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暗闇に黒猫  作者: Rask
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謎の少女 カンナ

「すみません、僕の聞き間違かどうか、念のためにもう一度言って頂いてもよろしいですか?」

「お前が!この子の!面倒を!見てくれ!!」

「えっと、僕今から修練所にでも顔出してくるのでこれでしつれ…」

多分いつもの面白い、もとい悪い冗談の類いなんだと相手にせず黒は踵を返し退出しようとする。

「ま、ま、ま、待ってくれ!いや私の言い方が悪かったで御座いますです、この子の護衛を暫くお前に任せたいんだ、です」

黒の両肩をガッチリと掴みながら食い下がる様にわざとらしい程にぎこちないデスマス口調で犬養は言った。

そして、自身の処遇について話しているこの二人のやり取りには入ってはいけまいと、少女は少し不安げに此方の様子を伺っていた。

「ちゃんと説明はする!」黒にそう言うなり、犬養はキョトンとする少女に「君はここで座ってちょっとだけ待っててくれ、あーそこにある雑誌を適当に読んだりお菓子食べたり自由に(くつろ)いでて良いからねッ!」と笑顔で言い付け、二人は途中の自販機で適当な飲み物を買い会議室へと向かった。

犬養はドアを開け部屋に他の人間が居ないか確認してから入る、何やらいつも以上に周りに気を払っている様に見えた。

部屋の中央には緩やかな円を描く黒く大きい卓が一卓あり席が十三脚用意されている、黒がそのうちの適当な席を選びその隣に犬養が座る。

「犬養さん、率直にいますけど昨日の今日でこの話…些か急過ぎませんか?」

先程犬養の言った言葉に対し黒は告げる。

「それが参ったことに、その昨日の例の件が関連していてな」

犬養は自身の薄めに出ている無精髭を弄りながら困ったように話し始めた。

「昨夜お前が解決にあたった事件だが、その現場になにか大きな装置の様な物が置かれて無かったか?」

犬養の質問に、黒は昨日の記憶を思い出す。

「確かに何か得体の知れない装置が設置してありました、調べようとしたところ装置に施されていた阻害術式の様なもので、僕では透視する事も出来ませんでしたが」

自分一人ではそれ以上調べられないとして、後は引き継いで他の隊員達に調査を任せた代物だった、しかし黒には其れと此れの何故が関係あるのかと疑問に思った。

「まぁ、ややこしい説明は全部抜きにして簡潔に要点だけ分かるように言うとだな、あの子がその生命維持装置の中に仮死状態で入れられていたんだ」

「へ!?」

「あの子がその装置の中にい・・・」

「いやいや大丈夫です、ちゃんと聞こえてはいましたよ…ただ僕の頭の処理が追い付いていなかっただけで」

言い直そうとする犬養を右手で制止し、もう片方を額に当てて自分の頭に理解を促す。

「でよ、そんでまずはあの子の正体を知ろうってなるだろ?そして当然、あの子の意識が戻った時に身分や名前を尋ねたんだ、ところがどっこいあの子は自身についての記憶を綺麗サッパリと喪失しているみたいでな、自分の下の名前以外何も覚えていないそうだ、だから仕方なくうちの方でちょちょっと身元調査したんだがデータベースにはなーんも該当無し空振りだ、あの子はマジもんの正体不明者ときやがる」

黒は犬養が率いる隊の情報収集力の優秀さを知っていた。

彼ら十一番隊・戌は代々と偵察や追跡と言った捜査のスペシャリストであり、有事の際には戦況を覆すような相手方の情報さえも調べ上げて取り扱う事が出来うる、志士唯一の一族である。

もちろん正式な手続きで公的機関に照合するやり方での特定は容易い上、更にこの組織に置いては国家安寧の大義に置いて「目には目を歯には歯を」の要領で得た()()()機密情報も少なくは無い。

そして現代の此の国において万事万物の情報を一手に集め管理しているとも言える集団、その戌の者たちでさえ正体を掴めない相手というのは実質的な異常事態とも呼べる程の大事であったのだ。

「一応まだ初手のデータベース照合段階の調査だからな、此れから時間と人員を割いていけばなんとかなるとは思っているさ、そこで!暫くの間はお前にあの子の護衛兼保護者を頼みたいとな」

「いやいやいや、なんでそこで僕なんですか!他にもっと頼りになる当ては無かったんですか?」

確かにあの子についての経緯は理解したが、すぐに承諾するまでの理解は示していない。

「俺としても今はあの子をどういう環境に置くべきか考えあぐねている状態なんだ、彼女が昨夜の事件に巻き込まれていたと言う事は昨夜の殺し屋達に再び襲われる可能性もあるから保護をするべきだ、そしてこの施設に関して言えば安全性は折り紙付きだが…あまりに見られてはいけないものが多すぎてまず論外だな」

「なら他の一族を頼って保護の協力を求めるとかはどうですか?」

「そりゃ既に打診してみたが悉く不可だと断られたよ、今や時代は協力と協調の方向性になった十二の血族衆等だが、未だに門外の他人を一門の近くに置く事で自分の一族の秘伝や秘匿とする情報を外部に漏らしてしまうのではないと恐れているらしい、まぁ我々は過去には互いに幾度と争う事もある間柄で、そしてそんな集団が寄り集まった組織だからな、未だにその考えの人間が居たとて仕方ない事でもあるがなぁ」

顎を擦りながら目を閉じて「いやはや参った」と言う面持ちだった。

「うちでもどうにかしてやりたいんだがね、家内も『子が野郎ばかりなもんで娘が欲しい』って言ってたし満更でもない、寧ろあの子を預かれるならばアイツは大いに喜ぶだろうよ」

前半はカンナと言う少女に対する印象もあってか、どうにかしてやりたいと言う表情だったが後半の犬養の表情は少し硬く厳しかった。

「だがしかしだ、俺は分家の人間であり本家の手前があってどうしても無理なこともある」

どうやら犬養家としては受け入れても構わないが、戌の本家当主から是非の非の答えを突き返されたらしい。

犬養の奥さんは戌の本家の出自であり、昔に犬養が彼女を娶る時になにやら本家と一悶着あったのだとか聞いたことがあった、そのため相手の顔を立てる為にも犬養は基本的に本家の意向には逆らわない様にしている。

そして散々に打診と思案の末に白羽の矢が立ったのが独り身で根無し草である野良猫、黒だったと訳らしいのだ。

「んー…確かに事情は分かりました、ですが幾らなんでも急展開過ぎると言うか何と言うか…」

少女の抱える周囲事情を教え黒にある程度納得させた事で、黒の言葉尻から拒否の反応が幾分薄れたとこを感じた犬養はさらに追い討ちで畳み掛けるように言う。

「そうだなぁ、あの子を機関に置くという事も出来なくは無いが、その場合彼女にはかなりの行動制限を設けることになる、不自由だろうなぁ…可哀相になぁ…こんな狭苦しい場所でほぼ軟禁状態になるって訳かぁ…まだまだ青春真っ盛りのいたいけな少女なのになぁ…」

わざと大仰な物言いで黒の同情を煽る犬養だったが、黒もその事は勘づいているし犬飼自身も半分冗談交じりに大げさに言っているだけだった。

「まぁ…少し譲って僕が引き受けたとしますよ、暫くあの女の子と二人で暮らすことになるんですよね?」

「まぁそうなるな」何の間もなく即答される。

「昨日今日出会ったばかりの年頃の男女が同じ家に住むって、一般常識的に考えてそれはありなんですか?」

「そりゃお前はそんな不埒な事をしない男だと絶対の信頼を置いての事だしぃ~、それに、もしもの事があればちゃんと責任を持って我々が社会的にも物理的にもお前を抹殺するからな☆」

とニオジサンがヤニヤと楽しそうな顔をしながら言い切った、言い切りやがった。

「はぁーっ…」

(全く…この人は…)

と内心呆れながらため息を吐き出す。

「分かりましたよ…僕が謹んでお引き受けますよ…」

この状況を少し楽しんでる犬養に協力するのは不本意だが、これ以上の抵抗も無意味だと観念して引き受けた黒であった。

「すまんな、一応この護衛完了までの期間はお前への任務割り当ては基本的に後回しとする、ちょっと多めの休暇だと思ってくれて良い」

「ここのところ忙しくて全然休みが無かったので、それは有難いです」

昨今の異能力者達による事件数が何故か過去よりも跳ね上がっている上に組織の人手不足により繁忙を極め、どこもかしこも文字通り”猫の手”でも借りたい状態であり、それは黒自身が他の加勢や代理遂行の為に良く駆り出されていたのでその大変さを身をもって知っていた。

「最近色々と頑張って貰ってたし、場合によっては護衛任務の方が荷が重い部分も多々あるからな」

少しは労いの意もあるようだが、それと同時に護衛というのは重要な任務である事も認識させられる。

「だが当然人手が足らん緊急時にはお前にも要請するし、ちょくちょくこっちに来て修練だけはやっておいて貰う、完全復帰して早々に『体が鈍ってて仕事できません』なんて言わせられんからな」

「それとほれ、これにも目を通しておいてくれ」

犬養がクリップで留められた二つの書類の束を差し出す、表紙にはS級特異危件報告書と書かれていた。

特異危件(とくいきけん)とは、特別異能力者危険案件の略であり、今回のように異能力を持った人物達が関わるような案件の事を指している。

「昨夜交戦した二人の殺し屋の詳しい資料だ、今回の相手達はS級…中々手応えのある相手だったみたいだな」

犬養からそう言われながら黒は資料を受け取る。

「はい、元々僕自身もそこまでの修羅場を潜ってきてはいない若造ですが、今回は初めて死を覚悟するレベルの相手達でした」

犬養が燻らせていた煙草を灰皿で押し潰し頷く。

「ふむ、昨夜の殺し屋達は最近になってから()()()でも名を挙げてきているようでな」

殺し屋達にとって自分達の痕跡を残すと言うことは敵意を買ったり始末されるリスクであり身の危険を増幅させるものだ。

しかしその反面に裏の界隈での名を挙げる事で自分の価値を吊り上げ報酬を高額にしたり、他の有象無象の同業者から余計な邪魔を入れられない様に多少の幅を利かせられるという効果もある。

「正体が割れる前から名のある人間を殺して回ってた奴等らしい、国を問わず飛び回ってな」

犬養の目はさっきまでの巫山戯ていた目とは打って変わり、鋭い眼光を持ち黒を見つめる。

「だが不思議な事にその殺害対象者達は以前から黒い噂が多く立っていて各自国の政府機関がマークしていた様な連中らしい、だが例え義賊の様な仕業でも公正な機関と規定により厳正に処罰しなければそれは私刑という殺人罪だ」

どうやら犬養の話ぶりによると、彼等には何かの他の理由と目的があって殺し屋をやっているのでは無いかと踏んでいるらしい。

大抵の殺し屋の原動力は金でありその価値基準で動く、だからこそどんなに黒い人物と言われる人間達からも依頼を受けて善人だろうが悪人だろうが同業者だろうが誰でも構わず殺す。

そしてリスクは高まるが真っ当な事よりも悪い事をしている人間の方が大金をすぐに稼げる、その為に日々殺し屋達が受ける依頼の善悪の比重がどうなるかは明々白々だ。

「ま、この世界はそう簡単に出来ちゃいないからな俺達みたいに取り締まる方も居れば、取り締まられる側の人間も居るんだ、そして取り締まる対象がいるからこそ俺らのような組織が存続しているようなもんだがな」

犬養は現実的で余りにドライな此の世の摂理に皮肉の苦笑をする。

「あの二人と戦った時、勝つ為に色々と模索しましたが中々どうしてか容易では無さそうな感じでした」

「お前にそこまで言わせるとはねぇ…」

常日頃から黒の仕事ぶりを評価していた犬養にとって、その黒にそこまで言わしめた"連中"に驚きを隠せなかったとともに、人物像の興味心をグッと惹き付けられた様だった。

「まずは男の方、来門両字は剛王と呼ばれるに相応しい馬鹿力を持っているようで、もし油断し捕まれば此方もひとたまりも無い相手だと思います、また驚くべきは細胞を活性化させた時の副次的作用の自己回復能力が凄まじい」

「不死身か…恐ろしいな、でどう対処するつもりだ?」

「はい、恐らく彼のその再生能力に関しては、ある程度の限界点の様なものがあると想定されます」

「ほう、そう言うことか」

どうやら両字に対する打開策については、全て言わずとも犬養は察したようだ。

「そしてもう一人の女の方、夕霧クロエは来門とはまた違うやり辛さがありますね、彼女に関しては速いスピードと能力の扱い方が抜群に巧いので、兎に角此方がスピードとパワーで上回り圧倒する以外手立ては有りませんね」

「ふむ、手強い相手だな」

犬養はそう呟きながら二つ目の煙草に火を付け煙を燻らせた。

「んでんで、真面目な話はここまでにしてだ。そんでよ〜黒ちゃんよ〜年頃の男子が可愛くていたいけな少女とこれから同棲って内心ワクワクしちゃってんじゃないの〜?」

犬養の顔が一気に緩み、にへらにへらと下世話なオジサン顔になる。

「同棲なんてどうせいっちゅーねん!てなぁ〜」

あまつさえテンションが異様に上がってるのか寒いオヤジギャグまで飛ばしてくる。

「…犬養さん?」

黒は少しだけ軽蔑の眼差しで犬養を冷たく睨みつけた。

「この話、僕は断っても良いんですけど…?僕があの子の庇護者として本当に最適な人材なのかは分かりませんし?」

本当にこのオッサンは巫山戯てばかりで…と内心呆れるばかりだ。

「いやいやいや冗談だ~って!!もう黒さんはこう言う冗談が通じないな〜ホ~ントもう~」

黒の肩を指でちょちょいと突っつきながら、にへら笑いの表情を緩めたままで繕いもせずに言っていやがった。

黒はやれやれと溜息を吐く事しか出来なかった。

取り敢えず護衛を生活を受ける方向で話を終えた二人は、彼女を待たせていた犬養の事務室に戻った。

「えー、此処に居るこいつが今日から君の事を預かるんだ、宜しくな!」

左手でグッドのポーズを作り、そのまま親指を黒の方にクイクイと動かしながら少女に言う。

「えーっと僕は黒と申します、これから君と行動を共にする相手です、どうぞ宜しくね」

こういう時にどう対応するべきか初めての事で良く分からず、取り敢えずこれまでに行った年下の子と接する時のように挨拶をする。

「わ、わわ、私はカンナって言います!!此方こそ何卒宜しくお願いします!」

とても可愛らしい声で慌てて返事を返す、少女の名前はカンナと言うそうだ。

「カンナさんは自身の事をあまり覚えて無いって聞いたんだけど、他に何か少しでも覚えてる事は無いかい?」

「えっと、それが薄っすらと覚えているのがカンナって呼ばれていた事だけで…それ位しか…ごめんなさい」

カンナはそう申し訳なさそうに顔を伏せる。

「いや覚えてないならそれで良いんだ、暫くしたら少しずつ思い出すかもしれないからね大丈夫だよ」

黒は、不安気にそして申し訳なさそうなカンナの様子を見て大丈夫だよと励ました。

「よし!お二人さんの軽~い自己紹介が終わったとこで!」

とても調子の良い声で犬養が間に入る。

「取り敢えずカンナちゃんには建前上は私の親戚という事で犬養カンナと名乗って貰いたい、君の為の身分証は現在急ピッチで作らせ…作ってくれてるところだから少し待っててね!」

急ピッチで作らせてると犬養が言い掛けていたが、多分その身分証の作成担当者に「他の仕事を放ってでも最優先でやって欲しい」と暗に無理を強いてるだろう事が容易に想像がついた。

「犬養さん…」

黒はまたもや呆れ気味の顔で呟く。

この犬養峰児という男は基本的にこの通り周囲の人間達の他力を寄せ集めて押す人間なのだが、他人に嫌みを一切言わないし何か起こったときに庇い助けてくれたりと、此処ぞと言う時にはかなり頼りになる人柄のせいか妙に周囲からの人望はあるものだから侮れない。

「犬養…カンナ…」

カンナは自分に自覚を促すように小さく呟きコクリと頷く。

「で、ひとまず今日はこの子の生活用品を揃えるところからだな」

「えっ!?あの…犬養さん?」

衝撃の一言に唖然とした。

「へへッ、急だったからよなーんもコッチで用意してねぇ!」

あっけらかんと開き直った笑顔で言い切った、言い切りやがった…

「はぁ…分かりましたよ…」

黒の身体から急に疲れが湧いてくる。

「経費としてカンナちゃんの分の生活費は全部コッチで出すからさ〜、後は宜しく!」

憎たらしい程満面の笑顔とグッドポーズで送り出される、いつかその親指を掴んで圧し折ってやろうかと思いながら黒はカンナと部屋を後にしたのだった。

これからカンナの為に生活用品を揃えなくてはなのだが、こんな秘匿情報満載の施設にカンナを無闇に長居させる訳にはいかない、だからまずはここから一刻も早く出なくてはと思った。

ところ道中で後ろから黒を呼ぶ声がする。

「いよぉー!クロっちじゃねーか!」

施設の廊下の突き当たりの方、そこそこ遠い距離からその人物は気さくに声を掛けてくる、気づいて無い振りをしてそのままそそくさと流そうするがその人物はどんどん距離を詰めてくる。

「おーいクロ助〜!おーいおーい」

微妙に呼び名が変わる、そして肩をガシっと掴まれ黒は捕まった。

「うっ…」

正直、今この場では鉢合わせたくなかった何人かの一人だ。

「おお!!?クロ坊よぉ〜なんだいなんだいそんな可愛い子連れちゃってさー、デートか?お年頃?お年頃と言うやつなのかにゃ〜!?」

顔を合わせたくない為にうつ向き気味の黒を、声の主はおちょくる様に言った。

「いやぁ…ただ案内して回ってるだけっすよ」

この声の主は黒にとってはとても親しい人物なのだが、親しいが故に今はとても厄介だなと感じた黒だった。

「えっと、私は犬養カンナと申します!」

黒の横に並びコクンとお辞儀をする。

「やや!なんて礼儀正しい子なんだ!俺はね虎賀大牙(こがたいが)ってゆうんだ、これからヨロシクね〜」

ヒラヒラと手を揺らしながら男は言った、金髪で垢抜けた青年黒よりもいくつか年上で兄貴肌の風格を醸し出していてた、肌は健康的な小麦色派なのだが所謂(いわゆる)ギャル男と呼ばれるような人達程のゴテゴテしさは無い、ただあまり知らない人からしたら絡まれたくは無い相手、つまりは少し不良っぽい見た目ではあった。

「ふーむ、犬養って言うとあの犬養さんの親戚か何かかな?」

カンナの名字を聞いた大牙は自分の考えを巡らせる。

「そうそう!だから今日は少し案内で回っててこれから出るとこだったんだよ!ちょっと急いでてゴメンね大牙君」

取り敢えず早くこの状況を終らせてやり過ごしたい黒は早口で畳み掛ける様に言う。

「そうか〜カンナちゃんもこれから色々と大変だろうけど活躍期待してるよ、頑張ってね!」

「?、えっと…はい!」

多分大河の言った言葉の意味を欠片も理解してないと思うが、カンナは取り敢えずで話を合わせる為にも元気に同意の返事をした。

「大牙さんそれ、なんだかとても重そうな物を持ってますね」

大牙が肩から掛けている大きく黒い革ケースを見てカンナは何気なく言った。

「おーこれね!これは俺の得も…「って、わあああああああああああっ!」

間一髪、黒の絶叫を上から乗せてギリギリ掻き消す。

「クロ助よぉ今日は一体全体どうしたんだ?いつものお前らしくないぞー疲れてるのか?」

黒のただ事ではない程の慌てぶりに大河は訝しんだ。

「い、いやぁー…僕は特にいつも通りだとは思うんすけどね…」

クロは少し疲れた顔して取り繕った。

「っと、いけねぇこれから処理報告に行って来なきゃだった!んじゃまたな二人共!」

大牙は急いで駆けて行こうとするが動く前にまた何かを思い出す。

「あー、そうだった二人にこれをやるよ」

そう言うとおもむろに首に掛けていた翡翠色の勾玉をカンナに、懐から何かの形作られ文字を書かれた和紙のような物を黒に渡した。

「こ、こんな大切そうな物を頂いてしまっても良いんですか?」

突然の贈り物、しかも何やらそこら辺の物では無い様な物品を貰いカンナは戸惑った声を出す。

「良いの良いのー、またそれをくれた奴から新しいの貰うからさー」

「僕にも良いの?」

「お前それ、自分の身がヤバくなったらちゃんと思い出して使えよ〜」

黒が受け取った和紙を指差して軽口で言った。

二人に「それじゃあな!」と言うと、大牙は少し急いでその場を後にした。

とても危なげではあったが何とか誤魔化せた、いや無理矢理に押し通したと言うべきか。

「そう言えば、黒さんも何か持ってらっしゃいますよね?」

「こ、これは木刀だよ!剣道を少しやっててね」

「おー、そうなんですね!」

薄々自分の背負っている物についても尋ねられる事を予感していた黒は何とか言い訳を言い通す事ができた。

その後は特に誰かに捕まると言うことも無く施設を出る事ができた。

いつも一人で行動している黒が今日に限って珍しく同伴者を連れていたので最初は少し驚いた表情をしていたが運転手だったが、すぐに気を取り直し二人に一礼、それに応える様にカンナはペコリと頭を下げて一礼を返したのだった。

車での道中は特に余計な詮索も無くショッピングモールに送って貰い「帰りも送迎が必要でしょうか?」と聞かれたが歩いて帰れるので不要だと黒は丁寧に断りを入れた。

「ここでまずは君の生活必需品、そして今日の晩ご飯の材料を買って帰ろう」

様々な店が中央の広場を囲うように立ち並んでる、まずは寝具を扱っている店に行くことにした。

「そしたら、カンナさんの寝具は布団とベットどっちにしようか」

「私は…あまりお金の掛からない方で…」

カンナが遠慮がちに言うと。

「じゃあベットにしようか〜、カンナさんの部屋になる所はフローリングタイプの予定だからそっちのが方が良いと思う」

黒にとって寝る場所など最低限の快適さがあれば何処でも良いと常に思っていたが、この子には出来るだけ不自由の無い空間を過ごして欲しいと思っていた。

「それに今回は犬養さんがお金を出してくれるらしいからさ、適当に高いの買おう高いの!」

日々の鬱憤の意趣返しに高額商品を、と黒は思って言ったがカンナの反応は思ったのとは違うものだった。

「何を言うんですか黒さん!これから暫く使うものなんですよ、私はちゃんと愛着の湧きそうな物を選びたいです!」

人差し指を上に上げた手を前に出し、まるでお母さんが子供に言い聞かせる様に可愛らしく言うカンナを黒は呆然と見つめる。

「って、お世話になる身なのに偉そうに言ってごめんない!!」

ハッと我に返るカンナ

「ううん、カンナさんの言う通りだ長く使う物だしちゃんと考えて選ぶべきだ」

「物を大切にする」当たり前の事かもしれないが、その心構えを聞き彼女はとても性格の良い子だと言う事を感じた黒だった。

「黒さーん!このベット恐ろしい程フカフカです!」

お試し展示用のベットにポンと座り手を布に擦りつけながら言う、全身をベットに預けてはしゃぐカンナを黒が微笑ましく眺める、そしてカンナがリラックスして目を閉じ寝そうになる。

「カンナさんリラックスしてるとこ悪いけど、このペースだと時間が凄い掛かる事になるからどんどん行こう!」

「あ、そうですね!ついゆっくりしてしまいました」

それから二人は相談しながら商品を品定めし、購入するベットを決めた。

柄は無くシンプルなデザインだが淡いピンク色のシーツと枕に緑と青のチェックが入った掛け布団特に寝心地が良かった物を選んだ、この時期は繁忙期でも無いから数日中には配送してくれるそうだ。

その頃にはお昼時だったので買い物の合間にレストランでお昼ご飯を食べる事にした、黒はカルボナーラパスタでカンナは海老グラタンを注文した。

次は衣服なのだがそこでどうしても黒には難しい問題が頭をよぎる…が取り敢えずそれは後回しにする事にした。

色々な服が並ぶ店内にカンナは目を丸くして見ている、女性用服のコーナーに向かう。

「サイズに合わせた物で気に入ったものあったら教えてね、取り敢えずで数着買って、また今度好きなのを買いに来よう」

黒がそう言うとカンナは少し申し訳なさそうに言う。

「その、私自分のサイズが分からなくて…」

(そういえば記憶が無いんだもんな)

彼女の境遇を考えれば仕方ないものだと黒は悟った。

黒が誰かの服を買うなどと言うことは無かったし、ましてや女性用の衣服をなんて初めての事だ、どうしたらいいか店員さんに頼んで計測をお願いすることにした。

そんな二人を見て、女性の店員さんが何やら微笑ましいものを見るような笑顔で対応をする。

試着室から出てきてサイズが判明したので服を上下何着か気に入ったものを選んで貰った、ちなみにサイズは何故か頑なに黒に見えないように隠された。

「ふぅ、ここまでは何とか…」

黒が懸念していたものそれは

「カンナさん、えっと…服は買ったけど今度はね、その…下着を…ね?」

「そうでした!すっかり忘れてました!」

気まずそうにしどろもどろと切り出す黒とは裏腹にカンナはすんなりと答えた。

女性物の下着コーナーに取り敢えず行って貰い、今度は自分で店員さんに相談しに行って貰った。

幾つか本物の修羅場(死か生かの)を経験しているが、違う意味で此処には出来るだけ居たくないと一番思った。

今日は最後に夕飯の材料を買って帰る事にした。

時間が思ったより早く流れていたようで既に夕日が沈む頃合いになっていた、ショッピングモール内は敷地も建物もすっかりオレンジ色に塗られている。

アイスクリームを車の屋台で出している店を見掛け黒が足を止めた、バニラアイスを二つ注文し二人でベンチに座って食べる。

「昔此処で義理の父の様な存在の人にアイスを買って貰って、良く一緒に食べてたんだ…」

昔を反芻するかの様にボーッとしながら呟く様に言う。

「黒さんのお父様ですか…」

()()()その部分にはあえて触れずにカンナは相槌を打つ。

「まぁ、父と言うよりは僕に生きる術と道筋を教えてくれた師匠と言った方が近いかな」

「それは、とても良い思い出だったんですね」

「なんで?」

「こういう時につい思い出してしまうのは決まって良い思い出なんです、そういうものなんですよ」

カンナはそう言い切ると疑問を浮かべる黒に向かってニコッとに微笑んだ。

「ふふっ」と小さく笑い、無表情だった黒の顔に微かに明るい色が付く。

そして二人はゆっくり歩いて帰路についた。

帰宅しまずは部屋を各箇所に案内する、黒は忙しさで動き回るのがほとんどだった為最低限の家具しかなく部屋もほとんど簡素になっていた。

そして元々使っていなかった空き部屋をカンナに使って貰うことにした。

「この部屋を使って貰おうかな、寝具がまだ無いから今日はそこの押し入れから布団出してね」

「はい、何から何まで御世話になります」

カンナが深々と礼をする。

一息着いたところで黒は夕飯を作ることにした。

師と生活していた頃自立して生きていく為に必須のスキルだとして自炊を勉強するように言われていた、内心は師匠が手作りの美味しいご飯を食べたかっただけだったような気がするが特に悪い気はしていなかった。

買ってきた食材を今日使う分を除いて冷蔵庫に詰め、鍋で水を温め始めその間に野菜を切る、フライパンにバターを伸ばし溶かし溶いた卵をかける色味が少し変わり半透明だった卵の生地が不透明になり始める頃に皿に移す。

卵生地ができる頃に鍋が沸騰したので火を切りその熱で開封したコーンスープ缶を温めておく。

フライパンに油を敷き刻んだ玉ねぎを黄金色になるくらいに炒め、炊飯器で保温していたご飯に笹身肉を入れてケチャップであえる。

先程作った卵生地で出来立てのチキンライスを包めば完成だ。

切った野菜達を皿に盛り付け、温めたコーンスープはマグカップに注ぐ。

「わぁ、こんなに美味しそうなお料理を作れるなんて凄いです!」

カンナは黒が用意した食事にとても感激したようだった。

「まぁレストランとかお店の出来映えと比べると本当に普通の部類だけどね」謙遜する黒をよそにカンナは料理を今すぐにでも食べてしまいたいと言う視線で見つめている。

こうして誰かに褒めて貰うというのは黒も悪い気はしなかった、栄養バランスをの為に極力食事を自分で作るようにと勉強させられた甲斐があったのかもしれない。

「洗面所で手を洗っておいで」

黒がそう言うと「はーい」と素直に返事をしてカンナは歩いていった。

席に付くと「いただきます」をして二人でご飯を食べる、サラダとスープそしてオムライスを美味しそうにパクパクと食べていく。

「おかわりあるけど、いる?」

二皿目を食べている黒がカンナに尋ねた、するとカンナが何かに気づいたようで言った。

「黒さん食べるの早いし良く食べますねー」

黒の食事量は多分一般の人間より断然多い、活動エネルギーを激しく消費し身体の組織構成に必要な栄養素も必須な為である、そして早く食べるのは癖がついているからだと思う、いつ出動の令が下されるか襲撃されるかも分からないと言う生業に就いてる以上隙になる食事は早く済ませるものとされてきた。

「私はもう満腹で無理そうです~」

まだ食べられるなら食べたいと残念そうに言い、御馳走様でしたと手を合わせぐったりとテーブルに覆い被さる、美味しかったです~と呟きながら幸せそうな表情だ。

結局黒は四皿程平らげてから、デザートに買ったプリンも二人で食べたのだった。

食事が終わって少しした頃、訪問者がインターホンを鳴らすした基本的に黒の隠れ家に来る者達と言うのは数が限られる、カンナに少しリビングで待っててくれと言い付け警戒しながら対応するが…

「黒ぉーー!俺だぁーー!」

ドアの向こう側から聞き覚えのある声で直ぐに警戒は解かれた。

「何やってんですか犬養さん…、ちゃんとこっちで判別できますしそもそもここインターホンにカメラ付いてるんでいちいち大声でアピールしなくて良いですよ」

ドアを開け急に来訪してきた犬養に黒は言う。

「すまんすまん、いやー今日カンナちゃんの事を妻に話したら『年頃の女の子に配慮も無いなんて本当にアンタは…』とすんごい怒られた」

悪びれもせず謝る犬養だがどうやら奥さんにこっぴどく呆れられ怒られたようで少し気落ちしてる様だった。

犬養が何か手提げのついた紙袋を渡し黒に言う。

「女性の生活には色々大変なこともあるらしいから御前もちゃんと気を使えよ、あとなんか相談事があれば中のメモにある妻の連絡先に直ぐに連絡してくれってさ」

犬養の奥さんがカンナの事を心配して、荷物とメモを寄越してくれたのはとても有り難かった。

「分かりました」

二人がそうこうしていると、後ろのリビングのドア縁からカンナが顔を出す。

「お、こんばんはカンナちゃん」

犬養が陽気に手を振ると近寄ってきてカンナも挨拶を返した。

「こんばんはー!」

「取り敢えず渡すもんは渡したから後は頼むな、またなカンナちゃん!」

そう言い残し犬養は去っていった、その後カンナには風呂に入ってもらってカンナがこれから住む部屋にベットが置かれるまでの予備の布団を用意して置く。

未熟な自分には色々と前途多難だが「まぁなるようにはなるのかな」と黒は思った。

カンナの後に黒が風呂に入り、二人ともリビングでテレビでも観ながらくつろいだ、22時くらいになったのでカンナを就寝させる事にした。

「今日は色々と有り難う御座いました」

カンナが改めて黒に感謝の言葉を述べる、それに対して黒が慌てて返事をする。

「いやいや、こっちの方こそカンナさんにこんな生活を強いる形になって申し訳ないし、それに…」

少し躊躇って、と言うより照れという感情に近い感覚だったが黒は続けた。

「こう言う風にゆっくりと誰かと過ごすって事が初めてで僕も嬉しかったんだ、だから此方こそ有り難う」

素直な感情を誰かに晒け出すのは恥ずかしい、だが不思議とこの子には今日あったばかりなのに自然と発してしまった。

「ふふふ、あ、そうでした!年上の方に"さん"付けをされるのに慣れてないので出来たらその呼び方は少し変えて頂けると…」

その言葉を聞いて黒も呼び方について同じ様な事を思っていたようで。

「わかったよカンナ、じゃあそしたら僕からもさん付けじゃない方が嬉しいな」と答える。

「えっとえっと、じゃあ黒君で」

まだ少しぎこちないけど、これからしばらく二人で一緒に過ごしていくなら呼び方はフランクな方が良いだろうと言う両者の思いは合致した。

「もうこんな時間だしそろそろおやすみしようか、明日はまた犬養さんのところに伺ってカンナの身分証明を貰って携帯を契約しに行かないといけないからね」

「はい、お休みなさい黒君」

カンナは自室に行って寝に就いたが黒はまだ少しやる事があるため起きていた、自分の部屋で愛刀の手入れをしなくてはいけないからだ。

刀身を鞘から滑らす様に抜き刃渡りを少し眺める、鞘を丁寧に手前に置き目釘抜きで目釘を押し出し絵を保持する。

刀身を後方に向けながら右手で柄を支え左手で拳を握り柄を握った部分を軽く叩く。

刀の茎が半分程見えたところで握り柄を外す。

切羽と鍔そしてはばきを抜き手前に置く、刀身を拭い紙で一度拭う。

刀身の表と裏に三センチ間隔で打ち粉を付け拭い紙で綺麗にするのを何度も繰り返す。

刀身を袱紗(ふくさ)で支え明かりに向けてはばき元から切っ先に向けて刃紋、そして更に刀身を手前に持ち地鉄(じがね)の状態が良好かを観賞する。

「よし…」

一通り観賞し終えて不備がない事を確認した黒はミシン油を刀身に塗り綺麗に拭き取る。

後は先程解体した順序の逆の手順を行う、刀身にはばきを入れ切羽、鍔、切羽の順序で茎に装着し柄の茎に入れてから反対側から柄の底を叩き収めていく。

目釘を入れ、刀身を鞘に納刀して終了だ。

脇差しも同様に手入れを行った。

黒は手入れの終わった刀を少し見つめて暫し想いに更ける。

今日犬養に言われた事だが確かにこの刀は既に相当に使い込まれて傷んできている、だがこの刀は師匠の去り際に譲り受けた物であり黒にとっては勇気と覚悟をくれる御守りの様な物だった、それにまだまだ使えるし新しい刀が自分に馴染むかも分からないから代える気もない。

「さてと、僕も寝ようかな」

明日からまたカンナと生活するのに必要そうな物を手に入れなくてはいけないし、生活初日から疲れてはいられないと思った黒は刀をカムフラージュ様の竹刀袋に収めて布団に潜ると静かに眠りについたのだった。

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