第28話「魔人さんとはじめる『ダンジョンスローライフ』その3 ─魔人さんの採取クエスト─」
──山ダンジョン第1階層 午後5時ころ──
「では、俺は素材の採取と探索に行ってくる」
ダンジョンを流れる川の近くに『結界』を張り、俺は言った。
『結界』の中は『えあこん』のおかげで温かい。『コンロ』が灯りの代わりをしているから明るい。俺が多少離れても『結界』は消えることはない。
ならば、俺がひとりで素材採取に行っても問題ないだろう『変幻の盾』で素材採取を効率化できるか、試してみたいからな。
フェンル、ルチア、マルグリッドは、おやつを食べたあと再び昼寝をしたから、健康状態には問題ない。これなら『冒険者ギルド』に文句を言われることもなさそうだ。では、彼女たちには課題をこなしてもらおう。
「お前たちは、今日習ったことを復習しておくがいい。粘土板は持ってきているな? そこにスライムの生態を書き、さらに『ゴブリン模擬戦』で気がついたことを書き残しておくように」
「あの……ブロブロさま」
フェンルが俺に耳打ちする。
「私も、ご一緒した方がいいのでは」
「無用だ」
「でも」
「よいかフェンルよ。俺たちはルチアとマルグリッドの安全に責任があるのだぞ」
俺はフェンルの銀色の髪をなでた。
「ごくごくわずかとは言え、お前は2人のお姉さんなのだ。俺がいない間、面倒を見てやってくれ」
「ごくごくわずかではないのですが!? 私、ルチアさんより5歳くらいお姉さんですよ? ブロブロさまと同い年なんですよ? 忘れてませんよね!?」
「では、後は任せた」
「ブロブロさまぁーっ!」
フェンルの声を聞きながら、俺は『結界』を出た。
外から見ると『結界』は、小高い岩場に偽装されている。
石壁にくっつけているからか『上から岩が落ちてきて積み重なった跡』にしか見えない。この階層の敵や、さっき出会った冒険者どもに破れるものでもない。安心して採取に行くことにしよう。
「まずは……鉱石でも探すか」
この『山ダンジョン』の第一階層は、低レベル冒険者の採取場ともなっている。
岩壁がまるで生きているかのように、細かい崩落と再生を繰り返しているため、地面に落ちている石に、高価なものが混ざっていることもあるのだとか。
ただ、持ち帰って割ってみなければ価値がわからないという、やっかいなものでもあるのだ。
「ふむ。冒険者ギルドから聞いた採取場は、このあたりだったか」
十数分歩いてたどりついたのは、細かい石が積み上がっている広場だった。左右が岩壁で、その下は、小さな石が敷き詰められた平地になっている。冒険者ギルドによれば、この小石の中に『魔鉱石』が含まれているものがあるそうだ。
「『魔鉱石』は魔法の武器や防具の材料になるのだったな」
やはり魔人が育成するからには、フェンルとルチア、マルグリッドにも、並の冒険者以上の武器を持ってもらわなければなるまい。よし『魔鉱石』、効率よく採取してやろうではないか。
俺は『変幻の盾』を手に取った。
設定は……『遮断:魔鉱石、通過:その他』でいいか。固体分離の設定も入れて、と。
「よいしょ」
透明化した『変幻の盾』で、広場の石をさらっていく。
作業は単純だ『変幻の盾』を、石に押しつけて、引っ張り上げる。そうするとまとめて数十個の石を、盾が通過することになる。普通だったら直感で「これ」と思うものを採取していくそうなのだが、そんなまどろっこしいことはしていられない。
「……だが、フィルタリングしてもこんなものか」
盾の表面には、青白い『魔鉱石』が3つ、残っているだけだった。あとは全部ハズレだ。
100個回収して1個魔鉱石が採れれば、その年の運を使い果たした、とは、よく言ったものだ。正直、魔人としてはめんどくさい。
10分ほどかけて、俺は自分のまわり、半径5メートルくらいの場所の石を『変幻の盾』で分離していった。
採れた『魔鉱石』は22個。金貨11枚程度だ。
「やっぱり、これだけで『スローライフ』を維持するのは無理か」
おっと、他の冒険者に無駄な手間をかけさせるわけにはいかんな。広い場所だから、調べる石はまだたくさん残っているのだが、同じ冒険者として、次に来る奴が楽をできるようにしておこう。
とりあえず、俺がチェックした範囲がわかるように、白い石で囲んで、と。
その中央に同じく白い石を置いて、文字を書いておく。
「『こっちはハズレ』……と」
うむ。これでわかるだろう。次に来る者たちは、残りの場所をチェックすればいいだけだ。俺の収穫は20個もあればいい。魔人とはいえ、人間の資金源を取り尽くすわけにもいかぬからな。
それと『固体分離』に失敗した石が『変幻の盾』に残っていたな。これは中に魔鉱石が入っているやつだ。持っていくのは面倒だ。『こっちはハズレ』の外に置いておくとしよう。
次は……そうだな。確かこのあたりに、肌にいいエキスが採れる花があったな。
その花のエキスは、香りのいい植物油のようなもので、保湿効果があるそうだ。
『冒険者ギルド』を納得させるためには、ルチアとマルグリッドを健康な状態にしておかねばならぬのだ。それでお肌をつやつやにするとしよう。
俺はダンジョンの花が生えているところに向かった。
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「……あの、メアリさま」
「よく見なさい、ふたりとも」
クロノが立ち去ったあとの川原に『アルダムラ商会』のパーティがやってきたのは、数十分後。
黒い鎧をまとった戦士メアリは『育成枠』の少女たちにわかるように、地面に記された文字を指さした。
「世の中には、こういう嫌がらせをする冒険者もいるのです」
「で、でも『こっちはハズレ』って書いてありますよ?」
「……あなたの素直すぎるところが心配なのです、私は」
つぶやいた少女カイエに、メアリは困ったような顔になる。
「これは、白い石で囲ってある方を探られないように、という作戦に違いありません。ひとりじめしたいわけですよ。こんなことを許してはなりません。
そうですね……逆に、この囲ってある方で採取をするとしましょう。そうすれば、このような愚かなことをする者もいなくなるでしょう」
そう言って指導役メアリは『魔鉱石』入りの石の探し方を教える。
他の石と比較して、より丸いもの、握って熱を感じるものが『魔鉱石』入りだ。本当に微妙なので、熟練の冒険者でも間違えることがあるという。
メアリが手を叩くのを合図に、初心者の二人はしゃがみこんで採取を始めた。
「……妖精さん。この文字を書かれたのは、あなたですか……?」
石を拾いながら、少女カイエはつぶやいた。
妖精さん──さっき、彼女におやつをくれた存在。
もしかしたら、それが彼女を知らず知らずに導いてくれているのでは?
「……よし」
カイエはちらりと頭上を見上げた。
指導者メアリは彼女たちが指示に従っているか、じっと見つめている。
カイエは白い石で囲ってある境界のあたりに移動した。線の内側を探っているふりをして、拾っているのは外側の石だ。内側のものと比べて……うん、やっぱり少し熱いような気がする……。
こうして20分ほど、採取作業は続き。
──町に帰ったあとの少女は、ひとりだけ十個以上の魔鉱石を手にすることになるのだった。
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「さて、この花から有効成分だけ採ればいいわけか」
俺は斜面に生えた『ニーラナタ花』のところへ来た。これは花50本で、お皿一杯分の精油が採れるという花だ。これも初心者用の採取クエストに使われる。ダンジョンの斜面には、大量に生えているからな。ちぎって持って行くのが、基本的な採取方法だそうだ。
だが、俺はルチアたちをつやつやにする分だけがあればいいのだ。
「遮断:花のエキス。通過:その他、と」
『変幻の盾』で花を通過させていく。
半透明のフィルタは、花を傷つけることもなく、中のエキスだけをいただいていける。小さければ、生きた植物でもなんとか分離できるか……だが、動物はまだ無理だな。複雑すぎるからな。魔物を分解できれば、戦闘も楽になるのだが……っと。
よし、いい感じに採れた。香りもいいし、肌にもよさそうだ。
だが、やはり採り尽くすわけにはいかぬ。うすめて、ルチアたちに塗る分があればいいのだ。
これは用意しておいた陶器の瓶に入れて、と。
「こっちも、さっきと同じようにしておくか」
落ちていた白い石で矢印を書いて『ここからここまで採取済み』と。
さてと、あとは適当に探索をして帰るとしよう。
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「……あの……メアリさま」
「『採取済み』って書いてありますね! でも、まどわされてはなりません!」
『商会』の冒険者たちは『採取済み』の範囲の花を根こそぎにしていった。
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「そういえば、この第1階層には隠し部屋があるという噂があったな」
ダンジョンを流れる川のそばを歩いていたら、俺はふと、そんなことを思い出した。
第1階層はほとんど探索し尽くされてはいるのだが、伝承によると、もう数カ所部屋があるというのだ。しかし古いダンジョンだから、あちこちに岩や土がこびりついて、隠し扉の場所もわからないそうだ。
誰が作ったかもわからないダンジョンだからな。
だが……そうだな。
俺だったらこの川の上流に、隠し部屋を作るな。ダンジョンを流れる川は、壁の下にある隙間から出てきている。この先に隠し部屋があれば、誰にも気づかれずに水源を利用することができるだろう。
俺が今いるのは、ダンジョンの川の最上流。水は壁の下から出てきている。
その左右は、垂直の石壁だ。表面には土がこびりついている。
たとえば、これをはがしてみると──?
「『変幻の盾』通過:すべて」
俺は透明にした『変幻の盾』を壁の向こうに差し込む。
「『変幻の盾』遮断:土」
ぼこっ。
土だけ引っかかるようにして動かすと、壁にこびりついた土がはがれ落ちた。
その下から、綺麗な石壁が現れる。四角形の隙間がある。まるで扉のようだ。
そして……うむ。ここに鍵穴のようなくぼみがあるな。
鍵は……なるほど。見つからないわけだ。地面の土の中にもぐりこんでいたのだな。ためしに『遮断:鍵』として盾で探ったら出てきた。これを鍵穴に入れると……壁が動いた。
隠し扉は、押し込んでから左右に動かすタイプのものだったのか。わかりにくいな。
扉の向こうは15メートル四方の部屋になっていた。
部屋の隅には、地下水脈の水源があった。穴と溝があり、そこから水があふれ出している。これがダンジョンの川へと繋がっていたのか。水源のまわりは平らな地面だ。まわりは石壁に囲まれているから、扉を閉めれば魔物も入ってこられない。
……ここはダンジョンを管理していた者の部屋か。川とは別に排水口もあるから、ここで数日過ごすことも想定していたのかもしれぬな。空気の流れもあるようだし、キャンプ地としては良さそうだ。
よし。今日はここに泊まるとするか。扉を閉じて、さらに『変幻の盾』でふさげば、魔物も入ってこないだろうし、外で一晩過ごすより、多少はましだろうよ。もう少し広ければいいのだが、ダンジョン内でのキャンプで、居住性に文句をつけても仕方がないからな。安全第一だ。
では、フェンルとルチア、マルグリッドを連れて来るとするか。
俺は3人のところに戻ることにした。
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──数十分後 山ダンジョン第1階層 隠し部屋──
「はふ……あったかいのね」
「気持ちいいです……クロノにいさま」
『結界風呂』の中で、ルチアとマルグリッドがほんわかしている。
ならばよし。
俺はフェンルとルチア、マルグリッドを連れて隠し部屋に戻ったあと、さっそく風呂をわかした。
前にもやった『結界』を裏返して、水を浸透させて浮遊させる方法だ。
水源さえあれば、風呂をわかすのなど楽なものだ。
ルチアとマルグリッドは、風呂を気に入ってくれたようだ。熱を遮断した結界の壁に頭を乗せて、気持ちよさそうに目を閉じている。よしよし。
町に戻ったあと、お前たちがやつれていては『冒険者ギルド』の連中になにを言われるかわからないからな。ゆっくりと温まるのだぞ。そしたら、眠る時間だ。
風呂をわかすのに都合のいい場所が見つかったのもよかった。
風呂をわかすには『結界』をお椀型にして水をくまなければいけない。その下でたき火をすれば、すぐに熱々の風呂になるのだが、その間は魔物に対して無防備になる。だから、こんなふうに水源があって、魔物の進入を防げる場所でなければ、安心して風呂をわかすことはできないのだ。
しかし、ここはいいな。風呂に入ることを考えるなら、宿屋よりもずっといい。宿屋だと水の調達も排水も大変だからな。それに比べて、ここには水源も、排水溝もそろっている。たき火の煙は盾でフィルタリングして、透明にしたうえで流したから、外から見つかることもない。
ダンジョンに、これほど風呂場に向いた場所があるとは知らなかった。びっくりだ。
「つまり、風呂に入りたくなったらダンジョンに来ればいいということか……」
「……はたしてそれは正しいダンジョンの使い方なのでしょうか、クロノさま」
俺の背後でフェンルが言った。
彼女はもう風呂から上がって、薄めた精油を身体にすりこんでいるところだ。『ニーラナタ花』の精油はお肌をつやつやにするそうだが、子どもにちょうどいい濃さというのもあるからな。フェンルの嗅覚と、お肌で試してみることにしたのだ。
「ど、どうでしょうか、クロノさま」
俺の肩越しに、フェンルが手を差し出してくる。
ふむ。確かにつやつやになっているな。それに、いい香りがする。
「きれいになっているぞ。フェンルよ」
「……クロノさま」
「その調子で、ルチアとマルグリッドも全身つやつやにしてやってくれ」
「は、はいっ」
ちなみに俺はフェンルの方を見ていない。3人とも裸だからな。
まったく、冒険者を育成するというのも面倒なものだ。本人たちにやる気があるからいいようなものの、いろいろ気を遣わなくてはならない。ひとりの方がずっと気楽なのだが--
「お兄様……あの、髪をふいていただいても……いい?」
「よしきた。こっちこい」
膝元にすべりこんで来たルチアの頭を、俺は布で押さえた。
ちっちゃい子の髪を拭くのはコツがいるのだ。
力を入れずに水分だけ取る。ただし髪を傷めないように。このあたりはノエル姉ちゃん直伝だ。まかせろ。
「わぁっ、ルチアちゃん。そういうのは服を着てから!」
「気持ちいいのね。フェンルねえさまもしてもらうといいのね」
「……ええ……でも」
「遠慮することはない。フェンルも来るがいい」
俺は肩越しにフェンルを手招いた。
「ひとりの髪を乾かすのも、ふたりの髪を乾かすのもたいして変わらぬ」
「ルチアひとりが特別扱いはよくないのね」
「妹分もそう言っているのだ。ほら、遠慮するな」
「う……うぅ……」
背中に回した手に、フェンルの手が触れると──
「わーい! おにいちゃんありがとー!」
幼女化したフェンルは、俺の膝の上に飛び乗ってきた。
俺は膝に乗せた2人の髪を拭いていく。
後ろではまだ風呂に入っているマルグリッドがゆだってる。少しのぼせたようだ。お湯を捨てたら『結界』をひっくり返して『えあこん』の冷房をつけてやろう。そのあとはミルクを飲んで寝るがいい。
いいか、お前たちはこの魔人が育成することにしたのだ。
覚悟をもって成長してもらわなければ困る。
だから風呂から上がったらさっさと寝ろ。毛布は蹴飛ばすな。俺が『水道』でシャワーを浴びるのはその後だ。……なんだルチア、そのきらきらした目は。え? 俺の背を流したい? 甘いな。俺がそうも簡単に他人に背中を許すものか。
そうだな。お前が成長して、立派なレディになったら考えてやっても──って、だからどうして『レディ』と言うとキレるのだフェンルよ。暴れるなら身体をふいてからにしろ。ここをどこだと思っている。ダンジョン第一階層の隠し部屋だぞ。外には魔物がいるのだ。
まったく……お前たちくつろぎすぎだ。
『スローライフ実験』だから、多少ゆったりするのは構わないが、緊張感は持つように。
よし、全員ミルクは飲んだな。服も着たな。ほら、寝るぞ。
明日も朝早いのだ。はい「おやすみなさい」
さてと。
俺はこれから、今日の『ダンジョンスローライフ』の問題点をあぶりださなければならぬ。地下第3階層を突破して、ヴァンパイアの城に向かうには、ダンジョンの中で数泊しなければいけないからな。探索は計画的に。問題点はひとつひとつ、潰しておかなければ。
だがその前に、俺もシャワーを浴びてのんびりするか。
どうせ3人とも、毛布を蹴っ飛ばして寝ているだろうからな。シャワーを浴びたら直してやろう。
まったく、冒険者を育成するというのも、面倒なものだな……。
そんなわけで、常に『スローライフ研究』は欠かさない魔人さんなのでした。
いつも「魔人さん」を読んでいただき、ありがとうございます。
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次回、第29話は明日の同じ時間に更新する予定です。




