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第3章 冥府の母(2)

 呪架は刹那に巨大な檻の中に移動させられていた。檻というのは語弊があるかもしれない。そこは大きな〈虫籠〉だった。

 木枠の向こう側には果てない灰色が広がっている。

 呪架は人ならぬ気配を感じた。

 予期していなかった事態が呪架を待ち受けていたのだ。

 傀儡エリス。

 壊れたボディーパーツは直され、質素なドレスを着せられている。

「なぜここに?」

 エリスの躰が動き出した。

 誰が操っているのか、それは愚問であった。

 妖糸が放たれた――エリスの手から。

 直ちに放たれる呪架の妖糸がエリスの妖糸を相殺し損ねてしまった。

 呪架の頬に奔った紅い筋。

 傀儡士の傀儡とは技を増幅させる装置である。エリスに組み込まれたコード戦術はセーフィエルの手によるもの、傀儡士と傀儡の関係には本来ないものだ。真物の傀儡士は傀儡に妖糸を使わせる。

 エリスが人では成しえない距離を跳躍する。傀儡士ができない運動を傀儡にさせる。

 そして、人間の限界を超えたスピードでエリスが妖糸を放つ。

 呪架は横に飛びながら妖糸を放ちエリスの妖糸を斬る。だが、斬られた妖糸はそのまま飛び続け、呪架が元いた場所を切り刻んだ。横に飛んでいなければ、また傷を負わされるところであった。

「ダーク・シャドウ姿を見せろ!」

 呪架の声がただ響いただけ、答えは返ってこなかった。

 傀儡を操る影の姿はこの場にはない。これこそ真の傀儡士の戦闘法。自らの肉体を酷使する必要はない。

 しかし、傀儡士には別の戦闘法もある。選ばれた傀儡士のみが行なえる奥義。

 エリスの手から〈悪魔十字〉が放たれた。

 技が遅い。

 両手から呪架が四本の妖糸を放った。

 六本の妖糸と四本の妖糸が空中で激突し、相殺した。

 呪架は気付いた。

 ――なにか可笑しい。

 エリスの技は呪架の技を越えている。それなのにエリスの攻撃はすべて様子見。攻撃と攻撃の感覚も長く取られている。連続して妖糸を放つなど容易いはずだ。

 地面を蹴り上げ呪架が跳躍しようとした。が、足が動かない。まるでなにかに縛られたように動かなかった。

「しまった!」

 罠が仕掛けてあったのだ。

 足どころか、胴体も首も動かせない。動かせたのは『右手』だけ。不可解としか言いようがない。

 敵は傀儡士。傀儡士が傀儡士のことを知らぬわけがない。狙うならば『手』のはずだ。

 なにかを思い出したように呪架の右手が自然と動き出す。

 宙に描かれる奇怪な魔法陣。

 〈闇〉と妖糸を自在に操る傀儡士の魔導。その奥義こそが傀儡召喚。

 召喚とはそこにいながらにして、時間と空間を超越し、超常的な力を持つ異界の住人をこの世に呼び寄せること。そして、〈それ〉を使役することができれば、あらゆる望みが叶えられると云われている。

 操り人形たちは傀儡師の合図ともに踊り出す……。

「俺は召喚を理解したぞ!」

 不気味に輝く魔法陣の『向こう側』で〈それ〉が呻き声をあげた。

 〈それ〉の呻き声は空気を振動させ、音波は〈五芒星〉の存在を創り出した。

 〈五芒星〉の中心で一つ目が瞬きをしている。けれど、〈五芒星〉は図形にしか見えない。これを生物と定義するのは難しいだろう。

 眼をカッと開き〈五芒星〉が全体から蒼いオーラを発した。

 発射される魔導砲。

 宝石の如く煌びやかに輝く光線が〈五芒星〉の眼から放たれたのだ。

 刹那にしてエリスは光に呑み込まれ、眩い光が去ったあとにはエリスの破片すら残っていなかった。

 エリスが完全消失したことにより、呪架を縛っていた妖糸が消えた。

 自由を得た呪架だが、危機はすぐそこまで迫っていた。

 〈五芒星〉が回転しながら移動し、その魔眼を呪架に向けたのだ。

 今の呪架には『向こう側』の存在は召喚するのみ。操りきれない野放しの存在は術者に襲い掛かる。

 呪架の『右手』に眠る記憶。

 妖糸が空間に傷をつくる。

 闇色の裂け目から悲鳴が聴こえる。泣き声が聴こえる。呻き声が聴こえる。どれも苦痛に満ちている。

「喰らえ!」

 〈闇〉が触手のように伸び、〈五芒星〉の図形に入り組むように絡みつく。

 蒼く輝き出す〈五芒星〉

 勝つのは〈闇〉か〈五芒星〉か?

 裂け目に引きずられまいと、必死に〈五芒星〉は抵抗しているように見える。

 だが、終幕はあっけないものだった。〈五芒星〉は全体を〈闇〉に包まれ、闇色の裂け目に吸い込まれるようにして還っていった。

 轟々という音を立て、空間の裂け目は閉ざされた。

 父――愁斗の『右腕』が覚えていた記憶。

 召喚術を会得した呪架。

 しかし、その代償は自らの手で創造した傀儡エリス。

 母殺し。

 呪架は両手で鷲掴むように体を押さえた。

 〈闇〉による侵蝕が加速している。

 目的を達成するよりも早く肉体が朽ち果ててしまうかもしれない。

 召喚は諸刃の剣。

「クソッ!」

 吐き捨てた呪架の躰が霞んだ。

「なんだ!?」

 〈虫籠〉から消失する呪架。

 次の瞬間、呪架はビルの屋上に吐き出されていた。

 雨が呪架を殴りつける。

 屋上から呪架は誘われるように彼方を眺めた。

 視線の先は灰色の空が広がっている。隠された景色にあるものは死都東京。

 腕を治した呪架はついに死都東京へ向かうことを決意した。

 果たして死都で呪架を待ち受けているものとは?

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