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第1章 還りし朱(2)

 死都東京に〈箒星〉が堕ちて数日経った今も、この事件は日本や帝都のみならず、世界各国でも大きな関心を集めていた。

 あの規模の隕石が地表に落下することは稀で、なによりも天文台が衝突の数分前まで発見できなかったことがミステリーとして話題を集めた。

 しかし、〈箒星〉の情報が正しく一般人に伝わることはなかった。

 日本政府と帝都政府は〈箒星〉について情報を一切公開せず、〈箒星〉の落下地点も完全封鎖をしてしまっていた。これにより、憶測だけが膨らみ、突拍子もない話がネット上で流れ、隕石は実は兵器だという噂も飛び交っている。

 そんな噂話も届かない帝都の外れにある山奥。人里はなれたこの場所に洋館がひっそりと建っていた。

 洋館の廊下を足音も立てずに歩く人影。着慣れた赤黒いローブから、歩いた道に死の香りを残す。

 呪架がこの洋館を見つけ出したのは、ほんの三日前のことだった。

 幸運にも海の上で『金品』を手に入れた呪架は、それを元手に複数の情報屋を雇ってこの屋敷を捜し出した。正確には屋敷を見つけたのは情報屋ではない。雇った情報屋を介して、手紙が呪架に届けられたのだ。

 差出人は不明であったが、香水の匂いが微かに便箋からした。

 手紙に書かれた場所には洋館があった。けれど、これが本当に探している屋敷なのか呪架にはわからない。そこで情報屋に詳しく屋敷について調べさせたところ、二重三重の偽造工作を抜けた先に、屋敷の所有者として姫野アキナという女社長の名前が挙がった。

 もしかしたら、手紙の差出人の正体もその女かもしれないが、呪架にとって聞き覚えのない名前だった。この人物がどのように呪架に関わっているのか?

 疑問の解決には姫野アキナとの接触が必要だったが、『こちら側』に還って来た呪架は誰も信用していなかった。そのため、姫野アキナとの接触は避け、呪架は直接屋敷に赴いて調べることにした。

 そして、呪架はひと目、屋敷を見て確信した。

 それから三日間、呪架はこの屋敷で寝泊りをしている。

食堂のテーブルに着き、呪架は台所の棚の中にしまってあった缶詰を開けた。

 シーチキンだ。

 缶詰を鼻に近づけると、塩と魚の香がした。

 そして呪架はシーチキンを指で摘んで口に運ぶ。

「物足りない味だな」

 『向こう側』の味に慣れてしまったためか、『こちら側』の物はなにを食べても物足りなさを感じてしまう。

 缶詰の賞味期限が数年過ぎていることは隠し味にはならなかったようだ。

 台所に残されていた食料はすべて賞味期限が切れており、製造年月日を確認すると全て十年以上前だった。つまりそれは一〇年ほど前まで、この屋敷に誰かが住んでいたことになる。

 呪架と同じ血を引く者が住んでいた可能性は高い。

 なぜならば、この屋敷全体は目に見えない力に守られており、玄関は硬く閉じられていたが、呪架は難なく屋敷に入ることを許された。理由は呪架が一族の血を引いていたからだ。

 軽い腹ごなしをした呪架は食堂を出て書庫に向かった。

 書庫は二階建ての屋敷の一階にあり、何万冊もの本が部屋を埋め尽くす本棚に収納されている。

 ここにある本を片っ端から調べ、おそらくこれらは先祖が残した資料だと思われた。少なくとも娯楽ではないように思えた。

 思うという推測の域を出ないのは、呪架が本を読むことができないからだ。

 呪架が『向こう側』に連れ去られたのは一〇歳にも満たない頃。サバイバル生活をしていた『向こう側』では、教育機関で学ぶような知識は望めなかった。

 しかし、それがここにある本を読めない理由ではない。

 呪架は幼い頃から読書家であった。それは学業にも反映され、学校での成績もトップクラスだったことから、飛び級を重ねた結果、、『向こう側』以前の最終学歴は高校在籍だ。

 ここにある本を読めない理由は、書物があらゆる言語で書かれていたためだ。中にはラテン語や古代ヘブライ語で書かれた書物もある。

 それでも呪架は本の中身を一冊ずつ確認し、昨日、偶然にもある物を見つけたのだ。

 本の一冊がスイッチになっており、割れた本棚の間から隠し階段が現れ、それは地下室へと続いていた。

 地下で呪架が見つけたのは研究室だった。

 化学めいた実験器具のフラスコやビーカーをはじめ、棚には薬品に漬けてある植物や生物が見つかった。

 ここで呪架が見つけた一冊の本が、書庫にあった本などの謎を解き明かすヒントになっていた。

 数ある書物の中でも、比較的新しい装丁の日記帳。それは日本語で書かれていたのだ。

 過去に誰かが残した日記を読みながら、呪架は書物の多くが魔導関連の物であると知った。そういえば、挿絵の中に魔術めいた図形のような物があった。

 昨晩のうちに呪架はその日記をすべて熟読し、自分が必要としていた多くの知識を得た。

 日記は呪架の父――愁斗が残した物だったのだ。

 内容は主に闇の傀儡士と傀儡に関してのことだった。他にも同じ筆跡の資料がいくつか残っていた。

 それによると、傀儡士は専用の傀儡を使用することにより、持っている力以上の力で戦うことができる。つまり、傀儡とは傀儡士の技を増幅させる装置ということになる。

 中でも呪架の興味を惹いた内容は、愁斗が単なる戦闘のために傀儡を作っていたのではなく、ある目的のために用途の異なる傀儡を作ろうとしていたこと。

 ヒトの器を造る。

 愁斗は殺された自分の母を蘇らせるために、魂を加工する術と、魂を移す器を造ろうとしていたらしい。それを知った呪架は衝撃を受けた。

 呪架が求めていたことを、過去に父が同じように成し遂げようとしていたことを知り、父が自分と同じような境遇にあったことも驚きだった。

 資料の中のひとつ〈ジュエル〉法についての記述。呪架の祖父である蘭魔が考案した〈闇〉を原材料にする傀儡製造法を基礎として、当時の蘭魔の共同研究者が考案した〈ジュエル〉法によって、死者の黄泉返りを実現する。

 魂=アニマを結晶化したものを〈ジュエル〉に加工して、それを傀儡に取り付けるという方法。これこそ呪架の求めていたものである。

 親子二代に渡って母を殺されていた。これは因果だろうか?

 愁斗の母――呪架の祖母がどのように殺されたのかは、呪架の手元にある資料だけはわからない。けれど、呪架は自分の母が殺される瞬間を目の当たりにしていた。

 白と黒の色違いの翼を持った女が、母――エリスの胸に手を突き刺し、そのまま心臓を抉られたエリスは朱に染まって死んだ。

 死に際に自分に向けた母の顔が、安らかだったことを呪架は覚えている。

 未だにあのときの殺人者が誰だったのか、何の目的で母を殺したのか見当も付かない。

 ただ、母が死んだとき、呪架は闇の傀儡士として覚醒め、恐ろしい〈闇〉を世界に解き放った。

 呪架の放った〈闇〉は、叫び声をあげながら黒い風となって吹き荒れた。それはまるで呪架の心を写しているようだった。

 〈闇〉は殺人者の手に巻き付き、そのまま殺人者を呑み込もうとしたが、殺人者の放った神々しいまでの光に〈闇〉は脅え、術者である呪架に襲い掛かって来てしまった。

 結果として、当時の呪架には〈闇〉を操る技量がなく、〈闇〉に捕らえられて『向こう側』へと連れ去れられてしまったのだ。

 力の至らなかった自分を呪架は悔やんだ。

 『向こう側』での生活は『こちら側』の常識を逸脱し、呪架は死に物狂いで生き延びた。そのことによって、呪架の闇の傀儡士としての技は、身を守る術として自然と修練された。

 そして、呪架はついに傀儡士としての業で、空間を断ち割って『こちら側』に還って来たのだ。

 『向こう側』で過した時間は推定五年ほどと考えていたが、どうやら『こちら側』とは時間の流れが違うらしく、『向こう側』に連れ去られてから約一〇年もの月日が流れていた。

 『こちら側』に戻って来た呪架のすべきことは、母を殺し、自分の運命を奈落に突き堕とした者への復讐。今の呪架にはそれを成し遂げる力があると自負していた。

 そして、母の黄泉返りという新たな目的もできた。

 さっそく呪架は傀儡づくりを学ぼうとしたが、作業は思うようにはかどらなかった。できないことへの焦りが募る。幼い頃の栄光が今も心に染み付き、できないことが恥に思えるのだ。

 材料のほとんどは屋敷の中に残されていたが、傀儡づくりは呪架にとってゼロからの作業である。

 生まれたときから離れ離れだった父が、実力のある傀儡士だったと母に聴いたことはあった。けれど、会ったこともなければ、当然傀儡士としての技を教えてももらったわけでもない。

 呪架の技はすべて死の淵で自ら編み出した業。

 傀儡つくりを教えてくれる者は誰もいない。

 手元に残された資料だけが頼りだが、本物の傀儡すら見たことのない呪架には頼りにならない資料だ。

 傀儡づくりは失敗の連続であり、日を増すごとに呪架は自暴自棄になっていき、屋敷にあった割れ物などに当り散らした。それでも呪架が傀儡つくりを諦めなかったのは執念。『向こう側』での地獄の日々から考えれば他愛もないこと。

 復讐心と母への愛だけが呪架を支えた。

 希望の光の代わりに灯るのは朱色の炎だった。

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