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第10話「魔人、同僚の手がかりを見つける」

「ひとつ確認してもいいか、フェンル」


 宿に入ったあと、俺はフェンルに聞いた。

 フェンルは遠慮してるのか、床にぺたん、と座って俺の顔を見上げている。


「お前の一族の伝承に、魔王城の正確な位置は残っていないのだろう?」

「申し訳ないです。ご主人様」

「責めているわけではない。正直、俺もわからないのだから」


 それに、魔王城の落城のあとには、人間と勇者の争いまで起こっている。

 フェンルの一族は逃げるので精一杯だっただろうし、魔王城に戻ったり、場所を記録したりする余裕もなかっただろうからな。


「人間も、デミヒューマンも魔物も、世代を重ねれば記憶など薄れてしまうものだからな」

「そうですね……私たちも、作られた理由を覚えているのがせいいっぱいだったですから……」

「そうだな。ならば、寿命が長い者を探してみるとしよう」

「寿命が長い者、ですか?」

「たまに100年、200年を生きる種族もいるだろう? そういう奴なら、昔のことも覚えているかもしれない」


 俺は古道具屋で買ってきた剣をつかんだ。

 表面には紋章のほかに、いろいろな刻印がされているようだ。が、錆だらけで読み取れない。

 ならば、ここは『変幻の盾(フィルタリング)』の出番だ。


「剣をフィルタリングする。遮断は──『(サビ)』で」

「ご主人様のお力は錆も取れるんですか!?」

「ああ。毒蜘蛛との戦いで、『変幻の盾』のレベルが上がったからな」


『固体分離』ができるようになっていた。

 文字通り、固体同士を分離させることができる能力だ。

 これを使えば、ミドリアオザ豆のサヤと豆を、簡単に分けることができるはずだ。ごはんの支度もかなり楽になるだろう。ハラペコ時間が減るのはいいことだ。


「さて、問題はこびりついた(サビ)を、俺の力で引きはがせるかどうかだが」


 ゆっくりと、錆びた剣を盾に近づけていく。

 あたり判定がなくなった盾は、剣の先端を飲み込んだ。そのまま突き入れると──ざら、と音がして、赤茶けた粉のようなものが俺の足下に落ちた。


「す、すごいです。ご主人様。剣がぴかぴかになっていきます!」

「大声を出すな。他の部屋に聞こえたらどうする」

「──っ」


 フェンルが慌てて口を押さえる。

 まぁ、他の部屋では冒険者たちが大騒ぎしてるから、多少声が漏れたところでどうってこともないか。というか、やかましいな、この宿屋。


「……こんなものかな」


 錆を全部落とした剣は新品同様──というわけにもいかない。やはり刀身はかなり劣化してる。刃はこぼれて、剣全体が曲がってる。ただ、表面に描いてある文字は読めるようになった。『冥府の魔人エンデロッド記す。最強の魔人をよろしくね!』──やっぱり、奴か。


「これは、冥府の魔人さまの──?」

「ああ、奴が昔、ばらまいた物のひとつだろう」

 アンデッドに自分の名入りグッズを配って回る──奴ならやりそうなことだ。

「道具屋の店員は、この剣は父親が墓場で見つけたと言っていたな。そして、冥府の魔人はアンデッドと仲が良かったのだ」


 というか、アンデッドの友だち作りにはげんでた。

 闇に生きる魔人の中で、もっとも自己顕示欲の強い者、それが奴『冥府の魔人』エンデロッドだ。


「奴の友だちは、死にきれずに普通に表に出てきてたスケルトンやゴースト……それに、自ら望んでアンデッドになったヴァンパイアやリッチなどもいたな」


 ヴァンパイアやリッチは、人よりもはるかに長い時間を生きる。

『冥府の魔人』は勇者にぶっころされたけれど、奴の配下がフェンルたちと同じように逃げ延びて、今も隠れて生活している可能性はある。その証拠が、この剣だ。

 これは『冥府の魔人』が、友だちのアンデッドに配ったもののひとつだろう

 自分の名入りアイテムを持ってる奴は、とりあえず自分の支持者──ってのが、あいつの持論だったからな。


「あの店員の父親がこれを見つけたのは、街道を東に進んだ先の丘陵地帯にある、墓地らしい」


 ここからは徒歩で1日くらい。王都とこの町の中間地点だ。


「ならば、2、3日はこの町でのんびりして、それから手かがりを探しに行くとしようか」

「は、はい」


 フェンルは青い顔で震えてる。

 なんだ、寒いのか──いや、違うな。


「フェンルよ。お前、もしかしてアンデッドが苦手なのか?」

「はぅっ!」


 俺が言うと、フェンルの小さな身体が、びくん、と震えた。


「……ア、アンデッドって、どうやったら死ぬのかわからないですから」

「しぶとさの点では、魔物の中でも随一だからな。だが、安心しろ」


 俺はフェンルの頭に、ぽん、と手を載せた。


「アンデッドの弱点なら、俺がよく知っている」


 冥府の奴は変ないたずらが好きだったからな。嫌でも対処法を覚えなければならなかったのだ。

 あいつ、ゴーストを使って、魔王城のベランダに干しておいた魔王ちゃんの下着を盗んだりしてたからな……。でもって、なぜか俺の枕の下に仕込んだりしてたのだ。意味不明だ。それを見つけて、俺にくれようとしてた魔王ちゃんはもっと意味不明だったけどな。


「それに、仮にヴァンパイアたちがこの時代まで生き延びているとしたら、そのしぶとさが逆にありがたいだろう? そのおかげで情報が得られるのだからな」

「は、はい。あの……それで……なんですけど……」


 フェンルは少し息を吸い込んで、なにかを決意したように。


「私も、ご主人様の情報をひとつ、おうかがいしてもいいですか?」


 なんだ、妙に真剣な顔をしているな。

 情報収集の話の流れから、自分の聞きたいことを思いついたのか。まぁ、よかろう。


「いいぞ。なにが聞きたい?」

「道具屋さんにいたとき、ご主人様は実家にお荷物を送られていましたが……その、そちらには、ご家族がいらっしゃるのでしょうか?」


 なんだ、そんなことか。


「ああ。向こうには、姉と──子供が4人いる」

「こ、こどもですかあ!? 4人も!? お、おそれながらご主人様、お年は?」

「? 転生してからなら15歳だが。前世は……正直、覚えていないな」

「そ、そのお年で4人も……?」

「ああ。面倒を見るのは結構大変だったぞ」


 チビたち、元気かな。ノエル姉に迷惑をかけてないかな。

 ……で、なんでフェンルは真っ青な顔で、唇を噛んで震えているのだ?


「ほ、ほんとーに失礼なのですが、ご主人様……奥様は?」

「はぁ? 俺はまだ15になったばかりだぞ。いるわけがなかろう」

「で、では、その4人の子供たちのお母様は!?」

「……残念ながら、心当たりがないな」

「お、覚えていらっしゃらないのですか!?」

「まぁ、そうなるかな」


 俺もチビたちも、みんな小さいころに捨てられているから、両親の記憶は残っていない。

 みんな戦争や魔物との戦いや、事故で両親をなくしたり、両親からはぐれたりした者たちだ。

 記憶があったところで、親を探し出すのは難しいだろうし、今さら出会ったところで家族になるのは難しいだろう。だから──


「安心しろ。あいつらが成人するまでは、俺が支援するつもりだ」

「ご、ごしゅじんさまぁ」

「なんだ。どうしてそんな迷子の子犬ような顔をしている」

従者(わたし)は、ご主人様のそばにいていいのですよね!?」

「当然だろう。なにを言っているのだ」

「ご主人様が、私に飽きても?」

「主人と従者というのは、飽きるとかそういうものではない。お前は俺の家族のようなものだ。顔も覚えていない親などより、よっぽど近い存在だよ」

「ごしゅじんさまああああああああっ!」


 ぎゅ、と、フェンルが抱きついてくる。

 なんだなんだ?

 いや……そういえば、フェンルも母親がいないのだったな。俺の家族の話などをしたのも、自分も家族のことを思い出したからか。

 俺もなー。魔人の記憶とスキルがあるからなんとかなってるけど、そうじゃなきゃ不安になるよなー。15歳だもんなー。


「よしよし」


 俺はフェンルの頭をなでた。

 フェンルは俺の背中に手を回して、えぐえぐ、ってしゃくりあげてる。仕方のない奴だな。


「わ、わたしはおそばにいますから、ずっとおそばにいますからぁああ」

「いや、別の居場所を見つけたら去ってもかまわないが」

「そんなことおっしゃらないでください。すてないでええええ!!」


 声を押さえて泣きじゃくるフェンル。

 こいつも俺の従者になってまだ2日目だ。怪我をしたり、毒蜘蛛と戦ったりと大変だった。いろいろ無理をしていたのだろう。

 ここは気が済むまで泣かせてやろう。泣かせて──やりたい、が。




「よっしゃああああ! わしらは明日からダンジョンじゃああ!」

「前祝いだ。じゃんじゃん持ってこ────い!」

「英雄になるまえの乾杯じゃあああああ!!」




 ──うっさいなー。宿屋の壁、なんでこんなに薄いんだ。


「結界を展開。遮断:音、人間、魔法、魔物。通過:それ以外」


 音が消えた。

 俺はドーム型の結界を部屋いっぱいにひろげて、さらには床にまで展開してみた。

 人と魔物を遮断したのは、音を消すと外の状況がわからなくなるからだ。酔っ払って巨大魔法をぶっぱなす奴がいないとも限らないし。


「さて、静かになったぞ。フェンル、存分に泣くがいい」

「……いえ、ここまでしていただくと涙も引っ込みます」


 しゅん、って感じでフェンルは座り込んでる。


「それより、ご主人様」

「どうした」

「私もそろそろ、ご主人様をお名前で呼んでもいいでしょうか」


 なぜか照れたような顔で、フェンルは言った。


「ちゃ、ちゃんと使い分けます。他に人がいるときは『クロノさま』って呼びます。ですが、ふたりっきりの時は……私だけが知っている魔人としてのお名前をお呼びしたいのです……」

「それは構わないが、急にどうして」

「……そ、その方が、家族っぽい……と、思いまして……」

「なるほど」


 別にそれは構うまい。

 仮に人前で魔人名を呼んだところで、どうということもないのだから。魔人も魔王も滅びて400年が経っている。いまさら『ブロゥシャルト』の名など、知る者もおるまい。故郷で戦ったあのインプも覚えていなかったのだからな。へこむわー。


「いいだろう、従者フェンルよ。我が魔人名を呼ぶがいい」

「はい。我がご主人、魔人ブロゥひゃんっ!?」


 あ、噛んだ。


「し、しつれいしました。魔人ブロゥシャフほっひゃま!?」


 おい。


「わざと?」

「そ、そんなことありません。魔人ブロシュアフ──」


 …………あー、そういえば、俺の魔人名って発音しにくいんだよな。

 魔王ちゃんだって何度も舌を噛んで、結局『ブロブロ』に落ち着いてたし。


 ……ふっ。まぁ、名前などどうということもないがな。今世の名前もあることだし、そちらを呼べばいいだけだ。だからフェンルよ、舌を噛むくらい繰り返すことはないのだ。


 ──え? 主人の名前も発音できないようでは、捨てられてしまいます? ばかなことを言うな。俺は今世の生みの親とは違うのだ。家族を捨てることなどするものか。

 だが、不安ならば……そうだな。


「魔人ブロブロと呼ぶがいい」

「ブロブロ……ですか?」

「今の俺は転生した身だ。前世の名前にこだわる必要もあるまい。クロノでもいいし、ブロブロでもいい。名を呼ぶたび、従者の舌を傷つけるようでは魔人の名折れ。お前が発音しやすい名前で呼ぶがいい、我が従者よ!」


 だん、と、宿屋の壁を叩いて、俺は宣言した。

 やばっ。隣の部屋からクレームが来るか? ──と思ったが、考えてみたら音は遮断していたのだ。この魔人にぬかりはない。ないぞ。うん。


「は、はい。ブロブロさま!」


 ……あ、なんか懐かしい。

 魔王ちゃん……死んじゃったんだよなー。

 伝説が嘘で、本当はあのまま助かったって可能性は…………ないか。どっちにしても400年が経ってる。今も魔王ちゃんが生き残ってる可能性はゼロだ。


「……うむ。その名前でよい」

「は、はい。私、精一杯お仕えします」

「その意気だ。ほうびにジュースを作ってやろう」


 俺は『変幻の盾』を召喚。さっき市場で買ったアマイロリンゴを上に載せて『通過:果汁』を設定してから、ダガーで軽く切り分けて、手の平で力一杯押しつぶす。盾の下にカップを当てれば、絞り出された果汁だけが落ちてくる。インスタントなリンゴジュースのできあがりだ。残った果肉は……うん。ぱさぱさですごくまずいね。

 自分の分も作って、と。


 俺たちはそれぞれのベッドに腰掛けて、リンゴジュースをすすった。うまい。

 混ぜ物なしの100パーセント果汁だ。金に困ったらこの異能でジュース屋さんをやることにしよう。


「さて、そろそろ休むか。『えあこん』を点けて、と」


 俺は空調のスイッチを入れた。

 結界内に、さわやかな風が流れ始める──


「──へくちっ」

「フェンル?」

「い、いえ、お気になさらず……へくちっ」

「もしかしてお前、『えあこん』の風に弱いのか?」

「……もともとガルフェルドの一族は寒さに弱いんです。寒いときは、獣の姿になるくらい、です」


 なるほど。それで前回も『えあこん』をつけたとき、くしゃみをしていたのか。

 俺の『空調能力』は、空調を効かせる場所は選択できるようだが、宿屋の部屋は狭いから、全体に影響を与えてしまう。フェンルだけを空調の外に出すことはできない。

 ならば止めるのがフェンルのためだろうが……この『えあこん』は快適すぎる。


 魔人たるもの、従者の体調くらいで快適生活を諦めてなるものか。

 ここは少し、フェンルには我慢してもらわなければなるまいよ。


「ならばフェンル、こっちに来い」

「ふぇっ!?」


 俺はフェンルの身体を抱き上げ──ってか軽いな。もうちょっと肉をつけないと体力的にも心配だ。明日から、フェンルの食事は3割増やすことにしょう。

 それはさておき、俺は抱き上げたフェンルをそのまま、ベッドに寝かせた。そして毛布をかけ、俺がその隣に横になる。

 フェンルを壁際に寄せて、それを俺の身体でおおう格好だ。

 これならフェンルに空調の風は当たらない。俺は涼しい、フェンルはあったかい。まさに一石二鳥の作戦といえよう。


「あ、あ、あ、あの……ブロブロさま」

「なんだ、嫌か?」

「そ、そんなことあるわけないです! ブロブロさまこそ……嫌じゃ、ないんですか」

「何故?」

「私は人造生物の子孫で、得体の知れない生き物なんですよ? 気持ち悪く、ないですか? こんな……あの、ちょっと?」

「悪い。眠い。めんどくさい話は明日だ」


 俺は目を閉じた。

 まぁ、寝にくいのはお互い様だ。俺も他人が近くにいると眠つきが悪くなるからな。フェンルには悪いが、すこしがまん……して…………。


「………………ブロブロ、さま…………わたし…………ブロブロさまのことが……だいす──」

「…………わすれるところ、だった」

「は、はいっ!?」

「…………………………おやすみ、フェンル」

「…………はい。おやすみなさい。ブロブロさま」



 そして俺は、すとーん、と眠りに落ちていったのだった。


旅の一日が終わり、またスローライフと冒険がはじまります。

次回、第11話は明日の同じ時間に更新する予定です。

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新作、はじめました。

「竜帝の後継者と、天下無双の城主嫁軍団」

うっかり異世界召喚に巻き込まれてしまったアラサーの会社員が、
正式に召喚された者たちを圧倒しながら、異世界の王を目指すお話です。
こちらも、よろしくお願いします。
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