因果
一方その頃、黒は裏手に回り込み内部の傭兵を一人、二人と着実に不意討ちで始末していく。
黒の持つ眼で行く先を透視すれば、相手の不意討ちを防ぎ、逆に此方から仕掛ける事も造作無かった。
二人目の傭兵が着けていた通信機から盗み聴くと、正門と中庭付近への応援の要請が掛かっていた。
(二人とも、行動を開始したか…)
黒は地下室の入り口の部屋へと急いで向かうが、色々と部屋数も多く傭兵達が詰めている場所が近い為に時間が掛かる。
(早く、早く行かなければ…)
刀の柄を強く握りしめて固く思う、遠くの方の部屋から応援をと呼ばれて直ぐに出ていく一部隊を身を潜めて躱していく。
火月が言っていた「らしくない」と言う言葉、黒は自身でも強く感じていた。
此れまでの自分は「死を恐れていなかった」からだ。
霊山の言う国家安寧の礎、その尖兵たる干支志士の自分にとって自命や個の感情なぞ何の価値も無いと、自分の人生に関わる人間といずれ訪れる別れの為にも、何処か距離を置いて関わった方が良いと思っていた、現に今までそう言う生き方をしてきたのだ。
だが、神無は違った、黒の此れまでに抱いていた思い込みや生き方をすっかり変えてしまったのだ。
此れが吉と出るか凶と出るかは分からない、だが、黒は掛け替えの無い物の為にひたすら進むしかなかった。
廊下を駆け、地下室に続く部屋の前で警備する兵が二人。
もの凄い速さで駆けてくる黒を視界に捉え片割れが銃を構える、銃口が黒の身体をへと向かうが既に刀身を煌めかせた横薙が男の胴を引き裂く。
「くっそぉ!!」
相方をやられた男が、黒に悪態をつきながら懐のハンドガンで応戦する。
(遅い!!)
硝煙を上げて眼前へと差し迫る弾丸を見切り、黒は瞬動の体にて一刀両断にする。
「はぁ!?んなバっ…」
常人ではあり得無い妙技を見せられて驚愕する男を、黒は一瞬で斬り伏せる。
鮮血に塗れた刀身を拭い紙で拭いながら扉を蹴破る、簡素な部屋にある地下へと続く扉、此処は黒の透視が効かない場所だった、恐らくアランが仕掛けた狭い範囲への強い結界によって阻害されているものだ。
しかし、黒は何があろうと進む、先が見えず、如何なる罠が張り巡らされていようと進むのだ。
取っ手を引き視界には見慣れた暗闇、辛うじて視界に捉えられる範囲の暗闇は黒の持つ猫の眼で暗視の役割を持つ。
息を殺し、足音を極力立てずに階段を下って行く。
何かが聞こえる、それはとても悲痛な叫び声だった。
「っがアぁあァ亜ぁアァ阿!!」
まるで、地獄で悶え苦しむ様な苦悶の叫びだ。
黒は再び腰の鞘に納めた刀の柄を、利き手で握り締め進む。
「ご、ゴロ…ゴロズ、こ、ころ…ろす、殺す!」
そして、続いて憎悪の雄叫びが木霊する。
黒はアランの不意を突く為に、逸る気持ちを抑えてゆっくりと忍び寄る。
不死身の身体を持つ両字が、業火に包まれ熨されるのを遠目から確認する。
アランは不思議な守護結界らしき中にいる神無の方へと視線を移し語り始める、どうやら神無の中に居るもう一つの存在、天照に対して言葉を投げ掛けている様だった。
そしてアランは手をかざし、結界を壊そうと力を放出している。
(まだだ、まだ…)
刀を握る手に力が籠り、歯を喰い縛りながら機を待つ。
どうやら大牙の言っていた通りにアランは中々の実力者だと見受けた、だからこそ黒も油断せずに一瞬で仕留める気構えなのだ。
暫くの結界への干渉、そして遂に天照の維持する力が限界を迎える。
「やった、やったぞ!!」
アランが喜びにうち震える様がありありと分かる声を上げる。
(今だ!)
闇に潜み息を殺し待っていた機、呼吸を大きくし閉じていた眼をカッと見開く。
(神速一閃!!)
全身のバネを捻り限界まで力を生み出す、背後から一迅の風の様に横薙ぎの一太刀が飛んだ。
その頃、大牙に物置小屋の男の始末を任せた火月は跳び跳ねる様に走り回っていた。
「ボスやーい!どっこだー!?出てこーい!!」
隠密だとか潜伏だとか関係無い、堂々と名乗り出て相手をぶちのめすだけだ。
此のままでは切りがないと感じた火月は、突然思い立ったように動きを止める。
「うーん、やっぱ居るなら此の建物だよなぁ…」
刀を肩に掛けながら屋敷の方をまじまじと見る。
刀の峰の方を窓の方へと宛がい狙いを定め、横薙ぎに一閃し一気に割ろうとする。
「っ、せーの!」
が、その刀はぶつかる事は無かった、刀が窓に接触する手前で急激に重みが変化し刀の軌道がネジ曲がった。
「ありり?」
背後から気配を察知、直ぐに火月は身を翻しその場から離れる。
火月の立っていた居たコンクリートの場所が脆くも圧壊する。
「あっぶな!!」
火月は周りを見渡し襲撃者を探す、そして見つけたのは一度顔を合わせた相手だった。
「あれー?御姉さん昨日礼拝堂に居たよね?」
そう話し掛けられたのは彩だ。
「ええ、まさかあの頭のおかしい双子の片割れとまた出くわす事になるなんてね…」
目を瞑り気怠そうに言い、それとは対照的に火月は笑う。
「水月とやり合える御姉さんと戦える!んー、ワックワクするぅ~!!」
言うや否や火月は刀を肩に担ぎ、彩の方へと一気に駆ける。
「ちょっ…!!」
彩は慌てて火月の行く手の方へと手を翳し能力を行使する、火月は持ち前の野生の勘で彩の放つ重力圧を跳ねて回避する。
「ははっ!!」
動きを更に左右自由方向に変えて接近を試みる火月、彩も負けじと能力を連発し対応する。
(ちょこまかと!!)
能力の合間を縫い、何とか彩の元へ辿り着くが火月は自分の身体が急に重くなったと悟る。
「ふふっ…」
ニヤリと彩は笑い、動きの鈍くなった火月の胸元へと銃を突き付けて射程零距離射撃を見舞う。
が、寸前で銃を膝蹴りで弾き飛ばし後ろバク宙で跳ねながら距離を取る。
「っぶなー-!」
火月はまるで割れ物を落としそうになった子供の様に焦った声を上げる。
「あら残念」
火月が違和感を感じたのは、彩の過負荷領域のせいだ。
(一瞬何時もの自分の動きとは明らかに違った…此の人の能力は重力系とは理解したが中々手が出し辛いねこりゃ)
火月は態勢を整え直し、刀を再び肩に担ぐ。
「やるねぇ、御姉さん!」
「貴女こそ、あの子とは負けず劣らず頭がおかしいわね」
(私の過負荷領域に瞬時に反応した、大抵の人間は自分に掛かる重力量が急激に変化したら戸惑って対応が出来なくなるものなのに…此の子は冷静に対応し謎の方法で切り抜けたわ)
皮肉を言いながらも火月の実力を認めて冷静に分析をする彩。
火月も大雑把に戦える相手では無いと何時に無く慎重だ。
「水月と私の性格は正反対だけど、根っこはおんなじだからねぇ」
火月の見立てでは、彩の攻撃は大まかに三パターンだと踏んだ。
(威力高めの一点集中型、相手を押し付けたり動きを止める範囲型、そして自分の周りに相手の動きを鈍らせる空間を形成する領域型)
水月との戦いでは、接近戦でやり合うタイプでは無かったので分からなかった情報だ。
火月は更に次の一手を打つ為に先々の先を取る、一気に彩の方へと駆けて加圧の衝撃を回避する、手をかざす場所を予測して左右に跳ねたりクルクルと回転しながら則宙やバク宙を繰り返し連続して放たれる衝撃を躱していく。
「ほんと、人間業じゃ無いわね…獣みたいだわ」
彩の視線は火月の足元へと注がれる、先程の過負荷領域に対しての動きや攻撃を躱す時の動きを怪しむ。
(恐ろしく速い身のこなし、金光様も驚く程の攻撃力と言っていた)
彩は右手に銃を持ち、左手で能力指定の構えになる。
「へぇー!御姉さん、雰囲気に似合わずバッチバチじゃん」
火月は刀をだらりと下げたまま、汗を拭って言う。
火月としては再度攻撃を仕掛けても良いが、下手に詰めても過負荷領域を喰らい半端な距離では加圧撃をまともに受ける恐れがあった。
(どうやら、あっちはまだ私の能力の詳細には気付いていない、んまぁ…やるならそこが狙い目だねぇ~)
クルクルと刀を回し、肩に担ぎ直す火月。
「そんじゃあ、いくよっ!!」
少し前、金光に思わぬ襲撃を受けた大牙は大刀で防戦一方だった。
「オラオラオラァーーー!!」
超硬度の鉄拳が降り注ぐ雨の様に連打される。
大刀の腹で弾いたり、顔面への拳を見切り反らして避けたりする。
後退し距離を取り反撃する。
(氣砲!!)
氣砲がモロに当たるが、やはり外殻がその衝撃をものともしない。
「ッち!!」
「そんな攻撃じゃあ、俺は沈まんぜぇー!!」
そのまま大牙の方へと突っ込み、辛うじて大刀で受けるが車が衝突したかの様な一撃が襲う。
「かはっ…!!」
頭から少量出血し鮮血の一筋が垂れる。
寸前で発動した氣盾が功を奏して、大刀だけでは防ぎ切れなかった一撃を耐えた。
「わりぃな!どうやら御前と俺は相性が最ッ高に悪いらしい」
ダメージを受けて動きの止まった大牙に対して、金光は止めの右拳を放とうとする。
「オラッ!!…ッ!?」
しかし、その右拳は大牙の身体へと到達する事は無かった。
渾身の一撃に対して渾身の氣盾で反撃したのだ。
「やるねぇ…」
大牙は大刀で金光へと斬りつける。
「けど、そっちの攻撃が通らなきゃ一生勝てねえよ!」
身体で受け止めた刃をそのままに、大牙の腹部を鋼鉄の右蹴りし吹き飛ばす。
「くッ!!」
脇腹を押さえて膝をつく大牙。
「不可思議な能力を使うみてぇだが、効かなきゃ話になんねぇーよ」
壁に爪を立ててニヤリと笑った金光は、まるで手持ち無沙汰かの様に爪を引き、コンクリート材の壁を意図も簡単に裂きながら言う。
「へぇー…まぁ、最後までやってみなきゃ分かんないっしょ!」
見るからに痛々しい怪我を数ヶ所負っている大牙、彼から発せられた信じられない言葉に金光は一瞬驚いて思考が停止した。
そして、数秒の間の後に大笑いをする。
「あっはっはっはっは!!御前馬鹿だ!本当にすんごい大馬鹿者だぁ!」
巫山戯た様子もなく真剣な目付きの大牙を大笑いする。
「だが!!悪くねぇ、好きだぜ、そう言うの」
金光はファイテイングポーズを取る、それに対して大牙は蹌踉めきながらも立ち上がり大刀を正眼に構える。
金光の方が距離を詰める形になり、それを大牙が向かえ撃つ。
両の拳を左右に非対称に突き出し、先ずは大牙の初太刀を左の手元で受け流す、カウンターで放った金光の右拳が大牙へと襲い掛かるがそれに反応して後退し避ける、後退の際に受け流されてダラリと下げた大刀を一気に切り上げて、金光の脇腹辺りを狙うが此れも弾かれる。
(普通ならもう二、三回は洒落にならない一撃を喰らっている筈なのにな、マジで厄介だ)
大牙は心内でそう思うが、泣き言を言っていられる暇も無い。
金光は大牙の大刀を鷲掴みにし、大牙の胸部へと掌底を放つ、此れもモロに喰らい痛みの声を上げながら吹き飛ぶ。
「どうしたんだぁ!全部受けきってやる!もっとこい!!」
疲労よりも損傷が酷い身体を何とか動かし大刀を振るう。
左から右に流すような切り方で頭部を、下段から鋭く斬り上げ足元にも一撃を見舞うが全てが弾かれて虚しく終わる。
「…」
「よぉ、万策尽きたかい?」
力を使い果たしダラリと腕を下げる様な格好になると、金光は降参したのかと訪ねる。
しかし、大牙の目にはその闘志が消えてはいなかった。
「ッ…ハァ!!」
全身全霊を込めた一撃、「神速一閃」が閉鎖された地下空間で炸裂する。
黒の全身が限界まで稼働し、爆発的な距離速度と身体制御速度を生み出す。
此れまで絶対的に敵を葬ってきた、取って置きの一撃だ。
「…!?」
しかし、驚愕を隠せない事実が黒の前に表れる。
「ほぉ…速く鋭い一撃だ、此方が気付いていなければ間違い無く、やられていただろう」
赤く輝く魔法障壁で、黒の刀身は阻まれていた。
「だが、威力は大した事が無いようだなぁ」
黒が更に柄に力を込めるが、アランの障壁が押し返し呆気なく吹き飛ばされた。
「どうしてだ?と言う顔をしているなぁ」
アランは黒の表情を読み取りそう言うと、御丁寧にも語り出す。
「貴様が此の屋敷に侵入した時から既に知っていたのだ、我が結界の領域に入った時点で私の手中に居たと言う訳だ」
高笑いをしながらアランはまた神無の方へと移動していく。
「くッ!」
黒は直ぐに立ち上がりアランへと駆けると刀を振るう、近付いた所でアランの魔術による爆風が黒へと吹き荒れるが、吹き飛ばされた先でバク宙一回転しながら着地をする。
更に灼熱の熱線が黒へと飛び掛かるが、黒は左右に身を翻し躱す。
「すばしっこいな、侵入した鼠では無く、貴様はまるで猫だな」
アランは「クックックッ…」と邪悪な笑みを浮かべて、黒を見詰める。
「昔、貴様の様な男に一度合った事がある、そいつも同じ様な眼をしていたなぁ…」
まるで昔を懐かしむような表情だった。
「それは…僕の師匠だ!!」
「何だと!?貴様が?あの男の…弟子?」
黒の言葉に衝撃を受けるが、次第にアランの表情は満面の笑みへと変わり身を捩る程に高笑いを始める。
「くははははっ!!愉快だぁ、愉快だぞぉ!!」
「!?」
「私はなぁ、此の時を待っていたのだよ、何時か我が目を傷付け奪ったあの男に復讐する事をなぁ!!」
アランは距離の離れた黒の方向へと更に灼熱の熱線を放つ、黒は当然の如く身を翻して避けるが熱波が身体を揺るがす。
そして、背後に何故かアランが存在した、気付いた頃には時既に遅く、隠し刃を剥き出しにした火炎号が黒へと迫る。
「なッ!?」
直ぐに刃を刃で受けるがアランの膂力は凄まじく、そのまま弾かれて壁際まで飛ばされる。
怯む黒に追い打ちを掛けるアラン、火炎号を振るい黒と鍔迫り合いになる。
「クッ…」
「どうした?防戦一方では無いか」
刀をわざと絡ませる様にクルリと捻ると、勢い余って姿勢を崩す黒の腹に右拳を叩き込む。
「ごはッ!!」
「ガッカリだよ、貴様は新しい支配者となり得る者だと言うのに」
悶絶する様な痛みを腹部に感じるが、今はそれどころでは無い。
黒は何とか立ち上がり斬り掛かる、が…その一太刀は悲しくも空を切るだけだった。
「雑魚が…」
アランは黒の右腕を撫で切りにし、鮮血が吹き出す。
「黒君!!」
倒れ込む黒に神無が必死に呼び掛ける。
アランは抵抗が出来ない黒を足蹴にし、その身体が吹き飛ぶ。
「うぐッ…」
床に倒れ込み、うつ伏せになる黒の頭を足で踏みつける。
「貴様如きが私に敵うとでも?」
更に刀身を仕舞った錫杖で肋などを目掛けて、容赦無く叩き付ける。
「止めて下さい!御願いしますッ!!」
神無はアランに懇願する、アランの方へと寄っていき跪くと頭を垂れる。
「私なら、幾らでも協力します、だからどうか…」
その醜悪な笑みで神無の方を睨めつける。
「ほぉう…」
(だ、駄目だ…!)
神無の申し出を止めようと、黒は叫ぼうとするが全身の痛みで声を発する事が出来ない。
アランは神無の方へと近付いて行く、そして神無の髪を掴み上げる。
強く髪を掴み上げられても、悲鳴一つ上げずに神無は堂々とアランの方を見上げる。
「や、め…」
(巫山戯るな、何で神無がそんな目に合わなくてはいけないんだ…)
弱々しくも黒はモゾモゾと身体を動かし、神無に対する扱いに憤る。
「くははははッ!!特殊な能力を持ったが故に、哀れな小娘よ」
「黒君、本当に御免なさい…」
(何故謝る!?神無は悪くない)
「この小娘はなぁ、とっくに記憶を取り戻しておったのだよ、貴様に守って貰う為に利用していたのだ」
「御免なさい、御免なさい、御免なさい…」
(違う、僕は…僕は…)
「黒君、私が悪いの、全部私のせいで…」
(止めろ…謝るな…そんな言葉聞きたくない!君のせいなんかじゃあ無い!!)
「ッく、や…め」
何とかして残り少ない力を振り絞り、か細い声を発する。
無慈悲にも神無の髪を掴んだままのアランが、神無をしげしげと見つめて下衆なニタり笑顔を浮かべる。
「良く見てみれば、中々に器量の良い娘じゃ無いか、能力を抽出した後には変態にでも売りつけようか…」
その言葉を聞いた黒から止め処無い殺意が湧き出す。
(巫山戯るな、神無の為にもコイツは刺し違えてでも此処で殺す!!)
瞬間、黒は刀を抜き放ちアランへと踏み込む、神無を掴む左腕を切り落とそうと、真下から掬い上げる様に真上へと斬り上げる。
万全の時に放つ「神速一閃」よりは速さも劣るが、間違い無く斬るに十分な速度の一撃だった。
しかし、アランはそれに反応し神無の髪を掴んだ左手を放し、躱したその掌からそのまま熱波を放つ。
吹き飛ばされた黒は壁を蹴りつけて反動を殺し、そのままアランの方へと飛び掛かり斬りつける。
「ッはぁ!!」
「ふんッ!」
当に己の限界を超えて一刀に懸ける、アランは火炎号を抜き放ち黒の無銘刀と打ち合わせる。
刃と刃が噛み合い火炎号から業火が滾り出る、そして黒の無銘刀が脆くも切断され刃渡り半分程が飛び散った。
(!?)
自身の得物を破壊され驚く黒に対して、アランはそのまま灼熱の嵐を見舞う。
「ぐはッ!!」
(耐熱の魔術の類いか?だが、所詮付け焼き刃だな)
黒はまたも完膚なきまでに打ちのめされる事になった。
「そんじゃあ、いくよっ!」
火月は左手を上に掲げ、中指と親指を擦り合わせる。
彩はその動きを警戒し、範囲重力を放ち牽制をする。
「おわぁ!!」
驚いた声を上げて跳び避けると火月は彩に抗議する。
「コラコラコラァーー!此方が此れから仕掛けようってのに邪魔しないでよ!」
「いやいや、敵が何かしようってのに黙って見てるわけ無いじゃない」
少し憤慨しながら火月は態勢を整えるが、どうやら一筋縄には行かないかと納得する。
「なら…」
火月は刀を担ぎ直し、またも彩の方へと駆けていく。
(また、猛進してくるだけ?良い加減芸が無いわね…)
彩は再び火月の行く手へと手を翳す、火月は重力圧を避ける為に走る軌道を変えたり飛び跳ねる。
しかし、彩に接近すると身体が急に重くなる、その隙を逃す事は無かった。
「捕まえた!!」
火月は跳ねて逃れようとするが、彩は更に重力圧の力を重ねてくる。
「くッ!!」
宙に舞おうとした身体が地面にへばり付き、まるで踏ん縛られた様な形になった。
「貴方の化け物じみた身のこなしも此れで形無しね」
「ふんぬっ!ぬがぁーー!」
火月は大声を上げながら脱出に奮闘するが、叫びも虚しく身体が何かに押し付けられた様に重かった。
「此れで止めよ!」
彩は勝利を確信した、火月を固定したまま銃を拾い直し頭へと狙いを定める。
しかし、火月は迫りくる死の恐怖など微塵も抱えては居なかった。
「くっそぉー!どうせなら格好良く決めたかったのに」
そう言うと、火月は地面に張り付いた左手の親指と中指を擦り合わせ、そのまま強く弾く。
(月狂化解放ッ!!)
此の切っ掛けを皮切りに、火月が言っていた「アレ」が始まる、火月の目は赤く変色し全身の筋力効率が強化される。
そして何よりも驚くべきは…
「今更何を!!」
彩は火月の自由にはさせまいと、更に能力を強力に行使する、限界に近い強力な能力の行使と連発、既に彩自身も疲労が隠せないレベルだった。
火月の地面へと押さえ付けられた四肢がミシミシと音を立てる、彩はそのまま押し潰そうと段々と着実に重力の凶器を放つ。
(此れでお終いよ!)
巨大な音を立てて、地面を穿つと砂埃が舞う。
彩からしてみれば何時もの様に一人の敵を圧死させて終えた、ただそれだけの事だった。
だが、今日は違った、砂埃の中から舞い跳ぶ者が一人。
「なッ!?何で?」
(落兎一閃!!)
まるで月から落ちてくる兎の様な光景だった、しかしそれは見惚れて良い様なものでは無かった、凄まじい落下速度を付けた一刀が彩を斬り伏せる。
決着がつき、ふわりと着地した火月は刀身を鞘に納めて目を閉じ深呼吸をする、その目を再び見開いた時には普通の黒目に戻っていた。
「金光様…ごめんなさ…」
命費える間際に最後の言葉を呟くが、それは夏の喧騒に掻き消されていった。
火月の特性は「反重力」だ、小柄で細身だが鍛え抜いた肉体とその特性で人外じみた動きを可能にしている。
更に極めつけは決着の際に使った「月狂化解放」だ、此れは一時的に彼女の基礎能力と特殊能力を限界まで高める事ができる。
確かに彩の持つ能力は非常に強いものだったが、火月の方が勝ったと言う事だ。
「よぉ、万策尽きたかい?」
金光の防御力は、ほぼ無敵と言っても良い、そんな絶望的な状態でも大牙は諦めていなかった。
大牙が打ち込んだ斬撃、布石には充分。
今だ闘志が消えていない大牙は金光にニヤリと笑う。
「行くぜぇ!!」
金光は鋭利な指を擦り合わせ、金切りの音を立てながら大牙の方へと駆ける。
大牙は前方五メートルを差し掛かった所で氣盾を発動する。
「あめぇえ!!」
ドンッ!と大きな音を立て突破する、普通なら自分の身体が負傷してもおかしくない衝撃だが金光には関係無い。
大刀で金光の右手刀を受けるが、武骨な左拳が追撃する大牙は後退して避ける。
更に大刀で斬り上げて反撃をするが金光の両腕が遮る、しかし、金光は先程よりも違和感を感じていた。
(おかしい…動きにキレが出てきてやがる、何か変わったのか?)
大牙に対する疑念はあったが、依然として装甲を貫く気配が無かった為に無視をした。
金光は畳み掛ける様に両腕の連撃を放つ、大牙は大刀で受け、受け切らなかった攻撃は躱す事で凌いだ。
大牙は頭から少量の出血をしているが動きが鈍る事は無かった。
「そろそろ、準備は整った…」
大牙がそう呟き、金光の身体に大刀を打ち据える。
「んなもんッ!!…ぐぁ!?」
そして、無敵の盾に綻びが出始める。
(な、なんだ?何が起こった!?)
大牙は更に横薙を繰り出し、咄嗟に金光が両腕を前に出すと斬撃を受けた場所に痛みが走る。
「ッあ…!」
堪らず自分の両腕を確認するが、特に変化は起きていない。
「そらぁ!!」
追撃の振り下ろしが来るが、金光は咄嗟にそれを避ける。
(俺が、避けただとッ!?)
身に迫る攻撃を躱してしまった事実に驚愕する。
(俺が…俺がぁ…今迄どんな攻撃も避けて来なかった此の俺がぁあああ!!)
その身は無傷だが、此れまで全ての攻撃を受けきってきた矜持がズタズタにされた瞬間だった。
「ざっけんなッ!」
少しぐらつきながらも振り絞った右拳を大牙へと放つ、大牙はその右拳すらも大刀で反撃した。
その瞬間、またも強烈な一撃を受ける。
「ぐああぁッ!!」
(何故だ!?硬質化は解けてねぇってのに…まるで)
「まるで中身を掻き回されてるみたいだ…だろ?」
「ッ!?」
「俺の能力はさっきの外氣だけじゃない、と言うか本来の真髄はそこに無い」
「はんッ、見誤ったってぇ事か…」
「我が真髄は…いや、我等が血族の真髄は内氣に在り」
大牙は最後の一撃を振りかぶる、その身は既にボロボロで満身創痍だが動きに遜色は無かった。
「いざッ!」
「うらあぁぁぁッ!!」
雄叫びを上げて金光の最後の矜持が真っ向からぶつかり合う、そして大牙の無慈悲な一刀が両断した。
いや、厳密に言えば金光の身体の表面的なものではなく内面的なものをであった。
(彩…すまん…)
血振りの必要の無かった戦いだった為、大牙は大刀をそのまま背中の大鞘に仕舞うと一息つきながら思いを巡らせた。
(にしても危なかったぜ、もう少し調整が遅れてたら俺の方が殺られてたな…)
先程言っていた真髄は外氣では無いと言う言葉、それは虎の血族にとっての能力は外氣には不向きだからだ、大牙は基礎的な技を齧っているだけに過ぎなかった。
(黒…直ぐ加勢に行けそうに無くてわりぃな…死ぬんじゃねぇぞ…)
そして、大牙疲れ果てた体で倒れ込むと目を瞑った。
刃と刃が噛み合い火炎号から業火が滾り出る、そして黒の無銘刀が脆くも切断され刃渡り半分が飛び散った。
「ぐはッ!!」
そして壮絶な剣戟の末に突き飛ばされ地に臥す、黒の髪を掴み上げて顔を見せるとアランは歯を剥き出しにして嘲笑う。
「貴様の様な虫けらが、光聖術を用いたる私に敵うとでも思ったのか?ぅうんん?」
完全に場を支配するアランは、乱暴に黒に問いただす。
(違う…コイツの魔術は明らかに灼熱や熱線だ、断じて光聖術なんてもんじゃない…)
黒は内心で、何故彼が自身の魔術を光聖術と言い張るのかと怪しんだが口に出す事は無かった。
しかし、アランの圧倒的優位な状況から来る優越感と黒に対する憎悪が増幅する。
「うぅん?何だぁ、その眼はぁ!?」
横たわる黒の顔を何度も何度も蹴りつける、口内を切り口元から血が滴る。
「ッ…僕を此処で殺しても意味は無い、組織の他の人間が追い立てる、オマエの逃げ場は何処にも無いぞ…」
虫の息だが敵に屈する程折れてはいなかった、志士の一人としての意地も有ったが、神無に諦めないように促す為にも此処で折れる訳には行かなかった。
何度も何度も顔を蹴りつけられたからか痛覚が麻痺していき、既に痛いとは感じなかった。
「そろそろ飽きてきたな…此の虫けらは処分するか」
アランは本当に羽虫でも見るかの様に黒を見下ろす。
「ま、待って下さい」
神無はアランの後ろへとすがり、両膝をつく。
「一体、何の真似だ?」
朧気な視界の端で神無のそんな姿を見る黒。
(やめろ、やめてくれ…)
言葉でハッキリと伝えて止めたかったが、今の黒には手足を微細に動かして呻くことしか出来なかった。
「御願いがあります、どうか、どうかそちらの方の助命を御願い致したく…」
丁寧に三指をつくと頭を地面へと下げて平伏する、土下座での懇願だ。
「ほぅ?」
(そんな事をするな…僕の事なんか捨て置け…)
「私が出来ることであれば何でも協力致します、何でも甘んじて受けて見せましょう」
神無は此れから自分の身に起こる全てを覚悟した、此れは一重に黒の命を見逃して貰いたいからだった。
だが、黒からすればその行いこそが今一番にして欲しくない事だった。
「ッ…、くッ…」
「殊勝な心掛けだぁ、まさか他国の人間とはいえ、自分よりも高貴な家の出であり、神の力を宿す者を我が手中に収めるとはなぁ、愉快!実に愉快だぁー!!」
アランの野心が叶った此の瞬間、今まで笑った瞬間のどの場面よりもひときわ大きく高笑いした。
「分かりました天照の依り代たる者よ、ですが」
アランの承諾に一瞬ホッとする神無だが、その言葉には続きがあった。
アランが神無の髪をまた掴み上げようとした瞬間、最後の力を振り絞った黒が立つ、その手には折れて刃先半分になった無銘刀の刃、握る手が滴り出る血で塗れているがもはやそんな事は些事、最後の足掻きだった。
「ぐろッぶなぁぁッ!!」
黒の最後の足掻きは虚しく、振り返ったアランが直ぐに刃を抜き黒の胸部を刺す。
「ですが、やはり危険の芽は摘まなくてはねぇ…」
「そ、そんな!いや…いやぁーー!」
神無が一番に恐れて、一番見たくない光景を現実としてまざまざと見せつけられる。
事切れて仰向けに倒れる黒に、神無は一目散に駆け寄る。
「いやッ!いやッ!いやよ…黒君!ねぇ、返事して黒君!」
そんな二人をアランは冷めた目で見下ろす、此の男は昔から他人の命に興味が無かったのだ、だから黒を殺ったとおぼしき此の一瞬にも、冷静な脳で過去の事を思い返していた。
十五年前、アランに一つの電話が入る、その通話の相手は妹の旦那である夕霧光弘からであった。
『義兄上に大事な話がある』と、義理の親戚だが光弘は日本のかつての名家「夕霧家」の当主だ、同じく似た境遇の家である「グロブナー」と互いの人間の婚姻の間柄で結び付くことで強固な関係性を作ることに成功した。
そんな夕霧光弘だが、アランからすれば良くない話を聞いていた。
「夕霧光弘は最近考えが丸くなっており、クーデターに乗り気では無い」と。
アランは光弘に対して怒りと共に失望をした、「御前も…所詮は只の凡夫だったのか」と。
此のアランと言う男は名家の出自であり、魔術の素養や直ぐに色々な知識や技術を会得出来る自分は特別であり、その他の有象無象の人間を支配し管理するべきだと考えるように育った。
だからこそ野心を持ち壮大な革命計画の為に全てを費やした、そして費やした内の一つの「光弘に嫁がせた妹」もアランにとっては正直に言えば忌々しいものだった。
グロブナー家には代々先天的な魔術の才能があり、その中でも特に特徴的だったものが「光聖術」と呼ばれる聖属性の魔術だ。
兄妹でその才はアリスに継がれたのだ、優秀だが唯一自分の物とする事の出来なかった才能、人一倍の自己愛性と野心を持つ男にはそれが耐え難い程に許せなかった。
幼き頃、アランが指を怪我した時にアリスが光聖術の治癒術で治した事があった。
「兄さん、指大丈夫?」
彼女の手際はとても素晴らしく、端から見ていればとても献身的で健気な妹だった。
「ふん…」
心配して丁寧に状態を確認しようとするが、その手を振り払う。
(私に宿るはずだった才を掠め取った愚妹めが…)
アランが他に差別的であったのに対して、アリスには何処か人間味があって親身であり憎めないところがあった。
アランが光弘にアリスを嫁がせたのは利用できると踏んだのと、もう半分は忌々しく感じていた妹を厄介払いできるからだった。
しかし、皮肉にもその策は逆の結果へと転ずる、アリスの人間性と魅力に惹かれた光弘が子を成した後に自分の考えを改めるからだ。
そしてその日、三方向の思惑が交差する。
イギリス・ロンドンにあるアランの別邸に招き、そこで顔合わと光弘から話したい事があるとの事だった。
どういう内容かは想像に難く無かった。
(どうせ革命の協力を止めたいとか言い出すのであろう…)
アランは事前に雇った人間を使い、夕霧家の内外情報を調べさせた。
幹部や弟子、側付きや料理番隅から隅までだ。
夕霧家では武術を嗜む人間が多かったが、能力の持たない人間でほぼ構成されていた為に制圧は余裕だろう。
(屋敷内の構成人数は五十余人程度、非戦闘員を省けばその半分程度だ、手練れの殺し屋を数人雇えば容易いな)
アランの目論見は着々と進んだ、兼ねてより光弘から教わった夕霧流剣術も会得し、裏で入手した名刀「火炎号」を錫杖に仕込む特注をした。
準備を整えたアランは目的の場所へ本来の待ち合わせ時間より先に向かった、親族の集まりとは言えあちらは第三者を協力者として立ててくるだろう、だからそれよりも先に事を終わらせるのだ。
「あれ?義兄さん、少し御早いですね」
玄関で出迎えたのは光弘だった、アランは少し早めに来てしまった風を装った。
「雪で寒かったでしょう、コート御預かりしましょうか?」
光弘がそう言い手を差し出すがアランは断った。
「いや、大丈夫だ、妹と姪は居るか?」
靴を脱ぐ必要も無く、そのまま玄関から今の方へと二人で歩んでいく。
光弘は「暫く此処に居るのであれば上着を脱げば良いのに」と内心思ったが、自分で何とかしたいのだろうと納得する事にした。
「妻は居間で待って居ます、久し振りにお義兄さんと会えると喜んでおりましたよ、娘は先程一人で遊びに出掛けてしまって…」
「そうか…」
アランは内心ニヤリとした、第三者はまだ到着していないのと、クロエの不在が好都合だったからだ。
アランはクロエの持つ血と才能を惜しいと思っていた、だから上手く御すれば自分の計画に利用できると踏んでいたのだ。
居間の扉が開き自分の実妹の姿が視界に入る。
「兄さん、久し振り!会いたかったわ」
「ああ、私も会いたかったぞ」
アランはそのまま実妹の元へと歩んでいくと、錫杖から刃を抜き放ちアリスの腹部を刺した。
「なッ!?」
「に、兄さん?な、何で…」
突然の出来事に言葉の出ない光弘と、刺されて戸惑いの声しか上げられないアリス。
脚の力が抜けていき、もたれ掛かってくるアリスをゆるりと振るい落とすアラン。
「義兄上!!何故!?」
「忌々しい…」
既にその目は家族を見る目ではなかった、まるで物を見る目、いや汚物でも見る様な嫌悪の目だ。
「私はな耐えていたのだ…野望の為にと御前等に媚を売り私財を投げ売ってきた」
アランが出血し横たわるアリスを見つめ、止めを刺そうとゆっくりと太刀を持ち上げる。
「アラン!!」
光弘は直ぐに「朝霧」の鯉口を切り抜き放つ、鋭く距離を詰めて袈裟斬りにする、だがアランもその一閃を躱し反撃の一突き。
光弘はその反撃の突きを頬を掠めるスレスレで躱すとそのまま横薙ぎにする、アランその刀を受けるが思ったよりも威力が凄まじく後ろへと後退し家具にぶつかる。
「ふんッ!」
邪魔な椅子や机を蹴りや投げで退かす、既に部屋の中の物は散乱していた。
「何故ですか?」
光弘は必死に何かの間違いだと思い込み問い掛ける、しかし此れは現実なのだと刀を握る感覚が光弘に訴えてくる。
(早く救急車を呼べばアリスがもしかしたら…)
「さっき言っただろう、私は耐えてきたと、御前達が無能でも自分の野望の為にと思ってきた…」
アランは今にも殺してやりたいと言う目で光弘を見る。
「それが!御前達の裏切りによって破算だよ」
(やはり、アランは気付いていたか…)
「だからと言って、実の妹を…」
「妹ぉ?最初からそいつを家族と思った事など無い」
「な…なにを!?」
その言葉を光弘は一瞬理解できなかった。
「そもそも、コイツは私の道具に過ぎん、まぁまともに役に立たなかった愚物だがな」
光弘は黙っていた、ただだだその言葉に怒り全身に力が湧き立つ。
夕霧家でありながら光弘は能力を有していない、しかし、だからこそ剣術に全てを費やしてきた。
「いざ…」
正眼の構えで静かに立つ光弘、それに相対してアランは下段構えで対応する。
既に光弘は相手を家族とは思っていない、ただの敵だと断じた、そして冷めた怒りが放たれる。
両者はジリジリと開戦の時を待つ。
そして、先に動いたのは光弘からだった。
振りかぶりアランの脳天を狙うが、アランも刀で弾く、元から折り込み済みだった光弘は弾かれた力を利用して腕を回転させそのまま切り上げる、アランもそれを何とか躱し横薙ぐが光弘はその刃を弾くと、そのまま小回りの効く手元を狙う。
「ちッ!」
手の甲を刃が掠めてアランが舌を打つ。
光弘は更に畳み掛けようと、袈裟斬りに斬り掛かり、アランは何とか躱し光弘に体当たりするが、光弘は吹き飛んだ先の壁を蹴り威力を殺すとそのまま駆けてアランへと詰める。
(夕霧流・斜陽突)
(やはり、剣術体術では彼方に分があるか…)
アランは自分に剣術を教えた光弘の実力を知っていた、だからこそ、その部分を認めていたし惜しいとも思っていた。
(だが、だがなぁ!)
光弘は恐ろしく速く鋭い突きをアランの胸部へと見舞おうとするが。
(御前はやはり、凡夫だぁ!!)
光弘の一突きがアランに到達する寸前、アランの起こした小爆発で横から吹き飛ばされる。
「クッ…!!」
吹き飛ばされた身体を直ぐに起こすが渾身の一撃に疲労し、既に距離を詰めたアランに袈裟斬りにされる。
「ぐあああッ…!!」
「能力の無い御前に元から勝ち目など無かったのだよ」
左の肩から右腹部まで斬りつけられた光弘は、敢えなく倒れて散った。
「ううッ…光弘さん…」
微かに光弘に呼び掛けて這いずる者が一人、それはアリスだった。
「おーおー、治癒術で生き長らえたか、しぶといことだぁ」
口から血を垂らせながら、アリスは光弘の元へと這い近付いていく。
既に脅威を感じていないアランは興味が失せていた。
光弘の元へと辿り着いたアリスは、光弘の手を握りもう片方の手で頬を擦る、その目には涙が一筋流れていた。
「ううッ…兄さん…最後に一つ御願いがあります…」
弱々しく今にも力尽きそうになるが振り絞る。
「何だ?」
アランにとっては毛ほども興味は無かったが返事をする。
「クロエだけは…たす…け…」
最後までハッキリと言えずに意識を断つ、まともな処置も出来ずに出血したのだから当然の事でもあった。
(ああ、言われずともそうするとも、御前達の才を引き継いだ娘は私が一流の駒に育ててやる)
アランは笑いが止まらなかった、自分を裏切って平和の道を歩もうとした二人が、最後の最後で最高の置き土産を残していったのだから。
それから、事の顛末は黒の師匠である龍儀の報告書へと繋がっていくのである。
「黒君!黒君!」
神無は身動き一つしない黒を揺すり、必死に呼び掛けるが返事は無い。
「御免なさい、私のせいで…私が黒君を巻き込んだから…」
神無の目からポロポロと涙が流れる、黒がこうなったのは自分のせいだと感じたからだ。
神無が拐われた昨晩の花火の日、実は神無は既に記憶を取り戻していた、近衛家の人間として生活をしている移動中に謎の勢力に襲撃され昏倒させられた後に記憶を消されたのだ。
本当は正直に伝えて犬養さんに相談し、早々に近衛家へと帰るべきだった。
しかし、神無は黒と過ごす時間がとっても好きで、とても心地好く甘えてしまった。
それに黒が普通の人間では無い事も薄々気付いていたが、神無にとってはどうでも良かった、黒がどんな生い立ちや宿命を負っていようと、優しい黒を知っていたからだ。
ヒタヒタと零れ落ちる涙が黒の頬へと落ちていく、まるで枯れた大地に降り落ちる水の様に。
(此れは報いだ…無力で愚かな私への…)
胸を刺された瞬間、黒は此れまで感じたことの無い冷たい物が身体を貫く感覚がした。
一瞬の事だったので痛みなど無かった、多分痛覚とかが働く前に脳が防衛本能で遮断したのだろう。
不思議だが段々と寒くなっていく、止めどなく流れる血が身体から漏れ出て逃げていくからだろう。
寸前まで滝のように汗が滴る程だったのだ、それ程までに暑かったと言うのに今は恐ろしく寒い。
既に手足に力は入らなくて、視界は真っ暗だ、聴覚も少しずつ弱まっていき遠くで神無が叫び泣いている気がする。
(駄目だ…もう何も考えられない…)
身体の中の液体が臓器らしき辺りをヌルりと動く感覚がしたのが最後、そこで意識は途絶えた。
「もう良いだろう…」
黒の胸元に手と顔を押し当てて泣きじゃくる神無に、アランは呆れた声で呼び掛けるが神無は一向に動こうとしない。
「おい!良い加減にしろッ!!」
言うことを聞かない神無に、アランは苛立ち激怒する。
(ああ…消え去って行く、全てが…僕の無力のせいで大切な人が目の前で傷付く)
「五月蝿い!喚くな!」
アランは乱暴に肩を掴み、黒の身体から神無を離そうとする。
(!?…何で意識が?)
不思議だった、失われて闇に消え去って行った意識が徐々に覚醒する。
(コイツだけは…コイツだけは許さないッ!!)
覚醒する意識と感覚、ただ何故か自分の意志で身体を動かす事は出来なかった。
埒が開かないとアランが力ずくで連れていこうとするが。
「ッグルルゥ…」
まるで獣が静かに鳴くかの様な声が、既に戦闘不能になった黒の方から聞こえる。
「な、何だそれは!?」
神無の身体を引っ張り強引に引き寄せたアランは目の前に視界を向ける、そして黒の姿が異形に変わっていくのを見て驚愕する。
(くそッ!意識は在るのに身体の自由が聞かない!)
黒の身体は右腕と左足が変容し獣毛の様な物が覆い尽くし、その眼は従来の能力を引き出した時の様な猫目だ。
「くッ!!」
アランは神無を後ろに突き飛ばすと火炎号を抜き放ち、黒らしき者へと斬り掛かる。
ガキンッ!と金属を何かにぶつける様な音を響かせる、アランは渾身の一刀を降り下ろしたが黒の獣の右腕がそれを掴み受ける。
「何ィ!?」
恐ろしく凄まじい力で刀は固定され、アランは今迄に無い程に動揺する。
「化物めッ!!」
刀を握る左手を離し黒の方へと灼熱の嵐を見舞う、辺りは赤々と光輝き、そのたった一瞬の炎上だけでもコンクリート壁に囲まれた地下室は一気に温度が上がる。
(手応えはあった、流石にどんな物であろうと燃やし尽くす我が術には敵わぬだろう…)
アランはそう確信した、燃え上がる炎の光が消え去るまでは。
「グルルァッ!!」
獣の雄叫びの様な物が聞こえ光が消えると、化け物が無傷のままで立っている。
「ふっ…巫山戯るなぁッー!」
常軌の逸する敵にアランは錯乱しながらも攻撃しようとする。
「く、黒君?」
恐る恐るだが神無が呼び掛けるが、黒からの返事は無い。
(な、んだ…、ナンデ僕ハ立っテてテて…ナン…で)
身体は回復したが、段々と意識が何かに侵食されていく様な気がする。
(なんデテテテテて、殺ス殺す殺すコロス殺スころころこすコス)
「グルルルルッ!!」
異形の黒はアランの方へと駆ける、アランも何とか退けようと火炎号に炎を纏わせて応戦する。
まるで人類が火で獣を追い払う様な光景になるが、此れは只の迷信だ、獣は見慣れない物に対して単に怯えているのであって、火自体を怯えている訳で無い。
アランは黒の首元や左腕と右足、おおよそでまだ人であろう部位を狙うことにした。
「ふんぬああッ!」
既に先程までの余裕は無い、思いきって首元を横薙ぐが黒は姿勢を低くして躱す、続け様に返し刃で左腕の根元辺りを袈裟斬りにしようとするが少し掠めた程度で後ろへ飛び退かれ逃げられる。
「く、クソがぁ!」
明らかに以前までの黒とは動きが違った、速さや獣の様な動き方、そして何よりも筋力効率が変わったせいか凄まじい力を発揮している。
「グルルルァッ!!」
黒が右拳でアランを突き飛ばすと、物凄い威力で吹き飛び後退させられる。
(な、何だ此の力はッ…)
一度死んだ人間とは思えない程の膂力、そしてアランが何よりも恐怖を覚えたのがその丈夫な身体だ、火炎号で斬りつけて延焼すれば大抵の人間は無事では済まない、しかし黒の身体はその炎の攻撃すらも物ともしていないのだ。
駆けてくる黒に小爆発を起こし吹き飛ばそうとするが、その身は重く揺るがずアランへと突き進む。
アランは灼熱の嵐で迎え撃つ、一瞬だけ黒の全身を覆うが振り払われてそのまま爪で横薙ぎを繰り出してくる。
横薙ぎの右爪を何とか刃で受け止めるが、続く左足の蹴りがアランの腹部へ命中する。
「うぐぁッ!き、貴様…」
蹌踉めきながらも刀で牽制し後退するが、明らかに形勢が逆転していた。
(クッ、此の化物をヤるにはあれしか在るまい…、確かに速さと力は飛躍的に上がっているが、攻撃のパターンはまるで動物だ)
敵を分析し即座に企む、直情的な黒に対して理性を持って策を弄するのだ。
「グルルルルッ」
またも獣の叫びを上げながら猛進してくるが、アランはここぞとばかりに罠を発動する。
(インフェルノチェイン!!)
黒の周囲の地面から業火の涌き出てくると、瞬時に巻き付いて拘束する。
(くくくッ!掛かったな…化物め!)
異形化していない部分を庇いながら拘束を受けるが、明らかに先の魔術とは違い効果が見られた。
「グアアアアッ!!」
黒が灼熱の拘束鎖に捕まり踠いていると、アランは止めを刺そうと必殺の高位魔術詠唱を始める。
「黒殿ぉッーーー!!」
幾ら人外級の耐久力を持っていてもアランの渾身の一撃を喰らえば焼死は必至、気絶から覚醒したクロエがアランの方へと太刀を抜き放ち鎌鼬を放つ。
「ぐぬぅ!!クロエ…貴様ぁ!!」
詠唱を中断し咄嗟に左腕で鎌鼬を防ぐ、しかし致命傷は何とか避けたが結果的に左腕を深く斬りつけられる事となった。
苦痛に呻き、憎悪に塗れるその姿には、既に姪に対する外面は取繕われていなかった。
「アランッ!!」
クロエは未だに蹌踉めく身体を奮起させて動かす。
「良くも我が両親を殺し、剰え私までも利用するとはッ!」
(己の愚かさに、今一度慚愧する…!!)
クロエがそう決心し、太刀を再び構えるとアランはニヤリと嗤う。
「クックック…親類だからと疑いもせずに私の元で働く御前は滑稽でとても可笑しかったぞ」
その言葉に対して冷ややかな怒りを携えたクロエは、黙って鎌鼬を二発射出する。
「ぬうッ!!」
鎌鼬を灼熱の渦が描き消す、クロエはそれを想定済みで距離を詰める。
「はぁッ!!」
クロエが振るう朝霧の鋭い横薙がアランの胴に喰らいつこうとするが、その太刀をアランは火炎号を抜き放って受け止める。
「ハハッ、思えば御前とこうして相対するのも初めてだなぁ、大きくなったなぁ我が姪よ」
「貴様はもう私の叔父などでは無いッ!!」
歯軋りをする程にクロエは激昂しながら鍔迫り合いをする。
クロエは相手の刃を弾き返し、風を纏った刃をアランへと振るう、しかしその刃はアランの焔を纏う刃と相対し相殺される。
いや、相殺どころか風の勢いを炎が喰う形となる。
「なッ!?」
その勢いで一気にアランが押し返し、クロエは多少の炎熱を喰らいながら後退する事となった。
「クロエよ、御前にはまだまだ利用価値が有る…今からでも私と新世界の創生に協力しないか?」
アランは炎の纏う刃を片手に、空いている方の血塗れた左手を差し伸べる様にクロエへと出す。
「何を巫山戯た事を…絶対に断るッ!!」
風を纏っても勢いを喰われるだけだとと知ったクロエは、普通に斬り結ぶ事にした。
昨夜からの連戦と傷付いた身体と心、常人なら既に耐えられないレベルだが、クロエは力を振り絞って立ち上がる、何故なら此の十五年間自分が身命を懸けて追ってきた仇が目の前に居るのだから。
「はああッ!!」
(ほぅ、能力の相性が悪いと視て純粋な剣術の勝負に切り変えたか…)
クロエがアランへと詰め寄り、袈裟斬り斬り上げ突くの三連撃を見舞う。
「我流で此の領域に達するとは大したものだ…だが…」
アランはそう言い掛けると、袈裟斬りを退いて躱し斬り上げを横に避ける、そして突きを放ったクロエの太刀に対して自身の太刀を交えて巻き上げる。
「なッ!?」
クロエが驚愕すると共にアランはクロエの身体を蹴り飛ばす。
「しかし、所詮は我流だァ!!」
蹴り飛ばされて何とか脚で踏ん張り構えるクロエだが、アランが反撃の刃を放つ。
「夕霧流・朝靄」
アランの斬撃の間合いを把握していたクロエは、その間合いから半歩後退して避けた。
そう避けた…筈だった、しかし結果的にクロエは肩から血飛沫を上げる事となる。
「うッ…!!」
アランが放った技は夕霧流の「朝靄」、此の技は相手に斬りつける瞬間に柄を滑らせて片手で斬りつける、その時相手は間合いを見切ったと錯覚していて、その油断から生じる隙を喰らうと言うものだ。
跪き肩からの出血を押さえるクロエに対して、アランは刀を振りかぶる。
「選択を見誤らなければ御前にもまだ未来があったのにな…本当に残念だ…」
「クロエさんッ!!」
神無が飛び出しクロエを守ろうと前に出る。
「!?神無様!」
「どけぇ!!愚かな小娘がッ!!」
アランが神無を突き飛ばし退かそうとするが、それは叶わなかった、拘束を解いた黒がアランへと詰め寄ったからだ。
「ぬおッ!?」
異形化する前に比べても、それ以上に速い速度と威力で放たれた一撃はアランの腹を軽く抉る。
「ば、化物め…」
「グオオオオオオオォォォォッ!!」
獣の様な雄叫びを挙げ、そこには以前の黒の理性など欠片も無かった。
(あ…たま…が…われそうだ…)
「ゴロ…す、ころすコロスゴロスろすコロス!!」
獣はそう呟くと無差別に攻撃を始める、近くにいた神無を視線に捉える。
「黒君?」
右腕の鋭い爪を振りかぶると、徐に神無へと下ろす。
「いけない!黒殿ッ!!」
クロエがどうにか神無の前へと出でて、爪の凶撃を刀で喰い止める。
しかし、喰い止めたのを邪魔に思った獣は横に蹴り飛ばしてクロエを退ける。
「ぐはッ!」
そのまま獣は神無を突き飛ばして、上乗りになる。
「痛ッ…」
神無は痛みに声を上げるが耐えた。
黒は自分の身体が勝手に動き暴走していくのを、意識だけ別にある事に抵抗していた。
(巫山戯るな…止めろ!止めてくれ!!止まれよ!!!)
「御免ね…黒君、私が貴方と関わらなければこんな事に成らなかったのにね…」
(止まれ止まれ止まれ止まれ!誰か…頼むから止めてくれ…)
覚悟を当に決めた神無はそう囁くと目を瞑った、獣は依然として暴走し左手で神無の首を絞めようと掛けていく。
(嫌だッ!!神無を救ってくれ…誰でも良いから…)
そう黒が強く祈った時、背後から謎の声が掛かった。
「たくッ、女の子には優しくしろって教えたろうが未熟者…」
そう言われるや否や強烈な一撃が獣に放たれる、横下から掬い上げるように蹴り上げられ吹き飛ばされた。
「グウウウウッ!!」
獣は受け身を取り襲撃者を視界に捉える、そこに居たのは見覚えのある男が立っていた。
「よぉ!久し振りだな、まだまだ手の掛かる弟子よ!」
黒の師匠である龍儀だった。
昔の頃の姿よりは歳を取った姿の龍儀だが、何よりも変わったのはその隻眼だ、とある事件によって片眼を失い眼帯をしている。
しかし、現役バリバリで仕事に当たっている龍儀の実力は遜色無い。
「神格化…いや、堕落化したか…黒よ」
「グルルルルゥ…」
此処に来て初めて獣は脅威を感じている。
龍儀は辺りを少し見回すと、黒の使っていた無惨に折られた無銘刀を見つける。
「御前…まだ此れ使ってたのか…」
そう言うなり、足の甲に引っ掻けて跳ね上げると半分刃を失った刀を掴む。
「さぁ…来な」
そう言いながら右手に刀を携えて、左手で指をクイクイと引く。
その宣言から間髪入れずに獣が突進する、右爪で龍儀を八つ裂きにしようとするが軽く往なす、それどころか龍儀は獣化した部位を敢えて狙って反撃を加える。
(氣盾・纏龍脚)
氣を纏う脚で獣の一撃を弾き、更にそのまま反動生かして下段後ろ回し蹴りにし獣の足を引っ掛けて転ばせる、獣は腕を地面に出して着地しようとするが、その右腕を龍儀が斬りつける。
(氣刃・纏龍牙)
普通なら既に届かない距離の半刃刀から、氣の刃を伸ばして斬りつける。
呻き声を上げながら辛くも左腕の方で受け身を取り、直ぐ様に後退して距離を取る。
右腕から流血しているが、化物並みの再生能力で直ぐ様に回復する。
「精根尽き果てるまでやろうってのか…良いぜ、可愛い弟子よ」
そう言い終わると、龍儀は辺りを見回してクロエを見つけると神無の方に手を差して言う。
「そちらの凛々しく美しいお嬢さん、そこに座り込んでいる子を頼めるかい?」
「うつ…!?りょ、了承した!」
剣一筋、男性から美しいと言われて生まれて初めての動揺をするも、クロエは神無の警護をすると了承した。
(見覚えがある…此の人はあの時の…)
龍儀は静かに刀を正眼に構え直す、獣もそれに対して前傾に構える。
クロエが神無を庇うように前に出ると、二つの影が動き出す。
「グルルルッ!」
先手を打ったのは獣の方だった、溜めた力を目一杯に込めて全身の筋力をバネにする。
それに対して龍儀は正眼から少し刀身を下げて待ち構える、氣を纏わせた刃だけでは無く、その眼は黒と似たような眼になっていた。
「グルアアァァッ!!!」
(明鏡止水・神速返し)
獣の超速超威力の一爪が龍儀へと襲うが、龍儀はその爪を寸で躱す様に刃を通しそのまま黒の変異した右腕を喰い破るように斬った。
「神速一閃…いや、此の状態で使ったなら神速一爪って所か…」
鮮血に塗れて倒れ込む黒を見て龍儀は冷静にそう呟く、異形化した身体はまだそのままだったが、斬られたダメージとスタミナが切れたらしく暴走は止まった。
「黒君ッ!!」
クロエの影で見ていた神無が声を掛ける。
「大丈夫だ心配しなくて良い、今の状態で回復が終われば時期に元の姿に戻るよ」
黒を心配する神無に対して龍儀は優しく諭す。
「んで?そこのアンタは?」
視線をズラすと息を切らせ膝を着くアランが居た。
「貴様は…あの時の…その顔忘れんぞ!」
憎々しげな目で声を荒げて言う、一方の龍儀の方は余り興味の無い雰囲気だ。
「貴様に奪われた此の左目がなぁ!疼くのだよ、奴を殺せとなぁ!!」
「そりゃまたどうも大変だねぇ…俺も隻眼に成っちまったがそんな事にはなっとらんよ」
他人事の様な悠々とした口振りに、アランの怒りは更に高まる。
「まぁ良いさ、俺もあの日の清算に来たんだ…」
アランは「獣化した黒」と言う脅威が消え安堵すると共に此れを好機と捉えた、やっと過去の自分の仇を討つ事が出来ると。
「死ねぇ!!」
(ファイアリー!)
死を叫ぶアランは灼熱の炎を龍儀へと見舞う。
(氣盾!!)
龍儀は黙ったまま手を前に出すと、炎熱を氣の盾が防ぎ周囲の視界が一瞬だけ見えなくなる。
「きえいッ!!」
既に目の前にまで詰め寄っていたアランの火炎号が龍儀の首元へと迫っていた、その一撃は明らかに手負いの初老の物ではなかった。
此の場に居る、獣化黒を除いた誰もが完全に反応出来なかったであろう完璧な一撃、しかし龍儀は文字通り首の皮一枚分掠らせる程度に身を退いて刃を躱し、反撃の斬り上げ横胴で応じた。
「ぬううッ…き、貴様…」
龍儀は既に決着がついたと、半刃刀を持つ手を下げる。
「な、何故だ…何故此の私が…?」
どんな才能にも恵まれてどんな人間よりも上に立っていたと思っていた男は、今突き付けられた現実を受け入れる事が出来なかった。
身体から静かに鮮血が染みだし、アランは力無く崩れ落ちる。
「み、道連れにじでやる…」
内臓を傷付け口から血を吐くアランは捨て身の高位呪文を詠唱する。
「ったく!往生際が悪いねぇ…」
龍儀は慌てて強制の停止に持って行こうとするが、アランの自爆呪文の方が早い。
(クソッ!今からあそこの嬢ちゃん二人と黒を担いでいくなんて物理的に無理だ!!)
仕方無く、龍儀も捨て身の守りで対するしかないと即断する、掌に氣を集めて円丸を作り出し炎の爆発を封じ込める、恐らく一番中心地にいる龍儀は無事では済まないだろう。
そんな龍儀の行動を他所に背後から人の気配がする。
「なぁ、アンタに頼みがあるんだ…」
「!?」
その正体は焦熱に焼かれて一度力尽きた両字だった、その身は火傷の痕が回復せずに痛々しいものだった。
「お嬢を、夕霧クロエの今後の処遇を良い方へと進むように御願いしたい」
「ああ」
両字の切なる願いは龍儀に託される。
「お嬢ーッ!!」
クロエに向かって全身全霊の叫びを上げる。
「両字…待て!」
「お元気で!!」
そう言いニッと笑うと、両字は今にも自爆しようとしているアランの方へと駆けていく。
アランの身体は急激に発熱を始める、両字がその発火体を自身で抑える、更に龍儀が後に続き操氣により抑え込む。
「ギギギ…ギザマラァァァァッ!ジャマヲシヤガッテ!!」
「言っただろうが…御前は俺が殺すってよぉ!地獄まで付き合ってやるぜぇ…」
やがて発火は大爆発に変わり超密度のエネルギーへ変換される、しかしそれは両字が身を呈して覆い、更に龍儀の操氣で作られた簡易的な結界によって密閉される。
そして、結界が耐えきれなくなるとガラスのボールに亀裂が入る様にして破られる、すると「ドゴオオオオオオオッ」と大きな音と真空波が広がった。
「きゃあ!」
「クッ、神無様!!」
驚いて吹き飛びそうになる神無の身体を抑えて、クロエは壁に手を付く。
地下空間の天井灯が幾つか吹き飛びガラスが散らばり飛ぶが、神無とクロエと横たわる黒に向かって飛んできた破片は全て、クロエが起こした風で弾き飛ばしたので何とか無事であった。
「良かった、二人とも大事には至らなかった様だな」
「あの!有り難う御座います、助かりました」
丁寧に神無が礼を述べ、クロエも会釈をすると龍儀もそれに答えて頷く、そして龍儀はそこからクロエへと眼を向けて徐に抱き上げた。
「わわわ!な、何をッ!?」
「クロエさん、君が今此の場に居合わせていると言う事がマズいのさ、だから俺が君を連れていく」
「あ、あの…その…」
人生初の経験によって、自身でも理解でき無い程に熱くなり、見る見る内に顔が紅くなっていく。
「それと…俺と入れ違いで数人の人間が入ってくると思うが、神無さんと黒はその人達が救助してくれるから安心してくれ」
「はい分かりました」
神無は了解したと頷く。
「あの、さっきの駆け付けてきた男は…?」
クロエが両字の事を聞くと、龍儀は眼を瞑って首を振った。
「そうですか…」
両字とクロエが出会って仕事で組むようになってから数年、ついぞ彼の過去を知ることは無かった、だが時折クロエに対する行為が娘に接する様な時もあり自身でも「悪くはないな」とも思っていた。
突然の別れにクロエは惜別の念を覚えた。
「さ、そろそろ行こう」
龍儀はクロエを抱いてその場所を去っていった。
斯くして、今回の事件は落着に至ったのだった。