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第25話「魔人、少女2人の育成方法を語る」

「お帰りなさいなのね」「お待ちしておりました、兄様」


 ギルドを説明を聞き終えて広間に戻ると、ルチアとマルグリッドが待っていた。

 これでミルクでも飲んでいなさい、と銀貨を渡しておいたのだが、使わなかったようだ。ふたりとも、椅子にちょこん、と座って、脚をぶらぶらさせている。しっかり者め。


「クロノお兄様。ルチアは、回復魔法を覚えることにしたのね」


 俺の顔をまっすぐに見ながら、ルチアが言った。


「回復魔法?」

「ルチアには、そういう才能があるようなのね」


 ルチアは金色の髪を振って、いきおいよくうなずいた。


「ギルドの人に『健康診断の紙』を見せたら、ギルドの人が教えてくれたのよ」

「あれを見せて良かったのか?」

「大丈夫なの、お兄さま。『濁点魔王教団』に関わる部分は、切り取っておいたのね」


 さすがルチア、準備がいいな。

『健康診断の紙』というのは、ルチアが『グルガンゴルガ教団』に受けさせられた検査のことだ。あれには彼女の魔力や、体調について詳しく書かれていた。俺は細かいところまでは見なかったが、魔法の適性についても書かれていたらしい。

 それを冒険者ギルドに見てもらったら『回復魔法に適性あり』ってことになったそうだ。


「戦闘でレベルを上げるか、お金を払って授業を受けるかすれば、ルチアも回復魔法が使えるようになるのね」

「……ふむ。いくらだ?」

「金貨5枚なのね」


 これは授業料。教材費用が含まれているそうだ。

 幸いなことに、俺はまだお金には余裕がある。時間を無駄にすることもあるまい。


「ならばルチア──」

「ルチアはお兄様と一緒に『山ダンジョン』に行きたいのね」


 俺の言葉をさえぎり、ルチアは首を横に振った。


「戦っていれば、レベルも上がるはずなのね。ルチアは実戦的な勇者を目指しているの。授業だけで強くなれるわけがないのね。それに、働いてお兄様の役に立ちたいのよ」

「いいのか、それで」

「かまわないのね」


 ……ふっ、つまらない意地をはる奴だ。これだから人間という奴は……。

 せっかく魔人がきまぐれで授業料を払ってやろうと言うのに。

 いいのか? 本当にいいんだな?

 変更するなら今から10秒以内に……え? 心変わりはしない? つまらない奴め。

 ふっ。まぁいい。金貨が浮いた。それだけのことだ。


「で、幼女用の『魔法のローブ』はどこで売っている?」

「金貨15枚くらいかかるのよ!? ルチアにはもったいないのよ、お兄さま!?」


 注文の多いやつめ。何様のつもりだ。

 授業もだめ、装備もだめとなれば、貴様らの食費と住環境に金を使うしかないではないか。


「それで、マルグリッドが目指すのは、やはり魔法剣士か?」

「は、はい。クロノにいさま」


 マルグリッドは大きめのロングソード(魔力結晶は外してある)を抱きしめて、言った。


「お嬢様が回復役。わたしが前衛、というのがバランスがいいと思います」

「お前の魔法は『地属性』の精霊魔法だったな?」

「そうですね。今はまだ『緑の呪縛』しか使えませんけど、レベルが上がれば『石の矢』『樹木の壁』くらいは使えるようになると思います。ただ……基本的には支援系ですから、もうひとり、前衛の方がいればいいんですけど」

「フェンルがいるではないか」

「フェンルさまは、クロノ兄さまの大切なお仲間でしょう?」

「それはそうだが、幼女3人パーティというのもバランスがいいのでは?」

「……フェンルさまが聞いたら泣きますよ」


 複雑な顔になるマルグリッドだった。

 ……ん? 俺はなにかおかしなことを言ったか?

 うちのパーティは俺 (15歳少年)ひとりと幼女3人で間違いないよな?


「……まぁ、どうでもいいことだが」

「……お兄さま……」「……クロノにいさま……」


 ルチアとマルグリッド、2人の特性はわかった。

 育成方針としては、ルチアに回復系を覚えさせ、マルグリッドは魔法と剣をバランスよく鍛えるということでいいだろう。でもって、ついでにフェンルも成長させておこう。身長はこれ以上のびないだろうが、剣術と風魔法はレベルアップできるはずだ。


 そうなれば、俺ももっと楽をさせてもらえる。

 具体的には、料理と住環境に集中できるというものだ。従者3人に働かせて、のんびり家事を楽しむというのも、魔人らしくていいではないか。ふふ。




「あの、ちょっとよろしいですか?」




 不意に、横から声をかけられた。

 俺とルチア、マルグリッドがいるテーブルの横に、鎧を着た女性が立っていた。黒く塗られたプレートメイルだ。両刃の大剣を背中にしょっている。髪は茶色で、後ろで三つ編みにしている。年齢は……ノエル姉ちゃんと同じくらいか。大きな眼鏡をかけている。

 冒険者なのだろうか。やけにおどおどしているが。


「わ、わたしは『アルダムラ商会』にお仕えする冒険者で、メアリと申します」

「はぁ」


 俺はあいまいな返事を返す。

 ルチアとマルグリッドが名乗ろうとしているが、手を振って止める。

 何者かわからないのだ。個人情報をさらすべきではなかろう。


「あ、『アルダムラ商会』では、最近新人冒険者育成プロジェクトをはじめまして、その、見習い冒険者さんを、探しているんです」


 少女メアリは告げた。

 商人ギルドにとって、冒険者というのはいいお客様だ。

 装備は定期的に買ってくれるし、荷を運ぶキャラバンも護衛してくれる。いい関係を築きたいというのは間違いないだろう。それで、冒険者育成にも乗り出すことにしたわけか。


「今なら装備品をお貸ししますし、食事もつきます。危険な魔物は私が倒してしまいます。こう見えても、重装戦士として、そこそこのレベルになってますから」


 少女メアリはギルドの登録票を差し出した。

 スキルは剣術や、全力攻撃、盾による防御、さらには突撃など。

 見る限りには相当強そうだ。まともに戦えば、俺でもきつい。まともにやらなくてもいいのなら、すぐに終わらせてやるのだが。


「いかがでしょう。こちらの少女2人を、私たちに預けてみませんか?」

「断る」


 俺は言った。

 魔人に二言はない。俺はルチアとマルグリッドを、ある程度まで育成すると決めたのだ。それに2人を従者にしたことで、結界スキルのレベルも上がっている。その借りくらいは返しておきたい。

 さらに、すでにフェンルには、ルチアとマルグリッドの分の食料を買うように言いつけてあるのだ。もちろん『結界収納』を使えば、生ものが悪くなることはないのだが、4人分買ったものをフェンルとふたりで消化するというのは、味気ないものだ。

 ゆえに、ルチアとマルグリッドを別の人間に渡すということはありえない。


「ルチア──いえ、わたくしはお兄様についていくのね」

「わ、わたしも、兄さまにすべてをゆだねると決めております」

「『アルダムラ商会』では、見習いさんに無理のない育成方針を心がけています」


 少女メアリは諦めきれないのか、挑戦的な目で俺を見た。


「さ、参考までに、あなたの育成方針を教えていただければ」

「育成方針か?」


 なぜ、魔人が人間にそんなことを教えなければいけないのだ?

 ……と、思ったが、俺も王都に来るのは初めてだ。ここでは、そういうルールなのかもしれぬな。これから世話になる町だ。波風を立てることもあるまい。

 育成方針か。そんなものは決まっている。


「もちろん、無理のない育成方針だ」

「……そうですか」

「明日から2泊3日で、ダンジョンに泊まり込みだな」

「────っ!!?」


 少女メアリが目を見開いた。

 いつの間に話を聞いていたのか、ギルドの女性も驚いた顔でこっちを見ている。


「ちょ、ちょっと待ってください」

「なにを待てと?」

「さっき聞いていたのですが、この少女2人は冒険者ギルドに登録したばかりの、見習いさんなんですよね?」

「その通りだが」

「レベルも低いし、戦闘能力も高くないんですよね?」

「だが、2人ともそれなりの修羅場をくぐって来ている」


 マルグリッドはルチアを守って、魔物と戦い続けてきた。

 育ての親がなにを考えていたかはもうどうでもいいが、戦闘経験は積んできているのだ。


「だから、3日くらいの泊まり込みなら問題ないと判断した。もちろん、基本的な戦闘は俺と仲間で対応する。彼女たちには、ゆっくりと魔物を観察してもらうつもりだ」

「観察って……ダンジョンで……? 無茶でしょう?」


 そうか?

 別に問題ないと思うのだが。


「あ、あなたたちはどうなのですか? 保護者に不満があるなら、冒険者ギルドに訴えるべきだと思いますけど。それは?」

「クロノお兄様に従うのね」

「むしろ、わたしは楽しみですよ?」


 ルチアとマルグリッドは、不思議そうに首をかしげた。


「あ、あなたたちはダンジョンで泊まるということが、どういうことがわかっているのですか?」

「わかっているね」「わかっています」


 メアリの問いに、うなずく2人。


「あったかい部屋で」

「にいさまの作ったごはんを食べて」

「4人でいろいろなお話をしながら」

「夜になったら、みんなでシャワーを浴びるんです」

「「楽しみなのね(ですね)っ!!」」




「そんなダンジョン攻略がどこの世界にありますか────っ!」




 あるが?

 え? なにを興奮しているのだ。このメアリとかいう女性は。


「あ、あなたはどういう生活を予定しているのですか!? ダンジョンで、ですよ!!」

「あったかい部屋で……」

「だーかーらーっ!」


 怒られた。

 ルチアとマルグリッドが語ったのは、俺の予定そのまんまなのだが。

 俺は持てるスキルを最大限(フル)に発揮して、効率よく2人を育成するつもりでいる。そのための『泊まり込み』だ。『ダンジョンスローライフ』実験も兼ねている。


 ……だが、そうだな。俺の『結界スキル』については説明が面倒だからな。

 ここは別の言い方で──そうだな。


「心配するのはわかります。けど、大丈夫です」


 魔人の記憶を取り戻してからはあまり意識してなかったが、さわやかな人間の笑顔というのは……ふむ。こんなものかな。あとは安心させるような口調で──


「ルチアとマルグリッドは、俺に身も心も捧げてくれた子たちです。そんな2人に、ひどいことをするわけがないじゃないですか」

「そのとおりなのね」

「わ、わたしの身体は、すべて兄さまに……」


 沈黙が落ちた。


「……た、体調モニターを。クリスタルをつけましょう」


 しばらくしてから、冒険者ギルドの女性が言った。

 ギルドの奥の方から、水晶のついたペンダントを持って来て、ルチアとマルグリッドに渡す。

 これは、見習い冒険者の体調をモニターするものらしい。

 無理をさせたり、死にかけたりすると、水晶が赤く染まる。

 見習いをそういう目に遭わせた保護者は、冒険者ギルドからペナルティを受けるそうだ。


「いいですか。ダンジョンから戻ってきたら、これをギルドに返却していただきます。そのとき、クリスタルが赤く染まっていたり……砕け散っていたりしたら、除名もあり得ますから、そのおつもりで。二度と、どこのギルドにも登録できなくなりますからね?」

「わかった」


 俺がうなずくと同時に、フェンルが戻って来た。

 ちょうどいい。話すなら女性同士がいいだろう。

 フェンルよ。泊まり込みの冒険にはなんの問題もないと、この2人に説明してやってくれ。


「え? ダンジョン泊まり込み3日ですか……困りましたね」


 だが、フェンルは腕組みをして、首をかしげた。


「すいません。私、うっかり5日分の食料を買ってきてしまいました」

「問題ない。じゃあ泊まり込み5日にしよう」

「「だめです──っ!!!」」


 怒られた(2度目)。

 そんなわけでルチアとマルグリッド育成クエストは「ダンジョン泊まり込み1泊2日」になったのだった。



次回、魔人さんたちは『山ダンジョン』に向かいます。

明日も更新する予定であります。

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