてるということは、まだ俺たちを敵視しているようだな。一歩進むごとに俺が作ったクッキーをほおばりながら怒ってても、説得力なんか皆無だが──って、一気に口に入れるな。子どもかお前は。ほら、喉に詰まったではないか。
フェンル、ナナミよ。ぼさっとしてないで『結界』の『すいどう』で水を出してやれ。一応、こいつらからは貴重な情報をもらったからな。傷つけずに無力化したのに、クッキーを喉に詰めて死なれたら後味が悪すぎる。さっさと栄養補給して、ダンジョンを移動できるようになったら、帰ってもらわないとな。
──それから俺は『勇者剣術』のミハエル、『勇者武術』のモニカと少しだけ話をしてから、別れた。
あいつらはもう、俺やフェンル、ナナミには手出ししない、と誓った。
ミハエルは俺に勇者の秘密をあらいざらい話した。その上、奴とモニカには武器がない。『勇者格闘術』モニカは文句を言っていたが、俺が『結界』を高速振動させたら頭を抱えて震えだした。『もふもふぷにぷに』の超振動がトラウマになってしまったようだ。すまんかった。
「あなたこそ本当の勇者です。クロノ=プロトコルさん!」
「いやがらせかっ!?」
勇者に殺された魔人を勇者よばわりって、お前なぁ。
悪意がないのはわかるけどやめてくれ。それこそトラウマものだ。
「そこの銀髪のお嬢さんも……『勇者短剣術』ナナミも……私たちが敵う相手ではなかったのかもしれませんね。『勇者武術』に立ち向かう勇気……それこそが勇者の証なのでしょう」
「……はぁ」
「なんかびっくりでありますよ! 『勇者剣術』どの!」
『勇者剣術』ミハエルは、フェンルとナナミにも頭を下げて……そして「こわいこわい振動こわいふるふるこわいよぅ……」ってつぶやく『勇者格闘術』モニカを連れて、去って行った。
ちゃんとナナミに『勇者補助金』『勇者健康保険』『勇者年金』のことを約束して。
俺たちは──くたびれたから、この第3階層でもう一泊することにした。
今日は『結界』でだらだら過ごして、明日の朝に出発するとしよう。
「……どうしたんですか、クロノさま」
「……ずっと難しい顔をされてるのであります」
気づくと、フェンルとナナミが俺の顔をのぞきこんでいた。
ここは『山ダンジョン第3階層』に張った結界の中。
ミハエルたちと戦った場所からは、かなり移動している。またあいつらが攻撃してくるとは思えないが、あの場所はあんまりいい記憶がないからな。
「難しい顔を、していただろうか?」
「「はい!」」
俺が言うと、フェンルとナナミが同時にうなずいた。
うーむ。やっぱりか。
魔王ちゃんの話は、正直ショックだった。
彼女が『この世界で──攻略』することを目指していたとは。
それに、転生した魔王ちゃんの仲間のこともある。
果たして俺は『妹、ペット、先生以下略』を説得して味方にすることができるのか……。
「やはり、俺の今までのやり方はぬるかったのだろうな」
「え?」
フェンルが不思議そうに首をかしげた。
魔王ちゃんの真実については、フェンルには伝えていない。彼女も魔人に作られた種族だ。気に病むかもしれないからな。
俺のすべきことは、もっと他にあるのだ。
「ぬるかった。そう、俺のお前たちへの対応は、ぬるすぎたのだ」
「ク、クロノさま……それはもしかして」
「ああ、まったく、俺としたことが考え違いだったよ」
そう、俺の従者への対応はなまぬるかった。
こんなことでは魔王ちゃんとその仲間には立ち向かえない。だから──
「お前たちをきちんと育成するために、もっとしっかり面倒を見ることにする!」
「これ以上ですかっ!?」「ちょ、ちょっと待ってくださいであります!」
あくまでも練習だ。魔王ちゃんの『攻略』への野望をくじくための。
それに、フェンルたちは魔王ちゃんの配下『妹、ペット、先生(以下略)』に対抗するためにちょうどいい人材だ。彼女たちの面倒を見る実験もできるし、育成すれば、彼女たちに立ち向かうこともできるだろう。
だが、魔王ちゃんの『攻略』への野望を忘れさせるには、まだ俺の結界能力が足りない。
もっとこう……なんかこう。そう、フェンルやナナミを包み込むような、いい感じの能力があれば──。
「クロノさま。そこまでしてくださらなくでいいのであります。自分はもうクロノさまを十分尊敬しているのでありますから!」
気づくと、ナナミが目を輝かせて俺を見てた。
というか、首の後ろも輝いてた。後ろにまわると……あ、『障壁の紋章』が浮かび上がってる。
従者になったのかー。お前もか……ナナミよ……。
『結界形状変化能力』を手に入れた!
どこからともなく声が聞こえた。従者増加によるレベルアップだ。
『結界形状変化能力』……ふむ。わかる。わかるぞ。結界の形を変えることができるようになったのか。
素晴らしいな。
まさに、これが今の俺に必要な能力だ。
「『結界形状変化能力』発動! 床よ──ベッドとなれ。そしてフェンルとナナミを寝かしつけるがいい!」
「え? クロノさま!?」「な、なんでありますか!?」
ふわり、と、結界の床が盛り上がっていく。
座っていたフェンルとナナミ、その身体を包み込みながら、ふんわりとしたベッドに変わる。
これが『結界形状変化能力』だ。
結界の外壁、内壁、床を自由なかたちに変えることができる。しかも俺が能力解除するまで、その形を維持できるというすぐれものだ。
「ク、クロノさま。これ、すごいです。宿屋のベッドなんか比べものにならないです」
「だめであります。これ、勇者をだめにするベッドであります…………あぅ」
ベッドのマットはもちろん『もふもふぷにぷに』だ。
彼女たちの身体に合わせて変化し、成長期の身体も無理なく支えてくれている。
「休むがいい。少女たちよ。ここは俺に任せて先に(夢を見に)行け」
「……ふわぁ」「……あう……ふにゅう」
フェンルとナナミは素直に目を閉じた。数秒でその呼吸が「すぅ」という寝息に変わる。
抵抗は無意味だ。この魔人の力を、レジストできるものか。
俺が指をぱちんと鳴らすと、床は椅子にかたちを変える。
ふむ。なかなかの座り心地だ。やわらかく、かつ、やわらかすぎない。まるで水面に座っているかのようだ。
「これなら、魔王ちゃんに立ち向かえるかもしれぬ」
魔王ちゃんが『この世界で──攻略』するというなら、俺は『スローライフ』で立ち向かおう。
彼女がこの世界を変えたいと思わないように、限界まで甘やかしてやる。
「まずは『すべてを統べる沈黙の姫君』を探すか……」
そういう情報は侯爵令嬢のナターシャか、伯爵令嬢のニーナに聞くのがいいだろう。成長した……ように見えないこともないフェンルと、『勇者短剣術』のナナミを、ふたりに引き合わせてやるのもいいだろう。
フェンルはよく眠っている。もう15歳とはいえ、これから成長することもないとはいえない。俺の従者としてがんばってもらいたいものだ。ナナミもぐっすり──って、おい、寝る前にビキニアーマーぐらい脱いだらどうだ。いや、今ここで脱げとは言っていない。寝ぼけているのか……ほら、『収納結界』から毛布を出してやったぞ。かけたぞ。ビキニアーマーは次回からちゃんと洗っておけよ。今日は俺の洗い物があるからついでにやってやるけどな。次はないと思え。
「──俺も、進化しなければな」
魔王アデルリッゼよ。
あなたがどんなかたちで転生していようと、『障壁の魔人』が必ず迎えに行く。
『この世界で──攻略』するというならそれを止めるか──無理なら、一緒にいてやろう。
あとで自分が人間萌えだったことを思い出して、「やめときゃよかった」って泣かないようにな。
それが転生した魔人である、俺の仕事だ。
待っているがいい。転生魔王アデルリッゼよ──。
魔人さん、現代勇者をこらしめて仲直りしました。
そして転生魔王ちゃんの手がかりを手に入れた魔人さんが向かったのは──
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