第12話「魔人、ゴーストを挑発する」
─次の日、町から1日の距離にある墓地で─
外が暗くなったのを感じ取り、地中のアンデッドたちは目を覚ました。
深い土の底にいても、地上の温度が下がったことくらいはわかる。
骨だけの身体……腐りかけの身体を動かし、地上に向かって手を伸ばす。視界をふさぐ土は、夜明けに自分自身でかけたものだ。どうやって掘り返せばいいかわかる。骨だけ──あるいは、腐りかけた腕で土をどけていく。地上まではすぐだ。
ここは、古い時代の墓地だ。
ここが放置されたのは、近くにあった町が戦争で潰されてしまったから。人がいなくなれば、墓地を訪れる人などいなくなる。鎮魂してくれる者も去り、墓地を守る結界も薄れていく。
そこに、悪い魔法使いの遺体が捨てられ、ゴーストと化した。
死してまで魔法でアンデッドたちを目覚めさせ、使役するようになった。
ただ、呪いを続けるために──
やがて死者は地上へと出ていく。
外は真っ暗だ。空気もひんやりとしている。ずいぶん日暮れも早くなったものだ。なんだか、早すぎるような気もするが。まぁいいだろう。今日もまた、アンデッドたちの時間だ。
他にすることもない。できるだけ騒いで、生者に恐怖を与えるとしよう。そうして様子を見にくる者がいれば、仲間を増やすことだってできる。そうすれば、いずれはさみしくなくなるのだろう。
そう思って、アンデッドが立ち上がったとき、
「それで、ゴーストとやらはどこにいるのだ?」
声がした。
見ると、墓地にめずらしく人影があった。
一人は少年、もうひとりは、小柄な少女。
仲間にするには若すぎるが──かまわない。殺してアンデッドにしてしまおう。
「お前たちでもかまわぬ。この剣の出所を知っていたら、教えて欲しい」
「……ご主人様……こっちに向かってきますよぅ……」
外は真っ暗。
人が来る気配はない。助けは来ない。
地中から這い出たアンデッドたちは、たちまち2人を取り囲む。
骨を鳴らし、肉をきしませながら、包囲をせばめていく。
「駄目かー。1体くらいは話が通じる奴がいると思ったんだけどな」
──なにを言っているのだろう。恐怖で心が壊れたか。
アンデッドたちはうなずき合い、目の前の人影に向かって歩き出す。
彼らの目の前で、少年が腕を掲げる。宙に。
頭上を指さす。なにかを宣言している。アンデッドたちにも声が届く。それは──
「だまして悪いな。まだ夜じゃないんだ。『えあこん』の冷房を停止。結界解除!!」
少年が叫んだ瞬間、アンデッドたちの頭上から真昼の陽光が降り注いだ。
『ギャアアアアアアアアアアアア────っ!!』
とっくに死んだはずの死体が、絶叫した。
────────────────
作戦名『おはようアンデッド大作戦』成功だ。
当たり前だけど、夜中にアンデッドと戦う趣味はない。今は真昼だ。
だから、墓地のど真ん中に最大サイズの結界を張って『遮断:陽光』で中を真っ暗闇にして、『えあこん』で冷房をかけて夜を演出した。『夜だ。起きねば!』と現れたアンデッドたちに話しかけてみたんだけど……。
「やっぱり、話の通じるアンデッドっていないもんだな」
「残念ですねー」
「では、とりあえず動きを封じるとしよう」
「はい。ご主人さま」
真っ昼間の太陽光を浴びたアンデッドたちは、動きがにぶくなってる。
具体的には、雷魔法を受けてしびれてる人間みたいな状態だ。
太陽光には浄化の力がある。魔法によってアンデッドになった死体は、直射日光の下では動きがにぶくなる。長時間浴びると、根性のない奴は浄化されてくれる。時間がかかるからあんまり使われない方法だけどな。
そんなわけで──
「よいしょ」
ばこんっ!
俺はショートソードで、スケルトンの脚をたたき切った。
硬直状態のスケルトンの膝から下が吹っ飛んだ。
倒れた奴は地面を這いずって、土の中に戻ろうとしてる。
「そうはさせません! 真空斬!」
フェンルが風魔法を放つ。ダガーのひとふりと同時に、真空の刃を飛ばすものだ。
単独でクエストをこなしていたフェンルの切り札だ。魔力の消費量は多いが、その分威力も高い。撃ったあとの隙があるせいで、毒蜘蛛にはやられたけれど、今はその隙は俺がサポートできる。
そして『真空の刃』の最大の武器はその弾速と切れ味だ。
動けないスケルトンに、フェンルの飛び道具をかわすすべはない。
『──ゴワブァ!?』
すぱんっ。
真空の刃はあっさり、スケルトンの肘から上を切り飛ばした。
手足を失ったスケルトンは、もう地下へは戻れない。
「あと6体……5体……4体、っと」
「こ、こっちこないでくださいゾンビさん! えーっと! 真空斬! 真空斬真空斬! そにっくぶれいど──っ!!」
俺たちは次々に、スケルトンとゾンビを行動不能にしていく。
やがて──
『…………おお、光が……』『やっと解放される……』
日の光を浴びすぎたアンデッドたちが浄化されていく。
これで少しはこの墓地も静かになるだろう。
『……オノレ……我ガ下僕ヲ……』
墓場の奥の方から声がした。
やっとボスのおでましか。
『…………迷エル魂ヲ調教シ、下僕トシタモノヲ……』
土の下から、紫色の煙のようなものがたちのぼる。
現れたのは、金と銀のアクセサリを身につけた、ゴーストだった。
性別は男性。でっぷりと太ってる。手には銀色の指輪をつけている。
あれが魔法の指輪か。
本来は魂の結びつきを利用して、死んだ家族と話す──いわゆる降霊術に使うものだったそうだ。
魔法使いはその力を利用して、自分をゴーストとした上に、死者を操る道具にしてしまったらしい。
えげつねぇなぁ。
「まぁいい。意識があるなら話を聞かせてもらおう」
『……殺ス』
「……おい」
『我ガ支配セシ、あんでっどドモヲ。我ガ復讐ノ協力者ヲ────ッ!』
「えー」
墓場でアンデッドに囲まれて楽しいか?
さっさと死後の世界に行くなり、転生した方がいいと思うんだけどなぁ。
「まぁいい。ゴーストよ。この剣に見覚えはあるか?」
俺は古道具屋で買った剣を掲げた。
冥府の魔人の紋章が描かれた魔法剣だ。
「知り合いはこの剣をここで拾ったと言っていたのだが、この『冥府の魔人』の紋章が入った剣の出所に心当たりがあったらおしえてくれないか?」
『……クダラヌ……オマエハ……コロス!』
ゴーストは口を大きく開いて、叫んだ。
やっぱり、話は通じないか。だったら──
「はぁ? 俺を殺すつもりなら、別に教えたところで問題はないだろう?」
『……ナニ?』
やっとまともな反応があった。
こいつは、死者になってまで、自分を罰した貴族を呪ってるような奴だ。プライドは高いだろうから、挑発には乗ってくるだろうと思ったが、当たりだったか。
ここはもう少し、いじってみるとしよう。
「もしもお前が俺を本気で殺すというなら、教えたところで問題はなかろう? 俺たちが死ねば、その情報はどこにも漏れぬのだからな……」
『……ウ』
「お前は俺たちを殺すと言った。自信があるからそう言ったのではないのか? それともあれか? ただのハッタリか? 殺す自信がないから脅して、俺たちを追い払おうとしただけか?」
『グヌヌ……』
太ったゴーストは歯がみしてる。
もう一押しだろう。
「フェンル……お前も協力しろ」
「ふぇっ?」
「あいつを挑発して情報を引き出す……俺に話を合わせてくれ……」
「え……はい。そういうのはちょっと苦手ですが、がんばります」
フェンルはまっすぐ俺を見て、こくん、とうなずいた。
確かにフェンルは素直だから、こういうのは逃げてであろうな。だが、仕方ない。ここは話を合わせてもらおうか。
「いくぞ、フェンル」
「はい」
俺たちはうなずきあい、順番に声をあげる。
「……うわ、信じられねぇ。貴族さまをだまして家宝を奪ったこそ泥が、俺たちを倒すのに自信がなくて、追っ払おうとしたんだってさ。どう思うよ、フェンル」
「え、え、え? いやー、さいていだと思いますよー。ご主人様」
「……ふむ、それでよい」
まだぎこちないな。やはりフェンルに挑発行為は無理か。
「そういえばご主人様は、このゴーストが子爵家を呪った理由をご存じですか?」
「クエスト依頼票をざっと見ただけだが、子爵家を利用しようとしたのがばれて、追い出されたのだろう? そのときに家宝の指輪をうばったという話だったが?」
「そうなのですけど、実はこのゴーストは子爵家の長女、次女、三女すべてに求愛していたそうなのです」
「…………はぁ?」
「このゴーストは、自分が子爵家のあととりになることを狙っていたそうなのです。そして当時、子爵家の3人娘は仲が悪く、互いに話などしない状態だったとか。なので、このゴーストさんは3人全員に求愛しても、ばれないと思ったそうです」
「ところが、ばれた、と」
「はい。それで子爵家を解雇されそうになり、はらいせに家宝の指輪を奪って逃げたところを殺されて、ゴーストになった、と」
「ただの八つ当たりじゃねぇか」
「人間の風上にも置けませんね」
俺たちはジト目でゴーストを見た。
半透明の男性はふわふわと浮きながら、気まずそうに目をそらしてる。
「そもそも、複数の女性に同時に求愛するからには、それだけの魅力がいりますよね?」
「……まぁ、そうだろうな」
「ご主人様のような」
……おい。
どうして頬を染めているのだ、フェンルよ。
俺は前世でも今世でも、複数の女性に求愛したことなんかないぞ。というか、前世では仕事で忙しくて、今世ではチビどもの面倒で手一杯で、女性に手を出す暇なんかなかったのだが。
「ご主人様のように、優しくて。でもときおり厳しくて……その厳しい言葉にさえぬくもりを感じる……そういうお方にこそ、女性は惹かれるものなのです。私なんか、はじめて出会った時から、ご主人さまのお言葉にときめきっぱなしです。従者にしていただいたことが幸せで……夢を見ているようです。そばにいるだけで、ご主人様の温かさを感じます。そばで眠るたびに……ご主人様の夢を……夢の中のご主人様はいつも私をやさしく……って、もー、なに言わせるんですか! いやですねー、もー!?」
「……フェンル……挑発挑発」
「…………はっ! そうでした!」
フェンルは、こほん、とせきばらいしてから、ゴーストを指さした。
「──それにくらべて、なんですかあなたは! 3人同時に求愛して、失敗すると家宝の指輪をうばって逃げて殺されるって。考えなしですか。ご主人様の爪の垢でも吞んで……いえ、だめですね。そんなものあなたにあげるわけにはいきません。ご主人様の迷惑です。爪の垢は私がもらいます! あなたはこのまま太陽光に当たって蒸発してくださいゴーストさん!!」
「…………すげー。フェンルすげー」
フェンル、意外と毒舌だった。
彼女の挑発は、ゴーストにクリティカルを与えたようだ。
ゴーストの顔が、なんか奇妙に膨らみはじめている。魔力の光が、身体中をおおい始めている──これは?
「なんでまだこっちを見てるんですかゴーストさん。もしかして、ご主人様の素敵さにいまさら気づいたのですか? だとしたら、どうしてまだ存在しているのですか? 気の利いたゴーストなら己の愚かさに気づいて、そろそろ消滅する頃合いじゃないんですか!?」
『ウオオオオオオオオオオ──ッ!』
あ、怒った。
ゴーストは全身から魔力の光を散らして叫びだす。右手の指輪にも魔力の輝き。
そして、詠唱が聞こえる。攻撃魔法だ。
『ヨカロウ! 我ニ勝ッタラナンデモ教エテヤルワ!!』
よっし、言質取った。
「でかしたフェンル! こっちこい!」
「ふぇっ!?」
俺はフェンルの肩をつかんで引っ張り寄せた。
「『変幻の盾』展開。遮断:魔法!!」
ばちいいいいぃんっ!!
かざした盾に、巨大な雷光が当たり、はじけた。
よし。防いだ。じゃあこっちの番だ。
「フェンル。風魔法で奴の右腕を狙えるか?」
「……右腕を?」
「奴の力の源になってるのはあの指輪だ。だから、指輪をしてる右腕を切り落とせば終わりだ」
ゴーストは魔法と、魔法剣でダメージを与えられる。
フェンルの風魔法でも、手を切り落とすくらいはできるはずだ。
「……やってみます」
フェンルは深呼吸して、盾の向こうにいるゴーストを見つめた。
せっかくなので『通過:光』で盾を透明にする。狙いがつけやすくなったはずだ。
「やります。やらせてください。ご主人さま!」
「わかった。ではせーの、で。で魔法が盾を通過できるようにする。一瞬だ。いいか?」
「はい」
フェンルがダガーを握りしめ、うなずく。
俺とフェンルは同時に息を吸って、吐いて、吸って、吐く。
「「せーの」」
ゴーストは指輪をつけた腕を振り回してる。その魔法が途切れる瞬間を狙って──
「「で!!」」
「『変幻の盾』。属性変更。通過:魔法!」
「真空斬!!」
ぶんっ!
フェンルがダガーを振る。
真空の刃が、盾を通過して飛んでいく。直後に俺は『遮断:魔法』を設定。
ゴーストはこっちが完全に守りに入ってると思ってたんだろう。半透明の身体が、一瞬、硬直した。反射的に両手で顔をかばおうとする。でも、フェンルの風魔法の進路上だ。真空の刃は奴の右手首に食い込み──断ち切った。
ぽっとん。
ゴーストの右手が──たぶん指輪の重みで──落ちた。
けれど──
『おろかな』
地面に落ちたままの右手が、動き出す。
雷光が、指輪のまわりにまとわりつく。
『今マデ同ジ手デ我ヲ滅ボソウトシタモノハ何人モイタ!! 対策済ミダ。我ハ上位ノ魔法使イ! スベテノ身体ハ、魔デ繋ガッテイル!!』
「うん。じゃあ『結界』展開。遮断:魔力、幽体、指輪」
俺は結界と展開した。
俺とフェンルと、地面に落ちた奴の手首のまわりに。
ぽっとん。
雷光をまとって浮かび上がろうとしたゴーストの右手が、ふたたび落ちた。
とりあえず俺は結界を最小化。
防御力を限界まで上げて、フェンルと一緒に結界の外に出た。
『……ア。ナンダ……コレハ』
驚くことはあるまい。
お前が自分で教えてくれたのだろう?
ちぎれた幽体も、魔力で繋がっていると。俺はそれを遮断しただけだ。
魔力のつながりが断たれれば、切れた腕は動かなくなる。それだけのことだ。
『我ノ手……ガ、反応……シナイ!? 死後20年ヲ生キタ我ノ手ガ……』
20年、墓場で人を呪ってたことを自慢されてもな。
『結界』の中では、奴の手が薄れはじめてる。外にいる本体も同じだ。ゴーストを維持してたのは魔法の指輪だ。それとの接続が切れた今、長くは保たない。
「勝ったら教えてくれると言ったな。この剣の出所を」
『グア、ァ』
「最後くらい呪い以外のことをしていけよ。ゴースト」
『…………ウウ』
「それともお前の人生は、人を呪って終わりなのか? 自称『上位の魔法使い』が? ああん?」
『……王都ノ西』
ゴーストはゆっくりと、口を開いた。
『う゛ぁんあいあノ、城……我ハソコデ……見ツケタ』
「ヴァンパイアの城?」
そんなものが、この時代にはあるのか。
遺跡か? 現在使用されているものか……まぁ、調べればわかるか。
どうせ王都で、大陸全体の地図を探すつもりだった。ついでにその城を探して寄っていこう。
「感謝するよ。ゴースト」
『……う、あ。ぁ』
ゴーストの目が、少しうるんでるように見えた。
「お前に転生があるかどうかはわからないが。まぁ、ゆっくり眠れ」
『………………』
「お前の負けだ。仕方なかろう。お前が敗れたのは、人間ではないのだから」
『……マサカ!?』
消えかけたゴーストが目を見開く。
『ショウヘキ…………タテ……アナタハ……マサカ…………ワタシハ……ソンナモノヲ……アイテニ……カテル……ワケガ……ナイ…………』
お。こいつは知ってるのか。俺のことを。
やはりな。あのインプがおろかだっただけか。
知っている奴はいるだろうよ。あの9人の魔人のうちの1人、我の名前を。
『アナタハ──ショウヘキノ──マジ──』
「うんうん」
『ン、ソノ名ハ…………。────────────』
「…………おい」
俺の名前を最後まで言うこともなく、ゴーストは消えていった。
…………いいけどね。
ころん。
結界の中に、銀色の指輪だけが残った。
こいつをギルドに提出すれば、俺たちの仕事は終わりだ。
後片付けはギルドがしてくれることになってるし、さっさと帰ろう。
クエスト完了です。ギルドに報告をして、報酬を受け取れば魔人さんの仕事は終わるはずだったのですが……
次回、第13話は明日の同じ時間の更新を予定してます。