第3章 冥府の母(10)
〈箒星〉に戻ったセーフィエルは放心状態の呪架を部屋から追い出し、ひとりでエリスのアニマを〈ジュエル〉化するために儀式をはじめた。
二つの台の上にはエリスと傀儡アリスは寝かされている。
セーフィエルはアリスを永遠にするために、傀儡アリスの顔を変えることなくエリスの〈ジュエル〉を埋め込む気でいた。
部屋の外に出された呪架はドアのすぐ横に座り込んでいた。
呪われている運命はどこまでいっても呪われているのだろうか?
なぜこんなにも運命に翻弄されなければならないのか、呪架はこの世に生まれて来なければよかったと悔やんだ。
永遠にも思える時間が過ぎていく。
呪架の座るすぐ横で、ドアが開かれた。
セーフィエルの顔を見るなり呪架は掴みかかった。
「どうなった!」
「〈ジュエル〉は埋め込んだ」
成功したのか?
しかし、セーフィエルの顔は死人にように暗かった。
「じゃが、傷はアニマまで達しておった……」
セーフィエルの背後に隠れていた少女が無邪気な笑顔を覗かせた。
「ママ、この人だぁれ?」
少女は不思議そうな顔で呪架を見て、セーフィエルの顔を見上げた。
セーフィエルは少女の質問に答えようとしたが、声が重くて答えられなかった。
なにがどうなっているのか呪架は理解できなかった。
「どうしたんだ、答えろセーフィエル!」
セーフィエルは呪架に背を向けて少女の躰を抱きしめ、静かに口を開いた。
「失敗した。傷付いたアニマからエリスの想いが奪われたのじゃ。今のエリスは痴呆状態……まるで子供に返ってしまったようじゃ」
「そんな……」
頭の中が真っ白になった。
怒りも悲しみも、白く埋もれてしまった。
呪架は腰が抜けたように膝から崩れ、肩を落として項垂れた。
今まで自分がして来たことがすべて泡と消えた。
最大の目標が失敗に終わった。
蝕まれていく躰の中で、母が黄泉返りさえすれば、復讐は叶わなくても仕方ないと思っていた。
だが、まだ死ぬわけにはいかなくなった。
「……クソッ!」
怒りを吐き捨てる呪架に怯えてエリスの顔が強張った。
「ママ、このお兄ちゃん怖いよ」
幼女のようになってしまったエリスは呪架のことを覚えていない。セーフィエルのことをママと呼び、幼い頃の記憶は断片的に覚えているのかもしれないが、完全に大人の記憶は失われているようだった。
忘れた記憶は思い出すことができるだろう。
しかし、失った記憶は取り戻せない。
底知れぬ絶望感が呪架を襲う。
そして、呪架は慧夢を心から憎み恨んだ。
慧夢の攻撃によって傷付いたエリスのアニマ。
復讐の相手は慧夢だった。
慧夢だけは己の躰が朽ち果てる前に、八つ裂きにしてやらねば気が済まなかった。
「俺は行くぞ、絶対に復讐してやる」
部屋を出て行く呪架にセーフィエルは背を向けたままだった。
「妾はもう疲れた」
それは心の底から出た言葉だったに違いない。
セーフィエルはエリスの復活に失敗し、妹のアリスも失ってしまっている。
腕の中に残っているのはアリスの顔を持った幼女のエリス。
「妾はこのエリスを受け止め、もう離したりはしない」
セーフィエルはエリスを強く強く抱きしめた。