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第24話「魔人、快適生活の誘惑にあらがう」

 翌日。


「お兄様。本当にありがとございましたなのね」

「クロノ兄様のご恩は一生忘れません!」


 宿屋で目を覚めましたら、幼女ふたりに土下座された。

 人間はときどきよくわからないことをするな……。

 感謝される理由など、なにもない。『濁点(だくてん)魔王教団』にとどめを刺したのは、勘違いされてはこまる。別にルチアやマルグリッドのためじゃないんだからな。俺は魔王ちゃんの名前を勝手に使われるのが嫌なだけだったのだから。


「感謝など無用だ」


 改めて、俺は言った。


「『教団』の奴らがこの町にいたら、落ち着いて冒険ができない。だから、倒した。それだけだ」

「それでも……なのね」

「クロノ兄様は、わたしとお嬢様を解放してくれました」

「……だから」

「お兄様がどう思うかは関係ないのね」

「わたしとお嬢様が勝手に感謝して、勝手に忠誠を誓ってるだけなのですから」


 ──忠誠?

 簡単に使う言葉ではないのだが、最近よく聞くようになったな。

 その言葉を聞いたあとは……いつも。


「……おや?」


 なんだろう。ルチアとマルグリッドの首の後ろが赤く光っているな。

 髪の毛で隠れているが、なにか紋章が浮かび上がっているな。


 ……『障壁の紋章』か。


 まーた、従者の契約が成立したのか。

 転生してから、相手が忠誠心を抱くだけで自動で発生するようになってるな。これも、かつて俺が使った転生魔術の副作用か。

 まったく、アグニスも、ルチアにマルグリッドも、どうしてそう簡単に忠誠を誓ったりするのだ。こっちの手間も考えてくれ。いちいち契約を解除するのも手間なのだぞ。


 まぁいい。

 アグニスとは違い、ルチアとマルグリッドはすぐ側にいるからな。機会を見て、適当な話をでっちあげて『従者』の解除を──



『結界のレベルが上がった!』



 声がした。またか。

 俺にしか聞こえない、結界レベルアップの声だ。

 今度はどんな能力が増えたというのだ?



『「空間迷彩(くうかんめいさい)」能力を手に入れた!』



『空間迷彩』……だと?


 俺はスキルを確認した。

 なるほど……姿を隠すための能力か。

『結界』の外見を偽装し、光……音……におい……温度までごまかすことができるのか。

 内側から外は見えるが、外から中にいる人間の姿が見えなくなる能力だ。便利だな。


「……便利……だが」


 こんなことで俺の決意はゆらがない。

 これ以上、従者は増やさないと決めたのだ。だから──

 



『結界のレベルが上がった!

「空間収納」能力を手に入れた!』




『空間収納』……だと!?


 なるほど、異空間にものをしまっておける能力か。

 異空間に、収納用の結界を作り出すスキル、というわけか。そこにしまっておいたものは劣化せず、時間が止まる。ただし生き物は入れられない……と。


 これがあれば、肉もミルクも新鮮なままだ。卵を割る心配もない。

 いつでも美味しい料理が作れるというわけか。まさに『スローライフ』には最適の能力だ。

 だが、こんなことでは俺の決意は……。


「お兄様!」

「クロノにいさま!」

「「どうかルチア(わたし)を、導いてください!」」


 ……俺の決意は……。

 …………決意は……。

 ……。


 ……まぁ、俺とフェンル、2人分の食事を作るのも、4人分の食事を作るのも一緒か。

 ルチアとマルグリッドはまだ小さいからな、食費もそれほどかかるまい。服だって、フェンルとサイズが似てるから、着回しがきく。

 それに、魔人ともあろうものが、従者が2人増えたくらいのことで動揺してなるものか。


 ルチアとマルグリッドが成長して、自分たちだけでクエストが受けられるようになるまでの辛抱だ。

 それまで俺も『空間迷彩』『空間収納』スキルを使うことができるからな。スキルを使って快適生活を送るために2人を利用していると言えないこともない。それもまた、魔人らしいであろう。つまり……だから…………。


「がんばってつとめるように……」


 俺は静かに、うなずいたのだった。


「「はい、ありがとうございます!!」」


 ぱん、ぱぱん、と、ルチアとフェンルは手を打ち鳴らした。





 幼女ルチアと、護衛少女マルグリッドが従者になった!







 それから俺はルチアとマルグリッドを連れて、冒険者ギルドへ向かった。

 2人を見習い冒険者として、俺を指導者として登録しなければいけないからだ。

 フェンルには、買い物に行ってもらった。少女冒険者になにが必要かなど、俺にはわからぬからな。フェンルの好みとセンスに任せることにしたのだ。


 王都の冒険者ギルドに来るのははじめてだったが、システムは他と変わらない。

 俺はこの国共通のギルド登録証を見せて、ルチアとマルグリッドが『見習い冒険者』登録するのに立ち会った。


 ルチアとマルグリッドは、今までの戦闘経験や、どれくらいのレベルを目指すのか、旅の目的地は、など、詳しく聞かれて。あと、俺との関係も聞かれて、ギルドができること、できないことの説明を受けた。


 冒険者ギルドは助け合いのための互助組織(ごじょそしき)だ。

 才能がある者を育てて、成長したら後輩を育ててもらう、っていう精神で動いている。

 だから、ルチアとマルグリッドのような最年少冒険者には、特に細かい指導をしているらしい。


「見習い冒険者さんは、基本的には単独でクエストは受けられません」


 だいたいの説明を終えたあと、ギルドの女性は言った。

 ルチアとマルグリッドは椅子に座り、彼女の話を聞いている。


「報酬は通常の3分の2となります。残りは保護者さんが受け取ります。

 代わりに、保護者となった冒険者さんは、見習いさんの安全に責任を持たなければいけません。そして見習いさんはクエストが終わったあと、ギルドで研修を受けてもらいます。自分が所属したパーティがどうだったか、不満はないか、改善点などはないか──すべてが勉強で、今後の命に関わるものです。わかりましたね?」


 ギルドの女性の言葉を、ルチアとマルグリッドは真剣な顔で聞いていた。


 説明が終わると、ギルドの女性は俺だけを別室に招いた。

 保護者として、いろいろと話を聞かれるらしい。めんどくさいな。


「……ギルドは基本的に、冒険者の個人的な事情には関わりません」

「知ってます」


 冒険者ってのは一攫千金を狙ったり、普通の生活ができなくなった者が多い。ギルドは彼らに仕事をあっせんするだけだ。個人的な事情にまで口出しはしないし、関わりもしない。


「ただ、ルチアさんもマルグリッドさんもまだ小さいですから、念のためです。その、あなたに2人の面倒を見る資金はありますか?」

「あるけど」


 俺は革袋を机に置いた。中には金貨が20枚入ってる。これで半分だ。残りはフェンルにやった。あと、ブラックハウンドの魔力結晶もまだ換金せずに持っている。当座の資金としては十分なはずだが。


「ち、小さい子には栄養が必要です。十分な食事は?」

「やってるけど」


 俺は荷物からドライフルーツを取り出した。ハチミツとミルク(来る途中で市場で買っといた)も見せる。肉はあとで買う予定だ。パーティ加入のお祝いとして、今日は美味いものを作ってやろう。


「お、お二人はあなたを慕っていますか?」

「ルチアは『お兄様』、マルグリッドは『クロノにいさま』と呼んでるが」

「……そうでしたね」


 ギルドの女性はため息をついて、俺に軽く頭を下げた。


「すいません。冒険者を目指すには幼い子たちだったので、つい気になってしまって」

「2人ともしっかりしてるから、あまり心配はないと思います」

「そうですね」


 ギルドの女性はうなずいた。


「失礼しました。あなたを、あの子たちの保護者として登録させていただきます」

「ありがとうございます。それで、俺もいくつか質問してもいいですか?」


 せっかくギルドの人と話す機会をもらったのだ。

 情報収集をさせてもらおう。


「実は、このあたりにヴァンパイアの城があると聞いたんですが」

「遺跡ですね。西の山にある『迷宮(ダンジョン)』の第三階層から行けますよ」


 あっさりだった。

 秘密でもなんでもないらしい。あのゴーストめ、もったいつけおって。


「山の中に『迷宮』があるんですか?」 

「正確には、山をくりぬいて作られたダンジョンですね。普通は地下にあるものを『ダンジョン』と呼びますが、こちらは──発見者が地下迷宮だと勘違いしたせいで『山ダンジョン』と呼ばれているんです」


 ギルドの女性の話によると、こういうことらしい。

 かなり昔、西の山 (標高数百メートル)の麓に、古い横穴が見つかった。採掘の跡かと思ったが、そこはかなり広い迷宮だった。ダンジョンのように通路が入り組んでいて、中は自然の洞窟だったり、整備された回廊だったりするらしい。


 その広さからか、未だに探索は完了していない。

 当たり前のように魔物が出るので、今では冒険者たちの狩り場となっているとか。


 その迷宮の中には、山の上に出る通路がいくつかあって、そのうちの一つが『ヴァンパイアの廃城』に向かう通路だそうだ。


「迷宮は……今のところ第8階層まで発見されています。最上階にはなにがあるのか、見当もつきませんね」

「最上階を攻略するのは勇者の仕事ですよ。俺は興味ないです。それで、第3階層の魔物の強さは?」

「せいぜいレベル20──インプかブラックハウンドが倒せるなら、大丈夫だと思います。ただ、山の内部に作られた迷宮なので、とにかく広いです。中でキャンプすることも考えなければいけません。食料と水の備蓄は、しっかりしてくださいね」


 広大な迷宮、か。俺の時代にはなかったな、そんなもの。

 ……なんだか楽しみになってきた。


 俺が望むのは『スローライフ』だ。

『結界』も『変幻の盾』も、そのためのものだ。

 今まで、山と洞窟でそれらのスキルを使って、快適にキャンプをしてきた。


 では、ダンジョンではどうだろうか?

 魔物がはびこる迷宮で快適生活が送れるとしたら、これから俺はどんな場所でも『スローライフ』を過ごせるということになるだろう。実験として、これ以上の場所はないはずだ。


「初心者育成に、迷宮はきびしいですかね?」

「いえ。第一階層なら、大丈夫でしょう。あそこに出てくるのは弱い魔物だけですから」

「わかりました。じゃあ、ルチアとマルグリッドの希望も聞いて、それから決めることにします」

「……いいお兄さんですね」


 そう言ってギルドの女性は笑った。

 甘いな、人間よ。

 これから俺は2人に、過酷な運命を背負わせるつもりでいるのだ。


 ルチアにマルグリッドは勇者を目指していると言った。

 ならばこれくらの困難は乗り越えられるはずだ。


 複雑な迷宮(ダンジョン)

 初心者向けの育成空間。

 泊まりがけも覚悟しなければいけない、広大な場所。


 ヴァンパイアの城には、第3階層から行けるという。俺とフェンルならなんとかなるかもしれないが、むりやり突破するのは趣味ではない。

 ルチアとマルグリッドの育成も兼ねて、時間をかけて──


 ついでに、俺が新たに手に入れた『空間迷彩』と『収納空間』スキルを使って、『迷宮(ダンジョン)スローライフ』ができるかどうか、実験するとしよう。


魔人さんは混沌なる「ダンジョンスローライフ」に挑戦するようです。

次回、第25話は明日の更新になる予定です。

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