表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/64

第36話「魔人、ダンジョンの生態系をいじくる」

 その魔物は、ダンジョンで起きている異常事態に気づいた。


『……キュキュ?』


 たった今、水面を滑っていった人間がいたような……?

 ありえない。この『山ダンジョン』の第2階層は、無数の川によって分断されている。

 それを無視して突破していく人間などいるはずがない。


『…………キュ』


 見間違いだろうか。だが、気になる。


『タシカメルト……シヨウ……』


 がつん

 その生物は、からめとっていた冒険者を、壁に向かって投げつけた。

 鎧を着た人物は、ずるり、と崩れ落ちて動かなくなる。

 他にもローブを着た魔法使い、軽装のシーフ。その生物のまわりには、傷を負った人間が倒れている。


『…………ウンガヨカッタナ……ニンゲン。第2階層ノ主ト戦イ、生キ延ビルトハ』

「……う……うぅ」


 水際でうめき声をあげる冒険者をうち捨てて、その魔物は移動をはじめた。




────────────────────




「ここが『ディープサファイアリザード』が棲む池か……」


 そこは第2階層の隅にある、深い深い水たまりだった。

 水深は十数メートル。細い川とつながっていて、水棲の魔物たちがたくさん住んでいるらしい。


 ちなみに『ディープサファイアリザード』は、身長3メートルを越えるオオトカゲだ。背中の皮は青く輝いていて、堅く、それでいてしなやか。剣も槍も通りにくい。

 魔人の従者が使う防具の素材にはぴったりだ。


「さてと、とりあえずは正攻法で釣り上げてみるか」


 俺は『収納結界』から、釣り竿を取り出した。

 適当な枝を削って作ったものだ。そこに太めの糸を結びつけ、古道具やで買ってきた釣り針に、干し肉を結びつける。


「てい」


 おもりをつけて、淵に投げ込んだ。




 ばつんっ!




『レッドリザード(雑魚)』がくいついた!

『レッドリザード』は重かった!

 竿が折れた!




「…………さて、と」


 俺は折れた竿を投げ捨てた。


「『変幻の盾(フィルタリング)』。『遮断:ディープサファイアリザード』、通過:その他、っと」


 ぼちゃん。

 俺は『変幻の盾』を、淵に投げ込んだ。

 適当に沈めてから、遠隔操作で引っ張り上げると──




 ばちゃばちゃばちゃばちゃっ!




 引っかかってくれた。

 盾に乗って上がってきた『ディープサファイアリザード』が暴れてる。水面から青い尻尾が突き出てる。暴れてる。体長は5メートル。かなりでかい。盾にぎりぎり載るくらいだ。それに、重い。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬっ!」


 これはかなり魔力を食うな。

 俺は水際でふんばって、右腕を掲げ、『変幻の盾』に魔力を注いでいく。


 フェンルたちがいなくてよかった。はたから見ると右腕がうずいてるようにしか見えないからな。従者たちに「なにをされてるんですか?」とか言われたら集中が切れてしまう。


「とぉ」


 ざばん

 俺は遠隔操作して、盾ごと『ディープサファイアリザード』を空中に持ち上げた。


 きれいな生き物だった。皮膚は文字通りのサファイアカラーで、目だけが赤い。片目がつぶれているのは、他の冒険者にやられたのか。

 そういえば池のまわりに、潰れた鎧や折れた剣が落ちているな。この池のまわりでも、水棲の魔物と冒険者の戦闘は行われていたわけだ。こいつは歴戦の勇士リザード、ってところだろうか。

 まぁいいか。皮に傷はないようだし、素材としては申し分ない。


「すまんが、うちの子の防具になってもらうぞ」

『ギィガアアアアアアアアア』


『ディープサファイアリザード』が盾を蹴った。

 巨大な口を開けて、こっちに跳んでくる。前足が、がつん、と、地面を叩く。さらに踏み込んできた『ディープサファイアリザード』は俺をかみ砕こうと、めいっぱいに開いた口を閉じようとする。いい反応だ。本当に歴戦の勇士なのかもしれない。


 しかし、悪いがこっちは魔人なのだ。

 死ぬのは従者の就職先が決まって、魔王ちゃんの遺産を手に入れて、嫌というほど『スローライフ』を楽しんでからだ。こんな低レベルダンジョンで死ぬわけにはいかない。


「戻れ、『変幻の盾』」


 がつんっ

 閉じかけた『ディープサファイアリザード』の口に『変幻の盾』が飛び込んだ。


『──ガ? ガァァァァァアア!!』


 縦になった『変幻の縦』は、リザードの牙の隙間にきれいにはいりこんでくる。

 敵は口を閉じることができない。メインの武器を封じられたら──次は尻尾か。じゃあ、こっちは『結界』を展開して、と。


 ひょい。


『グァ?』


『ディープサファイアリザード』の尻尾が空を切った。


「結界を展開。『遮断:魔物、空気、魔力』──っと」


 俺は結界の属性を変更した。


『グウウウウオオオオオオオアオアオアオアオアオアアアァ!!』


『ディープサファイアリザード』は、牙をむきだして暴れてる。

 だが、その声はだんだん小さくなっていく。

 空気と魔力を遮断してあるからだ。暴れれば暴れるほど弱っていく。


「すまんな。貴様に挑戦したのは、うちの子の素材集めと、俺の戦闘能力を試す意味もあるのだ。貴様にてこずっているようでは、ダンジョン第3階層を攻略することなどできないからな」

『──ギ』


 ばつん、と、リザードの尻尾が結界を叩く。効果はない。

 こいつは第2階層でも強力なレアモンスターだ。ギルドの情報では、何人もの冒険者が傷つき、倒されている。こいつを普通に倒せるなら、第3階層でもなんとかやっていけるだろう。


「感謝する。『ディープサファイアリザード』」


 俺は結界の中に入り、動きのにぶくなったリザードの喉にショートソードを差し込んだ。




『ディープサファイアリザード』をたおした!




 さて、と、次に必要な素材は『レインボーバタフライ』の(まゆ)か。

 面倒だな……あっちにはゴブリンの生息地があるんだよな……。

 仕方ない。一番楽な方法を取ることにしよう。




────────────────────




『────キュキュ』


 ……ナニアレ。

 ちょっと待て。『ディープサファイアリザード』など、超絶レアな魔物なのだが。

 しかも強力だ。水を飲みに来た『ゴブリンロード』が飲み込まれるのを見たこともあるし、素材にひかれてやってきた人間の冒険者の末路が、あの潰れた鎧と折れた剣だ。それをあっさりと……?


『キュ……』


 やばい。

 あれは、ほうっておいていい人間ではない。


『──キュ、キュキュ』


 そうだ。『レインボーバタフライ』の繭を取りに行くと言っていたな。

 そこまでの道のりにはゴブリンの生息地がある。

『ディープサファイアリザード』が倒されたといっても、奴は単独で戦っただけ。集団戦なら、ゴブリンたちに地の利があるはずだ。


 もしも……それでも駄目だったときは……?


 その時は……第2階層最強を誇る我が、思い知らせてやらなければなるまい。





────────────────────





『ギ!? ソレハ……センダイノ剣……!?』

「そうだ。先代の『ゴブリンロード』は俺が倒した」


 見つからずに、ゴブリンの生息地を抜けるのは無理だった。

 だから交渉することにした。

 ちょうど生息地の入り口に、二刀流の『ゴブリンロード』がいたからだ。先代のロードは俺が倒したから、次のロードになったばかりか、2人目のロードだろう。跡継ぎか、ライバルか、どっちでも構わない。


 こんなこともあろうかと『収納結界』に入れておいた『ゴブリンロード』の剣と『魔力結晶』を見せて、脅すことにした。


「で、どうする? 俺の実力はわかったと思うが?」

『グゥ……グ』

「仲間が遠くでお前を見ているな。ここで俺に敗れれば、ロードの地位を失うのではないか?」

『──!?』


 新『ゴブリンロード』はのけぞった。俺のセリフは奴の痛いところをついたようだ。

『ゴブリンロード』は1つの群れにつき、1体。

 その地位についたばかりならば、失いたくはないだろう。


『ダ……ダガ……オマエヲ通シテシマエバ……』

「別に戦闘を挑むつもりなどない」


 俺は肩をすくめてみせた。


「ああ、もちろん、姿は隠した状態で通るとも。貴様はその間、群れに『反対側を見るように』と命ずるだけだ。次に出会ったときは敵同士で構わない。貴様は今、仲間の犠牲を避けるために俺を通すだけだ。一対一、あるいは群れで出会ったときは、容赦なく戦う。それでいいだろう? 違うか? んん?」


 俺は言った。

『ゴブリンロード』は、がっくりと剣を下ろした。


 俺は『偽装結界』に隠れて、ゴブリンの生息地を通り抜けた。







 ゴブリンの生息地の先は、たくさんの木が生えた大広間だった。

『レインボーバタフライ』の繭は、その木の中央部分に張り付いてる。真っ白なのに、光の加減で微妙に色を変える不思議な繭だ。


 ちなみに『レインボーバタフライ』そのものは、害のない魔物だそうだ。

 ダンジョンに生える花の蜜を集め、受粉させる。それだけのものでしかない。


「……全滅させるのは気の毒だな」


 ふむ。いくつか、内側から揺れてる繭があるな。

 羽化しかけた『レインボーバタフライ』が、繭を破ろうとしているようだ。

 ……ならば、手伝ってやろう。


「『変幻の盾』、『遮断:繭』『通過:レインボーバタフライ本体を含め、すべて』」


 俺は『変幻の盾』を投げた。

 回転しながら飛んでいった盾が、柱に張り付いた繭に触れる。そのまま空中で静止し、糸をぐるぐる巻き取っていく。巨大な繭から糸を全部はぎ取ると、残ったのは羽化直前の『レインボーバタフライ』だ。

 濡れた羽根を開いて、ぱたぱたとどこかへ飛んでいく。


 糸は──繭3つ分も獲れればいいな。

 次は『ブラックタートルの甲羅』か。いいかげん、面倒になってきたな。

 他にちょうどいい素材はないかな──




────────────────────




『キュキュ──っ! なんなのですかキサマは──っ!!』

「?」


 川岸に戻ったら、甲高い叫び声が聞こえた。

 ゴブリンの生息地を通ってきたから、俺はまだ『結界偽装』を使っている。外からだと、岩にしか見えないはずだ。

 注意して見れば、じりじりと動いているのがわかるだろうが……こっちを見ている者はいない。


 いや……違うか。いるな。

 ダンジョンの川面で、オレンジ色の粘液が動いている。


『偽装結界』に気づいたのは、そのせいで水があふれだしたせいだ。いつの間にか地面が水びたしになり、結界が動くと同時に波を立てている。なるほど。水を使って俺の位置を特定したか。やるな。


『かくれてもむだなのです! キュキュ。我の水は、すでにあなたをみつけているのですよ!!』

「なかなかやるな……ほめてやろう」


 俺は『偽装結界』を解除した。

 透明になった結界の向こうで、全長数メートルの『オレンジスライム』がうごめいていた。


「賢いスライムもこの時代にはいるのだな。よい勉強になった」

『第2階層を荒らす者め! この我が──第2階層の主が、あなたを消滅させるのデス!』


 ぱしゅ

 オレンジ色の粘液の塊が、『結界』の表面を叩いた。

 結界が揺れる。たいした威力だ。


 このまま『結界』維持の魔力を削り取られるのはつまらんな。

 俺は『結界』を解除し、外に出た。


「……俺は素材回収に来ただけなのだがな」


 特に文句を言われる筋合いはないと思うのだが。ここはダンジョンで、冒険者と魔物が普通に争ってるわけだし。


『貴様のような存在は、ダンジョンの秩序を乱すのデス』

「……ほぅ?」

『自在に川を渡られては、我ら「水の者」の優位が崩れる! ゆえに貴様には、ここで消えてもらうのです! この我──グレードオレンジスライム。

 ──人呼んで『元素の魔人の後継者』によって!!』

「…………なんだと?」


 今、こいつはなんと言った?

 とても面白いことを聞いたような気がするのだが? なんと言ったのだ?


「もう一回言ってみろ。貴様、『元素の魔人の後継者』と、言わなかったか?」

『イカニモです! 我は第3階層に住まう仲間から、魔人の話を聞いたのデス。それから我は魔人をあがめるようになったのデス!』

「魔人を……か?」

『ワタクシがあがめるのは「元素の魔人」であります!』

「地水火風すべての精霊魔法を操り、風に乗って空を舞うという、小柄な魔人か?」

『よく知っているのデス! そこだけは褒めてあげるのデス!』


 スライムは粘液状の身体を揺らして、俺に向かって動き出す。

 でかいな。壁を前にしているようだ。

 で、こいつはなんと言ってたっけ? なんかつまらんことを言っていたようだが……?


「なんだっけ」

『聞いていなかったのデスカ!? ならば我のことは「元素の魔人」の後継者……自称デスガ……「水の魔人」と呼ぶがいいのデス!!』


 …………ふーん。

 ……へぇ。

 ……………………そっか。そういうことか。


「つまり貴様は、こう言いたいのだな?」

『────!?』


 おや、どうした?

 急に震えはじめたな。

 さっきまでの自信に満ちた態度はどうしたのだ? なんだか、身体が縮まったようにも見えるが? こっちに向かってくるのではなかったのか? 相変わらず粘液を飛ばしているが、狙いが狂っているぞ? 俺の背後の壁に当ててどうするのだ!? 壁を砕くとはたいした威力だが、当たらなければ意味がなかろう。


「『元素の魔人』をあがめている。だから自称『水の魔人』」

『……ひ、ひぃっ。な、なんデスカ。その恐い顔は!?』

「『元素の魔人』をあがめている……あの、ことあるごとに人の寝室を水びたしにして、お気に入りの魔人服は灰にして、人の部屋のドアに土をつめて開かなくして、暴風で魔王ちゃんのスカートをめくっては、それを俺のせいにした『元素の魔人』をあがめていると……いうことか。そうか。そうなのか……」

『……あ、待って! こっち来なイデ! お、落ち着いて話を……あ、あ、あ……』


 とりあえず『結界』を展開。

 スライムを取り囲むようにしてから──ひっくりかえして、オレンジ色の液状生物をすくいあげる。こいつのコアは……ぐるぐる動いている。これがこいつの強さの秘密か。スライムはコアを潰すのが、いちばんてっとり早いからな。


 それができないとなると……ふむ。

 こいつらスライムは液状生物だよな。つまり、身体のほとんどは水分だ。

 ということは──


「通過:水分、遮断:それ以外のすべて」


 お椀状にした『結界』にスライムを入れて、それを、最大サイズにした盾でフタをして、と。重しは──結界の中に収納しておいた『ディープアクアリザード』の身体を使うか。あれ、100キロ以上ありそうだからな。漬け物石としては十分だ。


「よいしょ、と」

『マッテ! なにを……わ、我の身体の水分が出て行く!? シボリダサレ────やめて、あ、あ』


 スライムは、お椀型にした『結界』の中に入っている。

 その上には『盾』がぴったりとフタをしている。這い出す隙間もないほどに。

 さらにその上では『ディープサファイアリザード』が重しになっている。おお、『結界』の下から水がだばだば出ていってるな。スライムの体液か。しかし、まだ出が悪いな。漬け物石が足りないようだ。

 じゃあ俺も『盾』の上に座っておくか。よいしょ。

 そういえば、コアを残したまま完全に水分が抜けたスライムは、貴重な素材になるのだったか。ちょうどいいな。


「さて、『水の魔人』とやら。貴様がその名にふさわしいか、試してやろう」

『ひいっ!』

「貴様の身体がどれほど水をふくんでいるか、見せてもらおうではないか。魔人を名乗るほどであれば、俺のこの攻撃に耐えてみせろ……『水の魔人』よ」

『あ……あぁ、あ、あ、ああああああああああああ。ひいいいいぃぃ──────────────っ!!』


 



 この日を境に、ダンジョン第2階層のボス『グレートオレンジスライム』は姿を消した。


 のちに冒険者によって「水分をしぼりとられたスライムのような結晶体」が目撃されたが、それと第2階層ボス消滅との関係はさだかではない……。




魔人さん、素材はほとんど回収が終わったので……それから。


いつも『魔人さん』を読んでいただき、ありがとうございます。

もしもこのお話を気に入ってくださったら、ブックマークしていただけたらうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作、はじめました。

「竜帝の後継者と、天下無双の城主嫁軍団」

うっかり異世界召喚に巻き込まれてしまったアラサーの会社員が、
正式に召喚された者たちを圧倒しながら、異世界の王を目指すお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ