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暗闇に黒猫  作者: Rask
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エピローグ

意識が戻り気付くと、黒は病室のベットに寝ていた。

(どうやら解決したらしい…)

「全然実感が湧かないのだ」と言うのも、今回の事は殆ど同行してくれた大牙と火月、そして黒の意図せぬ暴走と、加勢に来てくれた師匠の功績だ。

(神無を助けにいくと威勢は良かったものの、余りにも情けない…)

「まだまだ、だな…」

此れが黒の率直な感想だった。

そんな風に独りごちているとノックの後に病室のドアが開く、部屋に入ってきたのは何時もの様に白衣を着た未神だ。

「やぁ、黒君失礼するよ」

「こんにちは」

上半身を起こして未神の方を見る。

「どうやら無事に意識が戻ったみたいだね」

「お陰様です」

「あーいや、実は我々は特に何もしてないんだ」

「!?」

「君の自己回復能力の賜物だろうね」

「あれは…本当に自分の事だったのかと、正直に言って分かりません」

暴走した時の黒は意識が朦朧としていた。

「ふむ、話しに依れば君の身体が突然変異したらしいね」

「はい、朦朧としてても意識は在るんですが身体は勝手に動く感じでした」

「ほう」

そう相槌を打つと、未神は暫しの間顎に手を当てながら思考する。

「此れは仮定の話だが、元々君の力として眠っていた物では無いだろうか」

「…!!どうしてそう思うんですか?」

「君は前に歴代の黒を継いだ人間達の過去を視ると言っていたね?」

「はい」

「そして、今回の事件で君は天照の依り代とされる神無さんと関わった」

「彼女も関わっているんですか!?」

「まぁ、あくまで仮定での話さ」

身を乗り出す勢いで聞く黒に、未神は再度念を押す。

「君の能力に関して詳しくは分からないが、発現の切っ掛けとすれば妥当な推察では無いだろうかと思う、どちらにせよ能力に関してはもっと詳しい人に聞いた方が良いだろうね」

その言葉を聞き、一瞬黒の脳裏に師匠の顔が浮かんだ。

二人でそんなやり取りをしていると病室のドアからまたもノック音がする。

「はい、どうぞー」

そして、ドアが横にスライドしていくと手が先に入る。

「よッ!」

「し、師匠!?」

来訪してきたのは黒の師匠龍儀であった。

「結構元気そうじゃねぇか、わざわざ林檎買ってきて損したぜ」

黒の安否を知って尚の言い方なのだが、如何にも師匠らしいなと黒は思った。

「あ、未神君も居たね~」

ヒラヒラと手を振って軽く挨拶をする。

「お久し振りですね龍儀先輩、噂をすればってやつですね」

そう言うと龍儀は何のこっちゃと首を傾げる。

「特に気にしなくて良いですよ、他の仕事もまだ有りますし、お邪魔だと思いますのでそろそろ御暇(おいとま)しようかと…」

「ん?そうかい御疲れさん!」

龍儀がそう声を掛けて未神を見送ると、未神も二人に小さく会釈をして黒も会釈を返すと部屋を出ていった。

龍儀はベットの横にあるパイプ椅子に腰を掛ける、黒はとても久し振りに会えた師匠に色々と聞きたい事があった。

「師匠、久し振り過ぎて何から話したら良いか…」

「ん?今何が食べたい?」

「今はー…って、今はそんな事どうでも良いですよ!」

ははッ、と笑いながら龍儀は見舞いの林檎を隣の棚に置く。

「んーそうだなぁ、先ずは俺から一つ謝っておこうかなと」

「?」

「ここ数年連絡とれずにスマン!」

黒が干支志士の仕事を引き継いだ後、特に黒に何かを伝える訳でも無く、龍儀は安否不明に近かったのだ。

「何があったんです?」

「いやーそれがな、守秘義務違反に当たるから具体的な事は言えないんだが…」

参ったと言う顔をしながら頭に手をやり、龍儀は過去を語り出した。

居なくなる直前頃の話だが、龍儀は三神と呼ばれる地位の一つである闘神に任命された。

そして此の任に就くと、とある場所にて戦闘技術を扱った任務を日々こなしていかなければいけないらしい。

勿論、重大な責のある地位の為に此の事は外部秘であった、なので暫くは外界との連絡を絶つ事が決まりとなっていた。

龍儀は黒に少し挨拶をしてから去るつもりだったのだが、手違いで出立の予定が早まったのだとか。

「いやはや、まさかあんな事になるとはね…」

頭を掻いて龍儀は言った。

「はぁ、何か師匠らしいっちゃ師匠らしいですね~」

戦闘に於いては冷静冷酷、強靭豪胆、に敵を屠る龍儀だが、別の所が色々と抜けているのは昔から変わっていない。

「ところで黒よ、良くやったな」

急にニカッと笑って褒めながら、黒の頭をワシワシと撫でる。

「い、いやいや!僕今回は活躍して無いし、寧ろ足手纏いでしたよ?」

少し照れながら否定をする黒。

「んー?」

「それどころか、僕は危うくあの子を此の手で殺める所だった…」

暴走して神無を自分の手で殺しそうになった場面がフラッシュバックする。

「ったく、昔からそう言う所は変わってねーって言うかよぉー」

龍儀は「下らねぇ」と言った表情で黒に切り出す。

「聞いた話じゃ、御前は全隊の規則を破ってまで助けに行こうとしたんだろ?」

「はい…でもあれはッ…!」

「どういう経緯と結果であれ、御前が発端として起きた作戦なんだ、その御前を除いて何を評価するんだ?」

「…」

「それにだ、確かに暴走したのはあるが、それが逆に功を奏して皆助かった、それで良いじゃねぇか!」

「…」

完全に納得は行かないが、師匠が評価してくれたのは素直に嬉しい事であった。

「質問なんですが、もし今回みたいな事態であれば師匠なら助けに言ってましたか?」

「そりゃ勿論」

当然の如く即答だった。

「安心しました」

此の師にして此の弟子あり。

「そう言えば、師匠が助けに来てくれたのは誰が手配を?やはり犬養さんですか?」

「ん?いや、あいつは()()()()()()()、俺の連絡先は多分握ってただろうが、表面上では知らない事になってる情報だ、こんな大事で公に連絡は出来ないよ」

「それじゃあ、誰が連絡してくれたんですか?」

「霊山のオッサンだよ、いや…ありゃオッサンつぅよりもジジイか…」

以外な人物の名前が出て黒は心底驚いた、無理もない今回で黒の意見に一番反発して止めたのは他の誰でもない神子霊山だったのだから。

「そうなんですか!?僕はてっきり嫌われているからそれは有り得ないと…」

黒のその言葉を聞くと、龍儀は腹が捩れそうな程に大笑いをした。

「な、何なんですか!」

「いやいや、御前の感想が面白くてさー!」

「いやー、噂があったし僕自身も師匠への皮肉を何度も聞かされていたので、すっかり本当の事なのかと…」

「ふふ、あの爺さんは昔から規律を守る事を最善として来たからな、それも間違っちゃいない、一歩間違えれば俺達みたいな人間は凶器どころか殺戮兵器になっちまうからな誰かが抑止しなくちゃいけねぇ、それに…」

「それに?」

「黒はその噂について、何て聞いてたんだ?」

「えっと…簡潔に言えば師匠が三神の座に就き、それに嫉妬した霊山総隊長が師匠を嫌っていると」

「ははッ、やっぱりな、厳密に言うとその噂には幾らか違う部分がある」

「そうなんですか!?」

「あの爺さんは総隊長の任をその実力に見合った人物に渡したいと思ってる、要するに早く引退したいんだよ、そこで俺に目を付けていたらしいが、そこがどっこい今は此れだろ?」

「ああー…先にもっと上の座に就いた師匠に委譲できなくなったんですね」

「そりゃ、爺さんに散々やっかみを言われまくったよ、御前に後を任せる算段だったのにどうしてくれるんだ、とか御前のせいで暫くは楽できないとか」

性格はどうであれ総隊長を務める場合は能力が大事だ、統率力と知性、そして何よりも先に立つのは戦闘力、その評価に値するのが現時点で龍儀だったので霊山の委譲計画は破綻した訳だ。

「そして、あの爺さんは元々ひねくれてるからな、黒の事を連絡してきた時も御前の事を頼むってな」

「い、以外でした…」

黒にとっての霊山は、とても嫌みらしい人間だと思っていたのが今回の話で印象がかなり変わった。

「他に聞きたい事はあるか?」

「師匠は僕が変異した事について何か分かりますか?」

「あー、あれか」

そう言うと、笑っていた龍儀の表情が何時に無く真剣になる。

「昔の話だが、俺達猫の志士で二人だけ異形化した者が居るとか何とか…謎の多い志士の中でも俺達猫は特殊だからな、他の血族が遺伝による継承だが俺達はそうでは無い、重要とされるのは血では無くその者の適性であり、契約による継承だからな」

「確かに…」

「俺が知ってる事も先代からの受け売りをうろ覚え程度だしな、まぁ今後の様子見ってとこかねぇ」

「分かりました」

「他に気になる事とかあるか?」

「じゃあ、最後に一つ…」

さっきとは打って変わり黒の声に真剣さが入る。

「僕は師匠に謝りたい」

「ん、何を?」

「僕のせいで貴方の片眼をダメにした事を…」


昔に黒が師匠と行動を共にして修業をしていた時の話だ。

師匠の元に来て六年程、要するに十二歳になった頃だ、その日は修業の成果を図る為にも師匠の任務に同行する日だった。

何もその日が初めての同行だった訳では無いが、兎に角その時の黒は浮き足立ち、先走っていると言う雰囲気だった。

(少しでも早く師匠に認められたい)

その一心であった。

「能力者関連の事件だが、今回は敵勢力に能力者は居ないとの情報だ、多少楽だとは思うが危険な事には変わり無い、充分に気を引き締めていけよ?」

「は、はい!」

緊張して何時も以上にぎこちない返事をする黒に龍儀は少し思う所があったが、変に気を使って声を掛けても逆効果だろうとスルーした。

指定の持ち場で待機して、龍儀の合図で犯罪者集団を検挙又は脅威だった場合に排除する任務を開始するのだ。

基本的に無能力者達の案件には関わらないのが志士が御上から出されている制約なのだが、今回は能力者が監禁されて違法実験の検体にさせられているとの情報だった。

「表向きには超能力や魔術なんて無い事になっているが、世界は広い、どんなに組織立って隠そうとしてもどこかしらでボロが出る」

黒は昔、龍儀にそう聞いた、干支志士が目指すのは人知れずにそう言う事件を解決し、世の人間に平穏を(もたら)す事だと。

「良いか?此処からは二手に別れる、今の御前の実力なら銃を持った大男でも余裕だろう」

そう言われて後ろから軽く背中を押されると、黒は龍儀の指差す方へと駆けていく。

今回は不気味な廃病院が現場だった、外観はどう考えても整備されていなく、地形が少し歪んでいる感じが見てとれた。

夜間だがそんな事は関係無い、何故なら黒達には猫の眼があるからだ。

関係者用入り口の警備員は一人、広い方の正面入り口は二人だがそっちは龍儀が担当する。

黒が耳に付けていたイヤホンから音が発せられる。

「良いか黒、此処の警備員達は事件への直接的な関与はしていない、極力無殺生に努めて排除しろ」

「了解」

黒は男が立つ扉の真横から壁を走りながら詰め寄る、物凄い速さで壁を蹴りつけているから、普通なら大きな音を立ててもおかしくないが猫の抜き足の様に静かだった。

音もなく忍び寄られた警備員は、側頭部から鞘打ちをされ強い衝撃を受けて気を失う。

「良くやったぞ黒、ま、詳しく知らないとは言え犯罪に加担してる事には変わりねぇ、容赦無く行け」

黒はそのまま裏口の扉に手を掛けて透過する、施設の一階と二階に関して人影は無い、此処には後から増設された地下があると聞かされていた。

(地下に行けば良いか…)

他に警備が無い事は既に割れている、黒は扉を開けて一目散に走ると地下室へと繋がる階段へと進んだ。

此れまでのくろなら一度龍儀に報告し指示を仰ぐ所であったが、その日の黒は違った。

慢心、と言うよりは功名への焦りと言うべきか。

黒が階段を下って行くと、上の階とは違って打って変わって近代的なシステムの作りへとなった。

刀の柄に手を掛けながら少しずつ進んでいく、とても長く狭い廊下が一直線に伸びて扉が幾つもある、そのなかでも実験室は一番奥に配置されていた。

(やけに物静かだな…)

その頃の黒は透過を連発出来ない為、充分に警戒しながらも前進し、実験室の扉を開け放つ。

「なッ…何だ此れは!?」

それは既に研究員達が斬殺された後だった、洗練された切り口で首を跳ねられ、胴を斬り込まれた死体が幾つも散乱している。

「子供がこんな所に何の用だい?」

「!?」

黒の背後から不意に囁かれる、直ぐ様振り向いて刀の鯉久地を切るが鞘から刀身を抜く事は出来なかった。

「ふふふ、怖いかい?」

不気味な男が黒の身体に擦り付き、刀身を抜こうとしている黒の柄頭に手を当てて押さえているのだ。

「くッ!!」

直ぐに刀に掛けていた手を離し、両の手で作った掌底で一気に突き飛ばす。

「ふふふ、ヤンチャな子供だねぇ」

黒が追い討ちで刀を抜いて斬りつけようとするが刀が無い、不気味な男が立ち上がりながら持っているものを黒に見せつけた。

「此れ、なんーだ?」

「…」

それは黒の携帯していた刀だった。

男の見た目は黒いレザージャケットとレザーパンツ、その服には至る所に幾つものシルバーチェーンが施されている。

(あんな格好なのに物音一つしなかった。)

コイツは明らかにヤバいと察知したが既に遅かった。

「黙りじゃあさー…つまらんよ?」

そう言い男は黒の方に刀を投げる、意外な行動に驚きつつも黒はその刀を取ろうと身を乗り出した。

「遊ぼう?」

その言葉を口火に、男は何処から出したかも分からない刀を背の影から出す。

寸で刀を掴む黒、男は鋭く斬りかかる、黒はその太刀を何とか受けとめるが、男の膂力によって吹き飛ばされた。

「ふふっ!死と隣り合わせの感覚に子供も大人も、ましてや男女も関係無い!!」

興奮した男は更に黒へと詰め寄る、手首と脚、それぞれに連撃を打ち込まれるが皮一枚で凌ぐ。

「はぁッはぁッ…アンタは一体何者だ?」

「ボク?ボクは…」

黒の問いに一瞬だけ動きと思考が止まる、そして急に目をギョロリと黒に向けると急速行動に出た。

「ボクの名前は我楽多(がらくた)、そう我楽多だよッ!!」

その動きは常人を逸していた、まるで操り糸で引っ張られる様に手首や足を動かして跳び黒に斬りかかる。

(速いッ!!死ッ…)

「黒ッーーーー!!」

黒の首を刃が捉えようとする直前、龍儀の身体が間に入る。

(氣盾!!)

()()()()()ならば、龍儀の氣の盾で防げたであろう一撃、しかし、その攻撃は普通ではなかった。

「くあッ…!!」

男の鋭利な刃が龍儀の左眼を喰い千切る。

(氣盾・纏龍脚)

氣の纏った足技で弾くと、男は不自然な飛び方で吹き飛ばされて倒れる。

「師匠!!」

「大丈夫だ、御前は下がってろ!!」

心配して駆け寄ろうとする黒に、龍儀は戻れと声を掛けて強く押し返す。

「んふふっ!まぁた誰か来た…」

「御前…変わった能力を使うようだな…」

「んー?新しい奴は中々強そうだ、良いねぇ…」

(話通じてねぇな、こりゃ…)

龍儀は左眼に応急用の血止め帯を貼り終ると、刀を正眼に構えて我楽多の方へと気を注ぐ。

一方の我楽多は刀を特に構えるといった雰囲気では無く、ただただ引き摺る様に持つと言った感じだった。

(チッ、気色の悪い奴だ…)

「恐怖は、毒、そして蜜」

我楽多の身体には無数の傷が刻まれていて、その傷を撫でるようにして指を沿わせて囁く。

生死の競り合いの中で、恐怖と言うものは判断を鈍らせ、最善の選択への一歩を踏み止まらせる。

「ッはぁ!」

我楽多よりも先に龍儀の方が動き出す、正面からの斬り上げ、それを身を捻る様に躱すと、我楽多の反撃の刃が出鱈目に繰り出される。

「んふっ…」

全ての刃を弾き返すと、我楽多は恍惚に満ちた表情で龍儀を見詰める。

「気持ち悪いんだよッ!!」

(氣刃・纒龍牙)

龍儀の太刀から氣の刃が放出され、刀身の長さと幅が大きく変わる。

そのまま龍儀の連撃が我楽多へと襲う。

右腕を狙った振り下ろし、我楽多はそれを横にひらりと避け、反撃の一撃を打つが龍儀はその反撃ごと横薙ぎで返す。

「んはぁッ!」

思いもよらぬ大きな一撃に面を喰らって吹き飛ばされるが我楽多は尚も愉しそうだった。

吹き飛ばされて回転し、足で着地する我楽多を既に龍儀は詰めていた。

「終わりだッ!」

(神速一閃)

龍儀の持つ最高点の速さと力、その一撃が我楽多へと迫る。

「んふふっ!」

まともに斜め左下から振り上げられる様にして当たるが、我楽多はまだ立っていた。

「ザンネン、その左眼のせいで…距離を見誤ったねッ」

我楽多は斬られた場所から血を垂れ流すが、御構い無しに龍儀に反撃する。

「ボクはね、死に近付ければ近付く程昂るんだぁ!!」

黒は戦慄した。

(狂ってる…)

我楽多の、まるで子供が無邪気に棒を振り回すかの様な動きに龍儀が対応する。

動きは可笑しくとも持っている物は凶悪な武器であり、狂気的な力を振り回しているのだ。

刀と左足、挟む様な左右からの両撃、龍儀は足を左拳で防ぎ、クロスさせた右の刀で相手の刃を受け止める。

「くッ…」

何とか凌いで弾くが、神速一閃が止めにならなかったことが響いている、龍儀は明らかに疲れを見せていた。

「師匠!!」

黒が声を掛けようとすると、龍儀は手を出して制止する、此れは手を出すなと言う意味合いよりも、()()()()()にも気配を消しておけと言うことだった。

「涙ぐましいねェ!!でも、アンタが壊れたら次はその子がボクのオモチャだァ…」

我楽多の目には狂気が走っている、黒が初めて死を直感する敵であったが、不思議と怖くは無かった、何故なら師匠の背がそこに在ったからだ。

「そいつは取らぬ狸の皮算用ってやつだ、いや…どちらかってーと捕らぬ猫の皮算用だな…」

そして龍儀は、黒の方へと手を出して声を掛ける。

「黒!しかと見ておけよ、此の技は何時か御前にも会得して貰う」

我楽多は更に楽しみが増えたと笑う。

「何を見せてくれるのかなぁ~!!」

龍儀は発氣(はっけ)する、それとは対照的に我楽多は敵が此れから引き出すであろう未知の力に興味津々だ。

「ハッキリ言って御前の能力が一体どういった物かは分からん、だがそんなの関係ねぇ、全部纏めて叩き斬る!!」

(氣盾・纒龍脚)

龍儀の脚に氣の盾が纒い付く。

「あー、それは見たよ…」

(氣刃・纒龍牙)

龍儀の刀に氣の外装が張り巡らされる。

「それも見た見た…」

我楽多はつまらなそうに吐き捨てる。

(氣砲・纒龍爪)

龍儀の両腕に溢れんばかりの氣の昇圧が放出される。

「何それぇ!!」

子供の様にワクワクしている我楽多は愉しそうに(はしゃ)ぐ。

天触龍鱗(てんしょくりゅうりん)

天をも触れる龍鱗が今、此所にあった。

黒は龍儀の生い立ちこそ余り知らなかったが、後天的になる猫の出自とは異質な事は知っていたし時折感じる節はあった。

龍儀と言う名前からしても、龍の血族と何かしらの縁が有る事は容易に想像が付くが…。

「んふふっ!さぁさぁ、何を見せてくれるんだぁッ!!」

一方の我楽多も身体から異質な物を出す、氣とは違う何か黒い霧めいた物だった。

猫眼(びょうがん)一奧(いちおう)・真明鏡止水)

今度も龍儀から仕掛ける、我楽多へと近付きながら龍爪の放つ氣圧が龍儀の走った両脇の床を抉る。

刹那、龍儀の龍爪が我楽多を捉えるが、我楽多の身体が一瞬黒い霧に紛れる。

暗礁無情(あんしょうむじょう)

我楽多は不気味な笑みを浮かべて龍儀の胸部へと刃を突き立てる。

「ザーンネンッ、此れで終わりだぁッ!!」

我楽多は勝利を確信した。

「ああ、確かに終わりだ…」

不意に背後から声がする。

「はぁ?」

戸惑いの声を上げるのも無理は無い、確かに龍儀を刺した筈なのにそこに龍儀は居なかったのだから。

龍儀は「はぁッ!」と気合いの叫びを上げて我楽多の身体を後ろから胴抜きで両断する。

「あはぁッ!何でだぁ?」

血飛沫を上げながら我楽多の姿勢はグニャリと曲がって崩れ落ちた。 

「んふっ!んふふふふっ!!」

全てが終わった筈なのに嫌な笑い声が響く。

(まだ生きてる!?)

悪夢の様な状況に黒は縮こまりそうになるが、我楽多に対峙した当の龍儀は冷静だった。

「今回は此処までかぁ~、また何処かで合ったら遊ぼう?」

「ハッ、やなこった!」

「んふっ…残ネ…ン」

我楽多が事切れると、龍儀はその遺体の脈を診て確認する。

「終わったな」

刀の血を拭って納めると黒に声を掛けた。

「黒、無事か?」

「は、はい」

黒は自分のせいで龍儀の左眼が傷付いた事にショックを感じたが、龍儀はそれよりも黒の安否を気にしていた。

「悪いが、本部に連絡の方を御願いできるか?」

「分かりました!」

流石に疲れたのか龍儀は後の処理を黒に任せて座り込んだ。


そして、他の部隊の援軍が駆け付けて事後処理に至った。

後日、此の事件が元で黒は現五番隊隊長の竜神清に憎しみの目を向けられる事になるが、黒は当然の成り行きだと自戒した。

「謝りたい事って御前…此の眼の事だったのか?」

龍儀にそう言われ、黒は深く頷く。

「いや、そんな事かよ」

「えっ!?」

意外な返答に黒は虚を突かれて間抜けな声を出す。

「俺ぁ、てっきり秘蔵のムフフ本を勝手に盗み見てた事かと…」

「ちょっ!!何で?」

師匠の急な恥ずかしい暴露が飛び出て、黒は驚いて聞き返す。

「そりゃ、年頃の御前に気付かねぇ訳無いだろ、俺だって昔は思春期真っ盛りの男だったんだからよぉ!」

大きく笑ってまたも黒の髪をワシワシと撫でる。

拍子抜けだった、黒は長年此の事に負い目を感じていたのに当の本人は何も無かったのだ。

いや、本当は苦労もあったのだろうがそれにも勝る器が師匠にはあった。

「なぁ黒よ」

「はい?」

「俺達は職業柄…いや、生業として常に死線を潜っていくものだ」

「はい」

「だから、常に死を覚悟し、己の死への恐怖に打ち勝って最良の選択をしなければならない」

「…」

黒は黙って師の眼を見て言葉を聞く。

「だがな、一つだけその覚悟にも勝る強さがある、それが何だか分かるか?」

師の問いに対して黒は答えあぐねた、黒が今まで戦いの中で大事に抱えていたのは「死への覚悟」だったからだ。

そんな黒に龍儀は、先程のからかう様な物とはハッキリと違う、優しい手で頭を撫でて答えた。

「それはな、大事な者の為に戦うと言う意志だ」

「大事な者の?」

「あの日はな、実は俺も不安だったよ」

「師匠が…?」

「ああ、そりゃ俺だって焦ったり恐怖する事はある」

意外だった、黒からすれば師匠は何時だって無敵で何時だって最強だったからだ。

「俺が此の左眼を失った事に何も思って無かった訳じゃないが、それよりも御前を守れた事に俺はホッとしていたんだ」

その言葉を聞いて黒の眼から涙が零れた、そして今回、自分が神無の為に全てを投げ出そうとした事にも全て合点がいった。

「ったく!泣くな泣くな!」

龍儀はちょっと笑って黒の方から向き変えて背を見せた。

「師匠!僕もっと強くなります!!」

「ああ、当たり前だ!何時か御前にも俺位…いや、それ以上に強くなって貰って楽させて貰わにゃならん!!」

湿っぽい雰囲気が嫌いな師匠は大きく笑う。

「はい!」

黒の勢いの良い返事を聞いて、龍儀はそのまま黒の顔を見ずに背後に手を降りながら去っていった。

大切な人間を殺して、その罰として左目を失ったアラン・グロブナー、大切な人間を守って、その対価として左眼を失った末神龍儀。

結果的に同じ物を失った両者だが、両者には決定的に違うものがあった。

龍儀が去って暫くした後、ドアからまたもノックの音がした。

扉が開くと意外な人物が来訪してきた事に黒はとても驚いた、それは何度か刃を交えた事のある、夕霧クロエだったからだ。

「黒殿、御体の方は大事無いか?」

「ええ、僕自身すら理解できない事で何ですが…」

クロエも黒の異形の姿を見た人間の一人だった、だから一から説明する事は無かったし、黒自身もあまり此の話をしたくなかった。

「えっと、今日はどうして此所に?」

黒がそう尋ねると、クロエは改まった表情で黒を見詰めると頭を深々と下げた。

「黒殿と神無様には今回多大な迷惑を掛けた、どうか謝りたく!」

「ええ!?」

急な事で驚く、クロエは土下座でもせんばかりの勢いだ。

「謝って済む話では無いのは重々承知している」

黒はクロエの言わんとしてる事が分かる、しかしそれは黒にとって不要の謝罪だった。

「止めて下さいクロエさん、今回の事は僕達は互いに信じるものの為に命を戦った、それだけの事ですよ?」

「しかし!私は間違った人間に付いていき、間違った人間を仇だと誤解していた…」

尚も謝罪をしようとするクロエに黒は言った。

「多分、立場が違えば僕も貴女と同じ道を選んでたと思います」

「!?」

「もし僕の師匠が誰かに殺されたら、僕は今までの人生を全てを捧げても復讐する」

「そうか…」

その言葉はクロエにとても沁みた、それはクロエが此まで歩んできた武の道の中で、黒が初めて全力でぶつかった相手だったからだ。

「所でクロエさんはその後の処遇は…?」

「おお、そうだったその話もしなければ」

気を取り直したクロエは、黒に「しまったしまった」と言った雰囲気で話し始めた。

「犬養さんからな私の仕事の経歴から、悪人を選んで始末していた事に置いて、干支志士にて暫くの間社会貢献として外部部隊を勤める事となった」

「ええ!?それはまた凄い!」

意外な事に、クロエは志士の人材として抜擢されたのだ。

「何やら黒殿の師匠である、龍儀殿の口添えと、私の家柄も理由としてはあったとか」

「良かったじゃないですか!それに志士としてもクロエさん程の腕前の人が居てくれたら百人力ですよ!!」

思いがけない事に黒は嬉しくなった。

「そう言われ、頼られると何やら照れ臭い」

クロエは少し決まりが悪そうに笑った。

「それでな、此所に来る前に両字の弔いに行ってきたのだ」

「両字さんはクロエさんの事を一番気に掛けてましたからね」

「ああ…」

そう言うと、間が空いて病室が少し静かになった。

「では、私はそろそろ御暇とさせて頂こう」

そう言い、クロエは椅子から立った。

「はい、クロエさんの今後も気になっていたので聞けて良かったです!」

その時の黒は自然と笑っていた。

「あっ!黒殿の!そのー…」

何かを思い出したかの様にそう言うと、クロエが今までで見せたことの無い恥じらいの様な照れ顔になってどもりながら尋ねる。

「えっ、何ですか?」

「その!りゅ、りゅ…龍儀殿は、お、おお…御付き合いしている御相手とかはいらっしゅるのだろうか?」

いらっしゃるの「ゃ」の所が噛んでいたが、黒は可愛いなと笑ってはいけまいと真剣に答えた。

「いえ!特に居ない筈ですよ、師匠は僕に師事する間はそう言う事も無かったですし、今は特に忙しいと言った感じで仕事に打ち込んでますからね」

「な、何と!それは、それは…」

明らかに嬉しそうな表情に一瞬変わったが、直ぐに何時もの冷静沈着な顔へと変わる。

「安心しました?」

黒がそう尋ねると、今にも嬉しさで跳び跳ねそうなクロエがそれを押し留めてかぶりを振った。

「い、いや、嬉しいとかではありません、ただ少し参考にと…」

あまりハッキリとは発言していなかったが、黒が居る場所では恥ずかしかったのか、別れの挨拶を済ませるとクロエは足早に去っていった。

「ふぅ、クロエさんにもちゃんと此れからの未来がありそうで良かった…」

黒は心から嬉しかった、何度か全力でぶつかったクロエの心根は、とても綺麗だと感じていたからだ。

確かに今までの所業を鑑みるに、志士の活躍での巻き返しは相当苦労する事であろう、しかし黒は信じていた、クロエさんなら必ず出来るだろうと。

また暫くすると最後の来訪者が来た、ノックの後に入ってきたのは犬養だ。

「よぉ、元気か!?」

「はい元気です、今日犬養さんの前に三回も来訪されましたよ」

黒は何度も来訪があった事を犬養に告げる。

「はは、まぁ今回の功労者は御前だ」

「それが、あまり実感が無くて…」

「龍儀はなんつってた?」

「良くやった、と」

「はっは!アイツらしいなぁ、そういやなアイツが帰る際にちょっと話をしてな、御前に言い忘れてた事があったそうだ」

「何と言ってたんですか?」

「『また、アイスでも食いに行こうな、御前の奢りで』だとさ」

「ははっ!師匠らしいや」

犬養から言付けを聞いた黒も笑った。

「そう言えば、神無のその後は…?」

黒がとても気になっていた話だ。

「ああ、その事なんだが…その前に御前にはちょっと話さなきゃ行けない事がある」

「?」

和やかな雰囲気は一変し、犬養の表情は真剣なものに変わっていた。

「一昨日の一件で、我々は一度海外の政府機関と協力を再度確認する運びとなった」

犬養の発言には幾つか驚く事があって、黒は何処から聞き直せば良いか迷った。

「まっ、待ってください一昨日?」

「ああ、御前さんは丸一日寝てたからな」

「えっと、海外の政府機関とは?」

「英国の能力者機関《DAPB》だ」

「責任問題とかですか?」

「いや、只の協力要請だ」

その話を聞き黒は少しホッとした、今回の問題が明るみに出て志士と言う組織に迷惑を掛けたのかと思ったからだ。

「であれば、今回の事とは無縁ですか?」

「いや、それがな、俺は完全に無関係では無いと踏んでいる」

「!?」

「予想だが半々だな、アランはあちらの本国でも色々と厄介な問題を起こしていたらしい」

「此れから起こる何かしらに備えて、解決の調査の協力を…と言う事ですか?」

「察しが良いな、その通りだと私は思っているよ」

犬養は少し疲れた顔で黒の方を見る、無理もない犬養が管理する案件は国家間の信用と安全の綱渡りなのだから。

「それでだ黒、御前さんに仕事を頼みたいんだが…」

「受けますよ」

黒は意気込み強く言った、犬養は黒の即答ぶりに少し驚いた表情をする。

「良いのか!?」

「そりゃ勿論ですよ、身体も自然回復で怪我の状態はほぼ無傷ですからね、少し体力を回復すれば何時でも出動できます!」

「そうか!」

黒のやる気の声に犬養は少し安心したようだ。

黒は黒で内心、先程来た龍儀にモチベーションを上げて貰った事が大きかったようだ。

「それで、内容の方は…」

黒は今すぐからでも取り掛かれないかと犬養に聞こうとするが、犬養に止められた。

「いや、それはおって此方から連絡するから今すぐじゃなくて良い」

「分かりました」

「そんな事より、神無ちゃんの事なんだがな!」

真剣な話題だったのが打って変わる。

「あの子は家に帰ったよ」

「そうですか」

神無が無事に帰れた事に黒は嬉しかったが、その反面此れからはもう会う事は無いのだろうと言う気持ちがあり、寂しさを覚えた。

それでも、黒は神無の為でもあると思う事で自分を押し殺す様にした。

「なぁ黒よ、御前さん此れ被れ」

「へ!?」

急にそう言われ目隠し用の袋を渡される。

「あ、くれぐれも()を使うんじゃないぞ?」

「犬養さん?一体此れはどういう…?」

「身体は回復したつってたし大丈夫だろ、良し入って良いぞ」

手際の良い事で、黒が急な事に戸惑っている間に犬養は黒の手首に手錠を回し、黒に渡した目隠し袋をひったくる。

そして、見知らぬ黒スーツの男女が二人ドアを開けて入ると、丁寧に礼をして挨拶する。

「失礼します」

「いやいやいや、犬養さん!説明は?」

「んーなんだ、言える事はただ一つ、グッドラック?」

「ええー!?」

そのまま黒スーツの男の方に担がれて、黒は拉致られ気味に部屋を出て行った。


~暗転~

とある場所で

とある男の声がする

「あーあー、残念だよ、君はとても優秀だったから期待していたのに…」

男は何かに話し掛けている様だが、目の前には何もない。

しかし、何かの思念の様なものを辿っている様だった。

「全てを簡単に学習し、人の上に立ちたる君ですら、新人類たる者になり得なかった訳だ」

そんな男に気付いた者が居たようだ、警告の様な発言をする。

「おい!御前、そこで一体何をしている?」

高圧的な物言いだが、此の場所を警備しているのであろう、当然の成り行きだった。

しかし、尚も謎の男は独りで話す事を止めることは無かった。

「君は到達者では無かったんだ、そんな人間が未来の人類を如何にして率いる事が出来るのだろうか?」

無視して尚も独り言を呟く男に、とうとう警告者の堪忍袋の緒が切れる。

謎の男の背後から乱暴に肩を掴み振り向かせる。

「おい!止めろ!!」

その一瞬、警告者は目を見開いて驚く事になる。

「なッ、お、御前は…!!」


                          続く

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