第13話「魔人、お仕事を紹介する」
俺は結界の中に残る、銀色の指輪を拾い上げた。
これがゴーストを作り出していたマジックアイテムか。
いつの間にか、アンデッドたちも動きを止めてる。ゴーストがいなくなったおかげで解放されたようだ。よかった。お前たちの来世に幸あれ。
「お前もがんばったな。フェンルよ」
「ありがとうございます。ブロブロさま!」
「ほうびはどれがいい?
(1)好きなものをたべにいく。
(2)『結界風呂』1時間ひとりじめ。
(3)おこづかいをもらって自由時間1日」
「え? え? え?」
これは、孤児院にいたときノエル姉ちゃんに──村長さんの手伝いをしたあとにもらったごほうびをアレンジしたものだ。俺が選んだのは(2)だった。もちろん、入ったのは普通の風呂だったがな。風呂を独占するというのは、孤児院では最高のぜいたくだったのだ。もっとも、1時間を過ぎたところでチビたちとノエル姉ちゃんが乱入してきて、全員の背中を流させられるというトラップつきだったが。
せっかく従者になったのだ。フェンルにこれくらいしてやってもよかろう。
「え、えっと……質問、よろしいですか、ブロブロさま」
「いいぞ。なんだ」
「ごほうびをいただいたあと解雇とか……ブロブロさまが私を置いていなくなったりとか……ないですよね?」
「ない」
俺は断言した。
「むしろ不思議だな。どうしてそんなふうに思うのだ、フェンルよ」
「わ、私……ずっとひとりぼっちでしたから」
さみしそうな口調で、フェンルは言う。
「私も、お姉ちゃんとはぐれたあとは、正体がばれたらいけないと思って、本心は誰にも言えませんでした。えらくなったら認めてもらえるかな、って、そう思って無茶な仕事を受けたりもしました。でも……他人とはやっぱり違うから……本当の仲間は、できませんでした。
私、もしもブロブロさまに出会わなかったら……蜘蛛の毒で死んで……くやしさのあまりゴーストになってたかもしれません……」
「お前がゴーストになっていたとしても、俺は従者にしただろうよ」
「ブロブロさま?」
「お前の先祖をこの世界に生み出したのは俺のなか──」
いや、仲間じゃねぇな。同胞……っていうのは抵抗があるな。同僚……これは正解だけど、あんまり口にしたくない。強いて言うなら……。
「お前の先祖をこの世界に生み出したのは俺の上司である魔王ちゃんの城に住んでいて魔王ちゃんに雇われていた偶然俺と同じ種族の顔も見たくない奴らだ」
「なんでそんなまわりくどい言い方を!?」
「とにかく、俺の関係者であることに変わりはない。だから、お前がゴーストになって、誰かにとりつくというのなら、俺以外にはあり得ぬ。そうなったら俺は話くらいは聞いて、結局、従者にしてやっただろうよ」
そうでもしないと、今度は魔王ちゃんが管理責任問われることになるだろうからな。
魔王ちゃんを守り切れなかった身としては、それはちょっと避けたいのだ。魔人のプライド的に。
「ゆえに、お前を放り出すという選択肢は、ない。案ずる必要などはないのだ。わかったか」
「は、はい……ぶろぶろ……さまぁ」
「泣くことはあるまい」
「だって……だってぇ」
「さっさと帰るぞ、フェンル。ギルドに報告もしなければならぬし、腹も減った。こんなところで弁当を広げる気にはなるまい」
俺は指輪を革袋に入れて、空いた手でフェンルの手を握った。
まだ泣いている彼女の手を引いて、歩き出す。
「ほら、行くぞフェンル」
「は、はい。ブロブロさま!」
「ちなみに、今日の弁当はクロワサの辛みエキスに漬けた、イボイノシシ肉の炒め物だ」
「わ、私……辛いのはあんまり」
「なんだ、お前を従者にしたとき『料理の味付けは俺が決める』と言ったであろう? 忘れたのか?」
「そ、そうですけどぉ」
「安心しろ。お前の分はパンに挟んである。辛みがパンにしみこむから、少しは緩和されるはずだ。魔人の慈悲に感謝するがいい」
「せめてもうちょっとわかりやすいお慈悲をください。ブロブロさま!」
そんなことを話しながら、俺たちは墓地を離れた。
『冥府の奴』が作った剣の手がかりも手に入れたし、さっさと報酬をもらってのんびりしよう。
次の日。
「ここがギルモア子爵家か……」
俺とフェンルは冒険者ギルドの依頼で、子爵家に指輪を届けに来ていた。
本来、こういうことはギルドの仕事なのだが、墓場の『ゴースト退治』は20年間、誰もクリアできなかった (というより、割に合わないのでしなかった)クエストだ。子爵家の生き残りが、ぜひともお礼を言いたいということで、俺とフェンルを呼び出したらしい。
もちろん、指輪の呪いが解けていることは、ギルド所属の魔法使いに確認してもらった。
あとはこれを子爵家の女性に渡せば、依頼はクリアだ。
「……ご主人様。ここ、貴族様のおうちなんですよね?」
「そういう話だったな」
「ですが……ちっちゃいですよ?」
フェンルの言う通りだった。
俺たちがやってきたのは、高台にある小さな家。まわりは柵に囲まれていて、近所には他の家はなんにもない。あるのは、小さな畑だけ。孤児院にも季節の野菜を育てるための畑があったけど、それよりももっと小さい。畑のまわりにはミドリアオザ豆が生えてる。
話には聞いていたが、やはりスローライフには理想的な環境だな。
……いずれは俺も、このような家に住みたいものだ。
「行くぞ。フェンル」
「は、はい。ブロブロさま」
俺は家のドアを叩いた。
しばらく待つと──
「おはいりなさい。ちょうど、お茶が入ったところですよ」
優しそうな女性の声がして、ドアが開いた。
けれど──誰もいない? いや、違う。いる。
ちっちゃくて、視界に入らなかっただけだ。
俺たちの目の前にいるのは、フェンルと同じくらいの身長の、黒髪の少女。着ているのは髪と同じ色の、漆黒の服。ドレスかと思ったが、ただのエプロンと普段着だ。ただ、フリルが妙に多いだけ。
誰だこの少女は。ギルモア子爵家のメイドさんか?
「ギルモア子爵家現当主、アグニス=ギルモアさまにお会いしたいのですが」
「わたくしが、アグニスです」
少女は言った。
俺たちの反応を予想していたかのような、笑顔で。
「びっくりさせてしまったかしら。あなたの前にいるのは『呪い』のせいで成長できなかった女の子よ。さあ、お入りなさいな。かわいらしい冒険者さんたち」
そう言って少女は、俺たちを家へと案内してくれた。
俺たちが通されたのは、小さな応接間だった。
家には応接間の他に寝室しかないそうだ。貴族にしては質素な家だ。ギルモア子爵の話によると、『呪い』のせいで没落して、今は親戚から家を借りて住んでいるらしい。家のまわりにある小さな畑で採れる作物を売ったり、貴族の手紙の代筆をしたりして収入を得ているそうだ。
応接間のテーブルには、何枚もの羊皮紙が置かれていた。手紙のようだ。
お茶を持ってきた子爵が教えてくれた。
子爵は子どもが大好きなのだが、『呪い』のせいで結婚ができなかった。だからときおり、知り合いの子どもに勉強を教えたり、孤児院に寄付をしたりしているとか。
……というか、見せてくれた手紙の中に、知ってる人の名前があるのだが。イライザ=フォルテって。ノエル姉ちゃんの母親で俺の育ての親、イライザ母さんじゃねぇか。なに、この人、うちの孤児院にも寄付してたの?
…………なんだか、やけに気まずいのだが……。
「これが、ゴーストから回収した指輪です」
新人冒険者クロノの口調で、俺はテーブルの上に指輪を置いた。
フェンルは緊張してるのか、椅子に座って硬直してる。わかる。没落したとはいえ、貴族と話すなんて初めてだ。その上、目の前にいるのはフェンルと同じくらい──外見年齢10歳くらいの少女だ。なぜ彼女が貴族の当主なのか……謎は深まるばかりだ。
「魔法使いのゴーストは消滅しました。これでももう、呪いに悩まされることはないかと」
「ありがとう、ね」
ちっちゃな子爵様は指輪を両手で握りしめて、目を閉じた。
赤みがかった目から、ぽろん、と涙がこぼれ落ちた。
ずっと子爵家は呪いに苦しめられてきたのだ。それが解放されたとなれば、思うところもあるのだろうな。
「……それでは、これはあなたたちに差し上げます」
「「…………はぁ!?」」
俺とフェンルは同時に変な声を出した。
ギルモア子爵は……冗談を言っているようではない。小さな手に乗せた指輪を、まっすぐ俺たちに差し出してきている。手を出したらひっこめる……というわけでもなさそうだ。表情は真剣そのものだし、それに、なにか疲れたようなため息をついている。
「これは、魔力を通しやすい特殊な金属──魔法銀でできています。潰して売っても金貨数十枚になるでしょう」
「いいんですか?」
「かまいません」
「もしかして、呪いの原因となった指輪など見たくない。だから処分したい、と?」
「……そうではないのよ」
ギルモア子爵は悲しそうに、首を横に振った。
自分の分のお茶を飲み、静かに、俺とフェンルの方を見た。
「聞いてくださるかしら。わたくしがどうして、この指輪を不要としているのか。そして、どうしてわたくしが子どもの姿なのか」
「聞かせていただけるのなら」
もしも彼女がエルフのような長寿命の種族の一員なら、勇者や魔人の情報が得られるかもしれない。
利用できるものは、利用させてもらおう。
「ギルモア子爵家は、魔法の研究を行っていた一族でした」
そして彼女は話し始めた。
──子爵家の幼女 (見た目は)の話によると、こういうことらしい。
ギルモア子爵家は、昔から魔法を研究してきたそうだ。
それは領地の収穫を増やすためだったり、病気を避けるためだったり、対勇者の戦争であれた土地をなんとか回復させようという努力のためでもあった。
そしてとりわけ研究念心だった先代の当主──アグニス=ギルモアの父は、あの魔法使い(ゴースト)を雇った。なんでもあの魔法使いは、人間に魔人並の生命力を与える魔法を研究していたらしい。
でもって、ある程度研究が進んだところで、あの魔法使いは子爵家の娘を嫁にしたいと言い出した。調子に乗って3人娘の全員に手を出そうとしたせいで振られて、家宝の指輪を持って逃げ出したのが不幸の始まり。奴は子爵家に呪いをかけて、その生命力を元に大魔法を使うようになった。
まぁ、結局それで子爵家は生命力を奪われて全滅しそうになったのだが、4女のアグニスだけは、魔法の抵抗力が生まれつき高かったため、生き残ることができた。彼女の耳が少しとがっていることから、先祖にエルフの血でも混じっていたのではないかとも言われている。
アグニスは生まれつきの魔法抵抗力から、『呪い』にもある程度は耐えられた。しかし生命力を吸われたため、大きくはなれなかった──とのことだった。
「というわけで、現在24歳のちっちゃな少女のできあがり、というわけ」
「あなたが孤児院に寄付をしていたのは、どうして?」
「わたくしが単純に子ども好きだからよ。本当は自分の子どもが欲しかったのだけれど──この姿でしょ? 恋愛対象としては、ちょっとね」
アグニス子爵は椅子の上に立ち、両手を広げてみせた。
長い黒髪。大きな目。身長は勇者が伝えたメートル法で、1メートル40前後というところか。エプロンドレスに覆われた胸はまったいらで、それがすとーんと起伏のないお腹に続いている。どこからどうみても幼女だ。
ただひとつ普通の幼女と違うのは、中途半端にとがった耳。
確かに、エルフの血が混ざっているのかもしれない。普通の人間から見れば奇妙な存在だから、恋愛対象にはなりにくいかもしれぬな。
だが、魔王ちゃんを見慣れていた俺にとっては、別に不思議でも不気味でもない。普通に「そういうもの」としか思わない。
人間は──いや、ノエル姉ちゃんあたりは気にしないか。姉ちゃん、妙に器が大きいからな。
「自分では子どもは得られない。だから、孤児院に寄付などをしていたわけ」
アグニス子爵は椅子に座り直し、つぶやいた。
「受け入れてくれる人はいるはずです」
不意に、フェンルが口を開いた。
「いいですか?」と問うように俺を見る。かまわない。表向き、俺とフェンルは同じパーティの仲間ということになっているのだから。
「世の中は広いです。私だって、自分を受け入れてくれる人はいないと思っていました。でも、クロノさまと出会って、そうじゃないって知りました。だから」
「残念ながら、わたくしにはもう気力がないの。家族の死を、見過ぎたもの」
「じゃあ……このまま」
「ええ。わたくしは、このままここで、死ぬまで生きるだけ。それだけでいいのよ」
寂しそうに、アグニス=ギルモア子爵は笑った。
指輪を俺たちに渡す、というのもそういう意味らしい。ただ生きるだけの自分に、大金は必要ない。だから自分を助けてくれたあなたたちに活用して欲しい──と。
ちっちゃな少女にしか見えない没落貴族の子爵さまは、そう言いながら、俺たちにお茶を入れ直してくれた。ついでに、お茶菓子も出してくれた。おしぼりも替えてくれた。あと、お昼は──って、面倒見が良すぎだろう。ギルモア子爵。
「死ぬまで生きるだけ──か」
まぁ、本人がそれを望むなら、俺が口を出す理由はない。
ないのだ──が。
「……ああ、そうだったな」
ギルドで子爵家の話を聞いたときのことを思い出した。
彼女はギルドの女性の知り合いで、教師をしていたこともあるのだったか。そのことを話していたギルドの女性は、悲しそうな顔をしていたな。ふむ、人望もあるようだ。
また、貴族の手紙の代筆をするくらい、文章力もある。身のこなしをみる限り、礼儀作法にも詳しい。
そして、この部屋に残る数冊の書物。高価なものではないが、かなり読み込んだ形跡がある。つまり、かなりの読書家だ。
そんな没落貴族を、俺は利用してやると決めていたのだった。いかん、すっかり忘れていたな。
「ならば、俺からあなたに仕事を依頼することはできますか?」
「仕事?」
「報酬は……これで」
俺は子爵に向かって、銀色の指輪を滑らせた。
「不要というならその指輪は俺がいただく。その上で聞く。その指輪を売った金額で、あなたをどのくらいの期間、雇うことができるだろうか?」
「雇う……って、あなたね」
子爵は、ふらり、と立ち上がった。
呪いは解けたとはいえ、体力は消耗し続けていた。完全な健康体ではないのだろう。
「こんなわたくしにできる仕事なんて……」
「住居費、食費、その他必要な経費はその指輪の代金から出す。場所は空気の良い地方だ。静養にはいいだろう。ずっとこんな小さな家にこもっていたのだ。外に出て、空気のきれいな場所で、のんびりと子ども相手の仕事をするというのはどうだ?」
「子ども相手の?」
子爵の目が輝いた。
いいぞ。乗ってきたな。
ふふふ、貴様ほどの才能を、このまま腐らせてなるものか。こんな場所で死ぬまで生きる、だと? そんなことを誰が許すか。
俺と関わった不運を呪うがいい。貴様を、私利私欲のために使いつくしてやる。ちょうど、古巣のことが気になってきたからな。
「わたくしに、子ども相手のどんな仕事をしろというの?」
「ここから馬車で数日のところに小さな村があるのだ。そこで──」
俺は仕事の内容を詳しく説明した。
そして──
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数日後。
クロノの故郷、ジルフェ村。
そのはずれにあるフォルテ孤児院にて──
「「ノエルねえちゃーん! お手紙の書き方をおしえてー!」」
孤児院の管理人、ノエルのところに、カティアとミリエラがやってきた。
カティアとミリエラはそれぞれ、9歳と7歳。ちっちゃくて仲良しの女の子2人組だ。
「え? お手紙の書き方なら、昨日も教えたじゃない?」
ノエルは首をかしげるけど、ふたりは両手を振り上げて──
「もっとかっこいい文章が書きたいのー」
「クロにいちゃんにほめてほしいのー」
声も高らかに、宣言した。
赤毛のカティアと、金髪のミリエラは、洗濯かごを抱えたノエルのまわりを走り回る。年長のダニエルとトーマは、村長さんのところに行っている。本を読むためだ。フォルテ孤児院には本などというものはないし、ノエルもそれほど難しい文章を教えることはできない。
「……ほんっと、クロちゃんはすごいなー」
ノエルがいつも「勉強しなさい」って言っても聞かなかった子どもたちが「クロちゃんにお手紙」って言っただけで、こんなに勉強熱心になってしまった。ほんと、魔法でも使ったんじゃないかな、って思うくらい。
でも、勉強熱心なのはいいけれど、ちょっと困る。
ノエルが教えられることには限界があるし、まだ小さなカティアとミリエラを村長さんのところにやるわけにもいかない。困ったな。なにか良い方法は──
ノエルがそう思ったとき、村の大通りに、馬車が停まるのが見えた。
街道を進む乗合馬車だ。でも、ジルフェ村までやってくるのは珍しい。みんな神殿がある隣町でだいたい用事が済むからだ。それに、降りてきたのは小さな少女。カティアと同じ年頃だろう。
でも、なんだかすごく上品な雰囲気。着ているのは真っ黒なドレスだ。誰だろう。笑いかけてるけど──私にじゃないよね。あんな貴族様みたいな少女、フォルテ孤児院には用事はないよね。こら、ミリエラ、手を振ったら失礼──って、振り返してる。え、なんで? どうしてこっちに来るの──?
パニック状態のノエルの前に、ゆっくりと黒髪の少女がやってくる。
彼女はドレスの裾をつまみ上げ、ノエルたちにゆっくりと一礼した。
「こちらが、フォルテ孤児院でしょうか?」
「は、はい。そうですけど……そちら様は」
「わたくしはアグニス=ダニエル子爵と申します。実は、お願いがあって参りましたの」
「子爵さま!? お、お願い!? 私にですか!?」
「はい」
少女は胸に手を当て、優雅な動作で、ノエルの前にひざまづいた。
「わたくしをこの孤児院の下働きとして、雇っていただけないでしょうか」
「…………はい?」
ノエルの頭の中が、真っ白になった。
そんなわけで次回は魔人さんの故郷のお話です。
次回、第14話は明日の同じ時間に更新する予定です。