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第33話「魔人、ジルフェ村とお姉ちゃんの成長速度におどろく」

『──いい人を紹介してくれてありがとう!』


 そのあとも、ノエル姉ちゃんの手紙は続いていた


『ジルフェ村は今日も平和です。

 変わったことといえば……クロちゃんのおかげでみんなが勉強熱心になったことくらいかな?


 アグニスさんは孤児院の先生になったんだよ。

 それと、アグニスさんは、たくさん本を持ってきてくれたの。うちの村にある本って、村長さんの家にあるものくらいだけど、アグニスさんのはそれよりも多いの。すごいよね。


 そんなわけで最近、朝食後は、みんなで本を読む時間になってます。

 もちろん、わからないところは、教えてもらいながら』




 よかった。

 アグニスは無事に、村になじんでいるようだ。

 それにしても本とは……なかなか気が利くな、アグニス=ギルモア。

 カティアやミリエラも、今ごろ絵本で文字を覚えていることだろう──




『カティアは本で覚えた罠を、試しに作っているみたい。

 アグニスさんによると、獣や、すぐにふらふら旅に出ちゃう男性も捕まえられる万能罠なんだって。

 それで、カティアが知りたがってたけど、クロちゃん、帰省するとき街道から来る? それとも山の方から来るのかな?』




 ──それを聞いてどうする気だ、ノエル姉ちゃん。


「罠か……確かに、ジルフェ村には野生動物が入りこむこともあるからな」


 魔物避けの結界を張ったとはいえ、大型の動物は脅威だ。

 罠があれば、ノエル姉ちゃんも安心だろう。あと、俺は川沿いから帰省するように──




『ミリエラは睡眠魔法(スリープ)をおぼえました。

 クロちゃん、たまに眠れないことがあるって言ってたよね? これで朝までぐっすりにしてあげるって、ミリエラも気合いを入れてたよ。

 もちろん、お姉ちゃんも同じ魔法を勉強中だからね。覚悟してね!』




 なんで実家帰るのに覚悟が必要なんだよ。なんで睡眠魔法教えてるんだよアグニス。

 ったく……お前は俺の実家を戦闘集団のアジトにでもするつもりか?


 なんだか、里帰りするのが恐くなってきたな……

 一度帰ったら、二度と旅に出させてもらえないんじゃないだろうか……。




『そうそう。アグニスさんの知識に村長さんが関心してね。村の子どもたちの勉強を教えてくれないかって話になってるの。

 今はまだ、アグニスさんが村になじむまではうちの子たちが優先、ってことになってるけど。

 もしかしたら、そのうち村に学校ができるんじゃないかな?』




 そうか……アグニス、教師として人気があるのか。

 それなら、俺も安心だ。俺の代わりに、アグニスが村の住人になったということだからな。


 彼女の印象が強くなっていけば、逆に俺の影は薄くなっていくだろう。

 ジルフェ村は俺にとって大切な故郷ではあるが、村の者にとって俺は、昔、ここに住んでいたものになっていくのだろう。

 それでいいのだ。俺は、魔人の転生体なのだから──




『それで、アグニスさんの提案でね、彼女が村に来た日を「クロノさまの紹介で村に来た記念日」──略して「クロちゃん記念日」ってことにしたんだよ!

 毎月この日は、孤児院のみんなで「クロちゃんありがと」パーティをすることにしたんだよ。

 やったねクロちゃん!』




「結界を展開。サイズは最小。遮断:音」


 俺はベッドの上に自分専用の結界を展開した。

 すぅ、と、息を吸って、


「『やったね』じゃねえええええええええっ!!」


 よし。ツッコミ終了。

 フェンルもルチアもマルグリッドはぐっすり寝てる。遮音結界は効果を発揮したようだ。

 魔人が従者の睡眠を妨げるわけにもいかないからな。


「『やったね』じゃねえだろ! なんで『クロノさまの紹介で村に来た記念日』なんだよ。『アグニス記念日』でいいじゃねぇか。ノエル姉ちゃんも止めろよ……」




『──誰もクロちゃんのことを、忘れたりしないからね』




 だけど、ノエル姉ちゃんの手紙は、まだ続いてた。




『クロちゃんはちゃんと、年に3回帰ってくるって約束したんだからね。破ったら、村長さんにお願いして「クロちゃんの日」を、村の記念日にしちゃうんだからねっ!』




 ……ノエル姉ちゃんにはかなわねぇな……。

 魔人として覚醒したからには、古巣との関わりは最小限にしたかったんだがな。いつ正体がばれてもいいように。


 なのに……ノエル姉ちゃんめ。

 魔人の退路を断とうとするんじゃねぇよ。

 これだから人間はおそるべしなんだ……まったく。


 手紙はまだ続いてるな。というか、長いな。えっと──




『ところでクロちゃん。こないだ送ってくれた服の話なんだけど、ああいうの、無理しなくていいからね』




 服? そんなもの送ったっけ?




『あ、間違えた。クロちゃんじゃなくて、そうそう、クロちゃんじゃなくて「漆黒の闇に()る者、X」さんだった。クロちゃんじゃなくて「漆黒(クロ)ちゃん」だよね』




 ……ノエル姉ちゃん、ケンカ売ってるのか……ねぇ。




『ダニエルもトーマも、カティアもミリエラも、すぐに大きくなっちゃうんだから、着れなくなったらもったいないでしょ?

 まずは自分のことを第一に考えてね。お金は自分のために使うこと。いいかな?


 ──って、「漆黒(クロ)ちゃん」に会ったら伝えておいてね。クロちゃん。


 それじゃあ、クロちゃん。またね。元気でね。

 お姉ちゃんは、いつもクロちゃんの幸せを祈っています。



 ──ノエル=フォルテより──』





「まずは自分のことを第一に、か……それはこっちのセリフなのだがな」


 アグニスを送り込んだのは、ノエル姉ちゃんを楽にするためだったのに……なんでノリノリで自分も魔法の勉強してんだよ。空いた時間のんびりしてろよ。まったく。


 俺は手紙を読み返した。

 最後に書かれていた服のことが気になったからだ。


 そうか……ダニエルとトーマ、カティアとミリエラは成長期だからな、サイズぴったりの服を送っても、すぐに着られなくなってしまうのか。

 いかんな。盲点だった。魔人がそんなことに気づかないとは……。


「つまりその分、大きめの服を送ればいいというわけか」


 1度や2度の失敗で諦めるものか。

 次は別の名前で送り、今度こそ見知らぬ者から服が届いたと、皆を恐怖させてやろう。


「……問題は、チビたちが1年でどれくらい成長するか、だな」


 どのくらい、サイズに余裕をもたせればいいのだろうな。

 ノエル姉ちゃんのことだから、サイズ直しくらいしてくれるだろうが、仕事を増やすわけにもいかないし。


「すぐ近くに、同じくらいの年頃の子どもがいればいいのだがな。そいつに服を着せて、数ヶ月でどれくらい成長するか測ることができれば、そこから1年分の成長速度も割り出せるはずなのだが……」


 たとえば、背丈がミリエラと同じくらいの少女とか。


 少し背が高く、男物の服も似合いそうな10代前半の少女とか。


 俺と同い年なのに、体型はカティアと変わらない少女とか……。


 …………。


 ……。





 次の日。俺はフェンル、ルチア、マルグリッドを服屋に連れて行くことにした。





「ふふふ。勘違いするなよ。別にお前たちのためじゃないんだからな」


 これは、1年間で服がどれくらい小さくなるか、計算するためでもあるのだ。

 3人用に、少し大きめの服を買い、数ヶ月で体型がどれくらい変化するか測るのだ。そうすれば、子供用にはどれだけ服に余裕をもたせればいいかわかるはず。

 あと、フェンルたちを着せ替え人形にすることで、孤児院のチビたちに似合う服を選びやすくするという意味もある。


 いずれにせよ、すべては魔人の私利私欲によるものだ。

 どのみちルチアとマルグリッドの着替えは必要なのだ。

 だから、そんなえんりょすることはない。びくびくすることもないのだ。ほら、知らない店だからって俺にしがみついてないで、観念して服選びをはじめろ。ルチア、マルグリッド。

 予算の範囲内で、存分に着せ替えさせてもらうがいい。


「あの、クロノさま」

「どうしたフェンル」

「ほ、本当に、こんなことしていただいていいのですか……?」

「いや、お前たちだってゴブリン倒してただろう? その『魔力結晶』を換金したお金を使うだけだが」

「倒したの2体だけですよ? 残りはクロノさまが……」

「知らぬな!」

「そんなぁっ!」


 むぅ。買う前からこんなに悩んでどうするのだ。

 仕方ないな。ここは説明が必要か……。


「……ちょっとこっち来い、フェンル」


 俺はルチアたちに聞こえないところへ、フェンルを引っ張っていった。


「いいか? 買い物にきたのは、将来を見据えてのことでもあるのだ。俺たちはずっと、ルチアたちと一緒にいるわけにはいかないからな」

「…………え?」


 俺のセリフに、フェンルがおどろいた顔になる。

 忘れてたのか、お前。


「俺は魔人の転生体で、お前は魔人に作られたものの末裔だろう? で、ルチアとマルグリッドは、魔王(偽)教団を倒す勇者になることを望んでいる。いずれ俺たちの道は分かれるのだ」

「そ、そうでした……うぅ……ふたりとは……おわかれに……」

「いや、今日明日の話じゃないから泣かなくていいから」

「…………楽しかったです。ルチアちゃん、マルグリッドちゃん……元気で」

「だから、今から覚悟を決めなくてもいいから」

「で、でも、そのことと服と、どういう関係が……?」

「2人の就職先は、早めに決めておきたいのだ」


 ルチアとマルグリッドは成長が早い。すぐに一人前の冒険者になるだろう。

 そうなったときにいい仕事がもらえるように、服や装備は立派なものを立派なものを身につけさせておきたい。

「むむ、こいつらできるな」って感じで。

 あと、かわいさもアピールして、他の冒険者と差別化できるように。


「これは先行投資という奴だ。ルチアとマルグリッドが魔王教団 (偽)を潰してくれれば、俺は心置きなくスローライフを楽しむことができるからな」

「さすがですブロブロさま!」


 フェンルは目を輝かせて、うんうん、とうなずいている。

 納得してくれたようだ。


「わかりました。私もご協力いたします」

「うむ。じゃあお前はルチアとマルグリッドの服選びにつきあってやってくれ」

「……ブロブロさまは?」

「女の子の服選びなど、つきあってたら日が暮れるわ」


 孤児院でもノエル姉ちゃんやカティア、ミリエラのおでかけ前の服選びにつきあったことがあったからな。ああいうのは時間がかかるってのは嫌というほど知っているのだ。ダニエルとトーマ、さっさと逃げるんだもんな……。ずるいよな……。


「で、でもでも」


 フェンルは真っ赤な顔で、つん、と指をつきあわせた。


「ブロブロさまに見ていただきながら選んだ方が……その……はりあいが出るといいますか……」

「たのしみだなー。ふぇんるはどんなふくをえらぶんだろーなー。びっくりさせてくれるといいなー」

「このフェンル=ガルフェルド、一命を賭して服を選ばせていただきます!」


 俺が言うと、びしり、と、フェンルはお辞儀をした。

 そんなわけで、店の入り口でびくびくしてるルチアとマルグリッドのところに、フェンルを連れて行って──

『冒険者ギルド』で落ち合うことにして、俺は服屋を出た。

 さてと、フェンルたちが戻って来るまで『山ダンジョン第2階層』の資料でも調べておくか。




────────────────




「お待ちしておりました」


 俺が冒険者ギルドに入ると、アイリーンさんにお辞儀をされた。

 そして──たっぷり1分、頭を下げてから、彼女は顔を上げた。


「実は──クロノさんに『S級クエスト』をご提案したいと思いまして」

「『S級クエスト』?」

「このギルドでご案内している、特別に条件のいいクエストのことです」


 アイリーンさんは説明してくれた。

 ギルドには様々なクエストが持ち込まれる。

 報酬が多いもの。少ない代わりに楽なもの。近場での採取系。長距離移動になるがレアアイテムを手に入れられる採取系、など様々な種類だ。

 その中でも報酬がいいものや、受けると特別な人脈ができたりするものを『S級クエスト』と呼んでいるらしい。冒険者ギルドが「この人なら」という相手に依頼するクエストだそうだ。


「それを俺に?」

「はい。ぜひとも、お連れの少女3人を連れて、クエストに参加していただきたいのです」

「どうして?」

「……実は、他の冒険者の皆さんから、クロノさんのパーティの話を聞きまして……」


 しゅん、とした顔でアイリーンさんは頭を掻いた。


「『育成枠』でもあんな仲のいいパーティは見たことがない、まるで家族のようだと……ダンジョンからの帰り道であなた方を見かけた冒険者さんが教えてくれたんです。クロノさんが、小さな新人さんに無茶させたりとか、そんなことはありえない。変な疑いをかけるのはおかしいって……。

 そのあと……ギルドマスターとも相談して、お詫びをかねて『S級クエスト』をクロノさんたちにご紹介しようということになったんです……」


 仲のいい家族、だと? なぜそんな勘違いを?

 俺はあらゆる知識と技術をもって、最速でルチアたちを育てているだけなのだが。


 帰り道で、疲れて眠った初心者冒険者をおんぶするくらい、誰でもすることだろう? 景気づけに手をつないで歌いながら歩いたのはフェンルだし、休憩中に俺が膝枕をしてやったのは、まわりに人がいて『結界』を張れなかっただけなのだが……それが、仲のいい家族……?

 王都の冒険者とやらは、一体どこを見ているのだ?


 いや、逆に、冒険者がそんな見る目のない奴らなら、魔人のつけいる隙があるな。

 そのおかげで『S級クエスト』を紹介してもらえるのだからな。

 その勘違いを、せいぜい利用させてもらうとしよう。


「……お話はうれしいです。けど、ルチアとマルグリッドはまだ初心者です。あまり危険なことは……」

「いえ、危険はありません。難易度は低いですし、体力もあまり使わないと思います」


 どういうクエストだ。それは。


「依頼者の希望は『貴族の少女と並べても見劣りしない、10代前半のかわいい少女と、それを大事にしている冒険者』です。仕事の内容は──貴族の姫君の、狩りの補助みたいなものですね」


 アイリーンさんは真剣な顔をしている。

 彼女の手元には、クエスト内容が書かれた紙束がある。

 過去の『S級クエスト』のリストのようだ。数は多くない。が、条件がいいものばかりだ。報酬が高かったり、王家に関わるものだったり、それを足がかりに名をあげた者もいるらしい。


「依頼者は、王立図書館の司書をされている侯爵家の方です。報酬もかなりいいですよ? 王都での人脈も手に入りますし」


 ──ふむ。

 俺は手早く計算した。

 報酬、人脈。勇者をめざしているルチアたち。それに関わる人脈。

 すべてを頭の中で整理すると──


「……詳しい内容を教えてもらえますか?」


 話だけでも聞いてみるか。





そして、魔人さんが目にした「S級クエスト」とは…。


いつも『魔人さん』を読んでいただき、ありがとうございます。

もしもこのお話を気に入ってくださったら、ブックマークしていただけたらうれしいです。

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