第46話「魔人さんと、振動ふにふに結界無双」
2017.11.21
話数を打ち間違えて「47話」になっていたのを修正しました。今回のお話は「46話」でした。
ご指摘、ありがとうございました。
『禁忌の森の主
狩り場の森の奥に住むという大鬼。
身長は5メートル超。頭部に3本の角を持つ。
防御力が強く、皮膚が薄い場所でなければ刃が通らない。
当代のベルモット伯爵が狩り場を荒らし回った時に出現した。兵士十数人をなぎ倒したが、偶然、ベルモット伯爵が放った矢が眼球に当たり、撤退。
それ以来ベルモット伯爵はパーティのたびに武勇伝を語り続けたため、うんざりした友人や貴族たちから避けられるようになったという……』
「……そんなものにケンカ売りに行くなよ」
「……雇い主としてお詫びいたします。もうしわけありません」
ぷにぷに
「おまけにコリントの奴、森の魔物を蹴散らしていったようだ。奴ら、かなり怒っている」
「……本当に、お詫びのしようもございません」
ぐにぐに、みょーん。
「いや、ニーナの責任ではあるまい。では『もふもふぷにぷに能力』解除」
『グオオオオオオッ!?』
ぱっちん。ぼよーん!
「……クロノさま」
「どうした、ニーナ」
「さっきから、襲いかかってきた魔物たちが、半透明の壁に激突しているのですが」
「気にするな」
「そのまま『みょーん』って、やわらかい壁を押し込むように入ってきたかと思うと……壁が『ぱっちん』と、元に戻って……魔物を吹き飛ばしているのは……?」
「見たままだな」
「見たままですね」
「…………」
「…………」
俺とニーナは、暴走執事コリントを追って、森の奥へと向かっている。
むろん、ちっちゃい子をこんな危険地帯に連れてきたのだ。安全対策はしてある。まわりに結界を張って、それと一緒に移動している。
当然のようにさっきから魔物が襲ってきているが、今のところ、結界は破られていない。
倒すのは簡単なのだ。結界の中から剣で刺せばいいのだから。
だが……その方法だと、血のにおいが他の魔物や肉食獣を呼び寄せるかもしれない。そうなったら動きにくくなる。
なので俺は『もふもふぷにぷに能力』を使うことにした。
この力は、結界の壁をゼリーのように柔らかくすることができるのだ。
狩り場の奥の森は、魔物たちであふれている。奴らは俺たちを見つけると問答無用で突撃してくる。やわらかい壁に激突し『ぐにぐに』っと結界の中に入ってこようとするのだ。
だから俺は、ほどよく壁がへこんだ状態で『もふもふぷにぷに』を解除する。
そうすると壁が『ぱっちん』と、元に戻り、反動で魔物が『みょーん』と飛んでいく。飛んでいった魔物は木に激突するか、地面を転がるか──どっちにしても戦える状態じゃなくなる。
俺たちの目的はコリントを見つけることだ。だから、さっきからふたりでコリントを呼んでいる。
なので『偽装結界』は意味がないから解除した。
大声で叫ぶ岩が、ぷにぷに揺れながら森を全速力で駆け抜けていくというのはシュールすぎるからな。逆に魔物を引き寄せかねない。普通に姿を見せて、逆に魔物に警戒してもらった方がいい。
問題は、結界についてニーナにどう説明するかだが……。
「詳しいことは言えないが、俺にはそういう力があるのだ」
面倒なので、直球で行くことにした。
ニーナも俺の従者だ。能力について聞かれたら答えないわけにはいかないだろう。魔人的に。
「『ダークバッファロー』を吹っ飛ばしたのもこの力だ。身を守るためのもので、あまり戦闘向きではない。なので俺は初心者冒険者をやっている。それだけだ」
「わ、わかりました! クロさまを信じます!」
ニーナはこぶしを握りしめ、うなずいた。
『ディープアクアリザードの革鎧』を身につけ、ショートソードを手にした彼女は──見た目はりりしいが、緊張はしていない。まっすぐに前を見据えて、力強く森を進んでいる。
これが本来の彼女の姿なのだろうな。
狩り場の森の奥──最上級エリアに脚を踏み入れても落ち着いているとは、たいしたものだ。まったく、あの執事コリントは……ニーナの才能のどこに不満があるというのだ。
「クロさま! またゴブリンが!!」
「よっと」
樹上からゴブリンの身体が降ってくる。ドーム状の結界に着地したゴブリンは……あ、埋まった。
小柄な魔物は半透明の結界に食い込み、じたばたしてる。やわらかくなった結界の壁は、ゴブリンのかたちにへこんでいる。このまま固めて小麦粉を流し込んだら、『ゴブリンクッキー』が作れそうだ。
が、そんなものは俺も食いたくない。だから『もふもふぷにぷに』は解除し、ゴブリンをはじき飛ばして──っと。
みょーん。
『ギギガーっ!!』
ゴブリンは森の奥へと吹っ飛んでいった。よし。
たいしたものだな。この『もふもふぷにぷに能力』は。
……この力はニーナを従者にして得たものだったよな。彼女と繋がることで、これだけ壁がやわらかく、もふもふになったということは……。
「もしかしてニーナは、もふもふしたものが好きなのか?」
「どうしてそれを!?」
ニーナは目を見開いた。やっぱりか。
「い、いえいえ。そんなことは……あたしが……そんな、軟弱な……」
俺の視線に気づいて、彼女は真っ赤になってうつむく。
「別に恥ずかしがることでもあるまい」
それくらいの年齢の子なら当然だ。むしろそれを許さない方がどうかしている。
「い、いえ……ベルモット家は武門の家系ですから」
「ぬいぐるみをかわいがるくらいは構わないだろう?」
「いいえ……ぬいぐるみや人形は『弱々しいもの』ですから……禁止されているのです」
「それはひどいな」
「代わりにあたしは、枕に『エリシア』、クッションに『ティータニア』という名前をつけています」
「……それはすごいな」
「ちなみに2人は双子でエリシアは甘いものが大好き、ティータニアは泣き虫です。ティーカップの『ミゲル』はそんなふたりを優しく見守ってるお兄さんですが、2人と血がつながっていないことを気にしています。でも、3人は本当に仲良しで、今度、あたしと一緒にピクニックに行こうと──」
早口で話していたニーナの声が止まった。
彼女は恥ずかしそうに目を伏せて、ぽつり、と、
「……変じゃないですか? 部屋のものに名前をつけているなんて……」
「どこがだ?」
むしろ普通だ。
魔王ちゃんだって友だちがいなかったからな。同じように枕や毛布、スリッパや風呂場の桶にまで名前をつけていた。どんな名前をつけているのか聞いたこともあったが……なぜか恥ずかしそうに顔を押さえるばかりで教えてくれなかった。
枕を交換したとき、同僚の魔人たちがよってたかって古い枕を火炎魔法で灼き尽くしていたのが気になるが……あれはなんだったのだろうな。
「クロさま……?」
気がつくと、ニーナが不思議そうな顔で俺を見ていた。
「とにかく、かわいいものが好きなのは自然なことだ。恥ずかしがることなどない」
俺は首を振ってごまかすことにした。
「魔剣でも神剣でも、一流のものには名前がついているものだ。ベルモット家は武門の家系なのだろう? だったら、枕や食器に名前をつけるのは、その予行練習のようなものだ。違うか?」
「は、はいっ!」
ニーナは照れくさそうに笑った。うむ。それでいい。
だが「はじめてです……あたしの趣味を、笑わなかったお方は……」って、つぶやいているのが気になるな。
そんなに厳しいのかベルモット伯爵家。それくらい許してやればいいのに。
ニーナはまだ小さいのだ。身長だって俺の胸のあたりまでしかない。鍛えてはいるのだろうが、二の腕もぷにぷにだし、身体だって細い。短く切りそろえた緑の髪も、きれいではあるが……かわいいもの好きのニーナなら飾りくらいはつけたいだろうな。
「やはり狩りの成果を……演出してやるべきだろうか?」
『ダークバッファロー』でも狩れば、ニーナの両親も文句は言わなくなるのかもしれない。
まぁ、これはコリントのことが片付いてからか。
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもないのだが……」
俺は頭上を見た。
いつの間にか、森のかなり奥の方まで来ていたようだ。
「──囲まれているな」
狩り場の森に密集した、樹木たち。
その枝の上で、数匹のゴブリンが俺たちを見下ろしていた。
『ガガガ!』『ギギ、シンニュウシャ!』『クラウ! デテコイ!!』
奴らは同時に、だん、と、樹の枝を蹴った。そのまま降ってきて、結界の天井に、ふにょん、と張り付く。さっきと同じ『ゴブリンクッキーの型』状態だ。
結界は中の人間を守るようになってるから、ゴブリンが俺たちに触れることはない。奴らは半透明の布を身体に貼り付けたようなものだ。鼻も口もふさがれて、呼吸困難になってる。苦しいならやらなければいいのだが……いや、魔物の方でも、そういうわけにもいかないのか。
よく見ると奴らの手足からは血が流れている。凶暴化しているのは、その痛みと怒りのせいか。
もしかしてこれは……執事コリントのしわざか?
あいつ、本当に手当たり次第に魔物を攻撃しながら、森の奥へと突進していったようだな……。
草の上にはブーツの跡と、魔物の血の跡が残っている。これをたどれば奴に追いつけるが、怒りに我を忘れてる魔物たちはどうしたものか。
『ギギ!』『ウキッ、ヒト──キエロ!!』『ヴゥオオオオオオ!!』
魔物がどんどん増えていく。『フォレストボア(森の大ヘビ)』『森エイプ(大猿)』に『さつじんイボイノシシ』まで──。
「……クロさま」
「面倒だな、これは」
完全に囲まれた。
やつらは一斉に結界にたかってる。やわらかくなった結界の壁に食い込んで、俺たちを食おうとしているようだ。入ってはこれないだろうが、このままでは先に進めない。
なにより──
「…………うぅ」
──ニーナがおびえている。
魔物を全滅させるのは簡単だが、幼女に変なトラウマは与えたくないな。
ここは平和的に追い払うとしよう。
「警告する」
俺は魔物の群れを見た。
「俺たちはここを通りたいだけだ。今日は貴様らと戦うつもりはない。その身がかわいいのなら、いますぐ道を空けよ」
『……ギギ!?』
結界に張り付いていた奴らの表情が変わる。
俺の正体に気づいたのか?
それとも、この『もふもふぷにぷに結界』の前では、貴様らなど敵ではないことを直感したのか!?
「これが最後の警告だ。退け」
『ギィ……ギイイイイイイっ!!』
ゴブリン、森エイプ、さつじんイボイノシシが、一斉に結界を叩きはじめる。
退く気はないか。では、仕方ないな。
「ニーナの前だから名乗れないが……貴様らが誰を相手にしているのか、思い知るがいい!!」
俺は結界を調整。
やわらかくしていた結界の壁の、固さを上げる。
この『もふもふぷにぷに能力』は壁と床の固さを自由に調整できる。身体が沈み込むほどのやわらかさから、石壁のような固さまで。今、行った調整はほんのわずかだ。最大限のやわらかさから、ほんの少し固くしただけ。だが──
『ブォ?』『ギギ?』『キキ? コレハ──』
魔物たちも気づいたか。
結界の壁が、かすかに揺れたことに。
今、俺は結界の壁を少しだけ固くした。だから、壁に食い込んでいた魔物の身体は少しだけ押し戻された。俺は再び、壁をやわらかくする。魔物の身体がまた、食い込む。少しだけ固くする。押し戻す。繰り返す。段々速くする。1秒間に数回、十数回、数十回。そして──
ヴィ、ウィイイイイイイイ!!
魔物の身体を食い込ませたまま、結界の壁が高速振動をはじめた。
「ク、クロさま?」
「怖ければ目を閉じていろ、ニーナ」
「は、はい!」
ニーナが俺の胸──には届かないから、お腹のあたりに抱きついてくる。
ヴィイイイイイイイイイイイイン
森の中に、結界が揺れる音が響き渡る。
『グギャアアアアアアアアア──────ッ!!』
ついでに、魔物たちの絶叫も。
俺たちの回りで、魔物たちが振動している。俺もこんな使い方は初めてだ。手加減している暇はなかった。魔物たちはやわらかい結界の壁に食い込んだ状態で、ぶるぶるぶるぶる震えてる。頭蓋骨をゆさぶられて、ゴブリンも森エイプも目を回してる。口からは泡を吹いて、手足が変な感じに痙攣をはじめてる。
このまま続けると死んでしまうな。
戦闘能力は奪った。あとは結界の壁をしならせて、魔物たちを遠くへぽーいっ、と。
『グガアアアアアアア』『ブォアアアアアアアッ!!』『キシャアアアアアア!!』
ひゅーん、ひゅーん、ひゅ────んっ
『もふもふぷにぷに能力』を解除すると、壁が元に戻った勢いのまま、魔物たちは吹っ飛んでいった。
なかなか使えるな、この能力。
落ち着いたらフェンルとルチア、マルグリッドをこの上に乗せて、平衡感覚を鍛える訓練をしようか。これを使えば、楽しみながらわちゃわちゃ修行ができそうだ。
「もう大丈夫だぞ、ニーナ」
「……クロさまは、すごい力をお持ちなのですね……」
抱きついたまま、ニーナは目を見開いて俺を見ていた。
感心されても困るな。これは、ニーナを従者にしたことでもらった能力なのだから。
しかし……そのことを話せば、俺が魔人だということがわかってしまう。でもお礼を言わないのは魔人的道理に反する。つまりここは──適当にぼかしてお礼を言っておこう。
「お前のおかげだ、ニーナ=ベルモット」
「……え?」
「こんなことができるのはお前がいるからだ。お前が、俺を強くしてくれるのだ」
………………おや?
なんだか身体が熱いな、ニーナ。
熱でもあるのか? 疲れたか? だったらここに結界を残して、俺だけ先に進むが……大丈夫か。それならいいが。無理はするなよ。大事な身だ。え? 今度家に遊びに来ませんか──だと? いや、ただの冒険者である俺が伯爵家にお邪魔するわけにはいくまい。フェンルたちが一緒ならいいが。あいつらにも、上流階級と触れ合う経験をさせてやりたいからな……。
「では、ぜひご一緒に!」
「え、いいのか?」
「ベルモット家は武門の家系とはいえ、戦術を練ることもございます。拠点を落とすのはまず絡め手から……いえいえ」
言いかけて、ニーナは慌てて首を振った。
なんだろう。不穏な感じがするな。本当に行っても大丈夫なのか、ベルモット家。
ニーナの両親がいるのだよな……ニーナと同じで、ちょろいのだよな。うかつなことを言ったらえらい目にあいそうな気もするのだが……。
そんなことを考えていたとき、森が、揺れた。
数秒遅れて、根元から引き抜かれた樹が、俺たちの真横に飛んできた。
森の先、執事コリントの足跡が続いている方から、木々が震えるほどの叫び声が聞こえた。
あれはまさか──
「『禁忌の森の主』か!?」
本当に遭遇したのか、執事コリント。
だとしたら、まずいな。奴が『勇者槍術』で『グレート・オーガ』を倒せればいいが、しくじった時は手負いの『グレート・オーガ』が、この狩り場で暴れ狂うことになる。そうなったらフェンルやルチア、マルグリッドにナターシャにまで被害がでるかもしれない。なによりうちの子の初仕事がだいなしだ。
「仕方ない。行ってみるか」
「クロさまなら……『グレート・オーガ』を倒せますか?」
「まさか」
「……ですよね。いくらなんでも」
「倒す理由がないからな」
「……え?」
おや、どうして目を丸くしているのだ。ニーナ=ベルモット。
しっかり手を繋いでいろよ。ここからは修羅場だ。俺の結界も無敵というわけではないのだからな。
「負けるつもりも勝つつもりもない。不法侵入者はこっちだ。事情を話してなだめて、落ち着いてもらうとしよう」
「クロさまは、初心者冒険者なのですよね?」
「ああ、冒険者としては初心者だ」
「?」
「?」
どうして首をかしげているのだ、ニーナ=ベルモット。嘘は言っていないぞ。
俺は魔人のプロで、冒険者としてはまだ初心者もいいところだからな。
「『禁忌の森の主』には会ったことがないが、魔人ほど気むずかしくはないだろうよ」
「どうしてそこで魔人が!? まさかクロさまは──」
気づかれたか?
まぁ、よかろう。『従者』にしてしまったからには、ニーナも俺の正体について知る権利はある。
察してしまったのなら、あえて口に出す必要はないか。
「行くぞニーナ。一度は刃を交えた身だ。執事コリントの骨くらいはひろってやらなければなるまい」
「は、はい。クロさま……」
俺たちは結界ごと走り出す。
戦闘が始まったらしく、魔物と動物が暴れ出した森はさわがしく、互いの声も聞こえなくなる。
だから俺は、ニーナの声を聞きそびれた。
あとになってわかったニーナの──
「この気高さと強さ……そしてやさしさ……まさかクロさまは……勇者のお血筋では……?」
──ものすごく、人聞きの悪いセリフを。
魔人さんの『超振動結界』で、安全に魔物を追い払ってみました。
そしてついに魔人さんは、『禁忌の森の主』に立ち向かうことになるのですが……。
いつも『魔人さん』を読んでいただき、ありがとうございます。
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