第50話「魔人、勇者(っぽいひと)の挑戦を受ける」
そんなわけで、俺とフェンルは『王立図書館』に来ていた。
ナターシャ=ライリンガは『この大陸の地図を見せる』という約束を守ってくれた。さすがは侯爵家、誠実だ。俺が魔王ちゃんの遺産を手に入れた暁には、適当な本を図書館に寄贈してやることにしよう。
確か魔王ちゃんが好きだった『らぶこめ』があったな。それと、魔王ちゃん本人が自作した物語もあったはずだ。
誰にも知られずに埋もれていくより、そういうのを好きな者に読まれた方が魔王ちゃんも本望だろう。確か異世界の本のネタからタイトルを取って『ブラックヒストリー』というタイトルだったっけ。『黒い歴史』か。魔王らしいダークさだ。
ぜひとも現代の人間どもに読ませてやるべきだな。
──そう考えた瞬間、なんだか寒気がした。
……おや、風邪でもひいたかな。
スローライフを手に入れるまで、まだまだ旅は続くのだ。体調管理はきちんとしないと。
幼女たちに看病をさせることになったら、保護者としての威厳がだいなしだからな。
「失礼します」
そして、俺は王立図書館の扉を叩いた。
「ナターシャ=ライリンガ侯爵令嬢の紹介で参りました。クロノ=プロトコルと申します。こちらは仲間──家族のフェンルです。地図の閲覧をお願いいたします」
「はい。ナターシャさまから伺っています。どうぞ」
王立図書館の司書の女性は、普通に俺とフェンルを通してくれた。
なんだか妙に目を輝かせてこっちを見てる。
ここは王宮の関係施設だから、ドレスコードには気を遣ったつもりなのだが。
……もしかして、おかしかっただろうか。
フェンルはレインボーバタフライのローブを着てるし、俺は執事服のようなものを着ている。
俺の服はニーナ=ベルモットが貸してくれたものだ。ニーナは「返しに来るとき、ぜひともこの服を着ていらしてください。両親には休みを取っていただきますから。絶対ですよ!」と言っていたが、そんな貴重なものだったのか。司書さんが感心するのも当然だな。
「……すごいです、ブロブロさま。本がいっぱい」
閲覧室に足を踏み入れた瞬間、フェンルが目を見開いた。
俺も、こんなにたくさんの本を目にするのは初めてだ。
閲覧室は広い円形で、その壁はすべて本棚になっている。棚の数は10くらい。入り口の壁には図書館ができた由来が書いてある。
文の貴族であるライリンガ侯爵家が、この国の出来事を記録するために史書をつくったのが図書館のはじまりで、それからずっと、さまざまな本を集めては保管しているそうだ。
この世界に本が普及しているのは、異世界から召喚された勇者たちのせいだ。
自分たちをたたえる物語がはやってることに気づいて、あいつらは本の効率的な作り方をこの世界に伝えた。その方が、自分たちの記録が長く残せると思ったんだろうな。
「……あいつらがした『良いこと』って、これくらいかもしれないがな」
できれば、魔王ちゃんの正確な記録も残して欲しかったな。魔人のはいらないが。
「地図をごらんになりたいのでしたね?」
受付の女性が聞いてくる。
「この大陸の地図を、と、ナターシャさまからはうかがっていますが」
「はい。お願いできますか?」
「地図は貴重品となりますので、別室でごらんいただくことになります。おひとりで」
そうだろうな。
地図なんてのは、軍事的な意味でも貴重品だ。
正確な地図があれば、他国からはどうやって攻め入って、どの城を落とせば効率的なのかまでわかってしまう。閲覧の許可をもらえたのは本当に幸運なのだ。
「わかりました。フェンルは……」
「私、おとなしく待っていますよ?」
無理だな。
フェンル、大量の本を見ながらうずうずしてる。
ほっといたら、絶対に適当な本をいじったり読んだりしそうだ。
「すいません。一般人が読んでもいい本ってありますか?」
俺は司書の女性に聞いた。
「待ってる間、この子に読ませてあげたいので」
「ブロブロさ──いえ、クロノさま?」
「せっかくの機会だ。見聞を広めるといい」
「ありがとうございます。じゃあ私、礼儀作法の本と、歴史の本を読んでみたいです」
「歴史の?」
「……私のご先祖がどんなだったか、わかればなぁ、って」
そういえばフェンルは、俺の同僚の魔人ガルフェルドによって作られた、人造生物の子孫だったな。歴史といえば伝承が残っているだけだし、自分のルーツに興味があるのだろう。
司書の女性が許可してくれたので、俺はフェンルを残して別室に向かった。
地図はすぐに持ってきてもらえた。
ただし、閲覧は15分。それを超えると司書の人が来て、地図を回収していくそうだ。
別に俺は王都の攻略法を知りたいわけでも、街道の重要拠点を覚えたいわけでもない。かつて『魔王城』があった場所を特定できれば充分なのだ。
そんなわけで、俺は机に広げられた『大陸地図』をじっと見つめていたのだけど──
「魔王城の候補地は、3カ所か」
400年経ってるせいか、地形がずいぶん変わっている。町の位置も違うし、森は伐採されて田畑になってしまってる。
だから地図を見ても「たぶん」としか言えない。
候補地は3カ所。国内が2カ所。国外が1カ所だ。
「……やっぱりヴァンパイアの居城(跡地)に行くべきか」
そこはアグニスを助けたとき、ゴーストが教えてくれた場所だ。
すでに廃墟となっているところだが、今でも遺物や情報が転がっているらしい。
アンデッド系の魔物は『冥府の魔人』と仲良しだった。そして、長生きだ。魔王時代の記録が残っているとしたらそこだろう。
「あそこは山ダンジョンの第3階層から行けるな……探してみる価値はあるか」
魔王ちゃんが転生していてくれれば話は早いのだがな。
『遺産』については俺は話を聞いただけ。実際に遺産を隠した魔王ちゃんなら、場所もはっきりわかるだろう。
だが、魔王ちゃんが転生したという証拠はない。そっちの方が確率は低いか。
あとは──
「俺の『結界』をレベルアップさせて、遺産なしでスローライフを完成させるか」
まぁ、急ぐこともない。焦りはスローライフには禁物だ。
とりあえずルチアとマルグリッドが戻ってくる前に、山ダンジョン第3階層を攻略するくらいはしておこう。攻略法を覚えておけば、奴らのレベルアップにも役立つはずだ。
──そんなことを考えていたとき、ノックの音がした。
もう時間か?
早いな。体感時間ではまだ5分くらいなのだが……。
「申し訳ありません。クロノ=プロトコルさま」
ドアの向こうでは、司書の女性が頭を下げていた。
「この王立図書館は、一時休館することになりました」
「……休館?」
「王宮からの指示です。山ダンジョンに危険な魔物が現れたそうで、それが討伐されるまで、王宮の関係機関は安全のために閉鎖することになったのです」
女性は青い顔をしている。
ここは王国の施設で、警備も一番厳重なはずだ。その人間が恐れるものとなると……?
「山ダンジョンの第3階層に、ヴァンパイアが現れたという情報が入りました」
司書の女性は言った。
「実際に出会って言葉を交わした者がいるそうです。ヴァンパイアは闇に移動する危険な魔物です。奴がダンジョンの外に出る可能性も考え、しばらく関係機関を閉鎖し、討伐されるまで様子を見ることになったのです。申し訳ありません──」
そう言って司書の女性は、深々と頭を下げたのだった。
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図書館を出たあと、俺とフェンルは冒険者ギルドへ向かった。
山ダンジョンに現れたヴァンパイアの情報を得るためだ。
もともと俺は、山ダンジョン第3階層の先にある『ヴァンパイアの城(廃墟)』に行く予定だった。もうヴァンパイアは死んでしまったはずだけど、生き残ってたのならちょうどいい。本人に会えば、魔王城についての情報がもらえるかもしれない。
だから──
「すいません。『初心者向けのヴァンパイア討伐クエスト』ってありますか?」
「あるわけないでしょう!?」
怒られた。
言い方がまずかったか。
「間違えました。初心者向けなら『ヴァンパイアに事情聴取しようクエスト』ですよね」
「かえってハイレベルだと思いますけどっ!?」
そうだろうか。
向こうは言いたいことがあるからわざわざダンジョンに現れたわけで、実際に会えば話くらいはできるんじゃないだろうか。
「それに『ヴァンパイア討伐クエスト』は『勇者武術』の伝承者の皆さんが、すでに受注していらっいます」
「『勇者武術』って、ベルモット家執事が使ってた『勇者槍術』とか?」
「その同門ですね。ハイレベルなクエストは、彼らが自分たちの技を試すために受注されることがほとんどです」
ギルドの女性──アイリーンさんは教えてくれた。
勇者武術には今のところ『勇者剣術』『勇者槍術』『勇者格闘術』『勇者短剣術』があるそうだ。で、彼らは自分が一番強いことを証明するために、ハイレベルなクエストを好んで受注する。
理由は簡単「勇者とはそういうものだから」だそうだ。迷惑な。
「もともと山ダンジョンの第3階層は『炎熱エリア』と呼ばれて、地熱と山の魔力があわさり、とても熱い場所になっています。それにヴァンパイアが相手となれば、初心者にはとても──」
「とても気をつける必要がある、と」
「とても気をつけても駄目です!」
アイリーンさんはそう言ってから、まじまじと俺を見て、
「……そういえば、あなたは『勇者槍術』のコリントさんを倒したのでしたっけ」
「どうしてそれを?」
「あなたに『S級クエスト』を紹介したのは私ですよ?」
それもそうだ。
ナターシャのライリンガ侯爵家も、ギルドにはクエスト達成証明を出してるはずだ。だったら、俺が『勇者槍術』のコリントと戦ったことも知られてて当然か。
「なるほど。それだけの実力があるなら、第3階層でヴァンパイアに会っても平気かもしれません」
アイリーンさんは、ぽん、と手を叩いた。
「ですが、そうまでして危険を冒す理由はなんですか?」
「俺が危険を冒す理由……」
魔王ちゃんの遺産のことは言えない。
ヴァンパイアに魔王関係の情報が聞きたい、なんてことも、人間に教えるわけにはいかない。
俺の目的は、長命なヴァンパイアと話をして、魔王と魔人がいた時代のことを知り、最終的に魔王ちゃんの遺産を手に入れることだ。勇者たちが余計なことをしなければ、あの時代の魔王ちゃんは、へそくりで幸せな生活を送っていたはずなのだから。
それを一般人にもわかるようにまとめると──
「俺の目的はふたつです」
俺は言った。
「大金を手に入れたい。勇者を名乗ってた連中が悔しがるところを想像して、腹を抱えて笑いたい。それだけです」
魔王ちゃんの遺産はたぶん、宝石やマジックアイテム。売れば大金になる。
そして、転生した魔人が、遺産を手に入れてスローライフを送ってると知ったら、魔王と魔人を消し去ろうとしてた勇者連中が悔しがることは間違いない。奴らはもう死んでるだろうから、俺の想像の中でしかないが……それくらいの仕返しはしてもいいだろう。
「…………あ、あなたは……なんてことを……」
あれ? どうして震えてるのだ。アイリーンさん。
俺の隣にいるフェンルは納得してくれているぞ。うんうん、って。
「あなたは……勇者をなんだと思ってるのですか」
アイリーンさんは震えながら俺を指さした。
「強力で危険な戦闘集団だと思ってます」
平和に暮らしてたところに押しかけてきて、魔人や魔王ちゃんに襲いかかったのったのだからな。勝手にタンスや宝箱開けるし、通路に置いてたツボは割るし、ぶっちゃけ、盗賊と変わらない。
奴らが普通の人間だったらトラップ仕掛けた山道におびき寄せて、ボコボコにしたあとで領主さんに突きだしてやるところだ。
「強力な戦闘集団って、それだけですか? おそるべき魔王を倒した勇者がただの戦闘集団だというなら……魔王は? あなたにとって魔王は恐怖の対象ではないのですか?」
「なんで俺が魔王を怖がらなきゃいけないんですか」
俺がそんな態度をとったら魔王ちゃんが泣くぞ。
「恐怖の対象ではない、と!? 魔王ですよ!?」
「魔王ですよ?」
「その伝説を耳にするだけで誰もが震え上がる、あの魔王を、あなたは恐れないと?」
「ええ。可愛いもんです」
魔王ちゃん以上にラブリーな存在は、いまだかつて見たことがないからな。
「…………魔王を恐れない……それが……勇者の資質だとは聞いていますが……まさか、クロノさんが……」
アイリーンさんは限界まで目を見開いた。
それから、はぁ、とため息をついて。
「…………あなたには、もうなにも申し上げることはありません」
わかってしてくれたようだ。
「山ダンジョン第3階層の資料をお持ちします。ここで待っていてください」
アイリーンさんが立ち上がる。
が、その動きが途中で止まった。彼女は俺の後ろ。部屋の外を見ている。
いつの間にかドアが開いていて、その向こうに男性が立っていた。
「すみませんね。立ち聞きしてしまいましたよ」
軽装の鎧をまとった男性だった。
腰に2本の剣を差している。ショートソードとダガーだ。
「──ミハエル=ランゲルスさん……」
「その方が、我々『勇者武術』の使い手を見下していたようなので」
ミハエルと呼ばれた男が言った。
年齢は俺より少し上くらい。10代後半だろう。背は俺と同程度。それほど筋肉質ではないが、均整の取れた身体つきをしている。
で、なんだっけ。こいつは『勇者武術』の使い手?
「恐れ知らずの冒険者の腕前、確かめさせていただけませんかね?」
ミハエルは俺と、いつの間にか俺の手を握ってるフェンルを見て、笑い──
「どうです? あなたも『ヴァンパイア討伐クエスト』に参加していただけませんか? どちらがあの凶悪な魔物を倒せるか、競争しようではありませんか」
かちん、と、剣の柄を鳴らして、そんなことを言ったのだった。
年内の更新はこれでおしまいです。次回は年明けの更新になります。
今年は「魔人さん」を読んでいただき、ありがとうございました!
来年も、よろしくお願いします。どうぞ、よいお年をお過ごしください。
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