第27話「魔人さんとはじめる『ダンジョンスローライフ』その2 ─妖精の誕生─」
──山ダンジョン第1階層、午後3時ころ──
「そろそろ休憩は終わりにしようか」
俺は幼女たちを揺り起こした。
ルチア、マルグリッド、フェンル(服は着せた)が、順番に身体を起こす。
それぞれに眠そうな目をこすっている。
他のパーティはいざ知らず、この魔人パーティでは、夕方まで『おひるね』させてやるほど甘くはないぞ。俺の方でも準備があるからな。それに、そろそろ勉強の時間だ。
数時間前、俺たちはドーム状の『結界』を、ダンジョンのさらに奥まで移動させた。
岩場から、土の地面になっている場所へ。まわりには木や草が生えている。
下が岩よりは地面が温かいからな、おひるねにはちょうどいい。
だが、俺がここに移動した目的は、それだけではない。
「──クロノさま?」
「クロノお兄様。ルチアにもわかったのね」
フェンルが耳をそばだて、ルチアも目をぱちくりさせている。
マルグリッドは無言でうなずいている。
3人とも、気づいたようだ。まわりから聞こえている、戦闘音に。
「は────っ!!」
ここから少し離れた場所で、黒い鎧を着た少女が、大剣を振るっている。
彼女が戦っているのは、ゴブリンだ。数は4。
対する人間のパーティは6人。戦力では人間の方が上だ。。
だが、戦っているのは4人だけ。あとの2人は後ろで待機している。
待機している少女たちの年齢は、フェンル──いや、ルチアたちと同じくらい。
戦っている者のうち、黒い鎧を着てるのは、昨日会った『アルダムラ商会』の少女だ。
ということは、後にいる2人は、『商会』が育成している新人冒険者たちだろう。俺たちと同じように、戦闘を見ることで経験値を上げているところか。ふむ。
「戦っている4人は手練れだな。俺が出る幕はないようだ」
ならば、こちらもその戦いを、育成に利用させてもらうとするか。
「ルチア、マルグリッドよ。さっきはスライムを観察したであろう?」
「はいなのね」「貴重な体験でした」
「では、今度は目の前で行われているあの戦闘を、疑似体験するとしよう」
ふむ。武器がなければ気分が出ないな。
本物を振り回すと危ないから……ほら。
俺はフェンルにしゃもじを、マルグリッドにお玉を渡した。ルチアは回復役なので、武器は不要だ。
「あそこで行われている戦闘は、見えるな」
「は、はい」「見えているのね」「それで……なにをすれば」
「フェンルはゴブリン役として、ルチアとマルグリッドを襲ってもらう」
「ふぇっ!?」
フェンルは反射的に服の胸を押さえた。
そういえばあのゴブリンは腰巻き姿で戦っているが……誤解するな、別に脱がすつもりはないぞ。さっきも着せるのが面倒だったのだから。
「あのゴブリンを見て、真似て、その通りに2人を攻撃するのだ。もちろん当てないように、攻撃のふりだけだがな。
マルグリッドは……そうだな、黒い鎧の隣にいる、軽装の戦士を真似て動け。ルチアは回復役の動きを真似るのだ。回復魔法のタイミング、回復役がどのように周囲を見ているか、それを観察するのだ」
ルチアとマルグリッドが従者になったことで『結界』の広さも4倍になった。
最大展開すれば、模擬戦闘どころか徒競走だってできるくらいだ。
「上級者の戦い方を真似るのは、動きを身体で覚えるためだ」
俺の言葉に、ルチアとマルグリッドは真剣な顔でうなずいた。
これは遊びではない。
上級者の戦いを真似るというのも大切なことだ。『超絶理解能力』を持つ魔王ちゃんにやらせるとえらいことに──いや、身体がついていかないからそれはないか。まぁとにかく、上級者の戦いを間近で、しかも安全に見られる機会などめったにないのだから、利用させてもらおう。
「疲れたら言うのだぞ。無理はするな。できる範囲でいい」
「はい。それで、クロノさまはどんな役を──?」
フェンルが聞いてくる。
ふむ。俺の役か。そんなものは決まっている。
「フェンルよ、お前たちはお昼を食べたな」
「はい。いただきました」
「それから、昼寝をしたな」
「はい。おかげさまで、ゆっくりできました」
「ならば、次はおやつの時間だ。俺はそれを作る役に決まっているではないか」
俺の新たな結界スキル『空間収納』は、食材を新鮮な状態でしまっておくことができる。
おかげで、肉やミルクをダンジョンまで持ち込めるようになった。
それはルチアとマルグリッドを従者にしたことで手に入ったものだ。ゆえに、2人には、俺がそのスキルで作るおやつを食べる義務がある。もちろん、フェンルにもな。
「戦うがいい。子どもたちよ。もっとも優秀な者(魔人の主観)に、ハチミツ増量のおやつを食わせてやろうではないか。ふふふ」
そして、幼女たちの戦いが始まった。
「といっても、高度なものは作れないのだがな」
とりあえずミルクは『変幻の盾』で分離させてチーズにした。
昼に食べたパンの残りは(うっかり放置してたら)固くなってしまったので、切って、卵とミルクに漬けて、熱した『変幻の盾』に乗せる。ミルクと卵とパンを『遮断』しておけば、焦げ付くことはない。
パンに焼き色がついたらひっくり返して、と──いかんいかん。道具がいるな。
「フェンル、しゃもじを」
「は、はい!」
ゴブリンっぽくマルグリッドを攻撃していたフェンルから、俺はしゃもじを受け取った。ゴブリン(フェンル)が武器を失ったことで、リーチの長いマルグリッドが有利になる。向こうにいる冒険者たちの戦闘も……うむ。似たようなものだな。じゃあいいか。
俺は素早くパンをひっくり返し、しゃもじをフェンルに返した。
「いきますよ。てやー!」
「な、なんですかこれは。ひきょうなゴブリンです-!」
しゃもじについたミルクと卵のしずくが、マルグリッドを襲う。
飛び道具を手に入れたゴブリン(フェンル)が、がぜん有利な状況だ。
向こうにいる冒険者たちの戦闘も……うん。似たようなものだな。ゴブリンは苦し紛れに石や砂をぶつけはじめた。意外と有効だ。鎧の隙間に砂が入ると、じゃりじゃりして動きが悪くなるからな。
「さてと、パンも良い色に焼けてきた。あとはハチミツを回しかけて──っと。マルグリッド、お玉」
「は、はいです!」
俺はマルグリッドからお玉を受け取った。
きれいな模様になるように、焼いたパンにハチミツをかけていく。おっと。『変幻の盾』でハチミツを遮断するのを忘れていた。これはあとで遮断してきれいに──
「むぅ?」
ふと横を見ると、向こうで戦ってる冒険者たちに変化があった。
背後にいる初心者冒険者の少女ふたり、その背後に、傷ついたゴブリンが回り込んでいたのだ。ふたりのうち、ひとりの少女は金ぴかのプレートメイルに身を包んでいるが、もうひとりの装備は粗末な革よろいだ。ゴブリンの錆びた剣でも脅威だ。
しかも、革よろいの少女の方が、もうひとりの少女をかばうように前に出ている。
……まったく、どこを見ているのだ『アルダムラ商会』の指導者どもは。
「『変幻の盾』、通過:光、遮断:魔物」
俺はパンを皿に盛り付けてから、ゴブリンに向かって盾を投げた。
完全無色透明の盾は、ゴブリンの頭に激突した。やつの首を変な方に折り曲げてから、俺の手元に戻ってくる。これは後で洗っておこう。向こうのパーティの少女は……無事か。ゴブリンの頭にハチミツがくっついてることを気にしているな。まぁ、ダンジョンには不思議なことがあるものだ。すぐに忘れるだろう。
「ク、クロノさま」
「戦闘は終わりなのね、お兄様」
「が、がんばりました……」
向こうのパーティの戦闘が終わると同時に、こちらの模擬戦闘も終わった。
短い時間だったが、3人とも汗びっしょりだ。
「お疲れさまだったな。とりあえずおやつにしよう」
「「「は、はいっ」」」
一番活躍したのはフェンルだというから、俺は彼女の分だけハチミツ多めにしてやる。食べたあとは汗まみれの服を着替えさせて、フェンルの顔にくっついたハチミツと、マルグリッドにくっついたミルクも拭いてやらなければなるまい。やはり調理道具で模擬戦闘をするものではないな。町に戻ったら、訓練用のやわらかい剣でも買ってやろう。
それにしても、ダンジョンでの訓練とは難しいものだな。
この魔人も、まだまだ知らないことがいっぱいだ。それに気づかせてくれた3人には感謝せねばなるまい。晩ご飯は肉たっぷりにしてやろう。もちろん、身体を洗って、たっぷりと休憩させてからのことになるがな。
魔人の『ダンジョンスローライフ』実験は、まだ半分も終わっていないのだから。
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「…………はぁ」
少女カイエは、ため息をついて地面に座り込んだ。
彼女は『アルダムラ商会』の『育成枠』で、冒険者を目指している少女。商会から支給された装備をつけて、上級者の戦闘を観察していたのだが──ゴブリンの不意打ちを受けてしまった。
上級者たちからは『注意不足だ』と怒られた。ここはゴブリンの領域なのだから、常に気を張ってなければいけない。接近に近づかないなんてありえない、と。
「冒険者に向いてないのかなぁ、あたし」
カイエは膝をかかえてつぶやいた。
ゴブリンの首が突然、ぽっきん、と折れなければ、どうなっていたかわからない。
ダンジョンでは不思議なことが起きるって聞いたことがあるけど、あれはなんだったんだろう。
「……それに、どうしてゴブリンの頭にはハチミツが……?」
誰かが助けてくれたのだろうか?
でも、上級者のみなさんが気づかないほどの『隠密スキル』を持つ者なんて……。
少女がそう思ったとき、ふと、地面についた手になにかが触れた。
そこにあったのは、正方形に切り分けられた羊皮紙と──
その上に乗った、ハチミツとドライフルーツがかかった黒パンだった。熱々の。
「え? え? え────っ!?」
羊皮紙には文字が書いてある。『貴様の勇気に敬意を表す。将来、うちの子の友となることを願って』──って。これは?
少女のお腹が「ぐぅ」と鳴った。
今日のお昼は干し肉が数個。夕飯は──もうひとりの新人少女はパーティの仲間と食事をしているが、ミスをした自分は後回しだ。本能的にパンに手が伸びた。おそるおそるかじってみると──
「……おいしい」
ふわふわのパンからミルクとハチミツがしみ出してくる。
上に乗ったチーズとドライフルーツは栄養満点。身体がじわじわと温かくなっていく。
信じられない。ダンジョンには不思議なことがあるって聞いたけど。誰が? あたしを助けてくれた人が? もしかして──妖精さん?
「ありがとうございます……あたし、がんばります!」
すっかり元気になった少女は、小さな拳をダンジョンの天井に向かって突き上げた。
『山ダンジョン』に『おやつをくれる妖精の伝説』が誕生した瞬間だった。
魔人さん、伝説の存在になりました。
いつも「魔人さん」を読んでいただき、ありがとうございます。
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次回、第28話は明日の同じ時間に更新する予定です。




