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第2章 傀儡士の血族(1)

 大都市ホウジュ区は東京が死都と化したとき、それによって流れ込んで来た文化や企業が集まり、帝都でも三本の指に入る繁栄を見せている。

 ホウジュには帝都に三ヶ所あるリニアモーターカーが停まるギガステーションがあり、外からの観光客の足が途絶えることはない。繁栄と共に裏の顔も大きく成長し、裏路地に一歩踏み入れれば、アンダーグラウンドの巣窟になっていることも有名だ。

 高いビル郡が立ち並ぶホウジュ区でも、群を抜いて天を突いているのは、地上六六六メートルを誇る電波塔――帝都タワーだ。

 今このとき、帝都タワーが見下ろすホウジュ区の繁華街が、爆発の華をいくつも咲かせ、人々を恐怖の渦へと巻き込んでいた。

 硝煙の中に二人のシルエットが映った。

 重武装した機動警察からシルエットにバズーカ砲が向けられた。

 硝煙の中で声がする。

「コード012アクセス――〈エネルギーフィールド〉発動」

 シルエットに打ち込まれたバズーカが、さらに当たりを煙に包んだ瞬間、煙の中から六本のレーザーが機動警察に照射され、車両を真っ二つにし、防護服を着ていた男の首を刎ねた。

 アスファルトの焼けた臭い、肉の焼けた臭い、血の香と煙が辺りに充満した。

 煙の中から再び声がする。

「コードΖアクセス――〈ウィンド〉発動」

 二人のシルエットを中心に風が渦巻いて起こり、辺りの煙や臭いを掻き消してしまった。

 そして現れる凄惨な光景。

 朱に染まった大地から薫り立つ死の香。

 血の海に沈む肉塊からは、その原型を知ることはできないが、取り巻く怨念たちが風を唸らせ悲愴を訴えている。

 死者の叫びなどに耳を傾ける心は持ち合わせていない。

 朱の大地に佇む赤黒いローブを纏った死神。傍らには白いボディースーツに身を包んだ少女が寄り添っていた。

 呪架は自分たちを包囲している機動警察に向かって声をあげた。

「弱肉強食こそが世界の摂理だ。おまえたちじゃ俺の相手にならない、ワルキューレを呼べ!」

 なんと大胆不敵な行動だろうか。無謀というか、軽薄な行動だ。それでも帝都中枢に突っ込むよりはマシだ。

 傀儡エリスの試運転も兼ね、呪架は都市の真ん中で残虐非道な行動に打って出て、罪もない人々を次々と惨殺していった。帝都政府への宣戦布告の意味を込め、ワルキューレをおびき出すために――。

 傀儡をつくる過程で、セーフィエルは呪架のつくる傀儡をただの傀儡ではなく、魔導兵器としての能力を与えていた。

 体内の半永久的な〈闇〉のエネルギーを使い、コード戦術という特殊な戦闘をする。

 今、エリスが着用しているボディースーツもコードで呼び出したものだ。

 白いボディースーツには、ところどころ紅い華が裂いている。特にその手に装着された嘴状の鉤爪は肉を喰らった跡が残っていた。

 もうすでに機動警察は呪架たちに幾度となく攻撃を仕掛け、今は睨み合いの状態に突入していた。

 機動警察は有事の際に都市部での武器使用が認められているが、それでも繁華街やビル街では賠償金の問題や、ビルの倒壊などによる二次災害も考慮され、強力な武器を使用することができない。現状では呪架に歯が立たない状態だった。

「まだ血の雨が足らないのか……」

 と、呪架は呟き、青空を見上げた。

 なにかを思いついた呪架は口元に邪悪な笑みを浮かべた。

「コード005アクセス――〈ウィング〉起動」

 呪架のコード認証に合わせて、エリスの背中から金色に輝く物体が飛び出した。それは骨だけの翼のようであった。

 金色に輝く〈ウィング〉は小さなフレアを放出し、エリスの躰をふわりと宙に浮かせた。

 天高く舞い上がるエリスの足首を掴み呪架も空を飛ぶ。

 敵が空に逃げると思った機動警察が、一斉射撃をしようとビーム銃を呪架たちに向ける。

 不敵な笑みを浮かべる呪架。

「コード012アクセス――〈エネルギーフィールド〉発動」

 呪架とエリスの躰を円形のバリアが包み込んだ。

 地上から逆さに雨が降るようにビームの猛攻が呪架たちを狙う。

 しかし、ビームは全て〈エネルギーフィールド〉の壁に阻まれ、呪架たちにダメージを与えることなく小さな爆発を起こすのみだった。

 ビームの雨が一瞬止んだ隙を狙って、呪架が〈エネルギーフィールド〉を解除してコードを唱える。

「コードΩアクセス――〈メギドフレイム〉一〇パーセント限定起動、昇華!」

 エリスの両手から堕とされた劫火が機動警察を呑み込み、金属車両は一瞬にして熔解し、人は跡形もなく灰として空を舞った。

 都市をも呑み込む勢いで紅蓮の炎を天高く燃え上がらせた。

 それはまさに旧約聖書にあるソドムとゴモラを焼き尽くした炎の光景。大天使ガブリエルに堕とされた火によって、悪徳の都市は焼き尽くされて浄化させる。

 呪架の想いも同じ。女帝の築き上げた愚かな世界を残らず潰したかった。

 炎の光が反射して、エリスの白いボディースーツを朱色に染める。真っ赤な夕焼けのように鮮やかで美しい。

 鉄筋の世界で炎は燃やすものをなくし、やがては虚しく消えてしまった。

 柔らかくなったアスファルトからは湯気が立ち昇っている。

 上空にいる呪架が地上を見下しながらコードを唱える。

「コードΙアクセス――〈ホワイトブレス〉発動」

 猛吹雪が地面を一瞬にして凍てつかせ、溶けていたアスファルトを凝固させた。

 エリスと共に呪架は地上に降りて辺りを見回した。

 スクランブル交差点だったこの場所にはなにも残っていない。全て灰と化して舞ってしまった。

 呪架は迫り来るプレッシャーを感じて空を見上げた。

 翼を生やした人がジェット機並みのスピードで飛んで来る。あのスピードで飛んでいるにも関わらず、風との衝突音がまったく聴こえない。空気抵抗を緩和しながら飛んでいるに違いない。

 羽毛が舞い、白い翼を携え、白い甲冑の戦乙女が地上に舞い降りた。

 手に持っているのは白銀のホーリースピア。

 翼を肉体の中にしまった戦乙女が軽く会釈をする。

「えっと、わたくしの名前はフュンフと申しますです。あの、その、それでですね、この辺りでトンチンカンな殺人鬼が大暴れしてると聞いて来たのですが、知りませんですか?」

「トンチンカンなのはおまえの方だろ」

 思わず呪架は吐き捨てた。そして、まさかと思いながら訊く。

「お前がワルキューレか?」

「そうです。えっと、わたくしはワルキューレですが、もしかして貴方様がワルキューレを呼べと馬鹿なことを言っていた殺人鬼さんで?」

「おまえみたいなのがワルキューレなんてがっかりだ。俺の相手にもならないな」

「そんなことありませんですよ。わたくしこれでも、ワルキューレの中で戦闘要員を務めさせてもらっておりますです」

 それは呪架にとって絶好の機会だった。このフュンフと戦うことにより、ワルキューレの戦闘レベルを知ることができる。

 ホーリースピアを構える様子もなく、フュンフは堂々と呪架に背を向けて道路の向こうを指差した。

「えっと、あの、機動警察の方には向こうの方まで下がっていただき、報道なども完全にシャットアウトしましたので、ここにいるのはわたくしと貴方様。つまりですね――」

 相手の話半ばで、背を向けているフュンフに呪架が妖糸を放った。

 輝線は確実にフュンフを捕らえたはずだった。

 妖糸はフュンフの残像を斬った。

 音もなく、風も立てず、フュンフが姿を消した。

 気配がしたのは呪架の真後ろ。

「敵を背中から攻撃するなんて卑怯ですよ」

 すぐに声に反応して呪架が後ろを振り向くと、確かにそこにはフュンフの姿があった。

「いつの間に俺の後ろに……まるでセーフィエルみたいだ」

 相手が呟く名をフュンフは聞き逃さなかった。

 眉を寄せてフュンフは呪架に尋ねる。

「夜魔の魔女セーフィエルをご存知ですか?」

「知ってたらどうする?」

「帝都政府はセーフィエルの行方を追っておりまして、それがなんていうか、簡単にいうと見つからないという感じで困っておりますです」

「教えてやる義理はない」

 それに呪架は消えたセーフィエルの居所を知らなかった。

「そんなことおっしゃらずに。ではこんな話と交換ということで、わたくしはセーフィエルが開発した亜音速移動装置の使い手でして、ワルキューレの中でもこれを使いこなせるのはわたくしだけなんですよ。ちょっと自慢です」

 それが呪架の前から姿を消し、真後ろの現れたトリックだ。

 呪架は無言でフュンフを見つめていた。どうも調子が乱され、戦いづらい相手だ。可笑しな日本語は耳について離れない。

「もうおしゃべりはたくさんだ。殺して口を開けなくしてやる」

 宣言どおり呪架はフュンフを殺しに掛かった。

 エリスの嘴状の鉤爪が大きく口を開き、中から魔弾を撃ち放った。

 迫る魔弾をホーリースピアで跳ね返したフュンフに呪架の妖糸が迫っていた。

 輝線はまたもや残像を斬った。

 フュンフの蹴りが呪架の背中を襲い、地面に両手を付いてしまった呪架の首根っこに、鋭い槍の先端が突きつけられた。

「クソッ!」

 背中を足の裏で押さえられ、首と刃先は数センチの距離しかなく、呪架は蛙のように地面に這いつくばって動くことができなかった。

 だが、呪架にはまだエリスがいる。

「行けエリス!」

 エリスの放った魔弾が真横から迫り、フュンフは呪架の背中を踏み台にジャンプをして躱した。

「危なかったです。えっと、あの、わたくし先ほど亜音速装置の使い手みたいな大そうなことを言いましたけど、実はセーフィエルほど上手に使うことができず、咄嗟に亜音速に入ることができない上に、物凄くゼーハーゼーハー息を切らせてしまうのです」

「自分の弱点を言うなんて馬鹿か」

 瞬時に立ち上がった呪架は毒を吐いた。

 二人の敵を前にフュンフはニッコリ笑った。

「絶対に勝てるから良いのですよ」

 その口調の変化に呪架は気づいただろうか?

 戦いはこれからだった。

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