救出作戦
黒が幹部区画を後にし、隊員区画の廊下を通っていると声を掛けられる。
「よぉ!!黒助よぉ~、今日はお一人さんかい?」
「大牙君…」
「どしたんだい?何時になく元気が無いなぁ?」
そして、黒は大牙に神無の身の上と拐われた事の経緯を説明した。
「へぇ~、神無ちゃんがねぇ…」
顎に手を当てて何やら思案しながら言う。
「よし、決めた!」
「!?」
「此処は一丁俺が付いてくぜ!!」
「えっ!?本当に良いの?」
「うんうん、御兄さんに任せなさい」
親指を突き出した拳を自分の方へと当てて、目を瞑り頷きながら言う。
「神無ちゃんの事知らない仲じゃないしよ、良いって事よ!」
「でも、大牙君此れから仕事なんじゃ?」
「そこら辺は~…爺さんに頼んで、ちょちょいっとよぉ…」
歯切れがとても悪い、黒は(あ、此れ本当は駄目なやつだ…)と察した。
「んで、もう一人は決まってるのか?」
「それが…僕はあまり顔が利かないもんで、どうしたら良いか…」
「未神さんとかどうなんだ?」
「いやいや!未神さんは他の隊の傷病者を看なくちゃいけないし無理だと思う」
「ふーむ、俺もそこまで頼み事出来る相手居ないからな~、咲姫は西部に帰ったし」
大牙は腕を組み思案する。
「どうしよう…」
少しでも解決を早くする為にも近場の人間を選抜するのは当然だ、そして今回は三人だけの戦闘になる為に特に腕の良い者を選りすぐらなくてはならない。
「まぁ、そもそも自分の任務を置いて僕に加勢してくれる物好きが他に居ない気が…」
そう言い掛けると大牙が何か閃いた様だ。
「物好き…?ん、黒にゃんよ!居たぞ心当たり!!」
「黒にゃんって…」
大牙の物言いにたじろぐ黒だが、そんな事はお構い無しに大牙は言った。
「俺がいっちょ声掛けてくるから任せな!」
「本当に?有難う!」
何とか話は纏まり、大牙はその宛てに当たるのと、戦闘用の準備をしてくると去っていった。
黒も更衣室で新しい戦闘服に着替え、刀や手袋の装備類を装着する。
「取り敢えず、至急次の行動をしなければ」
黒はメモを取り出して言った。
閑静な住宅街の少し外れた所にある公園、メモに書かれていたのは、そんな変哲も無い場所だった。
黒がベンチに座って待っていると、遠くから声を掛けられる。
「よぉ兄ちゃん!ちゃんと来てくれたか」
声の主は両字だった、両字は片手を上げて振りながら来る、一見すれば只の友達の様なシーンだった。
それに会釈を返すと、両字は隣のベンチへと座り込んだ。
「余りに警戒心が無いと言うか、豪胆ですね」
黒は両字に対して、感心半分と残りの呆れに近い感情を伝える。
「まぁ今更っちゅうやつだな!それに俺にゃあ時間がねぇ…、事件の真相と真犯人を知るまではなりふり構って居られねぇのよ」
両字のそのセリフを聞き、黒は妙に納得した。
「早速ですが…」
黒は約束した証拠品の、ボイスレコーダーと書類資料を両字に提出する。
「貴方が何故、夕霧家の事を知りたがっているのかは分かりませんが、僕も少しでも協力者が欲しい、なので此れでどうか」
両字がボイスレコーダーに付いているイヤホンを取り出し、耳に付けると音声を再生した。
『えーもしもし、そちらは猿神千里殿で間違い無いでしょうか?』
それは紛うこと無き夕霧光弘の声だった、両字はその声を聞くと自然と涙が流れ頬を伝った。
黒は両字のその様子を見るが何も言わなかった。
『ああ、間違い無いよ千里だ』
両字は千里と呼ばれた老人の声を初めて聞いたがその話し方はとても穏やかだと感じた。
『此の回線は夕霧殿の為に専用の物を用意してある、安心して話すと良い』
『はい、わざわざ機会を与えて下さり、とても感謝致します』
『では、早速本題に入ろうかね』
『はい、此度連絡させて頂いたのは、我々夕霧家の自白と協力要請の願いを、と』
『ふむ、詳しくお聞かせ頂けるかな?』
そう千里が言うと、光弘は語り始めた。
夕霧家は代々と続く名家だが、過去の戦と失権によりその名誉は地に伏した。
それ以来、夕霧家では当主となるべく産まれた子供には権力を取り戻すべしとの教育がなされてきていたのだ。
『僕は父に厳しく言い付けられ、剣術を仕込まれながら育ち、いつか貴方達干支志士を打倒しようと、野望を抱いていました』
そして、光弘の妻であるアリス·グロブナーもまた、英国での地位を失った名家の血筋の娘であった。
光弘の厳格な父が病で亡くなった後、アリスは実の兄の契約の道具として光弘に嫁いだのだった。
最初は政略結婚の様なものだと、其処にはお互いの愛はないのだと思っていた。
しかし、時が経つにつれてそれは違ったのだと気付いた、アリスが思うよりも光弘は思いやり深く優しくて強かった、光弘が思うよりもアリスは自由奔放で美しい外見に似合わず抜けている所もあり、其れがより一層可愛いらしく思えたのだ。
そんな二人は数年もすれば、当然の成り行きの様に互いに惹かれ合っていたのだ。
そして二人の間に愛すべき娘が産まれる、何にも変えられない大切な子供だ。
その頃から光弘は考えがガラリと変わっていた「此れからの時代、自分の愛する妻と娘の為に変わらなくてはいけないのでは無いか」と。
『私はもう変革など望みません、だから御願いしたいのです』
『ふむ、時代の変化に合わせて丸くなるのはとても良い事だ、此の猿神千里の名に掛けて、我々で出来る事であらば最大限御力添えする事を約束いたします』
その言葉を聞き、光弘は安堵の息を漏らす。
その後は作戦の概要を綿密に打ち合わせする内容であり、それが終わると通信は途切れた。
両字は通信の内容が全て終わると、イヤホンを外して言葉を発した。
「俺はよ、昔夕霧家の世話になったごろつきでな、当時は地元でも札付きとして有名だった」
そう語る両字の悲壮な表情が、夕霧家に対する想いは並々ならぬものなのだと黒に伝えた。
昔に貧しさと悪意ある人間によって肉親を喪った事、理性を失ってヤクザや不良相手に暴れ回って殺されそうになったのを夕霧家に助けて貰った事、そんな両字に義兄弟と自分の妻子と言う第二の家族が出来た事、そして十五年前のその事件を境に全てを奪われた事を聞いた。
「夕霧家は争いに関わる気は既に無く、とても志士に協力的だったそうです、当時の御当主と志士のやり取りは先程の通信記録の通りです」
そして、黒はもう一つの資料の方へと視線を移した。
「そして、もう一つの資料は残念ながらはっきりと残っている通信記録よりは信憑性が薄い…しかしながら我々として…いや、僕としてはその証言資料を提示して貴方に信頼して貰うしかありません」
両字は黙って黒へ頷くと資料に目を通した。
第一項、本作戦は全責任を猿神千里が負うものとする。
書き出しはそう書かれ、通信記録と同様の夕霧家との協力に関する要項。
そして何よりも両字の目に止まったのは、それによる会談を進める為に海外活動での秘匿任務が展開された事だ。
(やはりだ、あの日に間違い無い…)
内容は志士内でも腕利きの隊員を一名派遣し、夕霧家とグロブナー家の会談で護衛兼見届け人を果たす事。
担当したのは一人の男の様だった、その名は末神黒だ。
「黒ってのは…」
「僕の師匠の事です、黒と言う名前は襲名制でして、この時点では先代と言う事になります」
「ほぅ」
両字はその説明に納得し更に読み進める。
そして、任務結果の項目には失敗と記されていた。
現場に派遣された末神黒は以下の様に証言をしている。
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私は当日予定の時間に合わせ早めに到着しようと移動をしました、途中夕霧家の御息女と見られる少女に遭遇し現地に到着する事が出来ました。
玄関扉のインターホンを何度か押しましたが、返事は帰って来なく不審に思った私は直ぐに扉を開けて突入。
静まり返る玄関先と廊下を抜け応接間の方へと向かい、その時点で十分に怪しいと感じた私は、刀の柄を握りながら移動して何時でも抜刀出来る様に警戒をしてました。
応接間に入ると一人の男が立って。
「やぁ、何の断りもなく他人の家に上がり込むとは些か無礼では無いかね?」
男の身形と人相からして私は、彼がアラン・グロブナーなのだと察し非礼を詫びる事に。
「此れは失礼を、私は今回夕霧光弘殿に招かれ…」
会釈をし近付こうとしたのですが、不審な気配を感じたので飛び退きました。
その瞬間、アランは手に持っていた錫杖から隠し刀を抜き放ち斬り掛かって来ました。
咄嗟に鯉口を切り刀身で弾き返しましたが、自身は浅く肩を斬りつけられました。
「ッ!此れは一体!?」
「なぁに、邪魔なのだよ君は!」
戸惑い動きの鈍った私に対して、アランは更に突き・袈裟・横薙ぎの連撃を加えて来ましたが何とか凌ぎました。
「お待ち下さい!夕霧殿に御取り次ぎを、私は不審者では…」
その時点では説得しようとしましたが、そもそも行き違いで斬り合うと言った雰囲気ではありませんでした。
「くっ、御免!!」
埒が明かないと判断した私は抵抗を試みました。
刀を振りかぶるアランに合わせて身を捻り、一気に刀を斜め上に斬り上げアランの片目へと到達。
直撃を受けたアランは顔を押さえて大きな叫び声を挙げていました。
私は怯んだアランに対して斬り掛かり追撃を試みましたが、相手の魔術によって爆風を喰らい吹き飛ばされました。
応接間の家具や書類は散乱し、アランはその状況に乗じて逃走したと思われます。
私は朧げな意識を直ぐに覚醒させ居間の方へと向かいました、夕霧夫妻の安否確認の為でした。
入った時にはアリス夫人は胸部を一刺しされ死亡、光弘殿は方から下腹部に掛けて袈裟斬りにされ死亡していました。
此れ以上の事態の悪化を招かぬ為にも単身での撤退を決意。
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証言の記録はそこで終わり、それより後は事後処理についての記載だけであった。
その後、国際問題になる事を忌避する為に本件の記録等は重要機密として保管された。
夕霧クロエは、その身柄を甥であるアラン・グロブナーに引き取られたそうだ。
猿神千里としては、此れ以上他国の政府及び能力者機関を刺激しない為に最奥に葬る事にしたのだ。
「…正直言って、お嬢に関して兄ちゃんの属する所に恨みが無い訳じゃねぇ」
「秘密裏に始めた筈の計画を察知される等…確かに我々にも落ち度がありました、謝罪で済まない程の事です」
「…けど、それ以上に俺は真犯人が許せねぇ!!」
両字は自分の掌を見つめて力強く握り、固く拳を作る。
「我々としても…いや、僕個人としてもアラン・グロブナーの所業は許し難い」
黒は両字と視線を合わせ互いの意思を確かめる、両者は何度か敵として相反して来たが今は違った。
「停戦と協力っつー事になるが、俺みたいな殺し屋と兄ちゃんが同行するのは色々とマズいだろ、俺は先にアランの邸宅へ向かうとするわ」
「はい、御願いします、此方も少数ですが協力者を連れて参ります」
黒は両字にそう言い礼をすると、その場所から急いで去っていった。
「灯台下暗しとはこのこった…」
両字は十五年間全てを今日に懸けていると言っても過言では無い、クロエの側で殺し屋の相棒として動き、義理の兄の夕霧光弘一家と妻子の復讐の為に生きてきた。
だが全ての元凶が、クロエの実の叔父として、そして自分達のボスであるアランだった事が衝撃的だった。
(猫の兄ちゃんが気に掛けている少女と、お嬢の身が心配だ、直ぐに戻ろう)
黒が去った後に黙々と決意を新たにすると、両字は歩みを進めた。
黒は大牙と合流する為に本部へと走って引き返す、その途中で携帯のコールが鳴り出してそれに応える。
「もしもし」
「あ、黒か」
電話の相手は犬養だった。
「お前の向かう先、グロブナー邸の下調べをしておいた、どうやら最近そこに外国人や妙にガタイの良い男共が出入りしているらしいな」
「モロ怪しいですね」
「そこの周辺住民から幾らか情報提供があってな、黒塗りの車や軍用で使われそうなジープ迄待機している、恐らく武装もしているだろうな」
「私兵か…、厄介ですね」
「間取りや外観、そこの土地柄の資料などはハウンドシステムで御前の端末に転送する」
ハウンドシステムとは志士で使われる独自の携帯端末システムで、あらゆる情報の資料を画像や動画、音声を用いて通達するシステムであり、黒にはまだ出来ないが感知系の魔術を得意とする人間にとっては直接脳内に伝達し、瞬時に全把握することも可能だとか。
ハウンドシステムは言うなれば、情報共有技術に関する魔術と科学を掛け合わせた最先端でもあるシステムだ。
使える人間が限られているのと、情報を圧縮する為に魔術部門の人間が必要になるので、あまり多用はされないが緊急時には有用だ。
「有り難う御座います!」
「こんなバックアップしか出来ずに、すまんな」
「いえ、十分有り難いです大丈夫ですよ、何とかなります!」
黒は自信を持って犬養に断言した、自分でも何故か分からないが、上手くいくのだと根拠の無い自信が沸き上がったのだ。
「そうか…任せたぞ!」
黒が本部敷地の入り口付近まで行くと二人分の人影が見えてくる。
「おー、黒太郎や!おかえり~」
何時もの様に様々な渾名で黒に呼び掛けてくる大牙、そして隣には昨夜黒を救ってくれた双子の片割れ火月が居た。
「よっ!兄ちゃん宜しく!」
まるで此れから遊びに行くんだ、と言った様な笑顔でピースをする。
「火月が来てくれるのか、心強い助かるよ!」
火月の実力は黒も良く分かっているから百人力だ。
「な?頭のおかしい。物好きがいたろー?」
大牙が得意気に言い、それに対して火月は誇らしげな顔をする。
「火月あんま誉められてないぞ、それ…」
黒はそう指摘するが、火月はポカーンとした表情で今一実感していない雰囲気だった。
「火月は火月で任務があったんじゃないのか?」
「んー、あったけど、ちょちょいっとね」
「まさか、水月一人に押し付けたな?」
「だ、だってさ、只の偵察とかつまらなさそうだったから、水月一人と他の隊員でも余裕そうだったし良いかなって」
(あ、此れ本当は駄目なやつだ…)
黒は二度目の感覚に襲われた、そして此の二人はとても似ている性質なんだとも気付かされた。
「まぁ、経緯はどうあれ加勢してくれて有り難う」
黒は感謝の気持ちを込めて深々と礼をする、それに対して二人は「水臭いな」と笑った。
「犬養さんから、ハウンドシステムで情報は伝達されている」
大牙は自分の頭をトントンと叩く。
「そういや、大牙君は元々感知の術を会得していたんだったね」
「そゆこと!」
「火月の方は…」
「難しそうな事は何時も水月の担当だから、知らん!」
前に腕を組み開き直った様にあっけらかんと言う火月に、黒は一周回って威風堂々としたその態度に感心していた。
「今回二人には僕の我が儘に付き合って貰う形になる、もし命の危険を感じたら逃げて欲しい」
黒は二人の安全を第一にしたいと思った、例えそれが自分の命に変えてもだ。
「ははっ、見くびるなよ黒」
黒の言葉を笑い飛ばすと、とても頼りがいのある声で大牙が言う。
「我々にー敵前逃亡の文字などなーし!!」
火月が胸を張り、拳を掲げて言う。
「そいじゃあ、行きますか」
三人は各々のフォームで縦横無尽に駆ける、黒は猫のようにしなやかに走るのに対して大牙は雄々しく一歩を大きく踏み締め横に跳ぶように走る、火月は小柄の体をピョンピョンと飛び跳ねるに走った。
「走って現場にいくの何て久し振りだわ」
「何時も僕を送ってくれる玄十郎さんが、今回は他の任務で運び役をやってるからね」
「ウチの爺さんが、腰にくるっつって最近は車なんだよ」
「爺ちゃん結構歳だもんね、そろそろおっちぬんじゃない?」
不謹慎とも取れる火月の文言だが、そこには多少の親しみがある言い方でもあった。
黒も何度か大牙の爺さんには会った事がある、その御仁虎神宗平は豪放磊落な性格で、とても人情に厚い雰囲気だった、その分か如何にも怒らせたら大変そうな人間でもあった。
「俺が隊長の座を継いでくれれば苦労せんのに、と爺さんにやっかまれるから、そこら辺はノーコメントで」
大牙は宗平にとって血の繋がった実の孫に当たるが名義上は違う事になっている、此れは一重に宗平の子であり大牙の父のせいなのだが此の複雑な血縁関係については、また後日に詳しく話そう。
「宗平さんもそれだけ大牙君を気に入ってるって事だよ」
黒がそう言うと小さく溜め息をついてから「そう言うもんかね~」と大牙は言った。
三人は何時もの様な会話をしながら歩を進めて行った。
その場面から少し前の事、両字は黒と別れた後に直ぐ様グロブナー邸へと引き返した。
表門の警備兵は既に警戒体制中でピリピリしている、両字が声を掛けると特に怪しむ事もなく通した。
地下室へと続く扉のある部屋へ入ろうとしたが。
「よぉ、どうしたんだ?そんなところに突っ立って」
両字が手を出して目の前の人間に呼び掛ける、そこには仁王立ちした金光が立っていた。
「両字さん、申し訳ねぇがボスの命令で此処は通せない」
「ほぅ、それは力ずくでもって事かい?」
両字は自身のネクタイを緩めながら、金光の方へと視線を向けて言う。
「ああ、俺は今回の任務で纏まった金を貰って足を洗う」
金光も指先から徐々に硬質化させていく、互いに引く気は毛頭無い。
意思確認を終えた両者はどちらとも無く動き出す、両字が拳銃を懐から抜き弾丸を放つ。
硬質化を終えた金光の張り手が眉間を狙った弾丸を弾く、両字はその間に駆け寄り距離を詰めて金光の素の顔面へと手甲付きの右拳、渾身の一撃を放つ。
「ッチィ…やはり、そう簡単には行かねえか」
既に顔まで硬質化し、無傷の男が両字にカウンターの右拳を返す。
「オラァ!」
凄まじい反撃を喰らった両字が堪らず後退し、金光は更に追撃のワン・ツーを打ち込む。
「クッ!」
顔面に打撲の青痣と、口内の皮膚を幾つも切り血の味が脳内に広がる。
しかし、両字持ち前の再生能力が彼の細胞組織を活性化させる。
ドゴォ!!
金光を掴み、パンプアップした筋肉で一気に持ち上げて後ろの壁へと叩き付ける。
「本当に大した男だよ、あんたは」
ニヤリと笑いながら金光は立ち上がる、両字も端からダウンしとは思っていなかった。
(乗用車でも弾き飛ばせない俺を投げ飛ばすとはな…)
金光のそんな思いとは裏腹に、両字は終焉無き戦いに足を踏み入れたと感じた。
圧倒的防御力を誇る金光、奇跡の御技としか言えない両字の驚異的再生能力。
次に動き出したのも両字だった、御返しと言わんばかりにワン・ツー左右に振るパンチを繰り出す。
そのコンボを金光は敢えて受けて前に出る、普通の人間なら堪らず吹き飛ぶであろう二撃を受けきる。
(かってぇ!!)
両字の拳骨は衝撃に軋み音を上げるが、それで退く事は無かった。
「うらぁッ!!」
手首の骨まで響かせる、尋常じゃない反衝撃が両字を襲うが意に返さない。
金光は此れまでに常人と相手をして、決して揺るぐことの無かった姿勢を崩す程の衝撃に驚いた。
「すげぇ…」
「ははっ!どうしたぁ金光!御前の覚悟は、んなもんかぁー!」
打撲と裂傷でイカれた手で、止めどなく流れる汗を拭い笑い飛ばす両字。
「この依頼が終わったら彩と足を洗う…俺は退けねぇぜ両字さんよぉ!!」
強く意気を吐くと金光は更に動き出す、硬質化させた腕を鉄棒の様に振るう。
金光の硬質化は関節部分に関しては他の部位に及ばない、それは行動による可動域の為だろう。
しかし、その部位ですら十分に銃弾の嵐を弾き、斬撃防ぎ、衝撃を緩和するのだと言うのだから、驚くべき事であろう。
「らぁッ!らぁッ!」
金光が腕を振り両字の頭と胴を鋭く打ち据える、頭蓋と肋骨を幾つか折られるが両字はまだ倒れない。
「ぬぅ!」
両字はまたしても瞬時に肉体を回復させると、金光を掴み上げて吹き飛ばす。
「俺にゃあ、もう時間がねぇんだ!押し通る!!」
両字が右拳に力を溜めるようにすると、その部分の皮膚が明らかに黒々と変色する。
「!?」
「俺の力はよぉ、元々細胞の強化を主とする、再生能力はその副次的な物に過ぎない」
(見るからに尋常じゃねぇな…)
金光は両字の異様な変化に驚愕すると共に畏怖を覚えた。
金光が吹き飛ばされた場所に両字が体当たりで特攻する、当然の様に一撃を受けるが。
「がッ!?」
明らかに先程までとは違う、両字が何とかして金光を退けたものとは違う何か、一撃の威力が断然に増しているのだ。
体当たりで体勢を崩した両字は、更に追い討ちの両拳を放つ。
モロに顔面と腹部に当たり怯む、どうやら今の攻撃が厚い装甲を貫き重く響いた様だった。
「ッ…」
両字は止めの打ち下ろしを放とうとする。
「わりぃな…」
が、その一撃は届く前に終わった。
「金光様!!」
両字の体がグニャリとねじ曲がり急激に体勢を崩す。
「クッ…!!」
今度は両字が呻き声を上げる番だった。
「貴様!よくも!」
憎しみに滾る瞳で両字を睨み付け叫ぶ。
両字に向ける掌を更に下方へと下げ押し潰そうとする。
「待て!彩!!」
それを止めたのは驚く事に金光だった。
「何故です!?」
「良いんだ、旦那を放してやってくれ、俺はタイマンで負けたんだ、潔く退くとする」
納得のいってないと言った表情だが、彩は重力操作による枷を解いた。
「悪いな…」
「いや、やっぱりあんたは俺が此れまで見てきた中で最高の男だよ…」
その言葉を聞き、両字は照れ臭そうに小さく笑うと立ち上がり蹌踉めきながら地下室の扉を開いていった。
薄い電球の光を頼りに、暗がりの中で階段を下りていく。
肉体の傷が言えてもスタミナは回復しない、立て続けの無理な回復と金光の戦いで見せた能力の限界突破、両字の身体は見た目では分からないダメージを負っていた。
そして壁を手で伝いながら終わりへと辿り着く。
「此処は…?」
「来たか」
そこには、本来ボスとしての関係だった人物アラン・グロブナーと地に倒れて横たわるクロエ、そして前に見た雰囲気と違った神無が居た。
「全く…どいつもこいつも、愚かで使えぬとはな…」
呆れたと言う雰囲気で、アランは部下や周りの人間への悪態をつく。
「お嬢!!」
両字がクロエの安否を確認しようと駆け寄ろうとする。
「待て」
向かう両字に錫杖を掲げたアランが立ち塞がった。
「どけぇ!!!」
両字は勢いを止めずに変色した右拳を振りかぶり、アラン目掛けて打ち下ろす。
「クズめが」
その一撃は届かなかった、錫杖から隠し刀を抜いたアランがその刃に炎を纏わせ肩元から切り伏せたのだ。
「ッ!?グァァァァ…」
堪らずに転げ、斬られた部位を左手で押さえながら、のたうち回る。
「あの日…てめぇが!糞野郎が!!」
殺してやると息巻く視線でアランを睨み付ける両字。
「君は…いや、君の能力はとても使えるものだったのに勿体無い」
アランは余裕綽々と言った様子で語り出す。
「あの日私は部下に夕霧家を焼き払うように言い付け、事前に身辺を探ったが御前の名前は記入されていなかった、何故だ?」
「それは…光弘さんが俺を巻き込みたくなかったからだ、それまでの反政府組織としての革命派の夕霧家を変えて、その暁に俺は家族として向かい入れて貰う手筈だった、なのに…てめぇが!」
「ほぅ、だからか、納得したよ」
アランが付けた両字の傷は少し違った、只の斬撃に依るものでは無く纏った炎によって傷口が火傷を負っている、それが両字の回復力の妨げとなりスピードを遅めていたのだ。
「てめぇだけは死んでも許さねぇ…」
怒気を放ち力を振り絞り、両字は一気に失った右腕を再生させる。
アランは火炎号を錫杖に納め詠唱を始める。
「ヌ"ア"ァァァァァァァァー!!!」
限界を当に越え両腕を天に仰ぎ獣の様な雄叫びを上げる、両字は先程の右腕の様に全身を黒く変質させていく。
「ふっ、さぁ来いケダモノよ」
アランは慌てる様相も無く迎え撃つ。
両字の速度は今までに無い程に跳ね上がり、一気に距離を詰めて右拳を放つ。
「どらぁッーー!!」
しかし、その一撃はアランを捉える事は叶わなかった。
「その様子、御前はそろそろ限界が近いと見える」
「ッ…!?」
背後に気配を感じるが、既に動き出しが出遅れた両字はアランの反撃を避ける事が出来なかった。
(インフェルノチェイン!!)
両字の両腕両足に炎の鎖が纏いつく、地獄の様な熱さに両字は叫びにならない声を上げる。
「私なら御前の能力を無駄にしなかったと言うに、本当に残念だ…」
アランは囁く様に両字に言った。
「っがアぁあァ亜ぁアァ阿!!」
痛覚が限界まで悲鳴を上げて全身にサイレンを鳴らす、此の痛みから逃れる事以外他に何も考えられないが、本能が無意識にアランを殺そうと身体を突き動かす。
「哀れだなぁ」
両字のそんな様子を見ながらニヤリと笑う。
「ご、ゴロ…ゴロズ、こ、ころ…ろす、殺す!」
業火の鎖で繋がれる腕を何とかして動かす、ゆるりゆるりと近付くが、無慈悲にもアランまで届く事は無かった。
意識が途絶え地に伏す両字を見送ると、アランは視線を違う場所へと移した。
「さてさて、そろそろ貴女の力も限界なのでは?」
その視線の先には神無、厳密に言えば神無を依り代として顕現している天照に対して言った。
「ふん、貴様はとんだ悪党だな…」
天照は虫けらを見る様な視線でアランの方を見る。
「強がりも潮時ですぞ」
アランの指摘に天照は図星を突かれた、外の威勢だけはまだ余裕を保っているが、自身の顕現が限界に近い事を知っていた。
「先に言った通り、我は御前に与しない」
「気高き神か、悪くは無い…」
アランは可笑しい事を聞いたかの様に一頻り笑うと言葉を続けた。
「だが、貴女の意思など当に関係無いのですよ」
「!?」
「貴女の力は世界を容易く変容させる、とても神秘的だ、宿主であるその陳腐な娘よりもな」
「我に幻術や精神操作の類いは通用せんぞ?」
「そんな話ではありませんよ、まぁもし、貴女の力をそっくりそのまま抜き写す事が出来るとすれば…?」
「!?貴様…神の領域に踏み入る気か!」
アランは答えずに天照の方へと歩み寄り、龍護の結界に手を触れる。
「ふははは、やはり!!やはりだ!!!」
アランの掌から赤い閃きが吹き上がる、天照が展開した結界が徐々に押し剥がされていく。
「くっ…」
(黒君っ…!!)
少し前の時刻、黒一行はアラン邸へと到着していた。
監視カメラの目を掻い潜り邸宅を囲う森林地帯に隠れ、距離を取って視察する。
「うっはぁ!凄っごいゴツい奴等がたっくさん居るよ!!」
喜び楽しげに言う火月は、まるで遊園地かピクニックに来た子供の様だった。
「火月、遊びに来た訳じゃ無いんだぞ」
黒が釘を刺す。
「わーってるよー!!」
口ではそう言うものの、その目は爛々と輝き刀を今にも抜きたいと柄に手が掛かっていた。
(本当に分かってんだろうか…)
少し心配になる黒だった。
「んで、どうするよ?大将!」
「大将って…」
「はは、当たり前だろ今回は御前が主導の任務だ、胸を張ってやれい!!」
そう言われ、黒は背中をトンと押された。
此れまで単独の任務しかしてこなかった為に、黒はどうしたら良いか分からず混乱し戸惑う。
「ったく、こう言うのは大体で良いんだよ!多少の無理なら俺達が何とかしてやる!!だろ?」
そう言い大牙が振り向いて火月に同意を求めると、笑って「ウン」と頷いた。
「分かった…」
黒は邸宅の警備している人間達と自分達の状況を考える、またどうやら此処の付近には簡易的な結界が施されているようで、黒達の着ている外套の効果は効かない様だった。
「避見の効果は期待出来ず、能力が無いとは言え武装した人間があの人数…」
(駄目だ、どう考えても戦闘を回避するヴィジョンが浮かばない…)
「なぁ、兄ちゃん兄ちゃん」
「ん?」
「そんな難しく考える事無いんじゃないの?大牙兄ちゃんもテケトーで良いって言ってたっしょ!」
(いやー、まぁ適当で良いとは言って無かったけど…)
「有り難う火月…どうせ誤魔化しが効かないなら、正面突破だな」
「やった!そうこなくっちゃ!!」
「お、決まったか?」
「謎の結界で避見術は阻害され、僕達には生憎と子の者のような精神操作の技術は持ち合わせていない」
作戦の取捨選択と言うよりは、敵情と此方の戦力を考えた場合取れ得るのは一つしか無かったのだ。
「まぁ、銃を持ったあの集団は問題じゃあ無いな、おおよそ此の三人でどうとでもなる、下手すりゃ火月一人でも十分だ」
「ウンウン」
大牙の言う言葉を聞き、大袈裟に頷く火月。
「だが、問題はハウンドシステムの情報にあった殺し屋だ、そいつらが手練の相手とすれば話はだいぶ変わる」
基本的に大牙は、その見た目から大雑把そうな雰囲気に見られるが、慎重に計画を進める事を良しとする性格だ、それを評価する祖父からは直ぐにでも現隊長の座を継がせたいと思っているみたいだが、本人は断固として副隊長の座でサポートに徹したいと考えていた。
「しかしながら時間が無いのもまた事実だ、経緯と相手の腹積もりを考えるに、敵は神無ちゃんを何かしらの能力者量産計画に利用するのだろう、敵も急いで要となるその人物を違う場所へと移動させる筈だ」
「うん」
冷静に分析と判断を述べる大牙に、黒は相槌を打つ。
「それとな、俺が危惧しているのは首謀者であるアラン・グロブナーの実力だ、影の権力者とは囁かれているが、此れまたどうもきな臭い」
「アラン自身とも対峙する事になるって事か…」
「まぁ、実際は如何程のものかは分からん、だが何も無しでやって行ける程俺らの世界はあまかーねぇからな、用心するに越した事は無い」
大牙の言う事は、実に道理に適うものだった。
「何なら、私がそいつとやっても良いけどー?」
対して火月は常に此の調子だ。
「いや、此処は二手に別れよう正面からの陽動で火月と大牙君、僕は裏口から侵入し親玉の方へと直行する」
「お、良いね!そうしようー!」
「応、分かったぜ!はははっ」
「どうしたの?」
「うんにゃ、特に大した事じゃあ無い、ただ…あの黒助がやっと隊長らしくなったなと思ってさ」
大牙の弟を褒める兄貴的な感想に黒は少し照れ臭く感じたが、気を取り直して号令をする。
「では只今の時刻を以て干支志士特選部隊、十三番隊隊長・末神黒、並び四番隊分隊長・兎神火月、そして三番隊副隊長・虎賀大牙による近衛家息女の救出、及び首謀者討伐の作戦行動に移る!」
「気を引き締めてけよ」
「私は猫兄が心配だよ、冷静にただひたすらに仕留める事を考えていた昔と違って、最近は何か変わってる気がするから」
昨夜も火月は黒にらしくないと言っていた、確かに黒自身も変化の感覚が無いわけでなかった。
「心配してくれて有り難う、でも大丈夫だ二人とも武運を!」
そう言い、黒は裏手へと駆け始める。
残った二人も顔を見合わせて頷くと、正門の方へと駆け始めた。
二人は正門を警備する兵二人を急襲し、互いに一人ずつ音もなく斬り殺す。
流石、現役の志士と言った所か手際の良さと難なくこなすその技量は息を飲む程だった。
「んじゃ、いっちょ派手に行きますかねぇ!」
「あっばれっるぞぉ~!!」
肩をならす大牙と、既に刀を担いで跳ね歩く火月。
門を開けて堂々と中に進行して行く、出来るだけ正門側に敵を集めて黒の侵入をスムーズにする為だ。
火月が門を潜り抜けると十人程の武装した男達が反応する、火月を見て銃を構える素振りもなく話し掛ける。
「HEY!お嬢ちゃん、どうしたんだー?そんな大層な物担いで」
明らかに火月を侮っている言い草だった、後ろの方に控えていた大牙はそんな調子にやれやれと溜め息をつく。
「んー?おじさん達にちょっと遊んで貰おうかなって…さ!」
そう言うなり一気に駆けて距離を詰める、その速度にたじろぎ男は装備したアサルトライフルを抜こうとするが、時既に遅し、火月の得物が男の喉笛を捉えて鮮血を放つ。
「おいおいおい!!」
周りの男達もその様子を見てから、慌てて臨戦態勢へと移行する。
アサルトライフルの数十発の銃弾の雨一瞬で火月へと飛び掛かり、砂埃を舞い上げると視認性が一瞬だけ最悪になる。
「やったか!?」
砂のカーテンが消え去ると、そこに火月の姿は無かった。
「居ない?」
上に大きく跳躍して銃弾を回避した火月が戻ってくる、慌てて替えの弾倉をリロードしようとするが間に合わない。
落下縦一閃で左肩から左脚の付け根まで斬られる男、更に着地し立て続けに横に居た男を横薙ぎに胴払いする。
「ぴょんぴょーん!」
慌てて斜め後ろに居た男が懐のハンドガンを取り出して応戦するが、ノーモーションでその場の左捻り前宙、通常では有り得ない身の翻り方をして躱す。
「はぁ!?」
「ほい」
まるで誰かに対して事も無げにボールをパスするかの様に囁きながら、応戦した男の後方を目掛けて前へと瞬間跳躍し、すれ違い様に首筋を斬りつけて行く。
「んー!準備運動には良さげ!」
刀についた血を振り払いながら、軽く伸びをする。
そんな火月を、少し遠くの方からスナイパーが照準を定めて狙う。
が、トリガーを引こうとした瞬間背後から何者かに斬りつけられる。
「おっと、俺もいるんだな此れが…」
大牙の大得物がスナイパーの男を屠ると、付近に居たスポッター(スナイパーの補助をする人間)の役割の男が反撃をしようとする。
「てめぇ!どこから!!」
アサルトライフルを構えて大牙の方へと連射しようとするが、謎の衝撃が身体へと走り銃を振り落としてしまう。
「ぬぁ!?」
理解できない事に驚くも、直ぐに気を取り直し懐のハンドガンで応戦しようとするが時既に遅く、大牙の大刀が男を袈裟斬りにする。
「今のは発氣術の一つ、氣砲っつーんだけども、まぁ分かんねぇよなぁ」
大牙は既に事切れた男に対して説明するように呟いた。
大牙は悠々と歩き進める、応援に駆け付けた二人の男が一斉に襲い掛かるが先程と同様にアサルトライフルを氣砲で飛ばされた。
片方の男がハンドガンで狙撃し大牙を牽制する、それに対して大牙は大刀を前に出し刃の腹で身を隠し防ぐ。
それに合わせてマチェーテを抜き放ち大牙に追撃を目論む男が接近してくるが、男が近付き斬りつけるが不思議と大牙の方まで刃が通らないのだ。
(発氣術・氣盾)
「なっ!?」
謎の見えない空間に遮られ男は驚愕する、その隙を突き大牙は横薙ぎに胴を払った。
「死ねぇ!!」
援護に回っていた男もマチェーテを抜き残心を残す大牙へと斬りかかるが、大牙は相手のマチェーテの刃へとわざと斬り結ぶ。
大刀とマチェーテがぶつかり合う一瞬火花を散らす、そして大刀が刃を噛み千切っていき、そのまま男の身体を両断した。
一息つくと、もう一人を始末して来た火月が合流する。
此れで火月が倒した敵が五人と大牙が倒した敵が四人の計九人だ、残るは後一人。
大牙は鋭い眼光放ちながら気配を辿り歩んでいく、ゆっくりと近付くのは一つの物置小屋だった。
ドアノブを捻り強く開け放つと、そこには既に戦意を喪失した男がいた。
「ひっ!み、見逃してくれ…」
化け物を見るかの様に怯えながら命乞いをする、しかしそれは無理もない、日本の警察組織、いや銃社会である海外の警察組織でさえも、易々と手出しを出来ないような武装傭兵集団を、たった二人で皆殺しにしたのだから。
「あーあ…つまんないの、御免ね虎兄、後はよろしくー」
戦意を喪失した敵に興が削がれた火月は、後始末を任せて納刀すると、歩いてその場を去った。
「ああ」
変わらずの厳しい眼光で男を睨み付けたまま、承諾の返事をする。
「た、頼む…」
「御前達の情報は知っている、国籍問わず、活動国を問わず活動しているならず者集団」
「ち、違う!俺は…」
大牙の方まで大刀が男の首筋へと突き付けられる。
「その集団は、窃盗、殺人、婦女暴行、未成年者略取、等々犯罪行為は何でも御座れだったそうな」
「…!?」
「俺が嫌いなのはな、善良な人間を傷つける悪党だ、その中でも女子供を狙うような奴に慈悲は無い」
腰が抜けて命乞いをする男と、ただひたすらに冷徹な目をする大牙、審判は下った。
「楽に逝けるだけ感謝しろ」
覚悟を決めた男が目を瞑り、大刀が男の脳天を貫く。
火月を追いかけようと大牙は物置小屋を後にするが、急襲を受ける。
金属の塊の様な物が大牙の身体を吹き飛ばそうとする。
「くっ…!?」
辛うじて大刀で防ぐが、追撃の拳が放たれる。
(鉄塊でも飛んできたのかと思ったが、此れは人間か…?)
急に襲われただけでは無く、鋼鉄の様に硬い人間、普通ならそんな事態に驚き思考が追い付かなくなるが、場数を踏んだ大牙は違った。
氣盾で相手の攻撃を防ぎ、大刀で袈裟斬りにする。
「かってぇ!」
「ふはは、皆そう言うぜ」
硬質化で刃が通らないことに驚く大牙に、襲撃者の金光が答える。
大牙は飛び退いて一気に距離を離し氣砲を撃ち込むが、持ち前の硬度と重量でびくともしない。
「まぁ、ゆっくりと楽しもうや」
金光は愉しそうにニヤリと嗤った。