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第38話「魔人、特別仕様の従者さんで貴族を圧倒する」

──数日後、王都のそばにある、貴族の狩り場にて──




「はぁ」


 侯爵家の少女、ナターシャ=ライリンガはため息をついた。


 天気は快晴。

 風は暑くもなく寒くもない。過ごしやすい気候だ。

 目の前には、なだらかな草原が広がっている。遠くには森。草原を横断するように、澄んだ川が流れている。

 ナターシャは桜色の髪を押さえ、きれいな景色に目を細めた。

 馬車のまわりにいる衛兵も、メイドも、おだやかな表情をしている。これがただのピクニックだったら、どんなにいいだろう。


 ここは、王都の側にある狩り場だった。

 王家や貴族も使うため、一般人は立ち入りが禁止されている。範囲は広く、自然も豊かだから、獲物はたくさんいるはずだ。ナターシャの腕でも、1匹か2匹は獲れるだろう。


 今回の狩りは、貴族が12歳になると行われる儀式のようなもの。

 王家の役に立つために、ある程度の戦闘能力を持っていることを示すのが狙いだ。


 だから、1匹でも獲物が獲れればいいのだが──ナターシャの心は晴れなかった。


「これが、お父さまが用意してくださったブレストプレートですわね」


 ナターシャは薄い胸を守る銅色の鎧に触れた。

 ライリンガ家に伝わるものだ。防御力は確かだが、重い。その上に古い。

 自分としては、不満はない。


 けれど、今の貴族はもっと薄くて軽いものを使っている。最新型を使うのは、貴族のステータスのようなものだ。それを自慢にしている者に見つかったら、なにを言われるか……。

 そう考えると、馬車の中に戻ってしまいたいナターシャなのだった。


「おや、ライリンガ家のお嬢様ではありませんか」


 ナターシャの馬車のすぐそばに、別の馬車が停まった。

 降りてきたのは伯爵家の少女と、商人や貴族の少年少女たちだ。伯爵家も、今日ここで狩りをするらしい。


 伯爵家の少女の名前は知っている。確か、ニーナ、だっけ。

 彼女は灰色の髪に、宝石のついたアクセサリをつけている。身につけている鎧は、軽く、デザインも洗練された特注品だ。


「これはこれは、ライリンガ家のお嬢様には、ご機嫌うるわしく」


 彼女はナターシャの元にやってきて、かすかな笑みを浮かべる。

 ナターシャの装備を値踏みするように、爪先から、頭のてっぺんまで、視線を這わせている。


「……こちらこそ、ニーナ=ベルモットさま」


 ナターシャは小さく答え、正式な礼を返した。


「ベルモット家のお嬢様には、ご機嫌うるわしく」

「どうも。今日はナターシャさまも、もここで狩りをなされるのですか? それにしては、お供の方がいらっしゃいませんわね」

「まもなく来る予定です。わたくしが、少し早めに着いてしまっただけで。ギルドの冒険者の方が……」

「ぼうけんしゃぁ!?」


 ニーナ=ベルモットが口を押さえて笑う。

 それを合図にしたのか、ニーナが連れていた少女たちも声をあげた。


「そうですわね。ライリンガ家は、王家に連なる家系でありながら、一族の争いで領土の一部を失われたのでしたね。そのせいで、狩りにつきあってくださる貴族の方がいなくなった、と?」

「争いではありません。魔物の討伐を行う際に、戦略の違いがあっただけです」


 ナターシャは思わず言い返していた。

 没落した貴族が見下されるのは、世の習いだ。貴族は民を守るためにいる。それが果たせず、領土を失ったのなら、馬鹿にされても仕方がない。


 けれど、ライリンガ侯爵家は違う。

 強大な魔物が領土に現れたとき、懸命に戦った。ただ、不幸な事故があり、領土の一部が失われただけだ。民は守り抜いたし、そのことを、当時はまだ生まれていなかったとはいえ、ナターシャは誇りに思っている。


「民を守るという義務は果たしました。領土を失ったのは言い訳のしようがありませんけれど──」

「そんなこと、どうでもいいんですのよ。私が問題にしているのは、あなたの態度です」


 落ち込むナターシャの言葉を、伯爵令嬢ニーナは笑い飛ばす。


「この狩りは貴族の大事な儀式ですのよ。その供を冒険者などに任せるなど……恥ずかしくないのですか? 冒険者など、どうせみすぼらしい者が来るに決まっています。まったく──」


 伯爵令嬢ニーナが、ぱちん、と指を鳴らした。

 それに合わせてお供の貴族と商人の子どもが声をあげようとしたとき──




「遅れて申し訳ございません。ナターシャ=ライリンガさま」




 不意に、別の声がした。

 ナターシャもメイドも、衛兵たちも──おそらくは伯爵令嬢たちも──気づかなかった。


 いつの間にか、黒い馬車が彼女たちの側に停車していたのだ。

 馬車の表面には王都の冒険者ギルドの紋章がある。クエストに使うために、ギルドが有料で貸し出しているものだろう。


 それは別におかしくない。けれど、この違和感はなんだろう。

 ナターシャは思わず首をかしげる。そうだ。音がしなかったのだ。

 馬車はまっすぐに近づいてきていたはず。でも、なにも聞こえなかった。


 まるで、見えない壁があって、馬車の音すべてを遮断(しゃだん)していたかのように──


「クロノ=プロトコルと申します。冒険者ギルドの依頼により、我がパーティの少女たちが、今回の狩りのお供をさせていただくことになりました」


 御者席から降りてきたのは、黒髪の少年だった。

 身につけているのは革の鎧。その上から、黒い長衣(コート)をまとっている。

 どちらも、それほど高価なものではない。が、なんだろう。

 この少年から漂うものは。気品──圧迫感。そのどちらとも違う。ただの冒険者であるはずなのに、絶対に見下してはいけないような、そんな気配をナターシャは感じていた。


「冒険者が貴族の狩り場に踏み込むなど!」


 ──ニーナ=ベルモットさまは気づいていないらしいけど。


「そのみすぼらしい装備で、貴族と同道するつもりですか!?」

「供をするのは俺の仲間の少女たちです。俺はただの、付き添いですよ」

「どっちでも同じです。いいですか、ここは貴族の狩り場。王家の方も使われる場所なのです。ドレスコードというものがあるのです。まったく、ライリンガ家も落ちたものです。この程度の冒険者しか雇えな────?」


 まくしたてていたニーナ=ベルモットの声が途切れた。

 馬車の扉が開き、ナターシャの供をする少女が降りてきたからだ。

 その姿を見たニーナ=ベルモットは、ぽかん、と口を開けた。


「はじめましてなのね。ナターシャ=ライリンガさま」


 最初に現れたのは、金髪の少女だった。

 彼女がまとっているのは、虹色のローブだった。表面には奇妙な刺繍(ししゅう)がされていて、襟元についているのは──魔力の結晶体だろうか。防御用の呪文が編み込まれているらしい。さらにローブに使われている生地は、光の加減でさまざまな色に変わっていく。


「ルチア、と申します。至らぬところはあるかと思いますが、どうぞ、お供することをお許しくださいませ」


 少女はナターシャの前で膝をつく。完璧な貴族の作法だ。


 ナターシャは少女の手を取りながら、横目でニーナたちを見ていた。さっきまで歪んだ笑みを浮かべていた伯爵令嬢と取り巻きは、完全に硬直している。でも、その気持ちもわかる。

 だって、目の前でひざまずいている少女には、非の打ち所がないもの。


(え? この子、冒険者とうかがっていますけど。本当ですか? 貴族の少女じゃないんですか……?)


 それにこの虹色のローブ、一体どうやって手に入れたの? 貴族だってこんなものは持っていない。虹色の素材といえば『レインボーバタフライの(まゆ)の糸』だけれど、ローブを()れるほどの糸を手に入れるなんてできっこない。


『レインボーバタフライ』はダンジョンの奥に棲息し、しかもその(まゆ)は手の届かない高い位置にある。しかも繭は固く織り込まれているため、収穫できるのは繭が最大限に膨らみ、中の『レインボーバタフライ』が羽化する直前だけだ。

 なのに、一体どうやって、こんなものを──?


(……そんなこと、どうでもいいかな)


「丁寧なご挨拶、ありがとうございます。かわいい冒険者さん」


 ナターシャは目の前の少女に、礼を返した。

 少女ルチアはナターシャの手を取り、優しくほほえんでいる。

 この子とは仲良くなれそう。装備がすごいのは、別の話だ。


「今日はよろしくお願いいたします。ルチア」

「はい。ナターシャさま」


 ルチアは貴族の正式な礼をしてから、立ち上がった。


「ま、魔法使いなど、狩りの役には立ちません!」


 貴族、ニーナ=ベルモットが叫んだ。


「狩りにおいて重要なのは前衛! そう、暴れる獲物から主を守る前衛なのです。そんなひらひらしたローブでは、魔物から主人を守ることは──」


 また、ニーナの声が途切れた。

 次の者が、馬車から降りてきたからだ。


「本日はよろしくお願いいたします。私は、マルグリッドと申します」


 現れた人物、マルグリッドが着ていたのは、青く輝く革鎧だった。

 素材は魔物から採取したものだろう。が、輝きが違う。まるで宝石──サファイアのようだ。ナターシャも聞いたことがある。レアモンスターの『ディープサファイアリザード』のことを。

 その皮で作った鎧は軽く、しなやかで、鋼の鎧以上の防御力を持つという。その美しさから、魔法の鎧と同額で取引されることもあるほど。目の前の──少年? 少女?──が着ているのはそれだった。


 でも、おかしい。こんなものが買えるなら、わざわざ狩りのお供なんか引き受ける必要はないはず。なんなんだろう。この子たち。


「ナターシャさまにはご機嫌うるわしく」

「はい! たったいま、とてもうるわしくなりました!」


 疑問は尽きない。

 水色の髪で、青い鎧がすっごくよく似合うこの子が、男の子なのか、女の子なのかも。名前は女の子なんだけどね。でも、どうでもいい。かわいいから。

 本当に少年だったら恋に落ちるかも知れないし、少女だったら親友になれそう。そんな感じがする。


「本日はお供をさせていただきます。お守りいたしますので、どうぞ、存分に狩りをお楽しみください」

「よろしくお願いいたしますね! マルグリッド!」


 ナターシャは勢いよくうなずいた。

 さっきまでの暗い気分が嘘のようだ。

 近くでニーナ=ベルモットがなにか言っているが、もう、聞こえない。彼女のことはどうでもいい。


 ナターシャの視線は、ギルドの黒馬車に釘付けになっていた。ちょうど3人目の少女が、馬車から降りてくるところだ。

 彼女もまた、美しい少女だった。マルグリッドと同じ素材の革鎧を着ている。けれど、防具がついているのは、胸と腰だけ。その下には『レインボーバタフライ』の糸で編まれた服を着ている。長い、銀色の髪が朝の光に輝いて、とてもきれい。


 でも、手にしている盾──あれは、なんだろう?


「フェ、フェンルと申します。今日はお供を、しゃ、しゃせていただきましゅ!」

『キュキュ』


 ……ん?

 今、盾がなにか言ったような?


 フェンルと名乗った少女が持っているのは、小さな『円形の盾(ラウンドシールド)』だ。大きさは直径1メートルくらい。それを軽々と振り回している。

 素材は──なんだろう。見当もつかない。オレンジ色の半透明の素材でできている。中に、赤い水晶のようなものが浮かんでいる。鉄でも、木でもない。無理矢理たとえるなら──


 スライムを限界まで乾かして、結晶化させたら、あんなふうになるのかも。


「……そんなこと、あるわけないですよね」


 オレンジスライムはかなり強敵なはず。それなのにあの盾は小さすぎる。巨大なスライムがあえて小さく弱体化するなんてこと、あるはずがない。なんだか……盾の表面がふよふよ動いているように見えるけど……それも、気のせいだろう。


 ナターシャは隣に控えていたメイドを見た。

 幼いころから使えてくれている彼女は「えっへん」って顔で笑ってる。この3人を見つけてくれたのは、彼女だ。さすが、ナターシャが小さいころから仕えてくれてるだけはある。人を見る目は確かだ。


 ナターシャは心の中で、腹心のメイドに感謝を送る。

 この3人が一緒なら、つまらない儀式も楽しくなりそう。


「……あら?」


 いつの間にか、ニーナ=ベルモットの馬車がいなくなっていた。

 見ると、小道を通って、狩り場の奥に向かっている。いつの間に? 馬車の窓から顔を出して、こっちをちらちら見てるけど。気になるなら、一緒にいればいいのに。


「では、本日はよろしくお願いいたします。ナターシャさま」


 黒髪の少年が、告げた。

 ナターシャは彼の手を取った。彼女も貴族だけれど、ライリンガ家は没落しかけている。伯爵令嬢ニーナにののしられているところも、たぶん、見られている。今さら飾ったところでしょうがない。


 それに、ライリンガ侯爵家が没落したのは──魔物の襲撃から民を守るためだった。

 同じ一般人──民が、仲良く狩りを楽しんでくれるなら、こんなに嬉しいことはない。


「はい。楽しい狩りにいたしましょう。クロノ=プロトコルさま!」


 だから、めいっぱいの笑顔で、ナターシャは言ったのだった。






魔人さん、貴族さんの狩りのお手伝いをします。それはもう徹底的に……。


いつも『魔人さん』を読んでいただき、ありがとうございます。

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