第34話「魔人、従者たちの将来設計を考える」
2017.09.30 文章を一部修正しました。
アイリーンさんおすすめの『S級クエスト』はこんな内容だった。
『クエストタイトル
侯爵令嬢ナターシャ=ライリンガさまの、狩りの付き添い』
仕事内容:ナターシャさまが狩りをしている間、側で補助をしていただきます。
具体的には、彼女が魔法で獲物を仕留めたときは拍手する。魔法を外したら見なかったことにする。魔物が襲ってきたら護衛する(強敵の場合は、護衛の兵士が相手をします)などです。
条件:10代前半のかわいい少女(かわいい少年でも可)。他、付き添い1名まで。
理由:他の貴族の方が様子を見に来た時、かわいい冒険者の友だちがいることにしておきたいため。
拘束時間:2日(正確には1日目の早朝から、2日目の昼過ぎまで。狩り場までの移動あり)
報酬:金貨200枚(白金貨2枚)。食事付き。宿泊用の天幕の貸し出しあり。
「……確かに、これは破格の条件ですね」
本当にレア中のレアだ。内容が信じられなくなるくらい。
俺はクエスト内容が書かれた羊皮紙を読み返した。内容に間違いはない。
ギルドのサインも、依頼人である侯爵家の人間のサインまでついてる。初めて見たよ、貴族のサイン。
「でしょう!?」
アイリーンさんが身を乗り出してくる。
「つまり、貴族のお嬢様がはじめての狩りに行くのだけど、ぼっちだと寂しい。なので、可愛い子をお飾りとして連れて行きたい。できれば武装していて、そこそこかっこいい方がいい、ということですね」
「そうですクロノさん。まさしく、その通りです」
なるほどな。
確かにこれは、フェンルやルチア、マルグリッド向けのクエストだ。
貴族のお嬢様の気持ちもわかる。貴族なら、外に出ること自体がめったにないだろうし、他の貴族が見にくることもあるなら、ごついおっさんより、かわいい子を連れて歩きたいよな……。
冒険者ギルドを通してるのは、それなりに腕が立って、信用できる相手を求めてる、ってことだろう。
こちらとしても、クエストの内容はギルドが保証してくれているから問題なし。
狩り場には他の護衛も来るようだから、強い魔物が出てきたら任せればいい。
そして、勇者をめざすルチアとマルグリッドにとっては、貴族の知り合いを作ることにはメリットがある。いずれ俺の手を離れたときに、頼る相手ができるわけだからな。
それと、もうひとつ──
「このライリンガ侯爵家が、王立図書館の司書をされているわけですか」
「そうですね。代々のお仕事だそうです」
俺にとってはこっちの方が重要だ。
ときどき忘れそうになるが、俺の目的は『魔王城』の位置を見つけ出すことにある。そのために『冥府の魔人』の知り合いの可能性がある『ヴァンパイアの城』を探しているわけだ。
だが、もうひとつ魔王城の場所を特定する方法として「この大陸の地図を見る」というのがある。
大陸のかたちと、今いる場所がどのあたりかがわかれば、魔王城の位置を特定できるかもしれない。もちろん、魔王ちゃんがいた頃からは400年経っている。地形も変わっているだろうし、簡単にはいかないかもしれぬ。が、ヒントくらいはつかめるはずだ。
そうなれば『山ダンジョン攻略』をスキップできるし、まっすぐ目的地をめざすこともできる。
地図を見るためには、図書館に入る必要があるが──
依頼主である侯爵家が司書をしているなら、俺が図書館に入りこむチャンスが得られるかもしれない。
ここは、やんわりと聞いてみよう。
「実は、俺は地理や歴史に興味があるんです」
「……地理や歴史に、ですか」
「その流れで、古文書や地図を見てみたいと思ってるんです。でも、王立図書館って、やっぱり貴族や王族の方にしか解放されないものなんですか?」
「ああ、そういうお話でしたか」
アイリーンさんは、なるほど、という感じでうなずいた。
「そうですね。この国の王様は『才能ある者は育てる』がモットーですから、きちんとした方の紹介状があれば、一般人が王立図書館に入ることもできると思いますよ?」
「クエストの報酬を減らして、その分、図書館に入る許可をもらうことは?」
「そこまでしなくても大丈夫だとは思いますが……よければ、話を通しておきましょうか?」
「お願いします」
減額した分は、俺の財布の中身で穴埋めしておこう。
今回のクエストはフェンル、ルチア、マルグリッドがメインだ。
俺は付き添いだからな。魔人ともあろうものが、従者の報酬をかすめ取るような真似はできまい。
「では、このクエストを受注される、ということでよろしいですか?」
「そうですね……」
この機会を逃すなどあり得ない。
フェンルとルチア、マルグリッドにとっては高額の報酬と人脈を得るチャンス。
俺にとっては、図書館で地図を見られるかもしれない絶好の機会だ。
魔人として、これを見送るという選択肢はあるまい。
「でも、当事者の同意を得てからですね。フェンルたち、そのうちここに来ますから」
もちろん、本人たちにその気がなければどうにもならぬのだがな。
やる気もないのに受けたクエストで大失敗──という話はどこにでもあるのだから。
「そういうことでしたら、今のうちに侯爵家のメイドさんをお呼びしてもいいですか?」
「侯爵家の……メイドさん?」
「ナターシャさまのおつきの方です。クエストに参加される候補者が決まったら、その方が判定することになっているのです。侯爵家ご令嬢の護衛にふさわしいかどうか」
「なるほど。ある程度の戦闘力は必要ですからね」
「いえ、かわいいかどうかを」
「……それでいいんですか?」
「今回のクエストは、あくまでも貴族のご令嬢の周囲を飾るのが目的ですからね。見た目がきれいかどうか、清潔かどうかや、着ている服なども、受注するときの判定の条件になります」
そう言ってアイリーンさんは、ギルドの職員を外へと走らせた。
これから侯爵家に行って、その判定をするメイドさんを連れてくるらしい。
「だとしたら……当日身につける装備──剣や鎧、ローブは、そこそこ立派なものの方がいいですよね?」
聞いてみた。
アイリーンさんはアゴに手を当てて、しばらく考えてから。
「そちらは無理のない範囲でいいと思いますよ?」
「やっぱり、実用性の方が大事ですからね」
「いえ、メイドさんの言質を取っちゃえば、あとは知ったこっちゃないので」
クエスト参加の可否を決めるのは、これからやってくる侯爵家のメイドさん。
彼女が「いいです」って言えば、冒険者ギルドとしてはそこで話は通ったことになるので、あとは問題ないらしい。
確かに、ギルドとしてはそれでいいのかもしれない……が。
俺はこのクエストを、ルチアとマルグリッドの『就職活動』に利用するつもりでいるのだ。
フェンルにも言ったが、俺たちはいつまでもルチアたちと一緒にはいられない。
ルチアとマルグリッドなら『山ダンジョン』の第2階層くらいは突破できそうだが、第3階層はどうなるかわからない。もしかしたら2人は、宿屋で待機、ということになるかもしれない。
その空いた時間、ルチアとマルグリッドをどうするか……。
別のクエストを受けるか、別のパーティに参加するか……。
あるいはもう、そこで道が別れて、彼女たちは別の人間を頼ることになるか──
いずれにしても、いつか別れの時はくるのだ。
だから今のうちに、ルチアとマルグリッドを認めてくれる相手を作っておきたい。
それに……魔人の従者が、装備が貧弱なせいで貴族ごときに見下される……というのも面白くないからな。
ここはひとつ、従者3人分の装備を強化しておこう。
「そういえば、冒険者ギルドのおすすめの工房ってありますか?」
「武器や防具を作ってくれる場所ですね。ありますよ」
「素材を渡せば、リクエストしたものを作ってくれたり?」
「ええ。既製品と比べて値は張りますけどね。よければ、あとで紹介状を書いておきますよ。ギルドを通せば、今なら1割引になりますから。あと、素材を持っていけば、もっと安くなります」
「お願いします」
俺は言った。
アイリーンさんは、なんだかまぶしいものを見るような顔で──
「もしかして、フェンルちゃんたちの新装備ですか?」
「はい。報酬もよさそうなので、仕事にふさわしいものを用意しようかと」
「やっぱり、クロノさまはいいお兄さんですね……ほんと、こないだの私は見る目がなかったです。まさに家族愛ですねー」
「はぁ」
とりあえずうなずいておく。
勘違いするのは人間の勝手だ。俺にとって3人の新装備を整えるのは、魔人的見栄と、就職活動のための先行投資なのだが。
……どんなのにしようかなー。やっぱり、防御力が高いのがいいだろうな。フェンルは動きやすいように。ルチアは魔力を高めてくれるものを。マルグリッドは固くて、かつ、軽いものを。それを3人の髪の色に合わせた素材を使うとなると……ふふふ。いかんな、楽しくなってきたぞ……。
「失礼します。ライリンガ家のメイドさんをお連れしました」
しばらくすると、ギルドの使いの人が戻ってきた。
黒髪のメイドさんを連れている。縁のないメガネをかけた、きりっとした美人だ。
「ナターシャさまの狩りに随行される候補者がいらっしゃるそうですが」
「あ、はい。ここにいらっしゃる、クロノさまのご家族の方です」
家族ちがう。従者だ。
──と、思ったが、面倒なので軽くお辞儀だけにしておく。
「本人たちは、まもなく来られるそうです。それまで、どうぞお茶でも」
「その方たちは冒険者はギルドが責任をもってオススメされる、ということいいのですよね?」
メイドさんは金属製のメガネの縁をつまんで、俺たちをにらんだ。
「今回のクエストの参加者は、侯爵家のご令嬢の狩りについてこられる方です。それなりの美しさと、気品とを兼ね備えた方でなければなりません。そのあたりは、大丈夫でしょうね?」
「それについてはギルドマスターとも相談済みです。問題ありません」
アイリーンさんはきっぱりとうなずいた。俺の従者を買ってくれているようだ。
3人とも、かわいいことはかわいいが、気品はどうだろうか。
……そっちは俺の方で、なんとかすることにしよう。クエストは一週間後らしいから。
メイドさんの探るような視線を受けながら、俺たちはフェンルたちが来るのを待った。
俺とアイリーンさん、メイドさんが2杯目のお茶を飲み干したころ、外から聞き慣れた声が聞こえた。
「来たようです」
「わたくしの目は厳しいですよ。生半可な少女を貴族の狩りに随行させるわけには──」
メイドさんが言った瞬間、ギルドの扉が開いた。
最初に入ってきたのは、ルチアだった。
金色の髪をツインテール(俺がダンジョンで結ってやった髪型だ。気に入ったらしい)にまとめて、それを白いリボンで留めている。
着ているのは、丈の短いワンピース。胸元にはリボンとポケットがついている。
以前着ていたお嬢様的な服に比べて、こちらは庶民的な感じだ。けど、ルチアの気品ある表情が、それに微妙なアレンジを加えている。悪くない。
「ど、どうなのね? お兄様」
「悪くないな」
「…………(ぽっ)」
ルチアは照れたように顔を伏せた。
横を見ると──メイドさんがメガネの弦を押さえて、身を乗り出していた。
次に入ってきたのは、マルグリッドだった。
彼女はルチアとは違い、男の子っぽい格好をしていた。これは俺がフェンルに「同じ背格好の男の子にも着られるものを」って頼んだからだろう。短めの上着に、下は丈の短いズボン。膝が出ているのがポイントらしい。
「おかしくないですか……クロノ兄さま」
「よく似合っていると思うぞ。フェンルの見立てか」
「は、はい。気に入ってくれましたか……よかったぁ」
マルグリッドは胸に手を当てて、ため息をついた。
横を見ると──メイドさんが「……なんとかわいい少年」と、拳を握りしめていた。
違うぞメイドさん。
最後に入ってきたのは、フェンルだった。
彼女は──おい、前と変わってないぞ。
いつもの『身体にぴったりと張り付く、水着っぽい服』のままだ。
フェンルはおどろいたように「え? 今回はルチアさんとマルグリッドさんの服を買うんですよね?」って──これは俺の説明不足だったか。
俺はフェンルの普段着も一着買うつもりだったのだが、「フェンルとマルグリッドの服を」って言ったせいで、フェンルは自分の分を買わなかったようだ。というか、フェンルにはしっかり言わないと遠慮するからな。
しょうがない。面倒だが、あとで一緒に買いに行くか。
……しかし、難しいことになったな。
フェンルの普段着はそのままだ。これがメイドさんの判定にどう出るか──
「採用です」
横を見ると──メイドさんは「ぐっ」と親指を立てていた。
「庶民にも、このようなかわいい少年少女がいたとは驚きです。これならば、ナターシャお嬢様の狩りについて行く者として十分でしょう」
「「「なんのお話ですか?」」」
フェンル、ルチア、マルグリッドがそろって首をかしげた。
俺は『貴族のお嬢様の付き添いクエスト』について、手早く説明した。
危険はないこと。初心者冒険者でも大丈夫なこと。報酬が十分であること。貴族の人脈ができるかもしれないこと、など。
「以上だ。それで、お前たちはどうする?」
説明した上で、クエストを受けるかどうか3人に聞いたところ──
「クロノさまのお心のままに」「ルチアは、お兄様に恩返しをしたいのね」「わ、私も、皆様と一緒にお仕事がしたいです」
決まりだった。
全会一致で俺たちは『貴族のお嬢様の付き添いクエスト』を受けることになった。
ギルドのアイリーンさんは満足したようにうなずき、侯爵家のメイドさんは「ラブリーな少年少女がいてよかった……」と、納得して帰っていった。
納得してなかったのはマルグリッドで、去って行くメイドさんの背中へ、涙声で「わ、私、女の子……」ってつぶやいていた。なんだか不安そうな目をしていたから、俺は頭をなでて「大丈夫。わかっている」と言い聞かせてやる。
まったく、あのメイドさんはどこを見ているのだ……。
安心しろマルグリッド、俺はちゃんと、お前が女の子だとわかっている。洞窟でキャンプしたとき、ちゃんと確認したからな──って、おい、なんで顔をおさえて座り込んでいるのだ? 体調が悪いのか? 大丈夫……? 胸がきゅん、となっただけ? それならばいいのだが。
「それでは、悪いがフェンル、ルチアとマルグリッドを連れて、先に宿に戻っていてくれないか?」
「わかりました」
フェンルはうなずいた。
それから、俺の顔を見上げて、
「クロノさまは、これからどうされるんですか?」
「俺は工房に行ってみることにする。新しい装備を作るのにどんな素材が必要か、聞いてみるつもりだ」
メイドさんはフェンル、ルチア、マルグリッドを見て「かわいい」と納得してくれたようだが、彼女の主人──侯爵令嬢のナターシャがどう思うかはわからない。
今回のクエストはルチアたちにとって人脈を得るいい機会だ。
少なくとも、貴族にひけをとらないだけどものを、準備しなければなるまい。どのみちダンジョン第2階層に挑戦する前にみんなの装備は強化しようと思っていたからな。ちょうどいい。
「必要なら……俺が一人でダンジョンに潜ることになるかもしれぬ」
「お一人で!? それは危険──いえ、失礼しました」
言いかけたフェンルが一歩下がり、胸に手を当てて一礼する。
ふふ、わかっているではないか、我が従者、フェンル=ガルフェルドよ。
「従者としてお帰りをお待ちしております。そのお力を存分に振るわれますように──魔人……ブロブロさま──」
ルチアたちには聞こえないように、小声で、フェンルは言った。
任せておけ。ただの素材集めだからな。1日……長くて2日で戻ってこられるだろう。ダンジョンの第2階層程度、魔人のスキルにとってはどうということもない。
だから安心して待っているがいい。
戻ったら、お前たちの新装備をあつらえるからな。それまで、身体のサイズを測っておくこと。それと、貴族向けの礼儀作法を勉強しておくことだ。資料はアイリーンさんが貸してくれるそうだから。
さて、と。俺はこれから工房に行って、帰りに、市場に寄るとしよう。
魔人たるもの、留守の間のことも考えておかなければいけないからな。
出かける前に材料を仕入れて、日持ちするおやつを作っておきたいのだ。
従者をハラペコのまま待たせておくわけにはいかないからな。
3人には健康状態オールグリーン、お肌つやつやの状態でクエストを受けさせたいからな。あと、新しいおやつも開発したいな。せっかくだ、ちょっと市場で研究していくこととしよう──。
というわけで魔人さんはふたたび『山ダンジョン』へ。採取チートが炸裂します。
いつも「魔人さん」を読んでいただき、ありがとうございます。
もしも、このお話を気に入っていただけたのなら、ブックマークなどお願いします。
明日の更新はちょっとお休みして、次回、第35話は来週中の更新となりますー。




