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第48話「魔人、従者のお仕事の話を聞く(たのしい村の授業つき)」

 ──そして、午後の狩り場では──




一撃(いちげき)、入れさせていただきます!」


 ニーナが手にしたショートソードが『マウンテンライオン』の脇腹に食い込んだ。

 剣は浅く肉を切り裂き、獲物の身体に長い傷を付ける。


『グオオオオオオオオ────ッ』


 にやり。


 満足そうな笑みを浮かべて『マウンテンライオン』が吠えた。


 年老いたライオンだった。本来は真っ白なはずのたてがみは灰色にくすんで、牙さえも数本しか残っていない。

 だが、金色の目は戦意に満ちあふれている。

『マウンテンライオン』は残り少ない牙をむきだし、ニーナ=ベルモットと、ナターシャ=ライリンガに向けて吠え猛る。



────────────



『マウンテンライオン』


 真っ白なたてがみを持つ、巨大な獅子。

 その姿は美しく、狩り場に現れる獣の中でも最上位と言われる。

 たてがみに魔力を注ぎ込むことで硬化させ、(若い頃なら)矢もはじき返す。

 また動きも速く(若い頃なら)、魔法さえもかわしてしまうという。



────────────



『グォワッ!』


 ライオンの後ろ足が地面を蹴った。

 ニーナたちが戦っているのは、狩り場の王『禁忌の森の主(グレート・オーガ)』が呼び寄せたもの。

 老い朽ちて死ぬより、戦って死ぬことを望む、誇り高き老獅子だった。


「……手加減したら失礼になりますよ。ナターシャさま」

「……ええ、わかっております。ニーナさま!」


 ふたりの幼女は剣を収め、指先を『マウンテンライオン』に向けた。

 老いたライオンはまっすぐふたりに向かってくる。

 ふたりの背後では、フェンルとルチア、マルグリッドが控えている。仕留めそこなったときのフォローをするためだ。

 だけどニーナにも、ナターシャにも、助けを呼ぶつもりなどはない。


「貴族として、苦しめずにとどめを──」

「全魔力を、この一撃に込めて──」


 ニーナとナターシャは声を合わせる。


「「氷の精霊よ、偉大なる敵をほふる力を我らに──『氷の槍(アイシクル・スピア)』!!」」


 ふたりの指先から、人の身長ほどもある氷の槍が発生する。

 そしてそれはまっすぐ、『マウンテンライオン』の頭部と胸を貫いた。


『グ──ォ』


 急所を貫かれた『マウンテンライオン』の身体が、横倒しになる。

 彼は目を細め、口をゆがめて、笑う。


『グオオオオオオオオオォォォ…………』


 そして満足そうな雄叫びをあげたあと、そのまま動かなくなったのだった。





────────────




「これでクエスト完了か」


 狩りが終わり、俺は肩の力を抜いた。

 意外と大変だったな。

 ギルドは楽な『S級クエスト』と言っていたが、時間も意外とかかってしまった。

 まぁ、しょうがないか。楽な仕事はめったにないよな。


 それに、俺の目的は達成された。

 貴族のナターシャとニーナは、フェンルたちに能力があり、信頼できる相手だということを知ったはずだ。

 だから今も一緒に、倒した獲物をとむらっているわけだ。


 たいした従者たちだ。

 あいつらのおかげで、王立図書館に入ることもできそうだ。そうそう『ダークバッファロー』の肉も分けてもらえることになったのだっけ。

 ならば今夜は『変幻の盾』の『通過方向指定(ベクトル)』を使って、スープがしみこんだ『とろとろビーフシチュー』を作ってやるとしよう。ふだんは厳しくしているのだ。仕事が終わったあとくらい、甘やかしてやってもいいだろうよ。


 仮の儀式すべてを終えたニーナとナターシャは、手をつないで笑ってる。

 これも計画通りだ。

 文官のライリンガ家と、武門のベルモット家の結びつきは、政治と治安の安定につながる。世の中が平和なら、俺も安心して『スローライフ』が送れるというものだからな。


 俺の能力ならば戦場のど真ん中でも『スローライフ』が送れるが、そんな修羅の道を行きたくはないからな。国が乱れていたら、ジルフェ村のノエル姉ちゃんやアグニスたちも大変だし。


「……今日は楽しかったです。ナターシャさま」

「……こちらこそ。いつでも声をかけてください。ニーナさま!」


 ふふふ、貴族幼女たちよ、そうして仲良くわちゃわちゃしているがいい。俺の安定した『スローライフ』のためにも。


 ……いや、俺の方を向いて並んでお辞儀とかしなくていいから。

 おつきの人たちも、拍手とかいいから。


 俺はあくまで付き添いだ。今回の主役はニーナとナターシャ、それにフェンルたちなのだから。ほめるなら、俺の従者たちをほめてやってくれ。そう。全員で囲んで、逃げられないようにしてから、拍手する感じで。そうそう。せーのっ──。


 ……意外とノリがいいのだな。貴族とその従者たちって。








「お疲れ様でした。クロノさま」


 しばらくして、フェンルが俺のところにやってきた。


「クロノさまもお仕事、大変でしたね」

「? 俺は別に仕事をしていないぞ、フェンルよ」

「え? でも……『ダークバッファロー』を倒して、執事のコリントさんと手合わせして、『禁忌の森の主(グレート・オーガ)』さんと戦ったんですよね?」

「それは趣味だ」

「趣味ですか!?」

「正確には、お前たちの育成に必要なクエストを、順調に終わらせるためにやっただけだ。お前たちの育成は仕事ではない。なりゆき……いや、やはり趣味だな。ゆえに、俺は仕事などしていないのだ」

「……やはりブロブロさまはすごい人です」

「そりゃ魔人だからな」

「いえ、そうではなくて」


 フェンルはなぜか、俺の目の前にひざまづいた。


「改めて、このフェンルは忠誠をお誓いし──って、どうして頭をなでるんですか? クロノさま」

「いや、ちょうどいい位置にあったから、なでて欲しいのかと」

「……もぅ。ブロブロさま」


 フェンルは立ち上がり、横を向いた。


「それはともかく、ルチアとマルグリッドはどうしたのだ?」


 ふたりはナターシャと一緒にいる。ライリンガ家の人たちも一緒に、なにか話をしているようだが。

 ちなみにニーナのベルモット家は、もう狩り場から引き上げている。あっちは執事コリントのこともあるからな、せわしないが、仕方ないか。


「ナターシャさまは、私たちにクエストを依頼したいと言ってました」

「クエストだと? 今、終わったばかりではないか」

「すぐに、というわけではないようです。あ、ナターシャさま、こっちに来ますね」


 フェンルが言う通り、ナターシャ=ライリンガがメイドさんと供に、俺の方へとやってくる。

 主人と貴族の話を立ち聞きするのはよくないですから……と、フェンルはその場を離れた。


「今回はありがとうございました」


 俺のところにやってきたナターシャは、膝を曲げ、貴族としての正式な礼をした。

 俺も、冒険者っぽいお辞儀を帰す。


「なんとお礼を申し上げていいかわからないくらいです。本当に、感謝しております」

「うちの子、優秀ですから」

「……あ、はい。そうですね」

「ルチアは狩りの間も全体をよく見て、フェンルとマルグリッドに指示を出していましたし、他のふたりもナターシャさまの視線を確認して、死角になるところをカバーしていました。俺もまだ、そこまでは指導していないのですが。たいしたものです」

「そ、そうですね。3人の働きにも感謝をしていますが……私は……その……クロノさま」

「なので、フェンルたちには、数日の休みをあげたいのです」


 俺の目的は『スローライフ』だ。

 故に、俺の従者にも『スローライフ』を送る義務がある。

 それに、初仕事をいい気分で終わらせたのだ。その余韻も楽しませてやりたい。

 仕事が楽しければ、またやりたいと思うだろうからな。そういうのも大切なのだ。


「ナターシャさまが彼女たちにクエストを依頼したいというお話はフェンルから聞いていますが、すぐに、というのは」

「……クロノさまは、そういうお方なのですね。ご自分の地位や名誉よりも大切なものがある……と。だからニーナさまも……」


 まぁな。

 俺にとって大切なのは『スローライフ』と『魔王ちゃんの遺産(へそくり)』だ。

 だいたい、魔人が人間の地位や名誉をもらってどうするのだ。それだと魔人が人間の下につくことになってしまうではないか。くれるなら……そりゃ利用くらいはするが、俺の上に立つのは、あくまで魔王ちゃんただ一人だ。地位はもらっても忠誠はやらん。

 だから──


「俺は、今の状況がけっこう気に入っているのですよ。フェンルたちを育成して、ナターシャさまやニーナさまと出会って……きままな冒険者ライフを楽しんでいます。それだけですよ」

「……ほんっとに、不思議な方ですね。クロノさまは」


 ナターシャは困ったように笑った。


「話を戻しますが……皆さまのお休みの邪魔をするつもりはありません。クエストをお願いするのは3日くらい後になりますから。

 その頃になればクロノさまご依頼の『王立図書館の閲覧』も許可が出るはずです。なので、その間、皆さまをお借りできれば、と」


 なるほど。3日後か。

 それならば、まぁ、許容範囲だ。


「クエストの内容は?」

「地方の村の視察になります」


 ナターシャはメイドさんから、小さな羊皮紙を受け取った。

 桜色の髪を指にまきつけながら、こほん、と咳払いして、読み上げる。


「実は、王都から少し離れたところにある村で、庶民向けの学校を作る計画があるそうなのです。ライリンガ家は文を(たっと)びますから、どんなものか調べて、よければ支援をしたいと思いまして」

「珍しいですね。庶民向けの学校なんて」

「ええ、実に進んだ考え方です」

「その視察に、3人を同行させたいということですか」

「道中の話し相手、兼、護衛をお願いしたいのです。それと、その学校について、同年代の皆さんからも感想をお聞きしたいと思っています」


 ナターシャはそれから、詳しい内容を教えてくれた。

 クエストの期間は、往復の日数も含めて、10日から15日程度。

 もちろん、ライリンガ家の兵士が護衛につくから、フェンルたちは馬車の中で、ナターシャの話し相手をしていればいい。天幕も食事も、ライリンガ家が用意してくれる。

 要は、今回の狩りの遠足ヴァージョンって思えばいい。


「……いい経験にはなるかな」


 俺がついていけないのが、少し心配だが。

 馬車は4人乗り。ナターシャとメイドさんが乗り込むことになるから、席は残り2つ。フェンルかルチアかマルグリッドのうち、誰かひとりが残って、俺の手伝いをすることになる。

 俺の方は図書館で地図を調べるという用事がある。王立図書館なんて、冒険者がホイホイ入れるところじゃない。せっかく地図で『魔王城』の位置を調べる機会を手に入れたのに、これを失うわけにはいかないのだ。


 ……ここは従者を信じて、送り出すべきだろうな。


 それに、その『学校』が良いところなら、いつかみんなをそこで学ばせることもできるかもしれない。

 フェンルもルチアもマルグリッドも、俺以外の家族がいないからな。

 頼れる相手は、いくらあっても困らないのだ。


「わかりました」


 俺は言った。


「本人たちがよければ、俺に反対する理由はありません」

「ありがとうございます!」


 ナターシャは、ぱぁ、と笑顔になった。


「よかった……お友達と、初めての旅行に行けます……」


 どんだけぼっちだったんだ。ナターシャ=ライリンガ。


「……それにしても、その庶民の学校って、誰がやってるんでしょうね?」


 その辺は突っ込むと深みにはまりそうだったから、俺は話を変えることにした。


「私も詳しい資料はまだ見ていないのですが……非常に知識が豊富な方だそうです」

「そんな人が地方の村に?」

「はい。歴史や数学、言語学、さらに魔法や礼儀作法についての知識もお持ちの方で、村の子どもたちを『立派な紳士』『立派なレディ』にするために教育しているとか」

「……物好きな人がいるものですね」

「地方の村では、そんなに利益は得られないでしょうに」

「村の名前は──」


 と、聞きかけて、止めた。

 聞いてしまうと、ついて行きたくなりそうだ。

 今回の狩りは色々手出しをしてしまったが、次のクエストはフェンルやルチア、マルグリッドたちだけの仕事だ。あいつらがナターシャに認められて、依頼されるものなのだから。

 3人の育成のためにも、俺が手を出すわけにはいかない。


 もちろん、出発までの準備の手伝いくらいはいいよな。

 それと、出発までの休息と静養についても、全員がとろとろにリラックスするまでやらせてもらおう。


 そんなわけで──とりあえず俺は、フェンルとルチア、マルグリッドの回答を聞いてみる、と伝えて、ナターシャと別れた。


「……学校か、面白そうだな」


 そういえばノエル姉ちゃんの手紙に、それっぽいことが書いてあったような気がする。

 アグニス=ギルモアが先生になって、村のみんなに勉強を教えてるって。


 だけど、アグニスがジルフェ村に向かったのは、ほんの1ヶ月ほど前の話だ。そんな短時間で、中央貴族の耳に入るほどの教育ができるわけがない。せいぜい初級魔法と、罠の作り方を教えてる程度らしいからな。まさか、いきなり高等教育をはじめてるわけもあるまい。もしそうならびっくりだ。


「庶民向けの高等教育……か」


 その村では、一体、なにを教えてるんだろうな……。







──数日後、その村──




「今、お話ししたように、雷系の魔法は大気のぶれを意識すると発生が数秒早くなります。大切なのは頭の中のイメージですね。雷をつかさどる精霊がいて、それが指先から対象に向かって飛んでいくところを想像してください。

 そうです。あくまでも自分を起点にして外部に、です。それを応用すれば、自分を中心とした雷の障壁(バリア)を張ることもできるようになります。

 質問ですか……はい、いいところを突きましたね、トーマ。確かに、雷の精霊に具体的な姿はありません。ですから、好きなように想像して構いません。その形によって強くなったり弱くなったり、発生が早くなったり遅くなったりします。ですから、自分の好きな姿を選んでください。それは使いながら覚えるしかありません。

 わかりにくいですか? カティア。今は理解できなくても構いません。今は、知識を飲み込む時ですから。いつかわかるようになります。ただ、先生かノエルさまの許可がない限り、魔法は使ってはいけませんよ?

 一番、詠唱が正確なのはノエルさまです。皆さんもお姉ちゃんを見習いましょうね。

 え? ダニエル? 自分は魔法に向いていない? それでも構いません。魔法を知ることは、魔法に対処することにも繋がるのですから。では、授業はこれまで。あとミリエラ。あなたは授業中寝てるのに、どうして一番成績がいいのか……先生はとても不思議です……」





「……ふぅ」


基礎魔法概論(きそまほうがいろん)』の授業が終わり、アグニス=ギルモアは満足そうなため息をついた。

 没落貴族だった彼女がこの村に来てから、約1ヶ月。毎日が充実している。

 これも仕事を与えてくれたクロノと、受け入れてくれたノエルのおかげだ。ふたりには感謝してもしきれない。


 アグニスが今、子供たちに教えているのは、安定して魔法を使うための理論だ。基礎の基礎で、かみくだいて教えているからくどくなるし、長くもなる。貴族の子どもなんか飽きて逃げ出す者が多かった。


 けれど、フォルテ孤児院の子どもたちは、真剣に話を聞いている。その証拠に、ノエルも、孤児院の子供たちも、初歩的な魔法なら使いこなせるようになっている。もちろん、アグニスが教えたものだけだけれど。


「……皆さん『あの方』のようになりたいのでしょうね」


 アグニスの主君とも呼べる少年、クロノ=プロトコル。

 彼という目標があるから、孤児院のみんなはがんばれるのだろう。


「心配なのは……ミリエラですわね」


 アグニスは、誰もいなくなった部屋を見回した。

 ミリエラが座っていた席には、机によだれの跡がある。熟睡していたらしい。魔法関係の授業になると、いつもそうなのだけど──


「彼女が一番、魔法の使い方が上手いのは、どうしてでしょうね?」


 やはり才能というものだろうか。

 ちょっぴり、うらやましくなってしまう。若いっていいなぁ。


「さて、と。午後は薬草の見分け方、だったかしら」


 山を回って、使えそうな薬草や、食べられる木の実について子どもたちに教える。採取した薬草は村長さんに渡して、村のために使ってもらう。さらには晩ご飯の材料を集めることができるから、子どもたちには人気の授業だ。


「わたくしもがんばらないと。『あの方』が戻ってきたときに、子どもたちの進歩に、びっくりするように」


 アグニスは気合いを入れて、子どもたちが待つ食堂へと向かった。







 それから、数時間が過ぎて──


 フォルテ孤児院のみんなが山へと向かった後、村では。


「おい! 今は誰も山には行ってねぇよな!?」


 中年の男性が息を切らせて、村長の家に飛び込んできた。


「お前は隣村(となりむら)の?」

「いいから答えろ村長! 誰も、山には行ってないんだよな!?」

「いや……孤児院の子どもたちと、ノエル嬢ちゃんと先生が行っておるが……?」

「すぐに呼び戻せ! 今、山はまずい!」


 村長と、つれあいの老婆に向かって、男性は叫んだ。


盗賊(とうぞく)が山に逃げ込んだらしい。旅の方からの情報だ。今すぐ村の若い者を集めて山に向かわせてくれ。嬢ちゃんと先生たちを呼び戻すんだ!!」








──同時刻、山道──




「みなさまに悲しいお知らせがあります」


 獣道(けものみち)で立ち止まり、アグニスは言った。


 彼女のまわりには4人の子どもたちが集まっている。ノエルは列の最後尾だ。

 彼女も、なんだか困ったような顔をしている。察しがいいから気づいたのだろう。


「この前、みなさんと一緒に、山に(わな)を仕掛けましたね?」

「「「「はーい」」」」

「それが、駄目になってしまったようなのです」


 そう言ってアグニスは、獣道からはずれたところに手を伸ばす。

 彼女が木の根元からつまみ上げたのは、茶色に塗られた細い糸だった。


「この場所に仕掛けた糸が切れてしまっています。しかも、これは人間の膝の高さに仕掛けたものです。間違いなく、小動物ではなく、人間の仕業ですね」

「アグニスさん」

「なんでしょう、ノエルさま」

「村の人たちが間違って切ってしまったということは?」

「この罠は村を守るためのもの、ということで許可を得てありますもの。村の方々には、地図入りで罠の場所をお伝えしております。他の村の方が入るときは、村の者が一緒にということで、徹底してあるはずです。それに……これです」


 アグニスは地面を指さした。

 そこには、錆びたダガーが落ちていた。フォルテ村の人たちは物持ちがいい。錆びる前に磨き直すし、こんなところに放置したりもしない。それに──血がついたものを投げ捨てるような真似は絶対にしない。


「おそらくは、盗賊でしょうね。罠に引っかかって、これを落としたと思われます」


 アグニスは糸を捨てて、子供たちに向き直る。


「というわけで、今日の薬草観察(やくそうかんさつ)は中止です」

「「「「えーっ」」」」

盗賊観察(とうぞくかんさつ)にします」

「「「「?…………わーい!!」」」」

「ちょ、ちょっと、アグニスさん?」


 心配そうな顔のノエルに、アグニスは笑いかける。

 見た目はちっちゃくても、彼女はもう大人の貴族だ。それに『あの方』──クロノ=プロトコルさまがゴーストを倒してくれたおかげで、今まで奪われていた魔力が身体の中に充ち満ちている。盗賊ごときに遅れを取るなんてありえない。


 それに──


「敵はすでに、前回の遠足で皆さんが仕掛けた『対人トラップ』の渦の中にいます」


 アグニスは、内緒話をするように唇に指を当てて、ふふ、と笑う。

 ノエルが「ほんとにもう」って、苦笑いしている。彼女もわかっているのだろう。

 アグニスが、子供たちの勉強も兼ねて仕掛けた罠は、この村を守るためのもの。その効果と威力については、ノエルも説明を受けている。村の人たちにも納得ずくの一級品だ。


「それでは引き返しましょう。盗賊に会わなかったら、運が悪かったと諦めましょうね。家に着くまでが遠足です。最後まで、気を抜かないように」


 そう言ってフォルテ孤児院(こじいん)ご一行は、来た道をのんびりと戻り始めた。





お仕事が終わって、休憩を挟んだあとに、再びクエストがはじまります。

そんなわけで今回と次回は、従者さんがナターシャと共に向かった村のお話になります。


もうひとつのお話「異世界でスキルを解体したらチートな嫁が増殖しました」の書籍版5巻は1月10日発売です。こちらもあわせて、よろしくお願いします。

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新作、はじめました。

「竜帝の後継者と、天下無双の城主嫁軍団」

うっかり異世界召喚に巻き込まれてしまったアラサーの会社員が、
正式に召喚された者たちを圧倒しながら、異世界の王を目指すお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
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