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暗闇に黒猫  作者: Rask
6/15

緊急任務・火鬼の巣

黒がカンナと同居生活をしはじめてから一週間程経ち、今日は何時ものように支度をしてから本部へ定期出勤をする事になった。

つい先日に知り合った男女、まだまだ生活面で色々と擦り合わせする必要が有るものの何とかやっていけるかなと手応えを感じた黒だった。

それと前からカンナが積極的に料理に挑戦している、今日の朝食はカンナが厚焼き玉子とサラダを作ってくれて味噌汁は昨晩余って冷蔵庫に入れてた物を暖め直した。

「今日はこれから一緒に犬養さんとこに行かなきゃいけないんだ、暇つぶしの本とか持ってく物の準備してね」

「はい」

「暫くは一緒に行動しなきゃいけなくて、本当に申し訳無いけど」

「いえ、寧ろ私は黒くんと出掛けられて嬉しいですよ?」

彼女の屈託無い言葉とその笑顔に黒は救われた気がした。

不自由を強いている事に不満の一つを言われても仕方無いと思っていたのに、彼女は自分とは全然違う捉え方をする。

彼女は少し常識離れと言うか世間知らずな所が多々見受けられるが、自信の事に関する記憶を喪失しているだけで生活面での基礎部分は完全に覚えているようだった。

最初に診察を担当した人間によれば、「彼女は恐らく長期記憶喪失では無いか」と言っていたらしい。

目立った外傷も無く、他者からの術式操作等の痕跡も無い、その切っ掛けはトラウマや精神的ショックの類いかもしれないとも。

「カンナ、あのさ…」

「はい、何でしょう?」

「いや、何でも無い…」

何か言い掛けて黒は止めた、言い淀む黒にカンナは少し気になったが特に深く追及する事は無かった。

(まぁ暫くは、私服で行くから楽かな)

本部への出勤時の服装は特に指定は無く自由だ、スーツや私服で行く者もいれば、着替えるのが面倒だと戦闘服とその上に人目避けの黒外套をそのまま羽織って行く者もいる。

支度を済ませて外に出ると車が止まっている、運転手の玄十郎と朝の挨拶を交わすと両者の携帯に一つの通知が着信する。

<猫部隊(びょうぶたい)隊長・末神黒(すえがみくろ)至急参上されたし>

「今日は少し急ぎます」

二人が乗り込むと、玄十郎は明らかにいつもより速いスピードで車を走らせる。

車を降りるとカンナと足早に本部へと入る、カンナもただならぬ雰囲気を感じ取ったらしく、何も言わずに付いていって協力してくれた。

犬養の事務室にカンナを連れて行き待機させると、直ぐに更衣室で戦闘服と黒外套に着替える。

犬養の連絡が無く、事務室にもその姿が無かった事から相当尋常では無い事態になっていると考えられる。

黒は携帯の電源を再起動しパスワードを入れる、この端末はプライベート状態と任務用端末のモードがありそれを切り替えたのだ。

プライベートモードと違い任務用モードはセキュリティの為に組織自前の専用回線に繋ぐ、そしてパスワードと指紋認証に不正が発生した時に自動で内部情報を削除処理する徹底ぶりだ、再起動が完了すると数秒後に呼び出し音が鳴りそれに応答する。

「はい黒です」

「もしもし、数日ぶりです黒さん」

「お久し振りです」

「急に不躾で申し訳御座いませんが、緊急時の為に御容赦お願い致します」

「はい」

「昨日午後8時頃に暴走者による異能力連続殺傷事件が発生、被害に合ったのは女性一名とその子供一名」

此の世界には、潜在的な力を持つ人間が様々な切っ掛けで覚醒する事がある、その覚醒は脳が変質化し個別固有の能力を覚醒させ、五感の感覚や筋組織の限界点を常人以上に引き上げる。

そして恐るべき事はその覚醒した人間の力が暴走する事だ、彼等が犯罪を厭わなく成った時、人智を越えた能力を持ってして他人を容易く踏みにじり、傷つけ、殺すのだ。

元から性格に難がある人間や、脳の変質化によって精神性が歪む人間。

覚醒前は温厚な性格でも、自らが圧倒的な力を手に入れた時に豹変していく人間も多々居る。

「そして本日未明、容疑者の立て籠った施設に外来部隊4名を送り事態の鎮圧を図りましたが、以降に連絡の途絶、恐らくは返り討ちに合い死亡、又は負傷の可能性があります」

「部隊が…」

外来部隊とは干支志士達とは違う組織で元一般人の人々からスカウトされた精鋭部隊達だ、彼等は志士だけではカバー出来ない人数的問題を解決する為に昔から通称"外様"とも呼ばれて活躍している。

「そして、これらの要因を踏まえてこれ以上の被害を出さぬように、犬養副総長並びに各支部上層部数名の認可により至急本件の容疑者を罪人として確定、即処刑せよとの指令が発令されました」

黒は内容を把握し、現場の位置情報と本作戦に発行されたアイテムコードを確認してから一刻も早く急ぐ事にする。

「御武運を」

以上で通信を切断した。

黒は手を自分の額にあてがい、軽対熱効果のある簡単な呪文をその身に施す。

大所帯の部隊の場合では機動隊の装甲車などを要請して纏まって出動する所もあるが、黒は部隊とも呼べない個人で活動しており、団体行動が必要な部隊よりも迅速に動く事が可能だ。

目的の座標へと黒は尋常ならざる速さで駆けて参じる、コンクリートの壁を踏み台にし建物の屋根上を伝い走り、時には建物の隙間も縫って走って行く。

普通なら人目を惹くこの動きも、一重に黒外套の内側に編み込まれた認識阻害の呪符のお陰であろう。

そして辿り着いた場所は廃墟と化した大きい金属加工工場であった、この地は新工場への移転に伴って放棄された場所で、罪で追われている人間が逃げ込むにはうってつけの場所だろう。

工場を覆う外周の分厚い壁、そして入り口付近には警察官が車両とバリケードテープで封鎖していた。

黒が走って近付いていくと、そこで監視していた二十代前半の若い警官が声を掛ける。

「あー君、此処は危ないから一般人立ち入り禁止だよ」

此の時期に暑そうな黒外套を羽織り、帯刀している刀の柄の様な物がチラリと見えていたりと、身形が身形なので不審者と警戒されてもおかしくない。

黒が懐から携帯を出し身分を証明しようとすると、後ろから更に他の声が掛かった。

「おー小林巡査、そいつは特別だから大丈夫だぜ」

もう一人歳上の三十代半ば位の警官がやってくる。

「高田警部補!」

「悪いな、コイツは今日からうちの課に配属になった新人だから、勝手が分からないんだ許してやってくれ」

「ええっ!?」

後から来たもう一人の警官はこの現場を監督している警部補、小林巡査は上司の命令によって渋々黒を通す事にしたが少し腑に落ちていない様だった。

「いつもお疲れ様です」

黒は二人に小さく礼をする。

「おう、お前も気張ってけよ」

そのやり取りの後に、黒は3メートル位はあろう高めの門を少しの助走と脚力だけで一飛びしていく、新人の小林巡査は常人では有り得ない荒業を難無くこなす場面に驚きを隠せなかった。

「あ、あの少年…一体何モンなんですか?」

「お前、この仕事を続けていって出世したいか?もしそうならよ、うちに配属されたからにはそれ以上の詮索は無用にしとけよ?」

「はぁ…」

上司にはそう言われたが、彼にはまだ全然理解が出来ないと言う相槌だった。

「まぁ体良く言うなら、アイツらは世の調()()()、悪く言えば()()()()()()()さ」

(大の大人の俺らがこぞって、あんな少年に業を背負わせなくちゃいけないなんて本当に歯痒いもんだな…)

難無く施設敷地内へと入り込めた黒は、最初に幾つかの棟で事件の痕跡を探る事にした。

連絡が途絶した先遣隊の中に生き残りがいれば、情報の提供や救助が可能だからだ。

一番入り口付近の棟には小さい受付とカウンター越しに開けた事務所、社員用のロッカー室そして食堂らしき場所があった。

日中の陽が幾ばくか差し込んでいるとはいえ、電気の通ってない建物内は少し薄暗かった。

建物の作り自体は普通だが明らかにいたる箇所が傷み、物が散乱している。

そして、その空間に入るとすぐ分かる程に焼け焦げた臭いが強く漂っていた。

銃撃があったのか数発の空薬莢と焦げた備品が混ざりあっていた、金属製の机などは熱で溶かされてねじ曲がったりしていた。

異能力者の制圧に対して部隊がわざわざ火炎放射器を持ち出す事など絶対に有り得ない、なので部隊員が数発の威嚇と牽制攻撃を放ちそれに反撃した罪人がこの延焼を起こしたのだろうと推測した。

そしてその現場には物と呼ぶには生々しい、端的に言えば焼死体が一人分転がっていた。

装備ごと全身を姿焼きの様に焼かれ、のたうち回りながら死んだのであろう床を掻き毟った跡が伺えた。

次に奥のロッカー室の方に向かうと、そこにもある程度焼かれた後があり、二人分の焼死体が転がっていた。

今度は全身の被害では無く、頭だけを綺麗に焼いており、先程よりももっと効率的に殺しているのだと黒は感じた。

最後は奥の食堂の方向へと行き着くと、最後の一人の被害者の亡骸も発見した、最初は全焼にし次に効率化を図る、そして特に最後は酷かった。

止めの顔面発火を除いて、腕や足に軽い火傷の痕があり、虐め甚振る様に被害者を殺したのが分かる。

遺体に向かい眼を瞑り黙祷をすると共に、黒は無意識に刀の柄を強く握り締めていた。

(どうやら人を殺す事に対する線引きが完全に無くなり、それどころか虐め殺す行為に愉悦すら感じている節がある、明らかに犯人を速やかに始末しないと危険だ…)

調べ終えた事務棟を出てから、手入れのされなくなって伸び放題の草木が生い茂る中庭に立つ。

資材倉庫や各数カ所の作業棟やらと他にも広い場所を逐一調べても埒が明かないし、寧ろそれは相手にとって不意打ちの為の隙や、逃げ果せる準備時間を作る事になる。

ならばと黒は眼の力の一端を解放する事にした、全ての物質を透かし見る異能力。

猫術一種(びょうじゅついっしゅ)·透視…)

此の眼はあらゆるエネルギーに対する知覚が研ぎ澄まされ普通であれば視認できない物まで可視化する、クロエ戦では此の力の簡易的なものを発動する事で視えざる技を看破したのだ。

又、此の力は探知しようとする対象の距離が遠かったり、分析しようとする物に対して隔てる物の厚みや数がある程に自身の体力を消耗する。

黒は、視野の倍率や各棟への方角を変えて相手の発する生体エネルギーを探る。

(違う、此処でもない…)

順々に確認した中でただ一つの棟にそれらしき人影が現れる、やっと対象を捉えた黒はそこへと一気に駆けて行った。

(作業棟か…)

対象の潜む作業棟、その一階は鉄加工機器が居並ぶ様に置かれている、そして二階に加工作業の工程分けをされた部屋が幾つか設けてあり、どうやらその一部屋の隅に身を潜めている様だ。

鯉口を切り、目を閉じると一瞬の深呼吸。

(一気に詰める…)

黒は外壁を踏み締めながら一気に真上へと駆け上がり、窓ガラスに脚蹴りをぶち込み、破片と混ざりながら身を突入、直ぐ様抜刀をする。

「ッ!!?」

一気に不意打ちを仕掛けて、虚を衝き一瞬で敵を制する筈だったのだが…そう簡単にはいかなかった。

黒が降り立ったと同時に銃弾の嵐が襲う。

ドドドドドドドドッ!!

身を真横に翻し序盤に射出された銃弾を躱す、そのまま追う様に放たれた銃弾を数発、斜め一刀で往なす。

黒が飛び込んできた周辺のコンクリート壁や窓に無数の銃痕が付き、視界を奪う様な砂埃が舞う。

その状況を逆手に取り、黒は一気に相手へと距離を詰めて縦に初太刀を放った!

が、敵は瞬時に刀身の反射を察知し、身を後ろに引いて回避した。

その恐るべき反射速度からして、既に相手は只の人間では無かった。

敵は持っていたアサルトライフルのグリップをクルリと回しストックをバットの様に持ち握り締めると、そのまま黒の顔面に向かって叩きつける。

黒は咄嗟にライフルを柄で受け止め、次の太刀をどう放とうと思案するが隙を与えずに敵が飛び退き距離を取る。

「なんだぁ?オマエ、此の現代日本に刀なんか引っ提げてコスプレかぁ?」

まるで死んだ様な目で黒を見て、男は不愉快にゲラゲラと笑う。

その敵である男はボサボサとした髪と生気の無い顔色をして、草臥(くたび)れたジャージを着ていた。

「…」

黒は何も答えない、ただ静かに男を観察する。

此の男の状態を間近で見れば、大抵の常人は近付いたらヤバい奴だという思いを抱く筈だ。

だが黒は驚かないし怯えもしない、何故なら慣れているからだ。

「ははは、無言か!面白い…面白いなぁ!俺と喋りたくもねぇってか」

男は自分の左手で頭を軽く押さえながら右手を突き出すと、その手を握り締めて勝手に喋り出す。

「もう良い、死ね」

態度の豹変した敵がそう叫びながら、急に握り締めた右手を開くと一瞬で謎の衝撃が放たれる。

「くッ…」

黒は反応する間もなく吹き飛ばされ壁へと押し付けられる、危ないと察知した黒は瞬時に床に落ちる受け身を取りその場から逃げ出した。

逃げ出してから一瞬後には、黒が叩き付けられて転んだ場所に直径1メートル程の火柱が立つ。

此処に来るまでの現場を検証し、大凡(おおよそ)で火炎に関連するものと予想はしていた、だが此の敵は自身の異能力を理解して使いこなす成長速度がとても早過ぎる様に感じた。

また、幸いに目立った負傷はしていないが、不意打ちの初太刀で決められなかったのが良くなかった。

それに加え厄介なのが今しがた喰らった謎の爆風だ、クロエ戦では風自体を操る力の為に作用する流れを視る事が出来たのだが、今回のはまた作用する力の毛色が違う。

(力の働きの本作用自体をぶつけて来ているのでは無く、起こした本作用の力から発生する副産物を技に組み込んでいる、しかも自身を中心に全方位型の衝撃であり即時発か、厄介だな…)

それらを脳内で即判断するが、第二波の火炎の奔流が間髪を入れず黒に襲い来る。

直撃は避けたが掠った外套が少し焦げていた、図らずも予め掛けていた耐熱術が幾らか緩和したらしく、服に燃え移ったり重い火傷等は負わなかった。

「キモッチィイーなぁ、おい!!」

距離を取って膝を着く黒に対して、男は愉悦の笑みを浮かべながら叫ぶ。

「なぁなぁ、オマエはどっから焼いて欲しい?腕?足?なんなら此の俺自慢の銃で顔面を丁寧に撃ち抜いてやろうか?」

敵はアサルトライフルの空弾倉を抜き、ポケットから取り出した新しい弾倉を込めながら、自分に浸って話を続ける。

「俺を捕まえようとした奴等がさ、コレを持ってきてくれてなぁ、今はネットでちょこっと調べればさ、銃の使い方だのを幾らでも調べられるから便利な時代だよなぁー、おい」

素人ながらに銃を構えると黒に向かって撃つ、普通ならそんな構え方で撃てば反動で体勢が(まま)ならない筈なのだが、既に化物となった男の全身の筋力で無理矢理それを補っている。

先程の様に装弾数30発の弾幕が飛び、廃屋特有の粉塵が舞うが、既にその行く末に黒は居なかった。

更に二装填目の弾倉を撃ち尽くした男が黒の方に寄り生死を確認しようとする、姿を消していた黒が横からスッと現れ斬りつけると構えていたライフルを真っ二つに切断した。

二の太刀で男の身体を斬りつけようとするが咄嗟に避けられる、そのまま追加の攻撃を仕掛けるが、刃が届くよりも先にさっきよりも弱めの爆風が下段から突き上げる様に発生し吹き飛ばされた。

飛ばされて一瞬、膝を着くが直ぐに姿勢を整える、男はそんな黒の様子を見据えながらしたり顔になる。

「はははッ!その動き、オマエも中々に化けもんだなぁ、そうか…化け物を殺すには化け物をブツけるってか」

男は顔を右手で覆うと、全てを悟ったかの様に高笑いした。

「…」

黒は、それでも何も答えずに無反応を貫いた。

「なぁーオマエも化け物ならさ、俺ら化け物同士で仲良くやんねぇか?俺達ならさ、世の中の気に入らねぇ奴等なんて思い通りにぶっ殺して楽しく過ごせるさ」

顔を覆っていた右手で髪を掻き上げながら喋り続ける。

「俺達はさー、此の世界に選ばれた人間なんだよ、此の力があれば、今迄俺を無視して…蔑ろにして…踏みつけて…馬鹿にしてきた奴等を好きなだけブチ殺せるんだッ!!」

男が狂った原因はこれだろう、誰からも認められず鬱屈した人生に、人の身に余る暴力を得てしまったのだ。

「…」

黒は何も語らないが、その鋭い眼で静かに男を捉える。

「何だよ、その眼は!俺が気に入らねぇってのか?」

どうやら急激な変質化により一時的にハイになっていた脳が、とうとうダウナー状態へと陥ったらしい。

「どいつもこいつも偉っそうにしやがって!その鬱陶しい眼が、ウゼェんだよ!」

狂乱し頭を掻き毟りながら、叫びを上げると燃え盛る火炎が発生し男へと纏わり付いていく、黒は咄嗟に刀を納めて距離を一気に取り男の放つ焦熱と炎の粉を避けていく。

周りが煙火に塗れて瓦解していき、衝撃で崩落する天井や壁を避けながら脱出する、黒の外套と手袋が少し焦げ付くが直ぐに払いのけ着火を防いだ。

建物は半壊し壁は吹き飛び、何とか外に出る黒、男は炎の勢いを止める事も無く佇んでいた。

これ迄、耐熱の術で汗一滴掻いていなかった黒なのだが、此の敵の放つ熱気や自身の運動で既に滝の様に汗が滴っていた。

(本当に、色々と厄介な相手だ…)

黒のそもそもの戦闘スタイルとして、初手は真っ向からぶつからず、不意を突いて一撃で仕留めるタイプだ。

しかし、既にその戦術は通用しない上に、今回の敵は黒の想定以上の能力レベルとコントロールを見せている。

(多分、僕以外の隊長ならば、全然違ったアプローチを仕掛けられるんだろうが…)

本領を発揮した相手同士のぶつかり合いをした場合、純粋なパワーを持つ能力とはとことん相性が悪く、変化球タイプの黒が接近する事自体まず難しい。

ならば付かず離れずの間合いを測って相手を撹乱し、スタミナ切れを起こしてからその隙を突き、一瞬で仕留めるしか無いと感じた。

(幸い、相手の練度はあの剣士より高く無い…)

ふとクロエの姿を想起する。

今の黒が用いる事が出来る戦闘技術は第一に剣術、そして自身の持つ眼の力、幾らかの体術、とある別部隊の隊長に教えて貰った付け焼き刃レベルの下級魔術だけだ。

「ほらよぉー、ぶっ飛んじまえ!」

敵は纏う炎で自身を防御しながら黒に対して手の平を向ける、すると黒に向かって凶悪な炎弾が数発伸びた、それに対して黒は抜刀で切り払い直ぐにその場を離れた。

そして黒の居た場所にまたもや火柱が立つ、不意の爆風と違い炎の力の流れは感じ取り易かった。

敵に対して黒が近づき、何とかしてその身に斬り込もうとして見せるが纏っていた炎が変化した炎の壁で遮られ叶わなかった。

「くッ…」

黒は押し迫ってくる炎熱の壁に対して堪らずに距離を取る。

「ははっ、熱くて近づけないかぁ!?」

敵は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった態度で黒を見る。

それに対して黒は膝を着き右手で掴んだ刀を後ろに伸ばし、もう片手で峰の方から刀身を掴み横に押さえる。

「何だぁそりゃ…」

黒のその異様な構えを見て驚愕と疑念の混じる表情をする男。

黒は深呼吸を一息し眼を閉じる。

神速一閃(しんそくいっせん)…)

閉じた眼を見開くと一気に全身の力を爆発させ駆け抜ける、一瞬の残影が見えたかと思うと既に黒はその場に居なかった。

「ってぇーー!!」

男が叫び、難を逃れて浅く斬られた腹部から少量の出血をする。

(浅かったか…)

男が纏った炎を壁へと変えた事により、一瞬一所僅かに斬り込む隙ができた事で、現在の黒が持ち得る最速の剣技で攻めたのだが、敵が辛うじて反応した事により失敗した。

「いってぇ!いてぇいてぇいてぇいてぇてぇ、死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!!」

半端に終わった攻撃が相手を逆撫ですると、黒に対する止めどない怒気と殺意が溢れだす。

であれば、恐らく敵も全身全霊を掛けた一撃で黒を葬る算段であろう。

黒の立つ場所の周りを囲むように地面から赤い光が五つ放たれる、先程まで何の予兆も無く出現する炎の柱だったが今回のは明らかに違う、兎に角その攻撃性と凶暴性がだだ漏れていた。

「オマエを殺して自由を掴むッ!!」

殺意のこもる充血した目で黒を睨み付けながら男は言う。

「例え僕を殺しても無駄だ、次の人間が来て必ず始末する」

初めて相手の問いに黒が答えた、だがそれは男にとって絶対的な死刑宣告であった。

「うるせぇ!!!」

そう苛立ち叫ぶと黒の居る位置を中心として囲んでいた五つの赤い光点が強く瞬く、そして突然に火柱が立ち炎壁が黒を囲む、それは一瞬で閉じ込めた空間を地獄の様な業火で消し炭にする。

その場所にあった物は跡形もなく消え去り、地面は赤く焼け爛れて焦土と化す。

皮肉にも男が人生で初めてと思える程に全力を込めた一撃だった、目眩になる様な気怠さと黒の姿が視界から消え失せた安堵で一息を着く。

だが、それが…それこそが命運を決める一瞬の隙だった、黒が待ち望んだ致命的なる一撃。

背後からの心臓一突きだった、男は自分から突き出る刃に驚愕するが、免れ得ぬ死を悟ったのか、それとも抵抗する力も尽きたのか恐ろしく大人しかった、そして振り向き吐血で咳き込みながら黒に告げる。

「俺となんも変わりゃしねぇ、オマエも人殺しの化物だよ…」

それは呪いの言葉だ、黒の心を抉る為の最後の足掻きの言霊。

「…」

生き絶え倒れる男を見据えながら、黒は押し黙り刀の血を紙で拭い納刀した。

男の首元を触り脈をみて死亡確認をする、そして端末を取り出し任務を完了した旨を報告した。

幸い建物の材質からして燃え広がる様な物でも無く、燃えそうな物は当に燃え尽き、外の草木もほとんど青々と茂っていて水分を含んでいた為に此の廃墟が大火事になる、と言う心配は無かった。

外の警備をしている警官達にも、簡略報告をしに行く。

「任務は終わりました、後は引き継ぎの人達が来るまでの警備と人払いを御願いします」

「そうか、ご苦労さん」

高田警部補が労う、そして小林巡査は黒に黙ったまま敬礼を向けた。

「外套と手袋ボロボロになってるが怪我とか大丈夫か?」

黒の状態を見て高田警部補が気遣うが、黒は「大丈夫です、お気遣い有り難う御座います」と断って帰らせて貰うことにした。

帰りは待機していた黒い車に乗る、運転手は勿論玄十郎だ。

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