第51話「魔人、従者を頭痛状態にする」
「言っておきますが、『勇者槍術』のコリントに勝ったからといって、我ら『勇者武術』をなめないことですね」
2本の剣を腰に差した、ミハエルは言った。
話の流れからいくと、こいつは『勇者剣術』の使い手か。
『勇者武術』は『剣術』『槍術』『短剣術』『格闘術』があるのだったな。
四人──つまり、四天王か。勇者がいた世界にはそういうものがあるらしい。昔、異世界からの本に書いてあったが、まさかこいつ「コリントは我ら四人の中でも最弱」とか言わないよな。
「『勇者槍術』のコリントは我ら四天王の中でも最弱!」
「言った!?」
しかも真顔で!?
確かに、こいつは「勇者武術」の使い手で間違いない。こんなネタは、勇者の世界の住人でなければ知らないはずだ。てことは、こいつの武術も知識も勇者直伝か。
こいつには『勇者槍術』のコリントよりも、勇者についての知識があるようだ。
もしかしたら能力も高いのか?
コリントよりも素早いとしたら、やっかいだな……。
「コリントは『勇者武術』の使い手の中では、最も未熟」
ミハエルは眉をつり上げて、言った。
「あいつは速度重視で、型がなっていないのです」
おいこら。
え? 本当? あいつが最速なの?
「我ら『勇者武術』の使い手は、勇者の後継者を自認しています。だから、勇者の型どおりの技を使うのが本当。なのにコリントは速度にこだわり、正しい型から外れるところがある。だからあなたなんかに敗れたのでしょうね」
……そういえばあいつ『多頭竜乱舞』くらいしか使ってなかったね。
「私は正しく、勇者の剣術を受け継いでいます。ヴァンパイアなど、我が剣術の前では簡単に降伏するでしょう! 私にはそれが見える!」
「見えるのか!?」
「見えます!」
「どうして?」
「勇者の後継者だからです!」
「すごいね!」
ほんとにすごいなー。
なんだか明後日の方向を見て、鞘のままの剣を掲げてるし。
「ひとつ聞きたいんだけど、ミハエルさん」
「なんでしょうか」
「『勇者短剣術』って名前は、初めて聞いたんだけど」
「……ああ、あれね」
ミハエルは俺の質問に、気まずそうな顔になる。
「あれは偽の『勇者武術』ですよ」
「偽の?」
「勇者が残したものではなく、勇者の武術を見たこの世界の者が、独自に編み出した流派です。一応『勇者武術』の名前を許されていますが、邪道ですよ。型もいい加減ですからね」
「つまり、勇者を参考に、人間が新しい型を編み出したということですか?」
「ええ。いくら強くても、邪道もいいところです。勇者の権威を軽んじている、どうでもいい相手ですよ」
恐ろしさこの上ない相手だった。
そっか、俺の知らない武術もあるのか。『勇者短剣術』……警戒しとこう。
「というわけで『勇者武術』の恐ろしさがわかりましたか?」
ミハエルは、どや顔で言った。
「それでも挑戦したいというなら、どうぞ『ヴァンパイア討伐クエスト』を受注するといいでしょう! 勇者の後継者は、誰の挑戦でも受けるのですから!!」
「すいませんアイリーンさん。第3階層の資料だけ貸してください」
「──ちょ!?」
なんだよ。
俺は別に『ヴァンパイアと戦いたい』とか『勇者に挑戦したい』なんて言ってないよな?
俺の目的は、ヴァンパイアと会って魔王城の情報を得ること、だ。
だから──
「『勇者武術』なんか、俺の相手じゃない」
「な!?」
「俺の目的は、そう……もっと高いところにあるのだ」
確か魔王城は、標高の高いところにあったよな。平地だと、人間さんたちがびっくりするから、って、魔王ちゃんが『建築の魔人』に指示したからな。
俺としては、地上でわちゃわちゃ『勇者武術』に挑戦する趣味はないのだ。
さっさと高みにのぼって『魔王ちゃんの遺産』でのんびりするのだから。
「俺は、あなたたちの知らない、高いところ目指している」
「な!? 『勇者武術』でさえ届かない高みだと!?」
「当たり前でしょう?」
なんで魔人の転生体が、勇者の後継者と遺産争いせにゃならんのだ。
めんどくさい。というか、そんな情報教えるつもりは毛頭ないぞ。
「あなたたち『勇者武術』がどれほど強くても、俺が目指す高みまでは届かない。いや、届かせるわけにはいかない」
俺はミハエルを見据えて、告げた。
「かつての勇者ならともかく、そこはあなたたちの侵入を許さない領域だ」
「あなた……い、いや、貴様!?」
「もう一度言う、俺はヴァンパイアをこの目で見て、俺が相手をするのに値する存在か確かめたいだけだ。ただ、剣を交えるだけなら誰でもできる。俺が望むのは、あなたにはできない領域の仕事だ」
ヴァンパイアに会って、魔王城の情報を得ることは、俺にしかできないんだからな。
……まったく、王都にいると面倒なことばっかりだ。
さっさと遺産を手に入れて、世の中には関わらない生活が送りたいなー。スローライフはじめて、空いた時間に魔王ちゃんの転生体を探したりするのも楽しそうだ。
「それじゃ資料を見せてもらうことにしようか、フェンル」
「は、はい。クロノさま」
ミハエルから、聞けるだけのことは聞いた。
俺が警戒しなければいけないのは『勇者短剣術』だけだ。『勇者槍術』のコリントが最速なら、あとの武術はどうでもいい。攻略法は、魔王ちゃんから聞いてるからな。
「では、アイリーンさん、お願いします」
「は、はい」
「……いい気になるなよ、初心者冒険者」
ぎりり、と、歯がみしながら、ミハエルが俺を見てる。
「まだなにか?」
「山ダンジョン3階は『炎熱フロア』だ。初心者が体力を消耗して、倒れることはよくあるからな。せいぜい──」
「はい。背後には気をつけますよ。先輩」
「……ふん」
『勇者剣術』のミハエルは肩をふるわせて、ギルドから出て行った。
フェンルとアイリーンさんが「ふぅ」とため息をつく。
「申し訳ありません。クロノさん」
アイリーンさんは俺とフェンルに頭を下げた。
「『勇者武術』は冒険者の中でも発言力があり、ギルドもなかなか強くは出られないもので……代わりに、山ダンジョン第3階層の資料はすべてお見せしますね」
「ありがとうございます」
「それと、これも差し上げます」
アイリーンさんは壁際の棚から、小さな木の実を取り出した。
「『ハムニルの実』です。握ってると冷気が出てくるんです」
「これが『ハムニルの実』ですか。わたし、初めて見ました」
フェンルは目を輝かせてる。
俺は初めて見るものだ。何に使うものなのだろうか。
「これは、中に冷気が封じ込められた木の実です。ダンジョン第3階層の暑さ対策にどうぞ」
アイリーンさんはフェンルの手のひらに『ハムニルの実』を載せた。合計、3個。
「おいしいですか?」
「おいしいですけど食べないでください! これは暑さ避け用です!」
「冷気が出るんですよね?」
「冷気が出るんです」
「シャーベットとか作れますか?」
「作れますけど、第3階層では食べる前に溶けちゃうと思いますよ?」
「残念です……」
「魔法がかかった果実ですから、大事にしてくださいね……」
アイリーンさんは言った。
『ハムニルの実』は、魔法で冷気を閉じ込めた木の実らしい。
魔人時代にはなかったから、この400年の間に品種改良されたんだろう。こういうのを見ると「おそるべし人間」って思うのだが。でも、どうして400年進化してない『勇者武術』の方が大事にされてるんだろうな。普通は逆では?
「魔王を倒して世界を救った勇者──その技を受け継いでいるのですよ?」
俺が聞くと、アイリーンさんは短い答えをくれた。
「尊敬するのは当然でしょう?」
「そういうものですか」
「そういうものです。彼らなら、第3階層の炎熱フロアなど、涼しい顔で攻略してしまうでしょう……」
なぜか瞳を輝かせて、アイリーンさんは言ったのだった。
「あなたたちは気をつけてくださいね。水分補給を、体温管理は重要です」
「わかりました。水分補給と、体温管理ですね」
忠告はありがたく受け取って、俺たちは『山ダンジョン第3階層』に向かうことにしたのだった。
次の日。
俺たちは山ダンジョン第3階層にいた。
「シャーベット美味しいです! ブロブロさま!」
「うむ。しっかり食べろよ。水分補給と、体温管理は重要だからな」
「でもこれ『ハムニルの実』で作ったんですよね」
「ああ」
俺はうなずいた。
すまん、アイリーンさん。誘惑には勝てなかった……。
フェンルが歩きながら食べてる『ミルクシャーベット』は昨日のうちに作っておいて、『結界収納』で保存しておいたものだ。氷とミルクとハチミツ、それに砂糖まで入ってる。水分補給と体温管理、それに栄養補給までばっちりだ。
氷は『ハムニルの実』から抽出した冷気をぶち込んで作った。
大事にしてくださいと言われたが、お菓子作りの誘惑には勝てなかったのだ。
「しょうがないよな。魔人だものな。人間の忠告など聞くわけにはいかぬからな」
「いえ、ブロブロさまほど人に優しい魔人はいないと……あいたっ」
フェンルが額を押さえた。
「んーっ。キーン、としました」
「急いで食べるからだ」
「どうして冷たいものを食べると頭が痛くなるんでしょうね……」
「異世界の書物では『アイスクリーム頭痛』と言うそうだ」
「物知りですね! ブロブロさま!」
「魔人だからな。それより、ゆっくり食べろ」
「で、でもでも。ブロブロさまが作ってくださったものですから……」
フェンルは木のスプーンをくわえながら、俺の方を見た。
「それに、早く食べないと溶けちゃいますよ?」
「溶けないと思うぞ」
「でも、すごく暑そうです。山ダンジョン第3階層」
「……ああ、すごく『暑そう』だな」
フェンルの言葉は正しい。
このフロア、すごく暑そうだ。
『山ダンジョン第3階層』の地面は、ごつごつした岩場になっている。地熱の関係で暑いという話で、それを証明するように、岩場のあちこちから蒸気が噴き出してる。
岩が赤くなってる場所は、地熱で灼けているところだ。『冒険者ギルド』の資料にも、熱すぎて歩けない場所の地図があったから、そこだけ注意すればいい。
空気まで湿気を帯びていて、遠くがかすんで見える。
俺たちがいるのは『第3階層』の入り口あたり。
奥はもっと暑いらしいから、水分補給はしっかりしなければなるまい。
うちの子を熱中症で倒れさせたら、魔人として恥ずかしいからな。
「普通に武装して来たら、汗だくになっちゃいますね……」
「確かに、お前の肌にあせもができてしまうだろうな……」
「いえ、そうではなく……暑さで動けなくなっちゃうんじゃないかと」
「それはアイリーンさんにも注意されたな。熱対策と防御力のバランス、だったか」
「はい。通気性をよくすると防御が弱くなって──」
「防御を固めすぎると、暑さで体力を奪われる──だな。よく覚えていたな、フェンル」
俺はフェンルの頭をなでた。
「わ、わたしだって、ブロブロさまのお役に立ちたいですから」
フェンルは俺の前で両腕を広げてみせた。
彼女が着ているのは革の鎧。その下には『レインボーバタフライ』の衣。背中には『スライムシールド』。さらに小遣いで買ったマントも装備している。防御は完璧だ。
「……だが、やはり少し暑いのではないか?」
フェンルの額に汗が伝っている。
シャーベット程度では、フル装備のフェンルの熱対策にはならないようだ。
「だ、だいじょうぶです。これくらい」
「無理をするな。従者の体調管理は魔人の仕事だ」
あと、俺の趣味でもある。
「……は、はい。申し訳ありません」
フェンルは小さなてのひらで、額の汗をぬぐって、
「ほ、ほんとは少し暑いです。ほんの少しですけど」
「だろうな。ここは炎熱フロアだ。暑いのは仕方のないことだ」
俺たちが立っている場所のまわりでも、熱い蒸気が噴き出してる。
本当に、見てるだけで暑そうだ。
やはり、もう少ししっかり対策をする必要があったか。
「仕方がない。えあこんを『強』にしよう」
ぶおー。
「……はぁぁ」
フェンルの汗が引いた。
「快適です」
「ならばよし」
俺はダンジョン第3階層に入ってからずっと、まわりに結界を張ってる。『偽装結界』で岩に化けて、快適に過ごせるように『えあこん』をかけている。熱は『遮断』してあるから、結界の中は適温だ。
もちろん、水分補給も忘れない。20分歩くごとに『すいどう』能力で水を出して、フェンルに飲ませている。あんまり甘やかすわけにはいかないから、シャワーは2時間おきで──いや、やはり1時間半だな。こいつ、調子が悪くなっても我慢するからな。
まったく、主人に隠し事をするとは、従者のくせに困った奴だ。「疲れたら言え」と何度も命令しているのに聞かないのだから。そのうちおしおきをしなければいけないだろう。
……そうだな。おやつに入れるハチミツの量を半分にしてやろう。
甘さひかえめのおやつを食べて、命令にそむいたことを反省するがいいのだ……。
「ブロブロさま」
「うむ。わかった。疲れたのなら休憩にしよう」
「いえいえ、まだ30分しか歩いてませんから。それより、魔物がいますよ?」
フェンルが結界の天井近くを指さした。
「結界に『火吹きトカゲ』が張り付いてます。どうしますか?」
「なかなかの強敵だな」
「口から『炎の矢』に匹敵する火炎を吐く魔物ですね」
「正面から近づくのは危ないな」
『火吹きトカゲ』は俺たちには気づいていない。
結界の天井に張り付いて、無防備な腹部をさらしている。長い尻尾が丸まってるのが、無警戒状態の証拠だ。
別に魔物は、基本的に放っておいてもいいのだが……。
「フェンル。せっかくだから戦ってみるか?」
「え? いいんですか?」
「第3階層はお前には荷が重いだろう? 逆に考えれば、経験値を積みやすいということでもある。やってみろ」
「は、はい。はむはむはむ────あ、いたったたたた」
……シャーベットを掻き込む奴があるか。
頭が痛くなるに決まってるだろうが。
「いいか。『火吹きトカゲ』は好戦的で、人の姿を見ると殺しに来る。注意が必要だ」
「は、はいぃ……」
「弱点は胸。心臓のまわりを狙うのがいいだろう。できるか?」
「で、できます!」
フェンルは宣言した。
そうか。ならば俺のショートソードを使うといい。
「てい!」
さくっ。
フェンルは結界の内側から『火吹きトカゲ』を突き刺した。
さくっ。さくっ。
『グガラァアアー』
『火吹きトカゲ』をたおした!
「こ、こんな感じでしょうか?」
「72点だな」
結界の内側から刺してるのに、急所を2回も外してる。3回目でやっとクリティカルヒットだ。緊張からか、それともシャーベットで頭痛を起こした直後だからか。
だが『アイスクリーム頭痛』に耐えながら魔物を倒した者など、この世界ではフェンル以外におるまい。やったなフェンル。世界初だ。
だが……やはり魔物討伐前に冷たいものはよくなかったな。
次回はハチミツ入りミルクセーキにするとしよう。
「あ、でも、わたしちょっと強くなった気がします! 具体的には風魔法のレベルが上がったような!」
「うむ。がんばったな、フェンル」
俺はまた、フェンルの頭をなでた。
こうしてレベルを上げていけば、フェンルもいつか立派な冒険者になれるだろう。
俺はスローライフでぐだぐだするつもりだが、フェンルがひとりで冒険に出ることもあるかもしれない。そんなとき、心配しないでもいいようにしておきたい。
でないと結界に隠れてフォローしたくなるからな。
それではおちおちスローライフもしてられないだろうし。
「風魔法の他にも、なんだか目が良くなったような気がします」
「目が、か?」
「わたしたちガルフェルドは、そういう力があるみたいです。おかげで遠くまでよく見えます。たとえば……」
フェンルは通路の先を指さした。
「あそこに、赤いものがありますよね?」
「あるな」
「あれは実は、『レッドフレアウルフです』」
「高レベルの魔物で、火を吹く狼か」
「隣で、ちっちゃなものが動いてますね?」
「動いてるな」
「あれは実は、『レッドフレアウルフと戦ってる冒険者』です」
「そう言われると、なんだか動きが怪しく見えてくるな」
「それはたぶん、敵にやられそうになってるからですね」
「どんな冒険者だ」
「短剣使いの、ちっちゃな女の子ですね」
「そこでどうしてこっちを見るのだ? フェンルよ」
「許可を頂こうと思いまして」
「助けに行きたいのか?」
「こっそりです。こっそり」
「許さぬ」
俺は首を横に振った。
「このフロアの魔物は、お前には荷が重い。許可するわけにはいかぬな」
「……そうですか」
「それに、お前ではこっそり助けられるとは思えぬ。俺なら別だが」
俺はフェンルの手を引いて歩き出す。
結界ごと移動すれば、そうそう気づかれることもあるまい。
「……ブロブロさま」
「勘違いするな。俺はこのフロアの情報が欲しいだけだ」
第3階層で戦ってるのであれば、それなりの実力の持ち主だろう。
資料ではわからないダンジョンの情報なんかも持っているかもしれない。
「それに『レッドフレアウルフ』の毛皮には『火炎耐性』があるからな。お前の装備の素材にはいいかもしれない。それだけだ」
「はいっ! ブロブロさま!」
お前のためじゃないと言っているのにどうして笑顔なのだ。フェンルよ。
たまにお前のことがわからなくなるぞ。まったく。
そんなわけで俺は『変幻の盾』を起動。
第3階層の強敵退治のため、俺とフェンルは走り出したのだった。
魔人さん、狼狩りに向かいます。熱いので大変です。
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