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第2章 傀儡士の血族(5)

 ガムテープで補修された窓ガラスから朝日が差し込む。

 瞼の上を泳ぐ残像。

 荒い息を吸い込みながら呪架は目覚めた。

 呪架の掻いた汗が固いベッドに染み込んでいる。

 剥き出しのコンクリートに囲まれた壁や天井。モダンな雰囲気というより、薄汚い印象を受ける。

 躰に掛けられていたボロ布は誰の思いやりだろうか?

 とりあえず捕らえられたわけではなさそうだ。

 ここはいったいどこで、自分の身になにが起きたのか、呪架の記憶はあやふやだった。

 セーフィエルに魔法を掛けられ、どこか得体の知れない場所に飛ばされた。

 視界が歪み、躰の感覚は麻痺してしまい、原色の光が次々と襲って来た。

 躰が酷く重い。

 瞼を開けているのも辛いくらいだ。

 瞳を閉じた呪架の脳裏に響く声。

 どこかに行かなければならないような気がした。

「そうだ……死都に……」

 ダーク・シャドウが言っていたことが事実かはわからない。けれど、確たる情報がない限り、ひとつひとつ確かめていくしかない。

 呪架はベッドから起き上がろうとしたが、激しい痛みが躰の内側から滲み出して来る。躰中が擦り傷を負ったようなヒリヒリとした感覚もある。

 セーフィエルの空間転送は辛うじて成功したが、その代償として呪架は躰中に擦り傷と、内臓の損傷を受けていたのだ。

 天井を見つめていた呪架は人の気配を感じた。

 自分よりも年が下くらいのいたいけな少女が、ドアの間から顔を見せる。

「目覚めたみたいでよかった」

 と、少女は満面の笑みを浮かべた。

「丸一日も眠っていたから、心配しちゃって」

 いつから数えて丸一日なのだろうか?

「俺はなぜここにいる?」

「空から降って来たのをあたしがここに運んで来たの。あなたが落ちた場所がちょうどテントの上で、持ち主のオジサンがカンカンに怒っちゃって大変だったんだから」

「ここはどこだ?」

「ホウジュ区の〈ホーム〉」

 〈ホーム〉とは帝都の影を象徴しているスラム街の中でも、特に大きなスラム街のことを云う。

 こんなところで油を売っていられないと、咳き込みながら立ち上がろうとする呪架。それを少女が止めようとする。

「ダメだってムリしちゃ」

「うるさい」

 制止する少女の手を呪架が薙ぎ払おうとした瞬間、シーツから出した自分の腕を見て呪架は眼を剥いた。

「ウアァァァァッ!」

 呪架の絶叫が木霊した。

 腕がない。

 消失ではなく、自分の腕がないのだ。

 自分の腕があった場所には、昆虫のような脚が付いていたのだ。

 セーフィエルが行なった空間転送は、異世界を経由して物体を別の場所に転送する。呪架は異世界を通過する過程で、そこにいた生物と融合されてしまっていたのだ。

 しかも、異形と化した腕は利き腕。これでは妖糸も振るえまい。

「どうして、どうしてだ、クソッ!」

 震えながら発狂寸前の呪架の肩を抱こうと少女が手を伸ばす。

 その刹那だった。

 異形の鋭い爪が少女の顔を抉り、絶叫しながら少女は顔面を押さえて怯んだ。

 野獣のような叫びがあがり、異形の爪が少女の心臓を貫く。

「クソッ!」

 怒りに震える異形の爪の先から、真っ赤な雫がボトボトと床に零れ堕ちた。

 惨殺された死骸を見下す呪架の瞳は狂気を孕んでいる。

 自分を救ってくれた少女を呪架は怒りに任せて殺したのだ。

 少女の絶叫を聞きつけて体躯の良い男が部屋に飛び込んで来た。

 男はそこにある悲惨な光景を目の当たりにして、我武者羅に呪架に飛び掛ろうとした。

 呪架はクツクツと嗤った。

 異形の腕がバネのように伸び、鋭い爪が男の首にめり込む。口から鮮血の泡を吹き出しながら、男は首を折られ死んだ。

 もう呪架の怒りは止められなかった。呪架は破壊の化身になろうとしていた。

 駆け出した呪架の前に次々と現れる人影。本能に任せた呪架は相手の顔も見ぬまま、血の華を蹴散らしながら暴れまわった。異形の腕で肉を抉り、左手から妖糸の嵐を放つ。

 自分が廃ビルから出たことも気付かず、呪架は走り続けて邪魔なものはすべて排除した。それが人だったか、物だったのかも判断できていない。

 簡易住宅やテントを倒壊させ、物言わせぬままホームレスを八つ裂きにした。

 呪架の通った道は朱に染まり、残酷な残骸だけが残った。

 ビルの間から覗く空が曇りはじめている。じめじめした湿気が立ち込め、土砂降りの雨が降りそうな気配がした。

 遠くから聴こえる雷光の音に合わせて、呪架が遠吠えをあげる。

 今、呪架の目を通して見える光景は幻の世界。

 断片的な記憶。

 自分がなにをしているのかすら呪架は気付いていない。

 銃声が鳴り響いた。

 〈ホーム〉の住人たちが呪架の銃口を向けている。

 銃弾の雨が呪架を貫かんとする。

 呪架は逃げた。

 銃弾から逃げたのではない。

 言い知れぬ恐怖から逃げ出した。

 その恐怖の原因はわからない。

 ただ、締め付けられるように胸が苦しい。

 乾いた銃声を背中で感じながら、呪架は〈ホーム〉から姿を消した。

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