第53話「魔人、ビキニアーマー(っぽい)幼女2人に視線をうばわれる」
「着替え、終わりました!」
そう言って結界内のシャワー室から出てきたフェンルは……ビキニアーマーのような姿をしていた。
正確には、胸と腰に布を巻いただけの格好だった。
「なんのつもりだ、フェンルよ」
「ナ、ナナミ=レガリアさんを真似てみました」
「勇者武術の使い手を真似してどうするのだ?」
「え、えっと」
俺の視線が気になるのか、フェンルは赤い顔で胸の布を結び直している。でも、うまく結べないようだ。背中に手を回して、ぺたぺたと……ああもう、見てられぬ。はい。フェンル、後ろ向いて。ばんざーい……そうそう。胸を覆う布をちょっと強めに結んで、これだけだと不安だから、もう一枚『収納結界』から取り出して、こっちは肩から回すようにして、と。これでいいだろう。
「……それで、ナナミの真似をした理由は?」
「……えっと。クロノさまの魔力消費を減らして差し上げようかと」
シャワー室にいるナナミに聞こえないように、フェンルは小さな声で答えた。
「ずっと『えあこん』をつけていると、魔力を消費してしまうじゃないですか」
「せいぜい『強冷』だから、たいした消費量にはならぬが?」
「…………」
「…………」
「ずっと『えあこん』を──」
「二度は言わぬ」
「……お待ちください別の理由を考えます」
「よかろう」
「…………」
「…………」
「…………わ、私とナナミさんが同じような格好をしていれば『えあこん』の温度調節が楽かと思いまして」
「ぎりぎり合格だな」
「ありがとうございます」
フェンルは頭を下げた。
彼女にしては、意外と納得できる理由だった。幼女だ幼女だと思っていたが、いつの間にかフェンルも成長しているのだな。従者の成長を見るのは、魔人冥利につきるというものだ。
だが、シャワー室から出てきたナナミを見て、がっくりと肩を落としているのはどうしてだろうな。同じような格好をしているではないか。そりゃ防御力には違いがあるが、結界の中にいるのだから問題ないだろうに。
「……クロノさまの視線をひとりじめしたかったのに」
「従者のことは常に気にかけてるつもりだが?」
「釘付けにはなりませんか」
「そしたら索敵がおろそかになるだろう?」
「……私も、まだまだ修業が足りないようです……はぁ」
だからなぜため息をついているのだ。フェンルよ。
それと、肩を落とすとせっかく結んだ布がほどけそうになるからやめなさい。
「ナナミさん、シャワーの使い方、わかりましたか?」
「はい。ありがとうございましたであります」
ビキニアーマー姿の少女、ナナミ=レガリアは勢いよくうなずいた。
「このご恩は忘れません。自分にできることがあったら、おっしゃってください」
「では他の『勇者武術』について教えてもらおう」
「湯上がりでくつろぎすぎて頭が働かないので、無理です!」
きっぱりだった。
「自分は、身体を動かしてるときが一番、頭が働くので。お風呂上がりはちょっと……」
面倒な奴だった。
つまり、働かせれば、そのうち情報を思い出すということか。
よかろう。ならばこき使ってやるとしようか。お前は『恩を返す』と言ったのだからな。今更取り消しはきかぬぞ。『勇者短剣術』ナナミよ。
それから、ナナミには、俺の『結界能力』について簡単に説明した。
『結界』の中にいれば、たいていの魔物の攻撃は防げること。魔物からはこっちが見えないこと。
あとは適当に。
「ほえー。すごいですなー」
いろいろ突っ込まれるかと思ったが、ナナミは感心しただけだった。
素直でよろしい。
「というわけだ。お前にはフェンルと一緒に周囲を警戒してもらうことにする。あと、可能ならフェンルのレベル上げの手伝いをしてやってくれ」
「承知いたしました!」
ナナミは、びしり、と、一礼。
「フェンルは移動中、ナナミをフォローしてやるように」
「わかりました。クロノさま!」
「では『山ダンジョン第3階層』の探索を開始する」
俺たちは結界ごと移動しながら、再びダンジョン攻略をはじめることにした。
『山ダンジョン第3階層』は広い。
時空が歪んでるとか、そもそもこの熱量はどこから来るのかとか、諸説あるのだが、唯一確かなのは無駄に広くて暑いということだ。
俺も鎧を脱いで、上は肌着、下はズボンという姿になっている。
『えあこん』は控えめにしてある。
裸同然のフェンルとナナミに、直接冷気を当てるわけにはいかぬからな。
それにしても──
「な、なかなか落ち着きませんね。この姿」
「そうでありますか? 自分は小さな頃からビキニアーマー一択でしたので、いまさら気になりませぬが……」
……気になる。
幼女のビキニアーマーなどどうでもいいと思っていたが、気がつくと視線で追ってしまうな……。
「あの……クロノさま、どうかなさいましたか?」
「鎧の接続部分は、ちゃんと留め直したでありますよ?」
ふたりとも、肌がかなりむき出しになっている。
背中はマントを着せたからいいが、腹の方はまる見えだ。いかん、どうしても気になる。魔人の視線を奪うとはおそろしい奴らめ。やはり、あんな格好をさせるべきではなかった。だめだ、どうしても見てしまう。おのれ幼女ども……。
……そんな格好で……腹を冷やしたらどうするのだ……。
これは孤児院にいたときの後遺症だ。
ミリエラの奴、毎晩お腹を出して寝ていたからな。それで風邪を引くのがしょっちゅうだったのだ。だからいつの間にか、俺が夜中に目を覚まして毛布をかけなおすようになった。
そんな俺にとって、フェンルとナナミの格好は目の毒でしかない。
しかも、致命的なことに、俺は2人にさっきシャーベットを食わせてしまっているのだ。
フェンルなど、そのあとでミルクセーキまで口にしている。
なんということだ。
ビキニアーマー姿の幼女ふたりに、冷たいものを食わせるなど、魔人にあるまじき愚行だ。
こんなことも気づかぬとは──おのれ。
人間となって堕落したのか、我、魔人ブロゥシャルトよ!
「……腹をあたためなければ」
だめだ。もう耐えられぬ。
なんとしても温かいものを食わせなければ。消化にいいものを与えなければ。
「小休止を取る」
ぴたり。
俺の言葉に合わせて、フェンルとナナミが足を止めた。
「もうお休みですか? クロノさま」
「自分の知識を役立てるには、働いた方がいいと思うのでありますが」
「……もちろん、働かせるとも」
俺は『結界』を解除した。
むわり、とした熱気が押し寄せてくる。ここはまだ岩場。あちこちには焼けた岩があり、遠くで魔物の鳴き声もしている。『山ダンジョン第3階層』──炎熱エリアを攻略するためには、完全な状態にしておかねばならぬのだ。
「これからお前たちには、その身体のすべてをもって働いてもらう」
「すべてをもって、ですと?」
ナナミが不思議そうに首をかしげた。
ふふふ。お前は俺の正体を知らないからな。俺が魔人だとわかっていれば、ここまで気を許すこともなかっただろうに。これから貴様の身体を自由にして、知識もすべて引き出してくれよう。
「そうだ。その身体を役立ててもらおうというのだ。さっき助けなければ、お前は『レッドフレアウルフ』に殺されていたのだからな。文句はあるまい」
「……な、なにをすればよいので?」
「なぁに、準備はしてある。たいしたことではない」
俺はにやりと笑ってみせた。魔人っぽく。
「まずはフェンルとナナミ、どちらが上になるか決めろ。すべてはそれからだ」
「……あう。はうはう」
「……ク、クロノさま」
ナナミの身体が、静かに上下している。
下になっているのはフェンルだ。彼女もまた、ナナミの動きについていくのが精一杯のようだ。
「これ、まだ、続けなければいけないでありますか」
「結構、大変、です。汗、でます……」
「まだ満足できるレベルではないな」
俺は時間を確認する。
あれから、まだ10分だ。もう少し続けてもらわなければいけない。
「……これ、続けると、どうなってしまうのでありますか」
「……私は、不思議な気分です。この感触とか……」
「大丈夫。俺がついている。お前たちは安心して動けばいいのだ」
俺たちは『結界』の外にいる。
これをやるためには、そうする必要があったからだ。俺は2人を見上げながら、まわりにも気を配っている。敵や、あるいは冒険者があらわれたらやっかいだ。できれば誰にも見られたくない。説明するのが面倒だからな。
「……じ、自分はもう、限界であります」
「仕方ないな。次はナナミが下になってくれ。フェンルは上だ。できるか?」
「……は、はいぃ」
「無理をすることはないのだが」
「……平気です。クロノさまに喜んでいただくためですから」
フェンルはうっとりとした目で、こっちを見ている。
意外と慣れてきたのかも知れない。
俺はナナミの足元に手を伸ばし、それに触れた。すると──
「ふむ。『うどん』の生地は、もうちょっと時間をかけて踏んだ方がいいか」
なかなか難しいものだな。『勇者世界風 足踏みうどん』というものは。
『足踏みうどん』については、魔人時代に異世界の本で読んだことがある。
小麦粉と塩水を混ぜ、こねて生地を作り、あとは体重をかけて踏むことで、生地に『コシ』というものを加えるらしい。一度、魔王ちゃんと一緒に作ったことがあるのだが、残念ながら俺は口にできなかった。
『魔王さまが踏んだ麺類だとっ!?』って興奮した他の魔人どもに、よってたかって奪われたからだ。
魔王ちゃんが最後の一本を「あーん」してくれようとしたのだが、『術の魔人』によってそれは灰と化した。おのれ。
だが、魔王ちゃんからの評判は上々で、身体も温まるし消化にもいいということで、また作って欲しいと言われていた。その後すぐに勇者たちの襲撃があって立ち消えになってしまったが、再び作る機会をうかがっていたのだ。
今回、生地は前もって準備して『収納結界』に入れておいた。
あとは簡単だ。生地を取り出し『もふもふぷにぷに能力』を設定し、限界までやわらかくした結界で包んで、地面に置く。
そしてそれをフェンルたちに踏んでもらう。俺は『うどんつゆ』を作らねばならぬからな。幼女のうちひとりが足踏みして、ひとりが生地を丸めて裏返す係にしたのだ。
さらに身体を動かすことで、ナナミも『勇者武術』の知識を思い出すかもしれない、という一石二鳥の作戦だ。
「……同じところで足踏みするというのは、なかなかに疲れますな」
「悪いな。お前たちに冷たいものを食わせた、俺の失態だ」
だが、熱々のうどんを食えば、貴様らの体温も上がるはずだ。
『ビキニアーマーには「うどん」』──うまくいけば、今後の冒険者のスタンダードになるかもしれぬな。
そのためにも、上々の『うどんつゆ』と具を準備せねばなるまいよ。
「それで、他の『勇者武術』の情報は思い出せたか?」
「……申し訳ないであります」
ナナミは首を横に振った。
別に構わない。焦ることはない。そのうち思い出してくれればいいのだ。
「ですが、この階層には危険な魔物も多いと聞きます」
「ああ、油断は禁物だな」
「たとえば、あちらに赤い鳥がおりますな」
「いるな。柱の間を飛んでいる」
「あれは『火喰い鳥』であります」
「炎を喰らう、鳥型の魔物か」
『火喰い鳥』
真っ赤な翼を持つ、大型の鳥。
肉食で、自分と同程度の獲物まで喰らう貪欲さを持つ。
敵を丸呑みにしたあとで炎を喰らい、体内で循環させることで、獲物を直接エネルギーに変えることができる(内臓は魔力で守られているため、焼けることはない)。
視力も良いので、狙われると大変。
「……こっちに気づいたようですな」
「……奴は炎を喰らう魔物なのだろう?」
「……そうです。そして炎を喰らう魔物ということは」
「……炎を喰らう魔物ということは」
俺とナナミは顔を見合わせ、同時に声をあげる。
「熱いからとても危険だということであります!」
「寄生虫がいないから、生で喰えるということだな!」
「……あの、クロノどの、いま、なんと?」
「炎を喰らうということは、体内に寄生虫がいない。だから生で喰える、そう言ったのだが」
どうして奇妙な生き物を見るような顔をしているのだ、ナナミよ。
俺の言うことはおかしくないだろう? 『火喰い鳥』は炎を喰らい、それを体内に循環させている。つまり、奴の内臓はつねに高熱を帯びているのだ。そんな状態で生き残れる寄生虫や病原体はいない。ということは、奴は生でも喰える生物ということになる。
「ああ、こっちに来るでありますよ!」
「おお、こっちに来るというのか!?」
なんてことだ。
「ちょうど『うどん』の具が欲しいと思っていたところだ。素晴らしいな!」
「なにを言っているのでありますか!?」
ナナミが驚いた顔で、俺を見た。
……なるほど、俺は大事なことを忘れていたな。
「すまない。ナナミよ、俺はどうかしていたかもしれない」
「わかってくださいましたか」
「お前たちの身体が冷えるのを心配していたというのに、生肉を食わせようとするなど、どうかしていた。やはりあの『火喰い鳥』は照り焼きにするとしよう」
「ちょっとお待ちくださいでありますっ!」
なんだ、騒がしいな。
フェンルは静かに『足踏みうどん』制作を続けているぞ?
「『勇者武術』の使い手ならば、少しは落ち着いたらどうだ」
「落ち着くのはクロノさまであります。ここはダンジョン第3階層、敵のテリトリーでありますよ!?」
「そうだな。あちこちに焼けた岩がある」
「そうです。あちこちに焼けた岩があるのです」
「つまり、同時に数カ所で煮炊きができるということだな」
なんと素晴らしいエリアだろうか。
通常状態では『結界』の『こんろ』はひとつしか使えない。が、ここでは焼けた岩を利用すれば、うどんを茹でながら『火喰い鳥』の照り焼きを作りながら、さらに出汁まで茹でることができるのだ。
「いいですか!? 『火喰い鳥』は『勇者武術』の使い手でも手こずる──」
「まだ距離があるが届くだろう。てい。『変幻の盾』、遮断:魔物!」
ぶんっ。
俺は盾を投げた。
『キシャ────っ!!』
『火喰い鳥』は勢いよく火炎を吐いた。
ぶぉ、と、こっちに温風が届くほどの勢いだった。
もちろん『変幻の盾』はそれを一切無視した。魔物本体以外は通過するようになってるからな。火炎だろうが突風だろうが、盾の軌道には影響はない。
盾はそのままの勢いで飛んでいって──
がっこん
『グゴラバァッ』
ひゅー、ぼとん。
『火喰い鳥』を撃墜した。
頭から地面に落ちた『火喰い鳥』は衝撃で、そのまま息絶えた。
『火喰い鳥』をたおした!
「まずは『変幻の盾』で『遮断:羽毛』にして羽根を取り、次に『通過方向固定』で血抜きをして、と」
俺は手早く『火喰い鳥』を解体していく。
倒したあとなら、ただの物体だ。『変幻の盾』で羽毛だけ取るなど造作もない。俺の盾は最高の調理道具なのだからな。『火喰い鳥』の骨は寝かせて、明日のスープに使うことにするか。肉は焼けた岩の上で照り焼きにしよう。『うどんつゆ』の味をこわさないように、薄味がいいかな。
「ふむ、生地の状態も上々か。ふたりとも、よくがんばったな」
「は、はい。クロノさま!」
「なんかいろいろツッコミどころはありますが、がんばったであります!」
よしよし。
俺はふたりの頭をなでた。次は麺とつゆの準備だ。
出汁は魚の干物を使うことにしよう。
あらかじめ市場で買って、『結界収納』しておいたから新鮮だ。煮れば、いい出汁が取れるはず。
「俺はお湯をわかす。フェンルとナナミは生地を伸ばして切っておいてくれ」
「や、やったことないでありますが」
「おや……? その短剣は飾りか?」
俺はナナミの腰を指さした。
「『うどん』を切るには、ちょうどいい長さだと思うのだが。それとも『勇者短剣術』とは、麺類を切ることもできぬほどのなまくらなのか?」
「そ、そんなわけないであります!」
「そうか、じゃあついでにこれも頼む」
俺は『収納結界』から丸い棒を取り出した。
ふだん、結界内で洗濯物を干すのにつかっているやつだ。こんなこともあろうかと『すいどう』で洗ってからしまうようにしてある。きれいなはずだ。
「その棒で生地をのばして、お前の短剣で適当な長さに切ってくれ。できるだろう? 『勇者短剣術』というからには、生地を均一の太さに切りそろえるくらい朝飯前ではないのか?」
「できるでありますよ!? とーぜんでありましょう!!」
ナナミは、ぎん、と強い視線で俺を見た。
「その挑戦、受けるであります。我が『勇者短剣術』の真価をもって『うどん』を均一の太さに切って見せるであります」
「その意気や善し!!」
すぱーん、と、俺とナナミは手を打ち合わせた。
そして互いに視線を交わし、にやりと笑う。
幼女とはいえ勇者の武術を継承した者。剣さばきについてはプライドがあるようだ。
だが、それがこちらの付け目だ。『うどん』を切る動きから、きさまの剣の腕を読み取ってくれよう。
ふふふ、魔人を甘く見たな、勇者武術の使い手よ。
「フェンル、疲れているところすまぬがナナミを手伝ってやってくれ。手を切らないようにな」
「わ、わかりましたぁ」
フェンルはスライムシールドを洗って、その上に生地を乗せた。
幼女ふたりは物干し棒を握り、力を合わせて生地をのばしていく。
俺は『結界』を再設定。『すいどう』の水で満たして、焼けた岩の上に乗せる。熱を通過させているから、あっという間にお湯が沸く。
その頃には、幼女たちもうどんを切り終わっている──いかん、料理に熱中しすぎて、ナナミの剣さばきを見るのを忘れていた。まぁいいか。ふたりとも、顔を粉まみれにしているところを見ると、たいした腕前でもなさそうだ。『うどん』の太さもバラバラだからな。
俺は『収納結界』から鍋を取り出し、再びお湯を沸かす。
まずは干した小魚を入れて、一煮立ちさせる。さらに干し肉と野菜を入れて、味を調整……ふむ、作ったのは二度目だが、悪くはないな。薄味ではあるが『火喰い鳥』の照り焼きを乗せればコクも出るだろう。
鍋の隣にある岩からは、香ばしいにおいが立ち上っている。
『山ダンジョン第3階層』の熱量はたいしたもので、地熱で真っ赤になった大岩は『火喰い鳥』の皮をパリパリに焼き上げてくれている。香辛料をかけて、油を塗ってあるからか、ぱちぱちをいい音を立てている。なるほどな。『山ダンジョン第3階層』の火加減は焼き物に向いているということか。
『うどん』もいい具合にゆであがっている。
俺はそれを器に入れて、『うどんつゆ』にタマゴを溶き入れた。
ナナミに『火喰い鳥』の照り焼きを渡すと、彼女は素早い剣さばきで、それを細切りにしてくれる。確かに早いが、やはり精度に問題があるようだ。長さも太さもバラバラだからな。え? 違う? パリパリに焼けた鳥皮が好物……だと? だから切り方がまちまちなのか。はいはい。大きめの鳥皮は貴様にくれてやろう。代わりにフェンルは大きい肉をやる。それでいいな?
最後に薬味の『フララネギ (滋養強壮に効果あり)』を乗せて、と。
「できたぞ、さあ喰え」
「「おおおおおおおっ!」」
できたての『うどん』に、フェンルとナナミが歓声を上げる。うむ、俺も満足だ。
本当は『箸』というものを使って食べるのだが、幼女には無理だからフォークだ。ナナミの分は熱々だが、フェンルの分は少しだけ冷ましてある。猫舌というのも面倒なものだな。
だが、魔人たるもの、従者の好む温度など把握済みだ。
フェンルも充分、ほどほど熱々が楽しめるはず。ぬかりはない。
「さぁ、お前たちが一生懸命に踏んだ『うどん』だ。これを食って存分に身体を温めるがいい!」
一応、周りに結界を張り直して『偽装結界』してから、俺たちは『うどん』の器を手に取った。ひとくちすすると……うむ、いい味だ。
『うどん』の麺も美味い。つるつると喉を通っていくような感じがする。それでいて噛むと独特のうまみがある。なるほど、コシがあるとはこういうことか。
……魔人どもが食ったやつも、こんな味がしていたのだろうな。
やはりフェンルとナナミに『うどん踏み係』を頼んで正解だった。ふたりとも足が小さいから、生地全体を細かく、まんべんなく踏んでくれている。踏み残しなどかけらもない。すばらしいできばえだ。ちっちゃいのも、こういう時には奴に立つのだな。
「なるほど……うどん踏みは幼女に限る、ということか」
あとでふたりには、ほうびをやらなければならぬな。
「はふはふ……お、おいしいですクロノさまぁ」
「なんでありますかこれは! お腹も心も温かくなっていくでありますよ!」
フェンルとナナミの評判も上々だ。
いずれ落ち着いたら、うどんの屋台を出すのも悪くはないかもしれぬな。
あるいはノエル姉ちゃんにこのことを伝えて『ジルフェ村』の名物にしてもいい。
……だが『幼女踏みうどん』にどれほどの需要があるだろうか。
俺は魔人時代が懐かしくて、つい作ってしまったが、一般人はどうだろうな。あとは具材の研究も必要か。
「そういえば、クロノどの。ひとつ気づいたのでありますが」
「ああ。確かに、干物には小骨が残っているな。器をこっちに渡すがいい。取ってやるから」
「い、いえ、そうではなくて……『勇者剣術』のことであります」
「面倒だから食後でいいぞ」
「でも忘れそうなので……あの、でありますな」
ナナミはうどんを突っつくフォークを止めて、俺を見た。
フェンルも緊張した表情で、食事を止めている。
もちろんナナミの言葉を待っているのではなく、俺が小骨を取ってやっているからだが。
「4つの『勇者武術』の中で『勇者剣術』だけは唯一、勇者時代の武器を受け継いでいるのでありますよ」
「勇者時代の武器……まさか、神剣か?」
「いえ『究極聖剣』というものだそうでありますが」
……知らねぇなぁ。
えー。なにそれ。俺が戦ったのって神剣だったよな。
いや、名前が変わっただけか? 能力は同じなのか? 『究極』ってついてる分だけレベルアップしているとか?
「とにかく『遮るものをすべて切り裂く剣』と言われております。それがあるからこそ『勇者武術』は4武術のトップでいるのでありますよ……はむはむ」
言い終えたナナミは、ふたたびうどんを食べ始めた。急ぎで。
すすりながら「あちちっ」って声をあげる。舌をやけどしたらしい。はい、冷水。
「『究極聖剣』か」
本当に『遮るものすべてを切り裂く』なら、俺の結界でも盾でもあの剣は止められないということになる。
「……400年経って、ふたたびそんなものに出会うとはな」
「クロノさま。私にもおかわりをいただけるでしょうか」
「ああ」
フェンルの器には、多めにタマゴをのせてやる。
「……400年経って、ふたたび幼女に『うどん』を食わせることになるとはな」
これが宿命というものだろうか。
もしもそんなものがあるというなら、さっさと俺を魔王城 (跡地)に導けというのだ。ったく。
「「おかわりください!!」」
「うむ、たくさん食って身体を温めるがいい!」
ビキニ姿のふたりに『うどん』をよそいながら、俺はそんなことを考えていたのだった。
魔人さん、ついに『勇者剣術』の秘密をつきとめます。
お腹も温まったので、クエストを再開することになるのですが……。
もうひとつのお話「異世界でスキルを解体したらチートな嫁が増殖しました」の書籍版5巻と、コミカライズ版1巻は、ただいま発売中です! こちらもあわせて、よろしくお願いします。




