表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/64

第17話「魔人、魔王ちゃんとの縁(えにし)を語る」

 その後、俺とフェンル、それに護衛の少女マルグリアはまっすぐに洞窟を目指した。

 気絶した幼女ルミーアは、マルグリアが背負った。俺が背負うと言ったのだが、彼女は結局、ルミーアを放そうとはしなかった。怪我をしているというのに。

 ……しょうがない。俺たちは荷物持ちだ。


 馬車はそのまま街道に置いてきた。

 脱輪したのは、俺が予想した通り、速度の出し過ぎだそうだ。御者が「こんな雨、俺の腕ならどうってことないぜヒャッハー!」って暴走して馬車を横転させたのだとか。そのまま「助けを呼んでくるぜヒャッハー」って去って行ったのがしばらく前。戻ってきたら、たぶん洞窟に来るんじゃないかって話だった。ほっとこう。


 街道から脇道に入り、20分くらい歩くと、洞窟が見えて来た。

 斜面を少し登ったところに岩山があり、その脇にぽっかりと穴が空いている。まわりは樹が密集していて、街道からこっちは見えないようになっている。穴の高さは、フェンルの身長のほぼ2倍くらい。奥行きは──数十メートルというところか。


「滑りやすいから気をつけてくだ……うわっ!?」


 マルグリアが先に立って入ろうとしたところで、洞窟からうようよと生き物が現れた。

 危険なものはいない。ムカデとネズミと羽虫程度だ。一応は安全なようだな。


「……ブロブロさま」

「……なんだ、フェンルよ」

「……もしかして『変幻の盾』で虫を追い出してくださったのですか?」

「……よくわかったな」


 さすがはフェンルだ。

 護衛少女マルグリアが洞窟をのぞきこんでいる間に、俺は透明にした『変幻の盾』を送り込んでおいたのだ。

 その後『遮断:生物』で引っ張り寄せた。

 ムカデとネズミと羽虫は、盾に引っかかって出てきたようだ。


「……わかります。ブロブロさまのことなら……」

「……そうか、ならばもうしばらく『幼女モード』でいてくれ」

「わーいおにいちゃんむしがでてきたよー!」


 なぜキレ気味に?

 仕方ないだろう。この場のフェンルは幼女だってことにしてしまったのだ。

 急に戻したら変に思われるだろう。


「と、とりあえずここで休みましょう。足下が滑るから気をつけてくださいませ……」


 護衛少女マルグリアに先導されて、俺とフェンルは洞窟の中に入った。


「……結界を展開」


 入ってすぐ、俺は小声で宣言した。

 光は透過し、完全透明モードにしておく。『遮断』は水と魔物だ。断熱効果もつけたいところだが、マルグリアたちに、不審に思われても困るからな。ほどほど快適、ほどほど原始的にしておこう。


「改めて自己紹介します。俺はクロノ、こっちは──」


 俺はフェンルの肩をつかんで、前に出した。


「こっちは俺の妹のフェンルです。俺たちは兄妹で冒険者をやっています」

「いもうとですー! おにいちゃんはおにいちゃんですっ!」

「さ、さきほどは申し訳ありませんでした」


 未だにキレ気味のフェンルに押されたのか、少女は深々と頭を下げた。


「わたしはマルグリアと申します。こちらにいらっしゃるルミーアさまの護衛です」

「最初に、ひとつだけ確認させてください」


 マルグリアの自己紹介をさえぎって、俺は言った。


「あなたは今、誰かに追われていますか? そして、その追っ手がここに来る可能性はありますか?」


 詳しい事情は、とりあえず置いておく。

 今、大事なのはこの場が安全かどうかだ。俺にはフェンルの身の安全を確保する義務があるのだから。お兄ちゃんだからね(偽装)。


「……大丈夫、だと思います」

「それならいいです」


 詳しい話は聞かなくていい。後味が悪いのが嫌だから助けただけだ。恩に着せるつもりもないし、他人の事情をほじくるつもりもない。

 こまかい事情に踏み込まれたくないのはこっちも同じだからな。話の流れで「あなたの前世は……」とか聞かれても困るし。


「俺たちは旅の途中で偶然出会っただけ。今夜一晩、ここで一緒に雨宿りする。それでいいでしょう。事情は、話したくなったら話してください」

「……ありがとうございます」


 護衛の少女は深々と頭を下げた。

 ブレストプレートとマントを外し、幼女ルミーアの枕代わりにする。その下に着ているのは、ごく普通の布の服だ。武装しているときは俺と同い年くらいに見えたが、実際には少し幼いようだ。身体も細いし、髪をほどいたせいか、妙に子どもっぽく見える。


「……はぅ」


 武装を外した少女はためいきをついて、それから鳥肌の立った腕をさすった。


「……それにしても……少し冷えますね……たきぎになるような、乾いた枝があればいいのですが、この雨では……」

「おねえちゃん、かれえだがあったよー」


 フェンルが少女の前に、裂けた木の枝を差し出した。

 もちろん、俺がこっそり渡したものだ。カラカラに乾いてる。急いで『遮断:水分』で脱水したから裂けちゃっているが。


「あ、ありがとう。でも、火口も濡れてしまっています。わたくしは火炎魔法は苦手で……」

「なんかこすったらひがついたよー」


 フェンルが少女の前に、火のついた草を差し出した。

 こっそり『こんろ』で着火したものだ。よく燃える。


「いけません。毛布が濡れてしまっています……これではお嬢様が風邪を……」

「なんかたたいたらかわいたよー」

「この洞窟はおかしいです逃げましょう!!」

「そとはあめだよー」

「…………はぁ」


 護衛少女マルグリアは疲れたように座り込んだ。

 服はぐっしょりと濡れている。脱いで火に当てたほうが乾きやすいのだが、俺がいるせいかそうもいかないようだ。


 俺は火の前に腰を下ろして、荷物から「ドライフルーツ」を出した。マルグリアに勧めると、彼女はなんだか微妙な表情で食べ始めた。俺は雨水を鍋に入れ、火にかける。あったかいお茶くらいは煎れてやろう。


 火の前に座りなおすと、膝の上にフェンルが乗ってきた。

 こら。なにをするか……とつぶやいたら、肩越しに「ようじょだからー」って笑いかけてくる。なるほど、演技か。ならば仕方ないな。俺のふとももの上で尻をもじもじと動かしてるのと、妙に体温が高いのが気になるが。


「わたくしも、ひとつおうかがいしていいですか?」


 幼女ルミーアに膝枕しながら、マルグリアは言った。


「俺に答えられることなら」


 つられて俺もフェンルを膝枕する。

 こら、暴れるな。お前は寒がりだから、全身で火にあたれるようにしてやるだけだ。着ている服だけ乾かすような器用な真似は『変幻の盾』でもまだできないからな。

 え? 火で照らされると、雨で濡れた服が身体に張り付いてるのがわかっちゃう? ああ、確かにな。胸のあたりから、おへそのかたちまでよくわかるな。だが、今の設定では俺はお前の兄になっているのだ。兄妹でそういうことを気にしたら不審に思われるだろう?

 そうだ。俺たちは兄妹だ。お前は俺の妹なのだ。

 頭をなでてやるからおとなしく──って、だからどうしてキレ気味にこっちを見るのだ!?


「き、聞いてもいいのですよね?」

「どうぞ。マルグリアさん」

「わたくしの魔法を弾いた、クロノさまのあのスキルは一体……?」

「おにいちゃんはすごいのーっ!」


 フェンルが代わりに答えた。

 まぁいいや、それで。


「わたくしも護衛として、拘束魔法には自信があるのです。なのに──」

「おにいちゃんはすごいのーっ! おにいちゃんは──」

「……ごめんなさい」


 護衛少女マルグリアは引き下がった。

 フェンル『幼女モード』による力押し戦術だった。

 まぁ、前世のスキル、と言ったところで信じてもらえるわけもないからな。


「俺たちも冒険者ですからね。クエストをこなすうちに、奇妙なスキルを身につけた。それだけですよ」

「わかりました。すいません。余計なことを申し上げました」


 そう言って護衛少女マルグリアはまた、頭を下げた。

 出会い頭に魔法をぶつけてきた人ではあるけど、根はまじめで礼儀正しいようだ。


「……ん」


 声がした。

 気がつくと、マルグリアの膝の上で、幼女ルミーアが身体を起こしていた。フェンルの声で目を覚ましたようだ。少しおびえたようすで、服の裾をにぎりしめて俺たちを見ている。

 髪はウェーブのかかった金髪で、瞳は青。肌は血の気なんか感じられないくらい真っ白だ。

 マルグリアが「この方たちが助けてくれたのです」って言うと、長いため息をついてから、小さな声で


「ありがと、ございました」


 ってつぶやいた。


 それから2人は「知り合いに会いに行くために王都に向かっているのです」と、話してくれた。

 俺たちは単純に「冒険者で、王都でがっぽりお金を稼ぐために移動中」だ。

 嘘はついてない。クエストで稼ぐとは言ってないからな。


 馬車で見た、ルミーアの名前が書かれた羊皮紙が気になったけれど──そこまで訪ねるのは踏み込みすぎだろうな。

 いかんな……前世の経験からか、幼女がからむと、どうしても色々と気になってしまう。魔王ちゃんの呪いだろうか。できれば巨乳の、それも母性あふれるお姉さんがらみの事件に関わりたいものだが。


「……クロノさま」


 不意に、フェンルが俺の耳元にささやいた。

 たき火の向こうにいるマルグリアとルミーアに聞こえないように、小さな声で。


「……ひとつおうかがいしても、いいですか?」

「……いいけど、なんだ?」

「クロノさまは……前世で魔王さまのことを、愛していらっしゃったのですか?」

「はぁ!?」


 変な声が出た。

 いかんいかん。マルグリアとルミーアが妙な顔をしている。

 まったく、突然なにを言い出すのだ、フェンルよ。風邪でも引いたのか?


「なにを言うか……魔王ちゃんは俺の上司だぞ。恋愛対象ではないわ」

「そ、そうですよね……すいません」

「どうしてそんなことを考えたのだ、フェンル?」

「……クロノさまが……ちっちゃな子がらみの事件に関わりたがるからです」


 あー。そういうことか。

 誤解があるな。フェンルを救ったときは、お前がちっちゃいことなどは知らなかった。動物だと思っていたからな。アグニスの件はクエストを受注して、ゴーストを倒してから彼女がなんちゃって幼女だということに気づいたのだ。目の前にいるルミーアの件は……まぁ、偶然だ。


「……俺は別に幼女好きではない。助けた相手が偶然そうだっただけだ」

「……す、すいません」


 フェンルは俺の膝の上で、何度も頭を下げてる。


「ふと思ってしまったんです。クロノさまが……あの方の『遺産(へそくり)』を探しているのは、ひょっとしたら遺産そのものではなくて……あの方ともう一度出会う手かがりを探しているのかな……って」

「……あの時代から400年も経っているのだぞ……?」


 魔人も魔王も長生きだが、さすがに400年は無理だ。魔人だった俺の感覚からすると、寿命は200年半がいいところだ。俺だって、現在まで魔王ちゃんが生き残ってるなんてことは期待してない。


 俺が遺産を手に入れたいのは、魔王城の残骸を見つけて、魔王ちゃんのとむらいをしたいというのと、前世で同僚の魔人どもにさんざんパワハラ受けた代償としてなんか欲しいというだけだ。

 あとは……魔王ちゃんの遺産で人間の生活を楽にすれば……人間萌えだった魔王ちゃんも喜ぶかもしれないし、もしかしたら人間も、魔王ちゃんをこわがらなくなるかもしれない……。


 それだけだ。

 いくら俺でも、あの状況で魔王ちゃんが生き残ってるなんて、変な希望は持っていない。


「……彼女とは……縁があれば、また会えるだろうよ。どんな形であってもな」

「……クロノさま……」


 それくらい信じてもよかろうよ。

 俺だって記憶を持って転生したのだ。魔王ちゃんが……まぁ、記憶は失ってるとしても……転生してる可能性がないわけじゃない。だったら、どんな形であれ、また会えるだろうよ。俺が魔王ちゃんのことを覚えていて、彼女に関わるものを探している限りな。


 もちろん、根拠なんかなんにもない。

 ただ、記憶を取り戻してからの俺は、ずっとそんな気がしているのだ。


「……そうですか」


 フェンルは満足そうなため息をついた。


「……クロノさまが……ちっちゃい方を気にしているのであれば……私にも希望が……」

「さっきからなんのお話をされているのですか?」

「ふぇんるはおにいちゃんがだいすきっていったのーっ!!」


 だからなんでキレ気味に叫ぶのだ。フェンルよ。

 マルグリアさんも、いきなり話しかけないでください。びっくりするから。


「ねー。おにいちゃんはふぇんるすき?」

「もちろんだ。俺たちは兄妹じゃないか」

「えへへー」


 うむ。完璧な演技だぞ、フェンル。

 無理なことを頼んで申し訳ないが、もう少し演技を続けてくれ。


 フェンルも興が乗ってきたようだから、大丈夫であろう。さっきから俺の胸に背中を押しつけてきているし、俺の腕に頬をすりつけてきているし、なかなか幼女らしい演技が堂に入ってきたではないか。


 意外と長い間、フェンルと話し込んでしまったが、不審には思われなかったようだ。

 俺たちが話している間、向こうもふたりで内緒話をしていたからな。踏み込むつもりはないが、どんな話をしていたんだろうな……?








──護衛少女マルグリア視点──


 クロノとフェンルが、ないしょ話をしていたころ、

 たき火の向こうで、護衛少女マルグリアと幼女ルミーアは──


「……お嬢様。あの方たち、なにかひそひそ話をしておられますよ」

「……込み入った事情があるの。聞いてはだめ」

「……あの方たちは信用できるでしょうか……」

「……大丈夫」

「……そうですよね?」

「美味しいものくれたから」


 ルミーアはドライフルーツを食べながら、こくこくこくっ、とうなずいた。


「お嬢様!」


 マルグリアは思わずルミーアの肩をつかんだ。


「少しは他人を疑うことを覚えてください。それで『ヒャッハー』な馬車に引っかかったのでしょう?」

「あれはあれで、貴重な体験」

「もう少しで死ぬところでしたけどねっ」


 マルグリアは横目で恩人2人──クロノさんとフェンルさんを見た。

 2人はたき火の向こうで、洞窟の入り口を背にして座っている。魔物を警戒している様子はない。よほど腕に自信があるのだろうか。


「……あの方はわたくしの魔法を無効化するスキルをお持ちのようです……」

「……すごいお兄様なのね」

「……それで済ませないでください」

「……世の中は、シンプルが一番なのね」

「クロノさまの能力の出所はさておき、味方になっていただければ力強いかもしれません」

「だめなの」


 ルミーアはゆっくりと、首を横に振った。


「あいつらに対抗するには、強い正義感の持ち主じゃないと、だめなの」

「そうですね……」


 マルグリアは思い出す。ルミーアの実家を破壊した、あの仇敵のことを。

 確かに、あいつらに対抗するには、揺るぎのない正義感が必要だ。

 目の前にいる黒髪の少年は、それを持っているのだろうか……?


「……試してみましょう」


 マルグリアは意を決したように、拳をにぎりしめた。


「……わたくしが話を振ってみます。ルミーアさまは、彼の反応を見てください」

「……わかったの」


 マルグリアは少年の方を向いた。

 ごくり、と息を吞む。自分がかすかに震えているのがわかる。

 これから口にするのは、口にするのも恐ろしい者の話だ。はたして、目の前の少年はそれを恐れずにいてくれるだろうか。

 もしそうなら、事情を話して、味方になってもらうことが……。


「クロノさま、聞いてもよろしいですか?」


 マルグリアが声をかけると、少年がこっちの方を向いた。

 あちらのふたりも、ちょうど話を終えたようだ。


「いいですよ。なんですか?」


 少年は穏やかな瞳でこちらを見ている。

 胸が痛む。これから忌むべきあの存在の話をして、彼の瞳が曇らなければいいのだけれど。

 けれど、自分たちには『魔を恐れない味方』が、どうしても必要なのだ。


 マルグリアは深呼吸して、告げる。


「クロノさまは、400年前に勇者に討たれたという魔王──『身長15メートル。全身は竜の鱗で覆われていて、かぎ爪のついた手が8本と、毒針のついたしっぽが12本持っていて、両目から魔力光線を発射した化け物……女性体なのに女の子が大好きで、出会った少女はてごめにせずにはおかなかったという、魔王グルガンゴルガ』についてどう思われますか?」

「そんなデタラメな存在は歴史から抹消するべきですね」


 一瞬の迷いもなく、少年は吐き捨てた。

 ──なんと!?

 信じられない。

 魔王の伝説を聞いても、少年はまったく恐れていない。

 少年は魔王のデタラメな強さは認めている。それでも、歴史から消し去ってやる、なんて……。

 そんな相手ははじめてだ。今までは、どんな高レベルの冒険者でも、少しはおびえた様子を見せていたというのに……。


「で、では。仮に現在、目の前にその邪悪なる『魔王グルガンゴルガ』が現れたとしたら!?」

「ボコボコにして、魔王を名乗ったことを後悔させてやりたいと思います」


 魔王を名乗ったことを後悔!?

 この少年にとって魔王とは、ただの魔物の一種でしかないのか!?


「じゃ、じゃあ! 怪しい儀式で『魔王グルガンゴルガ』を復活させようとしている者がいたら!?」

「とりあえず会いに行って、そんなのは無駄なあがきだってことを思い知らせるべきでしょうね」


 無駄……魔王を復活させたところで、相手にもならないと……?

 なんという勇気だろう。

 そして、なんて正義感にあふれたお方なのだろうか……。

 あの怒りに燃えた瞳。あれはまさしく、魔を憎む者の(あかし)だ。


 マルグリアとルミーアは、少年たちから見えないところで手を握り合う。

 口には出さずに、語り合う。 


 このお方ならば──わたくしたちを救ってくれるかもしれない、と。







──クロノ視点──





 なんだよ『魔王グルガンゴルガ』って。誰だよ。知らねぇよそんな奴。


 あ……そういえば魔王ちゃんの本名って、俺たち魔人しか知らなかったっけ。基本、城のなかにこもりっぱなしで、魔物とも顔を合わせることなかったからな。『魔王』でだいたい用事が足りたんだ。

 おかげで適当な名前の伝説がいくつも残ることになったんだけど。『グルガンゴルガ』ははじめて聞いた。パターンFだな。あとでメモっとこう。


 こんなことになったのは勇者のせいだ。

 奴らは魔王城を落としたあと、自分の功績をたたえるために、吟遊詩人にいろいろな歌を作らせたんだ。その中では例外なく、魔王ちゃんは巨大な化け物になってしまっている。


 まったく、どうして勇者って武勇伝が好きかなー。一番有名なのは「魔王は実は巨大なドラゴンで、財宝集めが趣味で、定期的に姫君をさらってた」だぞ? 魔王ちゃんが姫君さらってどうするのだ。仲良くなって一緒に遊んでるところしか想像できない。で、面倒を見させられるのはたぶん俺だ。


 マルグリアが話してくれたのは、そんな伝説の中でも、かなり異端の物語だろう。


 でも、いくらなんでも身長15メートルで目から魔力光線はないだろ。そんな『デタラメな存在』は歴史から抹消すべきだ。目の前にいたら……にせもののそいつはボコボコにして魔王ちゃんを(かた)った罪を思い知らせてやりたい。


 それに、どんな儀式をやったって、存在しない魔王が復活するわけないんだ。魔人としては出向いていって「そんな無駄なことはやめろ」って、説得するべきだろうな。物理を交えて。


「……おにいちゃん……こわいよ……」


 気がつくと、フェンルがおびえた目でこっちを見ていた。


「ごめんごめん。妹よ」


 俺はフェンルの頭をなでた。

 つい、気が立っていたみたいだ。


 前世のことは前世のことだ。今の俺はスローライフをめざして旅の途中。でたらめな魔王伝説を気にしても──って、あれ?


 どうしてマルグリアとルミーア──少女2人が地面に手をついて、こっちを見ているのだ? 妙に必死な顔をしているのはなぜだ? まさか、俺はそんなに恐い顔をしていたのだ? 幼女と少女がおびえるくらい?

 いかんいかん。今の俺は人間なのだ。通りすがりの幼女をおびえさせるようでは、魔人失格──


「クロノさまに、お願いがあります」


 護衛少女、マルグリアは言った。

 幼女ルミーアも、唇をかみしめてこっちを見ている。


「冒険者として、王都までの護衛をお願いできないでしょうか? 正義を愛し、魔を憎む心をお持ちのあなたさまなら、ルミーアさまを守っていただけると思いますので……」


 魔を憎む心……? 

 ………………いや、そんな自虐趣味(じぎゃくしゅみ)はないけど。

 ラブリー魔王ちゃんに仕えた魔人になにを言ってるのだ、君たちは。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作、はじめました。

「竜帝の後継者と、天下無双の城主嫁軍団」

うっかり異世界召喚に巻き込まれてしまったアラサーの会社員が、
正式に召喚された者たちを圧倒しながら、異世界の王を目指すお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ