第22話「魔人、暗躍(あんやく)する」
──王都の裏町。とある倉庫街で──
「あのクソ兄貴がああああああっ!!」
だぁんっ!
『グルガンゴルガ教団』の指導者、ゲイル=ホイムルクは壁を蹴りつけた。
ここは王都の裏町にある倉庫街。その一室だ。
時刻は真夜中。倉庫街に人気はない。
この倉庫の持ち主は、ゲイルの兄──教団の元指導者が親しくしていた商人。衛兵に王都まで連れてこられたあと、ゲイルは仲間の協力でなんとか逃げ出し、ここに転がり込んだのだ。
他に行くところはなかったし、持ち主の商人も『きさまが教団の仲間だとばらすぞ!』と言われれば従うしかなかった。本人は仲間と一緒に、倉庫の外で見張りをしている。本人にとっては「さっさとゲイルにはどこかに言って欲しい」というのが本音だろう。
「……兄貴の野郎……手回しがいいにもほどがあるだろ……」
ゲイルは数週間前、先代の指導者だった兄を殺し、教団の実権を奪い取った。
だが、兄はしっかり、殺されたあとの対策をしていたのだ。
兄が手配したおいた手紙──密告書により王都から早舟で兵士たちがやってきて、教団は一網打尽にされた。
兄は教団の本部の場所と関係者のリストまでも送っていた。
ゲイルが指揮していた非合法部隊も、逃げる暇もなく捕まった。
こうなった原因は『グルガンゴルガ教団』が二重構造だったことにある。
教団は、研究者だった彼らの祖父が、魔王伝説を本にまとめたことからはじまっている。祖父が、自分の研究とインスピレーションを加えて『魔王グルガンゴルガ』の存在を生み出したのが、教団の始まりだ。
商人をしていた父は、裏取引をするときに魔王の名前を利用した。
仲間である証拠に『魔王グルガンゴルガの名において』って合い言葉を使うようになり、いつの間にか教団になるほどに発展した。
闇取引がふくれあがったことで、暗殺者や裏社会の人間までも関わるようになった。
こうして教団は実績を上げ、人を集めてきた。
先代の代表者──ゲイルの兄が、本気で魔王復活を企むようになるまで。
「……魔王なんかいないのに、馬鹿じゃねぇのか、兄貴は!」
教団の副代表だったゲイル=ホイムルクにとって、そんなのは当然のことだ。
『魔王グルガンゴルガ』はただの人集めの人形だ。大きさも姿も造形も、皆のリクエストに応じて変わっていく。
それなのに兄は『伝承ではこうだった』と、触手やら腕やらにこだわった。それに不満をもらした自分さえも追放しようとまでした。
兄はあくまでも表の代表。裏社会はゲイル=ホイムルクがまとめている。兄を暗殺するのは簡単だった。それで話は終わるはずだったのだ。
「……そういえばルミーアとマルグリアもいなくなったのだったな」
『魔王の器』の少女たち。一応『魔王の器』の検査は行ったが、あんなのには意味はない。ゲイルにとっては、わけのわからないものでしかない。
表向き、兄は魔物に殺されたことにしてある。教団の人間に不審に思われないように、兄のやり方をなぞっただけだ。
子どもふたり、逃げたって構わない。どうせ長生きはできないだろう。
「あの……ゲイルどの。王都を出る準備をされた方が……」
不意に、ゲイルのそばに控えていた男性が言った。
「どうやって出ろっていうんだよ。てめぇも、兄の言うままにこんなの準備してるんじゃねぇよ!」
ゲイルは足下に描かれた魔方陣を蹴りつけた。
兄が用意させた召喚魔方陣だという。兄はこれで魔王復活をなしとげるつもりだったのだ。ご丁寧に、触手つきの魔王像まで用意して。魔力の結晶体で動くゴーレムだ。これに『魔王の器』の魂を宿らせるつもりだったらしい。
「わ、わしは依頼されただけだ! 文句を言われても困る!」
叫んでいるのはローブを着た男性。
兄が雇っていた魔法使いだ。魔王復活の儀式や、それに使うアイテムの準備を担当していたそうだ。この魔方陣も彼の作ったもの。ここで誰かを待つように言われたらしいが、詳しいことは彼も知らなかった。
ゲイルにとってはどうでもいい。
王都から逃げる協力をしてさえもらえれば、それで。
「この魔王の人形……使えねぇのか?」
「これに目をつけるとはさすがです。ごらんください、この造形美。無垢なる少女の魂──『魔王の器』を宿らせるためのに作り上げた『魔王グルガンゴルガ』の現し身です。12本の触手を可動するように作るのは大変でした。兄君が教団の財力を総動員して、魔法金属で接合部を──」
「んなこたどうでもいいんだよっ!!」
「ひいいっ!!」
裏社会でならしたゲイルの一喝に、魔法使いが悲鳴を上げる。
「聞いてんのは、この魔王モドキを暴れさせることができるかってことだ。こいつを使って衛兵を攻撃して、その隙に王都から逃げる、それだけだ!」
「魂の器がありません。ですが、ゴーストを召喚して取り憑かせれば、あるいは」
「ゴーストか……できるか?」
「この召喚魔方陣を使えば、低級霊を呼び寄せることができます」
「俺らの安全は?」
「ゲイルどのは魔法の鎧を着ておられるのでしょうが」
そうだった。
この倉庫には、兄が集めた魔法のアイテムがそろっていた。ゲイルが着ている鎧も、その一つだ。表面に魔法が仕込んであって、たいていの武器や魔法を防ぐことができる。こうなったのは兄のせいだから、それを最大限に利用させてもらおう。
「いいだろう。やれ。ニセの魔王を作り出し、暴れさせろ。その隙に私たちは脱出する」
「それしかありませんな。『魔王グルガンゴルガ』の再臨といたしましょう」
「教団の生き残りも本望だろうよ」
ゲイルは吐き捨てた。
ローブをまとった魔法使いが、倉庫の中央に進み出る。
杖を手に、魔方陣に魔力を注ごうとしたとき──。
「そんなくだらぬ魔王の存在を、許すわけにはいかぬな」
声がした。
倉庫の入り口からだ。
いつから──そこにいたのだろう。
灯りの届かない暗がりで、黒い長衣をまとい、顔に布を巻き付いた少年が、立ち上がる。
「だ、誰だ貴様は!?」
気づかなかった。いつの間にか倉庫の扉がこじ開けられ、闇の中に少年が潜んでいた。
なんの音もしなかった。
まるで、見えない板で塞がれていたかのように。
「魔王とは、お前たちの商売に使うためのものではない。下郎が、つまらない欲のために魔王の名を汚すな」
少年は言った。
「それと、お前らがいるとうちの子が落ち着かないんでな。暗黒に飲まれてもだえ苦しむか、素直に降伏するか、選べよ、人間」
魔人さん、気になったことはほっとけませんでした。
明日も更新します。




