第18話「魔人、従者の危機に気づく」
──護衛少女マルグリア視点──
「ルミーアさまの実家は、海沿いの町を拠点にした交易商人でした」
洞窟の中でたき火にあたりながら、護衛少女マルグリアは話し始めた。
「ですが、お父上亡き後、ルミーアさまは『魔王グルガンゴルガ』を崇拝する者たちに財産を奪われたのです」
「……ん」
気がつくと、ルミーアがマルグリアの手を握っていた。
この話をするときはいつもそうだ。お嬢様はあの話を聞くことさえも怖がっている。
おそるべき魔王と、その崇拝者め……。奴らはどれだけ人を不幸にすれば気が済むのだろうか。
「400年前、魔王城にいた魔王が、異世界からの勇者によって倒されたことは、ご存じですね?」
マルグリアの言葉に、少年はうなずいた。
目をふせて、まるでつらいことを思い出しているかのように。
やはり、彼は正義を愛する者だ。
知っているのだろう。勇者たちが残した伝説の中で、当時のひとたちがどれだけ魔王グルガンゴルガに苦しめられていたのかを。
「…………あれ?」
マルグリアは自然と、胸が高鳴っていることに気づいた。
『魔王グルガンゴルガ』教団のせいで実家を捨てなければいけなかったマルグリアたちの話を聞いて、自分のことのように心を痛めている少年が、なぜかいとおしく思えてしまった。不思議だ。マルグリアは小さいころからルミーアの護衛役として育てられて、他の人間に親近感を覚えたことなんかなかったのに。
「……魔王は、勇者に倒されたんですよね?」
「はい」
少年の言葉に、マルグリアはうなずいた。
「魔王の死後、第二次魔王とか、帰ってきた魔王とか、新規魔王とかが出現したわけじゃないですよね?」
「この世界の魔王はひとりだけです」
「……滅んじゃったんですよね」
「ですが、その復活を企むものたちは、世界のあちこちにいるんです」
「機会があったら話をつけに行きたいですね」
そう語る少年の目は、まるで怒りに燃えているようだった。
「あなたのように勇敢な人ばかりだったら、ルミーアさまのご家族も無事だったでしょうに……」
マルグリアは思わずためいきをついて、それから、事情を話し始めた。
ルミーアの父親が商品を運ぶために別の町に向かったとき、魔物に襲われて命を落としたこと。
店の跡継ぎとして、ルミーアが婿を取ることに決まっていたこと。
母親はすでに亡くなっていたため、彼女が成人するまでの間は、店のナンバー2だった叔父が後見人になったこと。
けれど──
「叔父さんは『魔王グルガンゴルガ教団』の一員だったのね」
ルミーアが小さな声で、つぶやいた。
「教団はお布施をする者に力を貸すのね。魔法使いや、暗殺者。おじさんはその力を使って、父さまを殺したらしいの。それからルミーアにも入信するようにしつこく迫って、変な検査を受けさせたのよ」
「危険を感じた私たちは隙を見て、店から逃げ出してきたわけです」
教団の実態は、いまだ謎に包まれている。
逃げ出す前に、町で情報を集めたところによると、メンバーは数十人とも、百人ともいわれていた。町のどれだけの人間が、教団に関わっているのかはわからない。
ただ、教団がお金と魔法のアイテムを集めていることはわかった。
それは魔王グルガンゴルガを復活させる儀式に必要なもので、ルミーアが受けさせられた検査も、それに関わるものではないか、というのがマルグリアの予想だ。
「私たちが住んでいたのは、ここから徒歩10日以上かかる海沿いの小さな町です。そこでは数十年前から『魔王グルガンゴルガ』の伝説が語られてきましたが、まさか魔王の復活を企む者までいるとは」
マルグリアは、ぐっ、と拳を握りしめた。
「私たちはこのことを、王都にいる知り合いの商人に訴えるつもりです。そこから商人ギルドを経由して、王家に情報を伝えるのが、私たちの最終目的です。それが無理なら王都の冒険者ギルドに依頼して、強力なパーティを雇うつもりでいます」
「それくらいの、たくわえは、あるのね」
「……それもだめだったら……時が来るまで力を溜めます」
「ルミーアとマルグリアが冒険者になって、魔王退治の勇者をめざすのね」
「今の私では、力不足ですが……ひとりではルミーアさまを守りきることも難しいので」
マルグリアは、がっくりと肩を落とした。
ルミーアは背中をなでてくれるけれど、力が足りない自分が情けない。町を出てから、魔物に襲われてばかりで、ぎりぎり逃げるのが精一杯だった。王都まであと少し。ここは信頼できる人の力を借りておきたい。
「私たちは、ここで立ち止まるわけにはいかないのです。この世界の平和のために、魔王復活などの企てを止めるためにも、どうかお力を──って、どうして涙ぐんでいらっしゃるのですか!?」
マルグリアの目の前で、少年は目頭をおさえていた。
ああ、この人は、本当に優しい方なんだ……。
「……知らなかった」
少年は呆然とつぶやいた。
「……『魔王グルガンゴルガ』復活なんて、無謀なことをたくらむ奴らがいたなんて……」
その言葉を聞いたとき、マルグリアの胸が熱くなった。
勇気と、魔をあがめる者への怒りを感じたからだった。
この方なら──ルミーアさまをお任せしてもいいのかもしれない。
だって隣にいるルミーアはほほえんでいる。少年──クロノさんに心を許しているのがわかる。美味しいものくれたから、というのもあるのだろうが。でも、久しぶりだ。ルミーアが笑うのを見るのは。
「お願いです」
マルグリアはもう一度、繰り返す。
「私たちをどうか、王都まで護衛してください!」
──クロノ視点──
「……『魔王グルガンゴルガ』復活なんて、無謀なことをたくらむ奴がいたなんて……」
しかも、話によると伝説は数十年に渡って語られてきたらしい。
なんて無駄なことしてるのだ。どうして誰も止めなかった……。
どうして誰もツッコミを入れなかったんだ……。
「……クロノさま」
「……儀式やったって、復活……するわけなかろう?」
だって、いねぇんだから『魔王グルガンゴルガ』
いない相手に手紙出したって、届くわけなかろう。なに考えてんだ『グルガンゴルガ教団』。そんなことのために商家を乗っ取ったり、ルミーアの父親に手を出したりしてるのか? なにを考えているのだ……?
だいたい身長15メートルで腕が8本、尻尾が12本の魔王ってなんなのだ。魔王をでっちあげるなら、もう少し読みやすい名前にするべきであろう。せめて濁点を減らせ。
しかし……時が経つほど増殖しているのだな『魔王伝説』って。
俺が記憶を取り戻してから、数日。
途中、立ち寄った冒険者ギルドで、俺は何度か魔王の伝説を調べてみたのだ。
まー、出るわ出るわ。
『これが元祖魔王だ』『ならばこっちが本家だ』『なにおー。おれらのが正統派だ」『こっちのは腕が4本あるから強い。強いんだから本物だ』『なんだと? だったらこっちは触手が10本だ』『おれらが考えたさいきょうのまおうは……』
といった感じで、魔王ちゃんの死後『勇者が広めた魔王伝説』は拡大解釈が繰り返され、今じゃ異世界風にいえば『二次創作』が増え続けて、どれが本物かわからない状態──というよりも、本物などはひとつもない。
『魔王グルガンゴルガ』もおそらくはそのひとつで『うちのまおうがさいきょう』って考えたやつが広めた可能性がある。
そして、時が経つうちにそれを真に受けた者が教団を作って、幼女ルミーアの実家を潰してしまった、ということなのかもしれない。
「…………迷惑な」
「…………おにいちゃん」
「ああ、案ずるなフェンルよ。俺の意思は決まっている」
でたらめな伝説とはいえ、真実のかけらを含んでいることも、ないわけじゃない。
俺たちが探しているのは魔王城の跡地だ。万が一『魔王グルガンゴルガ』──いいにくいから『濁点魔王』で──の伝説の中に、魔王城の場所が残っていることも考えられる。
幼女ルミーアの護衛を引きうければ、その手の情報に触れることもあるだろう。
護衛の仕事はそれほど難しくはない。
俺たちは王都まで彼女たちと一緒にいればいいだけだ。期間はあと2日か3日。
そして、俺たちの現状を計算に入れると──
「わかりました」
「「おおっ!!」」「おにいちゃん!」
「このお仕事は、お断りします」
俺は答えた。
護衛少女マルグリアと、幼女ルミーア、なぜかフェンルの目まで点になった。
「仕事に不満があるわけじゃないです。ただ」
俺は横目で、のけぞって硬直状態のフェンルを見た。
「うちの妹の具合が悪くなるかもしれないので。申し訳ないですけど」
「……おにいちゃんちょっときてー!」
フェンルが俺の腕を引っ張った。
なにか話したいことがあるようだ。
ちょうどいい。俺も確かめたいことがあるからな。
待て、力を入れたところで、ちっちゃなお前が俺を引きずれるわけもあるまい。うむ。洞窟の入り口に来たな。他の2人とは距離があるな。だが念のため『変幻の盾』を完全透明にして、音を遮断して、と。
「これでいい。それで、フェンルよ。なにが言いたい?」
「どうしてお断りされたのですか? ルミーアさんたちの依頼は、クロノさまの目的にも役立つのでは?」
賢いなフェンルよ。わかっていたのか。
お前の言うとおり、マルグリアたちの依頼を受ければ、魔王関連の情報を得られるかもしれぬ。
「だが、見知らぬ幼女よりも従者を重視するのは当然であろう?」
「私、確かに身体は丈夫じゃないかもしれないですけど、護衛の任務くらいはできます。クロノさまのあしでまといにはなりません!」
「知っている。お前の力は信用しているとも」
「だったら、どうして……?」
「あの2人と一緒にいると、お前に悪い影響が出るかもしれないのだ」
「……え?」
それはさっきまでのお前の状態を見て、俺が判断したことだ。
気づかぬとは、まだ甘いな、フェンルよ。
「フェンルよ。よく考えろ。マルグリア、ルミーアの2人と一緒にいるのであれば、お前は王都までずっと『幼女モード』を続けねばならぬことを」
「────!?」
そう。これは俺のミスでもあるのだ。
マルグリアの警戒を解くため、俺はフェンルに『幼女モード』を発動させた。いまさら「あれは演技でした。てへっ」などとは言えない。そうなったら彼女たちの不審を招くことになる。彼女たちは商人ギルドや大手の商人とも繋がりがある。変な噂を立てられるのも面倒だ。それが村まで届いたりしたら、ノエル姉ちゃんが心配するだろうし。
それに、無理に護衛を引き受けなくてもいいのだ。
どうせ俺たちとあの2人の行く先は同じだ。つかず離れずで街道を進み、なんかあったら守ってやればいい。こっちの手が空いてて、お腹いっぱいで、機嫌がいい時に限るが。それでも別にかまわなかろう。まぁ、情報が得られなくなるのは残念だが、フェンルの精神に悪影響が出るより、よっぽどましだ。
「フェンルよ、よく聞け。お前は幼女の演技に適性がありすぎるのだ」
俺のセリフに、フェンルが目を見開いた。
気づいたようだ。自分の才能に。それが花開こうとしていることに。『幼女モード』の演技が神がかっていたことに。
だが、それはフェンルにとって諸刃の剣でもあるのだ。
「これ以上『幼女モード』を続けた場合、王都に着くころには、お前は身も心も幼女になってしまうであろう!」
「なりませんっ! ならないですクロノさま!」
フェンルは頬をふくらませて、腕を振り上げた。
「ほ、本当にそんな理由で、ルミーアさんたちの依頼を断られたのですか?」
「うん」
「私、大丈夫です。ちっちゃな子になってたのは演技だってわかってます。身も心も幼女になったりしませんっ!」
「そうか、ならば安心だな」
「安心してください、クロノさま。お仕事は自由に受けてください……」
「わかった。ところで、そろそろ服が乾いたようだな」
正確に言えば、俺たちの荷物は (結界のおかげで)濡れてない。ただ、それだと変に思われるので、濡れたことにして洞窟の入り口に干してある。そろそろ「乾いた」と言っても大丈夫なころあいだ。
「フェンルが着ている服は生乾きだし、着替えた方がいいのではないか?」
「あ、はい、そうですね」
「濡れた服が脱ぎにくかろう。ほら、ばんざーい」
「ありがとうおにいちゃん。ばんざーい」
しゅぽん
「────はっ!」
フェンルの顔が真っ赤になった。
ほら、言わんこっちゃない。
「ち、ちがいます。これは不意を突かれたから──」
「脱がされてから気づいたくせになにを言うか」
「────っ!?」
フェンルは真っ赤になって背中を向けた。ちょうどいい、少し濡れてるから拭いてやろう。
「ク、クロノさまがいけないんです……私を、甘やかすから……」
フェンルはむき出しの背中を丸めて、胸を押さえた。
「私……お姉ちゃんとずっとさまよってて、早く大人にならなきゃって思ってたから……誰かに甘えることなんかできなくて……でも、クロノさまと出会ってからこんなふうになっちゃって……」
「別に俺は気にしないが。従者の面倒を見るのは魔人の役目であろう」
「だから……クロノさまがそんなことをおっしゃるから……もう」
フェンルは顔を上げ、神剣な目で、俺を見た。
「し、失礼をしょうちで申し上げます。クロノさまは、ひとをだめにする魔人ですっ」
──『人をだめにする魔人』?
「……はじめて聞いたぞ、そんな言葉」
「と、とにかく、私はクロノさまの従者なんですから……私に遠慮しないで、したいお仕事は受けてください。あと、私をあんまり甘やかさないでいただけると……」
「なるほどな。フェンルの言いたいことはわかった」
「ありがとうございます」
「ならば命じてやろう。右足を上げろ」
「は、はい」
「よし。通ったな。左足を上げろ。ぐずぐずするな」
「は、はい。すいません!」
「最後に、ばんざーい」
「ばんざーい」
フェンルが両足を通した服を、俺は一気に胸元まで引き上げた。上下一体型の、身体にぴったりと張り付く水着のような服だ。最後に肩紐を結んで、と。
「ありがとうおにいちゃーんっ…………はうっ!!」
乾いた服に着替えたフェンルは、ぴょん、とジャンプして──それから、がっくりと肩を落とした。
「……だいじょうぶです。私、大丈夫ですからぁ」
「わかった。俺もお前を甘やかさないように気をつけよう」
……そもそも俺はフェンルを甘やかした覚えなどないのだが。
着替えなど、孤児院にいたときは普通にやっていたことだ。ただの日常の一環でしかない。フェンル相手にそれを続けているのは、人間のふりをする練習のようなものだ。今のところは、俺は人間社会に溶け込んで生きなければならぬ。別にお前のためではないんだからな。勘違いするなよ。
だからボタンはちゃんと留めろ、フェンル。恥ずかしがって横を向いているから段違いになるのだ。こうやって直して、と。髪はまだ湿ってるから、リボンでまとめるだけにしておこう。これでよし。
「長話になった。フェンル、すまないが再び『幼女モード』でマルグリアをごまかしてくれ」
「わ、わかりました」
「それと『仕事は受ける』と、マルグリアとルミーアに」
「うんおにいちゃ──こほん。わかりました、クロノさま」
「俺は少し見回りをしてくる」
俺ならば『変幻の盾』を傘の代わりにできる。が、フェンルは濡れて歩くしかない。
それでは着替えた意味がないからな。これは俺の仕事だ。
「すぐに戻る。それまで、自我を保ったまま幼女でいるのだぞ」
「わ、わかりましたぁ」
一礼するフェンルを残して、俺は洞窟を出た。
「ただいま」
「わーいおかえりー。おにいちゃん」
たき火の前に座っていたフェンルが振り返る。
やはり演技に磨きがかかっている。8歳のミリエラと比べてもどっちがお姉ちゃんかわからないくらいだ。
「フェンルが迷惑をかけませんでしたか?」
「とんでもありません。良い子にしてましたよ。お嬢様より年下とは思えないくらい。12歳くらいかと思いました」
なんとも微妙な評価だった。
フェンルの目から光が消えているのが気になるが。
「それで、お仕事を受けていただけるそうですね」
たき火の前に腰を下ろした俺に向けて、マルグリアは言った。
「はい。フェンルの体調も大丈夫なようなので」
「うん。ふぇんるへいきー。おにいちゃんのためならなんでもするよー」
「フェンルちゃんはお兄ちゃんが大好きなのね?」
自称年上のルミーアが、フェンルの頭をなでた。
「うん。ふぇんる、おっきくなったらおにいちゃんのおよめさんになるのー」
「そうか、お前が立派なレディになったら考えてやろう」
「もー、おにいちゃんったら、他の子にもそんなこと言ってるんじゃない!?」
だから不定期でキレ気味になるのはやめんか。フェンル。
あと、主人の膝をぺちぺち叩くな。子どもかっ。
「外は、特に異常はありませんでした。少し早いですが、夕食にしましょう」
俺は言った。
荷物から、町で買っておいたパンを取り出す。堅くなっているが、まだ味は落ちていない。
「ほら、フェンル。ドライフルーツを載せてやろう」
「ありがとう、おにいちゃん」
「外を歩いていたら『クログルミ(くるみの一種で栄養がある)』を見つけた。載せてやろう」
「すごいねー。くるみのからはわるのが大変なのにー」
木になってたのを落として、『固体分離』で中身だけ取ってきた。
軽くあぶって、フェンルのパンに載せてやる。これは栄養があって、うまいのだ。
「外を歩いていたらハチミツを見つけた。取れたてだ。これも載せてやろう」
「……お、おにいちゃぁん」
なぜ泣きそうな顔をする。
蜂の巣を見つけたから、盾を遠隔操作して『遮断:ハチミツ』でハチミツだけ取ってきただけだ。ちゃんと蜂さんの分は残してきたから問題なかろう。
「……ふぇんるをあまりあまやかすのは」
「大丈夫だ。そのあたりは考えてある」
ちゃんと、他の2人の分も取ってきたからな。
全員均等に食わせれば、フェンルだけを甘やかしたことにはなるまい。
まったく、フェンルは意外と注文がうるさいな。従者にしたとき『食事は俺が決める』と言ったではないか。お前に自由に食事をする権利を与えたおぼえはないぞ。好き嫌いと猫舌は除いてな。
「…………旅の途中での食事とは思えません」
「…………食堂でもこんな新鮮なものは食べられないのね」
護衛少女マルグリアと、幼女ルミーアも、ハチミツが乗ったパンを美味そうに食べてる。
これくらいで感心されても困る。肉がないからな。栄養が少し偏っているし、そだちざかりのフェンルとルミーアにはもっと食わせたいところだ。本当は鳥かウサギでも仕留めたかったのだが。
護衛の仕事を受けたからには、こいつらには王都に着くまで健康でいてもらわなければならぬからな。
魔人が護衛程度の仕事もこなせなかったとなれば、いい物笑いだ。ただでさえ『濁点魔王』などというニセモノがはびこっているのだ。いつか俺が正体を明かしたときのため、魔人の名声は維持しておかなければいけない。
まったく、面倒なことだ。
「あとで私も見回りに行きます。クロノさまは休んでいてください」
「順番でいいですよ。夜は長いんですから」
けなげなことだが、マルグリアよ、今は洞窟に張った結界で、光も遮断しているのだ。外から、たき火の明かりが見えないように。お前が外に出たら、それをいちいち解除しなければならぬ。めんどくさいから中にいて欲しいのだがな。
「その分、護衛の料金をはずんでくれればいいですよ、雇い主さま」
俺はそう言って適当にごまかした。
それから俺たちは、マルグリアとルミーアから『濁点魔王教団』の話を聞いた。
奴らは魔王を復活させ、その魔力を利用してなにかを企んでいるらしい。詳しいことは彼女たちにもわからないそうだが。ただ、国を破壊するようなレベルであれば、王家も動くだろう。俺がわざわざ手を下すこともない。魔人が魔王復活阻止するなんてのはブラックジョークにもならないからな。
それに『転生術式』を作った俺にはわかる。
存在しない魔王相手に復活の儀式をやったところで、魔王ちゃんが出てくるわけもないし、架空の魔王が復活もしない。おそらく魔力はそのへんの時空をさまよったあげくに消えるか、なんか変なものを呼び出すだけだろう。関わるだけ無駄だ。
そんな話をしているうちに、夜は更けていって、いつの間にか雨もあがっていた。
「…………ふわ、おにい……ひゃん」
フェンルが俺の膝で眠ったのを機に、俺も休むことにした。
たき火の番は俺とマルグリアが交代ですることにした。最初はマルグリアの番だ。彼女に一旦火を任せて、俺は外でトイレを済ませることにしたのだが──
洞窟を出て少し歩いたところで、俺は異変に気がついた。
「……面倒だな。魔物か」
木々の間に、荒い息を吐く獣の姿が見えた。
犬系の魔物か、イノシシ型か──イノシシだったら嬉しいのだが。美味いから。
「だが……妙だな」
魔物はまっすぐに、洞窟の方を見ている。
こいつらはどうやって俺たちに気づいたのだ?
さっきまで雨が降っていたから、においは洗い流されている。洞窟内の明かりは結界で遮断している。においも、音もそうだ。ここからでも、洞窟は真っ黒な壁にしか見えない。
それに、このあたりは弱い魔物しか出てこないはずだ。だから俺も安心してごろごろしていたのだが。
『…………グルル。ガガ』
「一晩中、結界の壁を叩かれても落ち着かないからな。相手をしてやるよ」
俺は『変幻の盾』を構えた。
フェンルもルミーアも眠っている。
子どもは一度起きると寝付かせるのが大変だからな、静かに片付けるとしよう。
「その後で、お前らが俺たちに気づいた理由を教えてもらう。来いよ。尻尾も触手もないが、魔の眷属が遊んでやる」
マルグリアとルミーアはここにはいない。
だから安眠を妨げる敵には、『魔人モード』で相手をしてやろう。
魔人さん、謎の魔物を討伐します。
次回は来週の前半くらいに更新する予定です。