第52話「魔人、勇者(っぽいひと)も頭痛状態にする」
『レッドフレアウルフ』
深紅の毛並みを持つ、体長2メートル前後の狼。
体内に魔力を貯め『グォアー』『ガルル』『キテハー』の気合いとともに放出することで、全身に炎をまとうことができる。
魔力の炎はかなりの高温。
動きも速く、攻撃力も高いので、初心者は逃げた方が無難。
「奥義『魔刃双牙』!」
ぶぉん。
少女が振った2本の短剣から、魔力の風が飛び出した。
それは目の前にいる狼の体表をなでて、まとっていた炎を吹き飛ばす。
「よし!」
少女が地面を蹴る。
振り切ったばかりの短剣を胸元に構え、本体がむき出しになった狼へと突進する。
ここは『山ダンジョン第3階層』炎熱フロア。
彼女は単独でクエストを受注して、ここにきた。
実家の、そのまた後援者からの要請だ。
他の者がソロでクエストを受けているのだから、彼女もソロで……との話だった。無茶かもしれないが仕方がない。彼女の流派が、他の者に遅れを取るわけにはいかないのだから。
「もらったのであります! 狼さん!!」
『ガルルーッ!!』
狼が、吠えた。
少女の短剣が届く直前、魔物は魔物を放出し、深紅の炎を生み出す。
間合い、攻撃範囲、お互いが受けるダメージ、これからクエストにかかる時間、そして、彼女と同じクエストを受けたライバル。
そのすべてが頭をよぎり、少女は瞬時に攻撃を中止。
体内魔力を防御に回して、後ろに跳ぶ。
「くぅっ!」
『キテハーッ!!』
「そんな。火炎の二重がけですと!?」
レッドフレアウルフの身体を包む火炎。それがさらに厚みを増す。
魔物が尻尾を振る。火炎が、まるで鎌首をもたげた蛇のように、少女に向かって伸びていく。
「つ、通常技! 『魔力斬』!!」
しゅんっ!
少女が振った短剣が、火炎の蛇を断ち切った。
が、火炎は勢いのまま、少女の肌を撫でる。むき出しの、白い肌。
だが、魔力で防御しているのが幸いしたのか、ダメージはほとんどない。少し熱いだけだ。
それでも少女は冷や汗を垂らしながら、レッドフレアウルフから距離を取る。
「一手、足りないのであります……」
大技を使えば、レッドフレアウルフの炎を消すことができる。
が、それをしてしまうと、次の攻撃までの間に隙ができる。
少女の武器は短剣だ。間合いを詰めるまでの間に、レッドフレアウルフは次の炎をまとってしまう。
「やっぱりパーティを組んでから来るべきだったです。まったく……流派同士の争いなんて、くだらない……」
『グォアーアアアアア!!』
来る。
最大級の炎をまとって、レッドフレアウルフが地面を蹴った。
その敏捷性はすさまじい。一瞬で少女への距離を詰め、火炎をたたきつけようとする。
少女の背中に寒気が走る。
まずい、このままでは消耗戦だ。幼女と言ってもいいくらい小柄な彼女の体力と、魔物の体力、どっちが長時間戦えるかは考えなくてもわかる。
逃げるか……捨て身で戦うか。少女が迷ったとき、狼はすでに宙を飛び、少女の前に着地しようとしている。
少女は背後へ飛ぼうと身をかがめる──だめだ、間に合わない。
炎のダメージを減らそうと、魔力を防御に集中した──とき、
「『変幻の盾』! 遮断:炎」
声がして、半透明の盾が少女と狼の間に出現した。
『キ・テハ──────ッ!!』
狼が絶叫する。
その身体を包む火炎がさらに力を増す。
全力で跳んだ狼の突進を、半透明の盾は止められなかった。まるで空気でもあるかのように、狼の身体は、盾をそのまま通過する。
狼は口をゆがめて笑い、少女の目の前に着地し、そして──
『エ?』
自分の身体をまとう炎がすべて消滅していることに気づき、ぽかん、と口を開けた。
狼が振り返る。
少女も、同じ方向を見る。
狼がまとっていた炎は、半透明の盾の向こうで盛大に燃えていた。
まるで盾に、はぎとられたかのように。
「えっと…………ていっ!」
さくん
『グガアアアア!』
少女の短剣が、狼の鼻先を裂いた。
『グガ! グガアアアア!!』
狼が絶叫する。
そして、再びの火炎。
「諦めろ。炎に頼りすぎたのが貴様の敗因だ!」
半透明の盾が移動し、少女とレッドフレアウルフの間にやってくる。
そして──うぃーん──といった感じで、レッドフレアウルフの身体を通り抜けて──
『グエエエエ? ウワアアアアアアアン!!』
魔物が身体にまとう炎を、あっさりとはぎ取っていった。
「えっと……」
少女は、少し考えてから、
「超必殺技。『魔力十文字斬り』、えーい」
ざっくん。
少女の刃が、炎をなくした狼の身体を切り裂いた。
『グアアアアアアアアアアン!?』
なんだか悲しそうな叫び声とともに、レッドフレアウルフは、その動きを止めた──。
『レッドフレアウルフ』をたおした!
「……盾は……あちらの方から飛んできました」
とりあえず素材をはぎ取ったあと、少女は真横の方を見た。
「……ちっ。めざとい奴め」
声がした。
通路の脇にある、大きな岩の中からだ。
よいしょ、という感じで、そこから背の高い少年が現れる。
「すまない。余計なことかと思ったが、うっかり手を出してしまった」
少年はそう言って、軽く頭を下げた。
「いえ……おかけで、命拾いをしたです。ありがとうございます」
少女もお辞儀を返す。少年よりも、深々と。
「お前の勇気に敬意を表する。できれば、名前を聞かせてもらえるだろうか」
「あ、はい」
少女は胸に手を当て、告げる。
「自分はナナミ=レガリア。11歳の冒険者であり……その」
それから少し顔を赤くして、
「お恥ずかしい話ですが、これでも『勇者短剣術』の第13代継承者なのです!」
目を伏せて、彼女はそう言ったのだった。
──クロノ視点──
「……へー。そうなんだ」
やばっ。
俺は素早く回れ右。
「うん。まぁ、とにかく、無事でよかった。それじゃ」
「待ってください。お礼を」
「いらん」
俺は背中越しに手を振る。
「気まぐれだ。幼女が命を危険な目にあってたから、うっかり手を出してしまった。それだけだ」
「いえ、うちの流派は『受けた恩義を返すか。さもなくば死ね』が掟なので」
「過激すぎねぇかそれ!?」
「いえ、これは自分のアレンジでありますが!」
「かえって怖いよ!!」
「本来は、最低でも『命を救われたらその分の恩を返せ』がモットーでなのです」
少女……ナナミは真剣な目でこっちを見ている。
「『勇者短剣術』は、義理を重んじる流派なのであります。誰が自分の味方で、誰が自分の敵かをしっかりと見極め、その目を信じる、自分はそれを守って生きてきたのであります。
なのに、命を救われてそのまま立ち去られてしまったら、自分は……どうすればいいのか……」
「…………じゃあ、こっちきて」
俺が手招きすると、少女は短剣を腰の鞘に収めた。
それから小走りで、俺の側にやってくる。無警戒に。いいのかそれで。
「お名前をお聞きしてもよいですか?」
「……クロノ、だ」
「クロノ……クロノ……いい名前です!」
少女は感動したように、うんうん、とうなずいてる。
小柄な少女だった。身長は、フェンルと同じくらいか。
桜色の髪に、灰色がかった目を持っている。
特筆すべきはその装備だ。なんというか……腰と胸を覆うだけの、うすっぺらな装備だった。いわゆるビキニアーマーというものだ。しかも、かなり薄い皮でできている。防御力なんかないに等しい。
彼女は胸にかなりの起伏があるからいいけれど、フェンルがこんな格好したら胸当てがずり落ちそうだ。すとーん、と。足下まで。
「あ、この装備が気になりますか」
少女──ナナミは誇らしそうに胸を張って、
「『勇者短剣術』は体内魔力を利用して防御力を高めることができるのです。そして、動きの速さが武器でありますから、余計な防具はかえって邪魔なのであります」
「なるほど」
俺が結界と盾スキルに全振りしてるようなものか。
スピードで攻撃を徹底して避けて、避けられないものは魔力で体表にシールドを張って防ぐ、ってところか。確かに、中途半端に防具を着けて動きを阻害するより、そっちの方が戦いやすいのかもしれないな。
「でも、速度は『勇者槍術』が最速だって聞いたことがあるのだが」
「……しーっ」
少女ナナミは、唇に指を当てた。
「そういうことにしておかないと、他の流派が怒るのであります」
「怒るのか」
「『勇者短剣術』は国王陛下認定の『勇者伝統芸能』を目指しているのであります」
……はじめて聞いたよ。そんな単語。
「『勇者伝統芸能』になるには、他の流派の推薦も必要であります。『勇者伝統芸能』認定されれば、うちの流派も国王陛下から『勇者補助金』がもらえるのでありますよ。『勇者武術』の使い手は『勇者伝統芸能』認定されて、『勇者補助金』をもらって『勇者道場』を作ったりするのがセオリーなのであります!」
「なんでも勇者ってつければいいと思ってないか!?」
「そうでありますな。『勇者短剣術』は歴史が浅く、他の勇者ほどの名声はないでありますから……勇者ってつけるのは恥ずかしいであります」
そういう意味じゃない。
でも……大変だな。あの『勇者剣術』使いに見下されてるのは、そういう理由か。
「そうですな……『勇者短剣術』の特長といえば……速度の他に、魔力を刃に宿すことで、一時的に魔法の武器とすることができるのであります。その魔力を飛ばすことで、敵を攻撃することもできます」
「……なるほど」
「弱点は、攻撃と防御、同時に魔力を回すのが難しいことでありますな。攻撃しながら、相手の動きにもしっかりと目を配り、可能ならピンポイントで防御しなければならないのです。あと、魔力の残量にも注意が必要ですな。いざとなったら逃げる。それも大事なのであります。つまり『勇者短剣術』とは──」
「待った!」
「どうなさいましたか?」
「……初対面の俺に、流派のことをそこまで教えていいのか?」
「……あ」
少女ナナミは右を見て、左を見て、照れたように頭を掻いて──
「内緒ですよ?」
「いいのかそれで」
「うーん。どうせ『勇者短剣術』は新興の武術ですから」
少女は腕組みをして、首をかしげる。
「他の『勇者武術』からはうとまれておりますからなぁ。死んだ両親は『勇者伝統芸能』として認めてもらって、国王陛下から補助金をもらおうとしていましたが、自分としてはどうでもいいのであります。ただ、親戚や応援してくださる皆様の期待には応えなければなりませんので」
「はぁ」
「そもそも『勇者短剣術』の極意は『臨機応変』。決まった型を持たず、その場その場で最善の方法を見いだして戦うもの。そんなものに流派とか、伝統とか、気にしてもしょうがないでありますよ」
「……すごいな」
俺は額を押さえた。
なんというか……『勇者武術』の中で一番怖いな……『勇者短剣術』って。
その技は型を持たず、臨機応変。その場その場で変化する。
つまり、こっちもその場その場で対応しなきゃいけない。
さらに速度は『勇者槍術』よりも上 (自称)。
剣の攻撃力と、肉体の防御力も、その場その場で変わる。
「…………戦いたくねぇ」
一番やっかいな相手じゃねぇか。
どうしよう……。このまま知らんぷりして別れてもいいのだが……。
「それで、自分は恩をお返ししなければいけないのでありますが……なにかして欲しいことはありますか? 人を幸せにすることであれば、なんでもいいでありますよ?」
少女ナナミはきらきらした目で、俺を見てる。
「じゃあ、俺の盾とスキルのことは誰にも言わない、ということで」
「了解であります! 言ったらこの首、はねてみせるです!」
「そこまでしなくていい!!」
やばいよ『勇者短剣術』。こわいよ……。
「あとは、あとはどんな恩返しをすればいいでありますか?」
「…………味見」
「あじみ?」
「新作のお菓子の、味見をしてもらおうか」
とっさに思いつかなかったから、俺はそういう提案をしてみた。
「おぉ。ひやっこいですな!」
バナナ入りミルクシャーベットの器を手に、少女ナナミは言った。
とりあえず俺は一度結界の中に戻り、フェンルに事情を説明して、収納からシャーベットを取り出した。でもって、外で待ってたナナミにそれを食べさせることにしたのだ。
バナナの果肉入りは新作だから、実験台にはちょうどいい。
もちろん、俺は『勇者武術』などとなれ合うつもりはない。
が、『勇者短剣術』は、俺たちの時代にはなかったもので、魔王城がほろんだのとは関係ない。
だから今のところ、敵対する理由はないわけだ。さらに『勇者短剣術』には型がない。俺の知識では対応できない。だからこのナナミ自身の弱点を知っておくのは、俺たちにとってメリットがある。
くくく。今はシャーベットをほおばり、喜んでいるがいい。
この短期間に、貴様の弱点をすべて暴き出してくれるわ──
「くおおおおおおおおっ! あ、あたまが、あたまがキーンとする──です!!」
ごろごろごろごろごろごろっ!!
ナナミは頭を押さえて転がり始めた。
……なるほど『勇者短剣術』は『アイスクリーム頭痛』に弱い、と。
「ああっ! 転がったひょうしに胸当ての紐が! ほどけて──っ!」
……なるほど『勇者短剣術』は、服がほどけやすい、と。
「ああっ! ぶつかったひょうしに荷物が! 灼けた岩の上に! しょ、しょくりょうがああああああっ!! 『勇者短剣術』の魔力には、定期的な栄養補給が欠かせないのでありますのに──っ!」
……なるほど『勇者短剣術』は、燃費が悪い、と。
「ああっ! シャーベットがこぼれて、こ、氷が背中に! ひ、ひやっこいであります。く、くすぐったい! あああああっ!!」
……なるほど『勇者短剣術』は、くすぐられるのに弱い、と。
…………。
「弱点ばっかりだな! 『勇者短剣術』!!」
「はひー……はひー」
ナナミは焼けた荷物を抱きかかえて、ずり落ちそうになる胸当てを押さえてる。ときどき顔をしかめてるのは『アイスクリーム頭痛』はまだ残ってるからだろう。というか、長いな。『アイスクリーム頭痛』。今、この場で戦闘を仕掛けたら、間違いなく倒せそうだ……。
「……食料、燃えてしまったのか?」
「う、うぅ。詳しいことは言えないであります」
ナナミは荷物をぎゅ、と抱きしめて、俺の方を見た。
「『勇者短剣術』は戦うたびに栄養補給が必要で、すぐにお腹が空いてしまうということがばれてしまったら、両親の夢であった『勇者伝統芸能』認定がだめになってしまうのであります!」
……そして『勇者短剣術』の使い手は、あほの子、と。
……どうしよう。ほっといても大丈夫なのだろうか、こいつ。
魔力が使えなければ、こいつの装備は短剣と、胸と腰と腰回りの防具だけなんだよな。まぁ、身体能力はあるから、ダンジョンの出口まで戻ることはできるだろうが……。
「ちょっと待ってろ」
「はひ。はひぃ」
「いいか。そこ動くな。一歩も移動するな。胸当てと腰の防具が焼けたとか言っても、代わりの服なんか貸してやらないから。絶対だぞ! いいな!」
「は、はいっ!」
ナナミは立ち上がって、直立不動の敬礼。よし。
俺は結界の中に戻った。
「フェンル、外の様子は見てたな」
「は、はい。ブロブロさま」
さっき即席で作ったミルクセーキを飲みながら、フェンルが答える。
「状況は次の通りだ。奴は『勇者短剣術』の使い手で、俺に恩義を感じている。つまり、利用価値がある。が、食料がなくなったので、その力を充分に発揮できない。だから食料を与えて戦わせれば、俺たちは無傷でヴァンパイアに出会うことができる」
「……ブロブロさま」
おや?
フェンルよ、どうして悲しそうな顔で胸を押さえているのだ?
あの幼女を助けようと言ったのはお前の方なのだが……?
「ブロブロさまは……その、胸の大きな女の人がお好きで……?」
「いや、幼女の胸のサイズなどに興味はないが」
「私も、あの人と同じ姿になれば、ブロブロさまの気を引くことが……?」
「いや、お前がナナミと同じ格好をしたら、胸当てがすとーんと落ちるからやめなさい」
「むむぅ」
だからどうしてほっぺたを膨らませているのだ。フェンルよ。
俺はお前の意見が聞きたいだけなのだが。
「……そうですね。あの女の子……ナナミさんの情報を得るのはいいことだと思います」
「奴の戦い方や、『勇者武術』の情報も得ることができるからな」
「……どうすればあんなふうに成長できるかも」
「成長か。そういえばお前も接近戦格闘型だからな。ナナミがどんなふうに経験値を上げているかは参考になるだろうな」
「やっぱり、食生活でしょうか」
「たくさん食べているのは間違いないな。その分、燃費も悪いようだが」
「でもでも、生まれつきのものだったら……私に希望は……」
「『勇者短剣術』の家系だからな。確かに、運動能力は親譲りかもしれぬが」
「私も……たゆんたゆん……揺らして戦えば……ブロブロさまに」
「いや……どっちかというと……しゅたっ、ぱしゅ、という感じだったが」
「むー!」
こら、主人の背中をぽかぽか叩く奴があるか。
とにかく、ナナミを一時的に俺たちのパーティに入れて情報を得る、ということでいいのだな? 同年代──ではないか──見た目同年代のお前がいた方が、あいつは油断するだろうからな。いいのだな。よし、お前が協力してくれるのであれば、問題はない。
俺はふたたび、結界を出た。
結界収納しておいた『木の実入り、ハチミツ乗せパンケーキ』を持って。
「おおおおおおっ!」
ナナミの目が輝いた。
そのまま俺の前にひざまづいて、鼻息荒くこっちを見上げてる。
なんだか……子犬を餌付けしてる気分になってきたぞ。
「仲間の同意が得られた。お前さえよければ、一時的に俺たちのパーティに入れよう。ダンジョンを出るまでの間、食事は支給する」
「は、はい。よろこんで!」
「では改めて自己紹介だ。俺の名前はクロノ=プロトコル。相棒のフェンルと旅をしている。能力は『結界作成』。魔物を防ぐ結界を張ることができる。お前が望むなら、多少は楽なクエストができるだろう」
俺はナナミを見下ろし、告げる。
「ただし、クエストの間は俺の命令に絶対服従だ。いいか?」
とりあえず、ヴァンパイアを見つけたら、こいつは結界に閉じ込めておくつもりでいるが。
暴れられても困るからな。確認はしておかなければなるまい。
「誓うであります!」
少女ナナミは胸に手を当て、貴族っぽい正式な礼をした。
「このナナミ=レガリア! クロノさまの配下として、命令を守り、命がけで戦うことをお誓いいたします。たとえ相手が魔王や魔人であっても」
「それはいらん」
「では、相手が勇者や神様であっても!」
「いいのかそれで!!」
「『勇者短剣術』の極意は『臨機応変』であります」
そりゃさっき聞いたけどさ。
『臨機応変』すぎないか、それ。
いいの? 仲間の『勇者武術』を敵に回しても。
「今、この場所で、自分を助けてくださったのはクロノさまでありますから」
そう言って、ナナミ=レガリアは笑った。
「この『山ダンジョン』の中では、自分の忠誠はクロノさまのものです!」
……まぁ、いいか。
面倒になったら置いていこう。できるだけ安全なところで、食料も込みで。
「ところで、もう食べてもいいのですか?」
ナナミは俺をまっすぐに見上げて、言った。
そういえばパンケーキの皿、俺が持ったままだったな。
「いいよ。どうぞ」
「いただきますであります!!」
はむはむ。はみはみ。
口いっぱいにパンケーキをほおばるナナミ。
その目はきらきらと輝いて、口元はゆるみっぱなしで、すごく幸せそうだった。
……なんだか、警戒するのがばからしくなってきた。
野生動物を飼い慣らしてるような気分だ。なんなんだろう、この幼女。
まぁ、利用価値はあるのだが。
別に無償で助けているわけではないのだからな。勘違いするなよ。
魔人の食料を喰らったことを、後々に悔やむがいいのだ。
貴様はすでに魔人のじゅう──いやいや、これ以上従者はいらないから──そうだな、このダンジョンの中では貴様は魔人の使い魔だ。『勇者』の名を冠する武術の使い手が魔人の道具となる──これほどの皮肉があるだろうか。
ふっ、勇者武術の使い手たちよ、これで貴様らの情報が手に入る。
『勇者武術』の秘密も、技も、俺がすべて丸裸にしてみせよう。
「わぁっ! 手が滑ったであります! ハ、ハチミツがべっとりと身体にぃ……」
「……結界の中でシャワーを浴びろ。使い方は、中にいるフェンルに聞け」
「はぃぃ」
ナナミは結界の中に入っていった。
「お、お邪魔するであります」
「い、いらっしゃいませ」
「あなたがフェンルさまでありますね。どうも、お世話になります」
「はい……じゃあ、シャワーですよね。とりあえず脱いでください」
「うぅ……自分のすべてが丸裸であります……恥ずかしいです……」
「うぅ……このボリュームは私にとっては目の毒です……。は、はい。洗い物はそちらに。この壁を叩くとシャワーが……ちょっとー。私が別の部屋に行く前に水を出したらずぶぬれに……ああもう、わかりました。私も一緒にシャワーを浴びます!」
……すまんフェンル。
『勇者武術』の秘密を暴くためだ。少しだけ我慢してくれ……。
そんなわけで俺とフェンルは、『勇者短剣術』の使い手、ナナミ=レガリアと一時的にパーティを組むことになったのだった。
魔人さんの『アイスクリーム頭痛』は無敵の強さを発揮するのでした。
そして3人パーティで、クエストを続けることになるのですが……。
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