第43話「魔人さんとはじめる『かいてきハンティング』その5(魔人さんの気づかい)」
「はいっ! ごめんなさい!!」
伯爵令嬢ニーナ=ベルモットは深々と頭を下げた。
「こっちも余計な手出しをして、申し訳なかった」
俺も謝っておく。
ここで手出しして本当によかったのか、いまいち自信がない。
貴族さんの狩りのルールは、俺にはわからないからな。だが、『……たすけて……こわい』って声が聞こえたせいで、反射的に身体が動いてしまったのだ。
『ダークバッファロー』撃退法は簡単だった。
まず、俺と伯爵令嬢のまわりに最小の『結界』を張る。そこに最大化した『盾』を立てかけて、ゆるやかな斜面をつくる。『ダークバッファロー』はそれに気づかず、勢いのまま、斜めに駆け上がっていった。
その後は『結界』を支点にして、盾をいきおいよく傾けて、『ダークバッファロー』を身体を跳ね上げた。あんなにすっ飛んでいくとは思わなかったがな。
「それにしても……間に合ってよかった」
孤児院でもそうだったが、ちっちゃい子が助けを求めるときってのは、だいたい手遅れになる寸前なのだ。あいつら、熱出てても捻挫してても全力で遊びに行くし、無茶がばれないように、ぎりぎりまで助けを呼ばないし……。
「あなたは?」
気がつくと伯爵令嬢ニーナが、不思議そうに俺を見ていた。
「侯爵令嬢ナターシャさまのお供の、そのまたおまけです。それより脚、血が出てます」
俺は伯爵令嬢の膝を指さした。
「────!? ……いた、いた……い」
彼女は自分の脚を見て──今、はじめて傷に気づいたように顔をしかめた。
木製のすね当てが割れて、とがった部分が膝に食い込んでいるのだ。さっき『ダークバッファロー』が飛ばした石が、すね当てを砕いたのだろう。
たいした傷ではないが、その痛みのせいで彼女は混乱していたようだ。『ダークバッファロー』を前にして、動けなかったのはそのせいだろう。
「突進してくる魔物は石を飛ばしてきます。土で目つぶしをしてくるものもいる。注意した方がいいですよ?」
「……は、はい。ありがとう……ございます」
伯爵令嬢ニーナは涙目で言った。
ナターシャにケンカを売っていたから気むずかしい少女かと思っていたが、素直な良い子じゃないか。
「お嬢様! その者から離れて!!」
不意に、甲高い叫び声が聞こえた。
執事──コリントと言ったか──が駆け寄ってくる。
「あ……えとえと…………ぶぶぶ……ぶれいものー!」
その声を聞いた伯爵令嬢ニーナの表情が、変わった。
俺を、きっ、とにらみつけて、声を張り上げる。
「狩りの邪魔をするとは何事か! あたしは常に命をかける覚悟はできている。無頼の者に助けられるくらいなら、いっそ『ダークバッファロー』のひづめにかかったほうがよかった。わ、わ、わがほこりをないがしろにするとわぁ!」
「……いや、さっき泣きそうになってただろ」
「目の錯覚である!」
「……あの」
「めのさっかくで、ある!」
「うん。そうだ。めのさっかくだったごめん」
俺は急いで言い直した。
ニーナが両手で目をぬぐって、歯を食いしばってたからだ。
彼女が無理をしているのが、わかってしまった。
ベルモット家は武門の家系だ。
ニーナ本人にも、その一族としての技術や成果が求められていて、だから厳しい執事がついている。彼女本人は礼儀正しいし、俺に助けられたこともわかっている。
けれど、執事の前では、こういう態度を取らなければいけない、ということか。
だから、今にも泣きそうな顔で、俺に向かって手を合わせているわけだ。
「わかりました」
「……わかってくれましたか」
ニーナは小声で言った。
俺はおおげさにのけぞって──
「もうしわけありませんー。ごぶれいをおゆるしをー」
「あやまるならゆるしてやるー」
「しつれいしましたー」
俺はその場を離れようとした──のだが、
「逃がすか! 無礼者!」
しゅる、と、風を切る音がした。
ニーナを背後にかばう位置に立った執事が、短槍を俺に向けていた。
「貴様はナターシャ=ライリンガさまと一緒にいた者だな。我が家の狩りの邪魔をしようという魂胆か?」
「……そんなつもりはないのだが」
俺は盾を握りながら、答えた。
執事の槍の動きは、相当に速かった。踏み込みの速度、素早くニーナを背後にかばう身のこなし。さらに槍を抜いてから、俺に穂先を向けるまでの動き。すべてに無駄がない。
この時代にもこういう者がいたのだな。
さすが武門の伯爵家。お嬢様の執事にはいい腕の者を使っている。前世で俺が戦った勇者の、256分の1くらいの腕前だ。
「邪魔をするつもりはなかった。危なかったので、つい手を出してしまったのだ」
「危険などあろうはずがありません。自分もすぐに助けに入るつもりでした」
「そうか」
「お嬢さまなら、あの程度の突進は簡単にかわせるはずです。そう、訓練通りなら、なにも問題はなかったはずなのです!」
幼女に無茶を言うな。
それにしても……こいつがニーナの危機を放っておいたのは、いつでも助けに入れるという自信があってのものか。だがその自信のせいで、こいつは彼女の小さな怪我を見逃した。
俺がそれに気づいたのは、前世でも孤児院でも、ちっちゃい子の動きを常に気にしていたからだ。
魔王ちゃんは傷の再生が早いけれど、怪我すると泣くし。俺にくっついて離れなくなるし……。その上、彼女が泣くたびに俺が他の魔人たちに「なーかした」って責められてた。孤児院では無茶するチビたちにいつも悩まされてきたのだ。
その俺の目から見ると──あの状態のニーナが『ダークバッファロー』に一撃を入れるのは、無理だった。恐怖で身体ががちがちに固まっていたし、大剣に身体を振り回されていた。それがわかったから助けに入ってしまったのだが──
「お嬢様は魔物など恐れない!」
執事コリントは、短槍であさっての方向を指して、宣言した。
「お嬢様は武門の家の娘として、常に敵と対する覚悟をされている。そうですよね、お嬢様!」
「……」
「お嬢様!? コリントは聞いているのですよ!?」
「は、はい。あたしはどんな魔物でも恐れはしませんっ!!」
ニーナ=ベルモットが、ひきつった顔で叫んだ。
「どうだ!? 無礼者が! 貴様になにがわかると言うのだ!?」
「そうだな。問題はない。さすが武門の伯爵家さまだ」
俺は言った。
別にこいつとケンカをしたいわけではないからな。俺はここに、フェンルたちの仕事の付き添いに来たのだ。他の家の幼女の問題にかかわるつもりはない。
「ただ、剣が体格に合っていないな」
だから、簡単な感想だけにしておこう。
俺もこれから、フェンルやルチア、マルグリッドの新しい装備を選ぶことがあるかもしれない。そのときのために、背格好が近いニーナの、装備の問題点を洗い出しておくことは役立つはずだ。
間違ってたら、武門の伯爵家の執事さんが指摘してくれるだろう。その助言を参考に、俺の考え方を補正すればいいだけだ。人間の意見というのは貴重だからな。
「まず、両刃の大剣というのが問題だ。幼女に重い両刃の剣など、魔物にはじき返されたらどうするのだ。反対側の刃でまっぷたつになるのではないか? 彼女の身長で大剣を使いたいのならば、片刃剣の方が向いているだろう。その分、刀身を細くできるから軽くなる。扱いやすくなるはずだ」
「……ぐぬ?」
「さらにブレストプレートだけ金属製ってのも問題がある。上半身が重く、下半身が軽い分だけ、身体のぶれが大きくなっていた。『ダークバッファロー』の攻撃を避けることを重視するなら、上半身も軽い防具の方がいい。そうしていれば、転がって避けたあと、起き上がるのも速かったはずだ。剣を盾代わりにして、奴が飛ばした石を防ぐこともできたのでは?」
「ぐぬぬぬぬぬ!」
執事コリントは歯がみしている。
いや……反論があるなら言って欲しいのだが。俺が絶対に正しいとも限らないし。田舎から出てきたばかりで、この時代の常識はまだわかってないし。
伯爵令嬢ニーナは……コリントの後ろでメモを取っているな。本当に素直で勉強熱心だ。
助けてよかった。
「ということです」
人間の口調に戻して、俺は言った。
「通りすがりの分際で余計な口を挟んで申し訳ありませんでした」
「……無礼は許します」
伯爵令嬢ニーナは言った。
「そ、それと、助けていただいたことにも感謝はいたします」
「お嬢様!」
「自分でもなんとかできたとは思いますが。魔物などは恐れはしませんが。けれど、助けていただいたことに代わりはありません。自分でもなんとかできたとは思いますが! 恐くなんかちっともなかったですが!!」
……伯爵令嬢ニーナは、俺に向かって頭を下げた。
彼女自身は本当に良い子なのだな。
……ただ、武門の家柄ということで、まわりからのプレッシャーがすごいようだ。
当人は申し訳なさそうにこっちを見ている。目がうるうるしている。
それに──首の後ろが赤く光っている。
当人は気づいていない。執事もなにも言わない。ということは、俺にしか見えていないということか──って、ちょっと待て。このパターンは……。
『従者追加ボーナスにより、結界レベルが6に上がった!』
従者化……だと!?
俺はなにもしていない。まさか、アグニスやルチア、マルグリッドの時と同じ『絶対の忠誠を誓ったら従者になっちゃった』パターンか!?
ってことは、伯爵令嬢ニーナは俺に忠誠を誓ってるの? この程度で?
ちょろすぎだろ!? 大丈夫なのかベルモット伯爵家!!?
『結界に「もふもふぷにぷに能力」が追加された!』
……これは結界の床や壁を、もふもふにしたりぷにぷににしたりする能力か。
ラブリーな能力だな……。
「……もしかして伯爵令嬢ニーナさまは、可愛いものがお好きなのでは……」
「!? どうしてそれを──」
「ふざけるな! 武をもって立つ伯爵家のお嬢様が、そんな軟弱な!!」
正解らしい。
フェンルは寒さに震えてたところを従者にしたから『空調能力』
アグニスは単純に魔力に長けているから、火炎魔法系の『コンロ能力』と水系統の『水道能力』
マルグリッドは魔物に追われていたことから、「隠れたい」という意思が『空間迷彩能力』を発現させ、ルチアは小さくて物が持てないことから『空間収納能力』を発現させた、と俺は考えている。
『もふもふぷにぷに能力』を発現させた伯爵令嬢ニーナは、もふもふできる可愛いものが好きだと思ったのだが……正解のようだな。
だが、俺にはこれ以上従者は必要ない。そのうち隙を見て、解除することにしよう。
そのためには、伯爵家に恩を着せて、近づけるようにしておきたい。そのためには……そうだな。
「ベルモット家は武門の家柄──ならば『ダークバッファロー』にとどめを刺しにいかれたらどうですか?」
「「──?」」
俺の言葉に、伯爵令嬢ニーナと執事コリントが首をかしげる。
構わない。俺は続ける。
「俺がニーナさまをお守りしたのは、小さな身体で魔物に立ち向かう、その勇気に惹かれたからです。ゆえに、ニーナさまが俺を動かしたといっても過言ではない」
これは、へりくつだが嘘ではない。
「ゆえに、俺は他の兵士たちと同じように、ニーナさまが狩りやすいように『ダークバッファロー』を誘導しただけです。奴が勝手に空を飛び、勝手に落っこちただけだ。奴はまだ生きているでしょうから、とどめを刺せばいい。それでニーナさまの成果になるのでは?」
「この方の言うとおりです!」
よし、ニーナが乗ってくれた。
伯爵家はナターシャの侯爵家への対抗心から、無茶な狩りをしようとしていた。だったら、それをさっさと終わらせてやればいい。
『ダークバッファロー』は頑丈な生物だから、まだ生きているだろう。もちろん、地面に叩き付けられてボロボロになっているだろうが、その分、反撃を受ける可能性も低い。
伯爵家の目的は『剣の狩り』を達成することだ。だったら、『ダークバッファロー』に一太刀入れれいい。
伯爵令嬢ニーナが俺という『特殊な障害物』を利用して『ダークバッファロー』を追い詰めたことにすれば…ズルにはならない。ぎりぎりだがな。
「コリントよ、ついてきなさい。あたしは『ダークバッファロー』にとどめを刺しに行きます!」
「はっ、はい!!」
伯爵令嬢ニーナは自分で膝の応急処置を済ませ、執事コリントの先に立って歩き出す。膝の痛みはまだあるのだろうが、それを顔には出さない。たいしたものだ。
ナターシャとニーナが仲良くなれば、この国の文武をつかさどる貴族が結びつくことになる。そうなれば安心だし、俺ものんびりスローライフを送ることができるだろう。
「……しかし……幼女というのは、世話がやけるものだな」
俺の横を通り過ぎたニーナのうなじには……ああ、やっぱり『障壁の紋章』が浮かび上がっている。勝手に忠誠を誓うのは向こうの勝手だ。彼女が素直で良い子だとしても、武門の家で苦労していても、心配になるくらいちょろくても関係ない。関係、ないのだが………………連絡先くらいは、教えておいた方がいいだろうな。
「あたし、ニーナ=ベルモットは、どんな魔物も恐れはしません」
俺の背後で、ニーナが叫ぶのが聞こえた。
「さぁ、覚悟しなさい『ダークバッファロー』、武門の家の名にかけて、ニーナ=ベルモットがとどめを刺しに──」
「び、びっくりしました。こんなところに『ダークバッファロー』が転がってるなんて……」
「足が折れているとはいえ、怖かったですよね。ナターシャさま」
「でも、見事に一太刀入れられたのね」
「とどめは私とフェンルさまが刺しました。もう大丈夫ですよ」
なんか聞き慣れた声が聞こえてきたのだが。
草原の方を見ると、はるか遠くで倒れた牛の周りに、ちっちゃな人影がいるのだが。
『変幻の盾のレベルがあがった! 「通過方向固定」能力を手に入れた!』
盾のレベルも上がったのだが!
俺の今までの戦闘経験にプラスして、従者が強力な魔物を倒したからのようなのだが!?
……というか『通過方向固定』ってなんだろうな。
そうか……俺の従者たちは『ダークバッファロー』を倒してしまったのか。
お昼ごはんが終わって、草原の方を散歩していたのだろう。そこに偶然『ダークバッファロー』が飛んできた、ということか。
奴らに落ち度はない。ついでに、俺にもない。単なるタイミングの問題だ。
だが、伯爵令嬢ニーナは……。
「……あれ?」
気がついたらいなくなっていた。
よく見ると、執事と並んだ小さな姿が遠ざかっていく。がっくりと肩を落としている。
侯爵令嬢ナターシャも、ぽかん、とした顔で首をかしげているし……。
仕方ないな……俺から皆に、なにがあったか説明しておこう。
魔人さん、うっかり従者を増やしてしまいました。
新しい能力『もふもふぷにぷに』と『通過方向固定』とは、はたして?
いつも『魔人さん』を読んでいただき、ありがとうございます。
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