第35話「魔人、裏技使ってダンジョンを渡る」
俺はふたたび『山ダンジョン』に来ていた。
目的は、フェンルたちの新装備のための素材回収。期間は最長で1泊2日。冒険者ギルドで第2階層の地図を確認しているから、そう時間はかからないだろう。
「だが、油断は禁物だな」
このダンジョンは、魔王時代より後に作られたものらしいからな。
魔人さえも知らないトラップがあるかもしれぬ。注意していこう。
それと、他の冒険者にも気をつけなければ。クエストの途中で、うっかり正体を知られてはしゃれにもならない。今の俺はクロノ=プロトコル。駆け出しの冒険者なのだ。それを忘れないようにしなければ。
「フェンルたちが俺を『クロノさま』と呼ぶのも、それなりの効果があったのだな」
人間の名前を呼ばれることで、今の自分が何者なのかを思い出させてくれるからな。その借りは返さなければなるまい。
奴らの新装備の素材、確実に手に入れるとしよう。
俺は『変幻の盾』を手に、ダンジョンに足を踏み入れた。
──『山ダンジョン』第2階層──
『魔鉱石』と『ニーラナタ花のエキス』を回収してから、俺は第2階層に上がった。
第1階層の奥にあった階段を上がると、水の音がした。
『山ダンジョン』第2階層は、水のフロアだ。
通路があちこち、太い川で分断されている。攻略が難しいといわれているのは、この川のせいだ。出てくる魔物は第1階層よりやや強いくらいだが、通路が途切れとぎれになっているせいで、見えている場所に進むにも、迂回して進まなければいけない。
攻略にはやたらと時間がかかる上に、移動で体力を使う。
普通に戦えば余裕で倒せる敵でも、長期戦・連戦となれば話は別だ。ペース配分を間違えれば、途中で倒れることも考えられる。
そして第2階層の川は、第1階層と同じように魔法的な水源を利用しているそうで、その流れが途切れることもなく、逆にあふれだすこともない。川の深さは数メートル。泳いでわたれないこともないが、川には水中に適した魔物が住んでいるせいで、かなり危ない。
まぁ、そのおかげで第1階層にはない素材を回収できるわけだが。
「……おや、見ない顔だね。新人さんかい?」
階段を上がり、最初の角を曲がったところで、別のパーティにでくわした。
数は3人。全員が軽装の戦士だ。男性が2人で、女性が1人。
全員、川のそばにある岩場に腰掛け、こっちを見ている。
「1人で第2階層を攻略しようとは、見上げた度胸だな」
「度胸はないです。採取に来ただけなので」
話しかけてきた若い男性に、俺は答えた。
本気でこの『山ダンジョン』の攻略を目指している者もいる。魔人ともあろうものが、人の営みの邪魔をするわけにもいくまい。ここは駆け出し冒険者のふりをしておこう。
「従者──じゃなかった、妹──でもないか──子どもがクエストを受けるので、それに必要なものを採取に来ただけです。危険なところには行きませんよ」
「へぇ。大変だな」
3人が俺のまわりに集まってくる。
まだ若いのに子持ちかよ、とか、女房はどうした、とか、1人で育ててるのか、とか──いろいろ聞いてくる。
身につけている装備からすると、彼らはそこそこ高レベルのパーティのようだ。
男性のブレストプレートは高級品だし、マントも新品同様に輝いている。女性が持っている細身の剣も、かなりの業物だろう。ルチアたちの就職活動に貸してくれないかな。だめだろうな。
「どうだ? よければ素材採取を手伝ってやろうか?」
歯をむき出して笑いながら、リーダーっぽい男性は言った。
「もちろん。無料ってわけにはいかないがな。金貨13枚でどうだ?」
「……まだどんな素材を集めるのか言っていませんが?」
「お、おぅ。そうだったな。なにを集めようとしてるんだ?」
見知らぬ冒険者に言う義理はないのだが、俺もこの場では『駆け出し冒険者』を演じると決めたばかりだ。先輩の助言を聞くふりくらいはしておこう。
俺は懐から、小さく切った羊皮紙を取り出した。
収集用素材のメモだ。今回集める素材は──
・ディープサファイアリザードの皮(防具用)
・レインボーバタフライの繭(ローブ用)
・ブラックタートルの甲羅(防具用その2)
・ヒロヒロの海藻(石けんの材料)
「──最低限これくらいは欲しいと……」
「「「ちょっと待ちなさい」」」
怒られた。
……なにかおかしなことを言っただろうか。
『ディープサファイアリザード』は、第2階層にある深い淵に住むトカゲだ。水中生活をしているらしく、あまり上には上がってこない。
レインボーバタフライはダンジョンの柱に繭を作るチョウチョだ。大きさは2メートル程度。その分、繭もでかいから、きれいな糸がたくさん採れる。
ブラックタートルは体長1メートルほどの黒いカメ。丈夫な甲羅は、盾の素材にぴったりだ。
ヒロヒロの海藻は、第2階層で水の流れが交わるところに浮いている藻だ。液体せっけんに混ぜると、身体がきれいになるらしい。
すべて、ルチアたちの装備には必要なものだ。欠けているものはないはずだ。
なのに、どうしてこの冒険者さんたちは恐い顔をしているのだ?
……もしかして。
「俺が第2階層の敵を甘く見ていると、そう言いたいんですか?」
「そ、そうだ!」
冒険者のリーダーは、呆れたようなため息をついた。
「ディープサファイアリザードはレアモンスターで、大人よりも大きくて力がある。レインボーバタフライの住処までは、ゴブリンの居住地を通らなければいけない。ブラックタートルは身体は小さいが、その筋力は協力だ。ヒロヒロの海藻は──水に落ちなければ問題ないだろうが」
「ご忠告、ありがとうございます」
確かに、先輩冒険者の助言は貴重だ。
実際にそれらの魔物と戦ったこともあるのだろう。他の2人は、心配そうな顔でうなずいている。親切な人たちもいたものだ。ここは心配させないようにしておいたほうがいいな。
「だがな、オレたちが一緒なら問題ないぜ!」
リーダーっぽい男性は、笑顔で自分の顔を指さした。
後にいる2人も、派手に剣を鳴らしながらうなずいている。
「……おれらは第3階層も余裕で……」「……あたいの剣はゴーストをも切り裂く……」って、つぶやいているのは、後輩たる俺になめられないようにだろうか。心配しなくてもこの魔人、今の自分が『駆け出し冒険者』のふりをしていることを忘れたりしないが。
「どうだ? 今なら護衛と、回収素材の4割をいただくってことで、金貨18枚に負けておくぜ。それで新人さんが安全にダンジョンを歩けるのなら、安いもんじゃないか」
「そうですね。あなたたちが腕利きの先輩たちだということは、見ていればわかります」
「だろう?」
「そんな先輩たちの時間をうばうことは、新人としてできません」
……あれ?
無難に断ったつもりなのだが、どうして3人とも、顔がひきつっているのだ?
「それに、こちらも駆け出し冒険者ですから、先輩たちの安全にまで気を配ったりできませんので」
俺は言った。
3人は黙った。納得してくれたようだ。
「あと、先輩たちの剣も鎧も、磨き上げたようにきれいですよね? 魔物を斬った跡も見られません。そんな、飾りものみたいにきれいな武器を、俺の都合で汚すなんてできません。どうか、しまっておいてください。
必要もないのに危険をおかす必要なんてないですよ。ここなら安全ですから、どうぞ、動かず、俺が戻ってくるのを待っていてください。先輩たちが平穏無事でいてくれれば、俺も安心して探索ができるってもので……」
「「「はああああああぁ?」」」
なんだ。どうして3人そろってにらみ付けてくるのだ。
鼻息が荒いな。体調が悪いなら返った方がいいぞ。ちょっと酒のにおいもするし、肌も荒れているし、町で休んだ方がいいのではないか?
「オレらはお前のためを思って言ってるんだぜ?」
冒険者のリーダーは、かちん、と剣を鳴らして言った。
「オレらが守ってやった方がいいだろ? お前が狙う魔物は強敵ぞろいなんだからな!」
「はい。わかってます。でも、ちゃんと対処法は考えてありますから」
俺はうなずいた。
冒険者のリーダーは「ふうん?」って鼻を鳴らして、
「そうか。じゃあ、どうするつもりだ?」
「気をつけます」
………………。
…………。
……。
「じゃあ、そういうことで」
「「「気をつけるだけ!!?」」」
息のあったツッコミだった。
なるほど、熟練のパーティとはこういうものか。息の合った反応、姿勢、表情。どれも魔人にはないものだ。見てるだけで拍手したくなる。
だがこ、ちらもこれ以上、人間の心配につきあってはいられない。
ここは──
「「「──逃げた!?」」」
俺はダンジョンの奥に向かって走りだした。
『山ダンジョン』第2階層は、下と同じように光ゴケがぼんやり通路を照らしている。
そして、俺はフェンルが選んでくれたマフラーで顔を隠している。顔は見られていないはずだ。
「フェンルのやつ……自分の服ではなく、俺用のマフラーを買っていたとはな」
俺は顔をおおう黒いマフラーに触れた。手触りがいいな。2人の服より高価かったのではないか、これ。
まったく、優秀な従者たちだ。別に着飾る趣味はないが、顔を隠したいときには助かる。まさかすぐに役立つとは思わなかったぞ。
「そして親切な冒険者たちよ。さらばだ」
俺がいるのはダンジョン第2階層の入り口付近。
このあたりは広場になっている。通路は右側にひとつだけ。正面は幅数メートルの川だ。
通路と川、親切な冒険者をまくにはどっちが早いかと言ったら──
「考えるまでもないな」
俺は川の方に向かった。
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『疾風の三巨頭』は、王都の冒険者ギルドに所属する上位パーティだ。
腕は立つが、新人にまとわりつく癖があるため、あまりギルドでは好かれていない。
ダンジョンや狩り場に現れて、やってきた新人に『護衛する』という名目でつきまとい、素材や小銭を稼ぐというのが彼らの仕事のやり方だ。
今回もそうするつもりだった。幸い、相手はひとり。
こちらの腕が立つのは間違いない。追いかけて説得して、指導して報酬を要求しよう。
なに、あいては駆け出し冒険者だ。すぐに困って助けを求めてくるに決まっている。第2階層で、ソロで素材集めをしようなど、思い上がりにもほどがある。
「この先は川だよな」
「川だな」
「川よね」
『疾風の三巨頭』の3人は、走りながら視線を交わした。
逃げ出した少年は、まっすぐ川に向かっている。
やはりダンジョンのことがなにも分かっていないのだろう。
心配だ。もちろん金はいただくが、心配しているのは本当だ。ほっとくわけにはいかないのだ。
少年の姿はまだ見えている。
もうすぐ追いつける──
──そう思っていた彼らは、川岸で信じられないものを目にすることになった──
「……今、あいつ、正座状態で水面をつーっと滑っていったよな……?」
「……もう向こう岸に渡ってるな……。オレ、昨日飲み過ぎたかな」
「……あたいの幻覚じゃなかったのね」
3人が見ている前で、少年はあっさりと川の向こう側へと移動し、走り去った。
残されたのは、ぽかーんと口を開けたままの、熟練パーティ3人。
少年を見送っていた彼らは、ふと、足下に置かれたものに気づいた。
「……なんだこれ」
川岸に、おやつが置いてあった。
正確には、羊皮紙に乗った焼き菓子だ。小麦粉をこねて、薄くのばして焼いたものだ。羊皮紙には文字が書かれている。これは──
『貴重な情報に感謝する。汝らの旅に幸あれ』
「「「『おやつ妖精さん』だ!!」」」
『おやつ妖精さん』
それは『アルダムラ商会』が『山ダンジョン』で見つけたという、謎の存在だった。
その正体は定かではないが、困っている冒険者を助けてくれるという。素材回収が妖精さんの仕事で、助けた者にはおやつをくれる。
『疾風の三巨頭』も商会から話を聞いたときは「まさか」と思っていたのだが……。
しかし、間違いない。商会の話とも一致する。
さっき出会った彼は『妖精さん』だったのだ。
「……妖精さんなら、正座状態で川を渡ってもおかしくないよな……」
「……あの姿は、他の冒険者の姿を借りた可能性さえあるわ」
「……子どもがいるのもうなずける。次の世代の妖精さんを育てるために、素材を必要としていたのかも……」
3人はためらいながら、焼き菓子を口に運んだ。
かりっ
「「「酒が欲しい!!」」」
『妖精さん』のお菓子を食べた冒険者たちは、一斉に叫んだ。
「なんだこれ! ピリリと辛くて、むちゃくちゃエールに合いそうじゃねぇか!」
「この辛みは……クロワサ、か? 毒消しにもなる、辛い草」
「ひどいよ『妖精さん』……町に戻るまでお酒なんか飲めないのに……うぅ」
3人の冒険者たちは顔を見合わせた。
『妖精さん』の焼き菓子は無駄に量が多く、からい。そして美味い。
香ばしくて、しかも何故か熱々で。酒のつまみにぴったりだ。
「……がまんできん」
食べ始めた彼らは、いつの間にか酒瓶を取り出していた。
第2階層での酒盛りは危険だが、第1階層に降りれば問題ない。
冒険者が泊まるキャンプ地がある。あそこは魔物はあまり出現しないし、火を焚いて誰かが番をすれば大丈夫だろう。
『妖精さん』のおやつをかじりながら、彼らは階段を下りていった。
酔っ払ってゴブリンに身ぐるみはがされかけた『疾風の三巨頭』が他の冒険者に救助されるのは、次の日のことになる。
────────────────────
「……おせっかいな冒険者たちよ。貴様らには、失敗作のおやつがお似合いだ」
俺は対岸を振り返り、つぶやいた。
川を渡るのは簡単だった。
・魔人さんならできる、ダンジョン川渡り講座。
(1)『変幻の盾』を最大化(直径5メートル)にします。
(2)『遮断:水』を設定します。
(3)水に浮かべて、その上に乗れば『結界船(1人用)』の完成です。
これを走りながら、勢いをつけてやれば、そのままつぃーっと川を横断できるのだ。
ちなみに数人で渡るときは、『結界』を使う。盾だとフェンルやルチア、マルグリッドが暴れたとき、ひっくり返るから。
それにしても、あの冒険者たち……親切なのはいいがおせっかいすぎる。
彼らと一緒にいるときに『結界』や『変幻の盾』を使うと面倒なことになりそうだ。ここは離れるのが正解だろう。
「置いてきたお菓子に気づいただろうか。冒険者たち、やけどしてないといいが」
あの焼き菓子は、昨日、町外れの平原でフェンルたちと作ったものだ。
食事代は置いてきたが、あいつら遠慮するからな。留守中、従者をハラペコにしておくわけにはいかない。おやつを大量に作っておいておけば、フェンルもルチアも、マルグリッドも食うしかあるまい。そう思ったのだが。
「……フェンルめ。味付けを間違えるとは……」
調理中「いつもクロノさまに作っていただいてばかりでは申し訳ありません。私もお手伝いします!」と言うから、味付けを任せたら、あいつ、塩と『クロワサの粉』を間違えたのだ。クロワサは毒消しにも使う香辛料だが、むちゃくちゃ辛いのだ。
そのことに、お菓子が焼き上がるまで気づかなかったのがまずかった。
フェンルは一口食べて「か、からひです……くろのしゃまぁああ」って泣き出しちゃったからな。
従者を泣かすおやつなど許せん。捨てるのはもったいないから焼きたてを『結界収納』しておいたが……ちょうどいい処分方法があってよかった。
おせっかいな冒険者たちよ。貴重な情報をくれたことには感謝する。
せっかくだから、ちょっと辛めの失敗作を味わうがいいのだ。
…………まぁ、食えないほどではないだろう。涙目になっていたのは……フェンルが辛いのが苦手なだけだからな。俺は意外と美味いと思った。冒険者の口に合うかどうかはわからないが。
「……ま、いいか」
栄養はあるからな。あのお菓子。身体にはいいはずだ。
ほっといて先に進もう。
俺は第2階層の攻略を続けることにした。
魔人さん、ダンジョンをショートカットしながら先に進みます。
次回、第36話は土日くらいの更新になると思います。
いつも『魔人さん』を読んでいただき、ありがとうございます。
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