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第4章 光に潜む闇(3)

 特設テントの中で女帝は呑気にクッキーを摘んでいた。そのボディーはすでに戦闘用に乗り換えられているが、前との変化はあまり見受けられない。絢爛で重そうな魔導衣から、柔軟さと強度を兼ね備えた白いボディースーツに着替えてくらいだろう。

 クッキーを口いっぱいに頬張る女帝の傍らにいるズィーベンの表情は険しい。

「わたくしの力を持ってしても、あの結界を破るのには数日を要するかもしれません」

 ズィーベンの言う結界とは〈箒星〉を覆う防護フィールドのことだ。

 女帝はクッキーを咽喉に詰まらせ、近くにあったペットボトルを逆さにして、ジュースを口と咽喉に流し込んだ。

「ウゲェ……死ぬかと思ったー」

 喜劇を演じる女帝を見るズィーベンの目つきは冷たい。

「わたくしの話を聞いておりましたか?」

「聞いてるってば、アレがソレってことでしょ。あんま悠長なこと言ってられないし、魔導砲の使用許可出せばいいんでしょ?」

「はい? 魔導砲とおっしゃいましたか?」

 自分の耳を疑ったズィーベンに女帝はさらりと言う。

「耳のイヤホンを補聴器に変えたほうがいいよ」

「……考慮いたします」

 思ってないことを口にして、ズィーベンは気を取り直して話を続ける。

「魔導砲の使用は日本政府のみならず、世界各国から非難される要因になりかねませんが?」

「死都街がこれ以上吹っ飛ぼうと無害じゃん? てゆーか、妖物の巣食ってる大地を浄化してあげるんだから感謝されるべき?」

「しかし……」

「ただし、宣戦布告と勘違いされるのは嫌だから日本政府には事前連絡を入れて置くように。その答えがNOでも魔導砲を使用することに変わりないけど。まっ、日本が帝都に戦争を仕掛けてきても、どーせ勝つしー」

 子供のように女帝は無邪気な笑みを浮かべた。

 なにを言っても女帝は意見を変えないと判断し、ズィーベンはすぐさま今いる仮設基地に撤退命令を出し、〈箒星〉の周辺で他にも調査している日本政府に撤退の通達を出した。

 女帝権限で事は速やかに進められ、魔導砲の準備も着実に行なわれていた。

 魔導砲がある場所は地上から数百キロメートルの高みだ。人工衛星として空に浮かんでいるのだ。成層圏を越えた位置にあるが、静止衛星に比べれば非常に低い高度に位置している。

 ――数時間の時が流れ、女帝とズィーベンは空の上にいた。軍事ヘリで上空に向かい、遥か遠くの空から〈箒星〉を窺っていた。

 ヘリの搭乗口から身を乗り出し、女帝はサングラスの上から双眼鏡を構えた。

 電子双眼鏡のズームを合わせて標的を確認する。

「そんじゃ、そろそろ発射しちゃう?」

 事の重みが言葉にまったく感じられないのはいつものもことだ。

「了解いたしました」

 ズィーベンは女帝の命を受けてカウントを開始した。

「十秒前……五秒前、三、二、一、発射」

 大空の一点でなにかが星のように瞬いた。

 天から降り注ぐ蒼白い光の柱を見て女帝が声をあげる。

「たっまやーッ!」

 鼓膜を振るわせる轟音と共に視界が白で覆われた。

 遅れて強風がヘリを煽ぎ機体が斜めに傾いた。

 機内で女帝の躰を後ろから支えていたズィーベンが囁く。

「玉屋という掛け声は花火のときに言うのでは?」

「まあ、いいじゃん。これも一種のお祭りだしー」

 世界を震撼させる魔導兵器を駆使しながら、それを祭りに例える女帝の神経は並大抵ではない。

 網膜に焼きつくほど白かった世界は元の色を取り戻していく。

 双眼鏡を覗いていた女帝が声を荒げる。

「超特急で〈箒星〉上空へ向かって!」

「なにがございましたか?」

 冷静に尋ねるズィーベンに女帝は再び声を荒げた。

「結界が再構築しはじめてるよッ!」

 女帝の言葉どおり、砕け散った防護フィールドは地面に近い場所から、徐々に頂点に向かって再構築をはじめていた。

 五角形のピースがドーム型の防護フィールドを再構築する前に、なんとしても中に入らねばならなかった。

 ヘリはスピードを上げて〈箒星〉に向かう。その間も休まることなく五角形のピースが並ぶ。

 女帝とズィーベンはヘリから降りる準備をしていた。

 〈箒星〉を開けた深遠のちょうど真上まで来たヘリはそこで制止した。

「参ります」

 ズィーベンは女帝を抱えて搭乗口から飛び降りた。

 下からの風を受けながらズィーベンが左右の翼を大きく開く。白と黒のコントラストが美しい羽根。女帝を抱えながらズィーベンは空に羽ばたいた。

 防護フィールドは五角形のピースを積み終え、頂点の六角形のピースを残すのみだった。

「間に合わなかったお仕置きだよー」

 女帝の言葉に焦ったズィーベンは頭を地上に向けて急落下を試みる。

 氷が氷結するような音と共に、ズィーベンの足の先で防護フィールドは閉じられた。間一髪だ。

 数十メートルの大空洞を下りながら女帝はため息をついた。

「はぁ、惜しかった……もうちょいでズィーベンをお尻ペンペンの刑に処せたのにぃ」

「それは困ります」

 生真面目に返答するズィーベンに女帝は腹を抱えて笑った。

「ウケりゅ〜」

「ヌル様、お暴れになると落としましてございますよ?」

 『落ちる』ではなく、『落とす』だ。

「この距離なら落ちてもへーきだもん」

 女帝はズィーベンの腕を退かし、数メートル下の地面に降り立った。

 軽やかに着地した女帝は地面から前方に目を向けた。

 大きな岩石の塊のような物体。外観からはそれが乗り物だとは判断できない。ただ、一箇所の扉を覗いて――。

 扉を潜った女帝とズィーベンを迎えた絢爛な部屋。

 ロココ様式の部屋でセーフィエルは優雅に二人を出迎えた。

「久しゅう……〈光の子〉ヌル」

 余裕の挨拶をしてセーフィエルは月のような笑みを湛えた。傍らでは少女がセーフィエルの服を怯えて掴んでいる。

 ズィーベンの視線は少女に注視された。

「その少女は誰でございますか?」

「妾の娘じゃ」

 ズィーベンは少女の正体を察して驚愕し、驚愕は女帝にも伝染した。

「まさか……エリス!?」

 そんなはずはない。目の前にいるのは金髪蒼眼の少女だ。けれど、中身がエリスだと女帝は感じた。

 それがエリスだと感じても、この状況の理解に女帝は苦しんだ。

「エリスになにが……?」

「妾は肉親を次々と失った。今ここに居るのはアリスとエリスの生まれ変わりじゃ」

 セーフィエルはアリスの躰を優しく包み込み抱いた。

 そして、セーフィエルは言葉を紡ぎ出す。

「〈闇の子〉と其方たちの戦いにも興味はない。〈闇の子〉が復活しようと妾は一向に構わぬ。妾の興味は……シオンの復活じゃ」

 急に辺りが暗転した。

 夜空に流れる輝く星々の大河。

「ようこそ、妾の夜へ」

 セーフィエルの囁きが、さらに辺りを深い夜に誘った。

 絢爛な部屋から一瞬にして、プラネタリウムの世界へ。セーフィエルのテリトリーに女帝とズィーベンは囚われたのだ。

 傀儡エリスの姿はすでに消えている。この世界に残されたのは三人のみ。戦いの幕はセーフィエルによって開けられた。

「うふふふ、夜の雫をとくと味わうがよい」

 夜風に乗ってセーフィエルの声が響くと同時に、ズィーベンが持っていた杖と槍が一体化したホーリースタッフが地面に吸いつけられた。

 そして、傍らにいた女帝にも異変が起きた。

 女帝が急に腹ばいになって地面に張り付いたのだ。

「ヌ……さ……!?」

 驚いたズィーベンが声をあげようとしたが、その声は蝕まれてしまった。自分では叫んでいるつもりなのに、声が世界に解き放たれないのだ。

 歯を食いしばりながら女帝は上目遣いでセーフィエルを睨んだ。口は大きく動かされているが声は出ていない。

「説明が必要かえ?」

 セーフィエルが訊くと女帝は首を縦に振った。

「この世界の法則は妾の支配下にある。其方の躰には魔導金属が使われておるじゃろう、それが原因じゃ」

 ズィーベンのホーリースタッフも、女帝の躰も魔導金属が使われているために、地面に吸いつけられてしまったのだ。まるで磁石と鉄の関係だ。

 戦闘不能に陥った女帝の分もズィーベンは素手で戦わねばならなかった。

 ズィーベンがセーフィエルに飛び掛る。

「結……ッ!」

 言霊を蝕まれながらもズィーベンは魔法を発動させた。

 力強く伸ばしたズィーベンの手がセーフィエルの躰に触れた。その部分からセーフィエルの躰がクリスタル化しはじめたのだ。

 まるで物体が氷に包まれるように、セーフィエルの躰が透き通るクリスタルになろうとしていた。

 だが、優勢のはずのズィーベンが眼鏡の奥で瞳を見開いた。

 逆流している。

 セーフィエルに触れている指先から、ズィーベンの躰がクリスタルになりはじめていたのだ。

「うふふふ、呪詛返しが成功したようじゃな。どうじゃ、自分の術で敗れる気分は……結界師ズィーベンの名も地に堕ちようぞ」

 もうすでにズィーベンは口を開けることすらできなかった。彼女の躰は純粋なクリスタルへと物質転換してしまったのだ。

 一部始終を見ていた女帝は声にならない怒号をあげた。

 重い躰を持ち上げ女帝は必死の思いで立ち上がった。

 懸命な女帝の姿を見てセーフィエルは艶笑した。

「立ち上がれるとはあっぱれじゃ。『闘将』の名は伊達ではないようじゃな」

「……ま……ね……やっ……この……世界に……順応してきた」

「うふふふ、良い義体を造ったゼクスに感謝するのじゃな」

「ゼクスの欲しがってた限定フィギュアでもプレゼントしようかなー」

 余裕の笑みを女帝は浮かべた。

 しかし、内心ではまったく余裕などない。

 過去に銀河追放したときも手こずった相手だ。一筋縄でいかないのはわかっている。なによりも注意しなくてはいけないのは、その正攻法ではない戦い方だ。

 セーフィエルが艶やかに口元を緩ませた。

「『闘将』と賛美され、恐れられようと、その真の実力を発揮できなくてはかわいそうにのお」

「今から見せてあげ……りゅ!?」

 ヤバイと女帝が悟ったときには、すでにその足は宙に浮いていた。

 重力反転。

 女帝の躰が天に向かって堕ちていく。果てしない宇宙へ吸い込まれるように、抵抗もできないまま女帝は堕ちる。

 天に堕ちる女帝を見上げながらセーフィエルが呪文を呟く。

「シャドウビハインド」

 刹那にしてセーフィエルの姿は女帝の足を掴んでいた。

「うわっ離せ! じゃなくて、止めろ!」

 喚く女帝の顔を見上げながらセーフィエルは美しい艶笑を浮かべた。

「さらばじゃ」

 夜の風よりも冷たい挨拶。

 星のひとつが強烈な光を放って膨張した。

 それは刹那だった。

 スーパーノヴァ。

 超新星爆発がセーフィエルの創り上げたコスモを一気に呑み込む。

 莫大なエネルギーが世界を乱し、閃光爆発の渦にセーフィエルと女帝は消えた。

 同時刻、〈箒星〉が大爆発を起こし、核爆弾が投下されたという誤報が世界を駆け巡った。

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