第49話「たのしい村の授業と、少女たちによる『ないしょの情報交換会』」
──フォルテ孤児院ご一行 授業中──
「見えますか? 皆さん。あれが『つり下げられた盗賊』です」
『つり下げられた盗賊』
フォルテ孤児院の良い子たちが仕掛けた罠に引っかかった盗賊。
盗賊団の偵察役と思われる。
子どもたちが地面に仕掛けておいた、輪っかに足をくぐらせたところで罠が発動。片足を空中に釣り上げられてしまった。
現在は上下逆になって、木からぶら下がっている状態。
ノエルと、アグニス先生と子どもたちは草むらに身を隠し、『つり下げられた盗賊』がよく見える場所まで近づいていく。
さらに右を見て左を見て、耳を澄ます。近くに他の盗賊がいる気配はない。
それを確認してから、全員で顔を見合わせる。
「それじゃ、みんな。静かに先生のお話を聞こうね?」
ノエルが唇に指を当てると、ダニエル、トーマ、カティア、ミリエラがうなずく。
「お願いします。アグニス先生」
「ではみなさん、草むらから顔を出さないように気をつけて」
アグニスは、ノエルと子どもたちにささやいた。
「あのトラップを仕掛けたのは誰ですか……そう、トーマですか。大変よくできていますね。地面に置いた輪に足を引っかけた盗賊は、見事に木につり下げられています。
あの方をよーくご覧なさい。着ているのは革のよろいですが、あちこちボロボロになっていますね。おそらく、盗賊団でも下っ端なのでしょう。単独行動を取っているところを見ると、偵察役だと思われます。
ぶつぶつ文句を言っていますね。村を襲って、子どもをさらって売りさばくつもりだったそうです。一生懸命東の方を向こうとしていますから、そちらに仲間がいるのかもしれません」
「せんせー。ぼくたちはあの人をどうすればいいんですか?」
「良い質問ですね。ダニエル。領主様に突き出せば報奨金がいただけますので、無力化して拘束することにいたしましょう。うちの村には二度と手を出さないように、思い知らせる必要がありますから。
みなさん、気絶魔法の『ショックライトニング』は覚えていますね?」
「「「「はーい」」」」
「まずは先生が見本をお見せします。足りなかったら、みなさんも追撃をお願いします」
アグニスは草むらから指先を出して、呪文を唱える。
「『稲妻よ我が敵を打ち据えよ。ショックライトニング』」
ぱしゅん。
「ぐがぁ」
アグニスの指先から発射された青白い雷光が、『つり下げられた盗賊』に命中した。
盗賊は身体を痙攣させたあと、動かなくなる。
「それではみなさん。今度はロープの結び方の復習です。すみやかに、ほどけないようにしましょうね?」
「「「「はーい」」」」
「相手が盗賊であっても、礼儀を忘れてはいけません。ロープの結び方の練習代になってくださる盗賊さんにお礼を言いましょうね」
「「「「とーぞくさん。ありがとうございますっ!!」」」」
ダニエル、トーマ、カティア、ミリエラは横一列に並んで、ぺこり。
「みんなー。ロープを配るから並んでねー」
ノエルはみんなで『木登り遊び』をするために持って来たロープを、子供たちに配っていく。
その間、アグニスは周囲の見回りだ。他に盗賊の気配がないことを確認してから、彼女は子どもたちに号令。まずはダニエルとトーマが駆け出し、アグニスの指導のもと、盗賊を木から下ろし始める。カティアは臆病なせいか、気絶した盗賊を遠巻きにしている。
その隣にいるミリエラは──
「『いなづまよー。わがてきをー』……こう唱えるとこうなって……こうすると……」
「? ミリエラ? 今はローブ結びの練習の時間だよ?」
「あ、はーい。ごめんなさい。ノエルお姉ちゃん」
ノエルに肩を叩かれて、ミリエラも仲間の元へ走り出す。
その頃にはすでに盗賊さんはぐるぐる巻きにされている。大声が出せないように、猿ぐつわも忘れない。
村を荒らす盗賊は、村長や領主にとって脅威になる。だから捕らえて突きだした者には、報奨金が出ることになっているのだ。子どもたちは今から「なにに使おうかなー」と考え込んでいる。
「皆さん。先のことを考えすぎてはいけません。盗賊さんを捕まえそこねたら、なんにもならないんですからね?」
子どもたちをたしなめるように、アグニスが宣言する。
それから、彼女は軽く手を叩いて、
「では、皆さん。ちゃんとロープを結べたかどうか、指さし確認しましょう」
「両手よーし」
「両足よーし」
「胴体、ちゃんとしたよー」
「猿ぐつわもしっかり」
「……ちょっと両手の結び目が弱いかな?」
そう言ってノエルがロープを結び直す。
「はい、できました。アグニス先生」
「ノエルさんは本当によく気がつきますね」
「……いえ、そんな」
「いつも子どもたちの事を考えていること、正直、わたくしは感心しているのです。まだお若いのに」
「私は、自分のしたいことをしているだけですから」
ノエルは照れたように頭を掻いた。
「それに、辺境の村で暮らしていくには、ロープを結ぶのも必要なスキルですし」
……一番それが得意なのは、弟分のクロちゃんだったけど──というセリフを、ノエルは飲み込んだ。ロープ結びが上手いのは、弟分に負けないようにしてきたからだ。お姉ちゃんをするのも大変なのだ。
「ノエルさんと初めてお会いしたとき、わたくしは思ったのです。『この方は、磨けば光る』と」
アグニスは優しい目で告げた。
「わたくしの目に狂いはありませんでした。あの方が村に戻られる頃は、ノエルさまは『立派なレディ』になっていることでしょう」
「さ、さぁ、アグニスさん。次へ行きましょう。次へ!」
「そうですね。残りの盗賊がまだいるはずです。てきぱきと片付けていきましょう」
アグニスが先に立ち、獣道を歩き出す。
ダニエル、トーマ、カティアがそれに続く。
しんがりにノエルがつくはずだったのだけど──
「むー」
「どうしたのミリエラ?」
立ち止まったままのミリエラに、ノエルは手を伸ばした。
「……なんでもない」
頬をふくらませたミリエラは、ノエルの手を無視して、歩き出す。
「……ノエルお姉ちゃんばっかり、ずるい」
かすかにミリエラがつぶやくのが聞こえた。
ミリエラはまだちっちゃいけれど、飲み込みが早い。アグニスが来てからはいろいろな知識を吸収して、大人びてきている。ノエルには何が「ずるい」のかわからないけど、そう思うことがあったんだろう。
「あとでちゃんと聞いてあげるから……ね? ミリエラ」
「……むぅ」
まだ少し怒った顔のまま、ミリエラはノエルの手を握った。
それからふたりは早足で、先を歩くアグニスたちを追いかけたのだった。
────────────
「はい。見つけましたね。これが『落とし穴に落ちた盗賊』です」
『落とし穴に落ちた盗賊』
アグニスが魔法で穴を開け、フォルテ孤児院の子どもたちが仕上げをした、深さ数メートルの落とし穴に落ちた盗賊。
壁に埋め込まれた柔らかい草が音を吸収するため、叫んでも外には届かない。
穴のすぐ下には逆トゲが仕込んであるため、よじ登るのはとても大変。
「この盗賊さんも偵察役のようですね。仲間の居場所について聞いてみましょう。
盗賊さん。あなたの仲間はどこにいますか?」
「「「「どこにいますか!?」」」」
みんなで穴の中に問いかける。が、戻って来たのは沈黙だった。
盗賊は穴の底で脚を押さえて、じっと頭上を見上げている。
「教えてくれませんか。しょうがないですね。ここは観察するだけにしましょう」
アグニスは、ぱんぱん、と手を叩いた。
「穴の底からは、こちらは逆光になっていますから、みなさんの顔はわかりません。では、思う存分、盗賊さんを観察してください」
「「「「じーっ」」」」
子供たちは穴のまわりに集まり、底にいる盗賊をじっと見つめる。
盗賊は腕を振って威嚇するけど穴の底。子どもたちにはなにもできない。逆に、まっすぐな視線を受けて、居心地が悪そうに身体を震わせてる。
「おや。空が曇ってきましたね」
不意にアグニスが空を見上げて言った。
「雨が降るのでしょうか。このあたりの地面は緩いですからねぇ。雨が降るとすぐに崩れてしまうのですよ。かといって崩れないと、穴の底に水が溜まってしまいますからねぇ……。
ところで盗賊さん。仲間がどこにいるか、まだ話す気になりませんか?」
「…………い、言えねぇ……盗賊にも……仁義が──」
穴の底からかすかな声が返ってくる。
アグニスはそれを遮るように──
「はい。わかりました。その仁義に敬意を表して、あなたのことは秘密にしておきましょう。
いいですか、皆さん。この盗賊さんのことは、誰にも話してはいけませんよ? この盗賊さんの仲間は村の兵士さんたちがやっつけて、領主さんのところに引っ立てていくかもしれませんが、この盗賊さんのことは絶対に秘密です。
雨が降ろうと土砂崩れが起きようと、絶対に話してはいけません。
いいですね? 先生との約束です。お返事は?」
「「「「はーい!!」」」」
「では皆さん先へ進み────」
アグニスとノエルと子どもたちは一歩進んで停止。
そのまま、じーっと耳を澄ます。
「──かった! わかった! 話す! だから見捨てないでくれ──っ!!」
穴の底から聞こえてきた盗賊の声に、アグニスとノエルはハイタッチ。
「──話す気になったようですね、盗賊さん。あなたには更正の余地があるようです。あとでそのことを領主さんにお伝えして、出してあげることとしましょう。今はわたくしのおやつを差し上げます。どうぞ、盗賊さんたちが全滅するまで生き延びてくださいね」
アグニスは革袋から出したビスケットを落とし穴に入れた。
それを盗賊さんがキャッチするのを確かめて、彼女たちは先に進んだのだった。
────────────
「ついに本隊を見つけました、みなさん。あれが『こちらに気づいていない盗賊たち』です」
『こちらに気づいていない盗賊たち』
偵察を出したあと、油断して酒盛りをはじめた盗賊たち。
夜に村を襲うために、これから仮眠を取るつもりでいる。
人数は4人。武器は斧やダガーがメインだが、今は地面に投げ出してある。
「ちょうど『スピアトラップ』(糸を切ると、木製の矢が飛び出す仕掛け)の範囲内にいますね。では、わたくしが風魔法でトラップを起動しますから、奴らがそれに気を取られている隙に(ごにょごにょ)──」
アグニスはノエルと子どもたちに作戦を伝えた。
村の男性を呼んできてもいいけれど、その間に逃げられるかもしれない。
敵が気づいていないうちに、できるだけ戦力を削いでおくべきだ。
もちろん、失敗したときの逃走経路は確保してある。山を下るように逃げれば、盗賊たちをトラップの渦に引き込めるはず。
その場合のルート、走る速度、どんなふうに逃げればいいかも教えてある。
あとは作戦を開始するだけだ。
「みなさん。準備はよろしいですね?」
アグニスは全員を見回し、告げる。
「では盗賊さんたちに、ジルフェ村に手を出すとどんな目に遭うか、身体で覚えていただきましょう」
────────────
しゅん。
4人の男たちの横を、風が通り過ぎた。
続いて、弓弦が鳴る音がしたが、ほろよい気分の男たちは空耳だと思って聞き流す。
偵察は出してある。山のふもとにあるのは小さな村だ。夜になったら火矢を射かけて、混乱を起こしたところで突入。あとは金目のものを奪って逃げればいい。楽な仕事だ。
そう思った男のふとももに、木製の矢が突き刺さった。
「────ぎゃああああああっ!!」
酒のせいか、痛みは遅れてやってきた。
だから、叫んだのは恐怖のせいだ。何故? どうして自分の足にこんなものが刺さっている? 罠か? わからない。酔いのせいで頭が働かない。
「──敵か!? どうしてこんなに早く──!?」
残りの男たちは一斉に武器に手を伸ばす。
が──
「『炎の矢』──!」
ぱしゅん。
地面に置かれた武器に、炎の塊が激突した。
炎は斧の柄を焦がし、ダガーをあっという間に熱していく。彼らは灼けた武器に触れた手を慌てて引っ込めた。武器を失った彼らは敵に背中を向けないように寄り集まる。そこへ──
「はい。狙い通りに密集しましたね。ではみなさんご一緒に。『ショックライトニング』──!」
「「「「『しょっくらいとにんぐ』!!」」」」
ばしゅぅ。ぱしゅぱしゅっ!!
物陰から飛んできた青い雷光が、盗賊たち全員の意識を刈り取った。
「──以上が、盗賊さんの倒し方になります」
全員を縛り上げてから、アグニスは言った。
「ただし、今回はこちらのエリアで、罠を仕掛けておいたから上手くいったのです。もっと腕の立つ盗賊相手ではこうはいきません。先生のいないところで戦ってはいけませんよ。少人数で盗賊に出会ったら、まずは逃げることと、身を守ることを考えましょう。いいですね?」
「「「はーい」」」
「……おや、どうしました? ミリエラ」
返事がないことに気づいて、アグニスは少女の方を見た。
ノエルも同じようにする。ダニエル、トーマ、カティアが盗賊を縛るのを手伝っている間、ミリエラには見張りをしてもらっていた。
頭のいい子だし、よく気がつく。誰かが近づいてきたら見逃すはずはない。
なのに──
「……動くんじゃねえぞ。ガキと女ども」
木々の向こうには、石弓を構えた男が立っていた。
ひげ面で、身体も大きい。金属製の胸当てを身につけている。
おそらくは盗賊のボスだろう。男のクロスボゥはまっすぐ、ミリエラの胸に狙いをつけている。濁った目がアグニスとノエル、子どもたちを見回している。動きがあったら、すぐにミリエラを射るつもりだ。
「よくも仲間をやりやがったな! 覚悟しやがれ、てめぇら!」
「ミリエラ!?」「なんてことを!?」
「まずは、仲間の縄をほどいてもらおうか。それから……」
「およしなさい!」「死んでしまったらどうするの!?」
アグニスとノエルが叫ぶ。
少女たちの慌てっぷりに満足したように、盗賊のボスが舌なめずりをする。ぐはは、と笑いながら、縛られた仲間たちを指さす。
「死んでしまったら? お前らが命令に従わなければそうなるだろうな。さぁ、二度は言わねぇぞ。仲間の縄をほどけ。その後は村まで案内してもらおうか!」
盗賊ボスは歯をむき出して大声をあげる。
「さっさとしろ! 命令に従わないとこのガキを──」
「「その魔法は危ないからやめなさい! ミリエラ!!」」
「はぁ?」
ばつん。
盗賊ボスの手元で、クロスボゥの金具が爆ぜた。
さらに、紫電が絡みついた矢が、ぱちん、と割れる。
「な、なんだこりゃ!? このガキ、なにを!?」
「……わたし、早く『立派なレディ』になる……」
ミリエラはゆっくりと指を掲げる。
小さな身体には青白い雷光が巻き付いている。それが高速で回転しながら、周囲の草木を焦がしていく。盗賊ボスの矢を灼いたのは余波だ。雷光は蜘蛛の巣のように広がり、盗賊ボスの足にも絡みつく。盗賊ボスの靴が煙を上げ、同時に悲鳴が響き渡る。
「一番うまく魔法が使えるようになって、一番立派なレディになって──クロ兄ちゃんに認めてもらうの────っ!!」
ミリエラは魔法の雷光をまとわりつかせながら、叫んだ。
「あの光はまさか──『ライトニングバリア』!?」
アグニスが目を見開く。
ミリエラが使おうとしているのは、雷系の上級魔法だ。主に魔法使いが敵に囲まれた時に使うもので、周囲に雷をまき散らす。その威力は矢を焼き落とし、鎧越しでも敵を感電させる。
「ミリエラが……あんな上級魔法を」
雷光が安定していないのは、ミリエラ自身のスペック不足だ。
が、魔法は確かに形になっている。つたない詠唱だったが、成立はしているのだ。
ミリエラにはまだ早すぎるから、教えてはいない。こんな魔法もありますよ、と紹介しただけだ。
「……さてはわたしくの本を盗み読みしましたね? ミリエラ」
「小さい子の成長速度は早いものですね。私も時々、びっくりさせられます」
「あらあら? ノエルさまも?」
「私だって、孤児院のお姉ちゃんとしては半人前ですから」
「それと言うなら、わたくしだって復帰したばかりの先生ですわよ?」
困った顔ように、顔を見合わせるアグニスとノエル。
それから同時にうなずいて、
「教え子が勉強熱心なのはいいですが、これはやり過ぎです」
「わかりました。止めます。みんなノエルお姉ちゃんに手を貸して!」
「「「はーい。先生。ノエルお姉ちゃん!!」」」
ノエルの言葉に子どもたちが手を挙げる。
別に盗賊ボスが黒焦げになっても困らないけど、ミリエラの魔力は暴走しかかってる。
小さい身体で上級魔法を使っているせいだ。このままだと身体に負担がかかりすぎる。
盗賊ボスの接近を許したのは、ミリエラが魔法を試したかったからだろう。
まったく、成長が早すぎる。アグニスの授業がはじまってから、まだ1ヶ月くらいしか経っていないのに。この分だと、ノエルを超えてしまうかもしれない。
でも、それは今じゃない。
だって、ノエルたちには、ミリエラを止める切り札があるんだから。
「「「「せーのっ!」」」」
ノエルと子どもたちは一斉に息を吸い込み、そして──
「「「「乱暴な子は、クロ兄ちゃんに嫌われちゃうぞ!?」」」」
「やだあああああああああああっ!」
ぴたっ。
雷光が止まった。
同時に、大魔力を放出したミリエラの身体が崩れ落ちた。
「……やっぱり、クロちゃんはすごいな」
ノエルはミリエラを抱き起こして、困ったように笑った。
クロノの影響力はすごすぎる。
いないのにミリエラの才能を開花させて、暴走しかけたのまで止めちゃうんだから。
いっそジルフェ村に、守り神としてクロちゃんの像を建てたらいいんじゃないかな……って思うくらい。
「…………こ、こええ。この村こええええええっ!!」
いつの間にか、盗賊ボスが逃げようとしていた。
片足を雷光に灼かれたのか、ぴょんこぴょんこの千鳥足。
「な、なんなんだ! 貴族でもねぇのに。こんな上級魔法にトラップだと。知らねぇぞこんなやべぇ村!!」
やがて盗賊ボスは倒れ込み、這うようにして逃げ始める。
ノエルもアグニスも子どもたちは、追いかける気にもならなかった。
あんな状態じゃ遠くにはいけない。
今ごろは村にも盗賊団の情報が入っているだろう。もう領主さんの兵士が動き出してるかもしれない。
──ノエルがそう思ったとき、林の向こうから声がした。
「マルグリッド。あれが盗賊のボスなのね」
「逃がしません! 必殺『緑の拘束』!!」
しゅる、と、緑色の蔦が、盗賊ボスの両足に巻き付いた。
盗賊ボスはそのまま、全身をぐるぐる巻きにされ、動けなくなる。
仲間を倒され足を灼かれ、さらに拘束された盗賊ボスは、抵抗をあきらめたようにうなだれた。
「大丈夫ですか? フォルテ孤児院の皆さま」
「ナターシャさまの依頼で助けに来たのね」
現れたのは、ふたりの少女──幼女だった。
ひとりは短い水色の髪をした、背の高い子。もうひとりは金髪で、ミリエラと同年代くらい。ふたりの後ろには高価そうな鎧を着た兵士がいる。盾についている紋章は知識を表す『帽子をかぶった蛇』──王立図書館を預かる、ライリンガ侯爵家のものだ。
「侯爵家の方が、どうして?」
「ふもとのジルフェ村に、先進的な学校があると聞きまして」
アグニスの問いに、水色の髪の少女が答えた。
その言葉を、小さな少女が補足する。
「ルチアたちは侯爵家のナターシャ=ライリンガさまと一緒に、調査に来たのね」
「そしたら、盗賊団とあなたたちの話を聞いて、ここに」
「怪しい者ではないのね。ルチアはルチア、こっちはマルグリッド。ふたりとも、とある方の忠実な配下なのね」
マルグリッド、ルチアと名乗った少女たちが、ノエルたちのところにやってくる。
アグニス、ダニエル、トーマ、カティアを眺めて、感心したようにうなずく。
「途中、あなたたちが捕らえた盗賊たちを発見しました。ライリンガ家の兵士さんたちも感心してましたよ。こんな優れたトラップは初めてみた。土地勘を利用した戦術もたいしたものだ、って」
「わたくしは『あの方』の忠実な部下にすぎません」
アグニスが答え、貴族としての正式な礼をする。
「中央貴族の中でも名高いライリンガ侯爵家の方々には、お目汚しですわね」
「その女の子の魔法もすさまじかったのね」
ルチアと名乗った少女が、ミリエラの顔をのぞき込む。
魔力を使いすぎたミリエラはまだ眠っている。ノエルに抱かれながら、小さく「立派なレディになって──ちゃんの──およめさんに──」とつぶやいている。妹分の寝言を聞いてしまったノエルは、なんだか困ったように笑う。急に才能を開花させてしまったミリエラを、これからどうしたらいいんだろう、って。
「この子には、かっこいいところを見せたい相手がいるんです」
ノエルはルチアに向かって言った。
「この子の……お兄ちゃんみたいな子ですけど。いつか、冒険者になった彼が戻ってきたら『立派なレディ』になってびっくりさせようって。だから今日は、がんばりすぎちゃったんですね」
「気持ちはわかるのね」
ルチアは腕組みをして、うんうん、とうなずいた。
「このルチアにも、尊敬する方がいるのね。その方のお嫁さんになれるって思ったら、ルチアだって我を忘れちゃうかもしれないのね」
「なんですと!?」
「どうしたのね、マルグリッド」
「お嬢様……いえ、ルチアも……その」
「ルチアも?」
「いえ、あのその……」
「なにが言いたいのかしら、マルグリッド。なーにーかーなー、なのね」
真っ赤になった少女をからかうように、金髪のルチアが「ふっふーん」と鼻を鳴らしている。
「まぁとにかく、ルチアもマルグリッドも修行中なのね」
「そ、そう。そうなんです!」
「お嫁さんとかそういうことは『立派なレディ』になってから、なのね」
「あの方も『立派なレディ』がお好きだとおっしゃってましたから」
「……はぁ」
幼女たちの熱気に当てられて、ノエルは思わずため息をついた。なにこの乙女発言大会。
いつの間にか、カティアもアグニス先生も参加して、わちゃわちゃと『立派なレディとは』って語り始める。
トーマとダニエルの男の子組が退屈してるかと思ったら、あっちはあっちで兵士さんに気に入られたのか、侯爵家の装備を見せてもらってる。
ダニエルが盾を触らせてもらって「すっげー」って目を輝かせてるけど、兵士さんは「物理的な盾などたいしたことはない。無形の、自在に姿を変える盾というものが世の中にはあるのだ」なんて難しい話をしてる。
トーマは「なるほど」って感心してる。けど、自在に姿を変える盾なんてこの世にあるの? そういうのは『漆黒の闇に在る者』って名乗る人とかが使ってそうなんだけどなぁ。クロちゃん元気かなぁ。
盗賊さんたちは兵士さんたちが引っ立てていくことになった。
こっちにけが人はなし。ミリエラも、魔力を使いすぎて疲れただけ。
ルチアとマルグリッドの雇い主、ナターシャ=ライリンガさんは、残りの兵士と一緒に村で待っているそうだ。貴族さまが孤児院を訪ねてきたっていうのに落ち着いていられるのは、アグニスに続いて二度目だから。
……まさか侯爵家にまで関わってないよね、クロちゃん。
「早く役目を済ませて、にいさまのところに戻らないとなのね」
「ナターシャさまをお助けした報酬で、図書館に行ってるのですよね。クロノにいさま」
むちゃくちゃ関わってたよ!?
え? いつの間にこの子たちを仲間にしたのクロちゃん。侯爵家の人を助けたってなんで? お姉ちゃんの知らないところで何してるの?
というか、この子たちにも『立派なレディ』になったら結婚してあげるって言ったの? お姉ちゃんの努力は──もとい、ミリエラの努力はどうなるの?
「あの……おふたりとも。村に戻ったらお茶にしませんか?」
ぴくぴく引きつる頬を押さえて、ノエルはふたりの幼女に向かって告げた。
「あなたがたのお兄様のことと、王都でなにが起きているのか、詳しいお話をお聞きできれば、と」
「「よろこんでー」」
ルチアとマルグリッドは両手を挙げた。
「「にいさま(クロノにいさま)のことなら、一晩中でもお話いたします!」」
「ええ……聞かせてください。あらいざらい」
村に戻ったノエルとアグニスは、ナターシャ=ライリンガと面会し、ルチアとマルグリッドも交えて、『学校建築』についての打ち合わせをはじめたのだけど──
村長さんも立ち会ったその会議で「漆黒の闇に在る者」についての話題が、学校建築計画そっちのけで続いたことは、村の記録には残らない秘密なのだった。
そんなわけで、魔人さんの知らないところで従者と家族の情報交換が始まってしまうのでした。
そのころ、王都にいる魔人さんは──
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