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第54話「魔人、ヴァンパイアと出会う」

 俺とフェンル、ナナミの探索は続いていた。

 面倒は嫌いなので、できるだけ効率的に。


 俺の『結界』能力のいいところは、日が暮れても町に戻る必要がないことだ。


 水は『すいどう』能力で補給できる。

 シャワーも浴びられる。ふわふわの布で、髪を拭いてやることもできる。


『えあこん』能力があるから、熱いダンジョンでも快適。

『結界』は普通の魔物では破れないし、見つけられない。だから夜は安心して眠れる。

『もふもふぷにぷに能力』のおかげで、床はふかふか。目を閉じて5分で熟睡だ。


 フェンルとナナミが翌日に疲れを残すことはない。

 この俺が幼女を寝不足にすることなど、断じてありえない。

 もちろん、2人が疲れたと思ったら、すぐに探索は中断。おひるねタイムだ。


 食料は『収納結界』にたっぷり入れてある。30日は保つだろう。

 特にこの『山ダンジョン第3階層』は火種が多い。複数の料理がいっぺんにできるので、効率がいい。熱々 (フェンルの分は冷ました)料理を、いつでも2人に食べさせられる。


 食べたら昼寝。

 起きたら探索。


 夢の『スローライフ』をめざし、俺たちはダンジョンを歩き続け──


 



 探索を開始して、3日目。

 俺たちはついに『さまよえるヴァンパイア』を見つけ出したのだった。





 そこは、ダンジョンの東の隅。

 物陰をうろついている、ローブを着た影があった。


「……かなり干からびた奴だな」

「……口からは大きな牙が伸びてますね」

「……クロノ殿の予想は、大当たりでしたな」


偽装結界(ぎそうけっかい)』の中で、俺とフェンル、ナナミはひそひそと話し合う。

 アンデッドは暗くじめじめしたところを好む。

 魔王城でも、台所の陰や、物置の隅などによく発生していた。アンデッドは1体見かけたら12体はいると思え、というのは、魔王城のお掃除係 (本当はローテーションだが押しつけられた)俺が仕事しているうちに見いだした法則だ。


 アンデッドの管理は『冥府の魔人』の役目だったのだが、あいつ研究ばっかりでさぼってたからな。まったく。魔王ちゃんの健康と環境をもっと考えろと言うのだ。


「それでナナミよ。お前はあのヴァンパイアをどうするつもりだ?」

「……え?」

「お前も勇者武術の仲間であるからには、あいつを討伐するつもりだったのではないのか?」

「え…………あぁ、はいはい。そうでありました!」


 今気づいたかのように、ぽん、と手を叩くナナミ。

 忘れてたな、こいつ。


「……お前、このダンジョンに何をしに来たのだ」

「うどんを……いえ『ヴァンパイア討伐クエスト』に参加するためであります」


 ナナミは、優しい目で俺を見て、言った。


「クエストに参加することが目的で、ヴァンパイアを倒すことではありませぬよ」

「いいのかそれで」

「自分がまだ力不足なのがわかったでありますから」


 ナナミは腰に提げた短剣に触れた。


「それに、クロノ殿たちはあのヴァンパイアに用があるのでありましょう? 恩人の邪魔はできないでありますよ」

「ありがとう。感謝する」

「えへへ」


 髪をなでると、ナナミはくすぐったそうな顔をした。

 で、フェンルよ。お前はどうしてナナミの真横に頭を差し出しているのだ? なでろということか? でもお前、子ども扱いすると怒るだろう? え? なでられるのは別腹……よくわからんが、従者の希望だ。ほら、よーしよしよし……これでいいだろ。


「ふにゃ……おにいちゃーん」


 ダンジョンで幼女化するのはやめんか。


「では、お前たちはここで待っていろ。俺がヴァンパイアに接触してみる」

「わかりました……お気をつけて、クロノさま」

「助力が必要だったら呼んでほしいであります」


 ふたりの従者──いや、ナナミは従者じゃなかったか。

 いかん。いつの間にかあいつも従者になったような気でいた。


『山ダンジョン』で出会ってから、フェンルとはずっと仲良しだったし、一緒にご飯を食べたし、同じ布団で眠っていた。

 だが、こいつは勇者の仲間だったのだよな。

『山ダンジョン』を出たら、道は分かれるのだ。


 別に寂しくはないが……。

 最後に『変幻の盾』で水分を抜いた『乾燥うどん』を持たせてやるのも悪くあるまい。

 こいつの戦い方は、動き回る分だけ栄養消費が激しいからな。

 これから無事に、冒険者としてやっていけるのだろうか。心配だ。ああ……心配だ。


「では、行ってくる」


 俺はフェンルとナナミを残して、結界を出た。


 この場所は『山ダンジョン第3階層』の東の隅っこ。地下を流れる熱源が途切れた場所だ。数十歩離れたところには熱溜まりがあり、真っ赤に焼けた岩がぐつぐつと煮えたぎっているが、このあたりは影になっている。

 空気が比較的冷えているせいで、地面もじめじめしている。

 アンデッドが出現するにはちょうどいい場所だ。


「……貴様が、古き城に住まうヴァンパイアか?」


 俺はヴァンパイア (仮)に近づき、訊いた。


「…………あぅ……あ」


 フードを被った人影が、こっちを向いた。

 やはり、干からびている。かなり古い生き物のようだ。

 背が妙に高い。フードの下の皮膚はかさかさで、ひび割れている。目は半分閉じて、濁って、こっちを見ているのかどうかもわからない。髪は金髪のようだが、頭に少し残っているだけ。皺だらけの口から生えた牙だけが、こいつがヴァンパイアだと思わせる。


 こいつが着ているのは古ぼけたローブ。胸元に『冥府(めいふ)の魔人エンデロッド』の紋章がある。

 ……やはり、奴の関係者か。

 やっと出会えた。いや『冥府』の奴に出会いたかったわけではないのだがな。


「問う。貴様は、魔王時代から生き残っている者か?」

「…………かたり……べ」


 かさついた口が、声を発した。


「…………われは……かたりべ。城の地下で眠り、偉大なる者の気配で目覚めるもの……」


 なるほどな。

 こいつは山の上にある城の地下で、ずっと眠っていたらしい。

 それでアグニスを呪っていた魔法使いも、こいつの存在に気づかなかったのか。


「そんな状態で語るのは(つら)かろう。我が血を受けるがいい。古の不死者よ」


 俺は剣で自分の手のひらを切った。

 じわり、と、にじみ出す血を、ヴァンパイアの前に差し出す。


 ヴァンパイアはフードを取った。なるほど、こいつ、女か。

 生前は美形だったのだろうな。


「……名を」

「語らぬ」

「ならばあなたの主の名前を。それが我を作った方が崇める方と同じ名ならば、すべてを語りましょう」


 異世界風に言えば「セキュリティパスワード」という奴か。

 こいつが400年前からのことを知っているなら、無関係の者に情報を漏らすわけにはいかぬだろうからな。合い言葉が必要なわけか。


 これを作ったのが『冥府の魔人』なら、語る名前は決まっている。


「アデルリッゼ」


 俺は言った。


「それが俺と、お前を作った者の主の名前だ」

「…………拝聴(はいちょう)いたしました」


 ぴちゃ、と、ヴァンパイアは俺の手のひらに舌を這わせた。

 それか牙を、浅く突き立て、血を吸い始める。


 俺は手首のあたりに『変幻の盾』をセットして『雑菌(ざっきん)』『自分以外の血液』『支配物質』を遮断してある。ヴァンパイアこわいし。


「……もぐもぐごっくん」


 ヴァンパイアの喉を、俺の血が通っていく。

 しわくちゃだった肌につやが出る。髪が増え、瞳が輝き始める。

 年齢は、ノエル姉ちゃんより少し年上くらいだろうか。

 色素のない真っ赤な瞳は、まさにアンデッドという感じだ。


「我が創造者と同じ主を持つ方よ」


 ヴァンパイアは俺の前にひざまづいた。


「400年の時を経て、創造者の同族に出会えたことに感謝いたします」


 そう言ってヴァンパイアは目を伏せた。嬉しそうに。

 うむ。礼儀正しい奴め。

 まぁ、こういう扱いを受けてこそ、魔人なのだが。


 記憶を取り戻してからだいぶ経つけど、やっと魔人の転生者だって認めてくれる奴に出会えた。

 ふふふ、冥府の奴め、なかなか粋な計らいをするではないか。よし。これで前世で同僚だったとき、俺へのパワハラを中心になってやってたことを忘れてやろう。


「ならば、語れ。お前が知っていることを」

「魔王アデルリッゼさまは転生していらっしゃいます」


 そうしてヴァンパイアは語り始めた。






 こいつは『冥府の魔人エンデロッド』の手によって作り出されたヴァンパイアだそうだ。

 彼女は400年以上前、森の中に捨てられていた赤ん坊だった。

 それを『冥府の魔人』が気まぐれで拾って、育てることにしたらしい。

 そして、自分が面倒を見るのだから、といって不死者に変えたそうだ。


 勇者が魔王城に攻め込んできたあの日、『冥府の魔人』はこいつを逃がした。

 魔人たちの最期、魔王ちゃんがどうなったかを見届け、覚えているようにと。


 遠い未来に、再び生まれた魔王や魔人に出会うならば、それでよし。

 そうでなければただ、自分たちのことを、覚えていてくれればいいと。


 その使命をもらったこのヴァンパイア──名前は「エノ」──は、魔人と魔王の最期を見届けたあと、その場を離れた。その後、この山にあった小さな城の地下で眠りについたそうだ。





「……意外といい話だな」


 おーい……『冥府の魔人エンデロッド』よ……。

 お前なぁ。そこまで気遣いができるのに、どうして俺にパワハラを繰り返していたのだ?

 お前、異世界風に言う二重人格か? 400年経った今でも、俺はお前の性格がわからぬぞ……。


「それで、魔王ちゃんが転生したという根拠は?」

「『冥府の魔人』さまが研究していた『転生術式』と、よく似た魔法を、魔王さまが使われたのを見ました」


 ……なんだと?


「『冥府の魔人』も『転生術式』を研究していたのか?」

「いまだ、未完成でしたが……」

「そうだろうな」


 あの術式は相当に複雑だからな。

 境界を意味する『障壁の魔人』だった俺でも、結構作るのに苦労したからな……。

 アンデッド専門の、『冥府の魔人』では──


「特に、魔王さまと兄妹になって生まれ変わるという術式が難しかったそうです」

「そうだろうな!」


 そんな術式、無茶苦茶複雑になるに決まってるだろうが!



「発動に必要な魔力だって、魔王ちゃんレベルじゃないと足りないだろうが……」

「ええ、ですから『冥府の魔人』さまは、魔王さまに『生まれ変わったら兄妹になりませんか』と持ちかけられたそうです」

「あほか!? あほなのか、あいつは」

「断られたそうですが」

「そりゃそうだろ……」


 趣味嗜好(しゅみしこう)としてもマニアックすぎる。

 別にご近所さんでもいいじゃねぇか。

 なんでいきなり兄妹なんだよ……。禁断の愛が好きなのかよ、あいつ。


「しかし、魔王さまは興味しんしんで話を聞かれていたそうですが」

「『転生術式』そのものは興味あるだろうからな」

「……兄妹のことを聞くと逃げだしまして……」

「……だろうねぇ」

「私なら『冥府の魔人』さまと兄妹になる機会を逃したりしません。魔王さまは、とても特殊な性癖をお持ちの方だったのですね」


 お肌つやつやになったヴァンパイア少女──エノは不思議そうに首をかしげた。

『冥府の魔人』……この子と『転生術式』すれば良かったんじゃないか?

 主君が死しても、これほどの忠誠を持ち続けているとは──


「……お前、これからどうするのだ?」


 これもなにかの縁だ。

 こいつを放っておくわけにもいくまい。


「一緒に来るのなら、面倒くらいは見てやるが」

「……優しい方なのですね」

「もうすでに何人も家族がいるからな。一人くらい増えてもどうということもない」

「ですが……お断りします」


 ヴァンパイア少女エノはローブの裾をつまみ、丁寧(ていねい)に一礼した。


「私の寿命は、あと少ししか残っていないのです」

「……そうなのか?」

「はい。『冥府の魔人』さまから頂いた、最後の命令を果たしたら、消えます」

「残念だな」


 魔人時代のことを話せる相手など、もうこの世界にはいない。

『冥府の魔人』に作られた者とはいえ、話し相手にはちょうどいいと思ったのだが。


「確認だが、魔王ちゃんは本当に転生したのだな?」

「はい」


 ヴァンパイア少女エノは、うなずいた。

 こいつの話はたぶん、本当だろう。


 魔王ちゃんが『冥府の魔人』から『転生術式』のことを聞かされていたなら、彼女は『超絶理解能力』で、術式の概要を理解したはずだ。

 その後、俺が目の前で『転生術式』を展開したのを見たのであれば、もはや完全に自分の技にしていただろう。


 自身の魔力……あるいは勇者の魔力を利用すれば、魔王ちゃんが『転生術式』を実行するのは簡単だ。


「だが、この時代に来ているとは限らないのではないか?」

「……私は、魔王さまの気配に応じて目覚めるように調整されているのです」

「なんと!?」

「『冥府の魔人』さまが、魔王さまが城のどのあたりにいらっしゃるか、すぐわかるように」

「ストーカーかよ!?」

「私は、魔王さまがお留守の際に下着を盗む使命を帯びていましたから」

「……400年前のことを自白されても」

「別の魔人さまに罪をなすりつける手伝いをする使命も……」

「それは反省しろ」

「当時のことは、今でもはっきりと覚えています」


 ヴァンパイア少女エノは手を合わせ、なつかしそうにつぶやく。


「魔王さまが、とある魔人さまのお部屋にいらっしゃることを報告するたびに、『冥府の魔人』さまは歯がみしていらっしゃいました。魔王さまがお風呂に向かうたびに、その魔人さまの居場所を確認しろと、私にご命令を──」

「お前も大変だったんだな……」

「いえ、『冥府の魔人』さまを、私は愛しておりましたから」


 本当に優しい目をして、ヴァンパイア少女のエノはほほえんだ。


「あの方のことを、こうしてお話できるだけで、私は幸せです」

「『冥府の魔人』も幸せな奴だ」


(異世界で言うところの)ストーカーだけどな。

 んなことしてるから、魔王ちゃんに『兄妹転生』を断られるんだよ……。


 それに『転生術式』を完成させたいなら、俺に聞きに来ればいいだろ。こっちは境界を操る『障壁の魔人』なんだからさ。そういうのは得意技なんだ。

 ……ったく。


「あの……お馬鹿が」


 つぶやいて、俺はヴァンパイア少女エノの方を見た。

『結界』の中では、フェンルとナナミが待ってる。

 あんまり時間をかけるわけにはいかないか。


「エノよ。お前は魔王城から、この山の城に逃げてきたといったな?」

「はい」

「ならば、魔王城があった場所を、正確に知っているのではないか?」


 これが、一番重要なことだ。

 魔王城の場所がわかれば、俺の旅はあと少しで終わる。

 あこがれのスローライフが手に入るのだ……。


「……魔王城の、場所」


 エノはまっすぐ俺を見てから──


「はい。存じています」


 小さく、うなずいた。

 おお……。

 ついに、俺は魔王ちゃんの遺産に指をかけた。


「では、教えてくれるか?」

「……『うらやましいから、嫌だよ』」


 …………は?

 ……………………今、なんと?


「これが、私が『冥府の魔人』さまに与えられた最後の命令です」


 そう言って、ヴァンパイア少女エノは、にっこりと笑った。


「命令通り、ご伝言をお伝えします。


『だってお前、転生した魔王ちゃんと、これからずっといちゃいちゃしていられるんじゃないか。旅が長ければ長いほど、お前も魔王ちゃんも幸せなはずだ。

 どうせお前と魔王ちゃんのことだ、仲良く思い出の土地をめぐる旅でもするつもりなんだろう?

 だから、教えてやらないよーだ。

 お前に出会ったということは、それまでエノだって苦労したはずだ。だから、お前だってがんばれー。超がんばれー。

 ふっふーん。魔王ちゃんと幸せになりやがれちくしょおおおおおおおっ!!』」


 ヴァンパイア少女エノは、喉を反らして絶叫した。

 そして、穏やかな表情に戻り──


「ああ。やっと……『冥府の魔人』さまからのご伝言を伝えることができました。エノは、幸せです……」

「待てやこら」

「さっきいただいた血液から、あなたの正体がわかりましたので」


 ……あ。

 まさか、俺の血の中に含まれるかすかな魔力から……こいつは俺の正体を?

 それに、俺はさっき『変幻の盾』を使っている。人間には操れないはずの、動く楯を。

 そこから俺が『障壁の魔人』の転生体だってことを推測したのか?


「ですので『冥府の魔人』さまの同僚さま。私はあなたに魔王城の情報をお伝えすることを、許されていません」


 エノは、ひざまづいたまま、俺に向かって深々と頭を下げた。


「それに、あなた様はたぶん、もう、すべてを手に入れていますよ」

「……おい」


 ヴァンパイア少女エノの身体が、崩れていく。

 アンデッドが消滅するときの反応だ。

 白い身体が砕けて、灰のように散っていく。


「だって…………魔王さまの魂は、いくつも…………」


 すぅ、と、風が吹いて。

 ヴァンパイア少女エノの身体は、消えていった。


 後に残ったのは、古ぼけたローブだけだった。

 400年という長い年月を生き続けたヴァンパイアの少女は、その生命を終え──

 主人たる『冥府の魔人エンデロッド』が待つ、いずこかの場所へ、還っていったのかもしれない。


「『冥府の魔人……エンデロッド』」


 奴は……歪んではいたけど、魔王ちゃんが大好きだったんだろう。

 だから、魔王ちゃんの真実を覚えている者を、この世界に残した。

 そうして俺とエノは出会い、言葉を交わした。俺は魔王ちゃんが転生したのを知ることができた……できたんだけど…………!


「……あんのやろおおおおおおおおおおおっ!!」


『冥府の魔人エンデロッド』の野郎! トラップを残していきやがった!

 しかも思わせぶりなセリフを残して!


「許すのやめだ! 絶対に魔王城の跡地を探し出して、てめぇの墓を暴いてやる。覚えとけ、『冥府の魔人』──ったく」


 あいつはたぶん、俺が『転生術式』を完成させたことに気づいてた。

『冥府』がいいところまで作れる術が、境界を操る『障壁』に作れないわけがない。


 だからあいつは、ヴァンパイアのエノをこの世界に残して、魔王ちゃんの俺に情報を伝えたんだろう。

 嫌がらせと……たぶん、俺なら魔王ちゃんを探し出せると信じて。

 遺産は、魔王ちゃん本人と一緒に探せ、ってことなんだろうな。


 けど、エノから魔王城の場所について、充分ヒントはもらった。

 彼女が血液の補給なしでここまで来られる距離は割り出せる。もしも途中で血液の補給をしてきたのなら、その伝説がどこかに残っているはず。それをたどれば、魔王城の場所がわかる。

 少なくとも地図で見つけた3つの候補地のどれかには絞り込める。


 俺はもう、魔王城の場所をつきとめたと言ってもいい。

 でも……なんだか、複雑な気分だ。


「……ったく『冥府』の奴め。俺に嫌がらせをしたいのか親切にしたいのかはっきり──」

「クロノさま!」「クロノどの!」


 不意に、フェンルとナナミの声が響いた。

 直後──





 ざくん





 俺が手にしていたエノのローブに、ダガーが突き立った。


「……ちっ。間に合わなかった……ヴァンパイアは消えたようですね……」


 声がした。

 振り返ると、そこには金色の剣を握った男性が立っていた。


「貴様……」


 俺はぎり、と歯がみした。

 手の中に残った、エノのローブを握りしめる。

 ダガーは俺じゃなくて、エノを狙っていた。


「何のつもりだ……『勇者剣術』ミハエル=ランゲルス」

「あなたは、なにを聞いた?」


 俺たちから数十メートル離れたところに、金色の剣を持った軽装の剣士──ミハエル=ランゲルスが立っていた。

 まっすぐに俺をにらみながら。


「長い時を生きるアンデッドから、我々『勇者武術』がひた隠しにしてきた秘密を聞いたのではないですか!? 教えなさい。さもなくば──その口を封じさせてもらう」

「……面白いことを言う」


 ミハエルが持っている金色の剣──あれは確か──


「気をつけてくださいであります! ミハエルが持っているのは『遮るものすべてを切り裂く』、『究極聖剣(きゅうきょくせいけん)』であります!」


 ありがとうナナミ。親切だなお前。うどんのお礼か。

 ならばやはり『乾燥うどん』を持たせてやるべきだな。


「『究極聖剣』か……面白い」


 俺は『変幻の盾(フィルタリング)』を握った。

(さえぎ)るものすべてを切り裂く剣』と『(おそ)い来るものを防いだり防がなかったりする盾』──どちらが強いか、ここで試すとしよう。


 もともとこの『変幻の盾』は勇者の神剣を打ち破るために編み出した盾であり、調理道具なのだからな。


「口を封じる、と言ったな」


 俺は唇をゆがめて、笑ってみせた。

 できるだけ魔人っぽく。まぁ、名乗るわけにもいかないのだがな。


 今は人間の時代。そして俺も、一応は人間をやっているのだ。

 駆け出し冒険者クロノ=プロトコルとして、こいつと戦うとしよう。

 それに……ちょうど誰かに八つ当たりしたかったところだからな。


「ならば相手をしよう。来いよ、『勇者剣術』。歴史上最もラブリーだった幼女の眷属(けんぞく)が遊んでやる!!」



魔人さん、現代の勇者 (自称)と対決します。

次回、第55話は明日の更新になります。


もうひとつのお話「異世界でスキルを解体したらチートな嫁が増殖しました」の書籍版5巻と、コミカライズ版1巻は、ただいま発売中です! こちらもあわせて、よろしくお願いします。

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新作、はじめました。

「竜帝の後継者と、天下無双の城主嫁軍団」

うっかり異世界召喚に巻き込まれてしまったアラサーの会社員が、
正式に召喚された者たちを圧倒しながら、異世界の王を目指すお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
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