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第11話「魔人、先輩にからまれる」

 次の日。


 お昼までの間、俺たちは冒険者ギルドで情報収集をすることにした。

『冥府の奴』の剣があった墓場に行くかどうかは、まだ未定だが、調べ物は先に済ませておいた方が落ち着く。


 といっても、急ぐことはない。

 俺の目的はスローライフだ。この町の観光を兼ねて、ぶらぶら歩きながらでかまわない。


 フェンルと並んで歩きながら、俺は町をながめていた。

 この町は俺の故郷、ジルフェ村にも近い。里帰りも簡単だ。ほどよい距離感があるから、チビたちに悩まされることもない。

 いずれ魔王ちゃんの遺産を手に入れたときは、ここに家を構えるのもいいかもしれぬ。


「と、いうわけだ。フェンルよ、お前はどんな家に住みたい?」

「ええええええええっ!?」


 こら、町中でそんな大声を出すな。まわりの人がびっくりしているではないか。


「わ、私が、住みたい家……どうして、そんなことを?」


 フェンルは照れたみたいに俺の顔を見上げている。


「俺の夢はスローライフだ。が、落ち着く家はひとつだけとは限るまい。遺産(へそくり)を手に入れたあかつきには、複数の町に居を構え、季節によって移り住むのもいいだろう」


 俺はフェンルの銀色の頭を見下ろしながら、簡単に説明した。


「…………はぁ」

「となると、俺が不在の間は、誰かに家の管理を任せることになる」

「それが、私、ですか?」

「そうだ。お前はもともと、このあたりで冒険者をしていたというではないか。だったら、なじみのある土地のはずだ。お前に家の管理を任せるのが適任だ。となれば、お前の好みを聞くのは当然であろうよ」


 もっとも、それはまだまだ先の話なのだがな。

 が、スローライフの計画を立てるくらいはいいだろう。

 将来のことを考えながらぶらぶらする旅も、それはそれで楽しいものだからな。


「私は……できればクロノさまとずっと一緒にいたいのですが……でも、もしもこの町に住むとしたら……」


 フェンルは頬に手を当て、つぶやいた。


「私は、体力が落ちるとオオカミの姿になってしまいますから、それを見られないように、人の少ない場所がいいです。この町だったら、高台でしょうか。魔物除けの結界のすぐ近くで、クロノさまとふたりっきりで住むのにちょうどいい……小さな家を」

「ほほぅ」

「すいません! クロノさまほどの方が住まわれるのであれば、やっぱり大きなお屋敷がいいですよね!? 貴族の方が住まわれるような……」


 フェンルは慌てたように手を振った。


「意外だな、お前の好みは、俺とまったく同じだ」

「ええっ!? そ、そうなんですか!?」

「大きな屋敷になど住んだら、俺が大金を持っていると宣伝するようなものだからな、狙われたり、泥棒を警戒したりと、落ち着いて暮らすこともできまい。小さな家、人の少ない高台……すばらしい。お前は俺の心を読んだのではないか?」

「そ、それは……だって私、いつもクロノさまのことを考えて……」

「ん?」

「い、いえ! 私はいつもクロノさまにお仕えすることを考えていますからっ!」


 そうか。

 出会ってまだ数日というのに、感心なことだ。

 ふむ……今世の俺は運がいいな。ノエル姉ちゃんの孤児院に拾われ、旅だってすぐに、このような優秀な従者に出会うとは。やはりフェンルは、本人が望まぬ限りは解放するべきではないな。気の毒だが、しばらくは俺につきあってもらおう。


「それにしても……すごい人出ですね……あぅっ」


 人波を避けて、フェンルが俺に寄りかかってくる。

 今は昼前。市場が立つ時間だ。店もそろそろ開く頃で、通りは人であふれている。俺がいた村とは、人の数は桁違いだ。

 俺はフェンルの肩を引き寄せて歩き出す。離れているとはぐれそうだ。できればおんぶか肩車をしたいところだが、それはフェンルが望むまい。見た目は10歳だが、彼女は俺と同い年なのだからな。

 しかし、はぐれても困るな。ならば……。


「ほら、フェンルよ」


 俺は彼女に手を差し出した。


「……あの、クロノさま?」

「はぐれると困る。手をつないで歩こうではないか」

「──!?」


 どうした。なぜそんなに目を丸くしているのだ。


「わ、私、クロノさまの従者ですよ?」

「ああ、得がたい従者だ。だからはぐれると困るのだ」

「…………わ、わかりました」


 ちょこん、という感じで、フェンルが俺の手に指をひっかける。

 いや、はぐれないようにと言っているのに、そんなことでどうする。


「手をつなぐとは、こうするのだ」

「はぅっ!」


 なんだ、やけに手が熱いな。


「風邪か? やはり『えあこん』を点けたまま眠ったのはまずかったか?」

「そ、そうじゃないです……だいじょぶ、です」


 フェンルはうつむいたまま、静かに俺についてくる。

 元気ならば、よし。

 まだ旅ははじまったばかりだ。こんなところで病休というわけにもいくまいよ。

 俺もフェンルも環境が変わったばかりだ。身体を維持するために気にしなければいけないことは多々ある。特に食べ物は大切だ。朝食は宿で携帯食を取ったが、昼はちゃんとしたものを食べなければなるまい。スローライフ的に。


「よし、さっさと調べ物を済ませて、食事にするぞ。フェンルよ!」

「は、はい。クロノさま!」


 そんなわけで、俺はフェンルの手を引いて、冒険者ギルドに向かったのだった。







 そして、たどりついた冒険者ギルドで、俺たちは例の墓場に関係するクエストを見つけた。

 ずいぶん古い依頼のようで。クエスト内容が書かれた羊皮紙が破れかけてる。




『ゴースト討伐クエスト


 目的:墓場にすみついたゴーストの退治と、その手にある指輪の奪還。

 依頼主:ギルモア子爵家』




『ギルモア子爵家』とは、この町に住む没落貴族だそうだ。

 その貴族の祖父が数十年前に、悪い魔法使いにだまされて魔法の指輪をうばわれた。

 魔法使いは指輪を使って暴れ回った。子爵家はその責任を取らされて没落し、魔法使いは正義の冒険者によって倒された。だが、そいつはゴーストになってよみがえり、墓地でアンデッドの主人となった。

 その後、夜になるとアンデッド軍団とともに現れ、墓場をうろついているのだそうだ。


「……面倒な奴がいたものだな」


 だが、意識を持つゴーストがいるなら、話が早い。

 その墓場で拾ったという、冥府の奴の剣のでどころもわかるかもしれない──と、思って、クエストを受注しに行ったら──



「な、なんでこのクエストが20年も放置されていると思ってるんですか!?」



 ギルドの受付の女性は、俺たちに向かって声を上げた。


「あそこのアンデッドは、無茶苦茶めんどくさいんです。昼間は深い土の底にいて出てこないから手が出せない。夜になると活動が活発になる上に、大量に現れます。おまけにボスのゴーストは魔法まで使うんですよ!?」


 なるほど、組織化されたアンデッドというわけか。

 しかし、ボスが悪い魔法使いというなら、魔人は関係なさそうだ。よかった。 


「アンデッドは陽の光に弱いでしょう?」


 俺は冒険者口調で、ギルドの女性に聞き返した。

 スケルトンやゾンビ程度なら、太陽の下では動きがにぶる。根性のない奴はそのまま浄化されるくらいだ。


「だったら、昼間のうちに土を掘り返して倒せばいいのでは?」


「ゴーストだけは昼間でも出てくるんです。地面を掘り返そうとすると、ちくちくと邪魔をしてくるんです……」


 はぁ、と、ギルドの女性はためいきをついた。


「あいつは魔法の指輪のせいで『陽光耐性』を持っているのです。指輪はギルモア子爵家の血筋と繋がっていて、そこから魔力を引き出しているのだとか」


 指輪を通しての、遠隔魔力吸収、だと?


「そんなことをされたら、子爵家とやらの人間は保たないんじゃ……?」

「はい。ですから、子爵家の人たちは早死にしたり、病死したりしているそうです……今は、一人しか残っていません」


 なるほど。なかなかやっかいな奴のようだ。

 ここは出向いて、顔だけ合わせて、話が合わなければ帰ってくる、ということでいいかもしれぬ。恐れる必要ほどのことではない。

 並の冒険者ならいざしらず、俺は『障壁の魔人』ブロゥシャルトの転生体。フェンルはその従者だぞ。そんな話でアンデッドを怖がるなどありえない──って……こら、フェンル。がたがた震えてるなら置いてくぞ。え? おトイレ? 行ってこい。その服は水を通すが、ちゃんと脱いでからするのだぞ。こら! 主人の膝をぺちぺち叩くでないわ。まったく。


「しかし、難しい依頼にしては報酬が安すぎませんか?」


 俺は言った。

 クエストボードに書かれていた報酬は、銀貨30枚だ。

 どう考えても割に合わない。それが20年、放置されていた理由だとするならわかるのだが。


「そうなんです。ギルモア子爵家は没落してしまって、資産がほとんどないですからね……最後の一人の方は、手紙の代筆や、書類の複写のお仕事で暮らしているそうです」


 ギルドの女性は悲しそうな顔をしている。子爵家の女性とは、個人的な知り合いらしい。

 話を聞くと、その子爵家の女性は、しばらく教師をやっていたことがあるそうだ。そしてギルドの女性はその教え子だった、と。

 なるほど、没落貴族は知識を利用して、そういう仕事をすることもあるのか。

 そして今は、子爵家の女性は身体を悪くして自宅で休んでいる、ということだった。


 家の場所まで教えてもらった。

 高台の、まわりに人が住んでいないところにある、小さな家──だそうだ。

 ……おや?

 さっき、フェンルとそんな家の話をしていたような気がするが……。

 そうか、没落した子爵家は高台に小さな家を持っている。それが唯一残った資産、ということか。なるほどなぁ……。


「そして、その家で、子爵家の女性の生き残りの方が、ひとりで住んでいる……と」

「はい。手紙の代筆や、書類の模写なんかをしながら……ほそぼそと」


 ふぅん。

 まぁ、人間の事情など、この魔人の知ったことではないがな。

 だが……その子爵家の人間は、色々と利用できそうだ。

 首尾良く家宝の指輪を手に入れたら…………うむ。


「わかりました。クエストを受けてみようと思います」

「だから、このクエストは──」

「成功報酬だけですよね? 前金なし。失敗時のペナルティなし。ですから、俺たちが受注して、墓場に様子を見にいくだけなら、かまいませんよね?」


 これが、このクエストが不人気の理由だ。

 成功報酬はギルドによって保証されているが、受注時のメリットがなにもない。

 装備、食料、すべてを自前でそろえなければいけない。失敗すれば丸損だ。


「俺は、従者にアンデッドに慣れてもらいたいだけです」


 嘘だが。

 そもそも、できるだけフェンルには後方待機していて欲しいと思っている。


「それに、アンデッド対策にはちょっとした知識があります。それに効果があるかどうか、確認したいだけですよ。無理はしません」

「……聞き捨てならねぇな」


 突然、俺の後ろで声がした。

 振り返ると、槍を手にした男が、こっちを見ていた。






 ギルド所属の冒険者だろうか。

 短い髪に、革のコートを着ている。持っている槍は複雑なレリーフのついた高価そうなものだ。


「今までギルドメンバーができなかったクエストを初心者がこなす? そんなことを許すわけにはいかねぇな」

「──ロイドさん。あなたはまた!」


 ギルドの女性が声を上げた。

 なるほど。この男性はロイドという名前で、やはりギルドに登録している冒険者──いわば、俺の先輩というわけか。


「こっちは親切で言ってやってるんだぜ? さっきから見ていたが、こいつ──いや、彼はまだ初心者という話だろう? そしてあの墓場クエストは報酬が安いから──いや、犠牲を避けるために放置しておいたものだ。それに初心者が挑むなんて、先輩としては放置できねぇなぁ」

「だから、この人たちは様子を見に行くだけだと言っているんです。どうしてあなたはそうやって……」

「こっちは親切で言ってるんだ」


 ロイド、と呼ばれた男性は軽い笑みを浮かべながら俺を見ている。

 なるほど、親切か……。

 ………………やっぱり、人間は魔人よりもまともだな。

 魔人だったら、問答無用で妨害しに来るところだもんなぁ。言葉で止めようとするだけ優しいよな。うんうん。


「ご親切にありがとうございます。先輩」

「……なっ!?」


 ……おや。なにを驚いているのだ。ロイドさんとやら。


「ですが、ご心配には及びません。俺たちも、それなりの対策をして行きますから」

「…………へ、へぇ」


 俺の言葉を聞いたロイドさんは、槍の石突きで、ずん、と、ギルドの床を叩いた。


「だったら、お前にアンデッドと戦う力があるか、オレが試してやるよ!」

「え?」

「お前、スキルは何だ?」

「……表向きは楯使いですけど」

「………………表向き?」

「いえ、楯を使います。あと障壁も使います。遠隔操作とか」

「よくわからないが、楯と障壁のスキル持ち、ってことでいいのか?」

「あ、はい。じゃあそれで」


 まぁ、人間に魔人のスキルを完全に理解できるわけもないからな。

 比較的親切なロイドさんには、そう思っておいてもらおう。


「いいぜ。じゃあ、先輩としてオレがお前のスキルを試してやる。

 オレに勝ったらクエストに自由に行けばいいさ。なんだったら、オレがクエストの準備資金を出してやってもいい。

 ただし、負けたら今回のクエストは諦めろ。オレが認めるまで、お前が受けられるクエストは初級のみだ。いいな!」

「ロイドさん、いつもあなたはそうやって新人を──」

「だ・か・ら。オレは初心者を案じているだけだって言ってるだろ?」


 ギルドの女性が止めてくれているが、ロイドさんは俺を試したいようだ。

 だが、必要ない。俺には今回のクエストには勝算があるのだ。

 また、魔人の転生体である俺は、人と争うつもりはない。

 それをわかってもらうには……できるだけの笑顔で──


「やめときましょう。お互い、そんなつまらないことで怪我してどうするんですか?」

「お互い!?」


 ロイドさんが変な声を出した。


「ちょっと待て。お前初心者だよな? お互い? 怪我? オレも? え、なんで?」


 信じられないものを見るような顔でまわりを見ているが、そんなことは関係ない。

 俺は──人間に転生してわかったことがあるのだ。

 魔人や魔王と比べて、人の肉体はかなりもろい。前世の俺は、勇者の神剣に貫かれても、まだ生きていた。けれど人間はそうはいかない。傷ついて、治療が遅れればすぐに死んでしまう。

 俺は魔人の記憶を取り戻して、それにはじめて気づいたのだ。

 だから、こんなつまらない理由で、敵でもない人間を、魔人の転生体と戦わせるわけにはいかない。


「ご自分を大切にしてください。ロイドさん」

「………………」


 他人を案ずることができるのが、人間の長所であろう。

 魔人である俺にも、それくらいわかるのだ。ここで無駄な血を流すつもりなど、かけらもない。

 ロイドさんも、ギルドの女性も、ギルドにいる他のものたちも、静かに俺の話を聞いている。どうやら、わかってくれたようだ。


「確かに回復魔法はあります。けれど、怪我で失った時間は取り返しがつかないんですよ? 俺は誰にも、そんな悲しい思いをさせたくないんです。わかってください……」

「…………そうかよ。よくわかったよ!」

「わかってくれましたか」

「だったらお互いに怪我をしない、そして互いの実力がわかるようにする。それならいいな?」

「……怪我をしないで、実力がわかるように……?」


 なるほど。考えたな、人間。

 人間の知恵は、魔人時代の俺も、いつも評価していたものだ。その知恵が、魔人も勇者もいない時代に、こうして領土を広げている理由なのだろうな。

 いいだろう。その知恵に乗ってやろうではないか。


「はい。もちろんいいですよ。おてやわらかにお願いしますね!」


 実は、前の町の冒険者ギルドでバイトをしていたとき、似たような光景を目にしたことがあった。

 先輩の冒険者が後輩を案じて、軽い力だめしをするところだ。あの町の冒険者はご近所さんがメインだったし、そういうほほえましい光景をなんども見ることができた。ここでもそういうことがあるのだな。意外とあこがれだったから、楽しみだ。


「いいだろう! 先輩として、オレの実力を思い知らせてやる!!」


 ロイドさんは槍の穂先をこっちに向けて、宣言した。








「な、なんでトイレから戻ってきたら、こんなことになってるんですか、クロノさま!?」

「なりゆきだ。下がっていろ」


 俺は戻ってきたフェンルに告げた。

 先輩のロイドさんが提案した力試しの条件は、簡単だ。


(1)ギルドの広間を開けて、俺とロイドさんの勝負のためのスペースを作る。

(2)2人は部屋の端と端に離れる。

(3)俺は部屋の中央に、魔法で発生させた (ことになっている)障壁 (変幻の盾)を置く。

(4)ロイドさんがそれを正面から貫いて、俺を槍の間合いに入れれば勝ち。楯の前後で止めることができれば、俺の勝ち。


 ──って、ことになった。

 ロイドさんはまっすぐ来るらしいから、俺はそれを『変幻の盾(フィルタリング)』で受け止めればいいだけ。シンプルだ。

 一応、俺は『盾使い』ってことになってるから、低レベルの魔法障壁が張れてもおかしくない。『変幻の盾』は光の通過を調整して、半透明にしてる。それらしくなるように。


「クロノさま! あのロイドさんは、このギルドでもかなり上位の冒険者ですよ。レベルは……20って聞いたことがあります」

「よく知ってるな。フェンル」

「酒場で酔っ払うと自慢話をはじめますから、ギルドの人ならみんな知ってます」


 なるほど。

 自分のレベルを教えてくれるとは、なかなか親切な人だ。

 つまりロイドさんの実力は『はぐれインプ』以上『毒蜘蛛』以下、ということか。


「もちろん、クロノさまなら大丈夫でしょうけれど、ただ、あの槍には注意してください」

「……ああ、それは俺も気づいてた」


 先輩クロノさんの手にある、銀色の槍。

 切っ先から、ぴりぴりするような魔力を感じる。あれは間違いなく魔法の槍だ。


「あれは、勇者が使っていた武器を研究して作られた、魔法の槍だそうです……」

「それも酔っ払って自慢話を?」

「はい。新人はロイドさんの自慢話を聞かないとクエストが受けられないというほどです。それほど恐ろしい武器なんです」

「ありがとう、フェンル」


 俺はフェンルの銀色の髪をなでた。


「おかげで確実な対策が立てられた。安心して見ているといい」

「…………ブロブロさま。いえ……クロノさまぁ」


 フェンルは涙目になっていたが、俺の言うとおり、ギャラリーの位置まで下がってくれた。


「クロノさまになにかあったら……私、いのちがけでかたきうちしますからーっ」


 物騒なことを言うな。

 魔人が従者を道連れにしたら、いい笑いものではないか。まったく。

 

 さて、と、勇者の武器を研究して作った、魔法の槍か。

 見たところは、神剣のレベルには達していないようだが『変幻の盾』でも確実に防げるとは限らない。ここは、例の手を使ってみるか。


「……ありがとう、ロイドさん」


 俺は、まわりに聞こえないようにつぶやいた。

 やっぱりあの先輩は、いい人なのかもしれない。いろんな意味で。


「……おかげで、前世ではできなかった、勇者対策を試すことができるよ」

「準備はいいか! 新人!」


 槍を構え、ロイドさんが叫んだ。

 姿勢は低く、後ろ足を引き、まっすぐ突撃してくる構えだ。


「いつでもどうぞ。でも合図はしてくださいね」

「いまさら臆病風(おくびょうかぜ)か?」

「いえ、タイミングを間違えて、ロイドさんが怪我したらこまるので」

「………………わかった。手加減はいらねぇみたいだな! でもお前少しはしてやるぜ! ぎりぎりな! いくぞ!!」


 ロイドさんが床を蹴った。

 大柄な身体が、まっすぐこっちに向かって来る。


 勇者よりは格段に遅い。止まって見えるレベルだが、俺だって今は人間の身体だ。反応速度は魔人時代よりは遅い。注意しないと。


 俺とロイドさんの中間地点には『変幻の盾』が浮かんでいる。


 一応『変な魔法障壁』ってことにしてあるから、遠隔状態でも不審には思われない。設定を確認──うん。問題ない。通過も遮断も、勇者対策に考えたものだ。


「せんぱいをなめるんじゃねええええええええっ!!」

「人間を舐めたことなど一度もない!」


 だから、全力を持って迎え撃つ。

 正体は明かせないが、この勝負は、魔人が人間の力を推し量るための儀式のようなものだ。




 するっ。




 ロイドさんの槍の穂先が『変幻の盾』に触れた。

 止まらない。

 まるで宙に浮かんだ映像を貫いたように、槍は盾をそのまま通過する。


 防げなかった──わけじゃない。


 俺には、最初から槍を(・・)防ぐつもり(・・・・・)はない(・・・)


 ロイドさんの体重を乗せた一撃は、『変幻の盾』をそのまま通過(・・)し──そして──





「ごでりばっ!!?」




 ロイドさん本体が、顔面から『変幻の盾』に激突した。

 うん。そうなるよね。


「な、なんで……こんな……」


 ロイドさんは鼻血を噴き出して、そのまま床に転がった。

 なんかごめん。





『変幻の盾』の現在の設定は、こうだ。


 ──通過:槍。遮断:人体。




 盾を破られるのが嫌だったから、槍は通過するように設定しておいた。


 前世で、俺の盾が勇者の神剣に破られたのは、止めようとしたからだ。

 だったら、最初から敵の武器は通過させればいい。人体を『遮断』して、持ち主本体を止めれば、武器はこちらには届かない。どんなに鋭い武器でも、触れられないものを斬ることはできない。


 ……前世で気づいてればなー。魔王ちゃんくらいは助けられたのになー。


 はぁ。

 俺はため息をついて、ロイドさんに近づいた。


 もちろん、『変幻の盾』の存在そのものを破壊する槍ならばその限りではないが、ロイドさんの武器は、まだその領域には達していないようだ。


 正面から盾にぶつかったロイドさんは、まだ起き上がれない。うずくまって鼻を押さえてる。それだけの突進力だったんだろうな。やはり人間の上位冒険者には、警戒しなければなるまい。油断は禁物だ。


「ご指導。ありがとうございました」

「い、いまのは──?」

「んー。ロイドさんの槍が止められないのがわかってたから、その部分だけ障壁を消した感じですかねー。半分、禁じ手ですよ。すいません。こんなことでしか止められなくて」

「お、おぅ」


 ふふふ、感謝するぞ、人間。

 おかげで勇者対策の技を、ひとつ試すことができたのだからな。


「それで、勝敗は?」

「ま、まぁ、お前もなかなかやるってところかな? おや、もうこんな時間か!?」


 ロイドさんは左右を見回し、鼻を押さえて立ち上がった。


「ひ、引き分け! ノーゲームだ。オレはお前に干渉しない。お前も俺に干渉しない。それでいいな!」

「はい。引き分けですね」


 ならば申し分ない。

 俺は貴様を敵に回したいわけではないのだからな、先輩。


「じゃ、じゃあな! お前ならあのクエストをこなせるかもしれないが……死ぬなよ! いいな。オレに勝った──じゃなくて、オレと引き分けた奴が死んだりなんかしたら、後味が悪いからな! いいな!」

「はい。先輩」

「…………くっ」


 引きつった笑みを浮かべて、先輩はギルドから出て行った。

 そして、俺と──涙目で抱きついてきたフェンルのまわりで、拍手が巻き起こった。


 うむ。先輩の槍の腕は、人間にしてはたいしたものだった。感動するのもわかるな。

 それに比べて俺はまだ甘い。本当は盾を斜めにして、先輩の身体をふわりと持ち上げるつもりだったのだが、タイミングを誤った。魔人として恥ずかしい限りだ。


「クロノさま! …………よかったぁ」

「心配をかけたな、フェンルよ」

「いえ……クロノさまが無事なら……それで」


 フェンルは泣きそうな顔で、俺の服の裾をつかんでいる。ちっちゃな手だ。この手を、敵討ちなどに使わせなくてよかった。一安心だ。


 それにしても……やはり俺は戦闘には向かないのだろうな。人間ひとり、無傷で無力化できぬとは。

 戦闘は必要最小限にとどめておくべきか。この『変幻の盾』は自在の防具だが、それにおぼれては、前世のようなことになってしまうのだから。目的はスローライフだ。戦闘ではない。勝利ではなく、達成を。


「ゆくぞフェンル。ごはんを食べて、十分な睡眠を取り、それから墓場に向かう!」

「は、はい! クロノさま!」


 さっさと済ませて、早めにこの町を離れるとしよう──

 そして俺たちは、いまだ大騒ぎの冒険者ギルドをあとにしたのだった。




魔人さん、墓場へアンデッド退治に向かいます。

次回、第12話は1日開けて明後日くらいに更新する予定です。

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新作、はじめました。

「竜帝の後継者と、天下無双の城主嫁軍団」

うっかり異世界召喚に巻き込まれてしまったアラサーの会社員が、
正式に召喚された者たちを圧倒しながら、異世界の王を目指すお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
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