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第45話「魔人、おそるべき『勇者の技』をほめる」

「私と手合わせしたい、と?」


 次の日。

 ベルモット家の執事コリントは俺を見て、薄笑いを浮かべた。


 ここは『貴族の狩り場』の入り口付近にある、草原。

 執事コリントは、兵士と模擬戦をしているところだった。ナターシャのメイドさんによると、ベルモット家でよくある朝の訓練だそうだ。


 兵士の数は3人。すでに、全員が地面に倒れている。

 俺たちが彼らを見つけて、話しかけるまでの間に終わっていた。


「……こ、これまでです」「訓練ですから……ここまでに」「降参です。降参!!」

「それでもベルモット伯爵家の兵士ですか?」


 執事コリントは冷えた目で、うずくまる兵士たちを見下ろしていた。

 俺の後ろにいるナターシャとフェンルたちも、小さく震えている。


 コリントの槍さばきは速かった。

 兵士たちの攻撃をあっさりとかわして、槍の石突(いしづき)を兵士の手足にたたき込んでいた。

 鎧の隙間を狙った、完璧な攻撃だった。すごいな。


「で、なんでしたっけ。余興として、私と戦いたい、でしたか?」


 執事コリントは俺を見て、鼻で笑った。


「本気ですか? ライリンガ家のお供の、そのまた付き添いの……クロノ=プロトコル」

「はい、ぜひ」


 俺は言った。

 それから息を吸い込んで、一気に、


「せっかくのきかいなのでうわさになだかいゆうしゃそうじゅつをこのめでみてみたいのです。いえ、もちろんゆうしゃのわざをつかってもらわなくてもいいです。こうめいなこりんとさんとやいばをまじえただけでも、しょしんしゃぼうけんしゃであるおれにとってはかたりぐさになるかとー」


 ──よし、言えた。

 練習したかいがあった。どこから聞いても初心者冒険者っぽいセリフだ。


「……まぁ、狩りの余興(よきょう)としてはいいでしょうが」


 しばらくしてから、執事コリントはうなずいた。

 あれ? 意外といい人なのか?


「ニーナお嬢様の狩りの成果がいまひとつですからね。あなたを打ち倒すことで、当家が没落貴族のライリンガ家とは格が違うことを知らしめるのがよいかと」


 前言撤回だ。

 セリフひとつで俺とナターシャの家と、ニーナのことまでけなしたぞ、こいつ。

 どんだけ偉いんだ『勇者槍術』使いって。


「まぁいいか。じゃあ、受けてくれるってことでいいのかな」

「一応、確認させていただきますよ」


 執事コリントは言った。


「あなたは初心者冒険者なのですよね?」

「ええ、ですから『勇者槍術』の使い手であるコリントさんに、胸をお借りしたいと思っています。寸止めですから、お互い怪我をする心配はないでしょう」

「お互い!?」

「ええ、怪我は怖いですからね。余興で怪我をして、仕事ができなくなったら困るでしょう? 身体は大事ですよ。お互い」


 半分は自分に言い聞かせているのだがな。

 人間は魔人よりもこわれやすい。

 こちらとしては『勇者槍術』が俺やフェンルにとって脅威かどうかがわかれば、それでいいのだ。


 俺が言い出した余興で大けがをさせてしまったら、ナターシャに迷惑をかけてしまうからな。

 コリント氏を遠巻きにしてるベルモット家の兵士や、ニーナのお供の貴族たちが笑ってる。「身の程知らずが」「なにを考えているのやら」「思い知らせてやりなさい、コリントさま」──って。

 よし、予定通りだ。みんな俺を初心者冒険者扱いしてくれている。

 俺の演技は完璧のようだ。


「おやめなさいコリント! そこの冒険者さんも!」


 不意に、ニーナ=ベルモットが叫んだ。


「あたしたちは狩りに来たのです。こんな余興など必要ありません。どちらかが怪我でもしたらどうするの──」

「おだまりなさい、お嬢様!!」


 びくんっ。

 コリントさんの一喝に、ニーナの肩が、びくん、と震えた。

 彼は歯をむきだして、ニーナをにらみつけて──って、それが執事がお嬢様に見せる態度かよ。


「お嬢様は武門の家のお方としての自覚がないようですね」

「……で、でも、その方は……あたしを助け──」

「違います。この者は、狩りの邪魔をした張本人です」


 そう来たか。


「お嬢様はあのとき『ダークバッファロー』を倒せた。この者が邪魔をしなければ、少なくとも一太刀は入れられていた。違いますか? まさか獲物から逃げられてほっとしていませんよね?」

「……そ、それは」

「まったく。お嬢様にも困ったものですね」


 執事コリントは、はぁ、とため息をついた。


「ご両親は、あなたを甘く育てすぎたことを、きっと後悔なさっていますよ。ベルモット家は将軍と武官を輩出する家系。その誇りを取り戻すために、私は雇われたのです。あなたを武門の家にふさわしい英雄として育てるために。なのに流血をおそれてどうするのですか、お嬢様!」

「…………うぅ」


 ニーナ=ベルモットは涙目になってる。

 手合わせしてくれるのはありがたいが、幼女をおどしてどうするのだ。まったく。


「あなたの相手は俺だろう? 威嚇(いかく)する相手を間違えるな」


 俺は言った。

 執事コリントは楽しそうに、2本の槍を、かりん、と鳴らした。


「口調が変わりましたね。それがあなたの本性ですか、クロノ=プロトコル」

「ちっちゃい子が怒鳴られてるのを見るのは嫌いなのでな」


 戦闘方針は決まった。

 ここで残酷な光景を見せてしまったら、ニーナはさらに萎縮してしまう。もしかしたら狩りや戦闘が嫌いになってしまうかもしれない。そうなったら彼女の才能を潰すことになる。

 それは魔人的教育方針には反する。ニーナも俺の従者だ。せっかくの才能、無駄にしてなるものかよ。


「私は、昨日からあなたが気にくわなかった。クロノ=プロトコル」


 執事コリントは吐き捨てた。


「あなたを見ているといらいらするのですよ。まるで自分が否定されているかのように」

「別にあんたのやり方を否定するつもりはない」


 これは本当だ。

 ぶっちゃけると、執事コリントがどんな考え方を持っていようが、俺には関係ない。

 ただ──


「俺は幼女が仲良くわちゃわちゃしてる光景が好きなだけだ。だから、ナターシャお嬢様とニーナお嬢様には、のんびり仲良くして欲しい、それだけだ」

「なにをくだらないことを。ベルモット家は武門の家系。文官の家であるライリンガ家とはなれあわない。それが私が来てからの、当家の方針です」


 そう言って執事コリントは、ニーナの方を見た。


「そうですよね、お嬢様!」

「…………あ、ぁぁ」

「私は聞いているのですよ、お嬢様!? 教育係である私が!」

「……やめとけ」


 俺は言った。

 ニーナの顔を見ればわかる。ガチ泣きする直前だ。


 彼女はナターシャの方を見て、なにか言おうとしている。ナターシャはナターシャで、ニーナを気遣うように優しい目で見つめている。彼女の手は、ルチアとマルグリッドの手を握ってる。フェンルはその横で、3人を守るように背筋を伸ばして立っている。よし。うちの子えらい。


「俺が見る限り、ニーナ=ベルモットお嬢様は十分な勇気をお持ちだ。ただ、課題が重すぎるために才能を生かし切れていないのではないか?」

「私は戦闘技術を見込まれて、ベルモット伯爵家に雇われております」


 コリントは短槍を、ひゅん、と振った。


「もしも意見したいのなら、私の『勇者槍術』を破ってからにすることですね!」


 2本の短槍の穂先を、コリントは打ち鳴らす。

 そのまま手首を返して左右の槍を回転させ、風を切り、空中に投げ上げる。その間も、視線は俺を見据えている。槍の動きを完全に把握しているようだ。

 コリントは落下してきた2本を受け止め、腰だめに構える。たいした槍さばきだ。

 だが──


「そんなにえらいのか? 『勇者槍術』使いって」

「はぁ?」


 なに言ってんだこいつ、とばかりに、コリントは首をかしげた。


「『勇者槍術』は勇者がこの世界に伝えた、5つの武術のひとつですよ?」

「本当に?」

「私の技が偽物だとでも?」

「勇者と魔王の戦いは、伝説にしか残っていない。あんたの使ってる技が、本当に勇者のものかどうかは誰にもわからない」


 一部を除いて。


「本当にあなたの技は、『勇者槍術』を当時のまま、まったく狂いなく、寸分違わず受け継いでいるのか?」


 俺が言った瞬間、まわりの人々がざわめいた。

 ベルモット家の兵士とお供の貴族が真っ青になってこっちを指さしてる。

 え? 俺そんなに変なこと言ったか?

 いや……もしかしたら、言い方が悪かったのか?

 執事コリントも、目をつり上げてこっちをにらんでるし。言い直した方がいいか。


「申し訳ない。言い過ぎたようだ」

「……身の程を知れよ、貴様」


 執事コリントはかなり怒ってるみたいだ。

 ここは、ちゃんと説明しないと。


「本当に失礼なことを言ってしまった。400年前の使い古された武術を、そのまま受け継いでる人がいるとは思わなかったもので、つい」

「──はぁ!?」

「そうかー。魔王城に攻め込んだ勇者が使ってた技を、苦労して覚えてる人がいたのかー。その努力に敬意を表して、あんたが使っている技が本当に400年前の勇者のものかどうか、確認させてもらおう!」


 あれ?

 口調も丁寧にしたし、礼儀正しくしたはずなのだが。

 どうして執事コリントは、こめかみをピクピクさせているのだ?


「……貴様は我が『勇者槍術』の恐ろしさを知らないようだな」

「知ってるよ」

「本当か!?」

「少なくとも、あんたよりは」


 執事コリントが学んだのは、400年間伝わってきた勇者の技だ。

 対して俺が覚えているのは、つい1ヶ月前に思い出した前世の記憶に残ってる勇者の技。

 どう考えても俺の記憶の方が新鮮だ。


「……いいでしょう。ここまで挑発されて、黙っているわけにはいかない」


 執事コリントは、2本の短槍を構えた。


「本物のそっくりの構えだな」


 嘘じゃない。

 2本の槍を構え、姿勢を低くしたその姿は、魔王城に攻め込んできた『槍の勇者』の構えそのものだ。


「実に勇者っぽい。知らない人間が見たら、本物だと勘違いするかもしれない。疑って悪かった。あなたの『勇者槍術』は本物そっくりだ。構えだけなら勇者を名乗ってもおかしくない」

「貴様────っ!!」


 執事コリントは絶叫した。

 え? ほめてるのになんで怒るのだ!?


「『変幻の盾(フィルタリング)』、遮断:人体・槍!」


 俺は『円形の盾(ラウンドシールド)』の姿にした『変幻の盾』を構えた。

 ただし、手は載せるだけだ。

 執事コリントほどの相手なら、手で盾を操るより、意思を直結させて遠隔操作した方が速い。遮断は人体と槍のみ。対象を限定することで、防御力を限界まで上げる。まずはこれで様子を見よう。


「我の『勇者槍術』が『本物そっくり』だと!? 構えだけなら勇者だと!? もう一度言ってみろ──っ!!」

「ああ。あんたの『勇者槍術』は実にそれらしい──」

「黙れ──っ!!」


 どっちだ。

 ほめてほしいのか黙って欲しいのか?


「私の武術を見下したこと、後悔させてやる!」


 執事コリントは獣のように身をかがめ、地面を蹴る。

 奴が右手に握った槍が、まっすぐ俺の胸に──


「よいしょ」

「ふんっ!!」


 がしゅっ

 半ば身をそらした俺の盾を、執事コリントの槍がかすった。

 すぐさまコリントは右手側の槍を引き、左手の槍を突き出す。

 うん。前世の記憶の通りだ(・・・・・・・・・)。ちゃんと『勇者槍術』の戦い方が頭に残ってる。この流れだと、たぶん次はふたたび右手で突き──と見せかけて左手の2段突きか。


「ふんっ! はぁ────っ!!」


 来た。

 1段目はフェイント。ここで力を入れて防御するとこっちの体勢が崩れるから、軽く。

 2段目は本気で来るので、これは力を入れて盾で受け止めて、と。


 がいんっ。


「「「おおっ!!」」」


 その槍さばきり、ギャラリーが声をあげる。


「「「さすがコリントさま。速い!!」」」

 ──いや、遅っ。


 昨日も思ったけど、コリントの槍の速度は勇者の256分の1くらい。

 さらに遅く感じるのは、俺の頭の中に、前世で戦った勇者の記憶が焼き付いてるからだ。

『槍の勇者』の攻撃は、魔人時代の俺でさえ残像しか捕らえられなかったからな。それに比べると、執事コリントの槍は止まって見えるレベルだ。昔のあれに目が慣れちゃってるせいで。


 それに──俺の身体は人間のものだけど『変幻の盾』は魔人時代に設定したスキルだ。俺の意思に応じて、自由に遠隔操作できるようになってる。見て、感じて、反応すれば、コリントの槍さばきにもついていける。

 あとは、俺の身体の動きもよくなっているな。スキルレベルが上がっているせいか、魔人時代に近づいてるようだ。この程度の槍さばきなら、慌てず騒がず受け流せる。


「あんたは『勇者槍術』を完璧にマスターしてるのだな。まさに本物そっくりだ」

「まだ言うか!?」

「本物の勇者って言ってもみんな信じるだろうよ。完璧だ。寸分の狂いもない。疑って悪かった。」


 だから、それだけに(・・・・・)読みやすい(・・・・・)


『槍使いの勇者』は魔王城に最初に攻め込んできた。あいつの戦い方は俺も魔王ちゃんも目にしている。

 そして、魔王ちゃんの能力は『超絶理解能力』なのだ。

 魔王ちゃんは『槍の勇者』を見ていた。その魔王ちゃんの隣には常に俺がいた。魔王ちゃんは『勇者槍術』の動きやパターンも理解していたし、どこに隙があるかも気づいてた。そしてそれを、俺や他の魔人たちにも教えてくれた。


 それでも勝てなかったのは、次々勇者がやってきたせいで、対応できなかったから。

 それと、神の祝福を受けた勇者の身体スペックが魔人よりもはるかに上だったからだ。


 だって、無理だろ。1秒間に23回槍を突き出してくるのを避けて受け止めろって。どんな順番で攻撃してくるかわかっていても──攻略法の通りに反撃したとしても無理だった。敵の反応の方が速すぎた。俺には、奴の片腕をへし折るのがせいいっぱいだったのだ(でもって『回復の勇者』に全快された)。


 だけど、今は違う。


「俺もコリントさんも、同じ人間同士だ」


 槍が来る。俺は盾を動かす。受け止める。受け流す。

 剣を振る。敵は槍で受ける。はじかれる。切り返す。

 そんなわけで俺と執事コリントは「そこそこいい勝負」になっているのだ。


「同じ人間同士なら……戦えないわけがあるまい!」

「──くっ!」

「読める。次は──上か!!」


 頭上から打ち下ろしてくる2本の槍。

 俺はそれを盾でそらして、隙間にショートソードを突き出す。

 執事コリントが目を見開く。ショートソードの切っ先は、奴の胸元を向いている。そこは完全にがらあきだ。槍は俺の盾が受け流し、身体の左右を泳いでいる。防ぐ手段はなにもないはず──


「あ、すまん。寸止めだったな」


 俺は慌てて剣を引いた。

 いかんいかん。忘れてた。


 うちの子もナターシャもニーナも見てるのに、流血沙汰にするわけにはいかない。寸止めって言ったのは俺だしな。いかんな。『勇者槍術』を相手にしてたら、つい昔のことを思い出してしまった。前世のうっぷんを執事コリントで晴らすのは筋違いだ。んなことしたら『人間萌え』だった魔王ちゃんに怒られる。それにフェンルやルチア、マルグリッドもいい気分ではあるまい。

 ……俺もまだまだ修行が足りないな。


「すまない。あなたの『勇者槍術』があまりに見事だったので、つい我を忘れてしまったようだ」


 俺は数歩後ろに下がり、告げた。


「人は壊れやすいからな。どこか痛いところはないか? 剣、刺さってないよな?」

「………………」

「それにしてもあなたの『勇者槍術』は本当にすばらしい。見ていてほれぼれするほどきれいだ。こんなきれいなものを、どうして隠しておくのだ? お金を取って人に見せれば、それだけで生活ができるだろうに」

「……おい」

「うむ」

「貴様は一体なにものだ」

「あんたも言っただろう? 初心者冒険者だ」

「初心者冒険者が、どうして『勇者槍術』と戦える!?」

「かしこい幼女に攻略法を教えてもらった」

「ふざけるな!」


 執事コリントは、ぎり、と歯がみした。

 眉をつり上げて、こっちをにらんでる。俺の答えが気に入らなかったようだ。ほんとのことなのに。


「その軽口を悔やむがいい。もはや寸止めなどとは言わぬ!」

「ちょっと待ってそれはあぶない」

「やかましい!」


 コリントは2本の短槍を、胸の前で交差させた。


「もはや問答無用! 喰らえ、我が奥義『多頭竜乱舞(ヒュドラ・レイジ)』!!」

「「多頭竜乱舞!!?」」


 俺とギャラリーの声が重なった。


「「「奥義の中の奥義と呼ばれる、あの伝説の連続技『多頭竜乱舞』を!?」」」

(あれさえ出しときゃとりあえずなんとかなると思って『槍の勇者』が使いまくってたあの伝説の力技『多頭竜乱舞』を!?)


「「「やめてくださいコリントさま! それでは相手の方が!!」」」

(やめてくれないかなコリントさん……。それじゃこっちも手加減が……)


「クロノさま!」「お兄様!」「クロノ兄さま!」「クロノさん!」「恩人さま────っ!!」


 大丈夫だフェンル。ルチア、マルグリッド。心配してくれてありがとうな、ナターシャ。

 あと、ニーナよ、お前は伯爵家の娘なんだからこの場ではコリントの味方をしていろ。ほら、向こうにも聞こえてしまっているではないか……。

 コリント、顔を真っ赤にしているぞ。目をむいて、荒い息を吐き出している。姿勢を低くして、右手の槍の穂先は地面を、左手の槍の穂先は天を向いている。

 本当に使うつもりなのか『多頭竜乱舞(ヒュドラ・レイジ)』……。


「その技、やめない?」

「臆したか小僧!」

「いや、連続技に割り込むのってめんどくさいし、カウンターが入ると危ないから……」

「うが────っ!! ゆ、ゆくぞ!!」


 俺の目の前で、執事コリントの姿が、ぶれた。

 一瞬遅れて、視界から消える。けど、追える。左か。


「えい」

「せいっ!」


 がいんっ!


 うん。さっきより速いな。こわいな。

 槍の穂先が『変幻の盾』に、まともに当たるようになってる。

 さっきまでは半分受け流すことができたけど、今は俺がまともに受け止める格好だ。


「せいっ! はいっ! ぐぬぁ──っ!!」


 スピードも上がってる。俺の盾が「かかかかかかかんっ」って音を鳴らしてる。

 さすが勇者の連続技。


「ここからが本番だ! 『多頭竜乱舞』──二の型!!」


 執事コリントが身体をかがめる。

 魔王ちゃんの分析によると、ここからさらなる連続攻撃のスタートだっけ。


 コリントが左のかかとで地面を蹴った瞬間に──よし、来た。左手の槍は3発目を除いてすべてフェイント。3発目で『変幻の盾』の遠隔操作に腕の力を加えて弾くと──がちん、と重い音がして、コリントの体勢が崩れる。


 だけど勇者の奥義『多頭竜乱舞』に隙はない。コリントは右手の槍で地面を突き、身体を支える。そうすると、槍に体重を乗せた蹴りが来るから──こっちは前に出て打点を外して、っと。よし、コリントがふらついた。


 次は──やはり槍の石突きで地面をもう一回突くか。そしてもう一本の槍の穂先を勢いよくこっちに──来たから、それは盾で払って、っと。


 ──おや? どうして歯をくいしばっているのだ、執事コリント。お前の『勇者槍術』は本物だ。槍使いとしては一流だろう。欠点といえば応用が利かないことくらいだ。あんまり実戦をやったことがないのではないか?


 いや「ぐおおおお!」とか「ぐがあああっ!」とか、声が獣のようになっているぞ。そんなに荒いかけ声では呼吸を読まれるだろうが。それに、うちの子がおびえたらどうするのだ。なだめるのは俺だぞ? だからさっさと──そう、次が『多頭竜乱舞』の最後の決め技だろう? 左右の槍を時間差で繰り出すやつ……だから、目をむきだしてって叫ぶのはやめろ。こら。技のかたちまで崩れているぞ。それじゃだだっ子パンチみたいじゃないか。


 いや……だから「ごがああああああ」「ぐるぁあああああ」って叫ぶのはどうしてだ。うちの子がおびえるだろう? おいこらやめ──やめろってんだろ! えい。




 ごすん。




 執事コリントのみぞおちに『変幻の盾』が食い込んだ。


「あ」


 やっちゃった。

 すまん。あんまり大声で叫ぶから、うっかり盾を投げてしまった……。

 ここまでするつもりはなかったのだ。『多頭竜乱舞』の最大の隙がこの一撃だから、つい警戒してしまった。申し訳ない。


「大丈夫か?」


 俺は執事コリントに頭を下げた。


「それと、さっきは失礼なことを言ってすまなかった。あなたの『多頭竜乱舞(ヒュドラ・レイジ)』は間違いなく本物だ。勇者の技に間違いない」

「…………」

「いやー、強かった。恐かった。それに比べて俺はまだまだだなー。ぐうぜんすきをついていてなんとかなったものの、あといっぽでやられていたぞー。さすが伯爵家の執事だけはある。俺は、あなたの腕を尊敬──あれ? どうして涙ぐんでるのだ? 歯をくいしばって震えてるのはどうして? おい、ちょっと?」

「おじょうさま……」


 不意に、執事コリントがニーナの方を見た。

 彼の、槍を持つ手がぶるぶると震えている。

 コリントは槍の柄で地面を叩き、自分の主人を(おど)すような声で、叫ぶ。


「おじょうさま! ニーナ=ベルモット!!」

「はいっ」


 ニーナ──なぜか俺の方向を向いていた──は、ぐい、とむりやりみたいに頭を動かして、コリントに視線を合わせる。その身体が、びくん、と震えた。コリントがどんな顔をしているのか、俺の方からは見えない。けれど、ニーナは怯えているようだった。


「この狩り場の最奥に『禁忌の森の主(グレート・オーガ)』がおりましたな! お嬢様!?」


 コリントは裏返った声で、告げた。


「あなたのお父上──ベルモット伯が討ち果たせず、その片目だけを奪った魔物。倒した者には終生、伯爵家の重鎮(じゅうちん)として扱うというおふれを出された──あの魔物です。おりましたな!?」

「い、いますが。コリント、あなたはまさか!?」

「……この『勇者槍術』の使い手がなめられてなるものか。私は一流だ。やってやる。巨大な成果を上げて、こんなミスなど帳消しに────っ!!」


 だっ。


 止める間もなかった。

 執事コリントは2本の槍をつかみ直し、『狩り場』の奥──森の方へと走り去った。


「誰か、コリントを止めてください!」


 ニーナ=ベルモットが叫んだ。

 いや、状況がよくわからぬのだが。

 自分で獲物を狩りにいくだけなら、放っておいてもいいのではないか……?


「コリントが狙う『禁忌の森の主(グレート・オーガ)』は、このあたりでは最強の魔物です! そして奴は周囲の動物と魔物を『凶暴化(バーサーク)』させるのです!」


 ──げっ。そうなのか?

 魔人時代にはいなかった魔物だから知らないのだが。この時代にはそんなものが?


 ニーナが説明してくれる。

 十数年前、森の奥からさまよいでてきた『禁忌の森の主』は、狩りをしていたニーナの父と戦闘状態になった。それは彼女の父が、武術を試すために度を越して獲物を狩りまくったからで『禁忌の森の主』はそれに怒ってやってきたそうだ。身長5メートルを超えるそいつはニーナの父に重傷を負わせたが、自分も片目を失い、森の奥へと帰っていった。奴は自分から人間を襲うことはしない。が、挑戦を受けたのなら話は別だ。

 下手をすれば狩り場から出てきて、街道にいる人たちを襲うかもしれない──


「フェンルたちはここにいろ。いいな!」

「はいっ!」「了解なのね」「わかりました!」

「ナターシャさまも、いいですね。執事コリントは俺が止めます。兵士さんたちは、お嬢様の護衛を」


 というか、コリントを止められるのは俺だけだって証明してしまったからな。

 おまけにコリントの奴、妙に足が速い。速すぎる。もう『盾』の射程距離外だ。まったく、面倒を増やしてくれる。奴め、見つけたら水分足して戻した『オレンジスライム』に漬け込んでやる。それか奴の自腹でうちの子に『海水浴つき遺跡巡り修学旅行』をあげるか──どっちか負担させてやろう。


「あたしは……コリントを追います」


 ニーナ=ベルモットは顔を上げて、俺の方を見た。


「無理だ。あなたでは『禁忌の森の主』とは戦えない」

「戦うつもりはありません」


 ニーナは首を横に振った。


「コリントはあたしの執事です。彼のすることには、あたしが責任を持たなければいけません。戦えないのなら、せめて見届けさせてください。それが貴族としての誇りです。装備よりも、狩りの成果などよりも、最も失ってはいけないものだとあたしは考えます!」

「わかった。来てもらおう。それで護衛の方は……」


 無理か。

 兵士も、お供の貴族たちも、ふるふると首を横に振っている。

 仕方ないか。そもそも、俺が執事コリントに模擬戦を挑んだのが原因だ。

『勇者槍術』の本質を確かめるだけのつもりだったのに──まさかあいつが、あんなにメンタル弱いとは思わなかった。


「しょうがない。ちょっと行ってくる」


 俺はフェンル、ルチア、マルグリッドに告げた。

 目的は執事コリントをぶんなぐって引き戻すこと。『禁忌の森の主』と戦うことじゃない。そんなに危険はないだろう。


 フェンルたちを連れて行ってもいいが、3人は『ナターシャのお供』の仕事中だ。俺の事情を優先させて、お仕事を途中退場させるわけにはいかない。パーティの評判にもさしつかえるし、ナターシャのことも心配だし。


「ではマルグリッド。ニーナさまに装備を貸してあげてくれるか?」

「はい。クロノ兄さま!」


 マルグリッドは迷わず、身体を覆う『ディープサファイアリザードの革鎧(かわよろい)』を外した。

 ニーナのブレストプレートよりもこちらの方が軽いし、動きやすい。大剣はお供に預けて、マルグリッドの長剣を使ってもらう。装備はこれでよし。


「ありがとうございます。その……マルグリッドさま」


 装備を身につけたニーナは、マルグリッドに深々と頭を下げた。

 そして、ナターシャの方を向いて、


「昨日は……失礼なことを申し上げて本当にごめんなさい。ナターシャ=ライリンガさま……本当に……ごめんなさい……」

「気になさらないでください」


 ナターシャはニーナの手を取った。


「私もちょっぴり『なにをー。私のお供の子の装備はこんなにすごいんだぞー』って思っていましたもの。おあいこです」

「ナターシャさま……」


 涙ぐむニーナの手を、優しく包み込むナターシャ。

 彼女は俺の方を見て、軽く頭を下げた。願いがかなって嬉しいようだ。


 よかった。

 2人が仲良くなれば、文のライリンガ家と、武門のベルモット家の関係もよくなるだろう。

 ふたつの家が協力すれば政治も安定するし、俺も心おきなく『スローライフ』を楽しむことができる。まわりで貴族同士が戦争やってたら、おちおち昼寝もできないからな。


 それにしても……この時代のちっちゃな子は、良い子ばかりだな。

 ……ここに魔王ちゃんがいたら、友だちになれただろうか……。

 …………。


「……さて、と」


 俺は気を取り直し『変幻の盾』をつかんだ。

 のんびり『スローライフ』のためには、まだすることがある。


『禁忌の森の主』なんてものに出てこられたら面倒だし、それが執事コリントのせいだということになったら、ニーナの立場が悪くなる。そうなれば、せっかく両家の幼女をなかよしにした意味がない。

 コリントが責任をもって『禁忌の森の主』を倒してくれればいいのだが……無理だろうな。

 戦っててわかったけど、あいつ、応用がきかなそうだし、メンタルすぐに崩れるし。


「では行きますか、ニーナさま」

「承知いたしました。よろしくお願いします。恩人さま」


 その呼び方はこそばゆいな。


「『クロノ』でも『クロ』でもいいから、普通に呼んでください」

「わ、わかりました。クロさま!」


 そうして俺とニーナは、めんどくさい執事を止めるために走り出したのだった。





魔人さん、おそるべき『勇者槍術』を、からくもしりぞけました。すごい。

そして、ニーナとともに森の奥に向かう魔人さんですが……。


いつも『魔人さん』を読んでいただき、ありがとうございます。

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