第42話「魔人さんとはじめる『かいてきハンティング』その4(ジャンピングサポートつき)」
「──ベルモット伯爵家からは、歴代何人もの将軍と、高名なる剣士が生まれている。その武門の家系が、王立図書館司書をやってるライリンガ侯爵家に、狩りで負けるわけにはいかないからな」
俺が身を隠している木々の向こうで、貴族っぽい少年が言った。
ここは狩り場にある、小さな森の中。
声がしたので近づいてみたら、ニーナ=ベルモットのお供たちが集まっていた。
休憩中なのか、彼らは革袋から水を飲みながら、ぼんやりと話をしている。
「──それが、ライリンガ家のナターシャさまに、あっさり獲物を狩られてはな」
「──ニーナさまとしては、無茶をしなきゃいけないわけだ」
「──私らに獲物を追わせて、かつ、ナターシャさまの偵察を命じるくらいになぁ」
伯爵令嬢のお供の者たちは、疲れた顔で座り込んでいる。
話しかけようとも思ったが……刺激しない方がいいか。貴族同士の問題に関わるつもりはない。うちの子に危害を加えるなら、手足のひとつくらいへし折ってやるところだが、そういうわけでもないようだ。
俺は気配を消したまま、その場を離れることにした。
「伯爵家が対抗心を持つのも仕方ないだろうな。一族のほとんどが文官のライリンガ侯爵家が、城を犠牲に高位の魔物を倒したなんて伝説を残したらなぁ…………」
最後に、誰かがぼんやりとつぶやくのが聞こえた。
……貴族というのも、いろいろとめんどくさいのだな。
つまり、伯爵令嬢ニーナの家は、将軍や剣士を輩出する武門の家で、今回の狩りは伯爵令嬢ニーナのデビュー戦。王立図書館の司書をやってるナターシャの家は文官だから、武をなりわいとするベルモット家が、彼女に負けるわけにはいかない。
しかも、ナターシャの家が没落する原因になった『巨大魔物退治』は、実は伝説になっていて、そのせいでさらに伯爵家は対抗心を燃やしている、ということか。だから最初に出会ったとき、ニーナはナターシャを見下そうとしていたのだな。
「……どっちが上かなど、どうでもいいだろうが」
領土が平和で、外敵がいなければそれでいいだろう。
俺だって伝説になどなりたくない。困難な敵を打ち倒すよりも、なにもない方がよっぽどいい。死んで魔王伝説や魔人伝説を残したところで、嬉しくもなんともない。
侯爵令嬢のナターシャだってそうだろう。彼女の家は巨大な魔物を打ち倒して、領土を失った。それは彼女にとっては落ち込む原因になっているのだから。
それでも、武をなりわいとする伯爵令嬢ニーナの家にとっては、嫉妬の対象なのか……。
本当に、面倒な話だ。
俺としては、貴族同士の関係なんかに興味はない。
ルチアたちにいい就職先を見つけてやることの方が、よっぽど重要だ。
ナターシャはいい子のようだし、これを機会にルチアとマルグリッドと仲良くなってくれることを願っている。侯爵家に信頼されているということになれば、2人がクエストを受注するのも有利に働くだろうから。
……なりゆきとはいえ、ルチアとマルグリッドは俺の従者だからな。俺があいつらを育成して、仕事先を見つけてやらなければ。
……前世の俺は、魔王ちゃん(幼女)を守りきれずに死んじゃったからなぁ……。
その魔王ちゃんの遺産をこれから手に入れようというのに、同じ幼女を見捨てるのは寝覚めが悪すぎる。
完璧なスローライフを送る前に従者を育成するくらい……まぁ、なんとかなるだろ。
「それに、うちの子は優秀だからな」
実は、これはひそかな自慢だ。
文句があるやつは表に出ろ、って思うくらい。
ルチアは頭がいい。落ち着きがあって、全体を見る目も持っている。弱点は体力がないことだが、これは成長していくとともによくなっていくだろう。
魔物の位置を察知するスキルもあるから、パーティの司令塔としてふさわしい。
マルグリッドは剣と魔法の両方が使える。『緑の呪縛』で敵の動きを封じながら戦うことで、味方の損害を減らすこともできる。
問題は泣き虫なところか。
出会ったときはしっかりしていたのだが……あれは『ルチアの護衛役』として気を張っていたからで、どうも今の状態が本性らしい。だけど、無理に治す必要もないだろう。
マルグリッドの実力は確かだから、それを自覚できれば精神面も安定すると思う。俺が一緒にいる間は、フォローもできるからな。
ついでにフェンルだが……。
…………俺がずっと一緒にいた方がいいんじゃないだろうか。
フェンルは3人の中では一番強いんだけど、一番あぶなっかしいんだよな。放っておくとなにしでかすかわからないし。育成するにしても、方向性がさっぱりわからん。ちなみに、実年齢もわからん。
まぁ、3人の身の振り方は、結局は本人次第か。
「ルチアとマルグリッドが『勇者』を目指すことは確定しているのだがな。それに相応しい装備は調えたし…………でも、まだ少し心配だな」
ルチアとマルグリッドは、後衛・前衛でバランスが取れてはいるが、いまいち打撃力が足りない。2人が俺の元を離れたときのために、そのへんも今から考えておいた方がいいな。
そうだな……同年代で、大剣使いの少女がいたらいいんだけど。
そんなことを考えながら森を歩いていたら──戦闘音が聞こえた。
森の外、草原からだ。
俺は木々の隙間から、草原の方をのぞき見た。
「来なさい! ニーナ=ベルモットがお相手いたします!」
伯爵令嬢ニーナと、魔物が対峙していた。
手にしているのは、身体に似合わない大剣。小さな身体には、全身、鎧をまとっている。
まわりにいる護衛は数人。ただ、少女からは距離を置いている。
その中心にいるのは軽装の青年。たしか、さっき馬車を先導していたような気がする。気品ある物腰からすると、ベルモット家の執事だろうか。短めの槍を手に、魔物が逃げないように威嚇している。そのまわりには数人の兵士。
そして少女と向かい合っている獣──ねじれた角と、黒い体表を持つ生き物は──ちょっと待て。
「……無茶だろう。いくらなんでも……!」
──あり得ない戦闘が、目の前で始まろうとしていた。
──ニーナ=ベルモット視点(数分前)──
「ぐぅおおおおおおおおっ!!」
巨大な黒牛の突撃を受け止めた兵士の盾が──ひしゃげた。
兵士は鉄の甲冑をまとい、身長と同じくらいの大きさの盾を持っている。それでも黒牛の突進を受け止めきれない。大地を踏みしめた足が、がくんと、崩れた瞬間──
『ヴォオオオオオ────ッ!!』
黒牛はその頭部にある巨大な角を、跳ね上げた。
甲冑の兵士の身体が宙を舞う。そのまま、地面へと落下する。数回転がって、震える脚で起き上がる。
彼の背後には、もうひとりの兵士が倒れている。
ここまで黒牛を誘導するのに、3人の兵士が負傷した。
だが、問題ない。武門の家系であるベルモット家にとっては、これくらいの傷は勲章のようなものだ。
「せめて、お嬢様が貴様を倒しやすいように──っ!!」
兵士は黒い牛に向かって剣を振り下ろした。
ばきん
手にした長剣が、折れた。
黒牛が、角を剣にたたきつけたのだ。黒牛の体長は数メートル。身体はすべて筋肉と魔力のかたまりだ。その角の一撃に、支給品の長剣が耐えられるはずがない。
「やるな……それでこそ、伯爵家が狩る意味があるというもの」
兵士は折れた剣を杖にして、身体を支えていた。
そしてめいっぱいに息を吸い込み、叫ぶ。
「お嬢様! 準備は整いました。存分に狩りをお楽しみください!!」
かつん
次の瞬間、飛んできた矢が、黒牛の頭に当たった。
『……ヴォ……ウォ!?』
軽い一撃だ。矢は牛の皮膚にはじき飛ばされただけ。
だが、注意を引くには十分だった。
黒い牛は兵士への興味を失い、矢を放った少女に視線を向けた。
「よくぞここまで獲物を誘導してくれました。感謝いたします!」
ニーナ=ベルモットは弓を投げ捨て、宣言した。
「……ニーナ、さま」
兵士はかすれる声で、自らの主人の名を呼んだ。
過酷な狩りだった。
兵士たち数名がかりで、この巨大な黒牛──『ダークバッファロー』を、ここまで誘導してきたのだ。
ライバルの侯爵家が悪い。彼らがあんな立派な装備を着て、あっさりと獲物を狩ってしまうから。だから、自分たちがこんな苦労をすることになった。
だが、兵士たちは満足だった。
彼女たちの主人、伯爵令嬢ニーナ=ベルモットは輝く鎧を身にまとい、怯えるようすもなく、巨大な魔物と対峙しているのだから──
「来なさい、『ダークバッファロー』!!」
伯爵令嬢ニーナ=ベルモットは大剣を手に、叫んだ。
「武をなりわいとするベルモット伯爵家が、文官である侯爵家に見下されるわけにはいきません。あなたに一太刀入れれば、このニーナ=ベルモットの狩りは最高の成果を上げることができるのです!! 勝負ですわ! 『ダークバッファロー』!!」
「だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶ。あたしは強い。練習したから強い……」
ニーナは大剣を握りしめ、巨大な黒牛──『ダークバッファロー』を見据えていた。
巨大な黒牛は、ニーナを敵と認めたのか、顔をこっちに向けている。
「がんばってくださいお嬢様! 一太刀入れれば、それで『剣の狩り』はクリアです!!」
執事コリントの声が、ニーナの耳に届いた。
ニーナは安心させるように、彼に向かってうなずき返した。
「……ニーナ、さま」
「わが伯爵家の誇りの……ために……」
執事コリントの足下には、数名の兵士がうずくまっている。
彼らは獲物をここまで誘導してくれた者たちだ。一人は腕から血を流し、一人は血まみれの足を押さえている。この獲物を、倒さずに誘導するのが大変だったのだ。
「……あれが、『ダークバッファロー』」
ニーナは獲物の名をつぶやく。
その体長は約10メートル。深紅の目と、ねじれた角を持ち、熱を帯びた息を吐く。
『草原の黒い悪魔』と呼ばれる、牛型の魔物だ。
「……うぅ」
ニーナは、自分の脚が震えていることに気づいた。
身長150センチにも満たない彼女にとって、『ダークバッファロー』は、ちょっとした山のようなものだ。倒さなくてもいい……一太刀入れればいい、とはいっても、圧倒されることに変わりはない。
「だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶ。あたしは強い。ベルモット伯爵家初の剣聖になる」
兵士たちのがんばりを、無駄にするわけにはいかない。
彼らは身を挺して、『ダークバファロー』を、狩り場の『上級者エリア』から誘導してくれたのだ。
それに、なにより──
「文官のライリンガ家に、負けられるものですか!」
「その意気です、お嬢様!!」
『ダークバッファロー』を見据えながら、執事コリントが声をあげる。
「ナターシャ=ライリンガ嬢は『アカシロマダラジカ』を2頭、『ホーンラビット』を1頭仕留めたそうです。武門の家として、それに勝る成果を上げなければ!」
「わかっていてよ、コリント!!」
ニーナは大剣を握りしめる。
こちらの防具は完璧だ。身につけている鎧は、最新デザインの一級品。軽い上に、防御力もすぐれている。
ベルモット家は武門の家系。
部下を指揮して戦うのが本領だ。人前に姿をさらす以上、無様な格好はできない。見た目にも力を注ぎ、その上で戦闘力を見せる。誰にも負けるわけにはいかないのだ。
「来なさい! ニーナ=ベルモットがお相手します! 『ダークバッファロー』よ!!」
『ヴォオオオオオオオオオン!!』
黒い巨大牛が地面を蹴った。
ねじれた角を前に、まっすぐニーナに向かってくる。
『ダークバッファロー』の武器はその突進力だ。ニーナの大剣は、それに巻き込まれないためのもの。距離を取り、敵の皮膚だけを浅く裂けばいい。あとは執事のコリントが片をつけてくれる。
ニーナは練習通り、真横に転がって突進コースを避け、大剣を振った。
──が。
「浅い!?」
無意識のうちに『ダークバッファロー』に怯えていた──離れすぎたのだ。
ニーナの剣は、敵の皮膚に触れただけ。傷つけるには至らない。
『ヴォ! ヴォオオオオオ!!』
黒い巨大牛は鼻息荒く、地面をひたすら蹴り続ける。土と石が、ニーナの身体を打ち据える。大剣を立ててそれを防ぎながら、ニーナは内心、笑う。こんな闘い、ナターシャ=ライリンガは知らないはず。ううん。同年代で、『ダークバッファロー』に立ち向かってる人なんかいない。
「だいじょうぶだいじょうぶ。あたしは強い。12歳で『ダークバッファロー』を斬るのは、世界初。世界初だから、ベルモット家初の剣聖になる!!」
ニーナは大剣を構えて立ち上がる。
動きは見切った──と、思う。
『ダークバッファロー』は草原をぐるりと回って、再びニーナを見据えている。
勢いよく地面を蹴り、再び突進してくる。
「さあ、いらっしゃい! あたしのえもの……!?」
叫ぼうとしたニーナの声が、途切れた。
(……脚が、動かない!?)
『ヴッオオオオオオオオホホホオオッ!』
地響きを上げて『ダークバッファロー』が迫る。
まずい。動けない。ニーナは地面に膝をつく。
異変に気づいて、執事のコリントが走り出す。けれど、遠い。
ニーナは目を見開いたまま、『ダークバッファロー』を見ていた。
動けない。左足が熱い。ずくん、という痛みがある。『ダークバッファロー』は高速で突進してくる。土が、草が、敵が一歩を踏むたびに飛んでいく。空気が震えるほどの速度。12歳の少女がその体当たりを喰らったら、ひとたまりもない。
「……やだ……こわい…………たすけ……て……」
思わずつぶやいて、ニーナはあわてて首を横に振る。
それは禁句だ。執事が勝手に助けに来るのはいい。けれど、武をよりどころにするベルモット伯爵家の娘が、自分から助けを呼ぶことは許されない。
背後は森だ。誰にも聞かれなかったと思う。そう決めた。
「だいじょうぶだいじょうぶあたしはだいじょうぶ! 武門の誇りにかけて、相打ちになってもこいつに一太刀入れるんだからぁ!」
「貴様の勇気に敬意を表する」
ニーナが絶叫したとき、声がした。
目を見開く。
いつの間にか彼女の隣に──黒髪の少年が立っていた。
「だが、貴様のそれは無謀な勇気──蛮勇だ。というか、俺の目の前で危ないことすんな。あと、助けて欲しいなら早めに言え!」
『ダークバッファロー』は目の前に迫っている。
なのに、少年は気にした様子もない。巨大な魔物に向かって手を伸ばして、叫ぶ。
「『結界』を展開。同時に『盾』を最大化し、『結界』に立てかける。光を完全透過。我が頭上を通過するがいい。巨大なる雄牛よ!!」
『ヴォオオオオオオオ!!』
少年が宣言する。
そして、まっすぐこっちに突進してきた『ダークバッファロー』は──まるで見えない斜面があるかのように、なにもない空間を斜めに駆け上がっていく。
「────え?」
「……さすがに重い……魔力を食うな。ったく、夜ご飯を作る力がなくなったらどうするのだ」
少年の言葉の意味は、ニーナにはわからなかった。
わかったのは『ダークバッファロー』が、空中をすっ飛んでいったこと。
『ダークバッファロー』は急には止まれない。奴は全力ダッシュで見えない坂道を駆け上がっていった。そして最後に少年が「ていっ」って腕を振ると、まるで突進力を利用されたように──そのままの勢いで宙を飛んだのだ。
ニーナが少年に目をやると、彼はいつの間にか『円形の盾』を手にしていた。
少年はそれを空に向かって投げた。
ごすん、と、音がして、盾は回転しながら『ダークバッファロー』に激突した。
黒い巨大牛は空を舞いながら、さらにきりもみ大回転。森をはずれて草原の方へと飛んでいく。そのあと、重い激突音と、巨大なものが地面でバウンドする音と、『ヴォ────ッ』という絶叫が聞こえた。あの勢いとあの巨体──死んではいないとしても──あの巨大牛は重傷を負っただろう。
「貴様にあの獲物はまだ早い」
少年はニーナを見て、言った。
「は、はい」
だから、彼女は素直にうなずくしかなかった。
「ったく。ちっちゃい子ってのはどうしてこういう無茶すんだよ。実家でも……熱あるのに川遊びとか、マントつけて屋根からジャンプとか……ほんっとに、見てるこっちの身にもなれ。というか、できれば俺からは絶対に見えないところでやってくれ。あと、助けは早めに呼べ」
「はいっ! ごめんなさい!!」
怒られたから、謝った。
どうして怒られているのか、ニーナにはよくわからなかったのだけど。
魔人さん、いじっぱり幼女をうっかり救助しました。
ニーナさんにも、いろいろ事情はあるようですが……。
いつも『魔人さん』を読んでいただき、ありがとうございます。
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