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第32話「魔人さんとはじめる『ダンジョンスローライフ』その7 ─ゆるふわ籠城戦─」

「……無茶はするなと言ったのに」


 フェンルたちは『結界』を背にして戦っている。

 敵はゴブリン4体──いや、1体倒されたから、残り3体だ。


『ゴブァ──ッ!!』『グル、グルガァ!!』

「マルグリッドさんは左側の敵を。正面と右は私が相手をします!」

「援護いたしますフェンル姉さま! 『緑の拘束』!!」


 フェンルのダガーがゴブリンの手首を切り裂き、さらにマルグリッドの魔法『緑の拘束』が、ゴブリンたちの脚をからめとる。その隙にフェンルは距離を取る。『真空の刃』を飛ばして、ゴブリンたちにダメージを与えていく。


 フェンルが前衛。マルグリッドがその支援。

 ルチアがときどき、『結界』から顔を出して、細かい敵の位置を知らせる、という戦法だ。


「……なかなかやるな。3人とも」


 俺が教えた戦い方を、見事に実行している。

『結界』を利用した、一番安全な『籠城戦(ろうじょうせん)』を──







──魔人さんとはじめる『籠城戦(ろうじょうせん)』マニュアル──




・やりかた


(1)まずは『結界』を用意します。できれば『結界偽装』でまわりから隠しましょう。通過できるのは空気など、生きるのに必要なものと、魔人さんと従者(フェンル、ルチア、マルグリッド)だけにします。


(2)敵がやってきたら、こちらは『結界』から出て攻撃します。


(3)当然、敵も反撃してきますから、危なくなったら『結界』に逃げ込みましょう。


(4)敵は『結界』を破ろうとしますが、第1、第2階層程度の敵では魔人さんの『結界』を破ることはできません。入り込むこともできません。あわてず、落ち着いて行動しましょう。

 逃げ込んだあと、こちらは体力の回復につとめます。魔人さんが用意してくれたおやつを食べるのもいいでしょう。おひるねしても構いませんが、1人は見張り役を残すようにしましょう。


(5)そのうち敵は、あきらめて『結界』から離れていきます。


(6)敵が距離をとったら、こちらは『結界』を飛び出し、フェンルの風魔法で背後から攻撃します。マルグリッドの拘束魔法で、相手の動きを止めるのもいいでしょう。


(7)不意打ちを受けた相手がひるんでいるうちに、背後からガンガン攻撃します。


(8)敵が反撃してきたら(3)に戻ります(以下繰り返しです)。





『グガアアアアア──ッ! イッ、イイカゲンニシロオオオオ────ッ!!!』


 ……ゴブリン、本気でキレてるな。

 怒るのも無理ないよなー。


 ちくちく刺して逃げて──刺して逃げて──。

 ゴブリンも……相手するの嫌だろうな。俺だってキレるぞ。こんな戦い方されたら。


「確かに俺は、自分の判断で行動しろと言ったが……無理をするなとも言ったぞ」


 この戦法は『とっても安全な籠城戦』ではあるが、絶対に無傷でいられるとは限らないのだ。

 3人とも『結界』の中にいればいいものを、どうしてこんな危険な真似を──




「クロノさまのところへは──行かせません!」

「お兄様の背後はルチアが守るのね!」

「クロノにいさまが、心置きなくお仕事ができるように!!」



 

 ──そういうことか。

 

「……ゴブリンロードの最後の叫びは、不発ではなかったのだな」


 このゴブリンたちは『ゴブリンロード』の、最後の叫び声で集まって来た奴だ。目が赤くなっていないのは、時間が経って『凶暴化』がとけたからだろう。

 どうりで俺のところに来ないと思った。フェンルたちが、ゴブリンたちを食い止めていたのか……。


 ……まったく、もう。

 魔人にとってはゴブリン4体くらい、たいした敵ではないのだぞ。

 なのに……無茶をするやつらだ。ほんとにもう……まったくもう……。




「『変幻の盾』! 遮断:魔物!!」




 俺は盾を投げた。




「クロノさま!」「お兄様!」「クロノ兄さま!!」




 フェンルたちが振り返る。




『グゴァ!!』『ガバァッ!!』




 盾の直撃を受けたゴブリン2体が吹っ飛び、動かなくなる。


 残りのゴブリンは1体だ。

 対してこっちは──フェンルは1人前。マルグリッドは半人前。その2人がよそ見をしてるから戦闘力はさらに半分で0.75人前。ゴブリン1体を相手にするには、それくらいがちょうどいいだろう。

 3人でここまで戦ったのだ。俺がすべて片付けてしまうわけにはいかない。ダンジョン1泊2日、仕上げの戦闘訓練ということにしよう。


「戦闘中によそ見をするな! まだ敵は残っている!」


 戻ってきた盾を俺はつかんだ。投げるのは我慢だ。

 ルチアは『結界』の中に入っているし、フェンルがいればマルグリッドも大丈夫だし。もうちょっと──うん。たぶん、大丈夫だ。フェンルはゴブリンの剣を見切っている。マルグリッドも、あの動きは『模擬戦』で『ゴブリンフェンル』と戦っていたときのものだ。ゴブリンの戦闘パターンは理解しているようだ。


 ルチアは唇をかみしめて、戦闘を見ている。わかるぞ。手を出したいのに出せないその気持ち。こちらが2人がかりとはいえ、ゴブリンも剣を振り回しているからな。危ないものな。俺も我慢の限界が近づいてきている。……そろそろいいか? 盾、投げてもいいか……?


『グア…………ァ』


 ぱたん


 マルグリッドの剣を受けたゴブリンが、地面に倒れた。

 ゴブリンロードが呼び寄せたのは、合計5体。俺が来るまえに1体倒していたから、これで全滅だ。よくやった。たいしたものだ。


「「「…………」」」


 なんだ? どうしてそんな青い顔をしている?

 ダンジョンの初戦闘で見事に勝利したのだろう? もっとよろこんでもいいはずだが。


「……ごめんなさい。私たち、がまん、できなくって」


 3人を代表して、フェンルが口を開いた。


「ルチアちゃんたちは悪くないんです。魔物の叫び声が聞こえたあと、ゴブリンたちがやってきて……『凶暴化』してたから『ゴブリンロード』がいるんだって思って……もしかしたら、クロノさまを攻撃に行ったんじゃないかって思ったら……その」

「フェンルねえさまは悪くないの! ルチアが飛び出して見つかったから!」

「最初にゴブリンに見つかったのはわたしです! だから──」


 3人は口々に声をあげている。


「ああ、それはもういいから」


 だからそんな、今にも泣きそうな顔をするな。


 ジルフェ村の孤児院でもそうだったけど、ちっちゃい子に泣かれるって、意外とこたえるのだぞ。たとえこっちが悪くなくてもだ。


「よ、よく俺の背後を守ってくれた。礼を言う」


 俺はフェンル、ルチア、マルグリッドに向けて、告げた。

 ……まったく。なんで魔人が従者に礼など言わなければいけないんだ。


 ノエル姉ちゃんのせいだぞ。

 なにかしてもらったらお礼を言いなさい、って、ちっちゃい頃からさんざん教え込まれたからな。ノエル姉ちゃん自身が『ありがとう大好き人間』だったから、俺もつられてそうなってしまったのだ。ぐぬぬ。


 魔人を精神汚染するとは……やはり人間はおそろしい種族だな。


「自分の判断で動けと言ったのは俺だからな。『結界』に籠城(ろうじょう)する作戦も、いざというときのために俺が教えたものだ。お前たちは…………なにもまちがっていない」

「……クロノさ──」

「おにいさまー」「くろのにいさまぁ!」


 なにか言いかけたフェンルの横をすり抜けて、ルチアとマルグリッドが飛びついてきた。


「し、心配したのね。お兄様が、怪我してるんじゃないかって」

「恐かったです。クロノ兄さまがいないだけで『結界』の中がすごくさみしくて」

「──あの」

「…………くすん。でも、よかったの。無事で……ほんとに」

「うわああああああん!!」

「………………」


 まったく、ルチアもマルグリッドも、しっかりしていると思ったらこれだ。

 疲れもあるのだろうな。『結界』の中とはいえ、ダンジョン1泊2日で緊張したこともあるだろう。

 もう泣くな。昼食を食べたら髪を結ってやる。適当な布があるから、マルグリッドにはリボンでもつけてやろう。


「フェンルは……お昼のオムレツのタマゴを2倍にするか?」

「いいです! 私、お姉さんですから。お姉さんですからねっ!」

「そうか。じゃあ俺はお昼の準備を──」

「うわーんっ! しんぱいしたよおにいちゃーんっ!!」


 だから時間差で飛びついてくるのはやめなさい。

 それとフェンル、お前シャワーを浴びたあと、身体をよく拭かずに服を着ただろ。ぐっしょりだぞ。さっさと着替えてこい。それからお昼だ。

 いいバターが手に入ったからな。魔人のお昼を堪能(たんのう)するがいい。

 食べ終わったら休憩だ。ダンジョンのひるさがりをゆっくりとすごして、満足したら、王都に帰ろう。





 それから俺たちは、塩気たっぷりのとろふわオムレツを食べて。

 帰り道に現れた魔物たちを、そこそこ蹴散らして。


 午後の早い時間に、王都へと戻ったのだった。





────────────────────




「そういえば、冒険者ギルドに寄らなければならないのだったか」


 ギルドの女性に「帰ったら出頭してください。ルチアさんとマルグリッドさんにつけた『健康管理クリスタル』」をチェックしますからね、と言われていたんだった。面倒な話だが、仕方ないな。


 俺はフェンルを宿に帰してから、ルチアとマルグリッドを連れて、冒険者ギルドに向かった。





────────────────────




「……水晶がオールグリーンになっているのですが」


 ギルドの女性(いまさらだが、名前はアイリーンさんというらしい)は、びっくりしてる。


「なにか問題があるんですか?」


 俺が人間口調で聞き直すと、アイリーンさんは、ばん、と机を叩いて、


「大ありです! お渡ししたときは青だったんですよ!? あれが『通常状態』です! なのに、なんで……なんで『超絶好調』をしめすグリーンになってるんですかああああああっ!!」


 絶叫した。


 いや、そんなこと言われても。

 ダンジョンに行った証拠はあるぞ? さっき魔鉱石(まこうせき)を換金しただろう? ちゃんと鑑定(かんてい)したのはそちらで、ダンジョンで採ったものだと証明してくれたのでは?


「し、しかも。マルグリッドさんもルチアさんも、どうしてそんなにお肌がつやつやなんですか!? ほっぺたぷにぷになんですか!? いいにおいがするんですか!? どうしてそんなお風呂に入ったあとのような満たされた顔をしてるんですか!? あなたたち、一体なにをしてきたの!?」


「えっとなのね」「それは、ですね」


 マルグリッドとルチアは、指を折って数えはじめた。


「まずはダンジョンの魔物をじっくり観察して」

「横になって、お昼を食べながらなのね」

「それから、模擬戦闘(もぎせんとう)をして」

「お昼寝のあと、おやつの前になのね」

「そのあとは、模擬戦闘の復習をして」

「おふろにはいって、お兄様に髪を拭いてもらったのね」

「お肌の手入れをして」

「体操をして」

「「あ、魔物とも戦いました」」


 以上です、と、マルグリッドとルチアは、ぱん、と手を叩いた。


「…………なんで魔物との戦闘がついでみたいに……どういうダンジョン探索なのですかぁ……」


 ギルドの女性は、頭を抱えてつっぷしてしまった。

 おーい。大丈夫か。


「……ふ、ふふふ」


 心配してたら、彼女はふと、顔を上げて。

 挑戦的な目で、俺を見つめて。


「まぁ、そんな甘い冒険者ライフを送っていたら、この子たちの成長も遅いでしょうね。『アルダムラ商会』に行った方がよかったと思うかも知れませんね。あちらは正統派の育て方をするって言ってましたから」

「そういえばお兄様、ルチアは回復魔法を覚えたの」

「わたしも、戦闘補助の魔法を覚えました」


 ルチアとマルグリッドが、しゅた、と手を挙げた。


 この世界では一般的に、15歳でスキルに覚醒するが、例外もある。ルチアとマルグリッドはそっちの方だ。でもって、一度スキルが覚醒してしまえば、あとは戦闘経験を積むたびに、できることは増えていく。

 2人ともまだ冒険者としては初心者だ。だけど、ルチアは『商会』のパーティの戦闘中に、回復役の行動をじっくり見ていたこと、『凶暴化』したゴブリンとの戦闘を支援したことで経験値が溜まり、マルグリッドはゴブリンを倒したことでレベルが上がったらしい。


 2人とも、まじめだからな。

 この調子でいけば、ダンジョン第2階層に行けるようになるのも遠くはないだろう


 今回のダンジョン探索には充分な成果があった。ゴブリンロードと戦ったことで、第2階層の敵の強さもわかったからな。あの程度なら問題なく突破できる。


 問題は第3階層だが──攻略中はルチアとマルグリッドには留守番させた方がいいかもしれぬな。まぁ、それももう少し先の話だ。攻略のめどが立っただけでも、ルチアたちは充分、俺の役に立ったと言えるだろう。


「うちの子は優秀ですから。ギルドの方から見れば、規格外かもしれませんね」

「……いいです。冒険者ギルドは初心者の子どもたちが幸せになってくれれば。それでいいです……」


 アイリーンさんは、なにかをあきらめたようなため息をついた。

 それから深々と、俺に頭を下げて、


「変なふうに疑ってすいませんでした。あなたたちは、この子たちの保護者にふさわしい方です。クロノ=プロトコルさん……あ、そういえば」


 なんだ?

 頭を上げたと思ったら、ギルドの受付の方に走り出したな、アイリーンさん。

 受付の下にある箱を引っかき回して、なにかをつかんだ。封筒のようだ。それを手に、駆け足でこっちに戻ってくる。


「クロノ=プロトコルさんに手紙が届いていたのでした。どうぞ」

「……手紙?」


 ギルドの女性が渡してくれたのは、真っ白な封筒だった。

 差出人は『ノエル=フォルテ』──フォルテ姉ちゃんからの手紙だ。


「プロトコルさんのものだって判別するのが大変でしたよ。宛名がこんなのでしたから」

「……お手数をおかけしました」


 俺は封筒の表書きを見た。

 ……うん。これは、俺宛てだってわからないよな。

 ノエル姉ちゃんの字で『王都冒険者ギルド所属 クロノ=プロトコルさま』って書いたとなりに、4人分の文字で『クロにいちゃんへ』って書いてあるし。そっちの方がでかいし。ノエル姉ちゃんの書いた文字の上にもかかってるし。


 よくこれで俺宛てだってわかったな。すごいな、アイリーンさん。


「確かに俺あての手紙です。ありがとうございました」


 俺は彼女に頭を下げて、手紙を受け取ったのだった。






 宿に戻って──フェンルたちに本日2度目のおやつを食べさせたあと──俺は封筒を開けた。

 入っていたのは、数枚の羊皮紙。

 ノエル姉ちゃんの見慣れた文字がならんでる。えっと、なになに──。




『クロちゃんへ。

 とりあえず、今、なにをやらかしてるのか、お姉ちゃんに教えてください……。


 いきなり貴族のアグニスさんが来て、ほんとにびっくりしたんだからね!』




 ──なんかごめん。


 でも、次の行では、




『まぁ、みんな仲良くなったから、いいんだけどねっ! いい人を紹介してくれてありがとう!』




 ──って、続いてた。

 さすがだ、ノエル姉ちゃん。





「ダンジョンスローライフ編」は、いったんここまでです。

次回より新章です。お姉ちゃんの手紙から、魔人さんはとある事件(?)に巻き込まれることに……


いつも「魔人さん」を読んでいただき、ありがとうございます。

もしも、このお話を気に入っていただけたのなら、ブックマークなどお願いします。

次回、第33話は、週の真ん中くらいに更新する予定です。

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新作、はじめました。

「竜帝の後継者と、天下無双の城主嫁軍団」

うっかり異世界召喚に巻き込まれてしまったアラサーの会社員が、
正式に召喚された者たちを圧倒しながら、異世界の王を目指すお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
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