第16話「魔人、魔法を分解する」
予約投稿の日付を間違えました……。15話と16話が連続更新になっています。
今日はじめてお越しの方は、まずは第15話をごらんください。
翌日。
俺たちは朝早くに目を覚ました。
子爵家の戸締まりをして、衛兵と冒険者ギルドに挨拶を済ませて、それから町を出た。
ここから王都までは数日の距離だ。
街道をまっすぐ進めば、夕方までには次の町に着く。
町の周りは山と森だから、狩りをすれば夕飯の材料ぐらいは手に入るだろう。
天気もいいし、出立にはちょうどいい。
俺たちは、そう思っていたのだが──
昼過ぎから、強い雨が降り出した。
「この辺の街道の左右は山だからな。雲の動きを読み損なったか……」
不覚だ。
しかも位置は、2つの町の中間地点。戻るにも進むのにも中途半端だ。
仕方ない。進むのはここまでにして、どこかでキャンプすることにしよう。
「フェンル。このあたりで休める場所は?」
「近くに雨宿りできる洞窟があります。行ってみませんか?」
フェンルは冒険者をしていただけあって、地理に詳しい。
彼女によると、街道のまわりには旅人が雨宿りに使う洞窟があるそうだ
俺たちは雨の中を歩いている。
無論。ずぶ濡れになるようなへまはしない。
俺たちの頭上には、ドーム状の結界がふよふよと浮いている。フェンルを従者にしたことで手に入れた、浮遊能力によるものだ。
結界は雨を遮断しながら、俺たちが歩くのに合わせてついてくる。
濡れることもないし、普通に話もできるのだが、地面がぬかるんでいるのはどうしようもない。靴も泥まみれだし、なにより足の感触が気持ち悪い。
この場で結界キャンプに入ってもいいのだが、はっきり言って目立ちすぎる。雨の中、一部だけ乾いた空間で火を炊いて食事してる光景はシュールだし、こんなことで魔人の存在が世間に知れ渡るのもごめんだ。ここはフェンルの言う「洞窟」に避難するべきだろう。
「わかった。ならば、案内してもらおうか。フェンルよ」
「は、はい。もうちょっと街道を進んで、山の方に向かうとあるはずです」
フェンルはおそるおそる、といった感じで、俺の手を握った。
ふむ、先日から、妙にフェンルは俺の手を触りたがっているような気がするが……まぁいい。そんなたよりない握り方でどうするのだ? ノエル姉ちゃんとミリエラが、大事な人とはこうやって手をつなぐ──と教えてくれた方法があったな。はぐれぬように、こうして指をからめて──
「──ひゃっ!?」
フェンルが真っ赤になって、俺の顔を見上げている。
「どうした。痛かったか?」
「い、いえ。だ、大丈夫です……うれしかっただけです」
「そうか。お前の指は細いからな、痛かったら言うのだぞ」
「いえいえこんな痛みなんかどうってことないです。ブロブロさまを感じられるのですから……望むところ……いえいえいえいえ!!」
なんでそんな必死に首を振っている?
雨の中だ、あまり変な動きをするでない。転ぶぞ。
「あぅっ!?」
「ほら! 言わぬことではない!」
足を滑らせたフェンルの身体を、俺は抱き上げた。
「きょろきょろしながら歩くからだ。それとも、足下が冷えたのか?」
「…………ふ、ふぇ」
「なんだ。身体が熱いな。顔も真っ赤だ。やはり熱があるのか?」
「いえ、いいいええええええ。大丈夫です!」
フェンルは壊れたように、こくこくこくっ、とうなずいた。
「だいじょぶ、です。ご心配かけて申し訳ありません。ブロブロさま」
「うむ。どうということはない。お前は軽いからな」
俺はフェンルの身体を地面におろした。
まだ少しもじもじしているようだ。
もしかして──そうか、これは気がつかずに済まなかった。身体が冷えれば、用を足したくなるのは必然であったな。だが、雨除けの結界はひとつしか出せぬのだ。仕方ない。このまま街道脇の物陰に行って──気にするな。雨音でなにも聞こえぬ──って、なんで俺の足をぽかぽか叩いているのだ? 痛くはないが……え? 乙女心? 愚かな。魔人にそんなものがわかるわけなかろう。
「……はぁ、はぁ。ブロブロさま。洞窟はもうすぐです。先にそちらに……」
「わかった。お前の乙女心に──だから足をぽかぽか叩くな」
魔人の記憶が覚醒する前も思っていたが、子育てというのは難しいものだな。
従者にしたからには、俺はフェンルを一人前に育てる義務があるのだが。アグニスに教育方針を相談すればよかったか。教師をしていたあやつなら、フェンルを立派に育てる方法を教えてくれたかもしれぬ。
次の町についたら手紙を出すとしよう。チビたちが言うことを聞いてるかどうかも気になるし。
「フェンルよ。俺も乙女心については初心者だ。これからゆっくり学ぶとするよ」
「ブロブロさま……」
「俺はお前の将来に責任があるからな」
「────っ!!?」
「心配するな。お前のことはちゃんと考えている。少なくとも、俺のものになったことを後悔させたりはせぬ」
旅をしていればフェンルのスキルも上がるだろう。
そして、魔王ちゃんの遺産の中には、フェンルが使えるマジックアイテムもあるはずだ。
いずれフェンルが一人前となったとき、一人で無双できるくらいにはなっているだろうよ。
「俺も色々至らぬところはあるだろうが、ついてきてくれると助かる」
「は、はいっ!」
「俺たちは互いに、血の繋がらない家族のようなものだからな」
「……血の繋がらない……家族……それって」
「ああ、お前の想像通りだ」
義理の親子、あるいは兄妹のようなものだ。
うむ。手を握り返してくるということは、わかってくれているようだな。やけに手が熱いのと、俺と視線を合わせようとしないのが気になるが。まぁいい。
俺たちは並んで街道を歩いている。響くのは雨音だけだ。
雲が空を覆っているせいか、昼だというのに視界は暗い。フェンルは、洞窟は旅人の緊急避難ルートとして使われているという。脇道の入り口は、街道の脇に石碑が建っているからわかるそうだ。
「ありましたブロブロさま! 洞窟の入り口を示すせき……ひ……?」
街道の横を指さしたフェンルが、絶句した。
俺は空いた手で『変幻の盾』を構えた。警戒態勢だ。
フェンルが指さした石碑の、少し手前に、馬車が停まっていた。
脱輪して、横倒しになっていた。
「雨の中で……速度を出しすぎたのか?」
たまにある。
急いで次の町に向かおうとして、濡れた地面に車輪を取られて路肩へ、と。
だが、馬がいないな。御者台にも人の姿はない。
訳ありのようだ。関わらない方がいいだろう……が。
中に人が乗っているかどうかくらいは、確認すべきだろう。気になるからな。
「ブロブロさま。私、様子を見てきます」
「俺も行く。フェンルひとりでは危険かもしれぬ」
『変幻の盾』ならば、大抵の相手には対応できる。
俺は盾を展開。頭上の結界はそのままで『雨』のほかに『魔物』も遮断しておく。いざとなったら結界を頭からかぶればいい。
俺たちは慎重に、馬車へと近づいた。
横倒しになった馬車の幌を、雨が叩いている。よくある乗合馬車か。
幌の隙間から服のようなものがのぞいている。誰か乗っているようだ。が、動く気配がない。死んでいるのか……生きているのか。放っておくわけにもいかぬか。
「フェンルよ、確認だ。このあたりに肉食の魔物は出るか?」
「無力な獲物が街道に転がってるとしたら……降りてくるかもしれませんね。ブラックハウンドに……インプですね」
「もうひとつ。俺たちがこの近くの洞窟に隠れたとする。そして、馬車の中の者が食われたとすると、その血のにおいで魔物が集まってくる可能性は?」
「……あるかもしれません」
ということは、中の人を放置したら、そいつが餌となって魔物を引き寄せるかもしれないわけだ。
「そして奴らが食われれば、血のにおいでさらに魔物が寄ってくる。洞窟で結界を張ってひきこもれば俺たちは無事だが、夜通し人間の手足をくわえた血まみれの魔物に、結界の壁を叩かれるというのは勘弁して欲しいな……」
「────っ! や、やめてくださいブロブロさま!」
フェンルは耳を押さえてうずくまる。
なんか想像したらしい。
つられて俺も想像した。すげー嫌な光景だった。
俺とフェンルはうなずきあい、馬車の後に回り込む。
幌の向こうをのぞき込むと──いた。
乗客は2人だ。
「…………う、うぅ。おじょうさま……」
うめき声をあげているのは、銀色のブレストプレートをつけた女性だ。冒険者か傭兵か、正体はわからない。だが、右腕から血が出ている。馬車が倒れたとき、地面にたたきつけられたのだろう。
そして彼女の腕の中には、金髪の少女がいた。
幼い。見た目はフェンルより、少し上か。見たところ、11歳くらいだろうか。着ているのは純白の──今は幌からしみ出した泥まみれになっているが──ドレスだ。貴族か商人の娘か、いずれにしても良家のお嬢様という感じがする。となると、鎧を着た少女は彼女の護衛だろうか。
馬車が転がったとき、幼女をかばって怪我をしたようだ。
「フェンル、手当を」
「はいっ」
俺は荷物の中から乾いた布を取り出し、フェンルに渡した。
この雨でも荷物はまったくぬらしていない。結界のおかげだ。ちなみに今は馬車を囲むように結界を展開している。通過しているのは音と空気だけ。これが事故ではなく、襲撃だったときの対策だ。
フェンルは護衛の少女を支えて、馬車の壁──元は床だが──に寄りかからせる。
護衛の少女が抱えていたちっちゃな幼女も、フェンルが抱えて寝かせる。金髪の幼女の方は、目を閉じたまま身動きひとつしない。俺が鼻先に手をかざすと──呼吸はしているようだ。
地面には荷物が転がっている。馬車が倒れたときに、口が開いてしまった革袋。入っているのは下着と着替え──それと、なにかの書状。
「……なんだこれは。名前と……能力値か?」
『ルミーア=カルタムラ
生命力:B
魔力:A
適合力(推定):B
年齢:11歳』
他は、俺にはよくわからない数字の並びだけ。
重要なもののようだが、運ぶには手が足りない。それに、金がらみのものに手をつけて、後で変に疑われても困る。ここは人間だけを運ぶのはいいだろう。
「お、お嬢様に触れるな!」
「──あぅっ!?」
叫び声と、フェンルの悲鳴。
振り返ると、護衛風の少女が起き上がっていた。フェンルが包帯を巻いた腕を押さえ、俺をにらみつけている。
「お嬢様はわたしがお守りするのだ! 残存魔力をすべて放出!! 受けよ『緑の拘束』!!」
ぶぉっ!
少女の周囲に、緑色の蔦が発生した。
「拘束系の魔法か!?」
「お、お嬢様は、わたしが……おまも……り……する!」
少女が俺を指さした。
同時に、無数の蔦が、俺の方へと向かって来る。
「ブロブロさま!!」
「離れていろフェンル! 『変幻の盾』! 『遮断:魔法』!!」
がいいんっ!!
最大展開した『変幻の盾』に、大量の蔦が激突する。
重い。そして、強い。
残存魔力をすべて放出する──って言ってたな。そんなことをしたら身体が保たぬぞ。
……こっちの盾もちょっとやばい。きしんでいるな……。
「……この少女、悪い奴では、なさそうなのだが……」
幼女を守ると言っていたな。攻撃を受けているはずなのに、なんか共感してしまう。
それに奴は、すぐ側にいるフェンルを狙わなかった。俺の仲間だということはわかったはずだが。
……面倒だが、仕方がないな。
魔力を使い果たして倒れられても困る。安全に無力化してやるとしよう。
「『魔法分離』を使用」
俺は『変幻の盾』の新たな能力を起動する。
使ってみればわかると思ったが……うん、わかるな。
敵の魔法は『緑の拘束』。俺は今、そのすべてを遮断している。だから盾に負荷がかかっている。
ならば半分を通して、半分を遮断すればいい。そうすれば負荷も半分になる。
『魔法分離』とは、そういう能力だ。
「魔法、『緑の拘束』を分離する! 『遮断:拘束』! 『通過:緑』!!」
俺は宣言した。
盾を、緑色の蔦が通過して、そのまま……くた、っと落ちた。
なるほど、緑が通過するというのはこういうことか。
緑──すなわち『拘束能力を失った蔦』だけが盾を通過したらしい。
「……な、なんだ、それは……!?」
「『拘束』はお前に返してやろう」
『変幻の盾』の前では『拘束』を意味する鎖のようなものがうごめいている。
奴の魔法『緑の拘束』は、蔦を鎖代わりにして、敵を束縛するものだ。
『魔法分離』はそれを『蔦』と『鎖』に分解した。『拘束』を意味する鎖は、盾を通れずに暴れている。
じゃあ鎖ごと『変幻の盾』を相手に向かって押し出したら?
やってみるとしよう。えい。
「────っ!?」
じゃらん。
半透明の鎖は、護衛の少女の身体に巻き付いた。
『魔法分離』とはそういう能力だ。
たとえば『炎の矢』なら『炎』と『矢』の2つに分ける。分けた魔法は別物になっているから、術者にも影響を与える。そういうことらしいな。便利だ。
「…………おのれ────の、手先め。お嬢様は渡さぬ。お嬢様の命はこの、マルグリアがお守りするのだ……どんな目に遭おうとも……私は……」
鎖でぐるぐる巻きになった少女は、それでも俺を必死ににらみ付けている。
このままだと捨て身の魔法とか使いそうだな。
仕方ない……ここはフェンルに説得してもらおう。
「フェンルよ」
「はい。ブロブロさ──じゃなかった、クロノさま」
「例の手を使う。こいつを黙らせろ」
「クロノさま!?」
フェンルは驚いた顔で、俺を見ている。
俺も魔人のはしくれだ。目的のためには手段を選ばぬ。
この少女と幼女は、なにかを警戒しているらしい。もしも敵が近くにいるなら、俺たちも攻撃を受ける可能性がある。迷っている暇はないのだ。
こんなこともあろうかと、フェンルには独自の尋問法を仕込んである。
今が、それを使うときだろう。
「容赦はいらぬ。やれ、フェンルよ」
「…………(こくん)」
フェンルはうなずき、動けない護衛少女に近づいた。
しゃがんで、彼女に目線を合わせる。
深く深く深呼吸して、そして──
「おねーちゃんは、なんでこんなひどいことするのー!?」
「……なっ!?」
「ふぇんるたちはね、おねーちゃんたちをたすけようとしたんだよ? なのに、まほうをつかうなんてひどいよー」
あどけない口調で、舌たらずな感じに。
フェンルの声が、馬車の中に響き渡った。
ふふ。これが相手の警戒心を解くための技のひとつ『フェンル、幼女モード』だ。
俺はときおり無意識にえらそうな口調になってしまうからな、こういうときはフェンルに頼んで、相手の懐に入り込むのがいい、そう思って計画を立てていたのだ。
「わるいひとがいるなら、はなしをきかせて。ふぇんるたちは、なかよくできるはずだよ!」
「……わ、わかりました。ごめんなさい……」
よし成功。
護衛の少女はフェンルと、それから俺を見て、申し訳なさそうに頭を下げた。
「雨足が強くなってきました。あなたの魔法を解きますから、近くの洞窟に避難しましょう」
俺は言った。
少女と、それから未だに幼女モードのフェンルは、うなずいた。
こうして俺たちと、謎の少女と幼女は、一緒に雨宿りをすることにしたのだった。
魔人さん、フェンルの新しい力を引き出してみました。
次回、第17話は、今週中に更新する予定であります。