第1話「魔人、記憶とスキルに覚醒する」
「クロノ=プロトコルよ。お前のスキルは目覚めた」
15歳、成人の儀式を受けた、その日。
スキルの覚醒とともに、俺は前世の記憶を思い出した。
「……そっかー。前世ってほんとにあったんだな……」
俺は神殿でもらった黒パンをかじりながら、町をぶらぶら歩いてる。
ここは、俺が住むジルフェ村から徒歩で1日分離れた、隣町。
成人の儀式のためにやってきた俺は、うっかり思い出した前世の記憶をかみしめてるところだ。
「困ったもんだな。スキルを覚醒させてもらうだけのはずだったのに」
それで前世を思い出すなんて話、聞いたことがない。
でもまぁ……思い出しちゃったものはしょうがないか。過去の人格と今の人格──俺は俺で、性格はあんまり変わってないし、途中がぶちっと千切れてるだけの、同一人物みたいな気分だ。
しかし……成人の儀式にやってきたら前世を思い出すって……どうすりゃいいんだろうな。これから。
この国では15歳になると『スキル』を目覚めさせてもらうことになっている。
俺がジルフェ村から1日かけて、神殿があるこの町にやってきたのもそのためだ。
スキルの覚醒をもって『成人』となり、明日から俺も大人の仲間入りをすることになる。
覚醒するスキルは人によって違う。
戦闘向きのスキルに覚醒したやつは冒険者や兵士に、鍛冶や商売用のスキルに覚醒したやつは、店の下働きなんかをはじめることになる。
ただ、兵士になったり商売をはじめたりできるのは、そういうコネがあるやつだけ。
俺みたいな孤児は、冒険者か店の下働きがいいとこだ。俺はもともと冒険者になるつもりだったから、バイト代わりに冒険者ギルドの手伝いをしたり、稼いだお金で剣術の修業なんかもしてきた。中古の安物だけど武器も買ってある。
今世での俺は普通に捨て子で、ジルフェ村にある孤児院に拾われた。
お金はあんまりなかったけど、まぁそこそこ、不幸でもないし幸せでもないような人生を送ってきて、今に至る。ただ、成人したら孤児院は出なきゃいけない決まりになってたから、それに合わせて準備はしてきた。
あとは普通にギルドに登録して、冒険者をはじめるだけだったんだけど。
……いかん。まったくやる気がなくなってきたぞ……どうしよう。
「──俺のスキルは『変幻の盾』と『結界作成』か……」
俺は自分のスキルを確認した。
『変幻の盾』は、自由なかたちの盾を作り出すスキル。常時発動型で、今も背中に『円形の盾』として具現化してる。手を使わずに扱える便利な防具だけど、本質はそこじゃない。というか、これ、戦闘向きじゃないからな。
神官さんは普通の『盾スキル』だと勘違いしてたみたいだけど。
まぁ、当たり前か。自在に物質を通過させる盾なんか、普通はない。だから『盾』を使う戦闘スキルだと思ったんだろう。勘違いしててくれるのはありがたい。本当のことがわかったら、大変なことになるからな。
「とりあえず『冒険者になります』って言って、孤児院を出るしかないか」
俺は、400年前の前世を思い出してしまった。自分が、かつてどういう生き物だったのか。なにを望んでいたのかも。
だから、もう以前のような生活はできない。
この町にも、スキルを覚醒させてもらったからには、もう用はない。
村に帰って、孤児院のみんなに挨拶だけはしておこう。でないと泣くから。ノエル姉。
「おい。そこの若いの」
通りを歩いてたら、後ろから声をかけられた。
振り返ると、冒険者風の男が3人、立ってた。
「さっき神殿で小耳に挟んだんだが『盾スキル』に覚醒したそうだな」
男たちはにやにや笑いながら、俺を見てる。
……めんどくさいなぁ、人間。
神殿は出入り自由だし、神様に祈るのも自由だけどさ。
他人の成人の儀式くらい、見ないふりしてろよ。
「もしも冒険者になるつもりなら面倒を見てやるぜ。防御系のスキル持ちは貴重だからな」
冒険者っぽい男は言った。
ギルドでバイトしてるときに見た奴かと思ったけど、違うな。どこかから流れてきた冒険者か。
神殿で話を聞いて、俺のスキルを『防御力用』のものと勘違いしたのか。
確かに『防ぐ』力はあるけど、俺のスキルはそれがメインじゃない。俺の『変幻の盾』は快適なステキ生活を送るために、前世の俺が組み上げたスキルだ。
このスキルの本質を知るのは、今のところは俺ひとり。
だから、俺はパーティは組めない。
前世の記憶を思い出してしまったからには、なるべく人とは関わらずに生きていきたい。
「うちがいやなら、別のパーティを紹介してやるが? どうだ?」
「悪いけど。もう進路は決めてるんで」
俺は男の手を振り払った。
「実は、さっきよみがえった前世の記憶に従って、旧世紀の遺産を探しに行くことに決めたんだ」
「……ぷっ」
目の前の男たちが吹き出した。
3人とも、腹を抱えて笑い出す。
「ああ、あるよな。若い頃はそういうこと! ははははっ!」
先頭の男が、俺に向かって手を伸ばしてくる。
「いいぜ。話を聞いてやるからこっちへ──」
「──遮断:人。通過:その他」
俺は『変幻の盾』を掲げた。
がちっ。
盾に触れた男の手が、はじき返された。
「…………え?」
男は、信じられないものを見るような目をしてる。
ごつごつした男の手が震えてる。まるで、見えない腕で殴られたように。
自分の手の感覚が信じられないように、男は怯えた顔で俺を見ていた。
「……は、ははっ。ごめんな。ちょっと調子に乗っちまった」
「失礼しますね」
俺は頭を下げて、男たちに背中を向けた。
盾は構えたまま、いつでも背後に展開できるように。
「……は、はは。まぁ、他にも使えそうな奴はいるしな……はは」
「それじゃ」
男が硬直してる間に、俺はその場を離れた。
「…………おい、どうしたんだよ」
「…………わからねぇ。まるででっかい門にぶつかったみたいに……はじかれた」
「…………魔法障壁か? スキルに覚醒したばっかりのガキが?」
「…………わからねぇ。わからねぇけど、恐ぇよ……なんだよ、あれ」
後ろで男たちが小声で話しているのが聞こえた。
…………ふっ。
ああ、スキルを使ったら、だいぶ前世の感覚が戻ってきた。
これが俺の『変幻の盾』の力だ。
盾のかたちをしているが、実際は魔力で作った膜のようなもの。
能力は『フィルタリング』──文字通り、通過させるものとさせないものを選ぶことができる。
空気は通すが、水は通さない。
魔法は通すが、剣は通さない。
風は通すが、虫は通さない──そうだ。夏場の窓に立てかけておけば、虫を防いだまま涼風だけを通すことができるすぐれもの。
──それが俺のスキル『変幻の盾』の正体だ。
「……命拾いしたな。人間」
俺は町を出てから、振り返った。
開いたままの門の向こう。町の大通りで、さっきの冒険者たちはまだうずくまってる。
あいつらは、自分がどれだけ危険なものを相手にしているのか、気づいていないのだろう。
お前たちは、九死に一生を拾ったのだ。
俺が覚醒直後でなければ──
この生で、まだ戦闘を未経験でなければ──
ここが孤児院の隣町でなければ──
今日のうちに帰るって、ノエル姉ちゃんと約束してなければ──
お前たちの命は無かった……かもしれない。
「知らないとは幸運なことだな」
それに、平和っていいよね。
俺がいるのは、大陸にあるラドミアル王国。
今の王様は──何代目かは忘れたけど、そこそこ善政を敷いてるって聞いてる。もっとも、西の町に住んでる俺たちには、あまり関係のない話だけど。
世界には魔物がいて、人間やデミヒューマンに迷惑をかけてるようだけど、それもたいした話じゃない。魔物を統率する者なんかいないから、魔物と人間の大きな争いは起こっていない。
かつて魔王はいたけれど、それも400年前のお話だ。
この世の『絶対悪』と規定された魔王と、その配下の魔人たちは、神さまが異世界から呼び出した勇者たちによって滅ぼされた。勇者たちはそのあと姿を消し、彼らが伝えた知識や多少の文化だけが残ってる。もっとも、距離や重さの単位ぐらいだけど。
結局、世界は平和になったってことだろうな。
9人の魔人と、魔王ちゃんの死をもって。
「……魔王ちゃん、か。骨くらいは拾ってやらないとな」
それくらいはしてもいいかな。義理として。
前世では、俺は魔王に仕えていたんだから……さ。
俺の前世の名前は『魔人ブロゥシャルト』といった。
その正体は、上級魔族にして『障壁の魔人』
今から400年前、魔王に使えていた9人の魔人、そのうちの1人だったのだ。
魔王のことが知りたければ神殿に行けばいい。
400年前、魔物を操り(嘘)、この大陸で暴れ回っていた(嘘)魔王が、どうやって勇者に倒された(嘘)か、飽きるほど教えてもらえるはずだ。
当時はまだ、神さまがこの世界に干渉していた時代。
神聖なる加護を受けた『勇者』たちに悪の魔王と魔人は滅ぼされた──ことになっている。
けど、正確には違う。
人間がいない地方でのんきに暮らしてた魔王ちゃんが、不法侵入してきた勇者に滅ぼされた。
ただ、それだけの話だったんだ──
新連載、はじめました。
今日は12時、3時、6時の3回更新です。
その後はしばらくの間、毎日同じ時間に更新する予定です。