第30話「魔人さんとはじめる『ダンジョンスローライフ』その5 ─あらわれた妖精さん(代理)─」
──フェンルたちが、わちゃわちゃと『模擬戦』をしている頃──
『アルダムラ商会』のパーティは、ダンジョン第1階層の奥の方へ来ていた。
「町に帰る前に、場所だけ教えておきます。ここが『山ダンジョン第2階層』への入り口です」
『商会』の重装戦士メアリは『育成枠』の少女たちに告げた。
このあたりは狭い通路になっていて、その先に石造りの階段がある。
重装戦士メアリが言ったとおり、そこを上れば『山ダンジョン』の第2階層だ。
ここから第2階層を見ることはできない。
壁がそそり立っているように見えるのは、すぐに曲がり角になっているからだ。
そのため、魔物の不意打ちをうけやすいのだという。
「あなたたちだけでは近づいてはいけない場所を、見せておきたかったのです」
メアリはそう言って、少女たちに優しい笑顔を向けた。
「第2階層の魔物には、第1階層よりも強いものがいますので。もちろん、こちらから挑発でもしない限り、上から降りてくることはありませんが……油断は禁物ですからね」
「挑発とは、どんなものでしょうか?」
金色の鎧を着た『育成枠』の少女が手を挙げた。
「そうですね。たとえばゴブリンであれば、特定の挑発文句があります。
人間には正式な発音が難しいですが『地の底にかえれこの邪鬼め』という言葉ですね。一般的なゴブリンには理解できませんが、上位のゴブリンロードなどは、人間の声にも反応して襲ってきます。気をつけるように」
「『ゴフゴフゴーフゴフ』……ですか?」
「あら、意外と発音がおじょうず……」
メアリが口を押さえて笑ったとき──
『ゴブゥッ!!』
階段の上から、声がした。
「……まさか!?」
『商会』のパーティが顔を上げると同時に、彼らの頭上で魔物が、階段を蹴って跳んだ。
緑がかった皮膚。頭には角のついた兜。つけているのは魔物には似つかわしくない、金属製の鎧。左右の手にはショートソード。
そして、第1階層のゴブリンより、一回り大きな筋肉質の身体。
『グアアアアアアアア────ッ!!』
「まさか! 『ゴブリンロード』がすぐ上にいたなんて!?」
重装戦士メアリは、思わず階段を見た。
第1階層と第2階層、そのちょうど真ん中あたりに、食べかけの魚が転がっていた。第2階層で食べていたのを、ゴブリンロードが落としたのだろう。それを拾いに来たとき、奴は挑発の声を聞きつけたのだ。
しかも、目を見開いて、歯をむきだして、むちゃくちゃ怒っている!
『ゴフゴフゴフゴフ────っ!!』
ゴブリンロードが雄叫びをあげた。
同時に、空中で壁を蹴り、メアリたちの背後に着地する。
「──ぐぁっ!!?」
不意打ちだった。
後衛の魔法使いたちが、固い腕で殴られて倒れる。
その向こうにいるのは『育成枠』の少女たち。カイエと、商人の娘のイレイナだ。
「に、逃げなさい! こいつは私たちが食い止めます。走るのです! ダンジョンの入り口の方へ──!」
「はいっ!」
仲間の手を引いて、『育成枠』のカイエは走り出す。
後ろでは戦闘音が続いている。相手は1体だ。不意を打たれたとはいえ『商会』のパーティが遅れをとることはない。そう思って振り返ると──そこには、
数体のゴブリンに取り囲まれた『商会』のパーティと──
カイエとイレイナを追いかけてくる、ゴブリンロードがいた。
さっきのゴブリンロードの雄叫びは、仲間を呼ぶためのものだったのだ。
第1階層のゴブリンは比較的おとなしい。が、その目は赤く染まっている。ゴブリンロードの雄叫びで『凶暴化』したのだ。そして、声に引かれて集まって来た──
「────イレイナ、こっちへ──っ!!」
カイエはイレイナを抱え込むようにして走る。『きんぴかブレストプレート』をつけているイレイナは足が遅い。けれど、見捨てることはできない。仲間なんだから。
ゴブリンロードは他のメンバーを無視して、カイエたちを追いかけてくる。
イレイナが挑発したからか、それとも狩るのにちょうどいい獲物だと思ったのか──
『ゴブアアアアアアアア────ッ!!』
ゴブリンロードは、まるで楽しんでいるかのようだった。
逃げ回るカイエたちを追いかけ、当たるぎりぎりで剣を振る。かすった剣先はカイエの鎧を削り、イレイナの服を裂く。怯えた彼女たちが走る速度を上げるのを見て、また笑いながら追いかけてくる。その繰り返し──
「はぁ、はぁ、はぁっ!!」
どこをどう走ったのか覚えていない。
カイエが、がくり、と、足を取られたと思ったら、隣でイレイナが力つきていた。足を押さえている。走っている間にひねったらしい。ゴブリンに斬られたのか、浅い傷から血が流れている。彼女はもう走れない。
ゴブリンロードは近づいてきている。
獲物が動けなくなったのに気づいたのか、舌なめずりをしながらこっちを見ている。
「そ、そうだ──『笛』を──」
ピィィィィ──ポロポロポロ──────ッ!!
カイエは『救難信号の笛』を吹き鳴らす。助けが来ることは期待していない。ゴブリンロードが、少しでもひるんでくれればと思ってのことだ。
だが、効果はなかった。
敵は薄笑いを浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。
「────逃げて……カイエ」
そうつぶやいて、イレイナは気を失った。
カイエも、恐怖で意識がどこかへ行ってしまいそうだ。
「ううん。こんなところであきらめたら『妖精さん』に嫌われてしまいます!」
カイエは、自分の剣を抜いた。
「あ、あたしの冒険は、まだはじまったばかり……っ!」
がいんっ!
振りかざしたカイエの剣は、ゴブリンロードの剣とぶつかり──あっさりと飛ばされた。
「……あ、あ……あ」
『ゴブゴブ……ゴブ』
ゴブリンロードが剣を振り上げる。
抵抗する力をなくした獲物を、あざけるように笑っている。
そして──
──どごんっ!!!
『グボアアアアアアアア──────っ!!』
カイエの背後から飛んできた『盾』が、ゴブリンロードの頭部にめりこんだ。
一瞬遅れて、ゴブリンロードの身体が真横に吹っ飛ぶ。
もんどりうって地面を転がり、ダンジョンを流れる川に、片足を突っ込んで止まる。
「…………あ、あ、あ」
カイエは疲労と恐怖で、視界がはっきりしない。今にも気を失いそうだ。
だから──振り返った彼女が見たのは、ぼんやりとした影だけ。
「貴様の勇気に敬意を表する。
うちの子にも、冒険者の友だちがいた方がいいからな。それにふさわしい者を、ゴブリンなどに殺させるわけにはいくまい」
どこかで聞いた言葉だった。あれは確か──
「…………妖精さん…………ですか?」
限界だった。
気が抜けたカイエは、そのまま意識を手放し、倒れた。
────────────────────
「…………妖精さん…………ですか?」
「いや、魔人さんだが」
俺の腕の中で、革鎧を着た少女が気を失っている。
『商会』のパーティと一緒にした、初心者冒険者だ。やはり、笛を吹いたのは彼女だったか。
話を聞く必要は……ないか。だいたい状況はわかるからな。
なにかの事故で第2階層から降りてきた上位ゴブリンに襲われたのだろう。指導者の連中は……どこだ? 『救難の笛』を吹いてたところを見ると、はぐれたか……災難なことだな。
だが、『妖精さん』って────誰のことだ?
まさか……このダンジョンには本当にそういうものがいるのか……?
……この少女があれほど真剣に呼びかけていたのだ、いないとは言い切れない。それに、ここは俺の知らないダンジョンだ。もしも少女を助ける『妖精さん』がいて、彼女はそいつに助けを求めていたとしたら……。
そして、その『妖精さん』が駆けつける前に、うっかり俺が手を出してしまったとしたら──?
俺は『妖精さん』から少女を奪ったことになるのでは……?
……まずいな。
伝承に出てくる妖精とか、精霊とか、神さまというのは気むずかしいものなのだ。会ったことないが。
面倒なことになったな……。ダンジョンの妖精さんを怒らせたら、あとでルチアたちが仕返しをされるかもしれない。
それを避けるためには…………?
『……ゴブ……エモノ…………クラウ』
「うるさいぞゴブリンロード。取り込み中だ、ちょっと黙っていろ」
よし、考えがまとまった。この手で『妖精さん』をごまかそう。
まずは戻って来た『変幻の盾』(通過:防具。遮断:魔物)を回収して、と。
それから、俺はゴブリンロードをにらみ付けた。
「悪いが、これから俺は貴様を討伐することにする。上位の魔物が低階層をうろついていては、うちの子の探索の邪魔なのでな。
それが嫌なら、今すぐ第2階層へ帰るがいい。この少女たちをなぶり殺そうとしたことを詫び、二度と第1階層へ降りてこないと誓うなら、見逃してやってもいいぞ?」
『……グゴ!?』
ゴブリンロードは頭を振って起き上がる。
地面に落ちた剣を拾って──
『ゴブアアアアアアアアアアアアアアアア────ッ』
──吠えた。
その気はないか、じゃあ、しょうがないな。
俺は片手に『変幻の盾』をつかみ、宣言する。
「ならば来い『ゴブリンロード』!! 『妖精さん』の眷属が遊んでやる!!」
──これでよし、と。
代理として少女を助けてやったことにしよう。そうすれば妖精さんも怒るまい。
怒られたら謝ろう。
『グゥオオオオオオオオ!!!』
ゴブリンロードが剣を構えた。
さすがゴブリンの上位種。身長はひとまわり大きいし、筋肉の付き方も段違いだ。
「だがな、こっちは魔──いや、『妖精さん』の眷属なのだよ!!」
『ゴブオオオオオオオオ──!!』
「『変幻の盾』! 通過──」
力加減が難しいな。相手の技術を考えると……こんなもんか。えい。
少女を抱えていない方の手で、俺は『変幻の盾』を投げた。
『…………オソイ──』
「だろうな」
『────ミキッ──タ────!?』
奴の心臓を狙って投げた盾に、ゴブリンロードが双剣を振りおろす。たたき落とすつもりか。
タイミングは合っている。力も足りている。なかなかやるな。
…………で、貴様はその盾に、触れることができるのか?
ぼきんっ
『──グ!? グワァボアアアアアアアアアアッ!!!!』
『変幻の盾』は、振り下ろした双剣をすり抜けて、ゴブリンロードの両腕を叩き折った。
盾の設定は『通過:剣、遮断:魔物』だ。剣でその盾は止められない。
たたき落としたくなるように速度調整するのは、意外と面倒だったぞ。
『グアアアアアアアアアア!! ゴ、ゴロスウウウウウ!!』
ゴブリンロードは、折れた腕でつかみかかってくる。
「さすがゴブリンの上位種。腕をへし折ったくらいでは逃げぬか──!」
それとも、こっちの両手がふさがってるから、勝てるとでも思ったか。
『育成枠』の少女たちを地面に放り出しておくわけにはいかないからな。
俺はふたりの少女を抱えて、後ろへさがる。『変幻の盾』が戻って来るが、回収はできない。盾はそのまま後に向かって飛んでいく。
だが、ゴブリンロードの間合いはわかっている。かわすのは難しくない。ついさっき『魔物体操』をしたばかりだ。あれが役に立った。
ゴブリンの力と攻撃範囲を、だいたい1.5倍すれば、ゴブリンロードのそれと一致するのだ。
「こっちの手がふさがっていようと、貴様では俺を捕らえることはできぬよ」
『グッガアアアアア! ゴブァアアアアアア!!』
ゴブリンロードは追ってくる。大口を開けて、ひたすら食いついてこようとしている。もはや俺を喰らうことしか頭にないようだ。
俺は少女たちを抱えて、さらに後ろへ。
ダンジョンを流れる川の上に、ちょうどいい足場があったから、それに乗る。
ゴブリンロードも当然、追ってくる。
俺を追うには、直径5メートルの半透明の足場はちょうどいいだろう。これだけ大きければ、その上で戦闘もできるからな。
さっきまではなかった。円形の、半透明の足場だ。
「だがな、これは足場ではない。俺の盾だ」
『──ガ!?』
「そして──調理道具でもある。魔物に土足で踏まれたくはないのだ。
だから落ちろ、ゴブリンロード!! 『通過:魔物、遮断:その他』!!」
どぼん
川の上に浮かべた『変幻の盾』に乗っていたゴブリンロードが、『通過』して、落ちた。
『変幻の盾』は、ある程度なら遠隔操作できる。最大サイズは、約5メートル。
川の上に浮かべておけば、足場くらいにはなるのだ。
注意していれば気づくだろうが、ゴブリンロードは頭に血が上っていたからな。
「悪いが、貴様を逃がして、うちの子の育成の邪魔をさせるわけにはいかない」
『────グ、グァ』
ゴブリンロードは必死に、川岸にしがみつこうとしている。
だが、折れた腕では、それもままならぬか。
「それと、お前は俺の目の前で、この少女を殺そうとした。俺が一度助けて、うちの子の遊び相手にふさわしいと見込んだ者を。
俺が貴様を倒す理由としては十分だ。消えろ」
『ゴフゴフゴフゴフ────っ!!』
「──ちっ! この期に及んで仲間を呼ぶか!?」
俺は少女たちを地面におろし、ショートソードでゴブリンロードにとどめを刺した。
が、奴の叫び声は──ダンジョンに響き渡った。
まずいな。ゴブリンロードは、戦う気のないゴブリンまで呼び寄せて『凶暴化』させるからな。
フェンルたちは『結界』の中にいるから平気だろうが──俺が全部倒すのか……。
……面倒だな………………。
………相手したくないな……………。
…………というか、なかなか来ないな…………。
………………………………………………………………………………………………………………。
「──あれ?」
しばらく待ったが、なにも起こらない。
「近場に、他のゴブリンがいなかった、ということか?」
……ならば、問題ないか。
ゴブリンロードは息絶えて、川岸に引っかかっている。大きめの魔力結晶が出てきたから、死んだのは間違いなさそうだ。じゃあ、この魔力結晶はもらっておくとしよう。
さてと、気絶した少女ふたりは…………。
「……うぅ」「…………」
俺の腕の中でぐったりとしている。どうしよう。
「そういえばさっき、『妖精さんの眷属』を名乗ってしまったのだったか」
ならば、放り出すわけにもいかないか……。
しょうがない。『商会』のパーティを探して、押しつけることにしよう。こっちも早いところ『結界』に戻らなければならないし。
フェンルとルチア、マルグリッドがおとなしくしてるかどうか、気になるからな。
「よいしょ」
俺は少女2人を小脇に抱え──るのは疲れるから、浮遊させた『変幻の盾』に2人分の脚だけ乗せて、と。
まったく、今日中に帰らないとギルドがうるさいというのに、手間を増やしてくれる。『商会』め。
…………『妖精さん』名義で『商会』になにか請求してやるか。
それも…………いいかもしれぬな。
ちょうど、必要なものもあったからな。
俺は『アルダムラ商会』のパーティを探して、歩き始めた。
そしてダンジョンに『妖精さん』伝説がまたひとつ……。
いつも「魔人さん」を読んでいただき、ありがとうございます。
もしも、このお話を気に入っていただけたのなら、ブックマークなどお願いします。
次回、第31話は明日、更新する予定です。




