第19話「魔人、食べられない魔物にがっかりする」
木の影から現れたのは、数匹の黒犬だった。
「なんだ……ブラックハウンドか」
がっかりだ。
こいつらは、噛みつきと体当たりを得意とする大型犬だ。魔物としては初級レベル。
まったく、期待外れもいいところだ。
ブラックハウンドというやつは、食えるけどまずいのだ。肉は筋張ってて固くて、しかも嫌なにおいまでする。『変幻の盾』ならばその臭みを取ることもできるかもしれないが、そこまでして食いたいものでもない。
なんということだ。
せっかくフェンルたちに美味い肉を食わせてやろうかと思ったのに……。
「この報いは受けてもらうぞ。逆恨みだがな!」
『グォォ!?』
赤い目をした黒犬たちが、一瞬、退いた。
魔人ブロゥシャルトの正体に気づいたのか……いや、違うな。
奴らの目は洞窟のある方を向いている。
正確には、そこから走ってくる人影を。
「またしても魔物が! 私とお嬢様をねらってきたか──っ!!」
それは、ロングソードを構えた護衛少女マルグリアだった。
「捕らえよ! 地のイバラよ──『緑の拘束』!!」
マルグリアの地属性魔法が発動した。地面から、緑色のツタが一斉に現れ、ブラックハウンドを捕らえにかかる。
だが、魔物たちの反応の方が早かった。1匹が脚を取られたものの、残りはマルグリアに向かって突き進む。俺は無視か。おい。魔人だぞ。いいのか。
「『変幻の盾』! 遮断:魔物!!」
がいいいんっ!!
俺が投げた『変幻の盾』が、先頭のブラックハウンドを吹き飛ばす。地面に転がったそいつを、マルグリアのロングソードが串刺しにする。まずは1匹を仕留めた。残りは3匹。ならば余裕だな。俺の従者は優秀だからな。3対3だ。
「そにっくぶれーどっ!」
洞窟から飛び出してきたフェンルが、ダガーを振り、叫んだ。
まだ『幼女モード』のようだが、魔法の威力は変わらない。ならば別にこのままでもかまわないか。
フェンルが真空の刃が、黒犬の脚を切り飛ばす。それもマルグリアがとどめを刺すが……やっぱりおかしい。ブラックハウンドは、マルグリア1人だけに狙いを集中している。
すでに洞窟からは、ルミーアも出てきている。フェンルもルミーアもちっちゃい。普通の魔物ならば、狙いやすい獲物に向かうものだ。だがブラックハウンドはマルグリアだけを狙っている。魔人がいるのにも気づいてない。盾で吹き飛ばされたくせに、こっちをガン無視している。いいのか。本当にそれでいいのか。
「まぁいいか。全員洞窟から出てきたのなら、結界を張り直すとしよう」
洞窟の守りは必要ない。ならば、さっさと仕留めてしまおう。
確かめたいこともあるからな。
「結界を展開。遮断:魔物」
俺は自分を中心に結界を展開した。壁は半透明にしてあるから、マルグリアたちにも存在はわかるだろう。
『グガ───ッ!! ガルルルルル──っ!』
ブラックハウンドたちも、ようやく俺の存在に気づいたようだ。だが、遅い。お前らごときに破れる結界ではない。
俺は外に出て、結界をブラックハウンドのサイズぎりぎりまで縮める。奴らは、がいんっ、がいんっ、と結界に体当たりしているが、この状態ならもう詰みだ。あとは外から串刺しにすれば終わる。
「すさまじいですね……クロノさまのお力は」
「『結界』能力というものです。盾スキルの変化系ですよ。使い道が難しいですけどね」
「そんなスキルは聞いたことがありませんが……」
「世界は広いんです。あなたの知らないことだってありますよ」
「いや、しかし」
「魔王を別の名前で呼んでいる人だっているかもしれません。それとも、この能力では、ルミーアさんの護衛として不足ですか?」
「い、いや。そんなことはないです」
護衛少女マルグリアは首を横に振った。
そして、水色の髪をかき上げて、一言。
「感謝します。それと、危険な目に遭わせて申し訳ありません」
素直でいいな、人間よ。見習え、ブラックハウンド。あといい加減諦めろ。マルグリアに向かって吠え続けるのはやめろ。うるさいし、ちびっこ2人組が怯えるではないか。
「あなたは、この結界能力で、私たちを守ってくださっていたのですね……?」
「別に。俺はフェンルと快適に過ごせるようにしただけです。あなたたちがいたのは、偶然ですよ」
「さきほども申し上げましたが、あなたの勇気、そして慈悲深さは尊敬に値します。いつか、私たちの力が必要になったときは言ってください。どんなことであれ、お力になりましょう」
……言ったな。
魔人に向けてそんな言葉を吐くとは、なんと不用意な。
いいだろう。言質は取った。お前たちの持つ情報を、あらいざらい吐き出してもらおうではないか。
「では、ひとつ……いや、みっつ、聞いてもいいですか?」
俺の言葉に、マルグリアは黙ってうなずいた。
片手で俺は、結界の壁を叩いた。中ではブラックハウンドが未だにがるるーって吠えてる。赤い目は、マルグリアをまっすぐに見つめてる。魔人も従者も、幼女も無視だ。
「こいつらは、マルグリアさん1人を狙ってました」
俺は言った。
フェンルは寝起きのルミーアを支えながら、洞窟の前に立っている。うなずいているところを見ると、俺と同じ違和感を感じているようだ。さすが優秀だな。ほうびとして、あとで風呂を準備してやろう。
「もしかして、あなたは魔物に襲われやすい、ってことはないですか? 今まで予想外のところで魔物に襲われたことはありますか? というか、だから僕を護衛に雇おうと思ったのでは?」
「……はい」
マルグリアは目を伏せて、うなずいた。
やっぱりか。
おかしいと思った。雨でにおいが消えていて、光も音も、においさえもある程度まで遮断しているのに、ブラックハウンドたちは洞窟にまっすぐ洞窟に向かっていた。
となると、別の目印のようなものがあったとしか思えない。
「お察しの通りです。私たちは旅の間、やたらと魔物に襲われてきました。普通に街道を進んでいるときや、まわりに冒険者たちがいるときでも、です」
普通、魔物は人が多いときは襲ってこない。力の差がわかるからだろう。なのに、それでもマルグリアたちは魔物に襲われてきた。だから彼女たちは先を急いでいた。そして「ひゃっはー」な馬車に引っかかった、ということか。
「でも、おかしいんです。これまではこんなことなかったんです。町を出てから、急に……」
「もうひとつ。洞窟の中にいたのに、どうして魔物が来たことに気づいたんですか?」
「……それは」
「ルミーアさんがおしえてくれたんだよ、おにーちゃんっ!」
飛びついてきたフェンルが言った。
俺の腕に抱きつきながら、小声で「クロノさまがいなくなって目を覚ましたら、ルミーアさんが言ったんです『魔物が来てるのね』って。それでマルグリアさんが飛び出していきました」と、教えてくれる。
「ルミーアには、そういう能力があるみたいなのね」
金髪の幼女ルミーアは、俺の目を見ながら告げた。
「それで『グルガンゴルガ教団』に、変な検査を受けさせられたの。なにかの手がかりになるかと思って、検査結果の紙は持ち歩いてるの」
馬車にあった「適性:B」とかいう紙のことか。
なるほど。
まとめると、マルグリアには何故か魔物を引きつける特性があって、ルミーアには魔物の位置がわかる能力がある。ただ、2人の違いは、ルミーアは自分の能力を知っているが、マルグリアは自分の特性にとまどっている。マルグリアの特性は後天的なもので、原因がある。
『ガルガルガル────グルル──』
『結界』に閉じ込めたブラックハウンドが吠えてる。ちょうどいい。こいつらに協力してもらおう。
「最後に、これは質問というか、お願いなんですけど」
「……え?」
護衛少女マルグリアは不思議そうに首をかしげた。
いきなりの魔物襲来だったからか、鎧は身につけてない。着ているのは布製の上着と、丈の短いズボンだけ。幼女ルミーアの護衛とはいっても、マルグリアは小柄な方だ。俺よりも頭ひとつ半くらい背が小さいし、身体の起伏もそんなにない。
背はフェンルより高いが、俺から見れば子どものようなものだ。
だったら、問題ないな。
「ここで服を全部脱いでもらえますか? 一枚残らず」
俺は言った。
護衛少女マルグリアは、ぽかん、と口を開けた。
魔人さん、調査のために護衛少女マルグリアを脱がせることにしました。
次回、第20話は今週の前半くらいに更新予定です。
もうひとつのお話「異世界でスキルを解体したらチートな嫁が増殖しました」の書籍版4巻が、9月8日に発売になります。
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