第47話「対決! 魔人さん対『禁忌の森の主(グレート・オーガ)』(と、ニーナ大活躍)」
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執事コリントを止めるため、森の奥へ向かった魔人さんとニーナさんでしたが──
──その頃、執事コリントは──
「くそっ。さすがに硬い!」
執事コリントは槍を押さえながら、後ろに跳んだ。
これで全力の突きを3度、弾かれた。
「さすがですね。森の主。一筋縄ではいきませんか……」
執事コリントは目の前の敵をまっすぐに見据えた。
彼を見下ろしているのは、深緑色の巨体『禁忌の森の主』だ。
『勇者槍術』の突きを膝で防いだその魔物は、真っ赤な目を細めて、かすかに笑っているようだ。
コリントは両手の槍を構え直した。
口の中で「勇者槍術は無敵。勇者槍術は無敵」と繰り返す。退路はないのだ。コリントは、あの初心者冒険者と戦って、雇い主の前で無様な姿をさらしてしまった。
だが『禁忌の森の主』を倒せばそれも帳消しになる。
『勇者5大武術』の中でも最強の使い手として、天下に名をとどろかせることもできるだろう。
ニーナ=ベルモットと、あの生意気な冒険者……それにナターシャ=ライリンガ一行が恐れ入るところを想像して、彼は内心でほくそ笑む。
『…………グァ』
そんな彼を値踏みするように、『グレート・オーガ』は静かにたたずんでいる。
『グレート・オーガ』の身長は5メートル弱。地上からでは、槍はその頭部に届かない。全身はごつごつした皮膚に覆われている。その強度は桁違いだ。『勇者槍術』の槍を、すでに3度も防いでいる。肘、拳、膝──コリントの槍は、皮膚に傷をつけることもできなかった。
『グ、グオオオオオオオオオアァァァァァ────ッ!』
『グレート・オーガ』は大きく裂けた口を開き、叫んだ。
執事コリントを見据えながら、長い腕を振り上げる。
「そちらの間合いが広いことはわかっている。皮膚の硬さもな! だが、貴様の弱点もこちらは知っているのだ!!」
執事コリントは地面を踏みしめ、身体をひねる。
「喰らえ! 『勇者槍術』のひとつ!! 『飛竜砕』!!」
『──グォ?』
「貴様の弱点は潰れた右目──右側が見えないこと──そして!」
執事コリントは全身をしならせて──槍を──投げた。
『飛竜砕』は『勇者槍術』の奥義のひとつ。上空のワイバーンを撃ち落とすとさえ言われている。威力、飛距離とも十分だ。
そして、執事コリントの狙いは──
「貴様の皮膚がどれほど硬くとも、眼球だけは鍛えることができまい!!」
──クロノ視点──
「──眼球だけは鍛えることができまい!!」
「「そうだけど!!」」
俺と、ニーナ=ベルモットの声が重なった。
俺たちがその場についたのは、執事コリントが槍を投げた瞬間だった。
全身を鞭のようにしならせての、全力の一撃。
その技はまさに『勇者槍術』にふさわしかった。
狙いも完璧だった。勢いも、威力も充分だった。
執事コリントの槍は銀色の閃光となり──宙を飛翔し──
『……グァ?』
ひょい、と、首を傾けた『グレート・オーガ』の前を通り過ぎて、森の彼方へと消えていった。
「…………え?」
なぜそこで不思議そうな顔をする? 執事コリント。
眼球なんて、相手が止まってなきゃ当たらない『点』みたいなものだ。
そもそも『禁忌の森の主』はニーナの父親に目を潰されてるから、自分の弱点はわかってるはずだし。
『飛竜砕』って技名だけで、飛び道具だってのはバレバレだし。投げるまでの隙もでかいし。
……むしろ当たると思ってたのがびっくりなのだが……。
「そ、そんなばかなああああああああ………………」
ぽこん。
「ぐわぁ」
あ、殴られた。
俺が盾を投げる間もなかったよ……。
『グレート・オーガ』の長い腕が、執事コリントの身体を吹き飛ばした。こっちに飛んでくる。このままだと樹に激突するな。しょうがない。結界を移動させて『もふもふぷにぷに』能力を最大にして、と。
みにょん。
「…………う、ぐぁ」
ドーム状の結界が、執事コリントの身体を受け止めた。
ふにふにした結界は衝撃を吸収し、コリントの身体を、ぽにょん、とはじき返す。そのまま地面に落ちた執事コリントは──よし、生きてるな。
手足の骨が折れてるし、胸に切り傷ができてるが問題ない。回復魔法を使えば治るだろ。
こいつには伯爵家への事情説明と、あと責任も取ってもらわなければいけないからな。死なれると困るのだ。
「……コリント……」
ニーナはしばらく、黙ってコリントを見つめていた。
やがて、きっ、と顔を上げて、
「ベルモット家の娘として、あなたに与えた『白銀の槍』は没収とします。これはお詫びの印に、『禁忌の森の主』への捧げ物としましょう」
ニーナはコリントの手から、1本だけ残った槍を抜き取った。
さてと、執事の方は回収した。あとは『禁忌の森の主』か。
暴走執事を倒したところで、満足していてくれればいいのだが……。
『…………グルル』
無理そうだ。
『グレート・オーガ』は赤い目を光らせて、普通に怒ってる。
そりゃそうだ。領地の森を荒らされて、問答無用で攻撃されて、しかも以前、人間に潰されたのと同じところを狙われたら、怒るのも無理ない。というか、俺だったらブチ切れる。
ったく、勇者ってのはどうして人の話を聞かないのだ。
俺としてはコリントなど、ここで死んでしまっても構わない。
構わない……のだが。
……やっぱり、従者たちの初仕事で死人を出すのは縁起が悪いな。
しょうがあるまい。グレート・オーガと交渉してみよう。
非は人間の側にある。これ以上怒らせぬよう、丁重にな。
「偉大なる、森の主に告げる! 退けい!」
俺は剣を地面に突き立て、叫んだ。
「こちらはクロノ=プロトコル! 初心者冒険者である! 冒険者を初めてまだ数週間にも満たず、力の加減も、技の調整も未熟。ゆえに、勢い余ってお前を傷つけてしまうかもしれない。偉大なる森の主に、そんな無礼はできない。俺は、身の程を知る者である!」
「──クロさま!?」
「森を騒がせたことについては、ベルモット伯爵家から公式の謝罪が来るだろう。その後、ここにいる執事コリントには罰が与えられることになる。人間のルールだが、どうかそれで納得して欲しい」
『…………ググ』
「クロさま! グレート・オーガが穏やかに──」
「俺にあなたを傷つけさせないで欲しいのだ!」
『グォオオ!?』
「ああ! 今度は胸を叩いて雄叫びを!?」
「長い年月を生きた森の主ならば、わかってくれると思う。人間など、あなたよりも壊れやすくもろい生き物だ。より短い時を生きる人間への慈悲があるなら……」
『…………ゥ』
「それに、初心者冒険者に大けがさせられたとなれば、森の主の権威も下がるだろう。治安も悪くなる。俺だってそんな責任は負いたくない。ゆえに──」
『ウガアアアアアア!!』
だんだんだんだんっ!
グレート・オーガは地面を踏みならした。どう見ても俺たちを威嚇してる。
「ええい、このわからず屋め!」
「クロさまは挑発したいのか鎮めたいのかどちらなのですか!?」
「鎮めたいに決まっているだろう!?」
「ならばなぜ挑発を!?」
「挑発などせぬ! 俺は初心者冒険者として身の程を知る者だ。奴のような偉大な魔物に敬意を表し、できるかぎり穏便な解決を願っている。この剣は仲間と少女を守るためのものと決めている。グレート・オーガを倒して喜ぶ趣味はないのだ!」
『グガアアアアアアアアッ!!』
「ええい! 森の主であるなら人の話を聞けい!」
やむを得ん。戦うか。
俺が剣を構え、グレート・オーガが巨大な腕を振り上げる。
『…………グ?』
だが、奴はその腕を、途中で止めた。
皺深い顔にある赤い眼球が、ニーナ=ベルモットを見つめている。
『…………ウム……ウ……ググ』
奴は大きく裂けた口を開き、人にもわかる言葉を発した。
『……ソコノムスメ……ハ……サガレ』
「……なに?」
『ワレハ──ナガイ時ヲ生キタ──オーガ。人ノ言葉モワカル。ソシテワレハ、魔王ノ伝説ヲアガメル者デアル』
「魔王の伝説……だと?」
……こいつ、まさか。
「魔王の伝説……それは人間の改変したものではない、真なる魔王の伝説か?」
『イカニモ』
「魔王と、9人の魔人──愉快な仲間の伝説で間違いないか?」
『魔人ナド……魔王ヲ守レナカッタ役立タズノコトハ知ラヌ』
……耳が痛いな。
「奇遇だな。俺も真なる魔王の伝説を知る者だ」
俺は『グレート・オーガ』の顔を見上げた。
『……オオオォ!』
「同じ知識を持つ者として問う。魔王とは、どのような年齢の者であったか!?」
『ウム!!』
「おう!!」
びしっ。
俺とグレート・オーガは、同時にニーナ・ベルモットを指さした。
「『うむ!!』」
「え? え? ええええっ!?」
状況がわかっていないのか、呆然と左右を見回すニーナ。
「なるほど、貴様が知っている魔王の伝説は、真実のようだな……」
『コレハ代々ノ「グレート・オーガ」ニ伝ワッテキタモノ』
「ならば、幼女を傷つけることはできまい」
『ムロン!』
俺たちは互いに拳を握り、それを近づける。
手のサイズが違わなければ握手をしたいくらいだ。まさか、こんなところに魔王ちゃんの伝説をしっかりと受け継いでいる者がいたとは……。
「……貴様とはいい酒が飲めそうだな。『禁忌の森の主』よ」
『……コチラモ同様。意外ナ出会イデアル』
「ならばそれに免じて見逃してくれる、というわけにはいかぬか?」
『我ニモ、森の主トシテノ立場ガアルノデナ』
『グレート・オーガ』は手のひらを合わせて、ぱきり、ぱきり、と骨を鳴らした。
戦う気は満々のようだ。
やむを得ないか。森の主が、配下を傷つけた奴を見逃していては権威に関わるからな。
『我ト戦エ! 幼女ヲ連レタ者ヨ!!』
「……わかった。ほどほどに受けて立とう」
俺はショートソードを、グレート・オーガに向けた。
「貴様の立場を守り、かつ、戦闘不能になるようにしてくれる」
『オオ! 魔王ノ伝説ヲ知ル者ヨ! ソノ勇気ヲタタエヨウ!』
グレート・オーガは胸を反らして、吠えた。
『イニシエノ魔人ガ貴様ノヨウナ者デアッタナラ! 魔王ガ命ヲオトスコトモナカッタデアロウニ!!』
「…………それは過大評価じゃないかなー」
ごめんよ。『グレート・オーガ』
がんばったんだけどなー。前世の俺。
魔王ちゃんを守れなかったんだから、役立たず扱いもしょうがないのかな……。
「では、さがっていてください、ニーナ=ベルモット」
俺は振り返り、ニーナに告げた。
「『グレート・オーガ』があなたに危害を加えることはありません」
「え? どうしてそうなるのですか?」
「──あなたにはそれだけの価値があるということです」
これは本当だ。
ニーナがいなければ、俺とグレート・オーガはそのまま戦闘になっていただろう。
もしかしたら、魔王ちゃんの伝説を知る者を殺していたかもしれない。
冗談ではない。魔王ちゃんの伝説は、人間が脚色しまくったせいで、真実とは似ても似つかないものになっているのだ。魔物の中とはいえ、真なる魔王ちゃんを知っている者を、この世から消してしまったら取り返しがつかぬ。
その『グレート・オーガ』と話すことができたのはニーナのおかげだ。
ここまでついてきてくれた勇気と、その役割に敬意を表する。感謝してもしきれないほど。だから──
「あなたはそこにいるだけで、重要な意味を持つ存在なのです。俺にとって──それと」
「ク、クロさま!?」
──それと『グレート・オーガ』にとっても、と言いたかったのだが……残りのセリフはニーナの声にかき消された。まぁいいか。
「万に一つも、あなたを傷つけるわけにはいかないのです。だから、さがって。早く!!」
「は、はいっ!」
ニーナは素直に、森の木々の間に隠れた。
他の魔物は、この場には近づいてこない。おそらくこの空間とその周囲は、『グレート・オーガ』の縄張りなのだろう。ならばニーナにとっては安全だ。
こいつは魔王ちゃんをあがめて、わざわざニーナに「離れろ」と言っている。
ならば彼女に害を加えることはあるまい。
『立場ガ違ウノガ残念ダ』
『グレート・オーガ』は、ぐるる、とうなり声をあげた。
『貴様トハ、楽シイ話ガデキソウナノダガナ……』
「俺も同感だよ」
ショートソードを握りしめ、俺は結界を展開する。
ただし、上下逆のお椀型だ。半透明にして、俺はその上に飛び乗る。
「それだけに、貴様と戦うのは気は進まない。が、退く気はないのだろう?」
『ウム。デハ──勝負!!』
「初心者冒険者クロノ=プロトコル、偉大なる森の主の胸を借りるとしよう。では──『結界浮遊』!!」
ぶぃーん──と、結界が急上昇した。
俺を乗せたまま。まっすぐ、『グレート・オーガ』の顔めがけて。
『ナニイイイッ!!』
驚くことはないぞ、『グレート・オーガ』。
俺はこの結界を、毎日、従者たちの風呂として使っている。人数が増えたからな。2人同時に入浴させるため、たくさん水を入れたまま運べるように鍛えたのだ。ちっちゃい子を湯冷めさせるわけにはいかないからな。毎日、大量の水を『結界浮遊』で浮かべてきた。
幼女2人が肩まで浸かれるだけの水量を運ぶことに比べれば、俺一人を飛ばすくらい造作もないのだ!!
「てい」
ガイイイインっ!!
振りかざしたショートソードが、グレート・オーガの鼻の皮膚に弾かれた。
「さすがに硬いな。グレート・オーガ!」
本当は鼻の穴を狙ったのだが、さすがに避けられるか。
グレート・オーガの身体は厚い皮膚におおわれている。深緑色のそれは岩のように硬く、ショートソードの刃も通さない。やはり、装甲の弱いところを狙わないと駄目か。
「ならば──耳の穴でも──」
『アマイワアアアアア!!』
ぶん。
グレート・オーガが腕を振る。
強く握りしめた拳が、結界の表面を叩く──ならば。
「『もふもふぷにぷに能力』──全開!!」
うにょ────────んっ!!
限界まで柔らかくなった結界に、グレート・オーガの拳がめり込んだ。
スライムのように粘度の高い結界外壁が、打撃の勢いを吸収していく。しかし、すごい力だな。結界がくの字に変形してる。まともに座ってると潰されるから、結界の端に捕まって、身体を固定して、と。
「『もふもふぷにぷに能力』解除!」
ぶぉん。
結界の壁が元の形に戻る。
反動で、結界が真横に飛んでいく。俺はもう一度『もふもふぷにぷに』を展開。結界浮遊能力を使い、結界がちょうどいい樹に当たるように調整する。
ぺっちん。
数秒後、狙い通りに結界は太めの樹の幹に激突した。
みにょ────んっ!
ふたたび外壁が変形し、衝撃を吸収する。
俺は『グレート・オーガ』の方を見た。
奴は腕を振り切ったまま、体勢が崩れている。ちょうどいい隙だ。
「では貴様の力を利用させてもらおう。行くぞ『グレート・オーガ』!!」
俺は再び『もふもふぷにぷに』を解除。
結界が樹の幹を蹴り、飛び出す。
まっすぐ──グレート・オーガの首筋に向かって。
『グオオオオオオオオ!?』
気づいたか。俺の狙いに。
最初の一撃が通らないのは計算のうちだ。その上で奴に結界を殴らせて、その勢いのまま飛び出す。樹にぶつかってさらに反転。奴に飛ばされた勢いを利用して、強烈な一撃を──
『アマイ──ワアアアアっ』
がつん
奴の額が、俺の剣を受け止めた。
『サスガハ真ナル魔王ノ伝説ヲ知ル者! 狙イハ良カッタ──ガ、戦闘経験ガ足リヌ! 我ノ頭蓋骨、貫ケルモノナラ貫イテミヨ!!』
「ちっ! 『もふもふぷにぷに能力』──」
『サセヌ!』
がしっ。
一瞬、こちらの動きが止まった隙に──グレート・オーガの両手が、左右から結界をつかんだ。
そのまま、ぐぐ、と、俺ごと結界をつぶしにかかる。
『コウスレバ、モウ飛ベヌダロウ? 敗北ヲ認メヨ! 貴様ヲ殺シタクハ、ナイ!!』
「クロさま──っ!」
ニーナが髪を振り乱し、涙目で俺を見ている。
少女を泣かすのは趣味ではないのだが……。
ふむ。ここは説明が必要かな。俺はコリントとは違い、ニーナの教育係ではないのだが、少しくらいはいいだろう。
「ニーナ・ベルモットよ。装甲の硬い敵と戦うとき、お前ならどうする?」
「え? えっ? えっと」
ニーナは目を見開いていたが、それでも、
「守りの薄いところを狙います!」
「では、守りの薄いところというのは?」
「……関節のつなぎ目……動く部分」
「うん。だいたい、そういうところだな」
俺は剣を構えた。
結界を押しつぶそうとしている、グレート・オーガの手の──指の関節に向かって。
「例えば指の関節とか付け根とかっていうのは、他より皮膚が薄いんじゃないかな?」
「……クロさま、あなたの狙いは──!?」
『キサマアアアアアアア────ッ』
気づいたか。
『グレート・オーガ』が結界から手を放そうとする。が、遅い。
「『結界』に設定を追加。『通過:剣』!」
俺はグレート・オーガの中指の付け根に、ショートソードを突き立てた。
ざくん
少し抵抗があったが、刃は奴の皮膚を貫き、血管と筋肉を切り裂いた。
思った通り、可動部分が多い手のひらは、他より皮膚が薄かったか。
まぁ、無理もないよな。関節部までがちがちの装甲で固めていては指が動かせないからな。
こちらとしては『グレート・オーガ』に結界をつかんでもらう必要があったのだ。間近で、正確に、刃が通りそうな場所を狙えるように。
「ていてい、てい」
ざくざく、ざくんっ!
『グガアアアアアアアアアアアア────ッ!!』
親指、薬指、小指。
『グレート・オーガ』の手が離れるまでの間に、俺は右手の指を4本、傷つけた。
ついでに軽く傷口に手を当てておく。一番、深く斬ったところは──と。
直後に結界を解除して、俺は地上へと着地した。
グレート・オーガの右手からは、血がぽたぽたとこぼれ落ちている。指の根っこにトゲとか刺さると痛いからな。
動かすだけでも大変だ。ごめんよ『グレート・オーガ』……。
『マ、マダマダアアアアアア!!』
「勝負はついた」
『マダダ! タカガ、指ヲ傷ツケラレタクライデ──!』
「動くな。偉大なる森の主よ」
フェンルがいたら気づいているだろうな。
俺がまだ『変幻の盾』を一度も使っていないことに。
「すでに俺は、貴様の生命を握っている。退け。偉大なる森の主!」
『コンナ傷クライデ驕ルカ、人間!』
「そんな傷くらいを与えればよかったのだ。こっちは!」
俺は『グレート・オーガ』の傷口に貼り付けておいた『変幻の盾』を起動した。
「通過:血液。通過方向固定:グレート・オーガの体内から、外へ」
ぷしゃ。
宣言すると同時に、グレート・オーガの傷口から、血がしぶいた。
最初は糸のように細く。
続いて、小指くらいに。
さらに人の腕くらいの太さの血液が──奴の右手から噴き出し始める。
ぷしゃああああああああああっ!!
まるで──深紅の噴水のように。
『グ、グガアアアア!! ナ、ナンダ──ナンダコレハアアアアア!!』
「初心者冒険者の能力だ」
やっぱりえげつないな。『通過方向固定』能力。
たとえば、リンゴに傷をつけて『通過方向固定』を指定すると、中から果汁が噴き出す。
だったら敵の身体に傷をつけて、内側から外側に通過するように『血液』を指定したら?
──当たり前のように、血が噴き出してしまうのだ。
グレート・オーガは傷口を必死で押さえているが、血は止まらない。
皮膚の表面には『変幻の盾』が貼り付いている。それをはがさないとどうしようもないが、盾は俺が遠隔操作している。それに、奴のでっかい指で、小さな盾を引きはがすような細かい作業ができるわけがない。
このまま続ければ、俺の完全勝利となるわけだが……。
「……『通過方向固定』──停止」
ぴた。
噴き出していた血が、止まった。
これ以上は必要ない。グレート・オーガは十分に弱っている。
それにこの力は、うちの子にいつでも新鮮なジュースを飲ませるためのものだ。敵を失血死させるためのものではない。使い方を間違えてはいかんだろう。
「もういいか? 偉大なる森の主よ」
『…………ア、アア』
グレート・オーガは、地面に膝をついた。
左腕で身体を支えながら、俺に向かって頭を下げる。水晶のようにきれいな角を、まっすぐに地面に向けた。これがオーガの、降伏のポーズらしい。
『我ノ……負ケダ。ワガ「強敵」ヨ』
「感謝する。では、森を荒らしたこと、見逃してくれるということで構わないか?」
俺の問いに、『グレート・オーガ』は、大きくうなずいた。
よかった。
これで俺の仕事も、あと少しだ。最後にニーナとナターシャに仲良く狩りをしてもらって、宿に帰ろう。のんびりしたらダンジョンに行って風呂だ。風呂はダンジョンに限る。
あとは……そうだな。がんばって働いたのだから、フェンル、ルチア、マルグリッドにごほうびをあげなければなるまい。あいつら遠慮するからな。夕食後、リラックスしたところで、希望を聞くとしよう。
「では、さらばだ。『グレート・オーガ』よ」
『アア……ソノ幼女ヲ大切ニスルガイイ……』
「言われるまでもない」
俺はニーナの手を取って歩き出す。
さらばだ『グレート・オーガ』よ。真の魔王の伝説を、子々孫々まで伝えるがいい……。
「クロさま! コリントは!? コリントのこと忘れてませんか!?」
「あ」『ア』
そうだった。
俺は元々、奴を止めるために来たのだったな。
しょうがない。結界を展開して浮遊させて、執事コリントをそこに乗せて、と。
あとは森の外まで、こうして運んでいけばいいだろう。
「……それと…………申し訳ありませんでした。『禁忌の森の主』よ」
ニーナは銀色の槍を捧げ持ち、『グレート・オーガ』の前に進み出た。
「ベルモット伯爵家を代表してお詫びします。こんなものしかありませんが、どうぞ、怒りを鎮めてくださいますように……」
『丁重ナ、オ詫ビ、イタミイル』
『グレート・オーガ』はニーナに対して頭を下げた。
『我ハ、ソコノ冒険者ダケデハナク、幼女ヨ。オ前ニモ負ケヲ認メヨウ』
「いえ、そんな! あたしはなにも……」
『敬意ヲ表スル。ナニカ欲シイモノガアレバ、言エ』
「え? え? ええええっ?」
ニーナ、びっくりしているな。
自分がすごいことをしたことに、気づいていないのだろうな。彼女は狩り場の最奥まで、ほぼ初対面の俺を信じてやってきた。さらに『グレート・オーガ』の前でも怯えることなく、貴族の礼にのっとった挨拶をした。そんな貴族の少女がどこにいるというのだ。
「あ、あなたに勝利したのはクロさまです。そういうことは、クロさまにおっしゃってください」
『ダ、ソウダガ』
『グレート・オーガ』は楽しそうに目を細めて、俺を見た。
ふむ、報酬か。そうだな……。
長く生きた森の主なら、人間の知らないアイテムなども持っていそうだが。魔王城の場所は……ここで聞くわけにはいかぬか。それに、こいつが知ってるのは魔王ちゃんがちっちゃかったということくらいらしいからな、城の場所までは、詳しくは知らぬだろう。
それと……やっぱり、俺が報酬をもらうわけにはいかぬ。
『グレート・オーガ』とこうして話ができるのも、ニーナ=ベルモットがいたからで、そうなったのは雇い主のナターシャ=ライリンガのおかげでもあるのだ。
よし、決めた。
「ならば問う、『グレート・オーガ』よ。狩り場で最強の動物──獲物を用意してもらえるだろうか?」
俺は言った。
「なるべく派手で、大きい奴がいい。そういう種族の中で、年老いて衰えて──ぶっちゃけ、ニーナくらいの少女でも勝てる奴はいるだろうか? あと、好戦的で、最後は派手に散りたいって奴が望ましいのだが……?」
『…………フッ』
『グレート・オーガ』が吹き出した。
失礼な奴め。
『ヨカロウ! 森ニハ、ソノヨウナ者モイル。貴族ノ幼女ヨ、狩リノ成果ヲ上ゲルガイイ!!』
「え? なんで? どうして? え?」
ニーナは、やっぱりよくわかっていないようだったが──
巨大な『グレート・オーガ』が笑い転げてるのが楽しくなったのか、彼女もいつの間にか笑顔になり──
狩り場の森の最奥に、『禁忌の森の主』と、ニーナの笑い声が響き渡ったのだった。
魔人さん、森の奥で『強敵』と出会いました。ニーナさんも、巨大オーガと仲良くなったようです。
次回で、狩り場のお話もおしまいの予定です。
もうひとつのお話「異世界でスキルを解体したらチートな嫁が増殖しました」は、ただいま書籍版4巻まで発売中です。5巻は来年、1月10日発売です。こちらもあわせて、よろしくお願いします。




