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第1章 還りし朱(6)

 帝都の東方に位置するミナト区。

 リニアモーターカーが停車するギガステーションがあることや、千葉県が東京湾を挟んあることから、帝都でも三本の指に入る大都市だ。

 臨海公園を見下ろすように立っている通称ツインタワービル。ノースとサウスに分かれる一〇〇階建ての双子ビルだ。帝都でもっとも夕焼けが綺麗に見える場所としてデートスポットになっているほか、ノースビルはショッピングビルとして機能しているため、観光マップでも大きく取り扱われている。

 ノースビルには帝都で一般的に買える物ならば、全て取り揃っていると言ってもいいだろう。もちろん武器も売っている。

 家族連れの観光客がノースビルに正面ゲートを潜ろうとしたとき、それは起きた。

 地鳴りが響き、大地が揺れる。

 震度五強の地震が都市を揺るがした。

 人々はすぐさまビルの中に逃げ込む。耐震性を兼ね備えたビルは意図的に揺れることにより、地震の揺れとシンクロさせて揺れを相殺する。

 ビルは揺れに耐えたが、並木道の木々は根を地中に張っているにも関わらず、臨海公園の多くの木々が倒れた。

 被害状況を夢殿の官邸で受けた女帝は嫌そうな顔をする。

「日に日に余震の規模が大きくなってるよねー」

 女帝は円卓の上に突っ伏した。地震のニュースはもううんざりだ。

 帝都エデンでは地震対策に世界で一番力を入れているため、被害の規模はそれほど広がっていないが、問題は地震の背後に潜むモノだと女帝は考えていた。

「地震の影響で〈ゆらめき〉が発生していなか心配だよね、まったくもー」

 一〇人掛けの円卓はその半分以上が空席で、女帝の嘆きを拾う者はいなかった。

 ズィーベンは事務的に資料を読み上げる。

「今回の地震は一連の地震の中では最大規模となり、やはり震源地は帝都の外周とのことでございます」

 ツインタワーのあるミナト区は帝都の最東端だった。

 帝都領内だけを襲う奇怪な地震は、通常の地震ではありえないエネルギーの広がり方をしていた。外から内へ震度が軽減していたのだ。

 通常、震源地は一点であるが、この地震の震源地は円の外周のように帝都を包み込んでいた。加えて、帝都以外の土地ではまったく揺れを感知していない。自然災害とは言えぬ代物だ。

 円卓に着いている四人の中で、ベレー帽を被ぶり、軍服を着た凛々しい女性が立ち上がった。腰には銃ではなく、大剣が差してある。ワルキューレの最高責任者アインだ。

「この地震の原因は〈ヨムルンガルド結界〉が引き起こしていると皆も承知しているはず。にも関わらず、他のワルキューレはどこでなにをしているのだ!」

 両拳でアインは円卓を激しく叩いた。地震よりも酷い揺れが突っ伏していた女帝を襲う。

「わおっ、地震?」

 女帝はまん丸の瞳で当たりを見回した。それを見て失笑する白い甲冑を着たフュンフに、アインが軽い咳払いをして牽制した。

「弛んでいるぞ!」

 アインの袖を女帝が掴んで、引っ張って座るように促す。

「まぁまぁ、アインってばカリカリしないで。カルシウムはね、ミルクを飲むのが一番いいんだよー」

 相手が仕える君主だとわかっていても、このときばかりは睨みつけてしまった。

「ヌル様、貴女様がそのようなことだから、ワルキューレたちの気が緩んでしまうのです!」

「アタシのせいにしないでよー。ワルキューレの最高責任者はアインじゃん」

 アインは震える拳を円卓の下に隠した。

 場に流れる殺気を感じてズィーベンが咳払いをする。

「〈ヨムルンガルド結界〉は正常に作動しており、地震が起きるのはその証拠でございます。結界師としてのわたくしの見解ですが、信用できぬようであればヌル様にお尋ねください」

 ここにいるワルキューレたちに視線を注がれた女帝は深く頷いた。

「ぜんぜんへーき、あいつが目覚めればアタシが一番に気づくし。それにさ、あいつを封印してるのは〈ヨムルンガルド結界〉だけじゃないしさ」

 〈ヨムルンガルド結界〉とは帝都全体を囲っている結界の名称。この結界に異常が現れるということは、封印しているあるモノが、なんらかアクションを起こしているということだ。

 問題は〈ヨムルンガルド結界〉が起こす地震ではない。それをアインは危惧していた。

「自分は〈ゆらめき〉を危惧しているのだ。〈ゆらめき〉が発生すれば〈闇の子〉の思念が漏れる。〈ヨムルンガルド結界〉が揺れる原因が〈闇の子〉にあるのか、それとも別の要因があるのか、それすら解明できてないではないか」

 それに対して眼鏡を直しながらズィーベンが速やかに回答する。

「科学的な見地からはゼクスが調査中でございますが、推論でよろしければセーフィエルとの因果関係が考えられます。なぜならば、〈闇の子〉を封じている最後の砦はノインの魂。妹のエリスの魂も〈タルタロスの門〉を守っております」

 コードネーム『ノイン』。

 セーフィエルやエリスの名前が出たことからわかるように、ノインとはシオンのワルキューレでの名前だ。

 セーフィエルの存在がシオンとエリスの魂に影響を与えている。と、ズィーベンは推測したのだ。

 このとき、帝都政府は呪架の存在にまだ気づいていなかった。

 女帝はローラーの付いている椅子で後ろに滑るように移動し、円卓の上に足を乗せて腕組みをした。

「あのさー、別次元にある〈裁きの門〉、そのさらに奥にある〈タルタロス〉にいるノインが本当に影響を受けてるとしたらさ、事態は大深刻だよねー。ちょっとみんな聞いてよ、だとしたらさ、ここの地下にいる『メシア』クンも異常をきたすかもしれないよね。実はさっきから胸騒ぎがしててさー」

 女帝は話し終えると円卓に土足で上り、会議室を飛び出そうとして、ドアの前で振り返って叫んだ。

「妹の思念を地下から感じる!」

 ズィーベンは女帝にロッドを投げ渡し、自らもロッドとスピアが一体化したホーリースタッフを持って女帝の後を追う。

 遅れてアインとフュンフも駆け出した。

 石造りの螺旋階段を滑るように下りる女帝の前に、黒い影が二つ立ちはだかった。

 半裸状態に拘束具を着せられている少年――コードネーム『メシア』。

 『メシア』は少年とは思えぬ艶やかな笑みで女帝を出迎えた。その背後から少女の『影』が顔を見せる。

「やあ、姉上、久しぶりだね」

 女帝の声とまったく同じ声だった。そして、『影』は本当に『影』であり、本体がそこにはない。

 姉上と呼ばれた女帝はもちろんこの『影』の正体を知っている。知りすぎている。〈闇の子〉と呼ばれる双子の妹だ。

 危惧されていた〈ゆらめき〉が発生し、〈闇の子〉の思念が外に漏れ出してしまったのだ。ここにいる『影』は〈闇の子〉の幻影――ダーク・ファントム。

 横幅が一メートルほどもないこの場所での戦闘は難しい。

 この場所で有利なのは形を持たぬ存在。

 ダーク・ファントムが女帝に被さるように襲い掛かる。

 柄の長いロッドを構えた女帝が迎え撃つ。

「幻影なんてアタシの敵じゃないね、光よ!」

 ロッドがダーク・ファントムに当たると同時に、眼も眩む閃光が世界を包み込んだ。

 ダーク・ファントムに押し倒された女帝の真上を小柄な影が飛び越えた。

「ボクは逃げさせてもらうよ」

 澄んだ少年の声を発して『メシア』が螺旋階段を駆け上る。

 『メシア』が引きずる鎖を女帝は掴もうとしたが、鎖は指の間を擦り抜けてしまった。

 閃光が治まり、その場にいたはずのダーク・ファントムは、まさに幻影のように姿を消していた。

 急いで螺旋階段を駆け上がる女帝。

 上の階に辿り着いた『メシア』は、ドーム型の広い堂で足を止めていた。

 ワルキューレ三人に囲まれる『メシア』。背後には女帝が立っている。

 ホーリーロッドを構える女帝。

 アインはホーリーソードを構え、ズィーベンはホーリースタッフを持ち、フュンフはホーリースピアを掲げた。

 対する『メシア』は武器を持っていない。両手を上げて指を開いてみせる。指の一本一本に嵌められていた枷がない。

 メシアが両手を素早く動かした。流れるように宙を奔る輝線。傀儡士の妖糸だ。

 妖糸は同時に六本も放たれ、それは全てズィーベンに向けられていた。

 亜音速に突入したフュンフが全ての妖糸をホーリースピアで弾き返し、アインが『メシア』の背後から首に剣を廻し、ズィーベンが呪文を唱えた。

 唱えられた呪文により、『メシア』の肢体に取り付けられていた四つのバンドが互いに引き合い、前屈の格好のまま動きを封じられてしまった。

 前屈の姿勢のまま横倒しになった『メシア』にズィーベンが近づく。

「次からはもっと重い枷を付けることにいたしましょう」

 見下す四人の女性にメシアは毒づく。

「ボクのこと苛めてそんなに楽しいかい? 足にも手にも枷を嵌められ、アイマスクと猿轡までされて、キミらのSM趣味にはうんざりだよ」

 アインの大剣がメシアの首に突きつけられる。

「貴様に声は必要ない。口が過ぎるようであれば声帯を切ってやっても良いのだぞ、『メシア』?」

「その『メシア』って呼び名もやめてもらえるかな。ボクには慧夢(えむ)ってカッコイイ名前があるんだケド?」

 本当に慧夢の声帯を切ろうと動いたアインの手を女帝が止めた。

「まぁまぁ、『メシア』クンはうちの大事な戦力なんだから、傷物にしちゃ駄目だよ」

「しかし……」

 最後まで言わずアインは口を噤んだ。

 女帝は慧夢に背を向けて歩き出しながら言う。

「ズィーベン、今度からはアタシたちに逆らったら、悶絶して死んじゃうような枷を『メシア』クンに付けてあげて」

「承知したしました」

 女帝の背中に頭を下げるズィーベンや、他の者たちを見ながら慧夢は言葉を吐き捨てる。

「みんな嫌いだよ」

 三人のワルキューレに引きずられ、慧夢はまたあの暗い地下に封印されるのだった。

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