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第40話「魔人さんとはじめる『かいてきハンティング』その2(うねうねサポートつき)」

──儀式その2『剣』を使った狩り──



 狩りの第2幕は、剣を使った接近戦だ。

 魔法を得意とするナターシャには、これも苦手分野だが、わがままは言えない。

 護衛の兵士たちは草原を回り、獲物を追い立ててくれている。

 そして、ナターシャの前に現れたのは──角の生えたウサギだった。



 ホーンラビットがあらわれた!




『ギギィ。キイイイイイイィ!!』


『ホーンラビットは』角を前に向け、ナターシャを威嚇(いかく)している。



(落ち着いてやれば……だいじょうぶ!)


 ナターシャは深呼吸しながら、短剣と盾を構えた。


 ここは草原のど真ん中。


 ナターシャ、フェンル、ルチア、マルグリッドは4人がかりで、一匹の『ホーンラビット』を囲んでいる。

『ホーンラビット』の大きさは子犬くらい。

 頭に角が生えているのと、脚力が強いほかは、普通のウサギと変わらない。


「ご安心を、私がお守りします!」


 ナターシャの隣には、盾を構えたフェンルが控えている。


「ここは通さないのね」「がんばってください、ナターシャさま」


『ホーンラビット』を挟んだ反対側にはルチアとマルグリッドがいて、獲物が逃げないようにしてくれている。

 みんな、儀式に協力してくれているのだ。


(私が、しっかりしないと)


 ナターシャは短剣を握り直した。


(軽く斬るだけ。軽く斬るだけでいいんだから)


 ナターシャにはほとんど戦闘経験がない。そんな彼女にとっては『ホーンラビット』だって。

 が、今回は、獲物を倒す必要はない。

 儀式だから、ナターシャは軽く剣を入れるだけでいいのだ。


「では、援護(えんご)をお願いいたします。フェンルさま、マルグリッドさま!」

「はい。私が盾になります。ナターシャさまは隙を見て攻撃を!」


 オレンジ色の盾を構えたフェンルが、ナターシャの前に立って歩き出す。


「敵の足を止めます! 発動『緑の拘束(グリーンバインド)』!!」


 同時にマルグリッドの魔法が発動し、地面から現れた大量の蔦が、ホーンラビットの退路をふさぐ。


『ギィア! ギイイッ!』


 怯えた『ホーンラビット』はまっすぐ、ナターシャの方へ向かってくる。

 ナターシャは短剣を握り、狙いを定める。


 敵の攻撃は、フェンルがなんとかしてくれる。

 ナターシャだって、狩りの練習は何度もした。敵の間合いはわかっている。

 あとは落ち着いて短剣を振れば──


『────キイイイ────ィッ!』


「──え?」


 不意に、ルチアたちの背後から魔物の声がした。

 反射的に、ルチアとマルグリッドが振り返る。

 彼女たちの背後に、もう1体の『ホーンラビット』が近づいていた。同時に、遠くから矢の音が聞こえた。誰かが取り逃がした獲物が、こっちに逃げ込んできたのだ。


『ギギギイイイイイっ!!』


 ナターシャの前にいた『ホーンラビット』が動きを変えた。

 味方の声に興奮したのか、ナターシャに背を向けて地面を蹴りはじめる。

 短剣を振り下ろそうとしていた彼女は、跳ね上がる土と泥をかわせなかった。視界が一瞬、真っ暗になり、ナターシャは獲物の姿を見失う。


「ナターシャさま!?」


 フェンルの声が聞こえた。

 ナターシャがあわてて顔をぬぐうと、間近に『ホーンラビット』の姿があった。

 長い角をこちらに向けて、まっすぐに突進してくる。


(──いけない!)


 視界がきかない。剣を振るのも、避けるのも間に合わない。

 ナターシャはとっさに顔と胸を手でかばう。

 これで致命傷は避けられる。最初の狩りで怪我をするのは残念だけど、仕方ない。


(──でも、悔しいな)

(──フェンルさまやルチアさま、マルグリッドさまがせっかく手伝ってくれたのに──)


 悔しさに、ナターシャは歯をくいしばった。けれど。




「お守りします! 『液状の盾(モーフィング)』起動!!」




 ナターシャの視界に、ふわりと揺れる銀色の髪が映った。

 フェンルがかばってくれたのだ、と、気づいたのと同時に、彼女が構えるオレンジ色の盾が、もにゃ、と、揺れるのが見えた。

 盾はまるで生きているかのように、もにゃむにゃふにゃ、とゆがんで、そのまま『ホーンラビット』の角を受け止めた。


『ホーンラビット』の黄色の角が、フェンルの盾に食い込む。

 けれど、貫通はしない。盾は粘液質の触手を伸ばし、魔物の角を絡め取っている。


「魔力をあげます! 結晶化してください。『液状の盾(モーフィング)』さん!」

『…………キュキュ』


 ナターシャはまだよく見えない目をこすって、それを見た。

『ホーンラビット』の角が、オレンジ色の盾に食い込んだまま、止まっているところを。


 もやもやと揺れていた盾は完全に固まり、魔物の角と一体化している。

 まるで水晶の中に『ホーンラビット』の角が閉じ込められたようだった。

 フェンルは両手で盾を持ち上げている。『ホーンラビット』の身体は、角の長さの分──数十センチくらい、盾から離れてしまっている。足をばたつかせても届かない。完全に、無力化されていた。


(…………なにが起きたのでしょうか)


 魔物の攻撃を受け止めて、固めてしまう盾?

 私はもしかして、伝説を目の前にしているのでは……?


 ナターシャはメイドが差し出した布で顔をぬぐい、呆然と目の前の光景を見つめていた。


「……ナ、ナターシャさま。お早く……」


 気がつくと、盾を両手で持ったまま、フェンルがふるふると震えていた。

『ホーンラビット』の角は盾に刺さったまま、彼女が盾ごと獲物を持ち上げる格好になっている。すごくバランスが悪そう。

 小型の魔物とはいえ、『ホーンラビット』の重さは十数キロ。フェンルの細腕には重すぎるのだ。


「『ホーンラビット』にとどめを……お急ぎくださいー」

「あ、はい」


 さくん


 ナターシャは『ホーンラビット』の首筋に短剣を振り落とした。

 急所を刺された魔物は即座に絶命し、真っ白な身体から力が抜けた。


 さらに、角が折れて、支えをなくしたウサギの身体が地面へと落ちそうになる。控えていたメイドさんがそれを受け止め、ナターシャが「ほっ」と息をついたのもつかの間、『ホーンラビット』を支えるために全体重をかけていたフェンルはそのままバランスをくずして──




「「「あ」」」




 ばしゃん。




 新調したばかりの装備とともに、泥水の中に倒れ込んだのだった。


「フェンルねえさま!」「お姉様!!」「フェンルさま!」


 ルチア、マルグリッド、ナターシャは同時に声をあげる。

 ちなみに、(おそ)ってきていたもう一匹の『ホーンラビット』は、マルグリッドとルチアが倒していた。これも狩りの獲物になるのだろうけど、今はフェンルの方が大事だ。


「ごめんなさいフェンルさま。助けていただいたのに……こんなことに」

「い……いいんです。それよりナターシャさまこそ、お召し物に泥が……」

「こんなの、なんでもありません」


 ナターシャは手を伸ばし、フェンルの身体を引き起こす。

 手袋に泥がついたけど、そんなことどうでもいい。オレンジ色の盾がぷるぷるしてるけど、そのことも気にならない。


「狩りの最中だというのに油断した、このナターシャ=ライリンガの失敗(ミス)です。お供してくださってる方を、こんな目に遭わせてしまうなんて……」


 ナターシャは両手で顔を押さえた。

 泣き出してしまいそうだった。どうしてこんなにうまくいかないんだろう。

 かわいくて優しいお供の方に来てもらって、楽しい狩りになりそうだったのに……。


「と、とにかくナターシャさま。お召し替えを。近くに川がありますから、そこで身体をおふきになってください。フェンルさまも」


 メイドの少女が言った。

 ナターシャは涙をぬぐって顔を上げた。

 フェンルにもう一度頭を下げてから、彼女は侯爵令嬢の顔に戻る。今は儀式の最中だ。部下を心配させるわけにはいかない。


「わかりました。案内を」

「さっぱりされたら、お昼にいたしましょう。当家のコックがお弁当を作ってくださいましたから」


 メイドの少女がなぐさめてくれる。

 けど、ナターシャの気は晴れなかった。フェンルさんはどうするんだろう──と。

 泥の中に倒れ込んだフェンルは、髪も服も茶色に染まってしまっている。着替えはあるのかな。革鎧はともかく、『レインボーバタフライの服』なんて、予備があるわけないのに。


「大丈夫か、フェンル!?」

「……クロノさま」


 パーティリーダーのクロノ=プロトコルさんがやってくる。

 ナターシャは申し訳なくて、その顔を見られなかった。


「ごめんなさいクロノさま。私……こんな泥まみれに」


 フェンルだって涙目だ。新装備があんなになってしまったんだから……用意してくださったクロノさまだって、さすがに怒って──


「まかせろ」

「はい。おまかせします」


 ──なかった。


 クロノさんは、ぐっ、と親指を立てて、フェンルさんも、ぐっ、と親指を立てて。

 ルチアさんとマルグリッドさんは、森の方へ歩いて行く2人に手を振ってる。え? そっちに行くの? 川の方じゃなくて? 身体を洗うんじゃないの? そっちに水場はないですよ?


「ナターシャさまは、お召し替えをされるといいのね」

「お着替え、よろしければお手伝いいたします」

「ルチアさま、マルグリッドさま……。で、でも、フェンルさまが……」

「大丈夫なのね」「大丈夫です」


 そんなわけないと思うんだけど……。とにかく、戻ってきたら謝ろう。


 雇い主と冒険者だけど、そんなの関係ない。守っていただいたのだから、貴族として正式なお礼をしなければ。あの装備を弁償するだけのお金はないけれど……それでも、きれいにするくらいなら……。







──30分後──






「さきほどはありがとうございましたフェンルさま。ところでどうしてそんなにお肌がつやつやなんですか。どうして装備がぴかぴかになってるんですか? 水場もないのにどうやって服まできれいにされたんですかっ!?」

「クロノさまのおかげです」


 泥はねひとつない真っ白な腕を伸ばして、フェンルは宣言した。

 三つ編みにした髪は真昼の光を受けて、銀色に輝いている。


 雇い主のナターシャの方は、濡れた布で手足をぬぐって鎧を拭いて、下に着ている服を着替えたくらい。それでもさっぱりはしたけれど、お風呂上がりみたいなフェンルを見ていると、なんだか物足りなく感じてしまう。


「えっと、私のメイドと、護衛の方々が、昼食の支度をしてくれています」


 草原を流れる川の近くに、木製の椅子と、小さなテーブルが置いてある。分解して、馬車に乗せてきたものだ。ただし、重いので1人分。椅子に座れるのはナターシャだけ。この狩りは儀式で、格式とはそういうものだ。

 本当は、身体を張って守ってくれたフェンルの分も椅子を置いて、対等にお話したいのだけれど。


「皆様の分の食事は、なんとか用意できると思います。できましたらお呼びしますので」

「はい。私の方も、クロノさまからお昼を預かってきました。よろしければどうぞ」


 そう言ってフェンルは、木箱を差し出した。

 隣に控えていたメイドがそれを受け取り、箱を開ける。入っていたのはパンだった。真ん中に切り込みが入っていて、焼いた肉が挟んである。付け合わせの野菜も採れたてで、すごく美味しそう。でも──


「熱々ですね」

「熱々です」

「どうして焼きたてなんですか?」

「クロノさまは料理がお得意なんです」

「そうなんですか……ありがとうございます」


 ナターシャは箱をメイドに渡した。

 これから彼女たちが毒味をして、よければナターシャがいただくことになるだろう。これも貴族の格式というものだ。熱々で、すごく美味しそうだけど。見てるだけでお腹がすいてくるけど。


「そういえば、クロノさまはどちらに?」

「さっき『ホーンラビット』が狩りに乱入してきたのが気になるので、ちょっと見回りをされるとおっしゃっていました」


 見回りを?

 狩りの途中に他の獲物が乱入するのはよくあること。気にしなくてもいいのに。

 そんなことを考えていたナターシャに、フェンルが今度は鍋を差し出した。


「クロノさまからはスープも預かってきました。よろしければどうぞ」

「熱々ですね」

「熱々です」

「クロノさまは料理がお得意だからですね?」

「そうなんです」


 フェンルとナターシャは同時にうなずいた。

 鍋を受け取ったメイドは、もうなんでもいいや、って顔をしている。

 ナターシャも同じ気分だった。というか、すごく自分がくつろいでるのを感じる。パンが焼きたてでも、スープがぐつぐつ煮えてても、楽しいからそれでいい。こんな気分は久しぶりだから。


 ライリンガ侯爵家という、格式だけが残る家に生まれて、他の貴族からは『欠けた領土の主』とさげすまれてきた。そのせいか貴族同士の付き合いも、ましてや平民との付き合いもほとんどなかったナターシャだけど、今日のお供の少女たちとは素直に話せる。

 それがすごく不思議で、すごくうれしい。


「せっかくのご厚意です。護衛の皆さんも一緒にいただきましょう。ね?」


 ナターシャはそう言ってメイドに笑いかける。

 小さい頃から使えてくれていたメイドは、主人の無邪気な笑顔につられて、思わず笑い出す。


 今日はここでの宿泊を予定している。お供の少女──フェンル、ルチア、マルグリッドとお話しする機会はまだまだある。お楽しみはこれからだ。


「フェンルさまも、どうぞこちらに。せっかくのお昼ですもの、みなさんでいただきましょう。ね?」


 ナターシャはフェンルとともに、ルチアとマルグリッドが待つ場所へと歩き始めた。




30分の間、魔人さんとフェンルになにがあったのかは次回に……。

(ゆるふわな)狩りはもうちょっと続きます。


いつも『魔人さん』を読んでいただき、ありがとうございます。

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